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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2015年5月3日日曜日

祝四十年、播州北脇一本松

11年ぶりの国恩祭が始まりました。
そして一本松連中は、40年目に突入です。

写真の題字は、一本松連中イチャさんの書です。惚れ惚れします。
背景のお山は、北脇の名峰?一本松です。


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