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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2026年9月6日日曜日

我々の過ちが再び忘れ去られる

観賞を待ちわびていたクリストファー・ノーラン監督最新作『オデュッセイア』を、昨日IMAXシアターで観てきました。IMAXシアターの空間が、ノーランの想像したイタケー島の王オデュッセウスの20年にも及ぶ艱難の旅とその結末を、圧倒的な映像美と音響と振動で再現し、私の心の奥底まで満たしていきました。三時間近い上映時間は、至福の時間となりました。

私がこの物語の中で強く心に残ったのは、王妃ペネロペの元に還り着いたオデュッセウスが、最後に発した言葉でした。

『闇夜に包まれた世界に新たな夜明けが訪れ、我々の過ちが再び忘れ去られる』

オデュッセウスはアカイア軍の一将軍としてトロイヤ戦争に参戦しますが、トロイヤの城郭が難攻不落であったために戦闘は長く酷着状態に陥ってしまいます。しかし10年が経過した頃、オデュッセウスの策略によって、アカイア軍は一夜にしてトロイアを陥落させることに成功します。その策略というのは、巨大な木馬を和平の証しとしてトロイアに献上するというものでした。この木馬の中に兵士を忍ばせ、トロイヤが木馬を城郭の中に運び込んだところで、夜闇に紛れて忍ばせた兵士が内側から城門を開き、その開け放たれた城門からアカイアの大軍が一気呵成になだれ込み、油断したトロイア人を殲滅したのです。

オデュッセウスは、アカイアの英雄として称えられ、イタケーへの帰還を、王の中の王ミュケーナイの王アガメムトーンに許されます。しかし、オデュッセウスの帰還の旅は、艱難に次ぐ艱難で、10年の歳月を要することになりました。王を待つイタケーでは、王の安否が分からぬままに時が過ぎ、王国には、王の在位と財産を狙う悪漢どもが、客分として居座り、しかし客分としての主人への礼儀などお構いなしに、脅し、偽り、王妃ペネロペと王子テレマコスに王位の譲渡を迫り続けていました。

オデュッセウスは、10年に及ぶ艱難の旅の終着でイタケーの惨状を見聞し、すべては己が招いた不始末であったことを悟ります。それは、神々の王であるゼウスの掟を、オデュッセウス自ら背いていたということをです。

ゼウスの掟、古代ギリシャ世界には、『クセニア』と呼ばれるもてなし・歓待の概念がありました。ギリシャ神が支配する古代ギリシャ世界では、『目の前にいる客人は、実は人間に姿を変えている神かもしれない』という考えに従い、客人がたとえみすぼらしい身なりの者であっても、主人は乞われれば、食事を与え休息の場所を与えなければならないのです。主人は客人をもてなし、客人は主人に非礼を働いてはならぬ、この戒めを破ることはゼウスの掟を破ることでありました。

トロイア戦争時、オデュッセウスの計略により、アカイアは和平の証しとしてトロイアに木馬を献上しました。トロイアはゼウスの掟に従い、木馬を受け取り、主人として、アカイアを客人として向かい入れたのです。しかし、アカイアはゼウスの掟を破り、トロイアを攻め滅ぼしました。その報いとして、オデュッセウスは10年にも及ぶ艱難の苦しいを味わいました。その報いは、部下にも及び、彼らはひとりとしてイタケーの土を踏むことなく冥府に赴きました。国に残した最愛の王妃や王子も、ゼウスの掟の呪縛に二十年も苦しみ続けていました。

クリストファー・ノーランは、ゼウスの掟を、キリスト教の黄金律である『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも同じように人にしなさい』として解釈しているというインタビュー記事を読みました。

私たちは、自らが艱難を経験した時にはじめて、この黄金律が身に染みます。助け合って生きようと思います。しかし、満たされ、或いは脅威を感じなくなった時、私たちは思い上がり、身勝手に振るまい、黄金律を忘れます。

ノーランは、映画の最後に、オデュッセウスの口を通じて、私たち現代に生きる者たちへ、『私たちは再び、轍を踏むのか?』と問い掛けている、そう強く実感した次第です。


※映画視聴後に読んだ記事:映画『オデュッセイア』における「ゼウスの掟」とは何か?専門家に聞く

https://www.elle.com/jp/culture/movie-tv/a73587092/theodyssey-zeus-law-explained-2609-hns/

