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差別の天秤
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2012年10月26日金曜日
新聞記事『ドイツ、ロマ人犠牲者追悼の碑建立』を読んで
昨日の新聞に『ロマ人犠牲者追悼の碑-ベルリン中心部にロマ慰霊碑建立-』という記事がありました。
以下引用---
ナチスドイツによる集団殺害の犠牲となったロマ民族を追悼する記念碑がベルリン中心部に完成し、24日、ガウク大統領やメルケル首相が出席して除幕式典が行われた。
記念碑は直径12メートルの黒い円形の水盤などからなり、かつてジプシーと呼ばれたロマ人詩人の作品が、ドイツ語と英語で記されている。迫害の歴史を解説した説明板も設置された。記念碑建設は1992年の独政府が決定したが、碑に刻む文を巡ってロマ人団体相互の間で合意が長引いたことなどから、完成までに20年の歳月を要した。
欧州では、ナチスドイツ時代に約50万人のロマ人が強制収容所などで殺害されたとされる。戦後ドイツでは、ユダヤ人大量殺害(ホロコースト)への関心が高く、補償や記念碑建設の対象となったのに対し、ロマ人迫害は注目を浴びることが少なく、ロマ人団体では記念碑建設を求めていた。
時事通信記事引用---
ナチス・ドイツに虐殺された少数民族ロマを追悼する慰霊碑がベルリン中心部の連邦議会議事堂前に建立され、記念式典が24日、開かれた。式典にはメルケル首相やガウク大統領のほか、生存者約100人が参列した。
かつてジプシーと呼ばれ差別されたロマは、ナチスの絶滅政策で約50万人が殺害されたとみられているが、旧西独政府は1982年までジェノサイド(大量虐殺)と認めなかった。メルケル首相は式典で、「あまりに長い間、無視され続けた犠牲者をしのぶとともに、言葉で表せないほどの不当な行為を記憶にとどめる慰霊碑だ」と語った。
最初はユダヤ人犠牲者追悼慰霊碑と置き換えて読んでいました。『ロマ人』が全く分からなかったのです。そしてGoogleで『ロマ人』を検索すると、14世紀頃からヨーロッパに移動してきた民族で、定住を求めず、移動生活に生きるジプシーの民でありました。
ロマ人はそれがために、定住民から異質の民と見られ、また外から災いをもたらす民という偏見の為にさまざまな迫害を受けてきました。
そしてヨーロッパがナチスに支配されていた頃、ロマ人は『劣等民族』と認定され、ユダヤ人と同様に大量虐殺されたのでした。
第二次世界大戦の敗戦国として、そして周辺国から暴虐を尽くした国として、とくに名指しを受ける日本とドイツですが、戦後ドイツは、ベルリンにユダヤ人犠牲者追悼碑を建立し、そしてこの度、ロマ人の犠牲者追悼慰霊碑を建立しました。
歴史を余り詳しく知らないので、感想でしかありませんが、ドイツの様に過去の罪をあらためて現代に公にし、碑を建てて未来に継承しようとする国を他に知りません。
ひるがえって日本を見ると、特にこの20年余り、隣国韓国から、また遠くオランダからも慰安婦問題が問われ続けています。
日本政府は、過去の過ちを踏まえて、女性の名誉と尊厳に関わる今日の問題に積極的に取り組み、また民間基金を通じて慰安婦として辛い目に遭われた方に補償金を提供しているとされます。
この10年で、東アジアの先進国に躍り出た韓国は、英語圏にもどんどんと進出し、特にアメリカにおいて日本よりも発言権が増しています。
そしてニューヨークのタイムズスクエアに従軍慰安婦問題を訴える広告を揚げたり、主要な都市に市の財源を使って慰安婦問題記念碑を建立しています。
日本が、過去の罪はそれぞれの国との間で決着を見た。であるから現在そのような問題は存在しないと正論に終始しても、そして未来に向けて基金を募り、現代の諸問題の解決に積極的に取り組んでいようとしても、今、その問題を知らない世界で、問題を告発する碑が建立されれば、その問題は、その世界に住む人々にとって今の問題となるように思います。日本人はなんて野蛮なのか?という悪い日本人のイメージが一人歩きをしてしまいます。
人と結びつこうとする時、心で念じただけでは、誰ひとりとして結ぶつくことは難しいです。信じて、と願っても同じ事です。
同じく、謝罪の心もそうです。念じるだけでは伝わらないのだと思います。
私たちは、世界に発信する明示的な印を自ら建立しなければならないのではないか、このニュースを読んで、そんなことを考えさせられました。
Windows8発売日に、映画『ユー・ガット・メール』を観ました。
