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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2026年9月28日月曜日

(一時的)アナログな生活

 金曜日、タイガースがベイスターズに敗れたのを見届けて(21時過ぎでした)、さあ寝ようっと布団に入りしばらくしての事です。ウルちゃんが枕を占領していたので自分の左腕を後ろに曲げて枕にして窮屈な姿勢で寝ていたら、急に左胸から左肩、背中に掛けて引きつるような激しい痛みに襲われました。しばらくその痛みに耐え、体が少し動かせるようになったので、恐る恐る妻がいる居間に移動して、そこで横たわりました。

私を見た妻がびっくりして、姫はりに電話を入れてくれましたが、急患の術中で姫はりでは対応ができないため救急を要請するよう勧められまして、あたらめて119に電話して救急車を要請しました。

救急車が到着したのは0時前でした。その時点では痛みはだいぶ和らいできていました。救急隊員が急患受け容れ病院を探し、加古川中央市民病院が受け入れ要請に応えてくれました。家からだとだいたい20~30分ほどの距離です。

寝台のまま夜間救急科に運ばれた時には痛みの症状はほとんど感じなくなっていましたが、血液検査で心筋のダメージを計る酵素やタンパク質が上昇していたことから心筋梗塞が疑われ、カテーテル術で精密検査を受けることになりました。

カテーテル術が終わったのは4時15分頃でした。症状として、心筋梗塞には至らなかったものの左冠動脈の一本が収縮していて、冠れん縮性狭心症と診断を受けて、そのまま4階のICUの一室に運ばれました。そこから日曜日の9時半までの約28時間、アナログな生活となりました。ICUでは、携帯電話の使用は禁止で、導尿カテーテルや点滴に繋がれて夕方までベッドから身動きできない状況に置かれました。

午後の血液検査でようやく心筋のダメージを計る酵素やタンパク質が減少に転じたため、導尿カテーテルから解放され、夕方には明朝の退院が主治医から示されて安堵しました。

主治医は、私の症状のメカニズムについて丁寧に説明をしてくれました。

夜や早朝など安静時に起こる冠れん縮性狭心症は、予防としての薬物療法しかないこと、また冠れん縮性狭心症によって心臓自体が酸欠状態におちいり、致死的な心室細動を引き起こす恐れがあるという事を説明してくれました。私は2016年7月に心室細動で蘇生処置を施され、翌月に除細動器を埋め込みました。その後も2020年2月までに4回除細動器が作動し機械に命が救われました。2020年2月にアブレーション術を受けて、その後これまで除細動器が作動することも狭心症の症状も出ることはありませんでしたので、すっかり自分が持病を抱えている事を忘れていました。

でも、一度起これば、これからも起こると、更に用心して生活していこうと思います。

金曜日は、朝ドラ『風、薫る』の最終回でしたね。主人公のモデルとなったトレインドナースたちの奮闘が、現在の看護師たちにしっかりと受け継がれていることを、短い入院生活の中で、あたらめて実感した次第です。

P.S.

なぜにアナログと表現したのかには理由があります。木曜日に配信で2023年公開の日本映画『アナログ』を観たからです。携帯電話を持たない可憐な女性に恋をした気の良い男の純愛をユーモラスに描いた、どこか往年のフランス映画の香りをまとった、一言でいうなら宝物の様な素敵な映画作品でした。

私と言えば、たった一日でしたが、まったく自由に外部と連絡が取れない状況が不安でしかありませんでした。我ながらすっかりデジタルに毒されているなぁと実感した次第であります。

2026年9月6日日曜日

我々の過ちが再び忘れ去られる

観賞を待ちわびていたクリストファー・ノーラン監督最新作『オデュッセイア』を、昨日IMAXシアターで観てきました。IMAXシアターの空間が、ノーランの想像したイタケー島の王オデュッセウスの20年にも及ぶ艱難の旅とその結末を、圧倒的な映像美と音響と振動で再現し、私の心の奥底まで満たしていきました。三時間近い上映時間は、至福の時間となりました。

