開催予定が、10/9(土)、10/11(月)、予備日10/16(土)であったが、年間で1番雨が少ないといわれるこの時期10/8、9の両日大雨となり、大会初日が順延、10/11(月)、晴天を取り戻した秋空の下、芝の緑色がさらに鮮やかにさえた加西球場で、東播大会4ブロック目の1回戦、2回戦が行われた。
今年の春の総体東播大会の覇者、兵庫教育大附属中(加東地区1位)は第3ブロック(西脇市民球場)で1回戦黒田庄中(西脇地区1位)と対戦、高砂新人戦で一位通過した荒井中は第1ブロック(榊公園野球場)で朝霧中(明石地区3位)と対戦である。
【加西球場 1回戦第2試合 浜の宮中学校(加古川地区1位)との対戦】
まず最初に驚かされたのは、第1試合、自由が丘中(一塁側)vs.加西中(三塁側)が3-0で終了した後、三塁側スタンドで、応援の準備をしていたところ、一塁側ベンチ前で、整列した一団が校歌を高らかに斉唱しだした。勝った自由が丘中の選手達かと見ていたら、歌詞の最後に『浜の宮~!』と歌っているではないか!!!
宣戦布告である、『トラ・トラ・トラ』である・・・
ゲームも、予感通りに厳しい展開であった。
先攻は鹿島、リードオフマン凌が出塁、内野手の乱れを突いて二塁を狙ったものの、一二塁間に挟まれ挟殺プレーでアウト。その後は、浜の宮中エース大村君に沈黙させられた。
鹿島先発は、エース雄大、そして捕手拓樹のバッテリー。
4回裏浜の宮中の攻撃、この回先頭の2番西村君を四球で出し、次打者の送りバントが野選、その後、送りバントを決められて、1死二三塁。四番を四球で歩かせ満塁とした後、五番キャプテン波戸君がバットを一握り短く持って、低めの球を叩きつけ、打球は投手雄大の前で大きく弾き、西村君が悠々と生還、浜の宮中に1点を先取された。
ゲームが動いた。
5回表鹿島の攻撃、この回先頭の4番健介がセンター左へクリーンヒットを放ち、続く真己も三遊間を抜くレフト前ヒット。
拓樹が送りバントを決めて、1死二三塁。7番幸伍の時、二塁牽制のボールがセンター奥まで深々と達し、鹿島中にとっては棚ぼたの2点、浜の宮中に取ってはまさかの2点、逆転した。
6回表浜の宮中の攻撃、先頭打者9番前田君が四球、そして二盗・三盗を決めた後、1番田中君も四球で無死一三塁。
2番西村君が二球目を投手前にスクイズ。
ここから鹿島中バッテリーの守備が光った。
雄大がグラブトスで拓樹がホームで前田君を刺殺。
3番大廣君の時、重盗を決められ、1死二三塁。大廣君もしぶとく、そして低めの球を叩きつけたが、前進守備のショート凌が捕球して本塁に送球、クロスプレーとなったが、拓樹が田中君を刺殺、同点を防いだ。
そして最終回となった7回裏、先頭打者、9番前田君の代打で打席に立った今栄君がしぶとくライト前テキサスヒット。ここで、一塁走者が大熊君に替わる。鹿島中も外野守備固めとして、レフト悠介がライトへ移動、そしてレフトに雄飛が入った。
続く田中君が三遊間を抜くレフト前ヒット。野球とはつくづく不思議なスポーツだ、替わった所に打球が飛ぶ。
無死一二塁。
2番西村君三振の時、それぞれの走者が進塁を図ったが、大熊君を三塁で刺殺。2死二塁。
最後のバッターとなった大廣君をサードゴロに打ち取り、ゲームセット、10:51-12:31、100分間をしのいだ鹿島中が2-1で勝った。
【加西球場 2回戦 自由が丘中学校(三木地区1位)との対戦】
自由が丘中は、エース岩崎君、連投であった。ずんぐりした体型、一昔前の鉄腕タイプだ。ゆっくりとしたモーションから投げる球は威力十分。先の加西中戦で見せつけられた。
但、この大舞台、加西中戦の様にはいかない、そう観た。
2回戦も鹿島が先攻。高砂大会から5試合全て先攻だ。凌の勝負運の強さに感じ入る。
初回鹿島の攻撃、先頭打者凌が四球で出塁、ボークで二進、牽制悪送球で三塁まで進み先制のチャンスを掴む。
2番悠将も四球で出塁、しかしディレード・スチールを試みるも一二塁間に挟まれ憤死。
3番雄大の内野ゴロで凌が本塁に飛び込むも、クロスプレーでアウト。
このイニング、先取点をものに出来なかった。
鹿島中先発は健介、そして拓樹のバッテリー。
1回裏自由が丘中の攻撃、先頭打者森下君センター前ヒット、牽制悪送球で二進。チャンスの後にはピンチである。
2番吉田君、3番松山君を連続三振に取るも、続く4番岩崎君、5番空中君を連続四球で満塁。
しかし、6番潮見君をピッチャーゴロに打ち取り、無失点で切り抜けた。
2回から4回まで試合が膠着した。そして、5回、試合が動いた。
5回表鹿島中の攻撃。
先頭打者8番耕太郎が四球で出塁。
9番悠介が送りバントを決め、1死二塁。
そして、1番凌がセンター右を破る三塁打を放ち、耕太郎が生還、1点を先取。
尚も2番悠将のスクイズバントで凌が生還し、この回2点を奪う。
7回表鹿島中の攻撃。
7番幸伍の代打として、今大会初出場となる帆岳が打席に立つ。
初球を空振り、二球目ボール、三球目空振り、四球目ファウル、五球目空振り。帆岳はこの打席、思いっきりアピールした。
8番耕太郎、二球で追い込まれた三球目、内角高めをジャストミート。打球は高々とレフトの頭上を越え、ワンバウンドでレフトフィンスに当たって大きく跳ねた。久々のヒット、三塁打である。
9番悠介の打席でワイルドピッチ、耕太郎が生還し、この回1点目。悠介は四球で出塁。
1番凌センターフライ、一死一塁。
2番悠将四球、一死一二塁。
3番雄大のレフト前テキサスヒットで、二塁悠介が生還し、この回2点目。
4番健介の三遊間を抜くレフト前ヒットで満塁。
5番真己の打球はファースト手前で大きく弾み、カバーのセカンドも越えてライトに転々とする間に、悠将、雄大の2者が生還し、この回4点を奪った。
健介-拓樹のバッテリーは5回以降も自由が丘打線を抑えた。しかし、随所にファン・プレーがあった。加西球場の見事な外野芝生が選手に勇気を与えたのだろうと思う。
5回裏、1死から8番黒川君のレフト前テキサスヒットになろうかという当たりを、この試合レフトに入った雄大がスライディングキャッチ。
6回裏、1死から2番吉田君の右中間を抜けるかという当たりを耕太郎がヘッドスライディングキャッチ。
そして7回裏、最終回守備固めとしてライトに入った雄飛が、1死後、ライト前内野と外野芝の境に飛んだ打球を果敢にスライディングキャッチ。セカンド悠介ともう少しでクラッシュする場面であったが、悠介が右にとっさに避けて大事に至らなかった。
雄飛はこの後、ウィニングボールをキャッチした。
13:11-15:04の試合、鹿島中は6-0で勝った。東播新人大会ベスト4入りである。
