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差別の天秤

「愛を読む人」という約10年前公開の映画の、他の方が書いた映画評を読みました。 そこには私が考え及ばなかった、ハンナが隠し通した秘密についての考察が書かれいました。ハンナは文盲でした。そして、その事実を生涯隠し通しました。それは何故かです。 映画か原作小説の序章で、ハンナの...

2019年3月30日土曜日

ウルちゃんの健康管理

家族の可愛い可愛いウルちゃんのお話をします。
2月18日で無事一歳になりました。昨年夏、暑さに当てられ調子を崩したことはありましたが、それ以外は体調を崩すことなく、よく食べよく眠るで大きく強く成長しました。

喜んでいたところ、3月3日(日)に異常行動をするようになりまして、家族一同大変心配しました。
夕方、外出から帰ると、家族からウルちゃんがおかしな行動をすると聞きました。しばらく行動を観察していると、時間をおかず、コタツの暗がりに潜り込んだと思えば、すぐにトイレシートでしゃがむを繰り返します。トイレシートは濡れません。そして、水にもペットフードにも見向きもしないのです。そういえば、いつもなら毎日10㎝近くのウンチをするところ、今朝はウサギの糞みたいのが一二個でした。
それで、日曜日でも開いている病院を調べ、下手野にあるエルザ動物医療センターに電話をして、ウルちゃんを連れて行きました。
その日から、四日連続して通いました。結論から先に言いますと、異常行動の原因は、ナイロン片を誤って食べてしまい、それが詰まってお腹にガスが溜まり、食欲不振に陥っていました。幸いだったのが、ナイロン片はほとんど肛門近くまで移動していたことです。
極度の食欲不振、そして便が出ない(尿は出ていました。点滴を背中の水袋に注射すると、勢いよく尿をしました。)では、とても苦しかったと思います。
血液検査、エコー検査、レントゲン検査と、人間同様の検査をし、三日目に原因が判明してからは、点滴、抗生物質注射、そして腸の運動を活性化する注射で、四日目にナイロン片を含んだ便が出てからは、急速に体調が回復しました。
ナイロン片を含んだ便は二度出ました。ウルちゃんの卑しん坊と家族である私たち人間の不注意(小さなナイロン片を落としていた)が、この度の事故を引き起こしていました。
遅くなりましたが、あらためてエルザ動物医療センターのチームエルザの獣医の皆さん、助けて頂いて有り難うございました。

いまでは、元通り、毎日10㎝以上の便をして、一杯食べてよく寝て、家中の家財道具の上を跳ね回って・・・、元気になりました。そして、ちょっぴり大人になったのか、おしっこはちゃんとトイレシートの上でするようになりました。夜は、私の布団に忍び込んで、腕を枕に寝ています。間違っても寝返りが打てないために、私は毎朝体の痛みで目を開けなければならないですが・・・、でも安心仕切った寝顔が観られるので、良しとしています。


2019年3月27日水曜日

ジャガリコタベルカラ

思わず笑いの壺にハマってしまいました。
お母さんがバイトから帰ってきた耕太郎に「お風呂先に入る?」と尋ねた時の耕太郎の一言です。
「いや、じゃがりこ食べるから」
それが風呂に入らない理由?と急に可笑しさが込み上げてきました。
何より
「ジャガリコタベルカラ」
がとてもリズミカルに聞こえたのです。
数えてみると10文字です。
これは
「ボンサンガヘヲコイタ」
と同じです。
いや大発見やと、何度も繰り返し真似をしていると
耕太郎に嫌な顔をされたので
スコスコと部屋を出て、寝ることにしました。
くだらない話で_(_^_)_

危険な世界

人類が作った最大のものは国家です。
国家の三要素は、
・領域(一定に区画された領土、領水、領空)
・人民(恒久的に属する者)
・主権
です。

国家は、その誕生から長きに渡って君主による専制政治が行われてきました。君主が世襲で国家を統治し、国家のすべてが君主の所有物でありました。
しかし18世紀になって、アメリカで独立革命1775/4/19~1783/9/3)が起こり、続いてフランスで資本主義革命(1789/5/5~1799/11/9)が起こり、二つの国において、主権は君主から人民に移り(国民主権)、立憲主義で制定された憲法は、人民の精神的自由(人権尊重、言論の自由、表現の自由)と経済的自由(職業の自由、資本主義)を保障しました。
しかし、精神的自由と経済的自由を得て民主政治に参政できたのは、一握りの男性(商人、資本家、軍人)で、女性、資本を持たない労働者、農民、奴隷、その他の社会的弱者が、同じ自由を獲得し参政できるようになるまでは、長きに渡る権利獲得の戦いが必要でした。

19世紀、産業革命が起こります。資本家は新しい産業の振興に投資をして莫大な冨を得ました。資本者階級(ブルジョワジー)は産業革命以後の世界の冨と権力を握るリーダーとなりました。しかし、産業の振興を労働力として支える大多数の労働者は、冨の分配に浴する事は無く、労働者階級(プロレタリア)の精神的自由や経済的自由は、遅々として進みませんでした。

