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花筏から高砂を考えます。

「花筏」という言葉を、週刊誌のグラビアで見つけました。 桜の花びらが散って、降り立った川面に広がり悠悠と流れゆく様を見た先人が、まるで筏を流しているようだと名付けた風流この上ない言葉です。 「花筏」の風流な意味合いなど知らず、でもずいぶん前から名前としてこの言葉は知っていま...

2010年12月3日金曜日

O.Henry 作『賢者のおくりもの』の朗読ビデオをYouTubeにアップしました。

近代のクリスマスの物語として最初に浮かぶ物語は、
ディケンズ作『クリスマ・スキャロル』ではないでしょうか。
お金持ちだけれども強欲で誰にも心を閉ざしたスクルージのところに、
3人の精霊が次々に現れます。
最初の精霊は過去、まだスクルージが暖かい心を宿し、貧しいけれども家族や友人に囲まれて幸せであった時代へ導きます。
そして第二の精霊は、現在、お金に心を病んだスクルージの非情により、クリスマスの寒空の中で苦しみ悲しむ家族や友人達の姿を垣間見せ、スクルージの罪を指摘します。
最後、第三の精霊は、未来、天罰が下されるスクルージを予言し、
そしてスクルージは、悔い改め、本当の幸せ、人を愛し愛される者として導かれるのです。
この様な物語だったと思います。

とてもファンタジックな物語であると同時に、ディケンズの解釈によるキリスト教的な死生観、道徳観が溢れている作品だと思います。また、想像力を掻き立てられる物語であるため、数多くの映画やドラマ、アニメ等々で、数多くの映像作家が題材として作品を作り続けています。昨年、ロバート・ゼメキス監督そしてジム・キャリーでモーションキャプチャー映画として公開された作品が記憶に新しいです。

この長編ファンタジックなクリスマス物語と双璧な物語として、私の記憶に残る話が、今回朗読作品として制作し登録した、O.Henry作『賢者の贈り物』です。
短編小説で、ある貧しいけれどもとても愛し合っている若い夫婦が、互いに心からのクリスマスのプレゼントを贈るために、自らの一番大切な品物を売って、プレゼントを贈る、という物語です。
妻は、夫の大切な金時計に見合う高雅なプラチナの時計鎖を得るために、豊かな美しい髪の毛を手放します。
夫は、妻の美しい髪に似合う、美しい櫛を得るために、大切な金時計を手放します。

物語の中で、作者O.Henryは読者に対して、『週8ドルと年百万ドル-その違いはなんぞや』と問いかけてきます。
唐突な問いかけです。またその金額にもさして意味があるとは思えません。
ただ、持たざる者、でも愛情に溢れる者同士だからこそ、見方によっては愚かな行為、しかし愛ある心で見れば、それはとても高貴でとても素敵な行為であることが分かります。

この『賢者の贈り物』も、聖書の『マタイの福音書』第二章、救い主イエス様の誕生と東方の賢者による最初の高雅な貢ぎ物のエピソードが題材となっています。

私は、この物語を約40数年前に教科書か絵本で読み、大切な物語としてずっと覚えていました。
今年の夏か、古書店周りをしていて、冨山房出版 リスベート・ツヴェルガーさん挿絵、矢川澄子さん訳による、絵本『賢者の贈り物』を求めました。挿絵はとても繊細で、登場人物の心情を見事に描いています。また日本語訳の文章も重厚で読み応えがあります。

本題からはそれてしまいますが、色々な読書、様々な楽しみ方、読み方、観賞の仕方があると思います。
これしかない、という硬直した見方ではなく、自分らしさで読書を楽しめばよい、そう思います。
また、面白い、とか大切、と思った本は何度も読書を繰り返すうちに、作者と心を通わせる事ができると思います。
それは、私だけの、貴方だけの作者との心の繋がりです。そういった繋がりを幾つも繋いで、心の豊かさを養いたいと思います。



2010年12月1日水曜日

絵本朗読『クリスマスのおくりもの』をYouTubeで公開しました。

絵本朗読を、YouTubeにアップロードし、公開しました。
本の題名は、『クリスマスのおくりもの』、もくしは『いちばんすばらしい贈り物』です。

この物語は、新約聖書『マタイの福音書』2章に記されている、救い主イエス様の誕生と、東方の博士達が夜空に輝く星に導かれて、幼子イエス様に拝礼する記事を、幼き王子イレーヌスの3つの勇気と愛に溢れるエピソードを交えて、描かれた物語です。

