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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2020年6月8日月曜日

弔意

連中の親が、また一人黄泉へと旅立たれました。
昨日、長きに渡る闘病を終えられてご自宅に戻られたと連絡があり、他の連中と共にお別れに行きました。
闘病の間、何度も危険な状態に陥られたという事で、おばさんの、もう覚悟はできていたという言葉が印象的でした。
今日も外は五月晴れが広がり、空気は涼やかで清らかです。おじさんの旅立ちの心情であればと思います。享年八十六歳、ご冥福をお祈り申し上げます。