私がこの物語の中で強く心に残ったのは、王妃ペネロペの元に還り着いたオデュッセウスが、最後に発した言葉でした。

『闇夜に包まれた世界に新たな夜明けが訪れ、我々の過ちが再び忘れ去られる』

オデュッセウスはアカイア軍の一将軍としてトロイヤ戦争に参戦しますが、トロイヤの城郭が難攻不落であったために戦闘は長く酷着状態に陥ってしまいます。しかし10年が経過した頃、オデュッセウスの策略によって、アカイア軍は一夜にしてトロイアを陥落させることに成功します。その策略というのは、巨大な木馬を和平の証しとしてトロイアに献上するというものでした。この木馬の中に兵士を忍ばせ、トロイヤが木馬を城郭の中に運び込んだところで、夜闇に紛れて忍ばせた兵士が内側から城門を開き、その開け放たれた城門からアカイアの大軍が一気呵成になだれ込み、油断したトロイア人を殲滅したのです。

オデュッセウスは、アカイアの英雄として称えられ、イタケーへの帰還を、王の中の王ミュケーナイの王アガメムトーンに許されます。しかし、オデュッセウスの帰還の旅は、艱難に次ぐ艱難で、10年の歳月を要することになりました。王を待つイタケーでは、王の安否が分からぬままに時が過ぎ、王国には、王の在位と財産を狙う悪漢どもが、客分として居座り、しかし客分としての主人への礼儀などお構いなしに、脅し、偽り、王妃ペネロペと王子テレマコスに王位の譲渡を迫り続けていました。

オデュッセウスは、10年に及ぶ艱難の旅の終着でイタケーの惨状を見聞し、すべては己が招いた不始末であったことを悟ります。それは、神々の王であるゼウスの掟を、オデュッセウス自ら背いていたということをです。

ゼウスの掟、古代ギリシャ世界には、『クセニア』と呼ばれるもてなし・歓待の概念がありました。ギリシャ神が支配する古代ギリシャ世界では、『目の前にいる客人は、実は人間に姿を変えている神かもしれない』という考えに従い、客人がたとえみすぼらしい身なりの者であっても、主人は乞われれば、食事を与え休息の場所を与えなければならないのです。主人は客人をもてなし、客人は主人に非礼を働いてはならぬ、この戒めを破ることはゼウスの掟を破ることでありました。

トロイア戦争時、オデュッセウスの計略により、アカイアは和平の証しとしてトロイアに木馬を献上しました。トロイアはゼウスの掟に従い、木馬を受け取り、主人として、アカイアを客人として向かい入れたのです。しかし、アカイアはゼウスの掟を破り、トロイアを攻め滅ぼしました。その報いとして、オデュッセウスは10年にも及ぶ艱難の苦しいを味わいました。その報いは、部下にも及び、彼らはひとりとしてイタケーの土を踏むことなく冥府に赴きました。国に残した最愛の王妃や王子も、ゼウスの掟の呪縛に二十年も苦しみ続けていました。

クリストファー・ノーランは、ゼウスの掟を、キリスト教の黄金律である『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも同じように人にしなさい』として解釈しているというインタビュー記事を読みました。

私たちは、自らが艱難を経験した時にはじめて、この黄金律が身に染みます。助け合って生きようと思います。しかし、満たされ、或いは脅威を感じなくなった時、私たちは思い上がり、身勝手に振るまい、黄金律を忘れます。

ノーランは、映画の最後に、オデュッセウスの口を通じて、私たち現代に生きる者たちへ、『私たちは再び、轍を踏むのか?』と問い掛けている、そう強く実感した次第です。


※映画視聴後に読んだ記事:映画『オデュッセイア』における「ゼウスの掟」とは何か?専門家に聞く

https://www.elle.com/jp/culture/movie-tv/a73587092/theodyssey-zeus-law-explained-2609-hns/

2026年8月6日木曜日

高砂球場で、国際親善試合?を観戦しました。

 午前中、高砂市総合運動公園を散歩していると、野球場周辺でユニフォーム姿の選手を見かけました。どうやら社会人野球の試合が行われるみたいです。スタンドのゲートが開いていましたので中に入りますと、試合前の守備練習が行われていました。電光掲示板の文字が裸眼では見えず、対戦チーム名が分からないので、見える様に三塁側から外野の芝生席に入り電光掲示板に近づいていると、守備練習中の選手の会話が日本語でない事に気が付きました。

