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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

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2019年8月24日土曜日

9月7日(土)おはなし会です。

担当日の四週間前に、当日お話しする(予定の)本を連絡しなければならないところ、忘れていました。気づくと後二週間になっていて、急ぎ図書館に連絡を入れました。

9月7日(土)は、
ひと夏を過ごして、またすこし成長した子供達に送りたい、読んであげたい次の2冊を選びました。

①たいせつなこと
 マーガレット・ワイズ・ブラウン 作
 レナード・ワイズガード 絵
 内田也哉子 訳
②ムーミンのふしぎ
 トーベ・ヤンソン
その他、1、2冊を準備

加西市立図書館のおはなし会に参加する子供達は、下は2、3歳から上は小学生1,2年生です。2冊とも、言葉が若干多い絵本ですが、絵本の力を信じて、音楽や声色を使いながら、少しでも楽しいおはなし会にできればと思います。また一緒に聞いて下さる親御さんたちにも楽しんで頂ければと思っています。
おはなし会は、毎週土曜日二時から開催されています。素敵な読み手に出会いに、素敵な絵本と出会いに、是非お越し頂ければと思います。

2019年3月21日木曜日

絵本と音楽でつづるおはなし会 感想

3月16日(土)、加西市立図書館「絵本と音楽でつづるおはなし会」で、大川悦生さん文「一寸法師」をお話してきました。
交流プラザの広いホールで、エレクトーンの生演奏をBGMにして、普段なら出せない大音量の声で、お話ししました。

絵本と音楽でつづるおはなし会、
最初の演目は、折り紙人形劇「かぐや姫」でした。
折り紙人形も舞台も、かさい絵本の森メンバーの手作りです。細やかな作り込みで見事に平安絵巻が再現されて、すっかりお話の世界に引き込まれてしまいました。
そして、かぐや姫が月の世界に去った後の、富士(不死)山の名前の由来で終わる場面では、思わず膝を打つほどでした。音楽、照明の妙もあいまって、うっとり聴き入りました。
次の演目は、大型絵本を使った「せんろはつづく」
動物たちが、自分たちの森に線路を敷いていきます。そして駅が作られ、動物たちを乗せた汽車が楽しく走ります。エレクトーンの効果音も相まって、とても楽しいお話でした。小さな子供達も目を輝かせて見入っていたのが印象的でした。
三つ目の演目はエプロンシアターによる「ウサギとカメ」
エプロンの中央には縦に登る道が描かれ、まるでマジシャンの様に隠しポケットから動物の人形を次々に出してきて、エプロンの上で賑やかに物語が綴られました。

そして、最後が「いっすんぼうし」
おはなしが少し長めでしたので、最後に読ませて頂くことにしたのです。
午前中にエレクトーンとの音合わせで一回、そして本番と、十四五分のお話を二回、声を張り上げてお話ししたので、家に帰ってからバタンキューでした。とても心地よい疲れでした。
本番は、沢山の聴衆の前で、先の演目を視聴しながら、自分の番が近付くにつれ、少し緊張を覚えましたが、本番、エレクトーンの前奏を聴いて、「とんと昔あったそうな」という始まりで、すっかり緊張は消えて、物語を読み伝えることだけに集中できました。
頭にあったのは、落語や講談です。メリハリをつけて、リズムを大切にして、お話ししました。終えて、沢山の拍手を頂きました。
また、こういう機会で、大勢の方に、お話を伝えられたという欲が湧いてきました。

後日、かさいえほんの森の代表から、写真を送って頂きました。
記録として、転載させて頂きます。
加西市立図書館のスタッフの皆さん、かさいえほんの森の皆さん、オリジナル曲を作曲して演奏して下さった松崎さん、ありがとうございました。



2019年3月15日金曜日

絵本と音楽でつづるおはなし会

ちょっと告知です。
明日の加西市立図書館おはなし会は、15分拡大(14時~14時45分)で、「絵本と音楽でつづるおはなし会」が行われます。演奏者が絵本をイメージしたオリジナル曲を奏でて下さる中で絵本をお話しするというスペシャルなおはなし会です。
おはなしは、数名担当が変わって行います。

今回、この会にはじめておはなし担当として参加させて頂きます。私の出番は最後です。
私がおはなしする予定の絵本は
「いっすんぼうし」
大川悦生さん 文
遠藤てるよさん 絵
昭和42年ポプラ社
です。

