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デモクラシー政治の腐敗が描かれた「スミス都へ行く」について書こうと思います。

「スミス都へ行く」 (原題:Mr.Smith Goes to washington 1939年アメリカ映画) この映画は、題名からは想像出来ないですが、「デモクラシー政治の腐敗を目の当たりにしたとき、私たちはどうすれば良いのか?」という現在の私たちも直面する不変的な問題への非常に...

2026年2月10日火曜日

何より大事な事は、『わたしたちの文化の礎となってきた国土を破壊させない』事ではないかと思います。

 ミュッレルは立ち上がって、

「とにかくこの戦争がドイツの国ん中でなくて幸せよ。まあ見てみねえな、あの砲弾穴の戦場をよ」

「違いねえ」とさすがのチャーデンも異議なく賛成した。


これは、小説『西部戦線異状なし』の第9章、与えられた休暇から戦線に戻ってきたボイメル君が、兵営の中で戦友と交わす会話の中の一文です。


私は、先に記した記事

「今こそ『西部戦線異状なし』を読む必要があるのではないか、と思います。」

https://harimanokuni2007.blogspot.com/2026/02/blog-post_8.html

の最後に、次のように書いて終えました。

「選択は限られています。

恭順による他力の平和にすがるのか、武力によって自ら進んで平和を獲得するのか、もしくはこの半世紀の様に国連の様な世界的な組織に加盟するか、連邦国家を形成して、集団的自衛・集団的平和維持に平和を委ねるのか……、わたしたち一人ひとりが、責任を担って、決定しなければいけないのだと思います。」


でも、何より大事な事は、『わたしたちの文化の礎となってきた国土を破壊させない』事ではないかと思います。


中世までの戦争、戦というのは、王や領主、殿様が、蓄えた金銀財宝という財力を使って、戦の専従者である武人や傭兵を養い或いは雇い、いざ戦争となれば、国境などに設定された戦場に武人や傭兵を派兵して、そこで一戦を交えて勝敗をつけるというスタイルでした。戦が終わった戦場に残るのは、切られたり突かれたり刎ねられたりして斃れた武人や傭兵の骸だけです。骸はいずれ土に還ります。毒薬でもまかれない限り、土地は破壊されることはありませんでした。

しかし近代になると、誰でも簡単に操作できる大量破壊兵器が開発されたことから、健康な臣民は誰でも徴兵して兵士に仕立て上げられるようになりました。これが大戦争を可能にしてしまいました。それでも武器を操作する人間が戦場に出向いていかなければ戦争はできません。ですから、戦争はまだ限定した戦場の中だけで行われていました。

しかし戦場の様子は一変しました。コンクリートや鋼鉄でできた頑丈な構造物さえも破壊する砲弾は、構造物だけでなく、土地をえぐり穴だらけにするだけでは飽き足らず、生き物を傷つける破片を無数にまき散らし、火薬や薬物は土地を深く汚染しました。毒ガスもしかり、地雷も然りです。そして、一度まき散らされた毒ガスや地雷は、長くその場に止まり続け、以後、何日も、何ヶ月も、そして戦争が終わった後、何年も、何十年も、それらが専門家によって取り除かれない限り、生き物がその土地に帰ることは出来なくなりました。

そして、人間はといえば、戦場に兵士として送られた臣民(市井の人々である学生や、労働者、農夫、漁師等々)は、大量に殺されるか、体に重大な損傷を受けるか、精神的な病に冒されることになり、戦争は勝っても負けても、国力の衰退を招くだけのものとなりました。

現代の戦争は、もう限度がなくなってしまいました。その始まりは第二次世界大戦です。

長距離飛行の爆撃機や長距離ミサイルが開発されたことにより、戦場は、非戦闘員である民間人、学校に通う子供や家庭を守る女性が暮らす場所まで広がりました。爆撃機が落とす大量の爆弾や遠方から発射されたミサイルが、人々が暮らす町村を、破壊し尽くせるようになりました。極めつけが核爆弾です。核爆弾は、一発で10万、百万の人間を一瞬に破壊するだけでなく、生き残った人間を死ぬまで放射能汚染で苦しめます。そして核爆弾を落とされた土地は、放射能に汚染され、何十年、何百年、放射能が減衰して生命に危険でないレベルにまで下がらぬ限り、その土地に生き物が帰ることは出来なくなりました。

