播磨の国ブログ検索

パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2017年11月24日金曜日

あすなろの木

あすなろの木がメリケンパークに陸揚げされたニュースで、プラントハンター西畠清順さんが
「富山県氷見市で見つかった推定樹齢150年、全長30メートルのあすなろの木。木材としてよく使用されるヒノキに比べ、格下の木として、ヒノキになりたくてもなれない「明日」は「なろう」の木といわれ、いわば、落ちこぼれの木。氷見の山奥にひっそりと自生していた落ちこぼれの木が、この瞬間に世界一輝く、夢と希望に満ちあふれた象徴の木となる。」とインタビューに応えていました。
参照ページ:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000028879.html
私はこのメッセージに甚く感動しました。そしてあすなろの木が、神戸の新たなシンボルとなることに喜びを感じました。それがです・・・
その後のニュースで、クリスマスイベントが終わればあすなろの木は撤去され、その行く末は未定というか明らかにされておらず、しかし木の一部は「あすなろバングル(腕輪)」に加工されて記念品として販売されることを知りました。
これではプラントハンターは一攫千金を狙う単なるトレジャーハンターに思え、そして西畠清順さんのメッセージがとても空しく思えてきました。

それでも好奇心は抑えきれず、あすなろの木を見に行きました。あすなろの木はメリケンパークの海を間近にする最南端に設置された巨大な鉢に植えられていました。ロープが四方から延びてあすなろの木をその場所に留めていました。
正直、その姿はとても素晴らしくもあり、そして醜悪にも思えました。そして期間限定ということには理解をしました。もしあすなろの木をメリケンパークに直に植樹したとすると、あすなろの木はこんなにも潮風に晒される寂しい場所(木はあすなろの木一本です)に、一人置かれてしまうことになります。また、巨木が成長し根が四方八方に伸びることで、メリケンパークの基礎や護岸に多大な影響を与えるのではという心配も覚えました。

このPROJECTではクラウドファンディングで資金集めをしていますが、資金の使い道にはクリスマスオーナメントの購入と西畠清順さんへの応援として莫大な運搬費などの一部に利用されると書かれています。
参照ページ:https://www.makuake.com/project/soratree/
私は、このPROJECTが人間のエゴで終わらず、あすなろの木の行く末まできちんと対応することを希望したいです。この巨木に似合う自然公園はたくさんあります。そういった自然公園とあすなろの木の仲人をしっかりと行ってこそPROJECTは成功といえるのではないでしょうか。
笑われるかもしれませんが、高砂市の市ノ池公園は素晴らしい自然公園で、もしこのあすなろの木が来てくれたなら、私は公園にもっと足を運びたく思います。

2017年11月20日月曜日

『坂本龍馬』考 その4 ~デモクラシー~

今年の初めに、坂本龍馬が京都で暗殺される五日前に福井藩重臣中根雪江に宛てた書状が見つかりました。書状は折りたたまれ封紙に入った状態で見つかったといいます。封書には「坂本先生遭難直前の書状にて他見を憚るものなり」と朱書きの付箋が貼られていました。
以下書状内容
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG13H1B_T10C17A1CR0000/
の記事から引用させていただきます。

一筆啓上差し上げます。

この度、越前の老侯(松平春嶽侯)が御上京になられたことは、千万の兵を得たような心持ちでございます。
先生(中根雪江)にも、諸事ご尽力くださったこととお察し申し上げます。
しかしながら、先頃直接申し上げておきました三岡八郎兄の上京、出仕の一件は急を要する事と思っておりますので、なにとぞ早々に(藩)のご裁可が下りますよう願い奉ります。三岡兄の上京が一日先になったならば新国家の家計(財政)の成立が一日先になってしまうと考えられます。
ただ、ここのところにひたすらご尽力をお願い致します。

誠恐謹言

十一月十日
龍馬
中根先生

追白
今日永井玄蕃頭(幕臣永井尚志)方へ訪ねていったのですが、面会は叶いませんでした。
談じたい天下の議論が数々あり、明日また訪ねたいと考えているところですので、大兄もご同行がかないますならば実に大幸に存じます。