2026年8月6日木曜日

高砂球場で、国際親善試合?を観戦しました。

 午前中、高砂市総合運動公園を散歩していると、野球場周辺でユニフォーム姿の選手を見かけました。どうやら社会人野球の試合が行われるみたいです。スタンドのゲートが開いていましたので中に入りますと、試合前の守備練習が行われていました。電光掲示板の文字が裸眼では見えず、対戦チーム名が分からないので、見える様に三塁側から外野の芝生席に入り電光掲示板に近づいていると、守備練習中の選手の会話が日本語でない事に気が付きました。

電光掲示板には、先攻:台湾社会人代表 後攻:日本製鉄瀬戸内 と表示されています。スマホで検索してみると、9月に日本で開催される第20回アジア競技大会に出場する台湾代表チームの強化試合として組まれた一戦でした。

一度球場を離れ、あらためて弁当を買って、妻と試合観戦することにしました。銀傘の下は心地よい風が通り抜け、自然の涼風に包まれながら試合終了まで観戦しました。

試合は8回裏DH小深田大地選手のダメ押しとなるレフトスタンド深くに突き刺さるツーランで5対0とリードした日本製鉄瀬戸内が、そのまま完封勝利しました。

でも、両チームとも、プロ野球と遜色ない、堅牢な守備、投手の迫力あるピッチング、打者のスタンドまで轟くスイングの音等々で、とても迫力がある試合を堪能しました。

こんな無料で観戦できる試合なのに、きっと告知がされていないのか、観客がほとんどいなかったことが残念に思いました。昨日から始まった夏の甲子園大会も良いでしょう。プロ野球もMLBも贔屓のチームを応援するのは楽しいです。ですがこの試合は、紛れもない国際親善試合です。近い将来、プロ野球でもMLBでも活躍しうる選手が見られる試合です。高砂球場は、とても野球観戦がとても近くで味わえる球場です。もっと告知されておれば、満員とは言わずとも、歓声が響く応援風景が見られたのではと思います。

今年のアジア大会の侍ジャパンは社会人野球の選手だけで構成されると書かれていました。盛り上がりはどうなるのか、ちょっと心配するところですが、侍ジャパンも台湾チームも、応援したいと思います。 頑張れ~!!!!

2026年7月31日金曜日

ひまわり

昨日、小野市のひまわりの丘公園に出かけました。着いた時間は正午過ぎでしたので、太陽の申し子であるはずのひまわりたちも、少し暑さでお疲れ気味の様子でした。

でも、ひまわり畑に時折吹き抜ける風が、とっても贅沢なほどに心地よかったです。

 

2026年7月1日水曜日

銀河の一票

 このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もう沢山の小さな星に見えるのです。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の一節です。

私ずっと忘れてました。自分が一つの星だってこと。忘れようとしてました。

一個一個強く光る力を持った星たちに、ぼんやりとした白い銀河ってまとめられて、雑に扱われることを、なんとか受け入れなきゃって。

でも違う。違いますよね。私たちは。

私たちは、一人ひとりが輝く星で、銀河があんなに綺麗なのは、一つ一つの星が綺麗だから。副知事候補 星野茉莉さんが教えてくれました。

銀河。東京都をより輝かせる方法は一つしかありません。

一つ一つの星、都民一人ひとりがより輝くこと。

輝くことを諦めも手放さなくてもいい、輝く気力を無くすこともなく、安心して幸いを見つけることができる。そんな世界を一緒に作りませんか?

何か困っていることはないですか?足りないものや多すぎるもの、不安なこと、ままならないことは何ですか?教えてください。

教えてもらえるシステム、私たち作ります。

あなたをひとりにしません。だからひとりにならないで。

遠慮なく光って教えてください。私はここに居るって。見つけます。絶対。

絶対無駄にしません。たったひとりのあなたが放つ、たった一つの尊い光。

銀河の一票。


きっと永く良作として視聴者の心に残っていくだろうドラマ『銀河の一票』、最終回、東京都知事選投票日前夜、最後の街頭演説で、月岡あかり候補が、集まった聴衆へ、LIVE映像を観る視聴者へ、活動を支えてくれる支援者へ、そして自分とソウルメイトとなった星野茉莉さんへ、心を込めて届けた決意のスピーチ。

ドラマの中の、所詮フィクションだと分かっていても、息を呑みました、心が感動で震えました。


そしてもうひとりの、国民に絶大な人気を誇り、当選は間違いないと目される、茉莉と兄妹の様にして育った日山流星候補の告白のスピーチにも、ドラマの中の、所詮フィクションだと分かっていても、息を呑みました、心が感動で震えました。