残念なことに、聖書にはキリストの誕生を12月25日とは明言されていません。当時のイスラエルの関わる記事などから、イエス様の誕生は、春頃ではないかという説もあります。
キリスト降誕際は、後に北欧の太陽神を祀り感謝する祭事を、時の教会が取り入れたものだと言われています。

ただ、そういった歴史の歪曲、補完は大した事では無いのです。
救世主がお生まれになった、そして救世主を信じる事が大切なのだと思います。
どんな世情であっても、毎年12月25日は訪れます。世界中の人々が、共に喜び合える、その事実が大切なのだと思います。

Merry Christmas to You !
普段、言葉足らずで伝えきれない、感謝と貴方を思っている誠実な気持ちを、クリスマス、主への感謝と共に伝えられたらと思います。

2010年11月29日月曜日

『坂本龍馬』考 その3 ~龍馬の夢~

岩崎弥太郎の視点、回想として描かれた大河ドラマ『龍馬伝』は、11月28日、最終回『龍の魂』で完となった。

幼少の頃より、泣き虫、夜ばあたれと悪口をたたかれ、実母が病で逝った後、剣術に目覚め、下士の次男坊、また裕福な家庭という環境も手伝って18歳で、江戸へ剣術修業。江戸中期、太平の頃なら、せいぜい道場主として生き、名もなき一藩士として歴史に刻まれる事なく一生を終えたであろう。

しかし、時代は時の統治組織である徳川幕府の凡庸さでは対応できぬ、産業革命を経て富国強兵を成し遂げた列強国の襲来、開国の突き上げに、日本国の志あるものは、尊皇攘夷また開国の二極に分かれ、やがて対立は国家を二分した
内戦へと突き進み、それぞれの組織を後押しする格好で、搦め手で日本への侵略・占領を図ろうとする列強国が舌なめずりして機会を覗っている・・・

丁度、江戸剣術修行中に、黒船の来航に遭遇し、幕府の狼狽え振り、凡庸さを肌で感じ、剣術を通じて知り合った諸藩の若き闘士と交わる中で、龍馬の中に眠っていたあるものが目覚めたのだと思う。
それは、狂気じみた『愛国心』や列強国への『恐れ』ではなく、開かれた世界への『憧れ』と、どうすればそこへ辿り着けるかを知りたいという『探求』である。

そして、龍馬がその強い衝動に駆られて走り始めた第一歩が、国抜け『脱藩』である。
険路、韮ヶ峠~榎ヶ峠~泉ヶ峠を越えて伊予の国に入り、船で長州へ、片道切符の出奔である。

龍馬には天分がある。
ドラマ『龍馬伝』第一回の中で龍馬を回想する岩崎弥太郎が吐き捨てるように言う龍馬評である。

『
龍馬はのう・・・
わしがこの世で一番嫌いな男やった!
あんな脳天気でっ
自分勝手でっ
人たらしでっ
おなごに好かれてっ
あれば腹が立つ男は
どこにもおらんのじゃき!
』

そう、龍馬が行くところ、龍馬が成そうとするところ必ず有志が集まる。
志が高く、また優秀なる人材が集まる。
また、龍馬は必要ならばどこへでも出かけていく。
幕府側では松平春嶽、勝海舟、永井尚志、ともに大大名である。
動乱の時代でなければ、近づくことなどできぬ、身分が違う。
しかし、彼らの方が龍馬を遇した、可愛がった。
真っ直ぐに夢を語り、度胸も腕も立つ。雄弁ではないが、例えが面白く、聴き手をグイグイと龍馬の夢の支援者に引き込んでいく。

そして、一触即発、日本国存亡の岐路の険路を悠々と渡り歩いて人類が文明を築いてから、誰も成し遂げたことのない、『大政奉還』、時の統治者が、権力の座から退くという無血革命を成し遂げた。

龍馬には多くの友がいた。武市半平太、以蔵、饅頭屋長治郎、他土佐勤王党の面々、そして龍馬が旗揚げした亀山社中、その後の海援隊の隊士達、その多くが龍馬の立った夢の頂きを共に踏みしめることはなかった。
それぞれの道、志半ばで斃れ、野に散った。

