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「友を愛し、友に愛されるものは神の祝福に値する」、素晴らしき哉、人生の物語

クリスマスに向けて、一本の映画について書きたいと思います。 その映画とは、先日テレビ放映されたフランク・キャプラ監督作品「素晴らしき哉、人生!」(原題 It's a Wonderful Life 1946年アメリカ映画)です。 自分の夢を犠牲にして、高潔な父から引き...

2025年11月25日火曜日

AIが招く世界の終わり

 今朝、こんなニュースを見聞きしました。何でも、アメリカでは大卒の若者の就活が難航しているということで、その背景にあるのは、企業の業務全般のAI化推進ではないかと云う内容でした。

現在のアメリカは、人類の富の大部分を一握りの富裕層が保有するという超絶した貧富の格差社会を生み出しています。その富裕層の人々は、満足することを知らず、更に富を拡大するために思考を巡らしています。

現代の社会は、ITが高度に発達した情報社会です。そして、現在のトレンドは、あらゆる情報を持続的に収集してAIに学習させることで専門性の非常に高いAIを作り出し、そのAIが人間に代わって製造する創作物(それは知恵であったり、答えであったり、静止画・動画・音声・音楽であったりします。それらは仮想の産物です。)で、莫大な富を生み出します。

その現代の富の鉱脈を作り出し、持続的に稼働させるためには、莫大な資金とエネルギー資源が持続的に必要となります。その資金やエネルギー資源というものは、本来ならば人類の健やかなる進歩にこそ使われるべきものですが、富とビジネスを寡占する富裕層の人々が傾倒するのは、自らの富の更なる拡大と、もしかしたら、AIが製造する知恵や答えが開くことになる未来の支配(と、言い切ってしまってよいかどうかは、知らんけど)でしかありません。

世界の終わりの第一の波。第二次世界大戦後の80年間、地域紛争は止まず、大国同士の小競り合いも止むことはありませんでしたが、それでも第三次世界大戦を招く事態は、どの大国も避ける努力を続けてきました。しかし最近では、その努力が失われつつあります。大国は自らの力を誇示し始めて、この80年間で人類が築いてきた国際的な秩序の恣意的な変更に挑み始めています。その行為にも、AIの創造物である偽情報が大いに活用されています。

世界の終わりの第二の波。既に何十年前も前から科学者が警報を鳴らしてきた地球環境の破壊です。産業エネルギーを製造したり燃焼する過程で生み出される排気ガスやエネルギー資源や鉱物資源を採掘するための森林破壊・土壌破壊という地球環境の破壊は、過去においては、人類全体の野放図な欲望が引き起こした無分別な行動であったと考えられますが、現在そして近未来においては、唯一AIを超絶に稼働させると云う理由だけで継続されるかもしれません。そして、私たち人類は、地球の急激な温暖化や寒冷化、そしてあらゆるものを根こそぎ吹き飛ばす低気圧の渦と、あらゆるものを根こそぎ洗い流してしまう大水の恐怖に怯えながら生きていくことになりそうです。

世界の終わりの第三の波。そしてAIが人間の知的生産活動の全てを奪ってしまった暁には、人間は考える歓びが奪われて、知的好奇心を失い、進歩を止めてしまうかもしれません。

今朝のニュースに、私は第三の波の到来を、感じ取った次第です。

懐古主義の話

 友だちのいちゃさん、かんちゃんと談笑していて、懐古主義の話になりました。

いちゃさんが口火を切りました「懐古主義ではないんやけど……」と。

最近、奥さんが以前は見向きもしなかった寅さん映画にはまっている、そうかうちもや寅さんと浜ちゃん映画にはまっている。なんでか、どうやら奥さんたちは、外でのギスギスした人間関係のストレスを、寅さんや浜ちゃん映画が描く在りし日の人情喜劇を見ながら癒やしている、そう理解し、同意をしました。

因みにご存じの無い方のために、寅さん映画は『男はつらいよ!』です。主人公が寅さんこと車寅次郎(演者は渥美清さん)です。そして浜ちゃん映画は『釣りバカ日誌』です。主人公が浜ちゃんこと浜崎伝助(演者は西田敏行さん)です。

そして私たち男連中はというと、最近では不適切だと世の中が許さなくなった、私たちが十代二十代の頃に憧れ、そうでありたいと願った、一本気な野風増的な生き様を懐古するのでした。

ちょっとだけ脱線しますが、先週末BSテレ東で放送された『釣りバカ日誌6』を振り返りたいと思います。

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『釣りバカ日誌』は、大会社の平社員である浜崎伝助(以後浜ちゃん)とその大会社の社長で初老の紳士鈴木一之助(以後スーさん)の二人が織りなす人情喜劇です。二人は魚釣りでは、浜ちゃんが師匠でスーさんが弟子という立場が逆転する間柄でもあります。