感想として、
ベスト4である。また10/16(土)、この加西球場で鹿島中の試合が観られる、応援できる。こんなに嬉しいことはない、である。
この文章は、10/13に書いている。
今日から三日間、鹿島中校区は秋祭りで染まる。10月13-14日は曽根天満宮、そして10月14-15日は大塩天満宮の秋祭りである。町を上げての祭りである。ヤッサの大太鼓の響きに、心が騒がぬ漢はそうはいないだろう。いや、漢だけでなく女子もである。
昔、秋祭りは、1年の苦役の果ての秋の実り、豊作を喜び、そして神に感謝する神事であり、それこそ1年の最大の喜び、大騒ぎが許される時であった。でも今は、内には伝統行事であり、外には観光行事である。節度とルールを守らなければいけない。
野球部員には、少々酷な話となるが、君達にとって、今最高に楽しめる10/16を控えている。どうか、余り浮かれすぎず、決して怪我等せず、体を壊さず、10/16を迎えて欲しい。
それから、野球である。
君達は全力でプレーしている、試合の後の表情を見ればそれはわかる、くたくたな中にも満足感、安堵感を漂わせているからだ。ただ、残念なことがある。
新チームの秋の大会は、守りきった方が勝つ、いつも君達が監督・コーチから言われている事だと思う。君達はそうして勝ってきたし、また負けもした。
負けの要因はエラーである。特に送球エラーが致命的になるケースを他数見てきたし、君達も経験したことだと思う。
送球は、キャッチボール、野球の基本である。そんなことは君達は分かっているだろうし、一生懸命取り組んでいると思う。でも、ゲームの最後、エラーがでたら負けである。夏の暑さに比べれば、日中、例え日差しが強くても、心地よい。心地よい風を感じ、空気を感じ、グラウンドの匂いを感じながら、心を落ち着けて、長くても2時間、最後まで、自分の技量を惜しみなく出し尽くして欲しいと願う。
もう一つは、声である。
雄大や健介に尋ねてみたい、ピンチの時、コントロールを乱したとき、周りから声援や叱咤が飛ぶことに対して、マウンドでどの様に感じているのか?
君達の勇気にプラスとなっているのか、それとも、言われなくともわかっているとマイナスに感じているのか、それとも、無関心なのか。
野手の皆に尋ねてみたい、掛け声や声援を出している、一生懸命プレーしている。でも、広い球場では、折角の声も、届けたい相手に届かなければ、伝わらなければ、心に響かなければ、もったいないと思う。
今大会は、ベンチ入りに制限がありスタンドから戦っているチームメートが7名いる。彼らは、2試合、ずっと声を張り上げ嗄らし、勇気を届けようとし、また、勝機には歓声・歓喜で応えている。スタンドにいても、彼らの言霊はグラウンドにいて戦っているのである。
グラウンドに立つものは、一層応える義務があると思う。彼らと共に戦っている、勇気と共に責任もとは、常にとは言わない、しかし胸の中でしっかりと育てて欲しいと思う。
10/16(土)、君達の誇らしげな笑顔が見られる事を願う。
大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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藪の中
先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...
2010年10月13日水曜日
2010年10月10日日曜日
「目には目を」は、私たちを盲目にする - マハトマ・ガンジーの警句
平成22年10月9日(土)、Googleは、ジョン・レノン生誕70周年記念動画ロゴを制作し掲載した。
※動画ロゴは、10月10日削除された。
ソロ・シンガー?となったジョン・レノンの1番印象的な曲は、”Imagine”であったが、
今日、PVを観ていて、ある”Happy Christmas (War is Over)”の動画に目が留まった。
投稿者が動画埋め込みを無効にされているので、動画表示のアドレスを掲載する。
http://jp.youtube.com/watch?v=s8jw-ifqwkM
動画の最後に、『非暴力・非服従』を提唱し、その思想でインドをイギリスからの独立に導いたマハトマ・ガンジーの、あるメッセージが記されていた。
An eye for an eye will make us all blind
「目には目を」は、私たちを盲目にする
原理主義者や大国のエゴに共通する、破壊的な教理への警句である。
2003年制作のビデオメッセージは、『9.11』に端を発する、憎悪の連鎖と大国の無法への警告として、ガンジーの警句を引用したのだと理解する。
しかし、私はこのビデオメッセージを、『明日の、私達への警告』として観た。
20世紀の後半、世界の中で極めて安全で平和な国『日本』といわれた、あの『日本』はどこへいってしまったのか。
90年初頭、『Rising Sun』と称された日本は、その後、滑落するが如く凋落し、時の政治家がソフトランディングを模索したが、その様な余力、自力は無かった。
日本の衰退は、世情不安を増長し、あるものは暴力に訴え、またあるものは無関心を決め込む。
70年代の旗印『Love and Peace』、今もう一度、掲げてみてはどうだろうか。
『暴力』や『無関心』ではなく、『慈愛』や『変革』のために行動してみてはどうだろうか。
その一歩は、小さいものかもしれない、しかしいつか大きな潮流を招く一歩になるかもしれない。
行動しなくてはならない、そう思う。
※動画ロゴは、10月10日削除された。
ソロ・シンガー?となったジョン・レノンの1番印象的な曲は、”Imagine”であったが、
今日、PVを観ていて、ある”Happy Christmas (War is Over)”の動画に目が留まった。
投稿者が動画埋め込みを無効にされているので、動画表示のアドレスを掲載する。
http://jp.youtube.com/watch?v=s8jw-ifqwkM
動画の最後に、『非暴力・非服従』を提唱し、その思想でインドをイギリスからの独立に導いたマハトマ・ガンジーの、あるメッセージが記されていた。
An eye for an eye will make us all blind
「目には目を」は、私たちを盲目にする
原理主義者や大国のエゴに共通する、破壊的な教理への警句である。
2003年制作のビデオメッセージは、『9.11』に端を発する、憎悪の連鎖と大国の無法への警告として、ガンジーの警句を引用したのだと理解する。