そしてまた、龍馬を敵視するもの、その数多く・・・
『龍馬伝』最終回で、龍馬の潜伏する近江屋に乗り込み、これまでの龍馬への複雑な感情を露呈した弥太郎が、最後に龍馬に告げる予言である。

『
けんどのぅ龍馬・・・
人が、みんなぁ自分のように・・・
新しい世の中を、新しい世の中を
望んじゅうと思うたら大間違いじゃぞ。
口ではどういうちょたち、いざ扉が開いたら
戸惑い、怖じ気づくもんは山のようにおるがじゃき
恨みや妬みや、恐れ、保身・・・
その内、怒りの矛先はオマンに向くろ
わしにはわかる。
眩しすぎる陽の光は
無性に腹が立つことを、知っちょうきのう。
』


もし、もしも龍馬が暗殺されずに、明治を迎えたとしてその後の、鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争は起こらなかっただろうか

欧米列強に並ぶ、富国強兵の振興、近代化、欧米化、そしてアジア諸国を巻き込んだ侵略、植民地政策の強行そして太平洋戦争は起こらなかっただろうか・・・

龍馬は、天性の外交官、であったと思う。それも大局を見て謀ができ、また商才にも長けている。
それまでの、またそれ以降を見ても龍馬ほどの世界の列強国と渡り合える外交官を日本は輩出できてはいないと思う。

しかし、またそこが龍馬の限界であったと思う。

大政奉還までの道筋を描き、実現に奔走し、各藩の有力者を説き、また幕府の重役を説き、彼らを動かした。共感を与え働かせたのである。
そして『大政奉還』を成した。
ただ、『大政奉還』が成したとて、明治という時代が開かれたとして、すぐに龍馬が描く、志ある者が、学び、そして国民に選ばれて国の運営を司る、という仕組みが受け入れられて、この国に馴染むには、果てしない時間を要する事業なのである。

龍馬には、日本を指導する強力な権力も、盤石な地盤も財力さえ無いのである。

国の中枢に巣くう政治屋には到底なれず、また岩崎弥太郎の様に、現代に残る大企業『三菱』を興す祖たるに相応しい人物でもない。

龍馬には野心がない、いや日本に留まる程度のこんまい野心は持ち合わせていなかったのであろうと思う。

だから、もし龍馬が命を長らえ明治を迎えていたとしても、その後の歴史は、なんちゃあ変わる事はなかったと思うのである。

天は、龍馬を用いて、日本から侍の世を葬り、開かれた国へと日本を導びかれた。龍馬の使命は終わったのである。


最終回、弥太郎がもう一度吐く。

『
龍馬・・・龍馬・・・龍馬・・・龍馬
龍馬はのう-!
脳天気で
自分勝手で
人たらしで
おなごに好かれて
あれば腹が立つ男は
どこにもおらんかったんじゃき!
あんな男は・・・あんな・・・
あんな龍は
どこにもおらんぜよ!
』

龍馬が残したモノは、志ある者、才能ある者、勇気ある者に希望を繋いだことである。

明治以降、在野から多くの卓越した人物が出現した。
それは、国家が推し進める富国強兵よりも、日本の文化・文明を清く高めるに大いに貢献した。

龍馬の辞世の句として語り継がれている言葉がある。

『
世の人は
われをなにとも
ゆえばいへ
わがなすことは
われのみぞしる
』

この言葉は、龍馬の青春時代、希望の見えない土佐暗黒の時代に読んだ詩とも言われている。

明治維新の西洋文明の導入期、また太平洋戦争からの復興、そして成長期において、先進国、戦勝国に追いつけ追い越せ、を掛け声に、物を真似て製造し、他国から『猿まね』と揶揄されながらも、学び、工夫・改善し、いつか世界一の品質の証である "Made in Japan"の称号を日本製品は勝ち得た。

日本人は、自分たちのそれぞれの夢を信じて、われのみぞ知る、頂きに到達したのである。


現在、世界はこれ以上無いほどに密接し、しかも様々な思想に支配される国々とより一層関係を密にしなければ、一国では立ちゆかない時代に入ってしまった。
そして日本は、1980年代から1990年代にかけての『陽いずる日本~Rising Sun~』『世界一安全な国』と称された時代から一転、凋落し、内外の問題が噴出し、政治も経済も停滞し、日本から夢や希望がどんどん失われていく喪失感に苛まれている。