今日、Windows8が発売されました。秋葉原では深夜0時に売り出され、それを目当てに長蛇の列が出来ていたのにはちょっとビックリでした。そのニュースを見て、Windowsが爆発的に世の中に浸透するきっかけとなったWindows95の発売日を思い出しました。それはまさに世紀のイベントの様相で、ニューヨークも東京も深夜0時に発売が開始され、すべてのTVネットワークがその光景を中継したのです。
私などは、そんな列に並ぶことはありませんでしたが、ワクワクしながらTVニュースにかじりついていたことを思い出します。
Windows95は電話回線を通じてコミュニケーションを行う事を、私たちに身近なものにしました。でも今のインターネットから見れば遥かにメニューが限定されていて、契約しているプロバイダに電話を掛けて、電話が繋がったらメールやチャット、掲示板機能が利用できるというものでした。パソコン通信です。
私が始めて利用したプロバイダはNIFTY-Serve(ニフティサーブ)でした。パソコン雑誌についていたNIFTY-Serve通信ソフトをインストールし、初めて電話機から電話のコードを外してパソコンに付け替え、そして私のパソコン通信が始まりました。
このパソコン通信で、当時世界規模でシェアを獲得していたのがAmerica Online(通称AOL)です。そしてWindows95のヒットにあわせて、日本でもAOLのサービスが開始しました。AOLのMailerはとても洒落ていました。メールが届くと、好みに男女の声で
"You've Got Mail"
とアナウンスをしてくれるのです。
長々の前振りとなりましたゴメンなさい。
そう、Windows8発売のニュースから、パソコン通信を始めた頃までさかのぼってしまい、そして当時、パソコン通信のメールを題材にした大ヒット映画『ユー・ガット・メール』が懐かしくなりビデオで見ました。
当時、ロマンテック・コメディの女王として人気の頂点にあったメグ・ライアン、そしてトム・ハンクスが主演です。面白くないわけがない、そう思って映画館で観ました。
とても面白かったのですが、日本では丁度、冬興行が終わって春興行の繋ぎの短期間上映ですぐに次の作品に切り替わってしまいました。でも、本当に面白く、そしてパソコン通信だけではなく、当時の時代変化も感じ取れる映画ですので、是非観賞をお薦めします。
あらすじです。
30代半ばの男女が主人公です。二人にはそれぞれ恋人がいますが、ある日パソコン通信のチャットで知り合い、電子メールを交換する仲になったのです。お互い"Shopgirl"そして"NY152"と名乗るだけですが、でも心を許して話が出来る唯一の友達でした。
女性の名前はKathleen Kelly、ニューヨークアッパーウエストサイドの街角にある"THE SHOP AROUND THE CORNER"という児童書専門店を営んでいます。母の代から始めた店で今は彼女が引き継いで経営しています。彼女は児童書に造詣が深く、また児童書を通じて子供を育むことを信条としていました。
男の名前はJoe Fox、本のディスカウントチェーン店の三代目です。彼は本を単なる商材と見なしビジネスで勝ち抜くことを信条としていました。
二人はそれぞれ信条に合致する恋人がいました。女には教養と知性が鼻につく男、男にはわがままで強引な女が恋人でした。でも二人はまだ気付いてはいませんが、本当は心を許せるベストフレンドを求めていたのです。
Joe Foxは、アッパーウエストサイドに"FOXBOOKS SUPERSTORE -just around the corner-"をオープンしました。
広々とした店内には15万冊のディスカウント本を常備し、ゆったりとしたソファー、そしてカプチーノを飲みながらゆっくりと読書を楽しめるコーナーまであります。
そして次々に老舗の書店を駆逐しました。
それでもKathleen Kellyは、母の代から愛されてきた私の児童書専門店は大丈夫と信じていました。でも店の常連はFOXBOOKS SUPERSTOREに流れ、これまで共に歩んできた作家も活動の場所をFOXBOOKS SUPERSTOREに移します。
感謝祭の日、Kathleenの店にJoeが幼い叔母?と幼い弟?を連れて訪れます。子供たちが絵本の朗読会に参加したいと願ったからです。そして二人は初めて声を掛け合い話をしました。Joeは『ジョー』とだけ名乗り、Kathleenは『キャスリーン・ケリー』と名乗っての何気ない会話でしたが、互いに好意を抱きます。
しかし数日後、互いに恋人に付き添って参加したあるパーティーの席で鉢合わせし、キャスリーンは、ジョーがFOXの御曹司、憎っくき敵であることを知ります。
ジョーは思わず彼女に暴言を吐き彼女をやり込め、でもキャスリーンは思いの一言も彼に投げつける事が出来ません。