しかし、私はこのビデオメッセージを、『明日の、私達への警告』として観た。
20世紀の後半、世界の中で極めて安全で平和な国『日本』といわれた、あの『日本』はどこへいってしまったのか。
90年初頭、『Rising Sun』と称された日本は、その後、滑落するが如く凋落し、時の政治家がソフトランディングを模索したが、その様な余力、自力は無かった。
日本の衰退は、世情不安を増長し、あるものは暴力に訴え、またあるものは無関心を決め込む。
70年代の旗印『Love and Peace』、今もう一度、掲げてみてはどうだろうか。
『暴力』や『無関心』ではなく、『慈愛』や『変革』のために行動してみてはどうだろうか。
その一歩は、小さいものかもしれない、しかしいつか大きな潮流を招く一歩になるかもしれない。
行動しなくてはならない、そう思う。
『私達が望むなら、私達はできる、想像してごらん』 - ジョン・レノンのメッセージ
平成22年10月9日(土)はジョン・レノンの生誕70周年。
彼と妻オノ・ヨーコが、70年代から世界中に問いかけてきた
War is over, if you want it
私達が望むなら、戦争は終わる
We can do it
私達はできる
Imagine
想像してごらん
当時の彼らの問いかけ、反戦運動の対象は『ベトナム戦争』であった。
でも、40年たった今も、このメッセージは、若々しく私達に問いかけてくる。
60年代から70年代に掛けて、近代化、繁栄の起爆剤として戦争があった。
80年代から90年代、社会主義国家、全体主義国家崩壊の導きとして戦争があった。
そして21世紀、大義のエゴ、正義のエゴとして戦争を使う時代となった。
大きな世界ではなく、身近な生活に目を転じてみる。
利己主義、貧富の二極化、生活の不安と、描けぬ未来予想図。
暗澹たる思いが身近な生活を浸食し、私達は無関心を装って保身する。
それは、危機の時代、か弱きものの常套手段であり、
自分を守り、家族を守る、これも生きる為の知恵である。
私達の国『日本』は、狭義の意味での、殺し合いという直接的な意味での『戦争』は、1945年、敗戦で終えた世界大戦以降、新憲法のもと、放棄した。しかしそれは、『独立国家のあり方』『日米安保』『専守防衛』という新たな矛盾を生む事態となった。
しかし、広義での戦争には、経済発展の時代の表裏で常に戦わされてきた。交通戦争、受験戦争、経済戦争、戦争という言葉が適切でないなら競争と置き換えてもよい。でも、結果は同じだ。勝者がいて、敗者がいる、死者がいる。
私達の国『日本』は、勝者に優しく、敗者に冷淡である。社会保障環境が整備されつつ、しかもまだ経済がプラス成長していた時代はそれが表沙汰になることはなかったが、90年代のバブル崩壊、新興国の台頭、日本社会システムの矛盾と崩壊、経済の凋落・・・、マイナスに転じてからは、それは自明のものとなった。
『勝ち組』『負け組』、幼稚な表現がまかり通るほどに、私達の国『日本』は、成熟から程遠い、未成熟な国家である事も露呈した。
私達は、時々でいい、ひとときでいい、手を休め、
ジョンとヨーコのメッセージ、問いかけに、素直になって、自問してみてはどうかと思う。
If you want it
私達が望むなら
We can do it
私達はできる
Imagine
想像してごらん
私達一人ひとりは、小さくか弱きものであるが、生活を変革する、"POWER"を秘めている。
私達が手を取り合えば、世界を変革する、”Big Wave”を作り出す事が出来る。
Wonder to oneself
自らに問いかけてみよう
For carve out a better future
よりよい未来を切り開くために
彼と妻オノ・ヨーコが、70年代から世界中に問いかけてきた
War is over, if you want it
私達が望むなら、戦争は終わる
We can do it
私達はできる
Imagine
想像してごらん
当時の彼らの問いかけ、反戦運動の対象は『ベトナム戦争』であった。
でも、40年たった今も、このメッセージは、若々しく私達に問いかけてくる。
60年代から70年代に掛けて、近代化、繁栄の起爆剤として戦争があった。
80年代から90年代、社会主義国家、全体主義国家崩壊の導きとして戦争があった。
そして21世紀、大義のエゴ、正義のエゴとして戦争を使う時代となった。
大きな世界ではなく、身近な生活に目を転じてみる。
利己主義、貧富の二極化、生活の不安と、描けぬ未来予想図。
暗澹たる思いが身近な生活を浸食し、私達は無関心を装って保身する。
それは、危機の時代、か弱きものの常套手段であり、
自分を守り、家族を守る、これも生きる為の知恵である。
私達の国『日本』は、狭義の意味での、殺し合いという直接的な意味での『戦争』は、1945年、敗戦で終えた世界大戦以降、新憲法のもと、放棄した。しかしそれは、『独立国家のあり方』『日米安保』『専守防衛』という新たな矛盾を生む事態となった。
しかし、広義での戦争には、経済発展の時代の表裏で常に戦わされてきた。交通戦争、受験戦争、経済戦争、戦争という言葉が適切でないなら競争と置き換えてもよい。でも、結果は同じだ。勝者がいて、敗者がいる、死者がいる。
私達の国『日本』は、勝者に優しく、敗者に冷淡である。社会保障環境が整備されつつ、しかもまだ経済がプラス成長していた時代はそれが表沙汰になることはなかったが、90年代のバブル崩壊、新興国の台頭、日本社会システムの矛盾と崩壊、経済の凋落・・・、マイナスに転じてからは、それは自明のものとなった。
『勝ち組』『負け組』、幼稚な表現がまかり通るほどに、私達の国『日本』は、成熟から程遠い、未成熟な国家である事も露呈した。
私達は、時々でいい、ひとときでいい、手を休め、
ジョンとヨーコのメッセージ、問いかけに、素直になって、自問してみてはどうかと思う。
If you want it
私達が望むなら
We can do it
私達はできる
Imagine
想像してごらん
私達一人ひとりは、小さくか弱きものであるが、生活を変革する、"POWER"を秘めている。
私達が手を取り合えば、世界を変革する、”Big Wave”を作り出す事が出来る。
Wonder to oneself
自らに問いかけてみよう
For carve out a better future
よりよい未来を切り開くために
2010年10月8日金曜日
次回12/18、おはなしの会で朗読する絵本、決めました!