日本は、第二次世界大戦末期、敗走の軍隊を尻目に、戦争遂行者である為政者は、本土決戦を決め込んだことから、国内の主要な都市や町々は空襲に晒される事になりました。その結果、80年が経過した今も、地中に眠る不発弾の脅威から逃れることは出来ません。原爆を投下された広島と長崎は、何十万という民間人が殺されただけでなく、放射能に犯された人々は以後、何十年も苦しみ続けました。現在の核保有国が保有する核ミサイルよりも千分万分の一ほどの威力しか無かった核爆弾であったことが、放射能汚染の影響が長引かずに両都市は見事なほどに復興を果たしましたが、それでも長く、人々は云われなき差別に苦しまれても来ました。

第二次世界大戦以後に起こった数々の紛争では、戦後も毒ガスや何千万と埋設された地雷に、市井の人々が被害に遭い続けています。そして現在、ロシアの侵略で始まった戦争ではウクライナ国内が戦場となり、歴史あるウクライナの町が破壊されています。戦場には今も地雷が撒かれ続けています。

2011年に始まったシリア内戦では、古来からオリエントの真珠と称された美しい都市ダマスカスは廃墟と化しました。

1948年に建国されたイスラエルによって土地を奪われたパレスチナの人々が押し込められたガザ地区は、止まないイスラエルの砲撃や空爆によって200万人の人々が暮らしている都市は廃墟と化し続けています。強国によりライフラインが破壊され、全滅の危機に直面してます。

隣国の土地を破壊し尽くして、汚染尽くして勝者となったとして、勝者となった国の為政者は、その破壊され汚染尽くされた土地をどうするのでしょう?彼らにとっては、人間など住めなくてもどうでもいいのでしょうか?


広大な国土を有する米国、ロシア、中国でも無い限り、日本の様な領土の狭い国は、戦争になれば逃げ場がありません。国民が暮らす全ての町が破壊し尽くされることになるでしょう。戦争になれば、神代の時代から育まれてきた日本の美しい風景も文化も、すべてを失うことになるかもしれません。

ならば、日本が取る行動は、一つしかないと思います。少なくとも、この東アジアで戦争を起こさせない様に、周辺国を説得することです。

日本でも核武装論が盛んになってきましたが、万一核ミサイルを一基二基、そして十基と保有したところで、何千基何万基をを保有する核保有大国には敵いません。なまじ核ミサイルを保有すれば、いざ核戦争が勃発したらいの一番に敵の標的になってしまうでしょう。そうしたら、国土が半永久に生命が住めない場所に陥ってしまうでしょう。

列強国なんて目指さなくていいと思います。あらゆる国の人々に、信頼される国、役に立つ国、そして心を癒やすことができる国、安全な国、きれいで清潔な国、そして戦争をしない国、暮らしたいとおもえる国、友人となりたいとおもえる国になる事ではないかと思います。それが、日本を平和な国にする方法ではないかと思います。

そのためには、日本に暮らす人々全員が、目的を共有して、そのために学び、実践しなければならないと思います。

2026年2月9日月曜日

WVS分析結果「もし戦争になったら、進んで国の為に戦う意志はあるか?」を見る

 世界価値観調査(WVS、World Value Survey)という、世界の異なる国の人々の社会文化的、道徳的、宗教的、政治的価値観を調査する国際プロジェクトがあります。

日本は、WVSの第1波(1981-1984)から調査対象国となっています。

調査結果のデータや分析結果は、WVSのホームページから、個人でもアクセスできます。現在は、第7波(2017-2022)まで公開されています。

https://www.worldvaluessurvey.org/WVSOnline.jsp

第8派(2024-2026)は現在進行中ですが、日本の調査は2024年中に完了し、分析レポートが、調査を実施した電通と同志社大学の連名で、2024年12月に公開されています。

https://www.dentsusoken.com/sites/dentsusoken_default/files/2024-12/WVS8_Japan2024.pdf

調査項目中のセキュリティーの項目の中に、「もし戦争になったら、進んで国の為に戦う意志はあるか?」という質問がありました。

その質問の、日本、韓国、台湾、中国、米国、ドイツ、ウクライナ、ロシアの分析データを抽出し、グラフにして見ました。


WVSの回答数が、各国の人口に対して約1/10万(中国に至っては約1/100万)であること、また質問者をどの様に選んだかも不透明であるために、あくまでも参考、一つの傾向程度に見る必要があると思います。