電光掲示板には、先攻:台湾社会人代表 後攻:日本製鉄瀬戸内 と表示されています。スマホで検索してみると、9月に日本で開催される第20回アジア競技大会に出場する台湾代表チームの強化試合として組まれた一戦でした。

一度球場を離れ、あらためて弁当を買って、妻と試合観戦することにしました。銀傘の下は心地よい風が通り抜け、自然の涼風に包まれながら試合終了まで観戦しました。

試合は8回裏DH小深田大地選手のダメ押しとなるレフトスタンド深くに突き刺さるツーランで5対0とリードした日本製鉄瀬戸内が、そのまま完封勝利しました。

でも、両チームとも、プロ野球と遜色ない、堅牢な守備、投手の迫力あるピッチング、打者のスタンドまで轟くスイングの音等々で、とても迫力がある試合を堪能しました。

こんな無料で観戦できる試合なのに、きっと告知がされていないのか、観客がほとんどいなかったことが残念に思いました。昨日から始まった夏の甲子園大会も良いでしょう。プロ野球もMLBも贔屓のチームを応援するのは楽しいです。ですがこの試合は、紛れもない国際親善試合です。近い将来、プロ野球でもMLBでも活躍しうる選手が見られる試合です。高砂球場は、とても野球観戦がとても近くで味わえる球場です。もっと告知されておれば、満員とは言わずとも、歓声が響く応援風景が見られたのではと思います。

今年のアジア大会の侍ジャパンは社会人野球の選手だけで構成されると書かれていました。盛り上がりはどうなるのか、ちょっと心配するところですが、侍ジャパンも台湾チームも、応援したいと思います。 頑張れ~!!!!

2026年7月31日金曜日

ひまわり

昨日、小野市のひまわりの丘公園に出かけました。着いた時間は正午過ぎでしたので、太陽の申し子であるはずのひまわりたちも、少し暑さでお疲れ気味の様子でした。

でも、ひまわり畑に時折吹き抜ける風が、とっても贅沢なほどに心地よかったです。

 

2026年7月1日水曜日

銀河の一票

 このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もう沢山の小さな星に見えるのです。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の一節です。

私ずっと忘れてました。自分が一つの星だってこと。忘れようとしてました。

一個一個強く光る力を持った星たちに、ぼんやりとした白い銀河ってまとめられて、雑に扱われることを、なんとか受け入れなきゃって。

でも違う。違いますよね。私たちは。

私たちは、一人ひとりが輝く星で、銀河があんなに綺麗なのは、一つ一つの星が綺麗だから。副知事候補 星野茉莉さんが教えてくれました。

銀河。東京都をより輝かせる方法は一つしかありません。

一つ一つの星、都民一人ひとりがより輝くこと。

輝くことを諦めも手放さなくてもいい、輝く気力を無くすこともなく、安心して幸いを見つけることができる。そんな世界を一緒に作りませんか?

何か困っていることはないですか?足りないものや多すぎるもの、不安なこと、ままならないことは何ですか?教えてください。

教えてもらえるシステム、私たち作ります。

あなたをひとりにしません。だからひとりにならないで。

遠慮なく光って教えてください。私はここに居るって。見つけます。絶対。

絶対無駄にしません。たったひとりのあなたが放つ、たった一つの尊い光。

銀河の一票。


きっと永く良作として視聴者の心に残っていくだろうドラマ『銀河の一票』、最終回、東京都知事選投票日前夜、最後の街頭演説で、月岡あかり候補が、集まった聴衆へ、LIVE映像を観る視聴者へ、活動を支えてくれる支援者へ、そして自分とソウルメイトとなった星野茉莉さんへ、心を込めて届けた決意のスピーチ。

ドラマの中の、所詮フィクションだと分かっていても、息を呑みました、心が感動で震えました。


そしてもうひとりの、国民に絶大な人気を誇り、当選は間違いないと目される、茉莉と兄妹の様にして育った日山流星候補の告白のスピーチにも、ドラマの中の、所詮フィクションだと分かっていても、息を呑みました、心が感動で震えました。