この絵本をお話したいと思った理由ですが、
今年惜しくも亡くなられた市原悦子さんが、ずいぶん前になりますが声優をされて人気を博した「まんが日本むかしばなし」という番組がありました。
当時ももう私はすっかり青年でしたが、好きな番組でよく観ていました。
市原悦子さんや常田富士雄さんが話される昔話のリズムが大好きでした。
そのリズムを、大川悦生さんの「いっすんぼうし」の物語から感じることができました。それで、そのリズムを楽しみたい、そして伝えたい、と思いました。
もう一つの理由は、
お祖父さんやお祖母さんの愛情の深さと苦しみが、一寸法師を立身のために旅立たせたこと
ハンデがあっても、それに負けずに、世の中で人の役に立つ立派な人になったこと
そして、幸せを掴んだこと
そういう物語を伝えたいと思ったからです。

ただ、私のおはなしのテンポでは、この物語をおはなしするのに14分ほど掛かります。
小さなお子さんに向けた折り紙芝居、大型絵本のおはなし、手遊び、パネルシアター等で、十分に楽しんだお子さんには、最後にちょっと長めのおはなしでは、しんどいかなぁ・・・という心配があります。また、時間が超過しない様に少し急ぎ目でおなししないといけない、というプレッシャーを感じています。

でも、とにかく楽しんできます。

2018年12月11日火曜日

いちゃさんから『小さな手袋』朗読の感想が届きました。

『小さな手袋』の朗読動画を一本松連中のいちゃさんが観てくれて、LINEで「やるせないなぁ・・・」という感想を送ってくれました。

悲しいでもなく、苦しいでもなく、辛いでもない、
やるせない・・・気持ち、
『小さな手袋』は、本当にこの一言に凝縮された気持ちにさせられる物語でした。

この物語は、小学生の女の子シホちゃんのお父さんのまなざしで描かれた物語だと思います。
私は、幼さの残る夢見がちの少女から、悲しい出来事を経験して、少し感傷的な少女へと成長する娘を、心が傷付かないか心配し、また、そんなに急いで大人に成長しなくてもと戸惑いを覚えながら見守る父の心情に共感し、そして胸に切ない痛みを覚えました。

でも、父のまなざしから「やるせない」はどうしても繋がらないのです。
「やるせない」は、登場人物の父の位置よりもさらに遠く、そう、この物語全体を俯瞰できる、読者の立場だから受け取れた気持ちだと思います。

繰り返すことになりますが、この物語は昭和40年から50年辺りの、私が子供であったころが描かれているように思います。その時代の味わいがあるのです。

昭和20年に戦争が敗戦という結果で終わりました。多くの人が戦地で亡くなり、また国内でも空襲や、ライフラインの欠乏から、多くの人が亡くなりました。それでも、10年が経ち、20年が経ち、直接には戦争を経験していない若い世代が、日本の戦後復興の担い手となっていました。

それは、日本の家族の形が変わっていく時代でもありました。
親子三代は当たり前、場合によれば四代の大家族が、同じ屋根の下で、代々の仕事を繋いでいた、それが戦前の日本の、多くの地方で見られた家族の形でありました。
しかし、戦後、復興の最中、多くの産業が集約された都市部に、全国から人が集められました。都市部の近郊は宅地がどんどんと拓かれて核家族用の新興住宅がどんどんと作られました。
でも、大家族では当たり前にあった、子が親を介護する、大親が孫の世話をする、という機会はどんどんと廃れていきました。

そういう時代背景の中で、子供にとって、それが親族であっても無くても、子供を慕い、愛情も持って接してくれて、楽しいお話しや、知らなかった事を話してくれる、そして作ってくれる、与えてくれる、おじいさんやおばあさんは、良き妖精、魔法使い、と思っても不思議ではありません。
そしてまた、おじいさんやおばあさんというのは、一番始めに別れることとなる、そして死という想像出来ない恐ろしい世界を身近に感じさせる存在でもあったように思います。

私は、この物語の最後の方で、看護婦である中年の修道女が語った一言
「そう。宮下さんは、もう大連へ帰ってしまったんですよ。昔の大連にね。」
が心に残りました。

小学六年生に成長したシホちゃんが、二年半ぶりに妖精のおばあちゃんに会いたいと思った時、それはもう叶わなくなっていました。
妖精のおばあちゃん、宮下さんは亡くなったわけではないけれど、特にこの一年でボケが進んで、もう看護する、介護する病院の人たちのことさえ分からなくなっていました。
看護婦の修道女は、シホちゃんが記憶している優しい、そしてシホちゃんをとても慕っていた宮下さんは、もういないことを話しました。そして、もしかしたら、宮下さんの心は、遠い昔の、遠い国の、大連に行ってしまったのかも知れないと話しました。

この下り、実際に高齢の母と暮らしていて、もしかしたらと感じることがあります。

ある日の朝、母は「お父さん、今日はしんどいから学校を休まして」と私の顔を見て言いました。その時、母の心は子供時代にいたように思いました。私は母方のお祖父さんを知りません。私が生まれたときには既に亡くなっていたからです。でも、もしかしたら、私にはお祖父さんの面影があるのか、と少し嬉しく思いました。

