播磨の国ブログ検索

不寛容にもほどがある!

現在の日本社会を支配する倫理観では不適切として烙印を押されてしまう、昭和ど真ん中の言動や行動で生きている中年の男性教師を主人公にして、現代にタイムスリップした主人公が、誰かが不適切だと呟けば社会全体が盲目的に不適切を糾弾する不寛容な現代の日本社会の有り様に喜劇で一石を投じる、宮藤...

2019年12月28日土曜日

昨日、公開初日の「お帰り寅さん」を観ました。

内容に踏み込まずに、感想を伝えるならば
夢心地を期待した映画鑑賞は
オープニングの歌で現実に引き戻され、でも
涙目で迎えたエンディングのまさかの歌で夢心地になれました。
そしてすべてを鑑賞し終えた時、感謝の気持ちが溢れ出て拍手をしました。

映画を観ての帰り道
考えてみれば、寅さんの映画って、けっこう時代の時々の社会の陰を描いていたなぁ、シリアスな物語が多かったなぁと思い至りました。
そのシリアスな物語の中で、悲しむ人、困っている人、悩んでいる人のところにフーテンの愚かな男が風のように現れて、愚直に寄り添い、一緒に怒ってくれる、泣いてくれる、笑ってくれる、それで最後に立ち上がる勇気を与えてくれる。今映画の中で歴代のマドンナの笑顔が溢れていましたが、皆を笑顔にしたのは寅さんでした。
その寅さんは、もう追憶の中でした会うことができないんだ、と映画を見終え実感しました。それは劇中の満男君も同じ思いではなかったかと思います。
そしてもう風に向かって寅さんの名を、伯父さんの名を呼びかけても・・・、という終幕に、思いもしなかったまさかの歌声、力強く優しい歌声、渥美清さんの歌声に感涙にむせびました。この為に、この映画が作られたのかと思った次第です。

追伸
アースシネマズ姫路のエントランス一角に、「寅さんサミットを龍野に誘致する会」によるたつの市観光PRのブースが設けられていました。そこで二人の寅さんと一緒に記念撮影しました。手元のカバンと、展示している衣装は松竹から借り受けた本物の映画小道具だそうで、年季の入った逸品でした。