今、私達に必要な事は、それぞれが天から与えられた唯一無二の天分に従って現状の枠組み・ルールの中で自分を活かし、争わず笑顔で、学び、働き、楽しむ事ではないだろうか。

また、国、社会を運営する任を与えられし者は、それぞれの個性、パーソナリティーを尊重し、活かす社会システムの再構築(イノベーション)をもたらすことではないだろうか。

それが、龍馬の描いた『夢』なのだと思うのである。
それが、私の、私達の『必要な夢』なのだと希望する。


『坂本龍馬』考

『坂本龍馬』考 その1 ~司馬竜馬との出会い、そして竜馬と歩む人生~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/09/blog-post_5723.html

『坂本龍馬』考 その2 ~お田鶴さまのいない『龍馬伝』、いよいよクライマックスです~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/10/blog-post.html

『坂本龍馬』考 その3 ~龍馬の夢~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/11/3.html

『坂本龍馬』考 その4 ~デモクラシー~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2017/11/blog-post_20.html

2010年11月11日木曜日

クリスマス絵本『ポーラーエクスプレス』の朗読ビデオをYouTubeにアップしました。

初めに、
本日11/11、10日振りの投稿となります。暫く調子を崩していました。先週末は、鹿島中野球部の練習試合が土・日、両日で4チームを迎えて行われましたが、大好きな野球観戦も写真撮影も休みました。漸く調子が戻ってきました。
野球部員のお父さんで、写真撮影の相棒(元ラガーマンのサユリスト)も体調を崩されているとの事、共に調子を戻して、今週末に行われる『中上雅文記念 第12回高砂市招待中学校軟式野球交流会』でお会いしたいと思います。

では本題に入ります。m(__)m

先日、中古書店で、絵本『The Polar Express - 急行「北極号」 -』を見つけました。
『ポーラーエクスプレス』といえば、最初に、2004年公開の、ロバート・ゼメキス監督そしてトム・ハンクス(CGキャラクターと声)出演のCGアニメーション『ポーラーエクスプレス』を思い出します。
この映画の原作が、この絵本です。
1985年に、クリス・ヴァン・オールズバーグさんが創作された絵童話です。日本では、翻訳者が村上春樹さん、また映画公開などもあって、ある時期、多くの方が読まれた事と思います。

最近というか、以前から感じていた事ですが、書籍、絵本、映画、音楽等々、近年その発表される作品数は膨大で、しかし一部の話題を獲得したコンテンツ(商品)のみが、短期的に話題を独占し、その他の大多数は、記憶に残ればよい方で、遺産にもならず、過去の大量の記録物の中に消えていきます。

この『ポーラーエクスプレス』、発売当初は全く感心無く、映画もそして絵本にもタッチしませんでした。でもどうでしょう、現在、新刊書店に置いてあるでしょうか。
一時期、ベストセラーとなった作品は、その凋落振りも甚だしいです。

話はそれますが、
新刊書店に行けば、新刊書籍が大量に並べられ、書店側も様々な戦略を講じて、本をどうにかして売ろうしています。
ですが、新刊(新刊は単行本で値段が高い)は、少ない情報(新聞や雑誌の書評)しかなく、これまでの自身の作家や過去作品に触れた経験・感想を踏まえて、購入するか否か判断します。(まぁそれ以上に、財布の中身とまず相談なのですが)そして、当たり外れが大きいという難があります。
しかし、過去作品、文豪作品は、私にとっては宝石の山(というより知識の泉)です。未読作品は膨大です。また、読み継がれ、語り継がれた作品は十分に批評されていて、当たり外れがありません。しかし、そういった作品を新刊書店で見つけるのは至難です。売れ筋と書棚スペースの兼ね合い、書店側の販売方針が蔵書目録に色濃く出ます。
そういう時、Book-off等の中古書店です。中古店は、様々なジャンル、また様々な刊行時期の作品が置かれています。ですから、思わぬ作品に出会える楽しさがあります。また新刊よりも圧倒的に安い。一種、宝探しの趣向があります。

