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不寛容にもほどがある!

現在の日本社会を支配する倫理観では不適切として烙印を押されてしまう、昭和ど真ん中の言動や行動で生きている中年の男性教師を主人公にして、現代にタイムスリップした主人公が、誰かが不適切だと呟けば社会全体が盲目的に不適切を糾弾する不寛容な現代の日本社会の有り様に喜劇で一石を投じる、宮藤...

2019年12月28日土曜日

昨日、公開初日の「お帰り寅さん」を観ました。

内容に踏み込まずに、感想を伝えるならば
夢心地を期待した映画鑑賞は
オープニングの歌で現実に引き戻され、でも
涙目で迎えたエンディングのまさかの歌で夢心地になれました。
そしてすべてを鑑賞し終えた時、感謝の気持ちが溢れ出て拍手をしました。

映画を観ての帰り道
考えてみれば、寅さんの映画って、けっこう時代の時々の社会の陰を描いていたなぁ、シリアスな物語が多かったなぁと思い至りました。
そのシリアスな物語の中で、悲しむ人、困っている人、悩んでいる人のところにフーテンの愚かな男が風のように現れて、愚直に寄り添い、一緒に怒ってくれる、泣いてくれる、笑ってくれる、それで最後に立ち上がる勇気を与えてくれる。今映画の中で歴代のマドンナの笑顔が溢れていましたが、皆を笑顔にしたのは寅さんでした。
その寅さんは、もう追憶の中でした会うことができないんだ、と映画を見終え実感しました。それは劇中の満男君も同じ思いではなかったかと思います。
そしてもう風に向かって寅さんの名を、伯父さんの名を呼びかけても・・・、という終幕に、思いもしなかったまさかの歌声、力強く優しい歌声、渥美清さんの歌声に感涙にむせびました。この為に、この映画が作られたのかと思った次第です。

追伸
アースシネマズ姫路のエントランス一角に、「寅さんサミットを龍野に誘致する会」によるたつの市観光PRのブースが設けられていました。そこで二人の寅さんと一緒に記念撮影しました。手元のカバンと、展示している衣装は松竹から借り受けた本物の映画小道具だそうで、年季の入った逸品でした。

2019年12月12日木曜日

否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる戦い

『彼の自由を拒む判決です。
表現の自由を妨げる判決と言う人もいる
でもそうではない。
私が闘ったのは
悪用する者からその自由を守るためです。
何でも述べる自由はあっても
嘘と説明責任の放棄だけは許されないのです。
意見は多種多様ですが
否定できない事柄があるのです。』

クリスマスに是非、観たい、観て頂きたい映画があります。
「否定と肯定」(原題:denial(否定)2016年 イギリス・アメリカ)です。


1993年、ユダヤ系アメリカ人でホロコースト研究家デボラ・E・リップシュタット(Deborah Esther Lipstadt)女史がホロコースト否認論者を非難する著書「ホロコーストの否定:真実と記憶への増大する攻撃(Denying the Holocaust: The Growing Assault on Truth and Memory. )」を出版しました。
その著書の中で、ホロコースト否定論者のスポークスマンと名指しされたイギリス人のナチス・ドイツ学者ディヴィット・アーヴィング(David Irving)が、イギリスの法廷に名誉毀損訴訟を起こし、前代未聞、名誉毀損裁判はホロコーストの真偽を争う裁判となりました。
そして2005年、この裁判に勝訴したリップシュタット女史が公判の回想録として著書「否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる戦いHistory on Trial: My Day in Court with a Holocaust Denier.」を出版します。
映画は、この著書を原作とした歴史映画です。

リップシュタット女史は、ホロコーストは否定できない歴史上の事柄であり、ホロコースト否定論者がホロコーストの真偽について論争を挑んできても、けして挑発には乗らないスタンスを貫いていました。
しかし、狡猾に振る舞うアーヴィングは、遂にイギリス法廷に名誉毀損訴訟を起こし、リップシュタット女史を論争の場に引きずり出そうと企てます。
イギリス法廷は、アメリカと異なり、被告が立証責任を負わなければならない(この場合、名誉毀損に当たらないことを立証しなければならない)ため、裁判となればリップシュタット女史にとって非常に厳しく困難な闘いが始まることになります。しかし、女史から和解を求めれば、アーヴィング、延いてはホロコースト否定論者、歴史修正主義者、差別主義者を勢い付かせることになるために、女史は意を決して裁判に踏み切ります。