加西市立図書館 おはなしの会に参加し、12月18日(土)が2度目の担当日です。
12月ということで、クリスマスに関連するお話しがよいか、実のところ、初めて担当した今年8月28日(土)の数日後から思案は始まっていました。前回は30分の持ち時間を使い切った長話、数名の幼児、園児達がお話しについて来てくれたため、こちらも気持ちよく行えましたが、次回は同じ話では苦しいか、と、どの様な話が、自分が楽しく演じて、子供達が喜んでくれるか、この点を大切にし、本選びを進めてきました。
そして、ようやく二冊決めました。
書名:「ゆきのふるよる」世界の絵本ライブラリー/パーシーとどうぶつの絵本
作者:ニック・バトワーズ
訳書:林 真美
分類:絵本
出版:金の星社
解説:公園の丸木小屋に住むパーシー、ある雪の夜、雪で寝床を失った公園内の動物たちがパーシーを訪ねてくる、可愛らしくも、読後、心が温かくなるお話しです。
書名:「ゆきのひ」
作者:加古里子
分類:絵本
出版:福音館書店
解説:昭和40年頃の北国の生活を描いた、素朴だけれど、北国に生きる人々の逞しさを読まれた本です。
登場人物が、物語の進行に合わせた風景の中に描かれていますが、凄く細かで、いまでいう(これも古くなったか?)ウォーリーを探せ!の様な楽しみ方もできる絵本です。私の年代(20世紀少年)には、懐かしき風景でした。
です。
ニック・バトワースさん作、林 真美さん訳の『雪の降る夜』。動物たちが他数出演し、季節は冬、そして話も、楽しくまた心温まるもので、これで行こう、と決めました。
数日前から練習しています。
朗読は一人芝居、また編集もできるので、多少の演出を施したものをYouTubeに投稿しました。
クリスマス関連曲のピアノソロをバックミュージックで使用しています。
大好きなジョン・レノンの曲です。
動画の最後にメッセージを載せましたが、この物語自身、キリスト、神を主題にしたお話しではありませんが、読んで、聖書マタイ伝7-7、の御言葉を覚えました。
『求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。』です。
聖句の中では、ポピュラーな文句ですが、絵本を読んだり、聴いて頂ければ、『確かに』と思って頂けるのでは、と思います。
ですから、クリスマスの祝福の物語として、朗読しようと思っています。
12月ということで、クリスマスに関連するお話しがよいか、実のところ、初めて担当した今年8月28日(土)の数日後から思案は始まっていました。前回は30分の持ち時間を使い切った長話、数名の幼児、園児達がお話しについて来てくれたため、こちらも気持ちよく行えましたが、次回は同じ話では苦しいか、と、どの様な話が、自分が楽しく演じて、子供達が喜んでくれるか、この点を大切にし、本選びを進めてきました。
そして、ようやく二冊決めました。
書名:「ゆきのふるよる」世界の絵本ライブラリー/パーシーとどうぶつの絵本
作者:ニック・バトワーズ
訳書:林 真美
分類:絵本
出版:金の星社
解説:公園の丸木小屋に住むパーシー、ある雪の夜、雪で寝床を失った公園内の動物たちがパーシーを訪ねてくる、可愛らしくも、読後、心が温かくなるお話しです。
書名:「ゆきのひ」
作者:加古里子
分類:絵本
出版:福音館書店
解説:昭和40年頃の北国の生活を描いた、素朴だけれど、北国に生きる人々の逞しさを読まれた本です。
登場人物が、物語の進行に合わせた風景の中に描かれていますが、凄く細かで、いまでいう(これも古くなったか?)ウォーリーを探せ!の様な楽しみ方もできる絵本です。私の年代(20世紀少年)には、懐かしき風景でした。
です。
ニック・バトワースさん作、林 真美さん訳の『雪の降る夜』。動物たちが他数出演し、季節は冬、そして話も、楽しくまた心温まるもので、これで行こう、と決めました。
数日前から練習しています。
朗読は一人芝居、また編集もできるので、多少の演出を施したものをYouTubeに投稿しました。
クリスマス関連曲のピアノソロをバックミュージックで使用しています。
大好きなジョン・レノンの曲です。
動画の最後にメッセージを載せましたが、この物語自身、キリスト、神を主題にしたお話しではありませんが、読んで、聖書マタイ伝7-7、の御言葉を覚えました。
『求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。』です。
聖句の中では、ポピュラーな文句ですが、絵本を読んだり、聴いて頂ければ、『確かに』と思って頂けるのでは、と思います。
ですから、クリスマスの祝福の物語として、朗読しようと思っています。
2010年10月5日火曜日
『坂本龍馬』考 その2 ~お田鶴さまのいない『龍馬伝』、いよいよクライマックスです~
今年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』、今週放送(10/3)の『清風亭の対決』が終わり、最終回まで残り8回となった。
ドラマが始まった当初、友人宅にて酒を呑みながら、ドラマ『龍馬伝』について、あれこれ語り合った。
友人は学生時代、傍からは『面白き』時を過ごしている様に見え、しかし、本人はいたって『生真面目』で、いつも『真剣』であった。そんな彼の気性はさらに洗練され、内包していた『優しさ』がにじみ出る男となった。
彼と話している時間はとても楽しい、まず飾る必要がない、少年期から青年期に掛けての、様々な(しょうもない)悪事を互いに知っているからだ。
この様な友がいる事、50年、生きてきた自分の誇りと思う。
本題の『龍馬伝』についてであるが、友人は何か違う、という、私も初回からドラマを観続け、違うと思っていた。
20代に司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』で、竜馬に出会い、司馬が描く『竜馬』が私の中で、一つの個性として今も生き続けている。当然ながら『竜馬がゆく』は時代小説であり、数々のエピソードは、司馬が創作し、補完し、物語を紡いでいる事は承知の上なのだが・・・、
このドラマが始まる直前、2冊の龍馬関連本を買って読んだ。
書名:「わが夫 坂本龍馬 ~おりょう聞書き~」
著者:一坂太郎著
分類:ノンフィクション
出版:朝日新書(文庫本)
書名:「龍馬と八人の女性」
著者:阿井景子著