さて、『ポーラーエクスプレス』、約15分くらいで作者の創作世界を堪能しました。
物語は・・・
あるクリスマスイブの夜、自宅の前に汽車が停車し、僕はサンタクロースの町、地上で最も北にある町に汽車に乗って旅をし、その町でサンタクロースからサンタのソリについた銀の鈴をクリスマスプレゼントとして貰います。それは、僕が1番欲しかったプレゼントです。
ですが、帰りの車中で、無くした事に気付き落胆しますが、翌朝、クリスマスの日、プレゼントの中に、サンタからのプレゼントとして銀の鈴が届きます。
その鈴の音は、これまで耳にした事がない素敵な音色でした。
ですが、その音色は、何故かお父さんお母さんには、沈黙としか伝わらない不思議さがありました。
時が経ち、僕は大人になりました。昔、一緒にサンタの鈴の音を楽しんだ、妹や友だちには、もう沈黙の鈴になりました、しかし僕は聞こえる、サンタを、夢を心から信じているから・・・

という行の物語です。

信じればいつもそこにあり、信じればいつも叶う、夢心地の子どもの呪文の様ですが、この気持ちをいつまでも持ち続ける事が、本当に大切な事なのだと思います。
この思いは、純真さや優しさ、畏れといった心から生まれるものです。
恐れを知らぬ、恐れを忘れる、恐れを伏せる、それが大人なのでしょうか、と作者は子どもたちに問いかけている、そう感じました。私もその疑問に常々感じている者の一人であります。

人は、これまでの数千年間で文明を興し、科学や技術を発展させてきました。でもそれは、海岸の砂浜に子どもが作った砂の城と同じであると気付くべきです。
打ち寄せる波を避けて築いたつもりでも、いつか予想もしない波に崩され、流されます。
私達は、そういう大いなる自然、この世界を司る大なる存在を畏れ、また感謝しつつ日々を送る、今では過去となった精神性の高い生活に立ち戻る時なのではないかと思っています。

投稿した、朗読『The Polar Express - 急行「北極号」 -』どうぞ、ご鑑賞下さい。
バックミュージックは、これも20数年前、ワゴンセールで買ったクリスマスソングCD(輸入版)の曲です。余り日本には馴染みのない楽器で演奏されていて、どの曲も大好きです。私にとって貴重な音楽です。

※制作した朗読動画は、YouTubeで削除されましたので、音声だけの動画をアップしました。


2010年10月31日日曜日

第28回全日本少年軟式野球大会高砂予選 宝殿中戦観戦記

10/30(土)、
来年夏、横浜スタジアムで行われる第28回全日本少年軟式野球大会の高砂予選大会が、兵庫県中播大会出場の二枠を掛けて、宝殿中(A代表選出)、竜山中(B代表選出)にて行われた。

鹿島中は、宝殿中グラウンドにて、1回戦第2試合宝殿中と対戦。
前公式戦、新人体育大会軟式野球競技大会高砂大会でも対戦し、その時は辛くも鹿島中は守り勝ったが、
今日のこの試合、宝殿中選手達の意気込みが違っていた。まさに全員が、絶対に鹿島中に勝って俺たちが上位大会に進出するんだ、という気迫が溢れていた。

先週の加西市立泉中との練習試合から、鹿島中野球部選手達から東播大会時の熱気が伝わってこないと感じていたが、この試合も淡々として、宝殿中選手達の真剣に呼応して火花を散らす、熱気が感じられなかった。

それでも試合は、一進一退、互いに決めきれず、2回表鹿島中の攻撃、先頭打者5番拓樹が死球で出塁の後、6番真己がレフトオーバーのタイムリー三塁打を放ち先制。この後、7番耕太郎も四球で歩き、チャンスを広げるも、追加点が取れず。

4回裏、一死から4番四球、すかさず盗塁を決まられ、5番にタイムリーヒットを打たれて同点。

そして7回裏、7番死球、8番送りバント、ワイルドピッチで一死3塁、9番、1番と四球で満塁。そして2番四球でゲームセットとなった。

高砂予選では、宝殿中、松陽中が11月下旬に行われる上位大会、中播大会の出場権を得た。
今年の夏、小野市立河合中が全国大会、横浜スタジアムの土を踏んだように、宝殿中、松陽中には、中播大会でベスト4以上に勝ち進み、来年の兵庫大会へ、そして近畿ブロック大会、全国大会と勝ち進んで欲しい、そう期待します。