私たちは人質事件を利用したんです。倫理的に許されることではありません。

それでも、私と星野先生が力を得たかったのは、解釈改憲を止める為です。

解釈改憲とは、憲法の条文ではなく、その解釈を変えることによって実質的に憲法の内容や意味を変えるという事です。

本来憲法改正のハードルは高く、皆さんの意思が大きく反映されます。

でも解釈の変更は、閣議決定で可能です。

そしてこの解釈改憲は、主に平和に関する条項で行われます。

時代に合わせた変化も必要かもしれません。ただ、これが解釈という名の下に、皆さんの知らないところで、知らないうちに為されてしまうというのは…。それが必要な局面も、結果的に守られてきたものもあるでしょう。だからこそ、アフター(後)ではなく、ビフォアー(前)の話をしませんか。

話しましょう。一緒に考えましょう。

例えば、急速に進化を遂げているテクノロジーを駆使すれば、苦肉の策にも主権者である皆様の意思を取り入れる方法もあるかもしれない。正直そんな発想私にはありませんでした。

政治について考えるのは政治家の仕事だと。私が背負っているのは国であって、あなたではないと。いちいち民意をすくい取っていたらキリがない。そんなものは綺麗事だと。

綺麗な話をしましょう。

綺麗事だと揶揄されることを恐れずに。諦めず、探しましょう。

銀河が、一つ一つの星が。輝き続けられる道を。

世界と、あなたと、私の幸福のために。


この告白を聴衆のひとりとして受け取った茉莉が小さなランプに光を灯して掲げます。その告白に呼応する光は、流星の演説を聴く為に集まった大観衆の中に静かに広がっていきました。この光景は、フィクションの世界でも、ましてやノンフィクションの世界では、なかなかお目に掛かることのない美しい光景でした。


このドラマは、悪人がひとりもいないという希なドラマでもありました。心地よい人情喜劇ドラマ、作ってくれて、観させてくれて、有り難うございました。


追伸.

星野茉莉を演じられた黒木華さんは、以前から数多くの良作である映画やドラマに出演されていて大好きな役者さんでありますが、

このドラマをきっかけに、月岡あかりを演じられた野呂佳代さん、そして日山流星を演じられた松下洸平さん、大好きな役者さんとなりました。

2026年6月24日水曜日

弓削牧場の人懐っこい山羊ちゃん

5月に訪問した時に、
私の足元にじゃれてきた人懐っこい山羊ちゃん。
お名前は
明日香ちゃん?
風太郎ちゃん?
あまなつちゃん?
今度また訪問した際は、
名前教えてね

水越けい子SummerLIVE

 先週土曜日、約45年ぶりに水越けい子さんのお姿を拝見、歌声に酔いしれることができました。

北浜のLIVEハウスROYALHORSEにて、17:30に始まったLIVEは、なんと二時間以上ぶっ続けで行われました。私は、店の方から勧められた北新地ビールと赤のグラスワインでほろ酔いになりながら、店自慢のケイジャン料理に舌鼓を打ちながら、歌詞を覚えているナンバーでは声を出して歌い、リズミカルなナンバーでは思いっきり手拍子を打って、楽しみ尽くしました。

19:40頃にアンコールが終わって、ボーカル水越けい子さん、ピアノ和田春彦さん、ギター福岡丈明さんを拍手で見送り、会計の列に並びました。そして自分の番が来た時にROYALHORSEの方に、水越けい子さんに家から持って来た自家製シュトレーンを差し入れしたいと申し入れると、水越さん、そこにおられるからと言われて後ろを振り向くと、水越けい子さんがテーブルに坐っておられるのが見えました。慌てて近づき、持って来たシュトレーンの包みをテーブルにおいて「45年来のファンです」と声を掛けました。写真どうですか、と言われ、盛り上げ隊の方にスマホを渡し、写真を撮ってもらいました。後で思い返すと、それはサイン会でした。新譜のCDやツアーのTシャツを購入したファンとの交流会でしたが、私はそうとは知らず、有頂天になって写真だけ撮らせていただきました。

水越けい子さん、45年前に二度ライブを観ましたが、ステージの上で歌う水越けい子さんはとても大きく輝いて見えていました。でも今隣に座る現在の水越けい子さんはとても小柄で華奢な女性でありました。どこにスタミナがあるのか、やっぱり凄い!と感嘆しました次第です。