裁判の様子は、あらすじとなってしまうので省略します。が、この裁判から非常に重要なことが学べます。それは
ダブルスタンダードで事実を歪曲する者、オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)或いはフェイク(嘘)を主張する者と闘う心構えです。

一つは、決して感情的な訴えや記憶を頼りとする訴えはやってはいけないという事です。
敵はただ感情を煽り失言を引き出したり、また記憶の曖昧さにつけ込み、人格を否定したり事実の歪曲者という汚名をきせて容赦なく個人攻撃を仕掛けてくるからです。心が強じんでない普通の人間にとっては殺されるに等しい辛さです。

二つめは、どんなに時間や労力が掛かろうとも、敵のできうる限り過去までさかのぼり、すべての発言、発表した著書、そして論拠とするものを丹念に調べ上げ、明らかな嘘、虚偽、改ざん、隠蔽を実証すること、その実証結果を、冷静に公に示す事です。
敵は、どんな実証結果を突きつけられようが、けして認めることはないでしょう。
しかし、傍観者である世論の目を覚ますことができます。善良で無知な人々に真実を示す事ができます。

三つめは、この非常に険しく困難な闘いには、決してゴールがないという事です。
敵の主張は口先だけで、労力は一切かからず、それは決して止むことがありません。
そして敵の目的は、その主張を流布して、善良で無知な人々を惑わし、その主張の信奉者に仕立て上げることです。そして信奉者のリーダーとして権力を握ることです。
闘いに躓けば、諦めれば、敗れれば、真実は歴史から抹消されてしまいます。そして真実を知る者にとっては悪夢が再来することになります。
ですから、この真実をめぐる戦いには終わりがないということです。

そして、この三つの心構えで真実をめぐる闘いに挑むには、助け合える、協力し合える、信頼できる、仲間が必要です。そして、闘いを持続するためには、新しい仲間を育てることが必要です。

リップシュタット女史は、素晴らしく優秀で根気強く誠実な弁護士チームが、アーヴィングの明らかな嘘、虚偽、改ざん、隠蔽を実証し、その実証結果を、冷静に公に示した事で、この裁判に勝訴しました。
そして一つめの心構えを守り、沈黙を続けたリップシュタット女史が、勝訴の会見で、初めて公に語ったメッセージが、冒頭の言葉です。

特に
『私が闘ったのは
悪用する者からその自由(表現の自由、言論の自由)を守るためです。
何でも述べる自由はあっても
嘘と説明責任の放棄だけは許されないのです。』
の行が、高らかと心に響き渡ります。

ホロコースト否定論が、頭をもたげだしたのは1970年代の初め頃からだと言われます。
敗戦国として、またホロコーストを実行した国として、止むことのない糾弾に晒され続けたドイツやオーストリアで、戦後の新しい世代から、ホロコーストへの疑問、殺戮の規模への疑問、そしてホロコーストを流布し自分たちを苦しめ続ける者への憎悪、等々が立ち上ります。
それらがオルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)やフェイク(嘘)を信奉するという行動へ向かわせたのではないかと想像します。

そして、真実をめぐる闘いは、ホロコーストとだけにとどまるものでありません。
現代社会においては、ありとあらゆる事柄が、オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)やフェイク(嘘)に包まれる事態となりました。そして各自が、自分に都合の良いもう一つの真実や嘘を信奉して、身勝手な行動、不道徳な行動、犯罪行動を躊躇することなく行う様になりました。それは権力者も、そして市井の人々も同様にです。

この様な事態に、私たちはどの様にして真実をめぐる闘いに臨めばよいのでしょうか。
こういう暗い気持ちになった時、イエス・キリストを思います。
イエス・キリストは、支配と腐敗の蔓延る時代にこの世界に現れて、苦しむ市井の人々に癒やしや施しを与えながら、神の下では人みな平等であることを説きました。と同事に、たった一人で腐敗する権力者を言論で糾弾しました。そのために腐敗した者たちに磔に処せられました。しかし、イエス・キリストの行動や教えは、2000年の時を経て、今も何億、何十億という信奉者、信仰者を育んでいます。
ですから、イエス・キリストの行動や教えに従うならば、

