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映画『オッペンハイマー』を観ました。

”nearly zero(ほぼゼロ)” 先週、映画『オッペンハイマー』を観てきました。期待に違わぬ、クリストファー・ノーランの映画でした。 ノーランは、オッペンハイマーという人物の上昇と転落の物語を通じて、科学者の、もっといえば人間の、探究欲や嫉妬心にはブレーキが利かないという、...

2012年10月24日水曜日

映画『ALWAYS続・三丁目の夕日』を観ました。


昨夜、BSプレミアムで映画『ALWAYS続・三丁目の夕日』を観ました。

映画のラストシーンで、二組の家族が夕日に顔を向けながら何気に交わした言葉が、映画を見終わった後も心地よく耳に残りました。

鈴木オート一家と住み込みで働いている六ちゃんの四人が出来たばかりの東京タワーの展望台から夕日を眺めて言います。
母「今日も奇麗ねぇ」
父「おぅっ-きれいだなぁ」
六ちゃん「美加ちゃんがいなくなって寂しんだかぁ?
     元気だしなよぉ、またすぐ会えるって」
一平「六ちゃん、夕日が目に染みるねぇ」
父親が間髪入れずにその一人子の頭を叩き
「生意気いってんじゃないよ、10年早いよ、ヘヘヘ」
そして家族に笑みが溢れます。

もう一組、ようやく三人で暮らすことが叶った茶川、ヒロミそして淳之介が橋のたもとに立ち止まって夕日を眺めて言います。
ヒロミ「奇麗な夕日ねェ」
茶川「今日は-とくに奇麗に見えるなぁ」
淳之介は二人の手を取って二人を見上げながら言います
「僕何でか知ってるよ。それはね、三人で見てるからだよ」
ヒロミは淳之介の頭を優しくなでて
「そうねぇ、そうかもねぇ」
「そうかもしれないなぁ」と茶川、
そして三人は川の字になって夕日を眺め続けます。

映画『ALWAYS・三丁目の夕日』シリーズは、昭和30年台の東京が舞台の群像劇ですが、でも実はノスタルジー溢れるファンタジーです。
登場人物の誰もが、大人も子供も、重いもの、悲しみを秘めていますが、ですがそれ以上に、今日を精一杯生きようという誠実さと家族を思う愛情が溢れています。

モノがなかった時代、一つ手にしたモノがありがたく、いつまでも大切に使います。
それは人との絆もそうであって、互いが深く大切に思い合い、まるで磁石が引き合う様に決して離れることがありません。

『私たち人には、拾い上げた小さな幸せを、愛おしんでふくよかな幸せに育む力があるんだよ』と、登場人物たちがにっこりと笑顔で語りかけてくれた様に思いました。

一緒に観ていた耕太郎が、映画を見終わった後
「いい話やなぁ」とポツリと漏らしました。

薬師丸ひろ子さん演じる母親像がとても良いですね、控えめで、でもしっかりもので愛情に細やかで・・・
そして髪型、当時流行したパーマヘヤーだと思います、サザエさんもこの髪型ですね。
うちの母も、当時この髪型をしていました。懐かしさを覚えました。

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