分類:ノンフィクション
出版:ちくま文庫(文庫本)
である。
そこには、司馬竜馬が苦しいほどに恋い焦がれた、そして私も熱く思いを寄せた、『土佐藩家老福岡家の姫、お田鶴さま』がいないのである。
司馬は『竜馬がゆく』単行本5巻にそれぞれ、あとがきを載せている。
第3巻『狂乱編』のあとがき三で
-----------
ときどき、竜馬の故郷だった高知へゆく。
先日も、飛行場まで私を追ってきてくれた町のひとが、
「私は、福岡のお田鶴さまの家の足軽をつとめていた者の子孫です」
と名刺をくれた。胸に真っ黒な毛がはえていて、いかにも土佐っぽという感じの年配の人であった・・・
・・・
右、この小説取材でえた話を、思いつくままに置きならべた。さほど面白くもない話ばかりであるが、この小説は史伝要素がつよいため、補遺という意味で、このあとがきの欄をしかるべく転用した。
昭和三十九年九月
-----------
と書き記している。
因みに、文庫本では、あとがき5編は全て第8巻に収録されている。
私は、ずっとお田鶴様の存在を信じていた。
Googleで龍馬関連、田鶴関連で文献を調べると、『お田鶴さまは司馬の創作』と、どれもがそう記している。
私は、司馬のマジックに約30年近くも、引っかかっていたという事になる。一時は唖然とした。
しかるに、今となれば、お田鶴さまが実在したか否かなど、誰にも解るはずもないと高を括る事にした。数年前の出来事も『記憶にございません』で通る時代、検察が証拠を改ざんする時代である。約150年前の些細な事柄など時間の中で如何様にでも転がせよう。
諄いようであるが、私の中には司馬竜馬が存在する。司馬が描いた竜馬が生き続けている。
司馬は小説の中で、竜馬幼年時代には殆ど触れていない。
触れても、土佐に伝わる龍馬伝承で、『竜馬は、十二歳になっても寝小便するくせがなおらず、近所のこどもたちから「坂本の寝小便ったれ(よばあったれ)」とからかわれた。からかわれても竜馬は気が弱くて言いかえしもできず、すぐ泣いた。』また『・・・城下ではたれでも、「坂本の泣き虫」といえば「ああ、本町筋の洟垂れのことか」といった。竜馬は、どうしたことか、十二、三になっても、はなじるが垂れっぱなしだった。』と、もうけちょんけちょんである。
しかし、司馬は乙女姉(おとめねえや)の口を借りて、幼き竜馬の容姿に掛けて、竜馬の未来を予言させている。
『「いいえ、竜馬は左様な廃れ者にはなりませぬ。
ひょっとすると、土佐はおろか、
日本に名をのこす者になるかもしれませぬ」
・・・
乙女には、竜馬にかけているひとつの信仰があった。
・・・
竜馬は、うまれおちたときから、背中いちめんに
旋毛がはえていた。
・・・
(その容姿から)竜馬と名づけた。』
また
『こどもにも骨柄というものがある。乙女の気のせいか、
見ているとどことなく茫洋とした味があるように
おもわれるのである』
私の中の竜馬を一言で表すなら、この『茫洋』である。
しかし、『龍馬伝~SEASON1 RYOMA THE DREAMER~』の福山龍馬は、青年に成長し、江戸へ剣術修業し、また盟友武市半平太の興した土佐勤王党へ関わりを持つに至っても、礼儀正しく、また毅然としてはいるが、『茫洋』ではないのである。私の違和感は、ここに在ったのである。
それでもと思う、いろんな龍馬があっていい、いろんな解釈が、表現がされるほどに、龍馬は『変幻自在』で『面白い』のだ。
平成22年1月3日(日)、『龍馬伝』第一回放送は、家族皆で観た。オープニングから涙が止まらず、途中からは、もう顔がクシャクシャになりながら、観た。次々と感情の大波が打ちつける合間に、このシーンはあーだこーだと思いを語る。共に観ていた家族にすればたまったものではなかったであろう。
この日、BSハイビジョン放送で18時から1回目を観、次は地上デジタル放送で、そして最後はBS放送でと三度観た。
正確に言えば、土曜日の再放送も含めて四度観た。
第一回放送のクライマックス・シーン、
自暴自棄に陥った岩崎弥太郎が上士に楯を突こうとした矢先、機敏に対応して弥太郎をかばうが、その為弥太郎の怒りを買う、そして、初めて龍馬は自分の胸の内を打ち明ける、
「わしはのう弥太郎、
上士に・・・
ふりあげた刀を下ろさせた人をしっちゅう
・・・母上じゃ」
「母上は上士をうごかしたがじゃ」
・・・
「(いつの日か)下士も上士ものうなるがじゃ」
・・・どうなったら、そんな世になるがじゃ!
「それがわからん、
毎日毎日、考えようけんど・・・わからん」
「わかっちゅうがわ、
・・・喧嘩じゃかわらん、ゆうことぜよ」
「母上がやったがわ、
そんなことじゃなかったけのう」
・・・おまんの母親は!
・・・上士に殺されたようなもんじゃろうが!
・・・どういて上士を恨まんがじゃ!
「母上が、
・・・教えてくれたがじゃ」
「憎しみからは・・・なにも生まれん」
私は、私の中の竜馬の記憶を辿りながら、
福山龍馬を最後まで見届けたい、そう思った。
そして、毎週欠かさず観ている。
『龍馬伝~SEASON3 RYOMA THE NAVIGATOR~』に入って、福山龍馬の顔が変わった。
天命を悟った人の、待ったなしの勝負師の顔になった。
『大胆不敵』、これこそが待ち望んだ『龍馬伝』である。
急がずともよいのに、龍馬は駆けだした。
『薩長同盟』を締結させた。
『龍馬伝~FINAL SEASON RYOMA THE HOPE~』に突入、
海援隊として長州に加勢し『馬関戦争』で幕府軍を蹴散らした。
そして、土佐の参政後藤象二郎と手を結び、
いよいよ最後の大仕事、大政奉還である。
ドラマも、龍馬の天命もクライマックスである。
『坂本龍馬』考
『坂本龍馬』考 その1 ~司馬竜馬との出会い、そして竜馬と歩む人生~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/09/blog-post_5723.html
『坂本龍馬』考 その2 ~お田鶴さまのいない『龍馬伝』、いよいよクライマックスです~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/10/blog-post.html
『坂本龍馬』考 その3 ~龍馬の夢~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/11/3.html