腐敗や不正と闘うことを決して諦めないこと、
腐敗や不正に飲み込まれないように自らを律し続けること、
そして、病気の人、怪我をした人、不利益を被っている人に寄り添い、手助けをすること
自分のできうる範囲で、できうる技術を、知識を、才能を、役立てること、提供すること
ではないかと思います。

これこそ真に、サンタクロース精神の実践ではないかと思います。

※追伸
説明責任について、アメリカンセンタージャパンというサイトに説明がりましたので、転記させて頂きます。

アメリカ大使館が開設しているアメリカンセンタージャパン
https://americancenterjapan.com/
知る・調べる
https://americancenterjapan.com/aboutusa/
国務省出版物
https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/
国務省出版物
https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/
政治-民主主義の原則
https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/3078/#jplist
民主主義の原則 – 政府の説明責任
https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/3093/

民主主義の原則 – 政府の説明責任
政府の説明責任とは、公選・非公選を問わず公職者には、自らの決定と行動を市民に対して説明する義務がある、ということを意味する。政府の説明責任を実現するため、各種の政治的・法的・行政的な仕組みが使われる。これらの仕組みは、腐敗を防止し、公職者が市民の声に反応できる、身近な存在であり続けることを目的として作られたものである。このような仕組みがなければ、腐敗がまん延するかもしれない。

2019年12月1日日曜日

桜を見る会の不都合な真実

次々に桜を見る会の不都合な真実が明るみになっても、悪びれることなく堂々と隠蔽が行われ、あったことが無かった事になる今の日本の状況は、まさに軍閥が国の実権を握り、国民だけでなく天皇までも欺いて、戦争に邁進させた戦前の日本の状況を彷彿させます。

為政者というものは、ひとたび高みの景色を眺めれば、つまり権力の上に立てば、たとえ根が善人であったとしても、一度手にした権力やそれに付随する利権の味に溺れて心が苛まれます。私たちはか弱き人間なのだから、ある意味仕方がない事です。
だからこそ、日本の国家権力は三権に分離されているのです。
でも、いや、分離されていた(過去形)が正しいか。いつの間にか、首相を長とする内閣府が、行政を司る官僚の人事を握り、司法の要である最高裁人事も掌握していました。
まして立法府は、衆議院、参議院とも安倍首相率いる自民党が最大勢力で、我が物顔の振る舞いです。

森友学園問題、加計学園問題の時もそうですが、不正の隠蔽工作、破棄工作で尻拭いをさせられる官僚の姿には、アドルフ・アイヒマンの姿が重なります。
アドルフ・アイヒマンはヒトラーの命令に従い、約600万人を超えるユダヤ人、ロマ人、同じアーリア人でも優性ではないと判別された人(障害者や現在でいうLGBTの人々)、ヒトラーに逆らう人、の大殺戮(ホロコースト)を指揮した官僚です。
アイヒマンは、戦後アルゼンチンに逃亡しますが、モサドに捕まりイスラエルに連行されて、1961年に裁判に掛けられます。
その裁判を傍聴した人々は、「私はただ上官の命令に従っただけだ」と無罪を主張するアイヒマンの姿に、冷酷無比の殺人鬼が、実は全く平凡な小役人だったことに驚いたといいます。この裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレントは「悪の凡庸さ」(悪魔的行為の実行者が、個人的にはなんと平凡な人間であったか)という、アイヒマンが悪に染まったのは何もアイヒマンが特別であったからではない、という思惟させる言葉を残しています。
またアメリカの作家ギュンター・アンデルスは、
「アイヒマン問題は過去の問題ではない。我々は誰でも等しくアイヒマンの後裔、少なくともアイヒマン的世界の後裔である。我々は機構の中で無抵抗かつ無責任に歯車のように機能してしまい、道徳的な力がその機構に対抗できず、誰もがアイヒマンになりえる可能性があるのだ。」という言葉を残しています。

ヒトラーの配下で高い地位に登り詰めた政治家ヘルマン・ゲーリングは次の言葉を残しています。
「もちろん、一般の国民は戦争を望みません。…でも指導者にとって、戦争を起こすことはそれほど難しくありません。国民に向かって、我々は今、攻撃されているのだと危機を煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。このやりかたは、どんな国でも有効です。」
またヒトラーが語った言葉として
「青少年に、判断力や批判力を与える必要はない。彼らには、自動車、オートバイ、美しいスター、刺激的な音楽、流行の服、そして仲間に対する競争意識だけを与えてやればよい。青少年から思考力を奪い、指導者の命令に対する服従心のみを植え付けるべきだ。国家や社会、指導者を批判するものに対して、動物的な憎悪を抱かせるようにせよ。少数派や異端者は悪だと思いこませよ。みんな同じことを考えるようにせよ。みんなと同じように考えないものは、国家の敵だと思いこませるのだ。」
も残しています。
私は、ゲーリングの残した言葉と、日本の今の状況が重なります。