でも、それにしても、日本の「Yes」の比率13.2%は、ダントツに低いです。第7派の調査実施88カ国中でもダントツに低い比率です。 ※87位のリトアニアの比率は32.8%でした。
このWVSの調査も、日本国内ではほとんど知られていないのではないか、と思います。
WVSの調査は、約五年周期で行われています。少なくとも、国勢調査並に、国民に問い掛ける、国民に周知することで、国民の意識や関心を高めることになるのではないか、と思います。

2026年2月8日日曜日

今こそ『西部戦線異状なし』を読む必要があるのではないか、と思います。

 この書は、訴えでもなければ、告白でもないつもりだ。

ただ砲弾は逃れても、なお戦争によって破壊された、

ある時代を報告する試みにすぎないだろう。


という序文で始まる小説『西部戦線異状なし』は、ギムナジウム(現在の日本でいえば大学進学を目指す中高一貫のエリート校)で学んでいた十八歳のパウル・ボイメル君が、教師の半ば強制的な説得によって、クラスの同級生二十名と共に軍隊に志願し、苛酷で残虐極まらない西部戦線で一兵卒として二年を過ごした後、1918年11月11日に連合国側の勝利で世界大戦が終結を向かえる直前に二十歳で戦死するまでを、彼ボイメル君の主観で語られた物語です。

この『西部戦線異状なし』の物語は、著者エーリッヒ・マリア・レマルクの実体験が元になっています。レマルクの本名は、エーリッヒ・パウル・レマルクで、ミドルネームがパウルです。レマルクは実際にギムナジウムで学んでいた十八歳の時に軍隊に志願し、西部戦線で戦闘を経験し、塹壕戦の最中に榴弾の破片で重傷を負い、二十歳で終戦を迎えるまで病院で長期療養を経験しています。

レマルクの実体験が、ボイメル君の体験を迫真のものにしています。

特に、前半に描かれる塹壕戦・砲撃戦の描写や、後半の斥候中に遭遇して短剣で刺した敵兵ジェラール・デュバルがゆるゆると死にゆく様の描写、そして榴弾の破片で重傷を負ったことで収容された病院内の描写は、まるで臭いまで漂ってくる様でした。とても重苦しい追体験となりました。

沢山の印象的なシーンの中で、特に印象的な二つのシーンを書き記します。

一つは、西部戦線に新兵として出兵して二年が過ぎ、戦地に生き残る八名の同級生の一人、クロップとの会話です。

「僕らはもう戦争のお陰で何をやろうとしても駄目にされちゃったんだね」

「僕らはもう青年でなくなった」

「僕らは十八歳であった。この世界と生活とを愛し始めていた。しかるに僕らはその世界と生活とに向かって鉄砲を撃たなければならなかった」

「僕らは仕事と進歩というものから、まったく遮断されてしまった。僕らはもうそんなものを信じてはいない。信じられるものは、ただ戦争あるのみだ」

もう一つは、刺したジェラール・デュバルが半日も喘鳴を洩らして後死んだ後に訪れた沈黙に耐えきれずに、死んだデュバルに話しかけた言葉です。

「おい、戦友、僕は決して君を殺そうとは思っていなかったんだ。

君は僕にとっては、初めただ敵という観念だった。一つの抽象だった。それが僕の頭の中に働いて、殺そうという決意を呼び起こしたものだ。僕はこの観念を刺したのだ。今になって初めて僕には分かった。君だってやはり僕と同じ様な人間であることが。」

これらのシーンは、十八歳、これから未来に向かって歩みだそうとしていた、そして、まだ何者でもなかった少年が、戦場での壮絶な体験によって、殺し殺される為だけに生きる存在に陥ってしまったことを強く印象付けました。

この物語のエピローグを書き記します。

「ここまで書いてきた志願兵パウル・ボイメル君も、遂に1918年の10月に戦死した。その日は全戦線に渡って、きわめて穏やかで静かで、司令部報告は『西部戦線異状なし、報告すべき件なし』という文句に尽きている位であった。ボイメル君は前にうつぶして倒れて、まるで寝ているように地上に転がっていた。体を引っ繰り返してみると、長く苦しんだ形跡はないように見えた……あたかもこう云う最期を遂げることを、むしろ満足に感じているような覚悟の見えた、沈着な顔をしていた」