ある日の朝、母は寝言で、伸ちゃんの着替えをしないと、と話していました。伸ちゃんとは、母とそう年の離れていない姪っ子の長男である伸一君のことだとすぐに理解しました。母は兄弟姉妹の一番上の姉と二十近く歳が離れていました。そして、その姉の長女、姪っ子とはまるで仲の良い姉妹の様にして子供時代を過ごしていました。そして伸ちゃんと私は同い年です。この朝母は、母の里で、共に小さな布団で寝かしつけていた私と伸ちゃんをあやしていたのかもしれません。それで、このように話したんだと思います。

ある夜、母はひとりであるはずの部屋の中で、大きな声で話しを始めました。部屋を覗くと、私にではなく、別の方向を向いて、会話をしているようなのです。母に尋ねると、〇〇が来ているから、御茶でも出してあげてと言いました。
初めて、その現場を見た時は、少しぞっとしたことを覚えています。でも、いまでは、私がいない時間、私がいない時代、私がいない場所と母の心は繋がっていて、二つの世界をなんの違和感もなく自由に往き来しているのだろうと思い、楽しい気分になって見守っています。

歳を取って、どんどんと物忘れが烈しくなって、そういう風になって家族に迷惑を掛けてしまうこと、ひとりになってしまうこと、孤独になってしまうこと、そんな風になっていくことを私達は恐れています。
認知症になること、痴呆になること、恐れています。

でも、もしかしたら、私達の心は、その時、時間を超える能力が目覚めるのかも知れません。死の世界とは、過去、現在、未来を自由に往き来できる世界だとイギリスの作家J・B・プリーストリーは、著書「人間と時間」の中で語っています。

※マシスンの純愛ファンタジー後編 『奇蹟の輝き』(What Dreams May Come)記事参照
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2012/04/what-dreams-may-come.html

死が身近になったとき、人は死後の能力が与えらるのかも知れません。過去の時間に旅をしたり、もしかしたら未来の世界まで垣間見ているのかもしれません。もし、家族がそうなったとき、寄り添い、家族の心が見聞きしていることを心で感じる事ができれば、とても素晴らしいと思います。

2018年12月9日日曜日

内海隆一郎作『小さな手袋』を朗読しました。

ありがたいことに、YouTubeの絵本朗読動画を観て下さった方から、内海隆一郎作『小さな手袋』という短編の朗読をリクエスト頂きました。
調べてみると、中学二年の教科書に掲載されている短編小説だということが分かりました。
また、インターネット上に、全文が掲載されていましたので、そちらを元にテキストを起こして、朗読しました。
http://kuge.town-web.net/201313Nihongo/130218.htm
http://kuge.town-web.net/201313Nihongo/130225.htm

物語が描く時代は、ちょうど私の子供時代の様に思います。昭和40年から昭和50年あたりです。当時は、いまのようにどこにでも総合病院があるなんて時代ではなく、町に町医者があったらいいほうで、また重い病気に掛かれば町外れの療養所に収容される、という様な時代であった様に思います。

そんな時代に、想像の翼を広げて過ごしていた少女が、悲しい出来事によって、これも大人の階段というのでしょうね。幼い少女が、少しセンチメンタルな少女へと成長する姿が、その父のまなざしで描かれていました。
読み終えて、キュッと胸が熱くなる物語でした。



2018年11月27日火曜日

「友を愛し、友に愛されるものは神の祝福に値する」、素晴らしき哉、人生の物語

クリスマスに向けて、一本の映画について書きたいと思います。
その映画とは、先日テレビ放映されたフランク・キャプラ監督作品「素晴らしき哉、人生!」(原題 It's a Wonderful Life 1946年アメリカ映画)です。