どうぞ、不都合な真実を知る人たちへ、不正の証拠を握る人たちへ、悪に麻痺しないで下さい。どうぞ、あなたの愛する子や孫の顔を見て、純粋な心、正義の心を取り戻して下さい。そして、憲法が標榜するデモクラシーを守る者に立ち返って行動して下さい。
と、ただただ良心に訴えるしかありません。

東北の芋煮会?

ちょうど1週間になりますが、先週の日曜日11月24日(日)に一本松芋煮会を行いました。
10月の祭の時に、次はマー君が育てた芋で芋煮会をやろう!という話となって、それからはいちゃさんの音頭で、賑々しく芋煮会の準備が進められました。

準備の話し合いは、グループLINE上で行います。
そして、
・11月24日(日)雨でも決行、集合は8時半
・芋煮は、芋煮のメッカ山形風の醤油味→こちらはぼーさんからの強い希望?
・青を招待→最初は意味分かりませんでした
で、当日を迎えました。

8時半、主のいないカンチャンの家の庭(カンチャンは残念ながら仕事で欠席)に集合しますと、すでに本日の主菜である里芋、安納芋がたんまりと運び込まれていました。マー君が丹精込めて作った芋達です。そしておくどさん、本日のもう一つの主役です。

万ちゃんと私で副菜をマックスバリューに買い出しに行き、
残った連中で、
・おくどさんの火入れ
・バーベキューの火起こし
・里芋の皮むきと煮始め
・マー君手製のいぶり壺の設営と、安納芋のいぶり始め
を行いました。
そして、ほぼ食事の準備が整ったころあいで、カズヤと本日の賓客であるひがっしょの連中7名を迎えに行きました。

ひがっしょの連中とは、東ノ町出の中学の同級生です。
祭本宮の日に、いちゃさん、ぼーさん、マー君が宮をうろついていて、ひがっしょの魚ちゃんに出会ったことから、ひがっしょ連中の寄り合いに招かれ?、その返礼として、芋煮会にひがっしょの連中を招待することになったのです。ちなみにひがっしょのカラーは青です。ですから以降、青の連中と呼称します。

そして11時過ぎに、テーブルセットも整ったところで、北脇一本松連中主催の「東北の芋煮会?」が賑々しく始まりました。
まずは献盃です。
青の連中で、わかいころに旅立ってしまったむーさん、
青の連中でも、一本松でもないけれど、みんなの記憶に残る、そして二十歳そこそこで旅立ってしまった西浜のますき君
そして今年旅だった一本松のたくろうさん
に献盃しました。

芋煮の汁の味付けは、いちゃさんからのご指名で、不肖ながら私が担当しました。山形の芋煮のビデオをYouTubeで見、様々なレシピサイトも見て回りまして、最後に行き着いたのが、料理研究家土井善晴さんのレシピです。

※みんなのきょうの料理
https://www.kyounoryouri.jp/recipe/13984_%E8%8A%8B%E7%85%AE.html

そのレシピを元に、当日4時にグループLINEで以下の分量を流しました。

『◎芋煮
12人分

◎材料
里芋 24コ
牛切り落とし肉 600g
こんにゃく 2枚
ごぼう 2本
ねぎ 4本
人参 2コ
椎茸 4コ
ちくわ 4コ

◎煮汁
醤油 お玉1杯
みりん お玉2杯
出汁 お玉3杯
酒 400cc

水 2400cc
みそ 160g

◎下ごしらえ
・里芋は、ぬめりをださぬよう、洗わずに根元の固い部分を切り落とし、革をそげてむく。全部むけたらきれいに洗う
・こんにゃくは、一口大にちぎって水から茹で、煮立ったらざるに上げる
・ごぼうは表面の薄皮だけをたわしで洗い、大きめのさきがきにして水にさらす 10分
・人参、椎茸は乱切り
・ねぎは2㎝に切る