さて、あるとき、スーさんの奥さんが海外旅行に出かけます。スーさんが淋しくしていると気遣った浜ちゃんは、今(秋)が旬の岩手県釜石でのアイナメ釣りにスーさんを誘います。ちょうど釜石市の役所から市民講演会を依頼されていたスーさんは、浜ちゃんの誘いに乗って、二人はスーさんの運転するベンツで釜石を目指すことになりました。浜ちゃんは運転免許証を持っていないため後部座席を陣取ります。二人は釜石に到着してすぐ釣りを楽しみ、夕方に役所が手配したホテルに移動しました。ホテルでは役所の人たちが揃って出迎えていました。そして、後部座席から出て来た浜ちゃんを鈴木社長と勘違いしたことから、一騒動が起こります。

二人はこの勘違いを面白がって、浜ちゃんは歓迎の宴会を大いに盛り上げ、翌日の講演会では、姿をくらました鈴木社長になりすまし、市民ホールに集まった聴衆の前で、できる筈もない演目は放置して、魚釣りの漫談で聴衆を大いに楽しませます。では運転手に勘違いされたスーさんの方はというと、最初は不機嫌でしたが、通されたホテルの小部屋で夕食の供をしてくれた上品な仲居の澄子さんをいたく気に入り、会話も弾み、翌日が休みであった澄子さんと民話の里と知られる遠野への観光を約束をし、翌日朝早くから浜ちゃんに置き手紙だけを残して、澄子さんと二人で観光に出かけてしまいます。

何はともあれ、釜石での行事を無事に終えた二人は、浜ちゃんの愛妻みち子さんが待つ家に帰ってきます。しかし、事の顛末を聞かされたみち子さんは、二人を叱り、スーさんが泊まっていくのを許しません。ひとり残された浜ちゃんが「講演会の謝礼、返さないといけないよね?」とみち子さんに謝礼の封筒を差し出すと、みち子さん「それはそれ、これはこれ」と、浜ちゃんが頑張ったしるしだからと懐にしまいます。浜ちゃん、あっけにとられてしまいます。

後日の出来事です。東京で働く娘の結婚式に出席するために澄子さんが東京に出て来ました。そこで娘から、仲人から新郎の列席者が多いため、釣り合いを取るために新婦側も何とか人を集めてほしいと頼まれたことを聞かされます。二人は母ひとり子ひとりの家族で親戚もなく、母の他には娘の友人が十名ほど出席を予定しているだけでした。娘には恥じ入る必要など無いと諭す澄子さんでしたが、釜石で親しくなった運転手の浜崎さんに相談を持ちかけます。澄子さんの前に現れたスーさんは、運転手の浜崎として澄子さんの相談に乗り、社長とは親しいからこちらで人を出しますと引き受けてしまいます。

そして結婚式の当日です。浜ちゃんとみち子さんは、主賓として列席し、その他、釣り仲間が社員という名目で多数列席することになりました。しかし、本物の鈴木社長と面識のある新聞記者が控え室に突然挨拶に現れた事から、澄子さんに嘘がばれてしまいます。まるで弄ばれた思いに暮れる澄子さんには、無情な披露宴が始まります。主賓の挨拶では、本物のスーさんがマイクを取って祝辞を述べることになりました。それに絶えきれずに澄子さんは会場の外に出てしまいます。それでもスーさん、若い二人に含蓄ある言葉を贈ります。そして、祝辞を述べた後、会場の外でたたずむ澄子さんとところに向かいます。

澄子さんに深く頭を下げて謝罪を述べようとするスーさんに向かって、澄子さんは運転手の浜崎さんとして、スーさんに感謝を述べて立ち去ります。

そして私は、山田洋次監督は、この澄子さんの人情の機微を描くために、この喜劇を紡いできたんやなと、そう深く実感しました。観終わって、とっても優しい気持ちになりました。

***

私たちが懐古主義に馳せるのは、きっとこう云うことだと思います。

羽目を外そうが、多少、非常識な言動や行動があっても、人を思い遣る気持ちが根底にあれば、そして、その優しさを汲むことができれば、人は優しくなれる、許し合える、そして、強くなれる。そう、私たちは十代、二十代の頃に経験してきましたし、教わってもきました。それが私たちの世代の心の根底に今も根深く残る優しさの本質なのだと思います。一種の宝物です。この宝物を、今の若い人たちに継いでいけたら、どんなに素晴らしい事かと心から思います。


2025年11月23日日曜日

現在のピッツァ作りのレパートリー

 コロナ禍で始めたピッツァ作りですが、最近ようやくコツというものが掴めてきました。焼成は自宅のガスコンロで行う為に、石窯の様な400度以上の高熱で1~2分でふっくらとしかも香ばしく焼き上げるという技は使えませんが、それでも家族や友だちから「オイシイ」と好評をもらえるようになりました。その美味しそうに食べてくれる様子を見たくて、これからもピッツァ作りを続けていこうと思っています。