『坂本龍馬』考 その4 ~デモクラシー~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2017/11/blog-post_20.html
ドラマが始まった当初、友人宅にて酒を呑みながら、ドラマ『龍馬伝』について、あれこれ語り合った。
友人は学生時代、傍からは『面白き』時を過ごしている様に見え、しかし、本人はいたって『生真面目』で、いつも『真剣』であった。そんな彼の気性はさらに洗練され、内包していた『優しさ』がにじみ出る男となった。
彼と話している時間はとても楽しい、まず飾る必要がない、少年期から青年期に掛けての、様々な(しょうもない)悪事を互いに知っているからだ。
この様な友がいる事、50年、生きてきた自分の誇りと思う。
本題の『龍馬伝』についてであるが、友人は何か違う、という、私も初回からドラマを観続け、違うと思っていた。
20代に司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』で、竜馬に出会い、司馬が描く『竜馬』が私の中で、一つの個性として今も生き続けている。当然ながら『竜馬がゆく』は時代小説であり、数々のエピソードは、司馬が創作し、補完し、物語を紡いでいる事は承知の上なのだが・・・、
このドラマが始まる直前、2冊の龍馬関連本を買って読んだ。
書名:「わが夫 坂本龍馬 ~おりょう聞書き~」
著者:一坂太郎著
分類:ノンフィクション
出版:朝日新書(文庫本)
書名:「龍馬と八人の女性」
著者:阿井景子著
分類:ノンフィクション
出版:ちくま文庫(文庫本)
である。
そこには、司馬竜馬が苦しいほどに恋い焦がれた、そして私も熱く思いを寄せた、『土佐藩家老福岡家の姫、お田鶴さま』がいないのである。
司馬は『竜馬がゆく』単行本5巻にそれぞれ、あとがきを載せている。
第3巻『狂乱編』のあとがき三で
-----------
ときどき、竜馬の故郷だった高知へゆく。
先日も、飛行場まで私を追ってきてくれた町のひとが、
「私は、福岡のお田鶴さまの家の足軽をつとめていた者の子孫です」
と名刺をくれた。胸に真っ黒な毛がはえていて、いかにも土佐っぽという感じの年配の人であった・・・
・・・
右、この小説取材でえた話を、思いつくままに置きならべた。さほど面白くもない話ばかりであるが、この小説は史伝要素がつよいため、補遺という意味で、このあとがきの欄をしかるべく転用した。
昭和三十九年九月
-----------
と書き記している。
因みに、文庫本では、あとがき5編は全て第8巻に収録されている。
私は、ずっとお田鶴様の存在を信じていた。
Googleで龍馬関連、田鶴関連で文献を調べると、『お田鶴さまは司馬の創作』と、どれもがそう記している。
私は、司馬のマジックに約30年近くも、引っかかっていたという事になる。一時は唖然とした。
しかるに、今となれば、お田鶴さまが実在したか否かなど、誰にも解るはずもないと高を括る事にした。数年前の出来事も『記憶にございません』で通る時代、検察が証拠を改ざんする時代である。約150年前の些細な事柄など時間の中で如何様にでも転がせよう。
諄いようであるが、私の中には司馬竜馬が存在する。司馬が描いた竜馬が生き続けている。
司馬は小説の中で、竜馬幼年時代には殆ど触れていない。
触れても、土佐に伝わる龍馬伝承で、『竜馬は、十二歳になっても寝小便するくせがなおらず、近所のこどもたちから「坂本の寝小便ったれ(よばあったれ)」とからかわれた。からかわれても竜馬は気が弱くて言いかえしもできず、すぐ泣いた。』また『・・・城下ではたれでも、「坂本の泣き虫」といえば「ああ、本町筋の洟垂れのことか」といった。竜馬は、どうしたことか、十二、三になっても、はなじるが垂れっぱなしだった。』と、もうけちょんけちょんである。
しかし、司馬は乙女姉(おとめねえや)の口を借りて、幼き竜馬の容姿に掛けて、竜馬の未来を予言させている。
『「いいえ、竜馬は左様な廃れ者にはなりませぬ。
ひょっとすると、土佐はおろか、
日本に名をのこす者になるかもしれませぬ」
・・・
乙女には、竜馬にかけているひとつの信仰があった。
・・・
竜馬は、うまれおちたときから、背中いちめんに
旋毛がはえていた。
・・・
(その容姿から)竜馬と名づけた。』
また
『こどもにも骨柄というものがある。乙女の気のせいか、
見ているとどことなく茫洋とした味があるように
おもわれるのである』
私の中の竜馬を一言で表すなら、この『茫洋』である。
しかし、『龍馬伝~SEASON1 RYOMA THE DREAMER~』の福山龍馬は、青年に成長し、江戸へ剣術修業し、また盟友武市半平太の興した土佐勤王党へ関わりを持つに至っても、礼儀正しく、また毅然としてはいるが、『茫洋』ではないのである。私の違和感は、ここに在ったのである。
それでもと思う、いろんな龍馬があっていい、いろんな解釈が、表現がされるほどに、龍馬は『変幻自在』で『面白い』のだ。
平成22年1月3日(日)、『龍馬伝』第一回放送は、家族皆で観た。オープニングから涙が止まらず、途中からは、もう顔がクシャクシャになりながら、観た。次々と感情の大波が打ちつける合間に、このシーンはあーだこーだと思いを語る。共に観ていた家族にすればたまったものではなかったであろう。
この日、BSハイビジョン放送で18時から1回目を観、次は地上デジタル放送で、そして最後はBS放送でと三度観た。
正確に言えば、土曜日の再放送も含めて四度観た。
第一回放送のクライマックス・シーン、
自暴自棄に陥った岩崎弥太郎が上士に楯を突こうとした矢先、機敏に対応して弥太郎をかばうが、その為弥太郎の怒りを買う、そして、初めて龍馬は自分の胸の内を打ち明ける、
「わしはのう弥太郎、
上士に・・・
ふりあげた刀を下ろさせた人をしっちゅう
・・・母上じゃ」
「母上は上士をうごかしたがじゃ」
・・・
「(いつの日か)下士も上士ものうなるがじゃ」
・・・どうなったら、そんな世になるがじゃ!
「それがわからん、
毎日毎日、考えようけんど・・・わからん」
「わかっちゅうがわ、
・・・喧嘩じゃかわらん、ゆうことぜよ」
「母上がやったがわ、
そんなことじゃなかったけのう」
・・・おまんの母親は!
・・・上士に殺されたようなもんじゃろうが!
・・・どういて上士を恨まんがじゃ!