◎調理
①里芋を柔らかくなるまで茹でる あくをしっかりと取る
②鍋を空にして、肉を炒める、最後にみそを加えて香ばしくして、取り出す
③水を入れ、里芋、こんにゃく、ごぼう、人参、椎茸を入れて煮る アクを取る
④煮立っていたら、肉とねぎを加える
⑤味をみながら煮汁を加える

完成』

しかし、早速マー君からクレームが入ります。
里芋24個は少な~い!!!
俺の芋は灰汁はでな~い!!!
と・・・

そして、水2400ccと煮汁の元を作って持って行ったのですが
おくどさんには鍋一杯に芋と水が張っていて、水の量も分からず終い
煮えたぐるおくどさんから必死で灰汁を取り続け、頃合いを見計らって煮汁の元と酒(ワンカップ二本)を加えました。
最後は、ぼーさんが味噌と醤油で匙加減をしてくれまして
たかちゅん曰く「めっちゃ美味い!!!」
芋煮が完成しました。

バーベキューでは
秋の味覚、秋刀魚と牡蠣が好香を放ち、肉は香ばしさを放ちます。
後、もう一品として、家で作ったニンニクのオイル漬け(オリーブとバジル、唐辛子で漬けました)で、イカとベーコン焼きを作りまして、これも好評でした。
最後に、卵を焼き
デザートには
隣りの畑に成る柿を幾つかもらい
マー君のあんまい安納芋をほくほく頂き


深まる秋の一日を存分に楽しんだ次第です。

追伸.
以下の写真は、グループLINEからの転載です。撮影者は、ぼーさん、いちゃさん、まんちゃん、そして私です。



2019年11月22日金曜日

クリスマスの夜に

明日、加西市立図書館で行うおはなし会は私が担当です。
ちょっと早いですが、読みきかせ本のテーマは「クリスマスの夜に」です。

クリスマスというのは、クリスチャンになる前の私にとっては単なる季節行事の一つに過ぎませんでした。24日のクリスマスイブの夜の賑わいがハイライトで、25日のクリスマス当日には街の装いがクリスマス飾りから正月飾りに様変わりするように、クリスマス気分は終わっていました。ですからクリスマスの夜は、残ったケーキの如く名残の夜でしかありませんでした。

でも本来、といいますか教会暦では、クリスマスイブ(Christmas Eve(Evening))がその名の通りクリスマスの夜を指していました。
私たちが日常使っている暦では、一日は真夜中の午前0時から始まります。でも教会暦では一日は日没から始まります。
信仰深い人々の、一日の恵みに感謝する静寂で神聖な夜が始まり、英気を養い、生気を満たし、新たな日の出から日没までの日中に太陽の光の下で恵みを得る為に働くという生活様式が偲ばれます。
そしてクリスマス、キリストの降誕を祝福する祭は、現在も24日(教会暦では25日)の静寂で神聖な夜(Silent night, holy night)に厳粛に行われます。

余談ですが、聖書にはキリストの降誕についての記事はあるものの、その日はもとより季節についても明記はされていません。現在のクリスマスは、古代の太陽の復活を祝う冬至祭が転用されて、西暦350年頃には行われていたと云われます。
余談は続きますが、昨今乱痴気騒ぎが過ぎるハロウィンですが、こちらもクリスマスと同様に古代の冬の習わしが起源であると云われます。
現在のヨーロッパの北部に居住していたケルトの人々は、長い冬が始まる11月の最初の夜に、一年の実りの感謝と、厳しい冬からの加護を願い土着の神に祈りを捧げたと云います。一日は教会暦と同様に日没から始まるため、11月1日の夜が聖なる夜、Hallow Eveです。
そのケルトの人々がアメリカに渡り、アメリカの新しい季節行事として根付いたのが10月31日に行われるハロウィン(Halloween)です。

