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「アルケミスト」に込められた人生の極意

九十を過ぎた母は、何もなければすぐに横になるようになりました。それで、寝過ぎて体が弱ってしまわないようにと読書を勧めることにしました。 勧める本は、あったかい物語、が描かれた比較的頁の少ない本です。 最初に勧めた「母と暮らせば」は、よほど母の心の琴線に触れたのでしょうか、就寝...

2026年2月21日土曜日

友、梅香芳しき嘉節に逝く

この日が来ることは分かっていたけど、一報に触れた時はさすがに苦い思いが溢れてきました。

一番誕生日の遅い連中が、65倶楽部入りを果たすことなく、昨日の未明に逝きました。

火曜日に本人が希望して自宅に帰ってきたそうです。壮絶な苦しみようであった様ですが、妻や娘に看取られながら、最後は静かに息を引き取ったそうです。

一言でいえば我が強い男でした。家族に対してもそうであった様子です。

『一生懸命』を座右の銘にしていた男でもありました。

少年の頃はスラリとした美男子で、野球がとても上手かった。

学生の頃は音楽に夢中で、ブラスバンドのリーダーを担いながらサックスを吹いていました。

日本海海戦の物語が好きで、作戦参謀の秋山真之に憧れていた節がありました。だからでしょうか、『宇宙戦艦ヤマト』が大のお気に入りアニメでした。

そうそう、花の中三トリオが現れたときは、山口百恵一押しでした。デビュー当時の百恵さんは世の中的には人気三番手であったのに、やはり音楽の才を見定める嗅覚があったのでしょうか。

ただ、神経質な一面があって、二十代前半の一時期、とても苦しんでいた事を思い出します。それが為、以後一生懸命に生き抜くために、我を張るという術を覚えたのかもしれない。

そんな、身勝手な回想に、今、耽っています。

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