播磨の国ブログ検索

『私達が望むなら、私達はできる、想像してごらん』 - ジョン・レノンのメッセージ

平成22年10月9日(土)はジョン・レノンの生誕70周年。 彼と妻オノ・ヨーコが、70年代から世界中に問いかけてきた War is over, if you want it 私達が望むなら、戦争は終わる We can do it 私達はできる Imagine ...

2026年2月12日木曜日

日岡山公園グラウンドのフェンスの一箇所、ぐらついていますよ!

先日、日岡山公園に散策に出かけたときのこと…

野球場の方から人工芝が一面に張られたグラウンド側に向かって歩いていると、グラウンド上で何やら選手が集まっているのが見えました。坂道を下る途中の観覧席上のフェンスに近づくとそれがラグビー選手であることが視認できました。フェンスを見ると、白いパネルが付けられています。内側に何が書いてあるのか気になって、フェンスにもたれかかってパネルの内側をのぞき込もうとした瞬間、フェンスがぐらついて思わず前に落ちそうになりました。

あらためて下に廻って、観覧席に上がり、フェンスに付けられたパネルに近づき仰ぎ見ると、小さな字で『危険! 倒れる恐れがあります! 絶対に触れないでください!』と書かれていました。

それはないようなぁ~と思わず嘆息しました。

後で施設管理者に連絡しようと、とりあえず写真を撮ったのはいいのですが、今日まですっかり忘れてしまっていました。

もう、修繕されていたら良し、そう思い、施設管理者である加古川市のスポーツ・文化課企画管理係に、とりあえずメールだけ入れました。

フェンスぐらついてますよ!あと、パネルで注意喚起するならば、正しく設置してね!って。


その場で忘れてしまった原因は、やはりグラウンドのラグビーをしばし観戦して、すっかりネガティブな感情が吹き飛んでしまったからでしょうね。グラウンドに居たのは姫路工業高校のラグビー部員たちでした。二チームに分かれて、ゲーム形式のパス練習を繰り返していました。選手たちみんな、体デカかったです。

2026年2月10日火曜日

何より大事な事は、『わたしたちの文化の礎となってきた国土を破壊させない』事ではないかと思います。

 ミュッレルは立ち上がって、

「とにかくこの戦争がドイツの国ん中でなくて幸せよ。まあ見てみねえな、あの砲弾穴の戦場をよ」

「違いねえ」とさすがのチャーデンも異議なく賛成した。


これは、小説『西部戦線異状なし』の第9章、与えられた休暇から戦線に戻ってきたボイメル君が、兵営の中で戦友と交わす会話の中の一文です。


私は、先に記した記事

「今こそ『西部戦線異状なし』を読む必要があるのではないか、と思います。」

https://harimanokuni2007.blogspot.com/2026/02/blog-post_8.html

の最後に、次のように書いて終えました。

「選択は限られています。

恭順による他力の平和にすがるのか、武力によって自ら進んで平和を獲得するのか、もしくはこの半世紀の様に国連の様な世界的な組織に加盟するか、連邦国家を形成して、集団的自衛・集団的平和維持に平和を委ねるのか……、わたしたち一人ひとりが、責任を担って、決定しなければいけないのだと思います。」


でも、何より大事な事は、『わたしたちの文化の礎となってきた国土を破壊させない』事ではないかと思います。


中世までの戦争、戦というのは、王や領主、殿様が、蓄えた金銀財宝という財力を使って、戦の専従者である武人や傭兵を養い或いは雇い、いざ戦争となれば、国境などに設定された戦場に武人や傭兵を派兵して、そこで一戦を交えて勝敗をつけるというスタイルでした。戦が終わった戦場に残るのは、切られたり突かれたり刎ねられたりして斃れた武人や傭兵の骸だけです。骸はいずれ土に還ります。毒薬でもまかれない限り、土地は破壊されることはありませんでした。