もとにもどりまして・・・
「クリスマスの夜に」として読みきかせを予定している本は
「クリスマスのおくりもの」(コルネリス=ウィルクスハウス作 リタ=ヴァン=ビルゼン絵 高村喜美子訳)です。
聖書のマタイの福音書に記される東方の三博士の話を元に創作された物語です。
この世から憎しみをなくし、人々が仲良く幸せに暮らすために来て下さる神の子、ほんとうの王様の誕生を祝福する物語です。と同事に、ほんとうの王様が良しとされる人間が尊ぶべき行為が描かれた物語でもあります。
人間が尊ぶべき行為とは、他者を慈しむ心を育み、言葉で愛や感謝を伝え、行動で手伝いをしたり、施したり、他者の立場に立って行動することです。
これはサンタクロース精神にも通じます。
サンタクロースの起源は、四世紀に実在したニコラウスという聖職者の行為です。ニコラウスは貧しい人々に施しを行い、没した後に列聖されて聖(セント)ニコラウスとなりました。このセント・ニコラウスの行為がいつしかサンタクロースという固有名詞に変化したと云われます。
ですから、たとえトナカイやソリが無くても、白いお髭を生やしたお祖父さんでなくても、赤い服を着ていなくても・・・
子供でも、男でも、女でも、誰でも、サンタクロースになれるという事です。
「他者を慈しむ心を育み、言葉で愛や感謝を伝え、行動で手伝いをしたり、施したり、他者の立場に立って行動する」
これであなたもサンタクロースになれるのです。

2019年11月11日月曜日

笠形山扁妙の滝

兵庫県神河町にある笠形山扁妙の滝です。
11月4日に妻と滝道を歩いて、眺めてきました。
滝道は、ガレ場のようで足場が悪く、ところどころに落石注意の看板があり、おっかなびっくりで歩きました。でも、滝は本当に見事でした。
心洗われた森林浴となりました。

神河町観光ナビ-滝-扁妙の滝
https://www.kamikawa-navi.jp/guide/spot/828
を見ると、落差が65mもあるんですね、でも下は濡れた岩場でちかづくことは出来ませんでした。冬は全面が凍結するそうです。見てみたいですが、しっかりとした冬山の装備をしなければ近づけそうにありません。

2019年11月3日日曜日

おせらしくなったウルの話

うちの一番小さな家族であるウル(一歳半)の話です。
冬にちかづき夜が大分寒くなってきたので、また私の布団に潜って寝るようになりました。夜に目を開けると、私の左腕を枕にしてスースー寝息を立てて寝るのです。そして、私が毎朝5時に起きても、布団から首だけ出して明るくなるまで寝ています。とっても可愛い娘です。
そんなウルですが、ちょっとびっくりする事がありました。
最近では、毎朝に砂トイレの上で10㎝ほどウンチをします。快便です。そのウンチをビニール袋に入れて、砂トイレの砂を整えるのが私に日課なのですが、今日は忘れていました。先ほど砂トイレを見ると、砂トイレのウンチの上にビニール袋が覆っていました。ウルが見よう見まねで、ビニール袋を掛けたのだと思います。
また、おせらしくなったウルちゃんです。

メモ:自由視点映像で楽しむRWC 2019ハイライトシーン

https://global.canon/ja/event/rwc2019/special/viewpoint04.html

2019年10月31日木曜日

寅次郎を通して考えた、学校ってなんだろう?先生ってなんだろう?

学校ってなんだろう?
勉強するところかな
友達をつくるところかな

でも素朴に

学校に通う子どもにとって
楽しいところ
安全なところ
一人の人間として
誰とも違う個性を認めて貰えるところ
一人でなく回りの仲間と成長できるところ
であって欲しいと思います。

そして、それを叶えてくれるのが先生です。

男はつらいよ第50作「お帰り寅さん」の公開を前に、「悪童(ワルガキ)-小説 寅次郎の告白-」(2018/9 山田洋次)を読みました。
その寅さんの告白の中に、子ども時代にこんな事があったら、一生心に持ち続けるだろう、そして大切にするだろうという出来事がありました。

一つめは、寅次郎が小学校を卒業するときの出来事です。
ガキ大将の寅次郎には、幼い頃から連れ遊ぶ子分の様な友達、タンクローとクボチンがいました。いつもの様に三人で柴又帝釈天題経寺の境内で遊んでいると、和尚様である御前様に「進学を控えているのに遊び呆けていていいのか」と声をかけられます。
寅次郎は自慢げに「俺とタンクローは柴又中学」
「それはおめでとう。で、久保田君はどこに決まったのかね」と御前様がクボチンにたずねると
クボチンはへらへら笑いながら「オデは馬鹿だから養護学校」
そして三人でゲラゲラ笑った。
それを見た御前様の顔はみるみる真っ赤になって、いきなり三人の頭を拳固でポカポカ殴り、そのまま三人を本堂に引き連れて正座をさせ、三人をにらみつけ、震える様な声で吃りながら話をします。