この一文は、一兵卒の死に対する無情さと、レマルク自身の戦死した戦友に対する憐れみと慰めを記したものではないかという印象を覚えました。


近代ヨーロッパで起こった初めての大戦争(第一次世界大戦)は、ありとあらゆる大量殺戮兵器(飛行機を利用した爆弾投下、殺傷能力の高い砲弾、地雷、毒ガス、戦車など)が開発され、戦場に投入され、相対する国の境に掘られた塹壕線には、半強制的に志願させられた、また強制的に徴兵された十八歳以上の少年や、働き盛りの青年や家庭の家長が次々に、無闇に送り込まれて、ただただ死者と一生を台無しにする傷を負わされた負傷者だけが増え続ける有様であった様です。

ドイツは、戦争を主導した帝政が敗戦濃厚にして民衆の革命によって倒されたことで敗戦が決定し、その後の戦後処理で莫大な賠償金を課せられたことで、ドイツの民衆の被害者意識や憤り、戦勝国への憎しみは相当なものに膨れ上がったのだと想像します。その被害者意識、憤り、憎しみが、後に頭角を現したヒトラー率いるナチス党のドイツ人種至上主義に飲み込まれ、ヨーロッパ・ユーラシア大陸の征服とナチスが下等人種と見なしたユダヤ人やロマ人の殲滅行動に向かわせたのだと想像します。

方や戦勝国となったフランスや英国も、ドイツと同様に膨大な人的損害を被ったことで、厭戦気分が蔓延し、それがヒトラー率いるナチスドイツの強大な軍拡化を許してしまった理由だとも云われます。


1991年12月にソビエト連邦が崩壊し、新たに誕生したロシアとの融和を図り、軍備縮小に動いたヨーロッパでは、長らく維持してきた徴兵制度を停止する国も現れました。ドイツも2011年に徴兵制度を停止しました。

しかし、2000年にロシアの大統領に就任したプーチンが、以後26年に渡りロシアを支配し続けて、2010年以降は旧ソビエト連邦支配下の国々への再びの支配欲を露わにし、遂にはウクライナから2014年にはクリミア半島を略奪し、2022年にはウクライナ全域を支配するために軍事侵攻を始めるに到りました。

それによってヨーロッパのロシアの脅威が決定的となって、再びヨーロッパは軍拡へ舵を切りました。ドイツも徴兵制度復活に向けて、今年から新たな兵役制度を導入しました。来年からは十八歳以上の男子に徴兵の為の医療検査が義務付けられることになるようです。

誰しも平和は享受したい。どの国の国民も平和であってほしいと願っています。

1945年に設立された国連が機能し、国連が主導する安全保障会議の決定を、すべての国が従うのなら、その平和の願いも叶うでしょう。そして極論をいえば国連加盟国に軍隊など必要では無くなるでしょう。

でも、実際のところは、国連という組織が設立された当初から、特に常任理事国である、現在の米国、ロシア、中国、英国、フランスの身勝手な核武装や軍備拡大、更には他国への軍事侵攻という蛮行は、なくなることはありませんでした。

そして遂には、常任理事国が主導した国際法を破ることさえ大国は厭わなくなりました。これは明らかに、これまでの半世紀とは違う、新たな乱世の時代の幕開けです。


『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』

これは古代ローマ時代の格言ですが、近代まではヨーロッパでも、アジアでも、そして日本でも常識であったのだと思います。大河ドラマに度々登場する日本の戦国三英傑、信長・秀吉・家康も必ず戦の前にこう宣言しますね、「戦のない(つまり平和な)世の中にする為」と。

第二次世界大戦後の日本は、敗戦と苛酷な戦時の記憶から国民の中に厭戦気分が広がって、かつ、連合軍の占領支配中に新たに発布された日本国憲法で『戦争の放棄』を日本の是としてから、曲がりなりにも武力を他国に対して一度も行使したことはありませんでした。

でも、実際のところは、日本を支配し続けている米国の軍事力の影響が外にも働いて、それがソ連や中国、北朝鮮からの軍事的脅威から日本を守り、この80年近く日本人が平和気分を味わえた根本的な理由ではないかと思います。

しかし、日本が頼りに頼っている米国が100年以前のモンロー主義(トランプがドンロー主義と言い換えている保守主義、孤立主義)を再び掲げて、南北アメリカ大陸を中心とする西半球のみを支配する帝国主義の政策に傾けば、日本を覆う米国の軍事力という傘は、気付いたら無くなっていた、という様な事態が近い将来に訪れることになるかも知れません。

