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差別の天秤

「愛を読む人」という約10年前公開の映画の、他の方が書いた映画評を読みました。 そこには私が考え及ばなかった、ハンナが隠し通した秘密についての考察が書かれいました。ハンナは文盲でした。そして、その事実を生涯隠し通しました。それは何故かです。 映画か原作小説の序章で、ハンナの...

2014年1月10日金曜日

この冬一番の寒波が来襲しましたね。

この冬一番の寒波が来襲しましたね。いやぁ寒いです。
姫路では、体感通り昨日昼から一気に気温が下がって今朝の5時-2.5度を記録していました。
そして今朝一番冷えた場所は、北海道十勝地方陸別です。ずっと氷点下なのですが、今朝の7時-23.5度を記録しています。思いも付かない寒さです。
では最高気温を記録したのは、その場所は東京都父島です。父島は昨夜21時に20度を切り今朝9時17.8度を記録していました。
大寒波を父島には到達できなかったということでしょうね。

2014年1月9日木曜日

ノルンの寝顔

今日は、天気予報では晴れとなっていましたが、昼過ぎ北から真っ黒な千切れ雲が現れて一時ですが冷たい雨になりましたね。それからは気温がどんどんと下がった様に思います。ノルンもコタツでお休みしていました。
いやぁ可愛い寝顔です。



白い服の男

星新一のショートショートに「白い服の男」というタイトルの話があります。

国民の皆が憧れる「白い服に身を包んだ男」達がいました。彼らは国家の大変重要な仕事に就いていました。けれども彼らの仕事は決して、家族にも誰にも知られてはいけないとても厳しい仕事でありました。
この国には至る所に監視カメラ、隠しカメラ、盗聴器があって、国民はたとえ自宅の部屋の中であってもプライバシーがありません。そして白い服の男達は、プライバシーの中に潜むただ一つの言葉を監視していたのです。その言葉は「戦争」です。
この国は恒久の平和を維持する為に、国民のプライバシーを奪い、「戦争」という言葉を監視します。そして誰かが一言でも「戦争」と発すれば、その者が誰であっても、どういう理由で発したとしても厳罰に処し、「戦争」の芽を摘み取ることにしたのです。
それがたとえ幼い子どもであってもです。何気に「戦争」という言葉を発すれば、とたんに秘密警察が現れてその者を連行します。そして国民の集う広場に鎖で繋がれて、おぞましい者として、国民の石つぶてによって容赦なく打たれ殺されるのです。
けれども白い服の男達の本当の厳しさは、どんなプライバシーを、秘密を知ったとしても、「戦争」という言葉以外は、無視し続けなければならないということです。それが犯罪に関することであっても、妻の不貞であってもです。

このような話であったと思います。

2001年9月11日以降、アメリカもヨーロッパも監視社会へと変貌しました。そして誰もが確信無く国家への疑いを覚えていたところに、昨年、エドワード・スノーデンという元CIA職員が、アメリカの諜報活動の実態を世界に告発しました。それはインターネット上のあらゆる情報を掌握するというものです。同盟国の秘密も、企業の秘密も、そして個人の秘密も、すべてを掌握するというものでした。しかし、これはアメリカだけの行為ではないと思います。9.11以後、国家を守る、国民を守るが大義名分となって国民は監視社会を受け入れました。しかし、それはやがて権力者、支配者の強力な武器と化していきます。
そこにはきっと「白い服の男」達がいるはずです。男でないかもしれない、もしかしたら電脳であるかもしれません。彼ら「白い服の男」達は、己に対しも屈強で冷徹であるはずです。そうでなければけっして務まるはずが無いのです。私たちは、こんな屈強で冷徹な者達に監視されながら、無防備にインターネットを利用し、そして現実の社会に生きていることを肝に銘じなければいけないと思います。