そして20世紀の初頭、共産主義革命が起こります。資本主義を否定し、生産手段を社会で共有し、経済活動の恩恵はすべての労働者が均等に分かち合うという社会主義、さらには個性を廃して共同体の一部となることで、国家も階級も競争も差別もない世界を実現するという共産主義を掲げる国家が現れます。代表がソ連であり、中国です。
そして20世紀は、資本主義国家と社会主義・共産主義国家が世界を二分し、対立する冷戦の時代となりました。

しかし、ここで考えなければいけないのは
資本主義も、社会主義・共産主義も、経済活動、社会活動に対する主義であり、これらの国家の始まりは、指導者が主権のある人民の中から選ばれる民主主義、自由主義の国家であったという点です。

民主主義と自由主義は究極的には対立する主義です。
《民主主義の原理=主権原理(公的意見決定の領域)=ひとりで決めてはならない
自由主義の原理=人権原理(私的意見決定の領域)=ひとりで決められる
主権原理が蔑ろにされれば、そこには独裁が待ち受けている
主権原理が万能になると、個人の領域が侵害され、多数決で個人の人格が剥奪される》
出典:日本国憲法を学ぶ 松本基弘著

自由民主主義国家を持続させるためには、民主主義と自由主義の均衡を保ち続けなければなりません。この均衡が破れれば、指導者が多数派(マジョリティー)に迎合する少数派(マイノリティー)にとって不平等な国家、もしくは指導者が独裁化する国家へと変貌してしまいます。

社会主義国家、共産主義国家は、建国後まもなく独裁国家へと変貌しました。指導者層は、人民を弾圧し、従うよう強制的に教育し、反抗するものは死で粛正しました。それが社会主義国家、共産主義国家の正体でした。
イギリスの作家ジョージ・オーウェルは、小説「動物農場」(Animal Farm 1945)で、ソ連の正体を暴露しました。

※「動物農場」は下記のオンラインサイトで、すぐに読むことができます。
http://blog.livedoor.jp/blackcode/archives/1518842.html
百田尚樹さんの「カエルの楽園」と同様に、寓話の形をとっていて、とても読みやすい中編小説です。しかし、登場する動物が誰の配役かを知れば、これが恐ろしい実録だと理解できます。
配役については、次のウィキペディアのページに書かれています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E7%89%A9%E8%BE%B2%E5%A0%B4
私は「動物農場」を読んで、スターリンが行ったウクライナ人大虐殺(ホロドモール)を初めて知りました。
この小説は、イギリスですぐに出版することができませんでした。この時代、イギリスとソ連は同盟国であったためソ連を刺激したくないという思惑が働いたという事ですが、それだけでは無いように思います。小説「動物農場」では、無知で純朴な動物たちが弾圧されていることを知りながら、人間たち(資本家)は動物農場の支配者である豚や犬と手を組んで冨を得ていました。イギリスはそれを認めたくなかったからだと思います。

20世紀の終わり、社会主義国家、共産主義国家は内部崩壊によって衰退し、ゆるやかに資本主義を取り入れる国家へとシフトしました。
そして資本主義、自由主義は、国家の枠組みを超えて、地球規模のグローバリズムを生み出しました。世界規模の民主主義と自由主義の均衡が求められる時代となりました。
しかし、グローバリズムは、反グローバリズムも生み出しました。ナショナリズムです。
国家の指導者はナショナリズムを煽って大衆に迎合し始めました。協調と融和を掲げてグローバリズムを先導した国家が、次々と排他と敵対を掲げるナショナリズム国家へとシフトし始めました。宗教対立、人種対立、民族対立が顕著になって、国家同士が争う戦争だけでなく、主義主張を強引に行使しようとする無差別殺人のテロリズムが横行するようになってきました。


国家にしてもグローバリズムにしても、そして様々な主義主張にしても
共存共栄していくためには協調と融和が必要です。しかし、協調と融和を是とし続けるためには、人民に異なる者を受け入れられる心の広さ、我慢強さ、それを貫く意志の強さが必要です。
対して排他と敵対は、衝動的で感情的で誘惑的です。一度支配されれば後には戻れず、意志を行使することもできません。すべてを失ってはじめて我に返るのです。
そう考えると、現在の世界は非常に危険な状態であるのだと思います。

2019年3月25日月曜日

新しい象徴天皇とともに

5月1日、今上天皇の生前退位により、現皇太子が新しい象徴天皇に即位されます。

今上天皇は、1989年に昭和天皇崩御に伴い、象徴天皇に即位され、以後30年間、象徴天皇のあり方を模索されながら、国民に寄り添うこと、また第二次世界大戦の戦没者、戦争犠牲者に哀悼の誠を捧げることに、皇后と二人三脚で歩まれてこられました。

三代続けば末代続く、ということわざがあります。家は三代続けて栄えれば、基礎も固まって長く続くという意味ですが、
皇室は神話の神の血を引く一族として、今上天皇は初代天皇(神武天皇)から数えて125代目、皇室は2679年という長きにわたって、やまとの国、日本国の君主であり続けました。