その時になってはじめて右往左往し、無闇に軍拡や強国路線を掲げる為政者の煽動に、国民が煽られて熱狂して、闇雲に進んでいくようなことになれば、それは、戦前の日本と同じ様に、また戦前のドイツの様に、滅ぶまで、国民の命が無闇に消費されてしまう事態に陥ってしまうかもしれません。わたしたちが、そしてわたしたちの子や孫が、パウル・ボイメル君になってしまうかもしれません。

わたしたちは、今すぐにでも気付き、わたしたち一人一人が、責任を担って、日本のこれからの平和を求める在り方を、決定しなければいけないと思います。

選択は限られています。

恭順による他力の平和にすがるのか、武力によって自ら進んで平和を獲得するのか、もしくはこの半世紀の様に国連の様な世界的な組織に加盟するか、連邦国家を形成して、集団的自衛・集団的平和維持に平和を委ねるのか……、わたしたち一人ひとりが、責任を担って、決定しなければいけないのだと思います。

2026年2月5日木曜日

民、信無くば立たず

論語に由来する言葉で、『国民(民衆)の信頼がなければ政治は成り立たない』という意味。

毎年のように行われるようになった衆議院選挙が、昨年の10月21日に女性として初の首相となったばかりの高市早苗衆議院議員の突然の解散権行使によって、今年もそうそうに行われることになりました。

しかし、解散を察知した政界では、選挙の直前に、野に下った公明党と立憲民主党の衆議院議員が、中道改革連合(略して中道)という政党を結党しましたね。

『中道』という言葉は、仏教由来の言葉です。仏教学者ひろさちやさんは、著書『大乗仏教の真実』で、『中道』とは何か? について次のように述べています。

***

釈迦が言う『中道』は、宗教の修行法ではない。それは『人間らしい生き方』なのだ。人間が欲望に執着すれば、その欲望を充足させるために、あくせく、いらいら、がつがつと生きなければならない。仮にその欲望が悟りを開きたいといった宗教的な意味での欲望であっても、悟りを開くために、あくせく、いらいら、がつがつと修行せねばならない。それが苦行である。

しかし、欲望から解放されたとき、人間はゆったりと、のんびりと、おおらかに生きることができる。それが人間らしい生き方である。そして、人間らしく生きていれば、きっと覚りの境地に達することができるであろう。釈迦はそう考えたのであった。

また、「弾琴のたとえ」と呼ばれる、釈迦の言い伝えられる話があります。

出家して釈迦の弟子となったシュローナは、厳しい修行に打ち込んだが、いっこうに悟りが開けないがために、還俗を決意して釈迦に相談したときに、釈迦は「シュローナよ、そなたは家にあったとき、琴を弾いたであろう。琴の絃は緩いといい音は出ない。しかし、あまりにきつく締めすぎてもいい音は出ないばかりか、絃が切れてしまう。いま、そなたは、絃を締めすぎているのだよ。もっとゆったりと修行を続けなさい」と、『中道』を歩めと教えられたのである。

***

ならば、政治における『中道(中道改革主義)』とは何か?

Google AIは、

「政治における『中道』とは、左右の極端なイデオロギー(極右・極左)に偏らず、バランスの取れた穏健で現実的な政策を追求する立場です。分断や対立を避け、生活者目線での合意形成と安定した政治運営を重視する『中道改革主義』とも呼ばれています。」

と回答しました。

では、政治における『右と左』とは何か?

再びGoogle AIに問うと、

「政治における『右(右派・保守)』と『左(左派・改革/リベラル)』は、1789年のフランス革命時の議会の座席配置(右側に国王派、左側に改革派)に由来する政治的立ち位置です。一般に右は『伝統・秩序・国家』を重視し、左は『改革・平等・個人の自由』を重視する傾向があります。」

と回答しました。

評論家の浅羽通明氏は、著書『右翼と左翼』で、

***

「左」「左翼」は、人間は本来「自由」「平等」で「人権」があるという理性、知性で考えついた理念を、まだ知らない人にも広め(「啓蒙」)、世に実現しようと志します。これらの理念は、「国際的」で「普遍的」であって、その実現が人類の「進歩」であると考えられるからです。