そして、昨年末に国会で成立した「特定秘密保護法」です。いよいよ日本もか、という思いです。
情報に限らず何物に置いても、守り抜く、保護することは至難です。ですが、それを失った時奪われた時、誰かに責任を取らせることは簡単です。それを法律で認めたのです。真犯人でなくてもいいのです、とかげのしっぽ切り、あるいはたとえ濡れ衣でも犯人として罰してしまえばいいのですから。
そして「白い服の男」達が活躍する時代が来ます。彼らは万民を守る為に働くのでは無く、権力者、支配者の世が盤石となるために、意に染まない、あるいは意に満たない者を狩りします。

2014年1月7日火曜日

映画「永遠の0」を観ました。

今日は、娘さくらと映画「永遠の0」を観てきました。
年末年始の連休が終わった後の、平日火曜日、いくら好評でも朝一の上映はゆっくりと観賞できると思っていたのですが、さにあらず
上映開始10:10の20分前に姫路OSに入りますと、映画館内は混雑していて入場券売り場には人が並んでいます。1回目の上映を観るのは無理かもしれないと思ったほどでありました。今日は火曜日、レディースディで、私と同年代カップルや女性グループを多く見かけました。

入場券を購入し、スクリーン1のK列13、14席に着席して上映を待ちました。
そして映画が始まりました。小説と同じく、鬼神となった零戦が対空砲と機銃から放たれた幾千万の砲弾、銃弾をかいくぐりながら敵空母を目指すシーンから始まりました。
それからの二時間あまり、満席の上映室スクリーン1は、啜り泣く音の他に洩れ聞こえる音は無く、皆スクリーンに釘付けです。娘も始まりから終わりまで泣き通しでありました。
「永遠の0」のタイトルが現れて、サザンオールスターズの「蛍」とともにエンドロールが流れても、すぐに席を立つ人はいませんでした。そして皆、目頭を真っ赤にし、優しい微笑みを浮かべて映画館を後にしていたのが印象的でありました。

映画は、小説とは異なるシーンが何カ所かありました。そして次の二つのシーンは小説を越えていました。
一つは、何故に祖父は特攻で死んだのかです。小説でも幾人の証言を総合すれば答は導けるのですが、映画ではこの重要な問いの答を明確に感動的に描いていました。
祖父は、祖母との別れの際に、「必ず生きて戻る。たとえ腕を失い、足を失うことになっても必ず戻る。もし命を失ったとしても、生まれ変わって妻と子のもとに必ず戻る」と約束します。
そしてその約束は、予科練の教え子の一人に、死の淵からもしかしたら生還できるかもしれない「蜘蛛の糸」を託して、そして教え子が妻と子を行く末までも守ってくれると信じて、己は晴れやかに死に向かうことで果たされます。
そしてもう一つは、エピローグです。小説では、鬼神となった零戦が爆弾を抱いて敵空母に突っ込む下りが描かれていましたが、読み終えて、このシーンは無くてもいいなぁと思っていました。しかし映画では、まさに特攻を果たす瞬間の若き祖父の顔をスクリーン一杯に映して終わりました。若き祖父は、晴れやかな笑顔で逝ったのです。この鮮烈で素晴らしいラストシーンは、映画史に残る名場面として長く語り継がれる、そう確信しました。

2014年1月5日日曜日

軍師官兵衛、観ました。

2014年NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」をBSチャンネルで早速観ました。
第1回放送は、官兵衛まだ元服前の万吉時代の逸話、物語でありました。
姫路、御着、龍野、明石と近隣の地名が物語にどんどん出てきて、一緒に観ていた子供らも何か近しいものを感じていた様子です。
でも、まだ少年の万吉が、姫路城と広峰神社を軽やかに往復したり、龍野へ薬草を探しに行く下りには、子どもの足ではちょっと無理あるんちゃうのん、と思わずツッコミを入れたくなりました。それと播州弁が聞かれないのが正直残念でありました。

六時過ぎ、妻が帰ってきて「官兵衛」どうやった?とたずねますので
「まあ普通やった」と答えますと
「和風やった?」と聞き返します。
一瞬おおぼけ母さんと思いましたが、
「まぁそうやなぁ、和風やった。」と、答えることにしました。

