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戦争の記憶

八月になると、毎年一年ずつ過去となっていく、日本人の戦争の記憶が呼び起こされます。戦争で亡くなった人々の慰霊祭は、空襲を受け甚大な被害を被った日本全国津々浦々の町で、戦後79年となる今年も開催され続けていますが、テレビ中継されるほどの大規模な慰霊祭が八月に立て続けに開催されること...

2026年4月6日月曜日

プロジェクト・ヘイル・メアリーを読んで、重大に思うこと

 アンディ・ウィアーのSF小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』上下巻を読み終えました~!

3月20日に公開が始まった映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観る前に、まず小説を読もうと思い立ち、図書館で上巻を借りて読みました。そして読み終え、下巻を借りに図書館を訪れた際、雑誌コーナーにあった『SFマガジン』の最新号の表紙に、「小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』特集」を見つけ、ソファーに座ってぺらぺら特集記事を読んだ、それがよくありませんでした。寄稿された記事の一つに、物語の結末のさわりが書かれていたのです。読まなきゃよかったと、後悔先に立たずの気分になりました。それで、下巻を飛ばして、映画鑑賞へと進む事にしました。

制作費約2億ドルとも云われる映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、なかなか見応えがありました。が、でも、小説から受けたスリリングな知的好奇心溢れた冒険譚という印象とは違う、近年のアメリカ・スーパーヒーロー映画に見られる様なコミカルでヒロイックさが強調されている印象が残りました。別な言い方をすれば、長尺小説の、コミカルでヒロイックな部分がつなぎ合わされている印象を受けました。これでは小説がつづるすべてを得ることにはならないと思い、改めて下巻を借りて読むことにしました。


小説では、主人公ライランド・グレースが、未知の部屋で目覚めてから、少しずつ甦る記憶と自らに備わった科学の知見を頼りに、置かれた状況を明らかにし、自ら科せられた運命に従い、人類が未だ成し遂げたことのない偉業遂行に邁進するパートと、彼の徐々に甦る過去の記憶、人類がかつて経験したことのない、30年後には人類を含め地球上の生き物全ての生存が危ぶまれる事態になること、そして、遥か11光年先に人類を救ういちるの望みがあることを科学が明らかにし、そのために世界中から叡智が集まり、11光年先へ最高の科学者を送り出すプロジェクト・ヘイル・メアリー(日本語にすれば、一か八かの神頼みという意味)が始動したこと、その壮大なプロジェクトに一介の高校の科学教師であったライランド・グレースが巻き込まれていく様が描かれるパートが、スリリングに交叉しながら進行していきました。それが、作家アンディ・ウィアーの妙味であると感じます。

そして、巻末の解説でSF翻訳家山岸真さんが述べられていた、『明確な科学観とともに、それを継承していくことへの一貫した思い』、平易に表現するならば、次代を担う人びと(若い人たち、子供たち)に、科学を好きになってもらいたい、興味を持ってもらいたい、そして、継承した科学、彼らが見出した新たな科学で、良い未来を切り開いてもらいたいという思いが伝わってくる物語でもありました。


最後に、小説の一部分をどうしても引用させて頂きたく思います。直接的なネタバレにはならないと思いますが、懸念される方は、飛ばして頂きたく思います。

下巻第26章からの引用です。

***

ドアが開いてストラットが入ってきた。その後ろで警備兵がドアを閉めた。

「どうも」と彼女は言った。

ぼくはベッドから彼女を睨みつけた。

「打ち上げは予定通りよ」と彼女は言った。「すぐ出発してもらうことになるわ」

「ワーイ」

彼女は椅子に腰を下ろした。「信じてもらえないでしょうけど、わたしだって好きであなたにこんな仕打ちをしているんじゃないのよ」

「ええ、あなたは本当に情の厚い人ですからね」

彼女はぼくの辛辣な言葉には反応しなかった。「わたしが大学で何を専攻したか知ってる?なにで学位をとったか?」

ぼくは肩をすくめた。

「歴史よ。歴史専攻だったの」彼女は指で机をリズミカルに叩いた。「大抵の人は科学か経営学専攻だろうと思ってるけど。あとはコミュニケーションとかね。でも違う。歴史だったの」

「意外ですね」僕はきちんと座り直した。「過去を振り返ることに時間を費やすタイプとは思えない」

「十八歳で、この先どうしたら良いのか、全く見当がつかなかった。他に何を為ればいいか分からなかったから、歴史を専攻したのよ」彼女は得意げな笑みを浮かべた。「まるで私らしくないでしょう?」

「ええ」

彼女は鉄格子の外に目をやった。遠くに発射台が見えている。「でも多くのことを学んだわ。実際、好きだったし。いまの人は……いまがどんなに恵まれているか、まるで分かっていない。過去は、大抵の人間にとっては情け容赦ない苛酷なものだった。時代を遡れば遡るほど、苛酷なものになっていく」