「戦争」は悪か。

沖縄戦に思いを馳せるなら、戦争末期、交戦国の圧倒的な戦力になす術もなく敗走を続けた日本軍の統帥部であった軍部、そして日本政府が取った最終手が最悪手であったことに目を向けるべきであろうと思います。

その手とは、日本本土決戦を構想し、「一億玉砕」、日本国民は軍民を問わず、名誉を重んじ潔く死ぬことをスローガンに掲げ国民に強いたことです。

沖縄戦は、1945年4月1日のアメリカ軍による沖縄本島侵攻から始まりました。沖縄は島の姿を一変するほどの艦砲射撃に曝された上に、上陸したアメリカ軍大部隊の圧倒的な火力、戦力、物量によって生き残った日本軍の兵隊と沖縄県の民間人は島内の敗走を強いられます。そして同年6月23日、すでに霧散霧消と化した沖縄諸島を守備する部隊の司令部が自決するに至り組織的戦闘は終結したと記録されます。この記録された組織的戦闘の終結日である6月23日に、現在、沖縄戦没者追悼式が挙行されています。

しかし、司令部は自決に際し、次の一文を最後通達した命令に加えました。

「諸子よ、生きて虜囚の辱めを受けることなく、悠久の大義に生くべし」

この命令が呪縛となり、生き残った兵隊や沖縄の民間人は、投降し捕虜になることを互いが許さず、女性、子ども、病人、老人までもが死を強制されることになったのです。そして人々は、病人や子どもを殺し、自らを手榴弾や身投げによって殺しました。この底知れぬ地獄絵図が、沖縄戦を更に悲惨な記憶として、特に沖縄の人々の中に今も語り継がれているのだと思います。

「戦争」は悪か。

2022年2月24日に、演習と称してウクライナ国境に集結したロシア軍の大群は、一斉にウクライナへの侵攻を開始します。ミサイルを首都キーウを始め主要な都市に打ち込み、甚大なる被害をウクライナに与えます。しかし、圧倒的な戦力差を誇るロシア軍に対して、祖国を守るという志で志願兵となった国民の力によってロシア軍の侵攻を食い止め、更にウクライナを支援する多くの国の支援を受けて、今日現在も侵略するロシア軍と交戦を続けています。このウクライナ国民の戦いを、誰が悪と云えるでしょうか。それは唯一、ロシア軍の統帥者であるプーチンとその一味、そしてプーチンに加担する数カ国の統帥者だけでしょう。

「戦争」は悪か。

昔も今もこれからも、「戦争」は悪なのかどうか、私は自問し続けるだろうと思います。

「戦争」は手段であり、道具であるに過ぎないからです。問われるべきは、「戦争」を手段に用いる、道具として使用する、そして人命を毀損することも厭わない人間が、昔も今もこれからも、人間界から生まれ続けるだろうということです。簡単な話、一人のカリスマが現れれば、私たちは熱狂し、崇拝し、カリスマ指導者のただの手足となって、喜んで従うことになってしまうだろうし、また人間社会に影響を与える新たな思想や宗教が生まれれば、思想対立や宗教対立が始まって、それぞれが我々の思想や宗教の影響力を高める為に、配下の人間に更なる迎合を強い、そして全体主義化を招くことになるでしょう。

「戦争」は悪か。

今日行われた沖縄戦没者追悼式で、高市首相のスピーチが始まるやいなや、テレビでもしっかり聞こえる、「戦争をするな」とか「9条を守れ」というシュプレヒコール、怒声、ヤジが起こりました。その大合唱に、私はだいぶ苛立ちを覚えました。私が厳粛な面持ちになって、戦没者に思いを馳せ、追悼しているというのに、台無しにされた気分になったからです。高市首相のスピーチの骨子は「平和実現へ不断の努力を重ねていく」というもので、また沖縄県民に対して誠実なスピーチであったとも思います。

私たちの国「日本」の憲法は、前文で

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我々の安全と生存を保持しようと決意した。」と決意の宣言を述べています。9条は、「平和を愛する諸国民の公正と信義」の裏書きがあってこそ平和が実現出来るという他力本願的性質を帯びた条文であるとも言えると思います。

