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短編小説4 『三人の王の物語』 ~誰が生き残るのか?~

トマ・ピケティの「21世紀の資本」が、とても話題になっていますね。 本屋を覗くと、6千円近くする高額な本ですが、売り切れていました。 目についたのが、関連本の多さです。 また、テレビのニュースショーでも、よく取り上げられています。タレント化した経済評論家達が次々にピケティの...

2026年2月24日火曜日

春一番が吹いた日

 2月22日(日)は、最高気温が前日より5℃上昇して正午過ぎには20℃に達し、また15メートルを越える南風も吹いて、昼間はまるで初夏の陽気でしたね。

告別式が終わり、棺を見送ったのが12時過ぎでした。友達と別れてひとり車まで歩きながら空を見上げていると、初夏の中を歩いている様な錯覚を覚えてしまいました。

長女が話していました。

お父さんは、家族のためだけに一生懸命生きてきた人だと。(懸命に介護を勤しむ)家族に感謝の一言もいわない、頑固で物言いの悪いところはあったけれど(訪問看護師から、家族によくしてもらっている、感謝している、と話していたようだけど…)。

こんなふうに娘から言葉を送られて、きっと喜んでいるんじゃないかと思います。

春を待ちわびながら・・・

ドイツ菓子の本のページをめくっていますと、イースターに食べる菓子オースターフラーデンというものがありました。シュトレンと同じく、ナッツとレーズンがたんと入った焼き菓子です。オースターフラーデンは、形は円形で焼成まえに天に十字の切れ込みを入れ、焼成後は砂糖は塗さない菓子です。

昨年のクリスマス前にシュトレンを初めて作り、一通りの作り方を覚えましたので、春を前にシュトレン型の焼き菓子を作って見ることにしました。

《材料》

(1)発酵種(ポーリッシュ種)

  強力粉(春よ恋)…300g 牛乳…300cc

  ドライイースト(白神こだま酵母ドライ)…10g

(2)本生地

    強力粉(春よ恋)…700g 黒砂糖…500g

    無塩バター…200g ブランデー…100cc

    ミックスナッツ(カシューナッツ、クルミ、アーモンド)…180g

    ドライクランベリー…500g

    シロップ漬けラフランス(缶詰)…110g ※シロップ含むと195g

    シナモン…20g アニス…少々

  《発酵種を作る》

 ① 35℃に温めた牛乳に、ドライイーストを入れてかき混ぜる

 ② 強力粉に①を加え、軽く混ぜ合わせる。→ベンチタイム30分

《本生地を作る》

 ③ 黒砂糖を粉状に砕く

 ④ 無塩バターを軽く溶かす

 ⑤ ミックスナッツをミルで軽く砕く

 ⑥ スパイスをミルで細かく砕く

 ⑦ ブランデーにラフランスをシロップと一緒に入れて、マッシャーで潰す

 ⑧ 強力粉に、発酵種と③~⑦を加えて、よく混ぜ合わす

 ⑨ しっかり混ぜ合わせたら、ドライクランベリーを入れて、よく混ぜ合わす

 ⑩ 全体がしっとりしてきたら、500g毎に分けて、数度折りたたんで棒状にする

《焼成する》

 ⑪ 焼成まえ、ベンチタイム60分 ※すぐに焼成しない場合は冷蔵庫で保存


 ⑫ 焼成 オーブンで、170℃ 45分

⑬ 焼き上がり、少し冷めたら、刷毛で溶かしバターでコーティング

⑭ 冷めたら、粉砂糖を全体にまぶしてラップに包み、冷凍庫に保存


今年の、兵庫県南部の桜開花予想は3月28日(土)辺り、そしてイースター(キリストの復活を祝う日)は4月5日(日)、花祭り(お釈迦さまの降誕を祝う日)は4月8日(水)です。

一週間くらいしたら、シュトレンの味がしっとり馴染んできますので、そうしたら一個取り出して、少しずつ切り分けて、春の訪れを待ちわびながら、家族や友人と食べたいと思います。

2026年2月21日土曜日

友、梅香芳しき嘉節に逝く

この日が来ることは分かっていたけど、一報に触れた時はさすがに苦い思いが溢れてきました。

一番誕生日の遅い連中が、65倶楽部入りを果たすことなく、昨日の未明に逝きました。

火曜日に本人が希望して自宅に帰ってきたそうです。壮絶な苦しみようであった様ですが、妻や娘に看取られながら、最後は静かに息を引き取ったそうです。

一言でいえば我が強い男でした。家族に対してもそうであった様子です。

『一生懸命』を座右の銘にしていた男でもありました。

少年の頃はスラリとした美男子で、野球がとても上手かった。

学生の頃は音楽に夢中で、ブラスバンドのリーダーを担いながらサックスを吹いていました。

日本海海戦の物語が好きで、作戦参謀の秋山真之に憧れていた節がありました。だからでしょうか、『宇宙戦艦ヤマト』が大のお気に入りアニメでした。

そうそう、花の中三トリオが現れたときは、山口百恵一押しでした。デビュー当時の百恵さんは世の中的には人気三番手であったのに、やはり音楽の才を見定める嗅覚があったのでしょうか。