自分の夢を犠牲にして、高潔な父から引き継いだ事業を必死に守ってきた男が、クリスマスの前夜に思いがけない罠に掛かって事業資金を失った上に、ありもしない横領の罪を着せられます。失意と後悔に塗れながら、それでも最後に自分の生命保険金で事業と家族だけは救えると自殺を思い立ち実行しようとします。そこに神様から使わされた二級天使クラレンスが現れて、彼が最初から存在しなかった世界へと彼を導きます。
その世界では、彼が存在し、彼が働きかけたことで命を落とすことのなかった人たち、罪を犯すことのなかった人たち、強欲な者から解放された人たち、成功の切符を手にした人たち、そして父の高潔な事業まで、存在しませんでした。彼の知る人たちは、強欲な資本家の奴隷に成り果てていました。そして彼が愛し共に家庭を育んできた美しく高潔な妻は、独り身の寂しい女になっていました。
彼はその世界から当てもなく逃げ出しました。そして自殺を実行しようとした橋のたもとに辿り着きました。そこで彼の事を心配し探していた友人と出会いました。彼は元の世界に戻ってこれたことを心から感謝しました。そして家族の待つ家に駆けていきました。
愛する子供達がいました。愛する妻がいました。彼を心配して駆け付けてくれた町中の友人達がいました。友人達は彼の苦境を救うために、自分たちの蓄えを寄付してくれました。成功した友人からも施しの申し入れがありました。彼を逮捕するために来た監察官や検事までが彼の善行に心を打たれ、彼を信じることにし寄付もしてくれました。
友人たちは、彼こそ冨し人だと讃え、オールド・ラング・サイン(良き古き親友を讃える歌)の合唱が始まります。
テーブルの上に集まった贈り物の上に、二級天使クラレンスが携行していた「トムソーヤーの冒険」が開いて置かれていました。そこにはクラレンスからのメッセージが書かれていました。
「ジョージ、忘れないで下さい。友を愛し、友に愛されるものは神の祝福に値することを。そして、翼を有り難う。」クラレンスはジョージを正しく導いた事で神様から翼を与えられ一級天使になりました。ジョージは天を仰ぎ、天界の友人への祝福と感謝を捧げました。
オールド・ラング・サインの歌声は何時までも続きます。

この短いあらすじを書き上げ、読み返すだけでも、感激の涙がこぼれ出てきます。
自分の振り返った人生が、この様に輝いていたならどんなに素敵でしょう。

しかし、主人公ジョージ・ベイリーは特別な男であったでしょうか。決してそうではありませんでした。
ジョージは子供の頃から貧乏くじを引いてきました。いつもこうしたい、こうできたらという欲望を持ち続けていましたが、いつも神様に恥じない方を選んできました。
しかし、クリスマスの前夜、強欲な資本家に罠を仕掛けられ、窮地に陥り、わらにもすがる気持ちで、罠を掛けた張本人とも知らずに強欲な資本家に助けを求めに訪ねたところ、不明をなじられた上に、横領の罪までなすりつけられました。そして、生まれて初めて強欲な資本家に強い敗北感を抱きました。そして自分のこれまでの選択は誤りだったと嘆きました。
ですから、私達は誰もがジョージなのかもしれません。
そして、私達は誰もが、気づかないかも知れないけれど、愛し愛してくれる友人いることを、この映画は気づかせてくれます。

「友を愛し、友に愛されるものは神の祝福に値する」
クリスマスの金言として心に刻みたいと思います。

そしてまた、「素晴らしき哉、人生!」は、大切な一冊の本「この世で一番の奇跡」(原題 The Greatest Miracle in the World 1975年オグ・マンディーノ著)から受けた感銘と同じものを受け取りました。
私はこの本とずいぶん前に出会いましたが、この本の福音をこれまで理解していませんでした。最近、あらためて読み返すことがあり、その福音をこれからは大切にしていきたいと思っているところでした。
この本の中に、「神の覚え書き」という章があります。最近、ある滝の前で寒さに震えながら読みました。詰まらずに読んでも一時間以上掛かります。詰まりながら読んだので三時間以上も掛かりました。でも、とても神聖な心持ちになれました。
思いっきり下手な朗読ですが、添付したいと思います。


2018年9月24日月曜日

秋の夜長、太宰治の「葉桜と魔笛」を読みました。

※青空文庫 葉桜と魔笛
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/42376_15545.html

美しい姉妹の切ない嘘に、すっかり心を揺さぶられました。
太宰治はやっぱり少女の心が宿っていたのだと思えます。

朗読しました。下手な朗読ですが、秋の夜長に聴いて頂ければ嬉しいです。


2017年11月26日日曜日

クリスマス絵本を読みました。

昨日、ちょっと早いですがクリスマスの絵本をメインに読み聞かせを行いました。
クリスマス絵本として「クリスマスのおくりもの」「サンタさんありがとう(長尾玲子さく)」「急行北極号」の三冊を準備し、一番最初に参加してくれた小学一年生の男の子に、読み聞かせする本を一冊選んでもらいました。
「クリスマスのおくりもの」は、新約聖書のイエス誕生の記事に出てくる三賢者の一人(作中での名前はバルサザール王)の子イレーヌス王子が、三つの宝物を携えて誕生したばかりのイエスを祝福するために旅をする物語です。イレーヌス王子が旅の途中で出会った不幸な人たちに三つの宝物をプレゼントする行為は、どんな高価な宝物よりも気高く、イエスの誕生を祝福するに相応しいです。クリスマスは、イエス・キリストの誕生を祝福する祝日です。子どもたちがクリスマスがどんな日であるか、覚えてクリスマスを迎えてくれたらと思います。