昨日、新しいソースを考案し、レパートリーが4品になりました。

一つ目は、ナポリピッツァ王道の《マルゲリータ》です。

ソースの具は、トマトペースト、ニンニクのペーストと塩、オリーブオイルを少々。トッピングは、モッツァレッラ、パルミジャーノ・レッジャーノ、オリーブオイル、バジリコです。

二つ目は、牛ミンチをトマトペーストと赤ワインで煮込んだ《ボロネーゼ風ピッツァ》です。

ソースの具は、牛ミンチ、玉ねぎと人参を炒めたソフリット、赤ワイン、トマトペースト、塩(ミンチ量の1%)。トッピングは、モッツァレッラ、パルミジャーノ・レッジャーノ、オリーブオイル、バジリコ、黒胡椒です。今回は追加でミニトマトを焼成後にトッピングしています。

三つ目は、奈義町のピッツァリア『PIZZERIA La gita』で初めて食べて、その美味しさが忘れられずに試行錯誤して作っている《ブラッチョ・ディ・フェッロ(ポパイの鉄の腕という名のナポリピッツァ)》です。

ソースの具は、ほうれん草のペースト、リコッタとオリーブオイルを少々。トッピングは、モッツァレッラ、パルミジャーノ・レッジャーノ、ベーコン、オリーブオイル、バジリコ、黒胡椒です。

四つ目が新作の、エビとアサリとからし菜のペーストとカッテージチーズで作ったソースを乗せた《海鮮ピッツァ》です。

ソースの具は、エビとアサリのミンチ、カッテージチーズ、ニンニクペーストと塩を少々。トッピングは、モッツァレッラ、パルミジャーノ・レッジャーノ、オリーブオイル、バジリコです。

あと、《カルツォーネ》も作ってみました。

グリルの中で、勢いよく膨らむので、少し焦げ目が付きすぎましたが、皮がカリッと焼き上がり、とても美味しかったです。


ではあたらめて、現在の私の《ピッツァ作りの手順》を記録しておきます。

因みに、生地作りには、小麦粉は「春よ恋」、そしてイーストは「白神こだま酵母ドライG」を使っています。

工程1:最初の工程は、ポーリッシュ法での発酵種作りです。小麦粉、水ともに250gとドライG1パック5gを保存容器に入れて軽く混ぜあわせ、フタをして室温でしばらく発酵を促してから、冷蔵庫で1~2日寝かせます。室温での発酵時間は、25度以下であれば6~8時間、25度以上であれば1~2時間です。

工程2:次に生地作りです。大きめのボウルに、発酵種と、残りの小麦粉と水(水の全量は、小麦粉の全量に対して65%の分量)、そして食塩(小麦粉の全量に対して2%の分量)を加えて、約20分間、グルテンを生成するために、捏ねる、パンチするを繰り返します。ネバネバ感が無くなって、艶が出て伸びやかな生地になると完成です。そうしたら表面をオリーブオイルでコーティングし、湿らせたタオルで覆い、1~2時間寝かせます。

工程3:一人前210gにカットします。捏ね上げた生地をスケッパーで210gにカットして、丸めて保存容器に入れフタをします。小麦粉1kgで、8つ丸めた生地が出来ます。

保存容器に入れた生地は、室温でしばらく発酵を促してから、冷蔵庫や冷凍庫で保存します。室温での発酵時間は、25度以下であれば6~8時間、25度以上であれば1~2時間です。そして冷蔵庫での保存ですが、冷蔵庫なら一週間以内、冷凍庫なら一ヶ月以内、美味しく食べられました。

工程4:いよいよ、焼成の準備です。まず冷蔵庫保存した生地を解凍します。冷凍庫保存の生地は、まず冷蔵庫に移して1~2日ゆっくり解凍します。そして冷蔵庫保存の生地は、焼成の前に1~2時間室温に馴染ませます。

工程5:室温に馴染ませた生地を、焼成のサイズに丸く伸ばします。乾いた小麦粉を両面に附着させてから、平台の上で、中心から外側に押すように丸く伸ばしていきます。手のひらサイズまで伸ばした後、遠心力を使って、中心部分を薄く、外縁部にコルニチィーネを形成するように伸ばして、直径26㎝サイズの生地にします。

工程6:熱したフライパンに伸ばした生地を乗せ、コルニチィーネとなる部分にソースが掛からないように、その他の全体にまんべんなくソースを塗り、ガスコンロを強火にしてからトッピングを加えます。ソースやオリーブオイルが沸々しだし、生地の裏面全体に薄ら焦げ目がつき始めたら、コンロからフライパンを下ろし、熱しておいたグリルに焼成途中のピッツァを移し、3~4分ほどグリルで焼成します。4分以上だとコルニチィーネに焦げ目が付きます。焦げ目は香ばしい香りをピィツァにまとわせてくれますが、3分でも中までしっかり熱が通っています。

完成:グリルから出してお皿に乗せれば、ナポリ風ピッツァの出来上がりです。