自宅に戻った二人は、パソコン通信で互いの後悔を露呈し、慰め合います。
キャスリーンがビジネスで困っていると知ると、ジョーはビジネスと割り切って厳しく戦えとアドバイスをします。
そして現実の二人は児童書専門店存続を掛けて戦う敵となり、でも心はしっかりと結びついていきました。
キャスリーンは店の存続を掛けて活動しますが、でもやはり店の経営は厳しくなります。そして"NY152"に助けを求め、会いたいと告げ、二人はコーヒーショップで会う約束をします。
キャスリーンは、小さなテーブルに愛読書『高慢と偏見』と一輪の花を目印において"NY152"を待っていました。ジョーは店の入り口から中をのぞき込んで、"Shopgirl"がキャスリーンであることを知ります。ジョーは一度は会わずに帰ろうとしますが、でも彼女に会いに行きます。ジョーは軽口で彼女と会話を続けようとしますが、キャスリーンは暴言を吐いて彼を傷つけます。二人の初めてのデートはとても苦いモノとなりました。
キャスリーンは、パソコン通信を通じて彼に、ジョーを言葉で傷つけてしまったことを露呈し、また出会いをすっぽかされても、いつも心を許して話せる彼に対して『ありがとう』と告白します。ジョーは本当に大切な人を知りました。
月日が流れ、キャスリーンの店は閉店します。そして二人はそれぞれの恋人とのパートナー関係を解消します。
ジョーは、彼女が風邪を引いて寝込んでいることを知り、彼女の大好きな花デイジーを持って見舞いに訪れます。
ジョーはさりげなく彼女に店を閉店に追い込んだ罪の許し請い、そして友達になりたいと話します。そして彼女が会おうとして会えなかった男がパソコン通信で知り合った事実を当て、"You've Got Mail"は胸に来る言葉だ、と話します。
ジョーは、その男にもう一度会うべきだと忠告します。
キャスリーンが、また暴言を吐こうとしたその時、ジョーはキャスリーンの口元に手をかざして言葉を静止し、
「君がまた後悔しない様、僕が協力しよう」
と話します。キャスリーンはハッとして、ある気付きを覚えます。ですが二人はそれ以上互いの話はしませんでした。
そして二人は、パソコン通信を通じて再び会う約束をします。
でもそのためには、二人には準備が必要でした。それは、パソコン通信で知り合った二人と同じくらいに、現実の二人がもっと互いを知り合い、互いに心を許せる相手になる事でした。
そして準備が整った時、ジョーはキャスリーンに会う日を告げます。
その日、二人はいつもの様に出会って、楽しく会話をし、そして約束の時間が訪れる前に彼女を自宅まで送り、そしてジョーはキャスリーンに愛を告白します。
僕たちにビジネスでいがみ合っていた事実がなければ、
ただ普通に出会っていたら
僕はすぐに君の電話番号を聞いてデートに誘っていただろう
そして君に
一生、僕と一緒にいて
と乞い願うだろう
と告白します。
キャスリーンはひとり、約束の公園に出向きます。
そこにジョーが現れます。彼の顔には許しを乞い願う気持ちが溢れています。
その彼の姿を捉えてキャスリーンは涙をこぼします。
「泣かないでショップガール、泣かないで」
「あなたでよかった、ずっとそう願っていたの」
見つめ合いキスをするふたり、美しく花が咲き誇る公園の風景と、BGMの『虹の彼方に"Over the Rainbow"』が幸せを高らかに歌い上げていました。
END
映画『ユー・ガット・メール』は、とてもユーモアとペーソス溢れる物語です。
第一は、メグ・ライアンとトム・ハンクスという映画史上もっとも息の合った二人の演技が素晴らしいことです。特に、ジョーが風邪で寝込んでいるキャスリーンを見舞うシーンから、愉快なラブコメがスリリングなロマンスへと変化していきます。一本の映画で二つの作品を観た様な得した気持ちがします。
そして私は、この映画に登場する二つの本屋に魅了されました。
一つはキャスリーンの店"THE SHOP AROUND THE CORNER"です。実はこの映画で児童書専門書店なるものの存在を知り、また朗読がとても気持ちの良いモノだと知ったのです。
もう一つは、"FOXBOOKS SUPERSTORE -just around the corner-"です。
大型店は日本にも数多くありますが、空間が広くゆったりとしていて、子供たちは児童書コーナーで座り込んで本を読むことが出来、大人は書棚の隣で飲み物をとりながら読書を楽しむ事が出来る本屋というのはありませんよね。いやぁこれこそファンタジーでしょうが、本当にあったら素敵だろうなと思います。
2012年10月24日水曜日
茶川竜之介作『踊り子』に感動しました!