この龍馬の長く封印されてきた書状から着想された、慶長三年11月15日(新暦1867年12月10日)龍馬暗殺から遡る一ヶ月前からの物語
NHKスペシャル「ドラマ 龍馬 最後の30日」を見ました。

そして新たに思いを強くしたのは、坂本龍馬という人は、デモクラシー(あえて民主主義とはいいません)に憧れ、それを自ら実践し、そして殉じた人なんだという思いです。
劇中、龍馬の従者であった岡本健三郎が「あなたはコロコロと意見が変わる」と愚痴っていましたが、それこそが龍馬のデモクラシーであったのだと思います。

幕末、尊皇攘夷原理主義派の倒幕運動が盛んになる中で、知識人から聞き及ぶデモクラシーに龍馬は憧れました。龍馬が憧れたデモクラシーとは「『身分の隔てなく、国をよくしていきたいという志を持つものなら誰でも国家運営に参画できる』や『誰もがなりたいものになれる』という、機会は誰にも平等に与えられる」という考え方であったように思います。
そして龍馬は、当時の日本にはどこにもなかったデモクラシーを一人自ら実践していきました。開明的な考えを持つ人物の噂を聞けば、それが誰であったとしても、自ら出向き、話を聞き、議論し、学び、柔軟に考えを改めながら、日本版デモクラシー国家の青写真を描いていきます。
そして龍馬は勝負に出ます。討幕派と佐幕派に二分された日本の中を奔走し、龍馬自身の人間的魅力や、時には武器の力、金の力、虚偽や方便の力まで使って、身分や敵味方関係なく同士を増やし、そして遂に大政奉還を成してデモクラシー国家建設への最初の扉を開きます。
一介の郷士出の龍馬がとんでもない事を成し遂げられたのは、ひとえに龍馬の人柄に負うところが大きいと思います。それは「人並み外れた豪胆さ」と「公平を良しとする心」です。
しかし龍馬にも私欲はあったと思います。それは権力者や指導者となってデモクラシー国家を運営する事ではなく、デモクラシーを思う存分謳歌する者になることであったと思います。「世界の海援隊になる」という名言は、そういう心持ちから出たのではと思います。
龍馬が人並みの欲、つまり新国家の末席にでもしがみつきたいという欲があったならば、龍馬を取り込んで手駒にしたい者の手で守られ、生かされたのではと思います。しかし龍馬の私欲は誰にも理解されず、誰にもなびかない龍馬は異端視され、また保守派からはこれ以上野放しにすれば災いになると恐れられ、今から150年前の冬に暗殺されました。
松平春嶽侯が、誰にも龍馬を殺す動機があった、龍馬を恐れた、私もその一人であったと龍馬の死を回想するシーンが印象的でした。


先日、来年度の高校日本史の教科書から坂本龍馬の記事が消えるというニュースを知りました。なんでも暗記項目が膨れ上がって授業や入試における学習の負担になってきたために、歴史の本流から外れる人物や事柄を除外して暗記項目数の適正化を図るというのが名目でした。
私自身の龍馬との出会いは教科書ではなく、心酔する先輩の愛読書であった司馬遼太郎「竜馬がゆく」を読んで先輩に近づきたいという邪心からでしたが、でも小説のはじめの数ページを読んだだけで引き込まれ、後は夢中になって読みました。そして物語の中心人物である坂本竜馬、彼を取り巻く人々、そして幕末という激動の時代に以後ずっと魅了されることになりました。
不勉強な私には教科書の記憶などほとんどありませんが、真面目な受験生時代を過ごした先輩は高校生の時代に龍馬に出会っていました。それは授業の中でかもしれないし深夜ラジオのDJが語る熱い思いの中であったかは定かではありませんが。でも、私が先輩の熱い思いにほだされた様に、先輩も高校生の時代に誰かの熱い思いにほだされたのは事実だと思います。
歴史の教科書から除外されるということは、ある若者が人生の中で龍馬に出会う機会を一つ失うことに繋がります。
歴史研究が進んで、過去の歴史が事実と異なるのであればそれを訂正するのは必要な事ですが、単に暗記項目が増えすぎたため、暗記項目を適正数に戻すという名目で、誰かが暗記項目を選別し、歴史の教科書から排除するという行為はあってはならないと思います。そういう行為を許すことは、歴史の修正に繋がる恐れがあると思うからです。敢えて言うなら、教科書というものは、訂正は必要だけれども時代におもねることなく、内容を充実させることと、指針を貫くことが大切だと思います。
最後にもう一つ、現代の権力者である保守主義者が、保守主義を脅かす龍馬の様な変革者を生み出さぬ為に、龍馬の様な存在を日本史教科書から排除しようと企てているという邪推を記したいと思います。