ですから、現実に支配や抑圧、上下の身分、差別といった、「自由」と「平等」に反する制度があったら、それを批判し改革するのが「左、左翼」と自認する人の使命となります。

また、そうした改革、革命は、支配や抑圧、身分の上下、差別によって割を食っていた下層の人々の利益となる筈です。故に「下層階級」と結び付きます。以上の前提には、「政治や経済の仕組みは人間の手で作り替える事ができる」という考え方です。

対する「右」「右翼」は、「伝統」や「人間の感情、情緒」を重視します。「知性」や「理性」が賢しらにも生み出した「自由」「平等」「人権」では人は割り切れないと考えます。(「反合理主義」「反知性主義」「反啓蒙主義」)。

故に、たとえそれらに何ら合理性が認められないとしても、「長い間定着してきた世の仕組み(「秩序」)である以上は、多少の弊害があっても簡単に変えられないし、変えるべきではない」と結論します。

こうした「伝統」的な世の中の仕組みには、近代以前に起源を有した王制、天皇制、身分制などが含まれ、それらは大方、「階級的秩序」「絶対的権威」を含んでいます。

「右・右翼」と称する人は、それら威厳に満ちた歴史あるものを貴く思って憧れる「伝統的感情」を重んじ(「歴史主義」「ロマン主義」)、そんなものは人権無視で抑圧的で差別の温床だなどと賢しら(「知性的」「合理的」「啓蒙的」)に批判する左翼らが企てる「革命」「改革」から、それらを「保守」しようと志します。

***

と述べています。


私は、「人権」「自由」「平等」が保証された社会でこそ、すべての社会構成員(貧富も身分も精神的・身体的ハンデも年齢も性別も国籍も肌の色も、全て関係無く)が、社会の発展や進歩のための学びや活動に参画でき、延いては、人類の「共生意識」が保たれ「平和」を維持し、それが持続的な「進歩」や「発展」を可能にするのだと思います。

そして、私は『「人権」「自由」「平等」が保証された社会』を保証する、それを守る者でありたいと思います。

それが、一市井の人間としての政治への関わり方の責任であり、それを行使する一手段が、政治を代議する人を選ぶ選挙に投票することだと思います。

右・左という概念は、上で見てきた通り、前時代の遺物です。極端な言い方をすれば、冷戦時の共産主義や民主主義の対立という概念も、近代史の遺物です。

現在の日本や世界で起きている政治の対立は、独裁制と民主制の対立です。

しかし、現代の民主制の大きな弱点は、構成員である国民が、政治に関わるための知識や度量や義務、責任、節度を全うする、延いては、そのために命を賭す覚悟や決意が、教育の中でも、社会の中でも、学ばないし求められていないことだと思います。

そして、選挙の度に、立候補者は耳障りのよい「生活者ファースト」「国民ファースト」「日本国民ファースト」と、さもわたしが為政者となった暁には、わたしたちの政党が政権を担った暁には、国民に奉仕するという空虚な公約ばかりを並べ立てます。結局は、古今東西の右も左も、支配者目線で語るばかりです。

民主制ならば、主権者である国民に、厳しい事実を問い掛け、共に立ち上がり、厳しい事実と向き合い、改善できるように共に行動しようと訴える立候補者はいないのか、と思います。

現在の「人権」「自由」「平等」は、わたしたちの国日本でも、理念であり、理想であり、それを隅々にまで行き渡らせるための途上でしかありません。油断をすると、直ぐに後退するのが世の常です。そして現在の日本も後退期にあります。

耳障りのいい空虚な言葉を囁く者には惑わされず、厳しくも「人権」「自由」「平等」を進め隅々まで行き渡らせるために、共に活動することを訴える者に、私は信を預けたいと思います。

2026年1月12日月曜日

とんど焼き

 朝、正月のしめ飾りも持って、北脇町のとんど焼きの点火式を観に行きました。

自治会館前広場に10メートルはあろうかという立派なとんどが組み上がっていました。連中のまーくん、まんちゃん、ひろくんが中心となって組み上げたものです。

9時に点火されたとんどはみるみる間に先端まで炎に包まれまして、しばらくすると骨組みの竹が熱で弾ける破裂音が、まるで戦場さながらにパンパン、バン!ドン!と会場に響き渡りました。破裂した節が近くまで飛んできたのには、いやぁ~、ちょっとびくついてしまいました。でも、忘れませんでした。年明け、インフルで寝込んでいるイチャサンを思いながら、無病息災を願った次第です。(遅かりし内蔵助?)