昨日観た『ALWAYS続・三丁目の夕日』の中で、茶川が『純靑』に投稿した小説のでだしは、とても素敵な恋文でしたね。
特急こだまの動き始めた車中で、ヒロミが開いた『純靑』、
そして茶川を演じる吉岡秀隆が恋文を語ります。
背景には二人のなれそめが回想され、その想いの純朴さ、そして深さに胸が締めつけられました。
この小説が本当に存在するのなら、読んでみたい
そう思いました。
踊り子
茶川竜之介
周りがたとえどんな目で君を見ようと
僕は知っている
はすっぱな物言いばかりするくせに
他人の子のために作ったライスカレー
ありもしない指輪を見つめて
奇麗と囁いた君の涙
日を追うごと、時を経るほど
あの時の涙は僕の胸を締めつける
逢いたい
ただひさすら君に逢いたい
あの細くて折れそうな指に
いつか本物の指輪をはめてあげたい
あの儚げな笑顔を
本物の幸せで満たしてあげたい
ただ不器用な者同士
肩を寄せ合って生きていけたなら
君の顔を見て、君の声を聞いて暮らしていけたなら
それが僕の心からの願いなんだ
映画『ALWAYS続・三丁目の夕日』を観ました。
昨夜、BSプレミアムで映画『ALWAYS続・三丁目の夕日』を観ました。
映画のラストシーンで、二組の家族が夕日に顔を向けながら何気に交わした言葉が、映画を見終わった後も心地よく耳に残りました。
鈴木オート一家と住み込みで働いている六ちゃんの四人が出来たばかりの東京タワーの展望台から夕日を眺めて言います。
母「今日も奇麗ねぇ」
父「おぅっ-きれいだなぁ」
六ちゃん「美加ちゃんがいなくなって寂しんだかぁ?
元気だしなよぉ、またすぐ会えるって」
一平「六ちゃん、夕日が目に染みるねぇ」
父親が間髪入れずにその一人子の頭を叩き
「生意気いってんじゃないよ、10年早いよ、ヘヘヘ」
そして家族に笑みが溢れます。
もう一組、ようやく三人で暮らすことが叶った茶川、ヒロミそして淳之介が橋のたもとに立ち止まって夕日を眺めて言います。
ヒロミ「奇麗な夕日ねェ」
茶川「今日は-とくに奇麗に見えるなぁ」
淳之介は二人の手を取って二人を見上げながら言います
「僕何でか知ってるよ。それはね、三人で見てるからだよ」
ヒロミは淳之介の頭を優しくなでて
「そうねぇ、そうかもねぇ」
「そうかもしれないなぁ」と茶川、
そして三人は川の字になって夕日を眺め続けます。
映画『ALWAYS・三丁目の夕日』シリーズは、昭和30年台の東京が舞台の群像劇ですが、でも実はノスタルジー溢れるファンタジーです。
登場人物の誰もが、大人も子供も、重いもの、悲しみを秘めていますが、ですがそれ以上に、今日を精一杯生きようという誠実さと家族を思う愛情が溢れています。
モノがなかった時代、一つ手にしたモノがありがたく、いつまでも大切に使います。
それは人との絆もそうであって、互いが深く大切に思い合い、まるで磁石が引き合う様に決して離れることがありません。
『私たち人には、拾い上げた小さな幸せを、愛おしんでふくよかな幸せに育む力があるんだよ』と、登場人物たちがにっこりと笑顔で語りかけてくれた様に思いました。
一緒に観ていた耕太郎が、映画を見終わった後
「いい話やなぁ」とポツリと漏らしました。
薬師丸ひろ子さん演じる母親像がとても良いですね、控えめで、でもしっかりもので愛情に細やかで・・・
そして髪型、当時流行したパーマヘヤーだと思います、サザエさんもこの髪型ですね。
うちの母も、当時この髪型をしていました。懐かしさを覚えました。
2012年10月23日火曜日
足を痛めてから12日目となります。
10月11日(木)に足を痛めてから12日目となります。
12日前の午前中、立ち仕事をしていて、次の仕事に移る為に右足を強く踏み出した瞬間、ふくらはぎの辺りでゴムがブチッの切れる感覚を覚え、その後歩けなくなりました。
ちょっと大げさでした、暫くは痛くて動けませんでしたが、かかとをつけて立つことはできました。そしてべた足であればどうには前に進むことができましたので、仕事を続けました。
でももしかしたらアキレス腱をやってしまったかという心配が残りまして、翌日の朝一、整形外科の診察を受けに行きました。
