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パンデミックと戦うことを考える

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2014年1月5日日曜日

軍師官兵衛、観ました。

2014年NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」をBSチャンネルで早速観ました。
第1回放送は、官兵衛まだ元服前の万吉時代の逸話、物語でありました。
姫路、御着、龍野、明石と近隣の地名が物語にどんどん出てきて、一緒に観ていた子供らも何か近しいものを感じていた様子です。
でも、まだ少年の万吉が、姫路城と広峰神社を軽やかに往復したり、龍野へ薬草を探しに行く下りには、子どもの足ではちょっと無理あるんちゃうのん、と思わずツッコミを入れたくなりました。それと播州弁が聞かれないのが正直残念でありました。

六時過ぎ、妻が帰ってきて「官兵衛」どうやった?とたずねますので
「まあ普通やった」と答えますと
「和風やった?」と聞き返します。
一瞬おおぼけ母さんと思いましたが、
「まぁそうやなぁ、和風やった。」と、答えることにしました。

第2回以後、少しは播州弁、聞きたいなぁと思います。

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