天皇は、現人神であり国権の象徴でした。それが第二次世界大戦後に人間宣言され、国権を持たない象徴天皇となりました。
初代象徴天皇となられた昭和天皇は、疲弊した日本の隅々まで行幸されて、天皇を敬愛する国民の生活再建の様子を身近で寄り添い見守り続けて下さいました。国民にとって昭和天皇は、国権の象徴から日本国の平和の象徴へと変遷していきました。
二代目象徴天皇となられた今上天皇は、昭和天皇の後を継ぎ、昭和天皇が成せなかった沖縄訪問、第二次世界大戦の戦地となった国々、敵対国であった国々を訪問されて、平和外交に尽力されてきました。国内で発生した大きな災害時には、真っ先に現地を訪問され、被災者を見舞われました。今上天皇は、日本国の平和の象徴であり続けてこられたのだと思います。
昭和天皇も今上天皇も、天皇が国権の象徴とされた時の、日本国民に対する、また諸外国に対する大いなる災いを二度と繰り返してはならないという決意の行動であったのだと思います。
5月に三代目象徴天皇として即位される皇太子も、昭和天皇、今上天皇のご意志やご決意を継承されていかれると思います。

ただ、象徴天皇と第二次世界大戦後を歩んできた日本国民は、そのほとんどが戦後生まれとなり、戦争が招く悲惨や悲劇を実体験した人は、ほとんどいなくなりました。そして私たち現代の日本人は、平和は当たり前にあるものと錯覚し、平和の意味さえ考えようとしなくなったように思います。
しかし、日本は高度成長期を経て、経済のバブルとバブルの破裂を経験し、再び内向性を強めています。日本だけでなく、世界中の国が、協調と融和から再び排他と敵対にシフトし始めています。
近年では、隣国から、国力の低下した日本国の象徴天皇への礼を欠く行動が目につくようになりました。
危惧するのは、このような外交の不安から、日本国民の中から象徴天皇を再び国権の象徴として祭り上げ、その威光を笠に着て、権力を握り、国民の権利を奪い、戦争を起こすことも辞さない者が現れないかということです。
荒唐無稽なことではないと思います。
象徴天皇の時代は、まだ70年あまりです。
それ以前は、天皇は常に国権の象徴であり、戦国時代や江戸幕末期がそうであったように、第二次世界大戦前夜がそうであったように、天皇のご意志に関係なく、時の権力者が威光という笠にして、権力を振る舞っていたのですから。

これから本当に大事なことは
天皇が象徴のあるべき姿を模索され続けるのと同時に、日本国民も、象徴天皇を決して国権の象徴として用いない様に、そして日本の平和の象徴であり続けるように、常に考え続けなければならない事だと思います。

2019年3月24日日曜日

平成の時代の戦争について

4月30日で退位される今上天皇が、在位30年祈念式典で述べられたお言葉の中で、一つだけ気になる箇所がありました。それは、冒頭に述べられた
『平成の三十年間、日本は国民の平和を希求する強い意志に支えられ、近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちました』
というお言葉です。

日本国民、ならびに皇室が守らなければならない日本国憲法、その第9条には、
『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』
と書かれています。

天皇陛下が述べられた戦争の定義が、憲法に書かれた『国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使』であるならば、お言葉通りだと思います。

しかし平成の時代になって、
平和維持という名目で、実際には紛争が収まっていない地域に、アメリカを主体とする国連軍の一員として、日本の自衛隊が派遣されるようになりました。自衛隊員は、武器を持たず、武力戦闘を担うことはありませんが、他国の武力戦闘員と同様の危険にさらされています。
また、第二次世界大戦以後に起こった局地紛争の中でも、もっとも悲惨といわれる朝鮮戦争は、未だ終戦を迎えておらず、1990年代以降、原爆と弾道ミサイルの開発に着手した北朝鮮は、日本の上空でミサイルの発射実験を繰り返し、ついに原爆と中距離弾道ミサイルを配備するに至りました。いまや日本全土が北朝鮮の核ミサイルの脅威にさらされることになりました。
私は、北朝鮮は平和な日本を脅かすならず者国家と思っていました。でも史実を冷静に見れば、70年前に始まった朝鮮戦争は未だ終わっておらず、北朝鮮の主敵国はアメリカと韓国ですが、朝鮮戦争勃発当時、まだ占領状態であった日本は、連合国の出撃や補給などの後方支援を担っていましたので、国権がない状態で関わることになった朝鮮戦争は、日本人からすればどこか他人事の様に思えますが、でも北朝鮮から見れば日本も戦争敵国であるのだと思います。

1950年代から1990年初頭まで、世界はアメリカとソ連という二大軍事大国の冷戦(Cold War)によって分断されました。朝鮮半島はドイツとともに、その分断の象徴的地域となりました。アメリカとソ連の冷戦は、ソ連の崩壊によって終わりを告げましたが、北朝鮮とアメリカとの冷戦は、今も続いています。そして日本もその冷戦の枠組みに入ったままです。そう考えると、平成の時代も、戦争は常に日本に、日本人に暗い影を落とし続けていたのだと思います。