医師から、アキレス腱断裂の疑いもあるためにMRI検査を進められ、引き続きMRI検査を受け、長い待ち時間の後、11時過ぎに診察室に入り診断を受けました。
『右ふくらはぎの肉離れ、全治4週間』
アキレス腱断裂でなくてホッとしました。MRIで撮影した右足の映像には、ふくらはぎの内側が真っ白に映っていました。肉離れで炎症をおこしている箇所です。広く内出血している様子でした。
その日は午後から仕事でした。動けない私を見て、チームメイトは移動を伴う作業を快く引き受けてくれました。(チームメイトの皆さん本当に有り難うございます。)
14、15日の祭り日は、一本松連中の寄り合いに少しだけ顔を出し、後は宮にも行かずにひたすら自宅で寝転んでいました。
怪我をして一週間後、右足のつま先を着いて歩いても痛みを感じなくなり、普通に動き回っても大丈夫と少し身を過信して、二日前にダンボール二箱の荷物を抱えて運んだところ右足にしびれる痛みを覚えました。いやいや完治はまだまだ程遠いこと思い知らされました。
妻から右のふくらはぎ辺りが細くなっていると言われます。よく見ると確かにふくらはぎ辺りがしぼんでいる様子です。休日は暫く自宅で安静にしているほかはなさそうです。
初夏の日に長歩きを楽しんだ日々が懐かしく思えます。。。
10月26日(金)にWindows8が発売されます
数日前から、ゴールデンタイムのテレビCMに《Windows8》が登場しましたね。
10月26日(金)に発売されるパーソナルコンピュータのOS(基本ソフト)である《Microsoft Windows》の8回目のメジャーリリースの告知です。
でもなんかぱっとしない、というか《iPhone》のCMのぱくりにしか見えないところが悲しいです。
《Windows8》は、デスクトップやノート型パソコンのOSであると同時に、タブレット型を強く意識したOSです。つまり現在のスマートフォンやタブレットなどマルチデバイスのOSを席巻する《Apple iOS》や《Google Android》の牙城に挑むOSです。
デスクトップやノート型パソコンというのは、まさに机上の作業をパーソナルコンピュータの中に実現したものです。それは《学習環境》や《作業環境》、つまり《知の創造環境》です。
《Microsoft Windows》がこれまでに果たしてきた成果ですが、その一つが、デスクトップ上で行う作業環境を統一した事です。ディスプレー上のメニュー配置や機能配置、キーボードやマウスの操作を統一したのです。これによって例えば一つの《文書作成ソフト》が使えれば、はじめて使うことになる《はがき宛名作成ソフト》や《絵かきソフト》もマニュアルと格闘することなく、何となく使い始める事ができます。
そして成果の二つ目は、作業ソフトがとても安価になった事です。
約30年前に登場したワードプロセッサー専用機は数十万円しました。それが今では高度な文書作成機能・文書作成支援機能を持つ《Justsystem一太郎》が一万円で手に入ります。
スタジオ設備や専用機器が必要だった音楽編集や動画編集は、その簡易機能版のソフトを、Microsoftから無料でダウンロードすることができます。高度なソフトでも数万円で手に入れることができます。私たちは、特定の作業機能をプログラムしたソフトを手に入れてパソコン上で実行することによって、すぐに《新しい知の創造》を始める事ができる様になったのです。
そして成果の三つ目は、インターネットと繋がることによって、あらゆる情報やマルチメディア作品をパソコンの画面を通じて視聴することが可能となり、そしてまた自ら作品をインターネットを通じて世界の人々に発信する事も可能となった事です。これはまさに飛躍的な出来事です。
《知の創造》を支援するパソコンの進歩と同じくして、《どこにいても繋がる》に特化してそれを実現した携帯電話も進歩しました。音声とテキストメールで《人と繋がる》を実現した携帯電話は、インターネットと繋がって、現在では最も多くの人々が利用する、インターネットの利用そしてマルチメディア作品視聴のビックツールとなりました。現在のスマートフォン、そしてタブレットです。
