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「戦争」は悪か。

沖縄戦に思いを馳せるなら、戦争末期、交戦国の圧倒的な戦力になす術もなく敗走を続けた日本軍の統帥部であった軍部、そして日本政府が取った最終手が最悪手であったことに目を向けるべきであろうと思います。 その手とは、日本本土決戦を構想し、「一億玉砕」、日本国民は軍民を問わず、名誉を重んじ...

2026年6月24日水曜日

水越けい子SummerLIVE

 先週土曜日、約45年ぶりに水越けい子さんのお姿を拝見、歌声に酔いしれることができました。

北浜のLIVEハウスROYALHORSEにて、17:30に始まったLIVEは、なんと二時間以上ぶっ続けで行われました。私は、店の方から勧められた北新地ビールと赤のグラスワインでほろ酔いになりながら、店自慢のケイジャン料理に舌鼓を打ちながら、歌詞を覚えているナンバーでは声を出して歌い、リズミカルなナンバーでは思いっきり手拍子を打って、楽しみ尽くしました。

19:40頃にアンコールが終わって、ボーカル水越けい子さん、ピアノ和田春彦さん、ギター福岡丈明さんを拍手で見送り、会計の列に並びました。そして自分の番が来た時にROYALHORSEの方に、水越けい子さんに家から持って来た自家製シュトレーンを差し入れしたいと申し入れると、水越さん、そこにおられるからと言われて後ろを振り向くと、水越けい子さんがテーブルに坐っておられるのが見えました。慌てて近づき、持って来たシュトレーンの包みをテーブルにおいて「45年来のファンです」と声を掛けました。写真どうですか、と言われ、盛り上げ隊の方にスマホを渡し、写真を撮ってもらいました。後で思い返すと、それはサイン会でした。新譜のCDやツアーのTシャツを購入したファンとの交流会でしたが、私はそうとは知らず、有頂天になって写真だけ撮らせていただきました。

水越けい子さん、45年前に二度ライブを観ましたが、ステージの上で歌う水越けい子さんはとても大きく輝いて見えていました。でも今隣に座る現在の水越けい子さんはとても小柄で華奢な女性でありました。どこにスタミナがあるのか、やっぱり凄い!と感嘆しました次第です。

「戦争」は悪か。

沖縄戦に思いを馳せるなら、戦争末期、交戦国の圧倒的な戦力になす術もなく敗走を続けた日本軍の統帥部であった軍部、そして日本政府が取った最終手が最悪手であったことに目を向けるべきであろうと思います。

その手とは、日本本土決戦を構想し、「一億玉砕」、日本国民は軍民を問わず、名誉を重んじ潔く死ぬことをスローガンに掲げ国民に強いたことです。

沖縄戦は、1945年4月1日のアメリカ軍による沖縄本島侵攻から始まりました。沖縄は島の姿を一変するほどの艦砲射撃に曝された上に、上陸したアメリカ軍大部隊の圧倒的な火力、戦力、物量によって生き残った日本軍の兵隊と沖縄県の民間人は島内の敗走を強いられます。そして同年6月23日、すでに霧散霧消と化した沖縄諸島を守備する部隊の司令部が自決するに至り組織的戦闘は終結したと記録されます。この記録された組織的戦闘の終結日である6月23日に、現在、沖縄戦没者追悼式が挙行されています。

しかし、司令部は自決に際し、次の一文を最後通達した命令に加えました。

「諸子よ、生きて虜囚の辱めを受けることなく、悠久の大義に生くべし」

この命令が呪縛となり、生き残った兵隊や沖縄の民間人は、投降し捕虜になることを互いが許さず、女性、子ども、病人、老人までもが死を強制されることになったのです。そして人々は、病人や子どもを殺し、自らを手榴弾や身投げによって殺しました。この底知れぬ地獄絵図が、沖縄戦を更に悲惨な記憶として、特に沖縄の人々の中に今も語り継がれているのだと思います。