とんどが終わった後は、集まった子どもたちに石焼き芋も振る舞われる様子です。旨いだろうな、なんて卑しい気持ちを抱きつつ、家路についた次第です。

摩訶不思議なAIサーチ

 昨日、1月11日の15時頃、県道421号大江島太子線を太子方面に向かって車を走らせていると、勝原区下太田交差点の右折側で警察車両が道を塞ぎ、警察官が侵入できない旨のサインを送っていました。交差点まではスイスイ来たのですが、ここから大渋滞が始まっていました。閉鎖された道の向こうを眺めますと、対向車線を走る車で100メートルほど先で迂回を強いられていました。

この交通規制はなんであったのだろうか? 同乗していた妻は、交通関係のサイトを回りながら原因を調べていましたが、何もヒットしませんでした。

それで、あらためて今日、GoogleのAIに問い合わせてみました。

質問文『昨日の2026年1月11日15時頃、姫路市勝原区の下太田交差点付近で交通規制がありましたが、その理由は何ですか?』

1月12日(月)11時の質問に対するAIの応えです。

『2026年1月11日(日)の午後、姫路市勝原区の下太田交差点付近で行われていた交通規制は、同日開催された「勝原地区・新成人を祝う会(仮称)」に関連するパレードや催事に伴う一時的な規制であった可能性が高いと考えられます。

この交差点周辺は例年、成人の日前日の日曜日に開催される地域行事のルートや会場付近となっており、警察による交通整理が実施されます。

【詳細情報と背景】

日程の合致: 昨日の2026年1月11日は、成人の日(1月12日)の前日の日曜日にあたります [今日の日付より算出]。

場所の特性: 下太田交差点付近は勝原地区の主要な通行箇所であり、地域の式典会場(勝原公民館など)に近接しているため、参加者の安全確保を目的に一時的な通行制限や誘導が行われます。

その他の可能性:

姫路城マラソン: 本大会は2026年2月に予定されており、昨日の規制とは無関係です。

突発的な事故: 15時頃に重大な事故が発生したという公式なニュース速報は現時点で確認されていません。 

最新の正確な規制理由を確認されたい場合は、兵庫県警察 交通規制情報 を参照するか、管轄の姫路南警察署へお問い合わせください。』

AIが検索のキーとした《勝原地区・新成人を祝う会》で、あたらめて検索をかけてみても、AIの応えに結びつきそうな情報を得る事が出来ませんでした。


それで、あらためて13時に同じ質問をして見ました。異なる回答が出て来ました。

『2026年1月11日(日)の午後、姫路市勝原区の下太田交差点付近で発生した交通規制の主な理由は、「令和8年姫路市消防出初式」に関連する行事の実施です。 

詳細は以下の通りです。

消防出初式の開催: 2026年1月11日は、姫路城三の丸広場を中心に「令和8年姫路市消防出初式」が開催されていました。

勝原地区での活動: 姫路市では中央の式典に加え、例年、各地区の消防団による分列行進や式典が地元の小学校グラウンド等で行われます。特に日曜日の午後は、分団車両のパレードや団員の移動に伴い、主要交差点(下太田交差点など)を含む周辺道路で一時的な交通誘導や通行規制が敷かれることが一般的です。 

なお、同日の15時頃に大きな事故が発生したという公式な報道は確認されておらず、行事に伴う一時的な規制であった可能性が極めて高いと考えられます。』


14時、さらに同じ質問をして見ました。するともっと具体的な回答が出て来ました。

『2026年1月11日(日)15時頃、姫路市勝原区の下太田交差点付近で行われていた交通規制は、「勝原校区 消防出初式」に伴うパレードおよび式典が理由です。

この行事は地域の恒例行事として例年1月上旬の日曜日に実施されており、2026年も同日午後に下太田交差点を含む周辺道路で、消防車によるパレードや徒歩部隊の行進が行われました。

規制の概要

日時: 2026年1月11日(日)14時30分頃〜16時00分頃(式典の進行により前後)