スマートフォンやタブレットはマルチメディア作品の視聴ツールであると同時に、日常生活を支援するあらゆるジャンルの《機能アプリ》をインターネットからダウンロードして利用する事が可能です。《機能アプリ》は、パソコンの知の創造を手助けしてくれる《作業支援ソフト》とは異なり、それぞれが一つの公式に則った計算ソフトです。《目的》に合った《機能アプリ》を実行し、《条件》を代入して《答え》をはじき出します。
私たちはそれを《スマートアプリ》と呼びます。
そして最近では、さまざまな家電や情報機器に指示を伝達するコミュニケーターへと広がりを見せてもいます。パナソニックが提唱する《スマート家電》もその一形態です。
近い将来、例えば旅行スケジュールをスマートフォンにセットして完全自走のスマートカーに伝達すれば、人は車に乗り込むだけで事細かな用事から解放されて、ただ旅行を楽しむことができる、その様になるかもしれません。
(でも私は、《スマート》というキーワードが、裏を返せば私たちから、『思案する』や『調べる』という楽しさをどんどんと奪う悪キーワードに思えてなりませんが。。。)
スマートフォンやタブレット端末等が実現したユーザインターフェースはとても感覚的に優れたもので、タッチパネルへの直接の指タッチや本体に装着されたカメラで指先のジェスチャーを読み取って、その指示を理解して滑らかに画面を動かします。それはまるで映像に直接手を触れている様な錯覚を覚えるほどです。
『検索する』や『指示をする』において、とても使いやすいインターフェースです。
数ヶ月前の日経パソコンに、Windows8搭載予定パソコンのデモ幾の記事がありました。
それはノート型パソコンですが、液晶パネルがフタの両面に配置されています。
フタを閉じればタブレット、フタを開けば従来のノート型パソコンとしてキーボード操作が行えます。ユニークだと思ったのは、フタを開いた状態で内側の液晶パネルを見ながら操作をすると、その結果がリアルタイムに外側のパネルに表示されます。少人数のプレゼンテーションの時など、OHP(オーバーヘッドプロジェクター)やテレビモニタを用意することなく、ノート型パソコン一台で事足りるなぁなんて思いました。
ステーブ・ジョブスが存命でまだ血気盛んな頃、ビル・ゲイツとこんな論争がありました。
タブレット型パソコンのタッチパネルの操作にタッチペンを使用するか否か。
ゲイツ率いるマイクロソフトは、当時の技術ですぐに実現できるタッチペン方式を採用します。ゲイツの思想は、パソコンの基本ソフト《Windows》に今ある技術を貪欲に取り込んで、そして基本ソフト上で動作する《作業支援ソフト》や《機能アプリ》をサードパーティーにどんどんと自由に作らせることによって、パソコンにおけるWindwos支配を盤石にする事です。
ですがジョブスは強固にタッチペン方式を拒否します。美しくないからです。そのジョブスの感性が、感覚的に優れた美しいユーザインターフェースを生み出す礎となりました。
ジョブスの思想は、美しさと使いやすさを極める事です。とことん無駄をそぎ落として、余計なものは排除する、極めて独善的で排他的です。ですがその機能美に一度魅了されれば以後、ジョブスのApple製品の虜となります。
そしてこんな偉大な二人の思想家がいたからこそ、パーソナルコンピュータは進歩し進化し、またApple製品は世界を一変しました。
10月26日(金)に発売される《Windows8》には、これまでの様なワクワクした期待感はありません。
ですが、さまざまな《作業支援ソフト》や《機能アプリ》が動作する《基本ソフト》として、
《作業支援ソフト》や《機能アプリ》がサクサクと軽快に動くこと
データの保全機能の充実
そして、コンピュータウィルスやインターネットに潜む悪意からパソコンを守る防御
の進化を期待をします。
私はこれからも、広いデスクトップで《作業支援ソフト》を使いながら、『思案』し『調べる』楽しみを続けていきたいと思います。
2012年10月21日日曜日
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