ただ、神経質な一面があって、二十代前半の一時期、とても苦しんでいた事を思い出します。それが為、以後一生懸命に生き抜くために、我を張るという術を覚えたのかもしれない。

そんな、身勝手な回想に、今、耽っています。

2026年2月20日金曜日

シルバーメダリスト坂本花織さん

 私至上一番大好きなアイススケーター坂本花織さんの、現役最後の演技が終わりました。

彼女的には、完璧ではなかった、でも、とても品があって、そして誰も追随できない伸びやかで速くて美しいジャンプとスケーティングに魅了されました。この上ない「愛の賛歌」の世界を堪能させて頂きました。

有り難う!!!


2026年2月17日火曜日

あなたの手の中に

 今朝早くに行われたペア・フィギュアスケーターりくりゅうの4分間に渡るフリープログラムには、息を呑みました。フィギュアスケートでこれほどに感動したのは、ソチの浅田真央さんのフリープログラムを観て以来だと思います。

キス&クライ(歓喜と失意)で、昨日の失意と今日の歓喜を味わうことになった木原龍一さんの男泣きする姿には思わずもらい泣きしてしまいました。そしてもうひとりの氷上のプリンシパル三浦璃来さんの木原さんに向ける得も言われぬほどの美しい眼差しにも感じ入りました。


お二人がフリープログラムで選曲された歌曲は、第73回(2001年)アカデミー賞作品賞を受賞した『グラディエーター』のテーマ曲『“Now We Are Free”(ついに自由に)』が『“Nelle Tue Mani”(あなたの手の中に)』という曲名でカバーされたイタリアの歌曲を至高のテノール歌手アンドレア・ボチェッリが歌い上げたバージョンでしたね。

『グラディエーター』は、パクス・ロマーナ末期のローマ帝国が舞台で、陰謀によって家族・地位・名声のすべてを奪われ奴隷の身に落とされた男(将軍マキシマス)が、剣闘士(グラディエーター)となって再びローマに現れ、陰謀を指図した張本人である皇帝コンモドゥスが企てたコロッセオでのタイマン勝負に挑み、企みによって瀕死の重傷を負いながらも、遂にコンモドゥスを討ち果たして平安を取り戻すという壮大な英雄譚です。

そして、平安を取り戻した男の魂が、妻と子の魂が待つ故郷に辿り着くラストシーンで流れる曲が『“Now We Are Free”(ついに自由に)』でした。映画では、女性の歌声でしたね、すごく印象的なシーンとして、25年経った今でもよく覚えています。


そして、今日のりくりゅうの至高の演技に感動を覚えながら、ボチェッリはなんと歌っているのか気になり、Google AIに訊ねてみました。

楽曲のタイトルとその歌詞の日本語を読んで、りくりゅうへの感嘆は更に増しました。

『Nelle Tue Mani”(あなたの手の中に)』

ボチェッリは、「自分を信じて~、すべてはあなた次第~」と歌い上げていたんですね。

解説をされていた高橋成美さんに『宇宙一です』と思わず言わしめた至高の演技、壮大なりくりゅうの英雄譚のラストシーンにもっとも相応しい楽曲でした。演技にも、そして楽曲にも、改めて大拍手を送りたいと思います。


“Nelle Tue Mani”


