ドラマが始まった当初、友人宅にて酒を呑みながら、ドラマ『龍馬伝』について、あれこれ語り合った。
友人は学生時代、傍からは『面白き』時を過ごしている様に見え、しかし、本人はいたって『生真面目』で、いつも『真剣』であった。そんな彼の気性はさらに洗練され、内包していた『優しさ』がにじみ出る男となった。
彼と話している時間はとても楽しい、まず飾る必要がない、少年期から青年期に掛けての、様々な(しょうもない)悪事を互いに知っているからだ。
この様な友がいる事、50年、生きてきた自分の誇りと思う。
本題の『龍馬伝』についてであるが、友人は何か違う、という、私も初回からドラマを観続け、違うと思っていた。
20代に司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』で、竜馬に出会い、司馬が描く『竜馬』が私の中で、一つの個性として今も生き続けている。当然ながら『竜馬がゆく』は時代小説であり、数々のエピソードは、司馬が創作し、補完し、物語を紡いでいる事は承知の上なのだが・・・、
このドラマが始まる直前、2冊の龍馬関連本を買って読んだ。
書名:「わが夫 坂本龍馬 ~おりょう聞書き~」
著者:一坂太郎著
分類:ノンフィクション
出版:朝日新書(文庫本)
書名:「龍馬と八人の女性」
著者:阿井景子著
分類:ノンフィクション
出版:ちくま文庫(文庫本)
である。
そこには、司馬竜馬が苦しいほどに恋い焦がれた、そして私も熱く思いを寄せた、『土佐藩家老福岡家の姫、お田鶴さま』がいないのである。
司馬は『竜馬がゆく』単行本5巻にそれぞれ、あとがきを載せている。
第3巻『狂乱編』のあとがき三で
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ときどき、竜馬の故郷だった高知へゆく。
先日も、飛行場まで私を追ってきてくれた町のひとが、
「私は、福岡のお田鶴さまの家の足軽をつとめていた者の子孫です」
と名刺をくれた。胸に真っ黒な毛がはえていて、いかにも土佐っぽという感じの年配の人であった・・・
・・・
右、この小説取材でえた話を、思いつくままに置きならべた。さほど面白くもない話ばかりであるが、この小説は史伝要素がつよいため、補遺という意味で、このあとがきの欄をしかるべく転用した。
昭和三十九年九月
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と書き記している。
因みに、文庫本では、あとがき5編は全て第8巻に収録されている。
私は、ずっとお田鶴様の存在を信じていた。
Googleで龍馬関連、田鶴関連で文献を調べると、『お田鶴さまは司馬の創作』と、どれもがそう記している。
私は、司馬のマジックに約30年近くも、引っかかっていたという事になる。一時は唖然とした。
しかるに、今となれば、お田鶴さまが実在したか否かなど、誰にも解るはずもないと高を括る事にした。数年前の出来事も『記憶にございません』で通る時代、検察が証拠を改ざんする時代である。約150年前の些細な事柄など時間の中で如何様にでも転がせよう。
諄いようであるが、私の中には司馬竜馬が存在する。司馬が描いた竜馬が生き続けている。
司馬は小説の中で、竜馬幼年時代には殆ど触れていない。
触れても、土佐に伝わる龍馬伝承で、『竜馬は、十二歳になっても寝小便するくせがなおらず、近所のこどもたちから「坂本の寝小便ったれ(よばあったれ)」とからかわれた。からかわれても竜馬は気が弱くて言いかえしもできず、すぐ泣いた。』また『・・・城下ではたれでも、「坂本の泣き虫」といえば「ああ、本町筋の洟垂れのことか」といった。竜馬は、どうしたことか、十二、三になっても、はなじるが垂れっぱなしだった。』と、もうけちょんけちょんである。
しかし、司馬は乙女姉(おとめねえや)の口を借りて、幼き竜馬の容姿に掛けて、竜馬の未来を予言させている。
『「いいえ、竜馬は左様な廃れ者にはなりませぬ。
ひょっとすると、土佐はおろか、
日本に名をのこす者になるかもしれませぬ」
・・・
乙女には、竜馬にかけているひとつの信仰があった。