「母上が、
・・・教えてくれたがじゃ」
「憎しみからは・・・なにも生まれん」
私は、私の中の竜馬の記憶を辿りながら、
福山龍馬を最後まで見届けたい、そう思った。
そして、毎週欠かさず観ている。
『龍馬伝~SEASON3 RYOMA THE NAVIGATOR~』に入って、福山龍馬の顔が変わった。
天命を悟った人の、待ったなしの勝負師の顔になった。
『大胆不敵』、これこそが待ち望んだ『龍馬伝』である。
急がずともよいのに、龍馬は駆けだした。
『薩長同盟』を締結させた。
『龍馬伝~FINAL SEASON RYOMA THE HOPE~』に突入、
海援隊として長州に加勢し『馬関戦争』で幕府軍を蹴散らした。
そして、土佐の参政後藤象二郎と手を結び、
いよいよ最後の大仕事、大政奉還である。
ドラマも、龍馬の天命もクライマックスである。
『坂本龍馬』考
『坂本龍馬』考 その1 ~司馬竜馬との出会い、そして竜馬と歩む人生~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/09/blog-post_5723.html
『坂本龍馬』考 その2 ~お田鶴さまのいない『龍馬伝』、いよいよクライマックスです~
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『坂本龍馬』考 その3 ~龍馬の夢~
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『坂本龍馬』考 その4 ~デモクラシー~
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2010年10月3日日曜日
平成22年度高砂市中学校総合体育大会新人戦軟式野球競技 感想
10月1-2日で開催された平成22年度高砂市中学校総合体育大会新人戦軟式野球競技(高砂市民球場)観戦の感想です。
両日とも、見事な日本晴れ、爽やかな朝と夏の名残を感じさせる昼の日差しの下、応援する鹿島中野球部だけではなく、市内7校、全てが素晴らしい試合を繰り広げました。
【10/1 鹿島中初戦 宝殿中戦】
雄大-拓樹のバッテリー、そして宝殿中バッテリーの行き詰まる投手戦で、今大会初の延長に突入。
8回表、先頭打者6番拓樹がセンター右ヒットで出塁、幸伍四球の後、二塁牽制悪送球で、走者がそれぞれ進塁。
耕太郎の内野ゴロにまさかの宝殿中内野のエラーが出て、拓樹が生還し1点。耕太郎は悠介の打席で二進。
悠介が倒れた後、凌の内野ゴロで幸伍が三本間に挟まれたが、三塁から本塁への送球が幸伍の頭上を越す、捕手、投手の間、ホームベース上を通過し、バックネットへと転々とする間に、幸伍、耕太郎が相次いで生還し2点、計3点を奪取。
8回裏、二死からこのゲーム幾度の守備機会も堅実な守備で守り通したショート凌が、まさかの一塁送球エラーで走者を出すも、雄大が最後、宝殿中一番バッターを空振り三振に仕留めてゲームセット。3-0で鹿島中初戦突破。
【10/2 鹿島中準決勝 竜山中戦】
雄大-拓樹のバッテリー、この試合も竜山中バッテリーとの行き詰まる投手戦、延長は9回までに及んだ。
4回表、先頭打者3番雄大四球で出塁。4番健介の時、ワイルドピッチで雄大が一気に三塁まで進塁。健介の内野ゴロの間に雄大が生還し1点を先制。
しかし6回裏竜山中の攻撃で、一死から四球、レフト前のラッキーなヒットで一二塁。二塁牽制、ランダウンプレーで一塁走者をアウトにし、二死に追い込んだものの、ショートゴロ、凌の一塁送球エラーの間に二塁走者が生還し同点。
そして9回表、先頭打者3番雄大がセンター前ヒットを放ち、続く健介が四球で一二塁。その後、竜山中エースのボークにより二三塁に進塁。この試合5番のファースト真己が2走者をかえす左中間二塁打を放ち、決定的な2点を奪取。その後も、拓樹の内野安打で一三塁、拓樹が盗塁し二三塁。しかし、幸伍の内野ゴロで真己が本塁憤死。耕太郎キャッチャーフライ、悠介サードゴロで追加点は成らず。
9回裏竜山中の攻撃、先頭打者レフト前に落ちるラッキーな二塁打、しかし次打者の内野ゴロで打者走者アウトの後、二塁走者が三塁進塁を試みたが憤死、ダブルプレーで一気に二死となり、次打者を死球で出すも、最終打者を内角低め、見送り三振に仕留めてゲームセット。
3-1で鹿島中決勝進出。
【10/2 鹿島中決勝 荒井中戦】
1回戦、白陵中を破り2回戦に進んだ松陽中とシードの荒井中が準決勝を争い、荒井中が決勝に進出、夏の新人戦と同じ、鹿島中対荒井中での決勝戦となった。鹿島中としては、前回1-3の準優勝に甘んじたお返し、リベンジを果たしたかった。
本大会初登板となった健介は拓樹の巧みなリードもあって荒井中打線を寄せ付けず、しかし鹿島中打線も準決勝から連投の荒井中エースに押さえ込まれて、三度目の延長戦突入。
9回裏荒井中の攻撃、一死から、この試合先発出場し何度も好プレーを見せたサード悠将のサードゴロ一塁悪送球で走者が生き、尚も送りバントをピッチャー健介の一塁悪送球で一三塁とピンチを広げ、次打者の三球目が拓樹の股間をすり抜けるパスボールとなり、三塁走者が生還、0-1xサヨナラ負けとなった。
荒井中へのリベンジは次回大会にお預けとなったが、来週開催の東播総体では今年高砂地区は二チーム出場枠があり、決勝に駒を進めた段階で東播総体出場権を得たため、東播総体出場16チームのひとつとして、県大会出場の一つの席の争奪戦に加わることになった。
感想として、
今大会は高砂市内7校、どのチームを一夏を経験して、チームが纏まり、しかし投高打低、守り競って、より辛抱強く勝機を引き込んだチームが勝つ、という結果となった。鹿島中は3戦とも延長戦にもつれ込む、辛抱強い試合を展開して、宝殿中、竜山中を下したが、最後、荒井中戦で力尽きた。
鹿島中は、これから続く秋の大会も、チームの打撃力が急激にアップする事は期待できないだろう。今大会の様に守り競って、辛抱強く勝機を待つ戦い方になるだろと思う。しかし、上位大会では、打力に秀でたチームに木っ端微塵にされる可能性もあるだろう。しかし、今大会の様に、守り競う形を堅持できればと思う。
打力については一朝一夕で成るものではない。一人ひとりが、もっと謙虚にコーチの指導に真剣に耳を心を傾けて、打法の見直しに取り組む必要があると思う。これからのひと冬、地道なトレーニングに勝った者が、それを得る事になるだろう。
来春の大会、このチームで戦う最後の大会では、得点を奪う多様なオフションを身につけたチームへと変貌している事を期待する。
両日とも、見事な日本晴れ、爽やかな朝と夏の名残を感じさせる昼の日差しの下、応援する鹿島中野球部だけではなく、市内7校、全てが素晴らしい試合を繰り広げました。
【10/1 鹿島中初戦 宝殿中戦】
雄大-拓樹のバッテリー、そして宝殿中バッテリーの行き詰まる投手戦で、今大会初の延長に突入。