以下、本編から抜粋させて頂きます。
「く、久保田君は自分の事を馬鹿と言い、ほかの二人はそれを可笑しそうにあざ笑う、な、なんということだ。お前たちを生まれた時からよく知っている私としてこんな情けないことはないぞ。いいか、久保田君は昆虫と動物が大好きでお父さんの手伝いをよくする優しくて良い子だ、ちっとも馬鹿ではない。学校の成績が悪いことぐらいがなんだ。成績がよくても馬鹿な奴はいくらでもいる。私の同級生に秀才で東大を卒業して偉い官吏になったのがいるがそいつなどは心の冷たい大馬鹿者だ。あんなくだらない男にくらべたら久保田君などは、くらべるのも失礼なくらい上等な人間なんだ。養護学校は君のために国が作った学校だ、きっと良い先生がいて君の才能を伸ばす手伝いをしてくれるだろう。その学校でしっかり勉強しなさい。自分のことを馬鹿とはなんだ、君のような良い子がどうして馬鹿なんだ、誰がそんなことを君に教えたんだ、ああ情けない、じつに情けない」
そんなことを云いながら御前様は涙をこぼして泣くんですよ、いや参りました。

まだ学校というものが整備されていない時代において、お寺の和尚さんは、町人、村人、その子供達に物の道理や所作作法を指南する偉い先生であったのだと思います。そして寺は寺子屋、子供達が分け隔て無く集い手習いなどを学べる学校でした。ですから、和尚様である御前様は、寅次郎にとって生まれた時から見守り導きを与えてくれる先生です。
そんな先生である御前様が、寅次郎たちの間違いを、自分の不明を悔いるように嘆き悲しみ、心の底から怒ってくれた。拳固の痛みは御前様の心の痛み、心の悲しみ、それが寅次郎たちにとって、心が間違いに流されないための一生のくさびとなったと思います。

二つめは、柴又中学一年の英語の授業での出来事です。
担任教師は坪内散歩という、初めての授業で
「ボクの授業を受けてもアメリカ人と話を出来るようにはならない。威張るわけじゃないけどボクは一度もアメリカ人やイギリス人と話をしたことはないし、ボクの東北訛りの英語が外国人に通用するわけがない。ボクが英語の授業を通じて教えたいのは、君たちが日本語をきちんとしゃべり日本語でものを考えられることが出来るようになることなんだ」と寅次郎にとってはナゾナゾのような話をする本物のインテリ先生です。
この散歩先生には産みの親の一件で恩義を感じ、寅次郎はおとなしく授業を受けていました。
そんなある日の授業で、電話のかけ方について「車君、英語でモシモシとはなんというか知っているか?」と散歩先生から問われた寅次郎は、なんで俺に当てるんだろう、と思いながら仕方なく立ち上がり、前の授業でモシという言葉を習ったのをかすかに覚えていたので思い切って「イフ、イフ」と答えた。

以下、本編から抜粋させて頂きます。
一瞬の間を置いて大爆笑が起きました。びっくりして隣の教室の女先生が顔を出したくらいです。しかし散歩先生は笑いませんでした。例によって難しい顔で生徒たちを睨みつけ「可笑しくない!」と怒鳴ったのです。
「確かに、電話のモシモシはイフイフではない、車君の答は間違っている。だが彼はボクの質問に対して真面目に答えたんだ、笑うべきではない、その間違いを指摘すればいいことなんだ。答は常に正しくなくてはならないという考え方はまったくおかしい。人間は間違いばかり犯す存在なんだ、君たちもボクもだ。このことは肝に銘じて覚えておけ」
この最後の言葉は散歩先生に云われたとおり悪い頭で今でもよく覚えています。

人の成長にとって何より大事なことは、間違えても、失敗しても、それが自分の成長にとって肥やしであると自分自身が信じ続けられる事です。そう出来る人が、間違えても、失敗しても、何度でも挑戦できる不屈の人になるんだと思います。
だからこそ成長の始まり、子ども時代の間違いや失敗した時の経験は、その後の成長を大きく左右するのだと思います。
何より一番やってはいけないことは、間違いや失敗を一笑に付してしまうことです。笑うだけで取り上げない、間違いや失敗の価値を一切認めないことです。些細なことと大人は思っても、子供にとっては大きな心の痛手、一生の傷となりかねません。
大切なことは、間違いや失敗にも価値があることを気づかせる事です。信じられるようにする事です。寅次郎の、寅さんのその後の人生において、善意ある間違いや失敗は、寅さんに関わる人々を幸せに導くという価値を生み出しました。寅さんは気づいていないでしょうけれど、寅さんは上等な人間に成長されたのだと思います。