私たち日本は、敗戦の後、戦勝国の占領を受けた後、民主国家として歩み出して以来70有余年あまり、武力を伴う戦闘行為を行った事がありません。自衛隊は、戦闘最中の紛争地に出向いても、武器さえ携行せず、命の危険さえ顧みずに、戦闘で荒れ果てた町の戦後復興の為の活動に尽力しました。近隣国の度重なる挑発行為にも、領空領海侵犯にも、自衛隊は盾の役割から逸脱することはありません。それは他国の軍隊の規範からは有り得ないほど命をかけた自制的、犠牲的な行為となってしまっています。

今をそして未来において、日本の国民、そして領土が戦争で傷つかない様に、そして他国の国民、そして領土が戦争で傷つかない様に、この一国では決して成せない大望を実現し、それを持続する為に、まず日本の国民は、自らの憲法を見直す必要はあるし、大望を共有する国々と関係を大事にして、互いに守り合う関係を一つ一つ確実に広げていき、やがては世界中の国々が大望を共有し持続できるように、努力をしなければならない。それはきっと高市首相も、同じであろうと思います。それが「戦争をしない」ための唯一の道筋ではないかと思います。今の人間世界では夢物語なのかも知れませんが、この思想が新たな思想となって世界中に広がれば、いつか遠い未来にでも実現できる時が来るかも知れません。誰かが信じなければ始まりません。その最初の一歩を、私たち日本人から始めてみようではありませんか。

2026年6月19日金曜日

全粒粉入りパンのレシピ

 我が家の全粒粉入りパンのレシピです。

焼きたてほっかほかをパン切り包丁で一口大にカットして食べるもよし、冷めて日を置くと少しパサパサはしてきますが、オーブンで250℃3分弱で、外はカリッと中はしっとりの美味しいパンに甦ります。クリームチーズと相性良いです。

義母にこのパン好評なのが、私に取っては嬉しいことで、義母は、少しずつ手でちぎって食べているそうです。

パン焼成の工程(13)で、切り分けたパン生地の中に、モッツァレッラを入れたり、山椒の葉やバジルの葉を粉状にしたものを入れたり、練り込んだりするとハーブパンが出来上がります。いろいろと変化を楽しめます。パン作り奥が深くて面白いです。




紫陽花の季節

 妻は、家の花咲名人でして、今年も庭の紫陽花、綺麗に咲かせてくれました。

ぼーっとした頭で…

 水曜日の夜のことです。

眠りに落ちかけているときに、遠くで鳴る着信音が聞こえました。なんとか目を覚まし、少し不機嫌な気持ちで音が止んだスマホをつかみ、着信を確認すると、06から始まる番号で22:17着信と記録されていました。ぼーっとした頭で番号をGoogle検索すると発信元は「ロイヤルホース」でした。ん…、ぼーっとした頭で思い出しました、水越けいこさんの件やと。

そうです、今月初めに、何気に関西地区で水越けいこさんのコンサートしてないかなと検索していると、この6月20日(土)に大阪北浜のジャズ・レストラン&バー「ロイヤルホース」で開かれる水越けいこさんのサマーライブの予定を見つけました。予約のメールを送ると、キャンセル待ちで伺いますとの返信がありまして、まあ無理だろうと諦め、そして忘れかけていました。

ぼーっとする頭で、再びかかってきた電話に出ました。やはりライブの件でした。「キャンセルが出たので如何ですか?」という連絡でした。ぼーっとした頭でもラッキーと思い、抑揚のない声で承諾しました。

この不審な電話のやり取りを隣の部屋で聴いていた妻がやって来て「なんかあったん?」と訊ねてきます。ぼーっとした頭で、コンサート行くでと伝え、私は眠りに落ちました。

翌朝、メールを確認すると、22:19ロイヤルホースから「キャンセル出ました。ご都合如何ですか?」とメールが届いていました。あれは夢ではなかった、でも、まだ予約完了のメールは届いていません。

妻は、土曜日は天候が悪いからキャンセルでたんやと言います。でもそれでも良いんです。ぼーっとした頭でもラッキーと思えたのですからね。

とりあえず、土曜日、妻と久しぶりに大阪に出かけようと思います。

2026年6月16日火曜日

ワン・バトル・アフター・アナザー

 ”One Battle After Another”は、『次から次へと続く戦い』という意味で、トラブルや苦難が休む間もなく連続する状況を現す英語表現だそうです。

この英語表現がタイトルとなった、今年の第98回アカデミー賞で作品賞、監督賞など最多6部門を受賞した米国映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』を観ました。