場所: 姫路市勝原区 下太田交差点周辺

規制内容: パレード通過時の通行止め、および周辺道路の車線規制

当日は消防車両の展示や放水演習なども行われ、安全確保のために警察と消防による誘導が実施されていました。

なお、同日の姫路市内では他にも強風の影響により「書写山ロープウェイ」が終日運休となるなどの影響が出ていましたが、下太田交差点の規制についてはこの地域行事が直接の要因です。』

AIの回答は、さらに具体的で断定的なものでした。

しかし、キーワードとなる《勝原校区 消防出初式》で、検索をかけても、該当するドキュメントはヒットしません。

この回答が正しいとして、AIはどこまで深く情報を掘り下げて調べられるのか?どこにそんな権限があるのか?まさかプライベートな情報デバイスまで侵入して調べられるのか?等々、等々、ちょっと恐ろしく感じてしまいました。

※追加
16時にあらためて問い合わせした、そのAIの回答です。
2026年1月11日(日)15時頃、姫路市勝原区の下太田交差点付近で行われていた交通規制は、「勝原校区 どんど焼き(とんど祭り)」の開催に伴うものです。

例年、この地域では小正月(1月15日)に近い日曜日に、下太田交差点に隣接する「下太田公園」や周辺の広場で伝統行事であるどんど焼きが行われます。昨日は3連休の中日にあたり、地域住民が集まって正月飾りなどを焚き上げる行事が実施されたため、周辺道路で一時的な車両通行止めや誘導などの規制が敷かれていました。

特に入場・退場が重なる午後の時間帯は、歩行者の安全確保や混雑緩和のために警察や自治会による交通整理が実施されるのが通例です。

回答が変わっていく、そのロジックが分かりません。


2026年1月10日土曜日

おごれる人も久しからず

昨日、読書が楽しめる馴染みの「珈琲の店 慈雨」に今年はじめて訪問し、美味しい珈琲とバタートーストを頂きながら、一冊の本を手に取り読みました。その本は内田樹さんのエッセイ集『疲れすぎて眠れぬ夜のために』でした。

目次を開くと、『Ⅳ 「らしく」生きる』という章題に目が留まり、そのⅣ章を開いて読みました。読み進めるうちに気に留めた箇所をスマホの一太郎で書き留めました。

【書き留めた文章】

『村上春樹は作家的直感によって、「ディセント(decent:礼儀正しい、まともとある、品位がある)であること」が、不条理な世界を生き延びるためのさしあたり最初のディフェンス(defense:防御、生き残るための手段)であるということを知っています。礼節というのは、まさに「生き延びるための知恵」なのです。』

『礼儀作法の目的は何よりまず「仮面をかぶることによって自分の利益を最大化すること」

『権力を持つ人間、決定権を持つ人間、こちらに対して強制力を発揮できる人間の前では、絶対に自分の「素顔」を出してはいけない。これが礼儀の基本です。』

内田樹さんは、昨今の若者の風潮である「素であること」「建前を排除して本音を通すこと」が、どれほど損をする行為であるか、そして戦時下や不条理な状況に追い込まれたときには、どれほど命を危険に晒す行為であるかを、文中で示し、ディセントを生き延びるための知恵としなければならないと説かれていました。

書き留めた箇所に「仮面をかぶる」とありますが、私もこれには大いに共感します。私は「立場の役者となって演ずる」という表現で、心の内に留めてきました。でも、そういうことが出来るのは、やはり十分な準備が必要で、心が、強く安定し、自信を持ち得た時だけです。それが無ければ、すぐに化けの皮は剥がれます。仮面は打ち破れるでしょう。

結局のところ、仮面もかぶれず、役者にもなれず、「素の自分」や「本音」しか出せないのは、私たち現代人に、心の余裕や自信というものが、そもそも育まれずにきたからなのではないか、また、そもそも隷属を強いられて、日々を追い立てられながら生きているからなのではないか、そんなことも考えてしまいました。

追伸

国家も然り、国政を担う為政者も然りです。日本だけをみても、中世から近代史において、生き残る為政者はみな品位と礼節を備えた腹の内の見えない人物ばかりです。品位もなく礼儀もなく、あけすけな人物は時の人にはなるかもしれないけれど、高みに辿り着く前に排除されいつしか居なくなっています。「おごれる人も久しからず」です。

世界は協調や協力の時代から力の時代へと逆行を始めています。一段も二段も謙りならが、自らの間合いを堅持すること、そして相手を見定めて礼節を以て接することで、生きる道を見定める、これからの為政者にはとても必要な能力なのではないかと思います。