学校の先生は、人の子供時代において、どの大人よりも子供の身近にあって、子供と長く時間を共にする存在です。
最近では、フレンドリーな先生とか、保護者受けのする先生とか、受験に強い先生が持てはやされる時代ですが、そんな先生は、子供が大人になった時、きっと顔も、名前すら覚えていないのではと思います。
子供にとって一生の先生とは、もしかしたらたった一言で決まるのではないかと思います。御前様や散歩先生、またその逆なりもです。私にもそういう先生がいること、懐かしく思います。

2019年10月22日火曜日

メモ:ブレイブ・ブロッサムズのジェイミー・ジョセフHCの言葉

アイルランド戦直前にONE TERMに贈った俳句

No one thinks to we can win
No one thinks we can even some close
But no one knows how hard you've worked
No one knows how many sacrifice you've made
You've Knows you're ready
誰も勝てないと思う
誰も私たちが少しでも近くにできるとは思わない
しかし、あなたがどれだけ努力したかは誰にもわかりません
あなたがどれだけの犠牲を払ったか誰も知らない
あなたは準備ができていることを知っています

誰も勝てるとは思わない。
私たちが少しでも(強豪国に)接近できるとは誰も思いません。
しかし、あなたがたは日本がどれだけ一生懸命やってきたかはわかりません。
どれだけ多くの犠牲を払ったかは誰にもわかりません。
準備ができていることを知っているのは私達だけ

2019年10月20日日曜日

ノーサイド

ノーサイドの真義をブレイブブロッサムズが教えてくれた様に思います。
力の限り戦って敗れた彼らの顔には、とことん遣り切った人だけに与えられる誇りが浮かんでいました。また同事に、チームメイト、サポーター、そして家族への感謝と労いがありました。そして勝者スプリングボクスには尊敬。ブレイブブロッサムズの敗戦は残念だけど、ただただブレイブブロッサムズ、そして勝者スプリングボクスに、晴れ晴れしい気持ちにさせて貰ったことを感謝したいと思います。

しかし、スプリングボクス、本当に強かった。ブレイブブロッサムズは手も足も出ませんでした。見事なほどの完敗でありました。でも四年後のワールドカップ、ブレイブブロッサムズが、今回越せなかった山、軽々と越せる力を携えて戻ってきてくれる期待が膨らみました。ありがとうございました。

そして、スプリングボクス、準決勝も勝ち上がり、二週間後の決勝戦、オールブラックスとの頂上決戦が観戦できること楽しみにしています。

King's sport

恥ずかしながら、ラグビーワールドカープ2019日本大会で繰り広げられるラグビーゲームにすっかり魅了されています。
恥ずかしながら、得点ルールさえ知りませんでした。モールもスクラムと思っていました。恥ずかしながら、開幕戦となった日本の初戦(対ロシア戦)も絶対に負けると思いながら観ていました。

でも、本当に恥ずかしく思ったのは
日本チーム、ブレイブブロッサムズの極限までの努力の成果を見せつけられた時です。実感した時です。
言わなければ誰にも悟られることのない浅はかな心の声ですが、ブレイブブロッサムズにとても失礼なことをしたと心底恥ずかしく思いました。

それからは(それでも失礼な感情はなかなか簡単には消し去ることはできませんが)、次々と強豪チームを打破するプレー、テレビにかじりつき夢中で追っかけました。そして追っかけても、その上を行くスーパープレーに感歎するばかりでした。

そして遂にベスト4を賭けたゲームが始まります。対戦相手は南アフリカ、スプリングボクス。
今夜は、ブレイブブロッサムズ、スプリングボクスの両チームへの敬意と尊敬を携えてテレビ観戦しようと思います。

そして、まあもう当たり前のことなのでしょうけれど、
ラグビーこそ、スポーツの王様(King of sports)なんだろうと実感しています。いや、というよりも王様のスポーツ(King's sport)と呼ぶべきなんだろうと思います。
彼らは、チームの名誉のために、本物の戦士となって命がけで戦い、
でもノーサイドの笛が鳴れば、死闘の後でも互いを讃える高尚な人々なんですからね。
本当に尊敬します。