彼女は立ち上がって部屋の中を歩きながら話を続けた。「産業革命が起こるまでの五万年間、人類の文明はあるひとつのもの、そのひとつだけに関わるものだった――食料よ。過去に存在したどんな文化も、持てる最大の時間、エネルギー、人力、そして資源を食料につぎ込んだ。狩猟、採集、農業、牧畜、貯蔵……すべて食料に関することだった。

ローマ帝国ですら例外ではないわ。皇帝のことやローマ軍のこと、各地を征服したことはみんな知っている。でもローマ人が本当に発明したのは、農地と食料や水の輸送手段を確保する非常に効率的なシステムだったのよ」

彼女は部屋の奥へ歩いていった。「産業革命は農業を機械化した。そしてそれ以来、わたしたちは他のことにエネルギーを注げるようになった。でもそれは過去200年間のことよ。それ以前は、ほとんどの人が人生の大半を自らの手で食料を作る作業に費やしていた」

「歴史の授業、有り難うございます」と僕は言った。「でも、差し支えなければ、ほくとしては地球で過ごす最後の瞬間をもう少し楽しいものにしたいんですよ。ですから……そのう……出て行ってもらえませんか」

彼女はぼくを無視した。「ルクレールの南極核爆弾で時間は稼げた。でもそれも大した時間ではない。南極の端の塊を海に放り込むのも、海面上昇や海洋バイオームの死滅といったことがアストロファージ以上の問題を引き起こすまでに出来る回数は限られている。ルクレールが言ったこと、覚えているでしょう――世界の人間の半分が死ぬのよ」

「分かってますよ」とぼくは呟いた。

「いいえ、あなたはわかっていない」と彼女は言った。「何故なら、それ以上に酷いことになるから」

「人間の半分が死ぬ以上に酷いことになると言うんですか?」

「そうよ」と彼女は言った。「ルクレールの推測は、世界各国が協力し合って資源や配給食料を分かち合うという前提の上に成り立っているの。でも、そんなことできると思う?合衆国が――史上最強の軍事力を誇る合衆国が――自国民の半分が飢えて死ぬのを手をこまねいて見ていると思う?中国は?いちばん良い時でも十三億の国民が常に飢饉を意識していなければならない国よ?彼らが近隣の弱小国を放っておくと思う?」

ぼくは首を振った。「戦争が起こるでしょうね」

「ええ。戦争が起こるわ。古代の戦争のほとんどと同じ理由で戦争が起こる――食料をめぐる戦争よ。宗教でも栄光でも、理由は何とでも付けられる。でも目的は常に食料だった。農地とそこを耕す人間を奪い合うの。

でも、お楽しみはこれでお終いじゃないのよ」と彼女は言った。「絶望に駆られた飢えた国々が食料を求めて互いに侵略し合うようになると、食料生産量は減る。太平天国の乱って、聞いたことある?十九世紀に中国で起きた内戦よ。戦闘で四十万人の兵士が命を落とした。そしてその結果起きた飢饉で二千万人が死んだ。戦争は農業を破壊するの、お分かり?それほどのスケールになってしまうということ」

彼女は両腕を身体に回した。彼女がこれほど弱々しく見えたことはなかった。「栄養不良。混乱。飢饉。社会的インフラの全てが食料生産と戦争につぎ込まれる。社会の基本構造がばらばらに分解されてしまう。疫病も流行するでしょう。様々な疫病が。世界中で。医療システムが追いつかないからよ。これまで簡単に押さえ込めてきたものが抑制出来なくなってしまう」

彼女はくるりと僕の方を向いた。「戦争、飢饉、疫病、そして死。アストロファージはまさに黙示録よ。いまのわたしたちにあるのは〈ヘイル・メアリー〉だけ。どんなに小さかろうと、成功率を高める要素があるなら、わたしはどんな犠牲でも払う」

***

今、この現実世界で起こっている事態は、パラノイアから終わらぬ戦争を始めた軍事大国ロシアの独裁者プーチン、我欲を最大化するためと過去の犯罪歴から処罰されぬ為に、現在の世界を破壊も出来るし平和にも導くことも出来る唯一の国家アメリカの大統領の椅子にしがみついて、遂には娘婿の言いなりになってアメリカ国民の僅かな益にもならず、世界中の人びとを一世紀も二世紀も過去に引きずり落とすことになるかもしれない戦争を始めたトランプ、まさに聖書の黙示録が暗示した、偽りの王が始めたゴッドとの最終戦争を彷彿する事態の様に思います。

小説の行は、この事態までも預言していたかのように私には思われました。


すでに、小説が案じた事態は始まっています。

現実のわたしたちには、プロジェクト・ヘイル・メアリーはありません。世界は一つにならず、瓦解、崩壊、滅亡に向かって、ブレーキのないチキンレースに巻き込まれています。

私は、ただ憂うしかできないことが歯がゆいです。