しかし近代になると、誰でも簡単に操作できる大量破壊兵器が開発されたことから、健康な臣民は誰でも徴兵して兵士に仕立て上げられるようになりました。これが大戦争を可能にしてしまいました。それでも武器を操作する人間が戦場に出向いていかなければ戦争はできません。ですから、戦争はまだ限定した戦場の中だけで行われていました。

しかし戦場の様子は一変しました。コンクリートや鋼鉄でできた頑丈な構造物さえも破壊する砲弾は、構造物だけでなく、土地をえぐり穴だらけにするだけでは飽き足らず、生き物を傷つける破片を無数にまき散らし、火薬や薬物は土地を深く汚染しました。毒ガスもしかり、地雷も然りです。そして、一度まき散らされた毒ガスや地雷は、長くその場に止まり続け、以後、何日も、何ヶ月も、そして戦争が終わった後、何年も、何十年も、それらが専門家によって取り除かれない限り、生き物がその土地に帰ることは出来なくなりました。

そして、人間はといえば、戦場に兵士として送られた臣民(市井の人々である学生や、労働者、農夫、漁師等々)は、大量に殺されるか、体に重大な損傷を受けるか、精神的な病に冒されることになり、戦争は勝っても負けても、国力の衰退を招くだけのものとなりました。

現代の戦争は、もう限度がなくなってしまいました。その始まりは第二次世界大戦です。

長距離飛行の爆撃機や長距離ミサイルが開発されたことにより、戦場は、非戦闘員である民間人、学校に通う子供や家庭を守る女性が暮らす場所まで広がりました。爆撃機が落とす大量の爆弾や遠方から発射されたミサイルが、人々が暮らす町村を、破壊し尽くせるようになりました。極めつけが核爆弾です。核爆弾は、一発で10万、百万の人間を一瞬に破壊するだけでなく、生き残った人間を死ぬまで放射能汚染で苦しめます。そして核爆弾を落とされた土地は、放射能に汚染され、何十年、何百年、放射能が減衰して生命に危険でないレベルにまで下がらぬ限り、その土地に生き物が帰ることは出来なくなりました。

日本は、第二次世界大戦末期、敗走の軍隊を尻目に、戦争遂行者である為政者は、本土決戦を決め込んだことから、国内の主要な都市や町々は空襲に晒される事になりました。その結果、80年が経過した今も、地中に眠る不発弾の脅威から逃れることは出来ません。原爆を投下された広島と長崎は、何十万という民間人が殺されただけでなく、放射能に犯された人々は以後、何十年も苦しみ続けました。現在の核保有国が保有する核ミサイルよりも千分万分の一ほどの威力しか無かった核爆弾であったことが、放射能汚染の影響が長引かずに両都市は見事なほどに復興を果たしましたが、それでも長く、人々は云われなき差別に苦しまれても来ました。

第二次世界大戦以後に起こった数々の紛争では、戦後も毒ガスや何千万と埋設された地雷に、市井の人々が被害に遭い続けています。そして現在、ロシアの侵略で始まった戦争ではウクライナ国内が戦場となり、歴史あるウクライナの町が破壊されています。戦場には今も地雷が撒かれ続けています。

2011年に始まったシリア内戦では、古来からオリエントの真珠と称された美しい都市ダマスカスは廃墟と化しました。

1948年に建国されたイスラエルによって土地を奪われたパレスチナの人々が押し込められたガザ地区は、止まないイスラエルの砲撃や空爆によって200万人の人々が暮らしている都市は廃墟と化し続けています。強国によりライフラインが破壊され、全滅の危機に直面してます。

隣国の土地を破壊し尽くして、汚染尽くして勝者となったとして、勝者となった国の為政者は、その破壊され汚染尽くされた土地をどうするのでしょう?彼らにとっては、人間など住めなくてもどうでもいいのでしょうか?