追伸.
加西行、歩き始めて3~4㎞で足にちょっと違和感を感じ、姫路駅に向きを変えました。9㎞を約2時間、少し足が遅くなっていました。歩きではおはなし会に間に合わなかった、向きを変えて正解でした。姫路駅に着くとすぐに北条営業所行きのバスが来ましてそれに乗りました。ほぼ貸し切り状態で、バスに揺られながら山本周五郎「赤ひげ診療譚」に浸っていました。「赤ひげ」については読み終わった後、また感想を書きたいと思います。
今日はカメラを置きました。読書の合間に車窓を眺めますと里山は色付きの峠にあるようでした。枯れた黄色に染まっていました。

2017年7月16日日曜日

加古里子さん作「おたまじゃくしの101ちゃん」、朗読しました。

昨日、さくらと妻は東京へ
そして私は加西へ行きました。

久し振りの絵本朗読、前日に妻から何冊か絵本を出して貰い、今回はそこから読み聞かせする本を選びました。
その中で、読んで一気に惹き付けられたのが加古里子さん作「おたまじゃくしの101ちゃん」です。
絵本というより、落語絵本といった体の物語で、さまに人情噺でした。
読んでいると米朝さんや枝雀さんの声が聞こえてくる様で、どんどん物語世界に引き込まれていきました。夜のことでしたが、ついつい熱気を浴びた大声になり、家族からは近所迷惑と叱られてしまいました。でも子供たちきっと楽しんでくれるとも言ってくれました。
読み聞かせの会では、暴走することはありませんでしたが、でも小さな子どもたちも最後までしっかりと目を向けて聴いてくれていたのが嬉しかったです。

さっそく絵本朗読動画を作ってみました。
感想など聞かせて頂ければ嬉しいです。


2017年3月19日日曜日

久し振りの長歩き、疲れました

昨日は、約一年休んでいたお話しの会に出かけました。
まあ歳ですから、緊張することはありませんでしたが、30分間、如何に幼い子ども達をお話に惹き付けるかに意識を集中しました。
これまでは5分から15分くらいの物語を2、3冊朗読していましたが、今回、わらべうた絵本や2~3分ほどで終わる見せる絵本も数多く読み歌いました。お子さんとは言え、人前で歌を披露するのは久し振りでした。でも、ホールの反響の良さで、実際よりも良く聞こえたんじゃないかなぁと思っています。どうでした?

そして帰りは、昨年の退院以後、初めての長歩きで帰ることにしました。
約20㎞の行程を四時間と踏んで歩き始めましたが、やっぱり駄目ですね、足が思った様に進みませんでした。結局、JR曽根駅に19時に辿り着きました。ここまで4時間半、辺りはもう真っ暗でした。妻に車で駅まで迎えに来て貰いました。でも一日明けて、足の疲労はあまりない様子です。それがなにより良かったです。

2016年5月26日木曜日

週末は、半年ぶりの絵本朗読会担当の日です。

お早うございます。若い頃から変わらずに五時過ぎには起床して、新聞を読んだり食事をしたりetc.etc.で朝の時間を過ごしています。
週末、半年ぶりの絵本朗読会担当の日ということで、書棚から数冊絵本を取り出して朗読の練習を始めました。
BGMを掛けながら絵本の絵と文字に気持ちを入れて読みました。久し振りでしたので何度もつっかえひっかえしてしまいました。舌もなかなか回りません・・・
そして、「ずーっとずっとだいすきだよ」では老犬エルフィが亡くなったところから嗚咽しそうになって声がつまってしまいました。
あと二日しかありませんが、子供たちに楽しんでもらえるようにもうちょっと練習したいと思います。


2015年10月30日金曜日

絵本「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」を朗読しました。

南米の国ウルグアイ、ムヒカ大統領の素晴らしいスピーチが、
くさばよしみさん編の訳文と
中川学さんの絵で
心に染みます。

素晴らしい本です。
どうぞ本を手に取り、人間愛に満ちたスピーチを堪能して下さい。

この朗読が、この絵本を手に取ることに、一分でも貢献できれば幸いです。




2015年7月9日木曜日

チャップリンの悲劇「ライムライト」を朗読しました

先日、久し振りにDVDで本編を見、あらすじを書いたのですが、読み物風にできたので、それを台本に朗読紙芝居?を作る事を思い立ちました。そして先ほど、えらいやっつけですができました。
ストーリーも写真も音楽をとても素晴らしいのですが
ただ一つ、声が・・・滑舌が・・・もうひとつです。