この物語は、不法移民が不当に扱われる収容所や事業所を組織的に襲撃して移民を解放する極左革命グループ「フレンチ75(the French75)」と、白人の純潔主義を掟としながら利益のためには不法移民を不当に利用し殺害も厭わぬ秘密結社「クリスマス・アドベンチャーズ・クラブ(the Christmas Adventurers Club)」との『次から次へと続く戦い』、『不毛な戦い』が描かれていました。その戦いはもう壮絶で、身勝手で、残忍で、途中何度も視聴をやめようかと思いましたが、後半に入ってからのカーチェイス(逃走と追跡)のスリリングさと映像の斬新さに引き込まれ、この二転三転する物語の結末を何とか見届けることができました。


あらすじです。

フレンチ75で爆弾製造と爆破を担当し、今は名を変え16歳の娘シャーリーンと聖域都市(不法移民を含む移民に寛容な町)に暮らす冴えない初老の男パット・カルフーンが主人公です。この父娘に、クリスマス・アドベンチャーズ・クラブ(以下、CAC)の暗殺部隊が近づきます。それを察した父娘は別々のルートで逃亡を図ります。

暗殺部隊のリーダーは、16年前に移民収容所を守備していてフレンチ75に襲われ、リーダー格の黒人女性ペルフィティア・ビバリーヒルズに拘束された上、SEXを強要された経験を持つスティーブン・J・ロックジョー大佐です。

ロックジョー大佐は、白人至上主義者・純潔主義者を任じていましたが、ビバリーヒルズとのSEXの昂奮が忘れられず、ビバリーヒルズを自分のものにしたいという欲望に突き動かされます。そして執拗にビバリーヒルズを付け狙い、ビバリーヒルズが銀行強盗にしくじった時に身柄の確保に成功します。そしてビバリーヒルズに取引を持ちかけます。殺されたくなければフレンチ75の活動家のリストを白状した上、自分の女になれという取引です。

ビバリーヒルズは、フレンチ75の中でもひときわ過激な活動家です。その過激さに酔いしれ昂奮し、過度にSEXを求める性癖がありました。いつもその性衝動を仲間のパット相手に晴らしていました。この無節操な行動でビバリーヒルズは妊娠し女の子シャーリーンを出産します。パットはシャーリーンを愛し、ビバリーヒルズに供にフレンチ75を引退して静かに暮らすことを提案しますが、ビバリーヒルズは拒否し、二人のもとを去り、さらに過激で危険な活動に身を投じていきます。そしてつまずきCACに捉えられます。ビバリーヒルズは命乞いし、仲間を売り、ロックジョー大佐の女になることを選択します。

そしてCACによるフレンチ75の活動家狩り、暗殺が始まります。パットは名を変えシャーリーンを連れて身を隠します。ビバリーヒルズもまたロックジョー大佐の隙を突いて、メキシコに逃亡します。

ロックジョー大佐は、一連の活躍からCACの幹部の目に留まり、幹部候補に推薦されます。CACの幹部となるためには、白人純潔主義であることを、これまでも、これからも守り通すことを誓わねばなりません。そしてロックジョー大佐は幹部連中の前で誓います。その誓いは偽りです。そこからロックジョー大佐は、ビバリーヒルズとの関係の痕跡を消すために、ビバリーヒルズ、そしてパットとシャーリーンの追跡を開始します。

そして後半に入ります。

ロックジョー大佐は、シャーリーンの拉致に成功し、シャーリーンの血液を採取してDNA鑑定を行い、本当の親子であることを確定します。

パットは、シャーリーンが拉致されたことを知り、ロックジョー大佐を追跡します。シャーリーンは、ロックジョー大佐の隙を突き、逃亡を図ります。ロックジョー大佐は、逃亡したシャーリーンを殺害するために追跡します。そして、ロックジョー大佐とビバリーヒルズとの関係に気付いたCACは、ロックジョー大佐を排除、暗殺するために殺し屋を差し向けます。四つ巴のカーチェイスが始まります。

そして、おぞましい結末で、この物語は終わります。


この物語は、矛盾した『自由』の理念に突き動かされる人間の恐ろしさを描いたものではないかと想像します。

漢字の『自由』に対する英語は、”Freedom”と”Liberty”です。しかし、”Freedom”と”Liberty”は相反する理念です。”Freedom”は、生まれながらに持つ、制約や束縛がなく、自分の意志で思考や行動ができる「本質的な状態としての自由」を意味します。かたや”Liberty”は、国家や権力などの束縛や抑圧から「自ら勝ち取った・ルールや法の下で保障された権利としての自由」を意味します。