「戦争」は悪か。

2022年2月24日に、演習と称してウクライナ国境に集結したロシア軍の大群は、一斉にウクライナへの侵攻を開始します。ミサイルを首都キーウを始め主要な都市に打ち込み、甚大なる被害をウクライナに与えます。しかし、圧倒的な戦力差を誇るロシア軍に対して、祖国を守るという志で志願兵となった国民の力によってロシア軍の侵攻を食い止め、更にウクライナを支援する多くの国の支援を受けて、今日現在も侵略するロシア軍と交戦を続けています。このウクライナ国民の戦いを、誰が悪と云えるでしょうか。それは唯一、ロシア軍の統帥者であるプーチンとその一味、そしてプーチンに加担する数カ国の統帥者だけでしょう。

「戦争」は悪か。

昔も今もこれからも、「戦争」は悪なのかどうか、私は自問し続けるだろうと思います。

「戦争」は手段であり、道具であるに過ぎないからです。問われるべきは、「戦争」を手段に用いる、道具として使用する、そして人命を毀損することも厭わない人間が、昔も今もこれからも、人間界から生まれ続けるだろうということです。簡単な話、一人のカリスマが現れれば、私たちは熱狂し、崇拝し、カリスマ指導者のただの手足となって、喜んで従うことになってしまうだろうし、また人間社会に影響を与える新たな思想や宗教が生まれれば、思想対立や宗教対立が始まって、それぞれが我々の思想や宗教の影響力を高める為に、配下の人間に更なる迎合を強い、そして全体主義化を招くことになるでしょう。

「戦争」は悪か。

今日行われた沖縄戦没者追悼式で、高市首相のスピーチが始まるやいなや、テレビでもしっかり聞こえる、「戦争をするな」とか「9条を守れ」というシュプレヒコール、怒声、ヤジが起こりました。その大合唱に、私はだいぶ苛立ちを覚えました。私が厳粛な面持ちになって、戦没者に思いを馳せ、追悼しているというのに、台無しにされた気分になったからです。高市首相のスピーチの骨子は「平和実現へ不断の努力を重ねていく」というもので、また沖縄県民に対して誠実なスピーチであったとも思います。

私たちの国「日本」の憲法は、全文で

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我々の安全と生存を保持しようと決意した。」と決意の宣言を述べています。9条は、「平和を愛する諸国民の公正と信義」の裏書きがあってこそ平和が実現出来るという他力本願的性質を帯びた条文であるとも言えると思います。

私たち日本は、敗戦の後、戦勝国の占領を受けた後、民主国家として歩み出して以来70有余年あまり、武力を伴う戦闘行為を行った事がありません。自衛隊は、戦闘最中の紛争地に出向いても、武器さえ携行せず、命の危険さえ顧みずに、戦闘で荒れ果てた町の戦後復興の為の活動に尽力しました。近隣国の度重なる挑発行為にも、領空領海侵犯にも、自衛隊は盾の役割から逸脱することはありません。それは他国の軍隊の規範からは有り得ないほど命をかけた自制的、犠牲的な行為となってしまっています。

今をそして未来において、日本の国民、そして領土が戦争で傷つかない様に、そして他国の国民、そして領土が戦争で傷つかない様に、この一国では決して成せない大望を実現し、それを持続する為に、まず日本の国民は、自らの憲法を見直す必要はあるし、大望を共有する国々と関係を大事にして、互いに守り合う関係を一つ一つ確実に広げていき、やがては世界中の国々が大望を共有し持続できるように、努力をしなければならない。それはきっと高市首相も、同じであろうと思います。それが「戦争をしない」ための唯一の道筋ではないかと思います。今の人間世界では夢物語なのかも知れませんが、この思想が新たな思想となって世界中に広がれば、いつか遠い未来にでも実現できる時が来るかも知れません。誰かが信じなければ始まりません。その最初の一歩を、私たち日本人から始めてみようではありませんか。

2026年6月19日金曜日

全粒粉入りパンのレシピ

 我が家の全粒粉入りパンのレシピです。

焼きたてほっかほかをパン切り包丁で一口大にカットして食べるもよし、冷めて日を置くと少しパサパサはしてきますが、オーブンで250℃3分弱で、外はカリッと中はしっとりの美味しいパンに甦ります。クリームチーズと相性良いです。