・・・
竜馬は、うまれおちたときから、背中いちめんに
旋毛がはえていた。
・・・
(その容姿から)竜馬と名づけた。』
また
『こどもにも骨柄というものがある。乙女の気のせいか、
見ているとどことなく茫洋とした味があるように
おもわれるのである』
私の中の竜馬を一言で表すなら、この『茫洋』である。
しかし、『龍馬伝~SEASON1 RYOMA THE DREAMER~』の福山龍馬は、青年に成長し、江戸へ剣術修業し、また盟友武市半平太の興した土佐勤王党へ関わりを持つに至っても、礼儀正しく、また毅然としてはいるが、『茫洋』ではないのである。私の違和感は、ここに在ったのである。
それでもと思う、いろんな龍馬があっていい、いろんな解釈が、表現がされるほどに、龍馬は『変幻自在』で『面白い』のだ。
平成22年1月3日(日)、『龍馬伝』第一回放送は、家族皆で観た。オープニングから涙が止まらず、途中からは、もう顔がクシャクシャになりながら、観た。次々と感情の大波が打ちつける合間に、このシーンはあーだこーだと思いを語る。共に観ていた家族にすればたまったものではなかったであろう。
この日、BSハイビジョン放送で18時から1回目を観、次は地上デジタル放送で、そして最後はBS放送でと三度観た。
正確に言えば、土曜日の再放送も含めて四度観た。
第一回放送のクライマックス・シーン、
自暴自棄に陥った岩崎弥太郎が上士に楯を突こうとした矢先、機敏に対応して弥太郎をかばうが、その為弥太郎の怒りを買う、そして、初めて龍馬は自分の胸の内を打ち明ける、
「わしはのう弥太郎、
上士に・・・
ふりあげた刀を下ろさせた人をしっちゅう
・・・母上じゃ」
「母上は上士をうごかしたがじゃ」
・・・
「(いつの日か)下士も上士ものうなるがじゃ」
・・・どうなったら、そんな世になるがじゃ!
「それがわからん、
毎日毎日、考えようけんど・・・わからん」
「わかっちゅうがわ、
・・・喧嘩じゃかわらん、ゆうことぜよ」
「母上がやったがわ、
そんなことじゃなかったけのう」
・・・おまんの母親は!
・・・上士に殺されたようなもんじゃろうが!
・・・どういて上士を恨まんがじゃ!
「母上が、
・・・教えてくれたがじゃ」
「憎しみからは・・・なにも生まれん」
私は、私の中の竜馬の記憶を辿りながら、
福山龍馬を最後まで見届けたい、そう思った。
そして、毎週欠かさず観ている。
『龍馬伝~SEASON3 RYOMA THE NAVIGATOR~』に入って、福山龍馬の顔が変わった。
天命を悟った人の、待ったなしの勝負師の顔になった。
『大胆不敵』、これこそが待ち望んだ『龍馬伝』である。
急がずともよいのに、龍馬は駆けだした。
『薩長同盟』を締結させた。
『龍馬伝~FINAL SEASON RYOMA THE HOPE~』に突入、
海援隊として長州に加勢し『馬関戦争』で幕府軍を蹴散らした。
そして、土佐の参政後藤象二郎と手を結び、
いよいよ最後の大仕事、大政奉還である。
ドラマも、龍馬の天命もクライマックスである。
『坂本龍馬』考
『坂本龍馬』考 その1 ~司馬竜馬との出会い、そして竜馬と歩む人生~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/09/blog-post_5723.html
『坂本龍馬』考 その2 ~お田鶴さまのいない『龍馬伝』、いよいよクライマックスです~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/10/blog-post.html
『坂本龍馬』考 その3 ~龍馬の夢~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/11/3.html
『坂本龍馬』考 その4 ~デモクラシー~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2017/11/blog-post_20.html
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