2015年4月22日水曜日

5月2日(土)は、おはなし会の担当日です。

2010年から図書館の朗読ボランティアに参加して、早6年目に入ります。
この間で持ちネタも十話ほどできました。

今回は、持ちネタの中の次の三話を朗読しようと思います。
・つみきのいえ
・ずーっとずっとだいすきだよ
・わすれられないおくりもの

昨日から練習を始めました。当日、心のこもった朗読を子供たちに届けられる様に、後十日ばかししっかりと練習したいと思います。

初めて子供たちの前で朗読した絵本は、「びりっけつのビッケ」でした。
持ち時間30分を使い切る長い朗読で、ひたすら必死に読み続け、子供たちに気を配る余裕など全くありませんでした。
その反省から、とにかく子供たちにお話しの時間を楽しんでもらおう、その一念で続けてきました。
今回もパソコンで動画を流しながら朗読するスタイルで行おうと思います。子供たちには、美しい絵と音楽で物語世界を楽しんで貰いたいと思います。
14時、図書館でお目に掛かりましょう
(#^.^#)


2014年11月18日火曜日

絵本「あの路」を朗読しました。

5年前、いせひでこさんが描く水彩画の挿絵に魅了されて購入した絵本「あの路」を、朗読しました。

でも、いざ朗読を始めると、詩人山本けんぞうさんが描く物語は私には難解で、丸一日その解釈に費やしました。そして朗読しました。

前足の片方が無い三本足の野良犬と、母を亡くし叔母さんに引き取られた孤独で弱々しい少年の、ひと冬の交流の物語です。

叔母さんに引き取られた少年は、何故に学校に行かなくなったのか?
酷い暴力にあった三本足を見つけた少年は、どう変わったのか?何を落としたのか?
そして、
成長した少年は、何故ずっとひとりで歩いているのか?
どうぞ想像しながら聞いて頂ければと思います。

BGMに、欧州を舞台にした名作映画4作品のテーマ曲を使用させて頂きました。
1.太陽がいっぱい
2.夜霧の忍び逢い
3.禁じられた遊び
4.鉄道員


2014年11月1日土曜日

絵本「ペレのあたらしいふく」を朗読しました。

今日は、家にあった絵本「ペレのあたらしいふく」を朗読しました。
この絵本の作者エルサ・ベスコフさんは、「ピーターラビット」の作者として有名なビアトリクス・ポターに匹敵するといわれるスウェーデンの絵本作家だそうです。

ペレ少年が、自分のこひつじから刈り取った羊毛で新しい服を作り上げる物語です。
ペレは服作りのために必要な用事を回りの人々に頼み、その交換に依頼された仕事をします。

羊毛をすいてくれるおばあちゃん
糸を紡いでくれるおばあちゃん
糸を染める染め粉を与えてくれるペンキ屋さん
布を織ってくれるおかあさん
服を仕立てくれる仕立屋さん

そしてペレは、
みんなの役に立ちながら、望む服を手に入れます。

働く事の目的、喜び、大切さが、優しく描かれていました。

2014年10月29日水曜日

「ダニーへの手紙-死と孤独、小児ガンに立ち向かった子どもへ-」という本を朗読しました。

この本を書かれたE・キューブラー・ロス(Elizabeth Kubler-Ross)女史は、
ターミナルケア(末期医療)及びサナトロジー(死の科学)のパイオニア的存在の医学博士、精神科医です。

ある日、女史宛にガンに冒された9歳の男の子から手紙が届きました。
その手紙には、とても心をうたれる3つの質問がありました。

”いのちって、何?
死って、何?
どうして、小さな子どもたちが死ななければいけないの?”

女史は、男の子が、そして不治の病に苦しみ子ども達が、大切な疑問を理解できるようにと手紙を書きました。
それがこの「ダニーへの手紙」です。


女史は、この本の中で
人生は学校みたいなもの、と書かれています。

いろいろな事が学べるの

周りの人とうまくやっていくこと
自分の気持ちを理解する事
自分に、そして人に正直でいること
そして、
人に愛を与えたり
人から愛をもらったりすること

そして、全部合格したら
私たちは卒業できる

そしてほんとうの家にかえることが許される
それは神さまのところ

と結ばれます。



2014年3月7日金曜日

朗読「海の上のピアニスト」、作りました。

今週の始めに連休があって、海に行こうか、山に行こうか、いろいろと長歩き(格好良く言うとトレッキングでしょうか・・・)の計画を立てていたのですが、先週末に風邪を引き、また足首を痛めて、あえなく家で寝て過ごす羽目になりました。

そして幾つかビデオで映画を観ました。その中でも「海の上のピアニスト」は何度も見、しまいに映画を紹介する朗読ビデオでも作ろっと、と思い立ち、そして作りました。
風邪でかすれた鼻声ではありますし、エイヤァってな調子の作りではありますが、この物語は素晴らしいのだ!という熱意はお伝えできるかと思います。
へへ、どうぞお聞き下さいって、感想を頂ければと思います。
m(__)m