義母にこのパン好評なのが、私に取っては嬉しいことで、義母は、少しずつ手でちぎって食べているそうです。

パン焼成の工程(13)で、切り分けたパン生地の中に、モッツァレッラを入れたり、山椒の葉やバジルの葉を粉状にしたものを入れたり、練り込んだりするとハーブパンが出来上がります。いろいろと変化を楽しめます。パン作り奥が深くて面白いです。




紫陽花の季節

 妻は、家の花咲名人でして、今年も庭の紫陽花、綺麗に咲かせてくれました。

ぼーっとした頭で…

 水曜日の夜のことです。

眠りに落ちかけているときに、遠くで鳴る着信音が聞こえました。なんとか目を覚まし、少し不機嫌な気持ちで音が止んだスマホをつかみ、着信を確認すると、06から始まる番号で22:17着信と記録されていました。ぼーっとした頭で番号をGoogle検索すると発信元は「ロイヤルホース」でした。ん…、ぼーっとした頭で思い出しました、水越けいこさんの件やと。

そうです、今月初めに、何気に関西地区で水越けいこさんのコンサートしてないかなと検索していると、この6月20日(土)に大阪北浜のジャズ・レストラン&バー「ロイヤルホース」で開かれる水越けいこさんのサマーライブの予定を見つけました。予約のメールを送ると、キャンセル待ちで伺いますとの返信がありまして、まあ無理だろうと諦め、そして忘れかけていました。

ぼーっとする頭で、再びかかってきた電話に出ました。やはりライブの件でした。「キャンセルが出たので如何ですか?」という連絡でした。ぼーっとした頭でもラッキーと思い、抑揚のない声で承諾しました。

この不審な電話のやり取りを隣の部屋で聴いていた妻がやって来て「なんかあったん?」と訊ねてきます。ぼーっとした頭で、コンサート行くでと伝え、私は眠りに落ちました。

翌朝、メールを確認すると、22:19ロイヤルホースから「キャンセル出ました。ご都合如何ですか?」とメールが届いていました。あれは夢ではなかった、でも、まだ予約完了のメールは届いていません。

妻は、土曜日は天候が悪いからキャンセルでたんやと言います。でもそれでも良いんです。ぼーっとした頭でもラッキーと思えたのですからね。

とりあえず、土曜日、妻と久しぶりに大阪に出かけようと思います。

2026年6月16日火曜日

ワン・バトル・アフター・アナザー

 ”One Battle After Another”は、『次から次へと続く戦い』という意味で、トラブルや苦難が休む間もなく連続する状況を現す英語表現だそうです。

この英語表現がタイトルとなった、今年の第98回アカデミー賞で作品賞、監督賞など最多6部門を受賞した米国映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』を観ました。

この物語は、不法移民が不当に扱われる収容所や事業所を組織的に襲撃して移民を解放する極左革命グループ「フレンチ75(the French75)」と、白人の純潔主義を掟としながら利益のためには不法移民を不当に利用し殺害も厭わぬ秘密結社「クリスマス・アドベンチャーズ・クラブ(the Christmas Adventurers Club)」との『次から次へと続く戦い』、『不毛な戦い』が描かれていました。その戦いはもう壮絶で、身勝手で、残忍で、途中何度も視聴をやめようかと思いましたが、後半に入ってからのカーチェイス(逃走と追跡)のスリリングさと映像の斬新さに引き込まれ、この二転三転する物語の結末を何とか見届けることができました。


あらすじです。

フレンチ75で爆弾製造と爆破を担当し、今は名を変え16歳の娘シャーリーンと聖域都市(不法移民を含む移民に寛容な町)に暮らす冴えない初老の男パット・カルフーンが主人公です。この父娘に、クリスマス・アドベンチャーズ・クラブ(以下、CAC)の暗殺部隊が近づきます。それを察した父娘は別々のルートで逃亡を図ります。

暗殺部隊のリーダーは、16年前に移民収容所を守備していてフレンチ75に襲われ、リーダー格の黒人女性ペルフィティア・ビバリーヒルズに拘束された上、SEXを強要された経験を持つスティーブン・J・ロックジョー大佐です。