”Freedom”は、利己的な自由の欲求と言い換えられるかもしれません。また”Liberty”は、利他的な自由と言い換えられるかもしれません。どちらも尊い自由の理念ですが、”Freedom”と”Liberty”はバランスを保たなければなりません。”Freedom”に一方的に傾けば、強者による身勝手や独裁を助長することになり、”Liberty”に一方的に傾けば全体主義化を招く恐れがあるからです。

この”Freedom”と”Liberty”のバランスを欠いた人間が幅を効かせば、そして数を増やしていけば、民主国家は危機に陥ってしまう、この物語は、そういう現在の民主国家が直面する恐ろしさをデフォルメして描いているのではないかと想像します。

2026年5月20日水曜日

就寝時間を告げるウル


愛しのウルちゃんは、私が寝床で横になって本を読んでいると、いつも枕元に飛び込んできて、もう寝ようと云わんばかりに、読みかけの本の上に横たわり、本を枕にして狸寝入りを決め込みます。おかげで夜更かしもせず、私はほぼほぼ十分な睡眠が取れるようになりました。
ウルちゃんに感謝です。

太陽の塔

先週、妻が学生時代の友達グループでニフレルに出かけました。

その時

1970年大阪万博の象徴”太陽の塔”を写して送ってくれました。

端っこに何故か2025年大阪万博のキャラクターもいました。

50年の時を経て

私たちはもう

未来への憧れも

文化の壮大な創造力も

失せてしまったのかなぁ


50年まえに見た

太陽の塔

いまも

風景に溶け込んで

畏敬さえ

覚えます

2026年5月19日火曜日

詐欺電話の注意を喚起します!

 留守録に、次のようなメッセージが入ってました。

それは自動音声ガイダンスで国民年金機構と名乗った後「~書類の確認が取れないため、年金の支給が止まる云々」「オペレーターに繋ぐには1番を押して」と不安を煽る内容でした。

詐欺電話で検索すると、

全国で、日本年金機構を名乗る不審な電話が多発している。特に「自動音声ガイダンス」を用いた手口が急造しており、注意が必要です。

との注意喚起を受けました。

不審な電話は、取らない。自動音声ガイダンスであれば無視してすぐ切る。万一、相手が出たとしても、恐れず、一度電話を切り、家族や警察に電話して詐欺電話か相談する。一呼吸の立ち止まりで、冷静な判断を、私たちは取り戻すことが必ずできると思います。


欺される方が悪い、は詭弁です、欺す方が悪いのです。

こう云う私も以前、トイレの詰まりで慌ててしまい、知らずに悪徳業者を呼んで、高額の費用を請求され支払ってしまった苦い経験があります。

すぐに消費者センターに通報しました。そして、悪徳業者は消費者センターも警察もマークしていた業者であることが分かりました。でも、悪徳業者はのらりくらりと法の網をすり抜けて、私と同様な被害者を次々に生み出していました。そして欺されて奪われた金は帰ってきません。

欺されたら、後には、欺されたのに、被害者なのに、身も心も疲弊させられてしまいます。

今の社会は、欺されるだけで無く、欺す者の手先に、捨て駒のように、ボロ雑巾のように、奴隷のように従わされる罠が、身近なところにまで仕掛けられています。

甘い言葉の勧誘、過大な言葉の勧誘、これらの裏には脅しや恐怖が潜んでいること、私たちは自覚しなければなりません。

マウンドに立てばノーヒットノーランを期待され、打席に立てば2本の本塁打を期待される。彼自身がそういう期待を背負う存在になったということです。

 日本時間で先週の木曜日(5月14日)、対サンフランシスコ・ジャイアンツ戦で今季7度目の先発登板(この日は投手選任)を果たした大谷翔平選手は、7回無失点で四連敗に喘いでいた自軍ドジャースを勝利に導きました。ドジャースに移籍してからの二年間は、MVPに輝く打棒と走塁でチームのワールドシリーズ連覇に貢献しました。そして今年は先発投手として完全復活で開幕を迎え、これまで7戦先発し、登板時はすべてクオリティースタートを達成、かつ投球回数44イニング、奪三振50、防御率は規定投球回数に4イニング足らないながら、先発投手として両リーズ合わせてもダントツTOPの成績0.82です。しかし、打者としての成績は低調で、ホームランが前日まで7本、打率.240でした。