Era dentro te, soltanto un sogno

Ma presto il sogno sarà realtà

Ora crescerà la tua passione

Tra mille sfide ti guiderà


Credi in te


In ogni attimo, tu potrai scegliere

E non dimenticare che, dipende da te


Respiro libero, urlo dell'anima

Nelle tue mani se vorrai

Il tuo destino avrai


Respiro libero, urlo dell'anima

Nelle tue mani se vorrai 

Il tuo destino avrai


Non arrenderti mai

Dipenderà soltanto da te

Soltanto da te


“In Your Hands” ※Google AI翻訳 イタリア語→英語


It was just a dream inside you

But soon the dream will come true

Now your passion will grow

It will guide you through a thousand challenges


Believe in yourself


In every moment, you can choose

And don't forget that it's up to you


Breathe free, scream of the soul

In your hands if you want

You will have your destiny


Breathe free, scream of the soul

In your hands if you want

You will have your destiny


Never give up

It will depend only on you

Only on you


あなたの手の中に ※Google AI翻訳 イタリア語→日本語


それはあなたの心の中の夢でした

でも、もうすぐ夢は叶います

今、あなたの情熱は大きくなります

それはあなたを幾千もの試練を乗り越えさせてくれるでしょう


自分を信じて


どんな瞬間にも、あなたは選択をすることができます

そして、それはあなた次第だということを忘れないで


自由に呼吸して、魂の叫びよ

もし望むなら、あなたの手の中に

あなたの運命はあなたのもの


自由に呼吸して、魂の叫びよ

もし望むなら、あなたの手の中に

あなたの運命はあなたのもの


決して諦めないで

すべてはあなた次第

あなた次第

2026年2月12日木曜日

日岡山公園グラウンドのフェンスの一箇所、ぐらついていますよ!

先日、日岡山公園に散策に出かけたときのこと…

野球場の方から人工芝が一面に張られたグラウンド側に向かって歩いていると、グラウンド上で何やら選手が集まっているのが見えました。坂道を下る途中の観覧席上のフェンスに近づくとそれがラグビー選手であることが視認できました。フェンスを見ると、白いパネルが付けられています。内側に何が書いてあるのか気になって、フェンスにもたれかかってパネルの内側をのぞき込もうとした瞬間、フェンスがぐらついて思わず前に落ちそうになりました。

あらためて下に廻って、観覧席に上がり、フェンスに付けられたパネルに近づき仰ぎ見ると、小さな字で『危険! 倒れる恐れがあります! 絶対に触れないでください!』と書かれていました。

それはないようなぁ~と思わず嘆息しました。

後で施設管理者に連絡しようと、とりあえず写真を撮ったのはいいのですが、今日まですっかり忘れてしまっていました。

もう、修繕されていたら良し、そう思い、施設管理者である加古川市のスポーツ・文化課企画管理係に、とりあえずメールだけ入れました。

フェンスぐらついてますよ!あと、パネルで注意喚起するならば、正しく設置してね!って。


その場で忘れてしまった原因は、やはりグラウンドのラグビーをしばし観戦して、すっかりネガティブな感情が吹き飛んでしまったからでしょうね。グラウンドに居たのは姫路工業高校のラグビー部員たちでした。二チームに分かれて、ゲーム形式のパス練習を繰り返していました。選手たちみんな、体デカかったです。

2026年2月10日火曜日

何より大事な事は、『わたしたちの文化の礎となってきた国土を破壊させない』事ではないかと思います。

 ミュッレルは立ち上がって、

「とにかくこの戦争がドイツの国ん中でなくて幸せよ。まあ見てみねえな、あの砲弾穴の戦場をよ」

「違いねえ」とさすがのチャーデンも異議なく賛成した。


これは、小説『西部戦線異状なし』の第9章、与えられた休暇から戦線に戻ってきたボイメル君が、兵営の中で戦友と交わす会話の中の一文です。


私は、先に記した記事

「今こそ『西部戦線異状なし』を読む必要があるのではないか、と思います。」

https://harimanokuni2007.blogspot.com/2026/02/blog-post_8.html

の最後に、次のように書いて終えました。

「選択は限られています。

恭順による他力の平和にすがるのか、武力によって自ら進んで平和を獲得するのか、もしくはこの半世紀の様に国連の様な世界的な組織に加盟するか、連邦国家を形成して、集団的自衛・集団的平和維持に平和を委ねるのか……、わたしたち一人ひとりが、責任を担って、決定しなければいけないのだと思います。」


でも、何より大事な事は、『わたしたちの文化の礎となってきた国土を破壊させない』事ではないかと思います。


中世までの戦争、戦というのは、王や領主、殿様が、蓄えた金銀財宝という財力を使って、戦の専従者である武人や傭兵を養い或いは雇い、いざ戦争となれば、国境などに設定された戦場に武人や傭兵を派兵して、そこで一戦を交えて勝敗をつけるというスタイルでした。戦が終わった戦場に残るのは、切られたり突かれたり刎ねられたりして斃れた武人や傭兵の骸だけです。骸はいずれ土に還ります。毒薬でもまかれない限り、土地は破壊されることはありませんでした。

しかし近代になると、誰でも簡単に操作できる大量破壊兵器が開発されたことから、健康な臣民は誰でも徴兵して兵士に仕立て上げられるようになりました。これが大戦争を可能にしてしまいました。それでも武器を操作する人間が戦場に出向いていかなければ戦争はできません。ですから、戦争はまだ限定した戦場の中だけで行われていました。