私たちは人質事件を利用したんです。倫理的に許されることではありません。

それでも、私と星野先生が力を得たかったのは、解釈改憲を止める為です。

解釈改憲とは、憲法の条文ではなく、その解釈を変えることによって実質的に憲法の内容や意味を変えるという事です。

本来憲法改正のハードルは高く、皆さんの意思が大きく反映されます。

でも解釈の変更は、閣議決定で可能です。

そしてこの解釈改憲は、主に平和に関する条項で行われます。

時代に合わせた変化も必要かもしれません。ただ、これが解釈という名の下に、皆さんの知らないところで、知らないうちに為されてしまうというのは…。それが必要な局面も、結果的に守られてきたものもあるでしょう。だからこそ、アフター(後)ではなく、ビフォアー(前)の話をしませんか。

話しましょう。一緒に考えましょう。

例えば、急速に進化を遂げているテクノロジーを駆使すれば、苦肉の策にも主権者である皆様の意思を取り入れる方法もあるかもしれない。正直そんな発想私にはありませんでした。

政治について考えるのは政治家の仕事だと。私が背負っているのは国であって、あなたではないと。いちいち民意をすくい取っていたらキリがない。そんなものは綺麗事だと。

綺麗な話をしましょう。

綺麗事だと揶揄されることを恐れずに。諦めず、探しましょう。

銀河が、一つ一つの星が。輝き続けられる道を。

世界と、あなたと、私の幸福のために。


この告白を聴衆のひとりとして受け取った茉莉が小さなランプに光を灯して掲げます。その告白に呼応する光は、流星の演説を聴く為に集まった大観衆の中に静かに広がっていきました。この光景は、フィクションの世界でも、ましてやノンフィクションの世界では、なかなかお目に掛かることのない美しい光景でした。


このドラマは、悪人がひとりもいないという希なドラマでもありました。心地よい人情喜劇ドラマ、作ってくれて、観させてくれて、有り難うございました。


追伸.

星野茉莉を演じられた黒木華さんは、以前から数多くの良作である映画やドラマに出演されていて大好きな役者さんでありますが、

このドラマをきっかけに、月岡あかりを演じられた野呂佳代さん、そして日山流星を演じられた松下洸平さん、大好きな役者さんとなりました。

2026年6月24日水曜日

弓削牧場の人懐っこい山羊ちゃん

5月に訪問した時に、
私の足元にじゃれてきた人懐っこい山羊ちゃん。
お名前は
明日香ちゃん?
風太郎ちゃん?
あまなつちゃん?
今度また訪問した際は、
名前教えてね

水越けい子SummerLIVE

 先週土曜日、約45年ぶりに水越けい子さんのお姿を拝見、歌声に酔いしれることができました。

北浜のLIVEハウスROYALHORSEにて、17:30に始まったLIVEは、なんと二時間以上ぶっ続けで行われました。私は、店の方から勧められた北新地ビールと赤のグラスワインでほろ酔いになりながら、店自慢のケイジャン料理に舌鼓を打ちながら、歌詞を覚えているナンバーでは声を出して歌い、リズミカルなナンバーでは思いっきり手拍子を打って、楽しみ尽くしました。

19:40頃にアンコールが終わって、ボーカル水越けい子さん、ピアノ和田春彦さん、ギター福岡丈明さんを拍手で見送り、会計の列に並びました。そして自分の番が来た時にROYALHORSEの方に、水越けい子さんに家から持って来た自家製シュトレーンを差し入れしたいと申し入れると、水越さん、そこにおられるからと言われて後ろを振り向くと、水越けい子さんがテーブルに坐っておられるのが見えました。慌てて近づき、持って来たシュトレーンの包みをテーブルにおいて「45年来のファンです」と声を掛けました。写真どうですか、と言われ、盛り上げ隊の方にスマホを渡し、写真を撮ってもらいました。後で思い返すと、それはサイン会でした。新譜のCDやツアーのTシャツを購入したファンとの交流会でしたが、私はそうとは知らず、有頂天になって写真だけ撮らせていただきました。

水越けい子さん、45年前に二度ライブを観ましたが、ステージの上で歌う水越けい子さんはとても大きく輝いて見えていました。でも今隣に座る現在の水越けい子さんはとても小柄で華奢な女性でありました。どこにスタミナがあるのか、やっぱり凄い!と感嘆しました次第です。