そして最後の最後にもう二つ、デモクラシーが正常に機能し発展するためには、
まずデモクラシー国家を運営する指導者や権力者は、私利を慎み公利に励む。
そしてデモクラシーを享受し謳歌した者は、得た私利をデモクラシーの発展の為に活かす。
この両輪が必要であること、龍馬の物語を回想していて気づかされました。

もう一つ、国家や公共の事業(例えば小さな町の祭りを運営する)をさらに良いものへと進めたいと思ったら、己の主義主張に固執するのではなく、反対の意見を含め広く意見を聞き、議論し、学び、柔軟に考えを改めながら、公益に沿った事業の青写真を描いていく。そして、実現に向けて一つ一つ交渉して賛同を得ていく。まどろっこしい遣り方ではあるけれど、事業が成した暁には、それは一人の喜びではなく、関わったすべての人の喜びとなっている。これぞ龍馬が私たちに残してくれたデモクラシーの進め方だと思います。
それを守らず、己の主義主張に固執したならば、無益で遺恨だけが残る争いや軋轢が起こることを、私たちは肝に銘じなければいけないと思います。

『坂本龍馬』考

『坂本龍馬』考 その1 ~司馬竜馬との出会い、そして竜馬と歩む人生~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/09/blog-post_5723.html

『坂本龍馬』考 その2 ~お田鶴さまのいない『龍馬伝』、いよいよクライマックスです~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/10/blog-post.html

『坂本龍馬』考 その3 ~龍馬の夢~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2010/11/3.html

『坂本龍馬』考 その4 ~デモクラシー~
https://harimanokuni2007.blogspot.com/2017/11/blog-post_20.html



2017年11月19日日曜日

サンタさん ありがとう ~ちいさなクリスマスのものがたり

来週末は久々の絵本朗読担当日ということもあって、家の本棚を物色していると一冊の本が目に留まりました。

長尾玲子さん作「サンタさん ありがとう ~ちいさなクリスマスのものがたり」

妻にたずねると、子どもが小学生の時に学童の先生からプレゼントされたものだと分かりました。クリーム色の生地に糸で絵が描かれていました。一本一本の線は細いのだけれど描かれた絵は命が宿っている様に生き生きとしています。
お話もとても温かく、この本で朗読してみようと思い立ちました。

それで朗読練習をする傍ら朗読動画を作成しました。
BGMには、絵には不釣り合いかもしれない大人のスタンダード、ビング・クロスビーのクリスマスソングを使わせていただきました。でも出来上がった動画には、ピッタリの音楽でとても気に入っています。