第2回以後、少しは播州弁、聞きたいなぁと思います。

真冬の夜の夢

昨日、一本松連中の新年会がありました。
夕方5時、旧北浜農協前に集合し、徒歩で大塩天満宮を詣でました。

それから山電に乗り、白浜東山の中華料理店に向かいます。
個室に通され、円テーブルを本日の参加者9名で囲います。
そして小頭マー君の挨拶で新年会が始まりました。
円テーブルに次々に運ばれる料理は、どれも絶品で皆の口を楽しませてくれました。
生ビールに紹興酒、ハイボールを飲みました。
最後の料理、北京ダックは小頭マー君が包んで一人一人に手渡してくれました。そして食後の胡麻団子を頂いて、一次会は終了です。

今日の参加者は、
イチャさん、カズヤ、カンちゃん、タクロウ、タッちゃん、ボテ、マー君、万ちゃん、そして私の9名です。そして新年会の段取りは、イチャさんと万ちゃんが行ってくれました。

一次会が終わって、カズヤとタッちゃんが退席し、残り7名で二次会の会場、北脇スナック野路菊に入ります。ママさんが迎えて下さり、小鉢がセットされたカウンター席に座り、御神酒を頂きました。
そしてカラオケ大会の始まりです。
一本松連中は、十代の頃から演歌やフォークソングを楽しみました。その懐かしい名曲の数々を連中の美声で楽しみました。
一本松連中は総勢12名(+ さっきゃらくん、タカチュン、モッチャン)、それぞれに色があり、万ちゃん曰く「適材適所」でそれぞれにピッタリの役割があって、その12名が揃って一本松連中です。歌声にも選曲にも、それぞれの色艶があって、それが懐かしくまた嬉しく、真冬の夜の夢はあっという間に過ぎてゆきました。

野路菊を出て、セブンイレブンでプリンを買って食べ、そして解散しました。空には星が瞬いていました。


最後の夏に向かって、スタートです。

昨日、1月4日は松陽高校野球部の練習始めでした。
昼前、日笠山を曽根側に下りかけますと、細い急な坂道で坂道ダッシュトレーニングをする部員達に出会いました。余力を残してゴールを駆け抜ける者、必死の形相でたどり着く者、ゴール手前で力を緩める者、様々でした。
一度、一群と別れ、曽根天満宮を詣でてから、松陽高校にたどり着き、母達の炊き出しのカレーを頂きました。

この正月に読んだ百田尚樹さんの「永遠の0」に、とても印象的な熟語がありました。それは「九死一生」、そして「十死零生」です。
「九死一生」とは、戦場に向かうすべての兵士が背負う覚悟、そして
「十死零生」とは、生きる事が許されない特攻兵士が背負う覚悟、でしょうか。

今年、新三年生となる野球部員は、夏の大会、一つ負ければそれで高校野球が終わります。生命を奪い合う戦ではないですが、負ければもう高校野球生が終わるという意味で、彼らも、夏まで「九死一生」の戦いが始まるのです。

正月、耕太郎が珍しく威勢の良い言葉を吐きました。
「春の大会を必死で戦う。」
そこには二つの願いが込められていました。
春に好成績を残せば、夏の大会のシードを得る事ができます。地元で試合が行えます。
もう一つは、後輩にアドバンテージを残すことができる、ということです。

食堂で、全員で炊き出しのカレーを頂く前、福本先生から年始の言葉を頂きました。その中で福本先生は、「明日から(今日から)、厳しい練習が始まる」、と部員達に覚悟を求められました。

部員達には、夏の大会を最高のコンディションで迎えられる様、三つのことを心に留めて欲しいです。それは
一つ、丈夫でスタミナ溢れる体を作り、決して怪我をしない。
一つ、真摯に練習、実践に向き合い、自信を持って試合に挑む心を身につける。
一つ、一蓮托生のチームメイトと、真に心を通わせる。
です。

そして一蓮托生のチームメイトと最高の夢に向かって、思いっきり高校野球を堪能して欲しいと願います。