そして、鹿島中野球部員達には、『勝敗は時の運』という言葉はありますが、とはいっても、まずは結果はどうあれ、君達がゲームが終わってへとへとになって、試合をしたという余韻、満足感に溢れる試合を、どうかやり尽くして欲しい。このチームで野球が出来るのも、もう折り返しを過ぎた。

今日の試合で他校、宝殿中、白陵中、高砂中が指導で動くチームから選手自らが牽引するチームへと変貌している様をまざまざと見せつけられた。
野球は、ルールを守り、監督の指示・ゲームメイクで対局するゲームである。しかし、例えは悪いが、その駒である選手が監督同様に視野を広げて野球感を養い、向上した技術と心意気で、戦い合うゲームでもある。そしてチームの総合力、チームメートへの信頼、チームメートからの信頼がよりチーム力を強固にする。

練習再開後、自分たちの望む姿を、求める姿を想像して欲しい。そして、それに向かって残りの時間、精一杯、燃焼して欲しいと願います。

2010年10月27日水曜日

今年最後となる公式戦『第28回全日本少年軟式野球大会・高砂予選』の直前練習試合 感想

10/16東播新人体育大会の翌日から中間考査週間に入り、練習は休み、10/21-22中間考査終了後から練習再開となったが、10/24の練習試合はそれが関係しているのか、まるで消化試合の様な、クラブ選手権高砂予選の直前練習試合と思えないほど、元気がなかった。
第1試合は、雄大-拓樹のバッテリー。5回表、凌のタイムリーで先制するものの、7回裏、二つの死球から同点に追いつかれ、引き分けに終わった。
第2試合は、投手健介に対し、捕手が悠将-雄飛-将吾、また野手もオーダーを変更して挑まれた。
今年度チームの、各ポジションの二番手もしくは競争者、さらにいえば、来年度を見据えてのテスト、そういう風に見ると、興味深い練習試合であった。
試合は2-1で鹿島中が勝利した。

《第1試合の記録写真》
http://picasaweb.google.co.jp/115534743271292658497/201010241#

しかし、打てない。試合をひっくり返す長打力を性急に求めるのは厳しく、またタイムリー欠乏症でもある。

東播新人大会に優勝し東播地区の代表として兵庫県大会に出場した小野中が、1回戦で丹有地区代表春日中に9-0ノーヒットノーランで敗れた。
県大会優勝は但馬地区代表夢が丘中で、
1回戦で神戸地区代表横尾中を4-0完全試合で下し、
準決勝で西播地区代表那波中を3-0、
そして決勝では中播地区代表山陽中を1-0で下しての優勝。

攻守共に優れたチームが、秋にして既に県内で台頭してきているという事である。

中学野球をもっともっと、長く楽しみたい、やり尽くしたいのであれば、この冬、しっかりと
・体力強化
・怪我に強い体作り
・しなやかさとここぞという場面で集中できる精神力、チーム力
を地道に養って欲しい。
頑張れ!
鹿島中野球部員達!

写真ギャラリーに『姫路城』写真をアップしました。

デジタルカメラを持って、10数年、当初は風景や草花、そして家族の成長記録を撮影していました。
『姫路城』は、今年2010年から約5年掛けての、いわゆる平成の大修理、天守閣の瓦の葺き替え、漆喰、白壁と、約半世紀ぶりの全面改装で、暫くは工事の覆いで、その優美な姿を見ることができません。
それで、という訳ではありませんが、この10数年で撮影した姫路城の写真、また姫路城周辺の四季の花(桜が中心です)を写真ギャラリーにアップしました。
枚数だけがやたら多く、見にくい、という点はご容赦頂き、どうぞ観賞下さい。
この10数年、余り雪には縁遠い瀬戸内、播州地方ですが、何度か積雪がありました。雪の姫路城の写真もあります。
http://picasaweb.google.co.jp/115534743271292658497/RVsMID#


『四季の花』は、桜花の接写写真や風景写真が多く、季節が違うやろっ、と突っ込まれるところは重々承知の上、まぁ、どうかその点も勘弁頂き、ご鑑賞下さい。
http://picasaweb.google.co.jp/115534743271292658497/GTlMfI#