来週の絵本朗読会では、クリスマス絵本朗読でいきたと思います。
さあ練習せねば・・・

2017年11月18日土曜日

とうさんとふたりの秘密の湖

今朝、パソコンを起動するとwindows10ロック画面の写真にハッとしました。絵本「はるかな湖」の、まさに「とうさんとふたりの秘密の湖」でした。

2017年11月17日金曜日

近場で秋見つけました その2

高御位山麓にある市ノ池公園で紅葉を楽しみました。神戸では世界一高いクリスマスツリーが話題になっていますが、市ノ池公園にもクリスマスツリーが似合う高く真っ直ぐな木がありました。木の葉は朱や黄色に色付き、金色の木の実はまるで鈴の様に輝いていました。ハイキング道を進みますと、谷の向こうに鹿島神社の本殿が見えました。なかなかの趣のある風景でした。
帰り道、竿池畔のカフェchacoに寄りました。白いカップを模した洒落た建物で今年の3月にオープンしたとのこと、入り口から二階に上がると、南側が大きな窓になっていて竿池と陽光のきらめきが広がっていました。でもこの店、撮影禁止のマークが所々に張っていて、窓に面した長テーブルに座っていた女性がスマートフォンを取り出そうとすると、店の人がやんわりと撮影を断っていました。カフェはInstagramで集客をしているものだと思っていましたが、chacoが違っていました。商売っ気ない店だなぁとちょっとホッとしました。
でもそこで思いました。そういえば市ノ池公園もせっかく素晴らしい眺望を備えているのに公園設備以外、飲食を楽しめるなどのアメニティの設備がないことに気がつきました。高砂市、相変わらず商売っ気がないなぁと、それは残念に思いました。
例えば大きな窓から最高に素敵な眺望が楽しめるレストランやカフェがあれば、天気に左右されずに集客を望めるし、そこを拠点に市ノ池公園、鹿島神社、高御位山をトレッキングや散策のメッカとして整備していけば、市内はもとより市外からももっと多くの利用者が訪れるだろと思います。高砂市の大切な観光資源だと思います。もったいないなあと思います。

2017年11月15日水曜日

近場で秋見つけました

日曜日、北浜隧道の上の見晴らし所に上がりまして陽光に輝く我が町と我が町のシンボル一本松を眺めてきました。小さな秋見つけました。小さな白クマ?見つけました。

2017年11月6日月曜日

素敵なアシガール

ドラマや映画を見ていて感心するのは若い俳優さんたちの芸達者ぶりです。子役の役者さんでも、あまりの上手さに膝を打ちそうになったりします。でも中には「下手やなぁ、ようこんなんでテレビに出てるなぁ」と逆に感心する若いぽっと出の役者もいます。彼女はそんな一人でした・・・
NHK土曜時代劇ドラマ、「みをつくし料理帖」から始まって、次の「悦ちゃん~昭和駄目パパ物語~」でも女優陣(子役を含む)の芸達者ぶりがドラマを大いに盛り上げてくれましたが、新しく始まった「アシガール」の主役は、前述の彼女でした。黒島結菜ちゃんです。
しかしこの「アシガール」、毎週見続けるほどに黒川結菜ちゃん演じる速川唯/唯之介に目が離せなくなりました。一つには郷愁です。小中学生の時に見た少年ドラマシリーズを彷彿する素直で素敵なポジティブさが彼女から発散されているのです。そして彼女の演じている(ちゃんと演じられているのですが)ようには見えない、現代の女子高生がタイムトラベルで戦国時代に出かけている突拍子もないシチュエーションにも関わらず、マイペースであっけらかんしている様に惹かれてしまったのです。毎度毎度、若君の乗る馬の後ろをどこまでも走って付いていく姿には驚かされます。でも、参った、いちころにされたと思ったのは別のシーンでした。
それは何話の事だったでしょう。若君の寝所にどこかの姫が招かれたとき、嫉妬した唯之介がその姫を電気ショックで眠らせた上、姫に変装?して寝所に入り込んでしまいます。でも寝所に入ったはいいけれど、まさか布団に入ることもできずにもじもじしている唯之介に向かって若様が歌を所望すると・・・彼女は「おお牧場はみどり」を大きな声で歌い出します。
おお牧場はみどり~草の海、風が吹うく
おお牧場はみどり~よく茂ったものだ ホイ!
いやぁ、この「ホイ!」でいちころにされました。画面から流れるこんなにも溌剌とした歌声は、映画「耳をすませば」のカントリーロード以来でした。

そしてタイムトラベルは後一回限りとなりましたが、若君も男前ですね。事情を知った上で唯には真実を話さずに、「一度(現代に)帰って、また戻ってきて欲しい」と話していました。まだまだ一波乱ありそうな「アシガール」、今週の回も楽しみにしています。