映画ですが、1カ所、日本語の単語が出てきます。「音楽」という単語です。1900の育ての親ダニーの葬儀の場で、1900は初めて音楽に接します。音に不思議がる1900に、アジア系の女性がそっと「音楽よ」と囁くのです。音楽、という言葉の響きがとても良いのです。



-朗読物語 海の上のピアニスト-

何か良い物語があって、
        それを語る相手がいれば、
            人生捨てたもんじゃない…

一人の薄汚れたトランペット吹きが、唯一の財産であるトランペットをお金に換えるために楽器店に来ました。
トランペット吹きは、20ドルで売り払ったトランペットを、最後に一度だけ吹かせてくれる様店主に頼み、題名のない、でもとてもロマンチックな曲を演奏しました。
その曲を聴いた店主は、やおら一枚のレコードを取り出して蓄音機に掛けました。スピーカーから美しいピアノの旋律が流れてきました。それはトランペット吹きが演奏した曲と同じ曲でした。

店主がトランペット吹きに尋ねます。
「君はこの曲を知っているのか?誰が作ったのだ?そしてこの見事なピアノ演奏をしているのは誰かね?」
トランペット吹きが、そのレコードはどこで手に入れたのか?と尋ねると、
店主は
「明日、海に沈められる船から払い下げられたピアノを買った。そのピアノの中に隠されていたのだ。割れていたが、貼り付け修復したのだ。」と話します。
店主が指さした先にはとても懐かしいピアノがありました。
トランペット吹きは、彼しか知らない秘密の物語、彼の中で伝説となったあるピアニストの物語を語り始めました。

---

1900年、ヨーロッパからの移民を乗せた豪華客船ヴィクトリア号がニューヨークに着きました。
乗客が降りた船内、一等乗客用の社交室にあるピアノの上に、一人の赤ん坊が置き去りされているのを船員が見つけました。
赤ん坊を見つけた船員は、移民局に届けず、赤ん坊を船の中で育てる事にしました。
そして船員は、1900年に生まれた赤ん坊だからと、NINETEEN-HUNDRED(以下、1900)と名付けます。

1900には記録が何一つありません。国籍も戸籍も誕生日さえありません。
ですが船の中で、船員達に愛されて1900はすくすく成長しました。

1900は、8才になったある日、進入を固く禁じられた場所に入りました。
そこは貴族やお金持ちが着飾り過ごす一等乗客用のキャビンです。
そして1900は、社交室で華麗にピアノ演奏するピアニストに釘付けとなりました。
その日から1900は夜な夜な社交室に忍び込んではピアノを演奏する様になりました。
それは見事な演奏で、いつしかキャビンの噂となり船長の耳にも届きました。
船長は1900の演奏を見て、船の専属ピアニストにすることを決めました。

そして数年が経ちました。
1900は青年に成長して「海の上のピアニスト」となりました。
その頃です、ひとりの若きトランペット吹きがバンドマンとして船に乗り込んできました。
トランペット吹きはマックスと名乗ります。
ジャズ演奏がとても上手でした。
ですから、バントの演奏中にも関わらず突然に指揮者を無視して即興演奏にふけってしまう1900とはすぐに打ち解け、とても良い友だちとなりました。
1900はどんなジャンルの曲でもピアノで演奏できました。
それだけでなく乗客のひとり一人の人生を見透かして曲にして奏でることも出来ました。


そんなある日、当代一のジャズピアニストが、1900に即興演奏の対決を挑んできました。
そして船上で世紀の対決が始まります。
先に演奏したのは当代一のジャズピアニストです。
ジャズピアニストは見事な演奏で観衆を魅了しました。
そして演奏が終わると、1900を挑発しました。
でも1900には人と争うという気性がありません。彼にとって演奏とは、美しい曲を奏でるすべでしか無かったからです。
ですが、マックスが1900の勝ちに全財産をつぎ込んでいたこと、またジャズピアニストの見事な演奏に刺激され、ジャズピアニストを上回る神がかりな演奏を披露して、世紀の対決を制しました。

1900の名声は、今や船外にも鳴り響く様になりました。
でも1900は船の外に全く興味がありません。
しかし、ある航海で出会った乗客から「海の声」の話を聞き、船上では聞くことが出来ない、陸の上でしか聞くことが出来ない「海の声」にとても興味を抱きます。
その乗客は、昔農夫でした。
ですが、ある年の干ばつで農地は廃れ、妻と四人の娘も病気で失いました。
農夫は生き残った末の娘を残し失意の旅にでました。
その失意の旅の途中で初めて海を見ました。
それは稲妻に打たれるほどの衝撃でした。
海が怒号で叫んでくるのです。
大きな力強い声で、繰り返し繰り返し。
「人生は無限だ!分からんのか、愚か者!」
そして農夫は、人生を最初からやり直す、決心をしました。