しかし戦場の様子は一変しました。コンクリートや鋼鉄でできた頑丈な構造物さえも破壊する砲弾は、構造物だけでなく、土地をえぐり穴だらけにするだけでは飽き足らず、生き物を傷つける破片を無数にまき散らし、火薬や薬物は土地を深く汚染しました。毒ガスもしかり、地雷も然りです。そして、一度まき散らされた毒ガスや地雷は、長くその場に止まり続け、以後、何日も、何ヶ月も、そして戦争が終わった後、何年も、何十年も、それらが専門家によって取り除かれない限り、生き物がその土地に帰ることは出来なくなりました。

そして、人間はといえば、戦場に兵士として送られた臣民(市井の人々である学生や、労働者、農夫、漁師等々)は、大量に殺されるか、体に重大な損傷を受けるか、精神的な病に冒されることになり、戦争は勝っても負けても、国力の衰退を招くだけのものとなりました。

現代の戦争は、もう限度がなくなってしまいました。その始まりは第二次世界大戦です。

長距離飛行の爆撃機や長距離ミサイルが開発されたことにより、戦場は、非戦闘員である民間人、学校に通う子供や家庭を守る女性が暮らす場所まで広がりました。爆撃機が落とす大量の爆弾や遠方から発射されたミサイルが、人々が暮らす町村を、破壊し尽くせるようになりました。極めつけが核爆弾です。核爆弾は、一発で10万、百万の人間を一瞬に破壊するだけでなく、生き残った人間を死ぬまで放射能汚染で苦しめます。そして核爆弾を落とされた土地は、放射能に汚染され、何十年、何百年、放射能が減衰して生命に危険でないレベルにまで下がらぬ限り、その土地に生き物が帰ることは出来なくなりました。

日本は、第二次世界大戦末期、敗走の軍隊を尻目に、戦争遂行者である為政者は、本土決戦を決め込んだことから、国内の主要な都市や町々は空襲に晒される事になりました。その結果、80年が経過した今も、地中に眠る不発弾の脅威から逃れることは出来ません。原爆を投下された広島と長崎は、何十万という民間人が殺されただけでなく、放射能に犯された人々は以後、何十年も苦しみ続けました。現在の核保有国が保有する核ミサイルよりも千分万分の一ほどの威力しか無かった核爆弾であったことが、放射能汚染の影響が長引かずに両都市は見事なほどに復興を果たしましたが、それでも長く、人々は云われなき差別に苦しまれても来ました。

第二次世界大戦以後に起こった数々の紛争では、戦後も毒ガスや何千万と埋設された地雷に、市井の人々が被害に遭い続けています。そして現在、ロシアの侵略で始まった戦争ではウクライナ国内が戦場となり、歴史あるウクライナの町が破壊されています。戦場には今も地雷が撒かれ続けています。

2011年に始まったシリア内戦では、古来からオリエントの真珠と称された美しい都市ダマスカスは廃墟と化しました。

1948年に建国されたイスラエルによって土地を奪われたパレスチナの人々が押し込められたガザ地区は、止まないイスラエルの砲撃や空爆によって200万人の人々が暮らしている都市は廃墟と化し続けています。強国によりライフラインが破壊され、全滅の危機に直面してます。

隣国の土地を破壊し尽くして、汚染尽くして勝者となったとして、勝者となった国の為政者は、その破壊され汚染尽くされた土地をどうするのでしょう?彼らにとっては、人間など住めなくてもどうでもいいのでしょうか?


広大な国土を有する米国、ロシア、中国でも無い限り、日本の様な領土の狭い国は、戦争になれば逃げ場がありません。国民が暮らす全ての町が破壊し尽くされることになるでしょう。戦争になれば、神代の時代から育まれてきた日本の美しい風景も文化も、すべてを失うことになるかもしれません。

ならば、日本が取る行動は、一つしかないと思います。少なくとも、この東アジアで戦争を起こさせない様に、周辺国を説得することです。

日本でも核武装論が盛んになってきましたが、万一核ミサイルを一基二基、そして十基と保有したところで、何千基何万基をを保有する核保有大国には敵いません。なまじ核ミサイルを保有すれば、いざ核戦争が勃発したらいの一番に敵の標的になってしまうでしょう。そうしたら、国土が半永久に生命が住めない場所に陥ってしまうでしょう。

列強国なんて目指さなくていいと思います。あらゆる国の人々に、信頼される国、役に立つ国、そして心を癒やすことができる国、安全な国、きれいで清潔な国、そして戦争をしない国、暮らしたいとおもえる国、友人となりたいとおもえる国になる事ではないかと思います。それが、日本を平和な国にする方法ではないかと思います。

そのためには、日本に暮らす人々全員が、目的を共有して、そのために学び、実践しなければならないと思います。