広大な国土を有する米国、ロシア、中国でも無い限り、日本の様な領土の狭い国は、戦争になれば逃げ場がありません。国民が暮らす全ての町が破壊し尽くされることになるでしょう。戦争になれば、神代の時代から育まれてきた日本の美しい風景も文化も、すべてを失うことになるかもしれません。

ならば、日本が取る行動は、一つしかないと思います。少なくとも、この東アジアで戦争を起こさせない様に、周辺国を説得することです。

日本でも核武装論が盛んになってきましたが、万一核ミサイルを一基二基、そして十基と保有したところで、何千基何万基をを保有する核保有大国には敵いません。なまじ核ミサイルを保有すれば、いざ核戦争が勃発したらいの一番に敵の標的になってしまうでしょう。そうしたら、国土が半永久に生命が住めない場所に陥ってしまうでしょう。

列強国なんて目指さなくていいと思います。あらゆる国の人々に、信頼される国、役に立つ国、そして心を癒やすことができる国、安全な国、きれいで清潔な国、そして戦争をしない国、暮らしたいとおもえる国、友人となりたいとおもえる国になる事ではないかと思います。それが、日本を平和な国にする方法ではないかと思います。

そのためには、日本に暮らす人々全員が、目的を共有して、そのために学び、実践しなければならないと思います。

2026年2月9日月曜日

WVS分析結果「もし戦争になったら、進んで国の為に戦う意志はあるか?」を見る

 世界価値観調査(WVS、World Value Survey)という、世界の異なる国の人々の社会文化的、道徳的、宗教的、政治的価値観を調査する国際プロジェクトがあります。

日本は、WVSの第1波(1981-1984)から調査対象国となっています。

調査結果のデータや分析結果は、WVSのホームページから、個人でもアクセスできます。現在は、第7波(2017-2022)まで公開されています。

https://www.worldvaluessurvey.org/WVSOnline.jsp

第8派(2024-2026)は現在進行中ですが、日本の調査は2024年中に完了し、分析レポートが、調査を実施した電通と同志社大学の連名で、2024年12月に公開されています。

https://www.dentsusoken.com/sites/dentsusoken_default/files/2024-12/WVS8_Japan2024.pdf

調査項目中のセキュリティーの項目の中に、「もし戦争になったら、進んで国の為に戦う意志はあるか?」という質問がありました。

その質問の、日本、韓国、台湾、中国、米国、ドイツ、ウクライナ、ロシアの分析データを抽出し、グラフにして見ました。


WVSの回答数が、各国の人口に対して約1/10万(中国に至っては約1/100万)であること、また質問者をどの様に選んだかも不透明であるために、あくまでも参考、一つの傾向程度に見る必要があると思います。

でも、それにしても、日本の「Yes」の比率13.2%は、ダントツに低いです。第7派の調査実施88カ国中でもダントツに低い比率です。 ※87位のリトアニアの比率は32.8%でした。
このWVSの調査も、日本国内ではほとんど知られていないのではないか、と思います。
WVSの調査は、約五年周期で行われています。少なくとも、国勢調査並に、国民に問い掛ける、国民に周知することで、国民の意識や関心を高めることになるのではないか、と思います。

2026年2月8日日曜日

今こそ『西部戦線異状なし』を読む必要があるのではないか、と思います。

 この書は、訴えでもなければ、告白でもないつもりだ。

ただ砲弾は逃れても、なお戦争によって破壊された、

ある時代を報告する試みにすぎないだろう。


という序文で始まる小説『西部戦線異状なし』は、ギムナジウム(現在の日本でいえば大学進学を目指す中高一貫のエリート校)で学んでいた十八歳のパウル・ボイメル君が、教師の半ば強制的な説得によって、クラスの同級生二十名と共に軍隊に志願し、苛酷で残虐極まらない西部戦線で一兵卒として二年を過ごした後、1918年11月11日に連合国側の勝利で世界大戦が終結を向かえる直前に二十歳で戦死するまでを、彼ボイメル君の主観で語られた物語です。

この『西部戦線異状なし』の物語は、著者エーリッヒ・マリア・レマルクの実体験が元になっています。レマルクの本名は、エーリッヒ・パウル・レマルクで、ミドルネームがパウルです。レマルクは実際にギムナジウムで学んでいた十八歳の時に軍隊に志願し、西部戦線で戦闘を経験し、塹壕戦の最中に榴弾の破片で重傷を負い、二十歳で終戦を迎えるまで病院で長期療養を経験しています。