1900は、船上でレコーディングすることになりました。
彼の音楽は金になるとレコード会社が乗り込んできたのです。
1900はピアノの前に座り、船窓から見えるデッキの風景を眺めていました。
ひとりの少女が窓に映ります。無垢な少女の仕草に、彼は生まれて初めて淡い恋心を覚えます。
そしてとてもロマンチックな曲を奏でました。
レコーディングは大成功で、一枚のレコードの原盤が出来上がりました。
でも1900はそのレコードの原盤を少女にプレゼントすることに決めました。
しかし、1900は少女に告白する愛の言葉を持ち合わせていませんでした。
そして少女にプレゼントを渡すことさえ叶いませんでした。
ですが、少女が船を下りる直前、短い会話をすることが出来ました。
そして少女が、かつて1900に「海の声」の話をした男の娘であることを知りました。

それから何度目かの航海の後、1900は船を下りることを決心しました。
少女を訪ね、そして二人一緒になって「海の声」を聞くつもりです。
マックスは、自分の大切なキャメルのコートを1900にプレゼントしました。
船の仲間全員が1900との別れを惜しみます。
そして遂に1900が船を下りる日が来ました。
ニューヨークの摩天楼に向かって1900はタラップを降りていきます。
しかし、タラップの中程で歩みを止めました。
そしてしばらく街を見つめると、再び船に戻ってしまいました。
そして二度と1900が船を下りることはありませんでした。

月日が流れ、マックスが引退して船を下りることになりました。
それからまたしばらくして戦争が始まり、船は軍の輸送船に徴用されることになりました。

戦争が終わりました。かつてビクトリア号と名乗っていた船は傷み、廃船となる事が決まりました。

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トランペット吹きは、店主に一つの物語を語り終えた後、明日沈められる船に向かいました。
今もきっと船の中に身を潜めて生きている友人を探し出し、船の外に連れ出そうと思ったのです。
そして船主に事情を話し、船に乗り込みました。
でも、何度呼びかけても、友人は姿を見せてはくれません。
トランペット吹きは、店主にレコードと蓄音機を借りて、船の中で友人がかつて演奏した曲を流しました。
それでも姿を見せてはくれませんでした。
諦めて船を去ろうと立ち上がった時、暗がりの中に人の気配を感じました。
彼でした。
彼は姿を現しました。
タキシード姿で、今も若きピアニストのままでした。
彼は言いました。
「僕は、船の外に出る事ができない。」
人生には限りがある。それはピアノの鍵盤と同じで、始まりがあり、終わりがあるということだ。
僕はピアノの88の鍵盤でなら、無限の曲を奏でること出来る。
そして船の中で与えられた人生に満足している。
でも、船の外は果てしが無い。
まるで無限の鍵盤の様で、僕には演奏ができない。
無数の人生に通じる道を僕は選ぶことが出来ないのだ。

そして彼は、船と共に逝くことをトランペット吹きに告げました。
二人は固く抱き合い、そして別れました。


トランペット吹きは、船が沈むのを見届けた後、再び楽器店を訪ねました。
そして、友人を救えなかった事を話しました。
最後に店主が尋ねます。
「君は、誰がピアノにレコードを隠したか知っているのかね?」
トランペット吹きが、自分だ、と応えると
「では君は、とても良いおこないをしたのだよ」と慰めました。

店主は店を出ようとするトランペット吹きを呼び止めます。
店主は、トランペット吹きが店に残したトランペットを抱え
「これは君の大切な品物だろう。美しい話を聞かせてくれたお礼だ。」と言って、トランペットを手渡します。
トランペット吹きは大きく一礼し、店を出、通りの向こうへ歩き去って行きました。
その後ろ姿を、店主はいつまでも見送っていました。

-おわり-

2014年2月10日月曜日

今週末は、おはなし会です。

今週末は、半年ぶりのおはなし会です。今日から朗読練習を始めました。
以前作った朗読用ビデオが役立ちます。
絵と音楽が気持ちを高めてくれます。絵本の朗読は、ほんとに心が洗われます。

子供たちに
つみきのいえ
ずーつとずっとだいすきだよ
わすれられないおくりもの
の三本の物語を精一杯届けられればと思います。

p.s.
絵本朗読用のボイスレスビデオを公開しました。
皆さん、絵本を手元に置いて、一緒に絵本朗読を楽しみましょう!


2013年12月24日火曜日