8回表、先頭打者6番拓樹がセンター右ヒットで出塁、幸伍四球の後、二塁牽制悪送球で、走者がそれぞれ進塁。
耕太郎の内野ゴロにまさかの宝殿中内野のエラーが出て、拓樹が生還し1点。耕太郎は悠介の打席で二進。
悠介が倒れた後、凌の内野ゴロで幸伍が三本間に挟まれたが、三塁から本塁への送球が幸伍の頭上を越す、捕手、投手の間、ホームベース上を通過し、バックネットへと転々とする間に、幸伍、耕太郎が相次いで生還し2点、計3点を奪取。
8回裏、二死からこのゲーム幾度の守備機会も堅実な守備で守り通したショート凌が、まさかの一塁送球エラーで走者を出すも、雄大が最後、宝殿中一番バッターを空振り三振に仕留めてゲームセット。3-0で鹿島中初戦突破。
【10/2 鹿島中準決勝 竜山中戦】
雄大-拓樹のバッテリー、この試合も竜山中バッテリーとの行き詰まる投手戦、延長は9回までに及んだ。
4回表、先頭打者3番雄大四球で出塁。4番健介の時、ワイルドピッチで雄大が一気に三塁まで進塁。健介の内野ゴロの間に雄大が生還し1点を先制。
しかし6回裏竜山中の攻撃で、一死から四球、レフト前のラッキーなヒットで一二塁。二塁牽制、ランダウンプレーで一塁走者をアウトにし、二死に追い込んだものの、ショートゴロ、凌の一塁送球エラーの間に二塁走者が生還し同点。
そして9回表、先頭打者3番雄大がセンター前ヒットを放ち、続く健介が四球で一二塁。その後、竜山中エースのボークにより二三塁に進塁。この試合5番のファースト真己が2走者をかえす左中間二塁打を放ち、決定的な2点を奪取。その後も、拓樹の内野安打で一三塁、拓樹が盗塁し二三塁。しかし、幸伍の内野ゴロで真己が本塁憤死。耕太郎キャッチャーフライ、悠介サードゴロで追加点は成らず。
9回裏竜山中の攻撃、先頭打者レフト前に落ちるラッキーな二塁打、しかし次打者の内野ゴロで打者走者アウトの後、二塁走者が三塁進塁を試みたが憤死、ダブルプレーで一気に二死となり、次打者を死球で出すも、最終打者を内角低め、見送り三振に仕留めてゲームセット。
3-1で鹿島中決勝進出。
【10/2 鹿島中決勝 荒井中戦】
1回戦、白陵中を破り2回戦に進んだ松陽中とシードの荒井中が準決勝を争い、荒井中が決勝に進出、夏の新人戦と同じ、鹿島中対荒井中での決勝戦となった。鹿島中としては、前回1-3の準優勝に甘んじたお返し、リベンジを果たしたかった。
本大会初登板となった健介は拓樹の巧みなリードもあって荒井中打線を寄せ付けず、しかし鹿島中打線も準決勝から連投の荒井中エースに押さえ込まれて、三度目の延長戦突入。
9回裏荒井中の攻撃、一死から、この試合先発出場し何度も好プレーを見せたサード悠将のサードゴロ一塁悪送球で走者が生き、尚も送りバントをピッチャー健介の一塁悪送球で一三塁とピンチを広げ、次打者の三球目が拓樹の股間をすり抜けるパスボールとなり、三塁走者が生還、0-1xサヨナラ負けとなった。
荒井中へのリベンジは次回大会にお預けとなったが、来週開催の東播総体では今年高砂地区は二チーム出場枠があり、決勝に駒を進めた段階で東播総体出場権を得たため、東播総体出場16チームのひとつとして、県大会出場の一つの席の争奪戦に加わることになった。
感想として、
今大会は高砂市内7校、どのチームを一夏を経験して、チームが纏まり、しかし投高打低、守り競って、より辛抱強く勝機を引き込んだチームが勝つ、という結果となった。鹿島中は3戦とも延長戦にもつれ込む、辛抱強い試合を展開して、宝殿中、竜山中を下したが、最後、荒井中戦で力尽きた。
鹿島中は、これから続く秋の大会も、チームの打撃力が急激にアップする事は期待できないだろう。今大会の様に守り競って、辛抱強く勝機を待つ戦い方になるだろと思う。しかし、上位大会では、打力に秀でたチームに木っ端微塵にされる可能性もあるだろう。しかし、今大会の様に、守り競う形を堅持できればと思う。
打力については一朝一夕で成るものではない。一人ひとりが、もっと謙虚にコーチの指導に真剣に耳を心を傾けて、打法の見直しに取り組む必要があると思う。これからのひと冬、地道なトレーニングに勝った者が、それを得る事になるだろう。
来春の大会、このチームで戦う最後の大会では、得点を奪う多様なオフションを身につけたチームへと変貌している事を期待する。
2010年10月1日金曜日
高砂市新人総体、鹿島野球部は難敵宝殿中を破り、2回戦に駒を進めました。
宝殿中戦、うぅーん、もう息つく暇もないほどに、これほど観戦で疲れた試合はなかったです。 新チーム発足時に対戦したときは、2戦2敗、しかし、鹿島中野球部も一夏の厳しい練習を経験し強くなっています。拮抗したゲームになる、予想通りの投手戦、守備戦となり、7回終了時点で0対0、延長戦へと進みました。 8回、先頭拓樹がセンター右ヒットで出塁、幸伍が四球、相手の牽制エラーで走者がそれぞれ進塁し、耕太郎の内野ゴロで捕球エラーが出て、拓樹が猛烈な勢いで生還し、1点を奪取。
尚も凌の内野ゴロで幸伍が三本間に挟まれたとき、相手三塁手が本塁に投げた球が捕手と投手の間、幸伍の頭上を越えてバックネットに転々とする間に、幸伍、耕太郎が相次いで生還、この回、労せずして3点を奪取しました。
8回裏、エース雄大は最終回も宝殿中の重量打線を抑え、見事完封で、2回戦に駒を進めました。
宝殿中のエースも、その名に恥じない素晴らしい投手で、7回まで全く手も足も出ない状態でした。 しかし、8月末のうずしお大会準決勝で敗れて以降、負けない、どんなに先行されていても、追いつく試合をしてきた鹿島中野球部員の底力が宝殿中を上回っていたという事でしょうか。とにかく、凄く、素晴らしいゲームでした。双方の選手達に拍手を送ります。 鹿島中野球部部員は、明日、準決勝で高砂中を下した竜山中と対戦します。勝って、東播総体の出場権を手にして貰いたい、そう願います。
尚も凌の内野ゴロで幸伍が三本間に挟まれたとき、相手三塁手が本塁に投げた球が捕手と投手の間、幸伍の頭上を越えてバックネットに転々とする間に、幸伍、耕太郎が相次いで生還、この回、労せずして3点を奪取しました。
8回裏、エース雄大は最終回も宝殿中の重量打線を抑え、見事完封で、2回戦に駒を進めました。
宝殿中のエースも、その名に恥じない素晴らしい投手で、7回まで全く手も足も出ない状態でした。 しかし、8月末のうずしお大会準決勝で敗れて以降、負けない、どんなに先行されていても、追いつく試合をしてきた鹿島中野球部員の底力が宝殿中を上回っていたという事でしょうか。とにかく、凄く、素晴らしいゲームでした。双方の選手達に拍手を送ります。 鹿島中野球部部員は、明日、準決勝で高砂中を下した竜山中と対戦します。勝って、東播総体の出場権を手にして貰いたい、そう願います。
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