レマルクの実体験が、ボイメル君の体験を迫真のものにしています。

特に、前半に描かれる塹壕戦・砲撃戦の描写や、後半の斥候中に遭遇して短剣で刺した敵兵ジェラール・デュバルがゆるゆると死にゆく様の描写、そして榴弾の破片で重傷を負ったことで収容された病院内の描写は、まるで臭いまで漂ってくる様でした。とても重苦しい追体験となりました。

沢山の印象的なシーンの中で、特に印象的な二つのシーンを書き記します。

一つは、西部戦線に新兵として出兵して二年が過ぎ、戦地に生き残る八名の同級生の一人、クロップとの会話です。

「僕らはもう戦争のお陰で何をやろうとしても駄目にされちゃったんだね」

「僕らはもう青年でなくなった」

「僕らは十八歳であった。この世界と生活とを愛し始めていた。しかるに僕らはその世界と生活とに向かって鉄砲を撃たなければならなかった」

「僕らは仕事と進歩というものから、まったく遮断されてしまった。僕らはもうそんなものを信じてはいない。信じられるものは、ただ戦争あるのみだ」

もう一つは、刺したジェラール・デュバルが半日も喘鳴を洩らして後死んだ後に訪れた沈黙に耐えきれずに、死んだデュバルに話しかけた言葉です。

「おい、戦友、僕は決して君を殺そうとは思っていなかったんだ。

君は僕にとっては、初めただ敵という観念だった。一つの抽象だった。それが僕の頭の中に働いて、殺そうという決意を呼び起こしたものだ。僕はこの観念を刺したのだ。今になって初めて僕には分かった。君だってやはり僕と同じ様な人間であることが。」

これらのシーンは、十八歳、これから未来に向かって歩みだそうとしていた、そして、まだ何者でもなかった少年が、戦場での壮絶な体験によって、殺し殺される為だけに生きる存在に陥ってしまったことを強く印象付けました。

この物語のエピローグを書き記します。

「ここまで書いてきた志願兵パウル・ボイメル君も、遂に1918年の10月に戦死した。その日は全戦線に渡って、きわめて穏やかで静かで、司令部報告は『西部戦線異状なし、報告すべき件なし』という文句に尽きている位であった。ボイメル君は前にうつぶして倒れて、まるで寝ているように地上に転がっていた。体を引っ繰り返してみると、長く苦しんだ形跡はないように見えた……あたかもこう云う最期を遂げることを、むしろ満足に感じているような覚悟の見えた、沈着な顔をしていた」

この一文は、一兵卒の死に対する無情さと、レマルク自身の戦死した戦友に対する憐れみと慰めを記したものではないかという印象を覚えました。


近代ヨーロッパで起こった初めての大戦争(第一次世界大戦)は、ありとあらゆる大量殺戮兵器(飛行機を利用した爆弾投下、殺傷能力の高い砲弾、地雷、毒ガス、戦車など)が開発され、戦場に投入され、相対する国の境に掘られた塹壕線には、半強制的に志願させられた、また強制的に徴兵された十八歳以上の少年や、働き盛りの青年や家庭の家長が次々に、無闇に送り込まれて、ただただ死者と一生を台無しにする傷を負わされた負傷者だけが増え続ける有様であった様です。

ドイツは、戦争を主導した帝政が敗戦濃厚にして民衆の革命によって倒されたことで敗戦が決定し、その後の戦後処理で莫大な賠償金を課せられたことで、ドイツの民衆の被害者意識や憤り、戦勝国への憎しみは相当なものに膨れ上がったのだと想像します。その被害者意識、憤り、憎しみが、後に頭角を現したヒトラー率いるナチス党のドイツ人種至上主義に飲み込まれ、ヨーロッパ・ユーラシア大陸の征服とナチスが下等人種と見なしたユダヤ人やロマ人の殲滅行動に向かわせたのだと想像します。

方や戦勝国となったフランスや英国も、ドイツと同様に膨大な人的損害を被ったことで、厭戦気分が蔓延し、それがヒトラー率いるナチスドイツの強大な軍拡化を許してしまった理由だとも云われます。


