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パンデミックと戦うことを考える

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2012年11月15日木曜日

姫路城・昭和の大修理にまつわる物語『運命の木―姫路城の大柱―』を朗読しました。

兵庫版道徳教育副読本「心かがやく」から、姫路城・昭和の大修理にまつわる物語『運命の木―姫路城の大柱―』を朗読しました。




姫路城は、明治期の廃城令による打ち壊しからも、そして昭和期の戦火による焼失からも奇跡的に逃れ、今にその優美な姿を留めています。
ですが、現存する古い写真を見ると、昭和の大修理以前の姫路城は優美な白鷺の姿からは程遠い、朽ち果てた廃墟そのものでした。
姫路城内には、姫路城の木組み模型が展示されています。二本の大柱が大黒柱となって大天守を支えていることが分かります。昭和の大修理では、城を解体し、朽ちた部位を新たに作り直して、そして元の状態に組み立てたのです。十年近くにも渡る途方もない”プロジェクトX〜挑戦者たち〜”が繰り広げられたのです。
私たちは、昭和の大修理に関わったすべての挑戦者達のおかげで、今も優美な白鷺の城を愛でる事ができます。

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