ロックジョー大佐は、白人至上主義者・純潔主義者を任じていましたが、ビバリーヒルズとのSEXの昂奮が忘れられず、ビバリーヒルズを自分のものにしたいという欲望に突き動かされます。そして執拗にビバリーヒルズを付け狙い、ビバリーヒルズが銀行強盗にしくじった時に身柄の確保に成功します。そしてビバリーヒルズに取引を持ちかけます。殺されたくなければフレンチ75の活動家のリストを白状した上、自分の女になれという取引です。

ビバリーヒルズは、フレンチ75の中でもひときわ過激な活動家です。その過激さに酔いしれ昂奮し、過度にSEXを求める性癖がありました。いつもその性衝動を仲間のパット相手に晴らしていました。この無節操な行動でビバリーヒルズは妊娠し女の子シャーリーンを出産します。パットはシャーリーンを愛し、ビバリーヒルズに供にフレンチ75を引退して静かに暮らすことを提案しますが、ビバリーヒルズは拒否し、二人のもとを去り、さらに過激で危険な活動に身を投じていきます。そしてつまずきCACに捉えられます。ビバリーヒルズは命乞いし、仲間を売り、ロックジョー大佐の女になることを選択します。

そしてCACによるフレンチ75の活動家狩り、暗殺が始まります。パットは名を変えシャーリーンを連れて身を隠します。ビバリーヒルズもまたロックジョー大佐の隙を突いて、メキシコに逃亡します。

ロックジョー大佐は、一連の活躍からCACの幹部の目に留まり、幹部候補に推薦されます。CACの幹部となるためには、白人純潔主義であることを、これまでも、これからも守り通すことを誓わねばなりません。そしてロックジョー大佐は幹部連中の前で誓います。その誓いは偽りです。そこからロックジョー大佐は、ビバリーヒルズとの関係の痕跡を消すために、ビバリーヒルズ、そしてパットとシャーリーンの追跡を開始します。

そして後半に入ります。

ロックジョー大佐は、シャーリーンの拉致に成功し、シャーリーンの血液を採取してDNA鑑定を行い、本当の親子であることを確定します。

パットは、シャーリーンが拉致されたことを知り、ロックジョー大佐を追跡します。シャーリーンは、ロックジョー大佐の隙を突き、逃亡を図ります。ロックジョー大佐は、逃亡したシャーリーンを殺害するために追跡します。そして、ロックジョー大佐とビバリーヒルズとの関係に気付いたCACは、ロックジョー大佐を排除、暗殺するために殺し屋を差し向けます。四つ巴のカーチェイスが始まります。

そして、おぞましい結末で、この物語は終わります。


この物語は、矛盾した『自由』の理念に突き動かされる人間の恐ろしさを描いたものではないかと想像します。

漢字の『自由』に対する英語は、”Freedom”と”Liberty”です。しかし、”Freedom”と”Liberty”は相反する理念です。”Freedom”は、生まれながらに持つ、制約や束縛がなく、自分の意志で思考や行動ができる「本質的な状態としての自由」を意味します。かたや”Liberty”は、国家や権力などの束縛や抑圧から「自ら勝ち取った・ルールや法の下で保障された権利としての自由」を意味します。

”Freedom”は、利己的な自由の欲求と言い換えられるかもしれません。また”Liberty”は、利他的な自由と言い換えられるかもしれません。どちらも尊い自由の理念ですが、”Freedom”と”Liberty”はバランスを保たなければなりません。”Freedom”に一方的に傾けば、強者による身勝手や独裁を助長することになり、”Liberty”に一方的に傾けば全体主義化を招く恐れがあるからです。

この”Freedom”と”Liberty”のバランスを欠いた人間が幅を効かせば、そして数を増やしていけば、民主国家は危機に陥ってしまう、この物語は、そういう現在の民主国家が直面する恐ろしさをデフォルメして描いているのではないかと想像します。

2026年5月20日水曜日

就寝時間を告げるウル


愛しのウルちゃんは、私が寝床で横になって本を読んでいると、いつも枕元に飛び込んできて、もう寝ようと云わんばかりに、読みかけの本の上に横たわり、本を枕にして狸寝入りを決め込みます。おかげで夜更かしもせず、私はほぼほぼ十分な睡眠が取れるようになりました。
ウルちゃんに感謝です。