1991年12月にソビエト連邦が崩壊し、新たに誕生したロシアとの融和を図り、軍備縮小に動いたヨーロッパでは、長らく維持してきた徴兵制度を停止する国も現れました。ドイツも2011年に徴兵制度を停止しました。

しかし、2000年にロシアの大統領に就任したプーチンが、以後26年に渡りロシアを支配し続けて、2010年以降は旧ソビエト連邦支配下の国々への再びの支配欲を露わにし、遂にはウクライナから2014年にはクリミア半島を略奪し、2022年にはウクライナ全域を支配するために軍事侵攻を始めるに到りました。

それによってヨーロッパのロシアの脅威が決定的となって、再びヨーロッパは軍拡へ舵を切りました。ドイツも徴兵制度復活に向けて、今年から新たな兵役制度を導入しました。来年からは十八歳以上の男子に徴兵の為の医療検査が義務付けられることになるようです。

誰しも平和は享受したい。どの国の国民も平和であってほしいと願っています。

1945年に設立された国連が機能し、国連が主導する安全保障会議の決定を、すべての国が従うのなら、その平和の願いも叶うでしょう。そして極論をいえば国連加盟国に軍隊など必要では無くなるでしょう。

でも、実際のところは、国連という組織が設立された当初から、特に常任理事国である、現在の米国、ロシア、中国、英国、フランスの身勝手な核武装や軍備拡大、更には他国への軍事侵攻という蛮行は、なくなることはありませんでした。

そして遂には、常任理事国が主導した国際法を破ることさえ大国は厭わなくなりました。これは明らかに、これまでの半世紀とは違う、新たな乱世の時代の幕開けです。


『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』

これは古代ローマ時代の格言ですが、近代まではヨーロッパでも、アジアでも、そして日本でも常識であったのだと思います。大河ドラマに度々登場する日本の戦国三英傑、信長・秀吉・家康も必ず戦の前にこう宣言しますね、「戦のない(つまり平和な)世の中にする為」と。

第二次世界大戦後の日本は、敗戦と苛酷な戦時の記憶から国民の中に厭戦気分が広がって、かつ、連合軍の占領支配中に新たに発布された日本国憲法で『戦争の放棄』を日本の是としてから、曲がりなりにも武力を他国に対して一度も行使したことはありませんでした。

でも、実際のところは、日本を支配し続けている米国の軍事力の影響が外にも働いて、それがソ連や中国、北朝鮮からの軍事的脅威から日本を守り、この80年近く日本人が平和気分を味わえた根本的な理由ではないかと思います。

しかし、日本が頼りに頼っている米国が100年以前のモンロー主義(トランプがドンロー主義と言い換えている保守主義、孤立主義)を再び掲げて、南北アメリカ大陸を中心とする西半球のみを支配する帝国主義の政策に傾けば、日本を覆う米国の軍事力という傘は、気付いたら無くなっていた、という様な事態が近い将来に訪れることになるかも知れません。

その時になってはじめて右往左往し、無闇に軍拡や強国路線を掲げる為政者の煽動に、国民が煽られて熱狂して、闇雲に進んでいくようなことになれば、それは、戦前の日本と同じ様に、また戦前のドイツの様に、滅ぶまで、国民の命が無闇に消費されてしまう事態に陥ってしまうかもしれません。わたしたちが、そしてわたしたちの子や孫が、パウル・ボイメル君になってしまうかもしれません。

わたしたちは、今すぐにでも気付き、わたしたち一人一人が、責任を担って、日本のこれからの平和を求める在り方を、決定しなければいけないと思います。

選択は限られています。

恭順による他力の平和にすがるのか、武力によって自ら進んで平和を獲得するのか、もしくはこの半世紀の様に国連の様な世界的な組織に加盟するか、連邦国家を形成して、集団的自衛・集団的平和維持に平和を委ねるのか……、わたしたち一人ひとりが、責任を担って、決定しなければいけないのだと思います。