この試合終了後に、メディア対応したドジャース、ロバート監督のコメントが、大谷選手がMLBの世界で、どれほどユニーク、ユニコーンであるのかを端的に表現されていましたので、ここに記録したいと思います。


https://topics.smt.docomo.ne.jp/amp/article/sponichi/sports/sponichi-spngoo-20260514-0237

投打でメジャー最高峰の選手であるが故に、矛盾も出てくる。どちらかが不調になれば、どちらかに専念すべきだと云う意見も常に出てくる。「興味深いですよね。昨年は“投げるべきではない、打者に専念すべきだ”という話が多かった。それが今は逆になっている。」

と苦笑した上で「彼の頭の中で何が起きているかは想像もできません。ただ、私たちが彼をどう管理するかについては明確さがあるます。唯一の正解がある訳ではない。彼の状態に応じて柔軟に対応しているんです。」と投打両面で実力を出し切る為にサポートを続ける。

「でも彼には、マウンドに立てばノーヒットノーランを期待され、打席に立てば2本の本塁打を期待される。そういう宿命のようなものがありますね。彼自身がそういう期待を背負う存在になったということです。」


大谷選手は、次のカード対ロサンゼルス・エンジェルス戦3試合を指名打者と出場し、打者として明らかに復調の兆しが見えてきました。

ドジャースがスイープした3試合の打者成績は

打数:13 得点:3 安打:6 打点:7 四球:3 三振:4

で、打率は.258、OPSは.839まで上昇してきました。

今日行われた対サンディエゴ・パドレス戦も

打数:3 得点:0 安打:2 打点:0 四球:1 三振:0

で、打率は.265 OPSは.850と更に上昇しています。

明後日は二刀流で出場する予定です。大谷翔平選手はきっと、今季最初となる投打での圧倒的な活躍を見せてくれる予感がします。いまからワクワクが止まりません。

2026年5月14日木曜日

あなにやし えおとめを あなにやし えおとこを

『オデュッセイア』は、ギリシャ神話の神々と神代のギリシャ世界の英雄が織りなす物語です。ここに登場するギリシャ神話の神々というのは、おおらかで、あけすけで、身勝手で、輝きを放つ神々です。力と美と豊潤を司る神々であり、神代のギリシャ世界の人々にとって畏れ敬う対象であると同時に、身近な存在であったのではないかと想像します。

神話と云えば、わが国にもありますね。この日本の国産み、国造りの神話を現代に伝える書物が、『古事記』です。

古事記は、元明天皇(第43代天皇)が臣下太安万侶に、乙巳の変により散逸した帝紀(天皇の系譜)と旧辞(神話と伝承)を再編する意図を持って天武天皇(第40代天皇)が記憶力の優れた舎人の稗田阿礼に物語として詠み習わせた帝紀と旧辞を、筆録して史書として編纂するよう命じ、献上させたと序文に書かれています。献上年は和銅5年(西暦712年)です。

あらためて、日本の神話のこと、断片的にというか、子供の頃に触れた幾つかの物語、『因幡の白ウサギ』や『ヤマタノオロチ退治』や『天の岩戸』は何となく覚えてはいますが、神話からどの様に天皇に繋がっていくのか、正直、ちゃんと学んだ記憶が私にはありませんでした。それで、幾つかの古事記に関する本を手に取って読んでみました。

①本居宣長『古事記伝』を読むⅠ 作者:神野志隆光(こうのしたかみつ)…最初に頁を開く書物としては、私には難解でした。が、原文とその解説が述べられていて、特に神代の神々の神話には、ギリシャ神話に通ずるものを感じ取る事ができました。当然ながら完読はできていませんが…

②古事記学者ノート 作者:三浦祐之(みうらすけゆき)…作者が新聞や雑誌に寄稿されたエッセー集でした。先に①を拾い読みした後で頁を開きましたので、エッセーが古事記の物語の理解を促進させてくれました。

③絵物語 古事記KOJIKI 文:富安陽子 絵:山村浩二 監修:三浦佑之…古事記の神代を語る原文の、あけすけな描写や残酷な描写を避けて、天地開闢、国産み、国造り、天孫降臨までの神話を、子供から読める絵物語にしたものです。一気に読めます。この絵物語によって神代の神話を大筋掴むことができました。

私は、特にイザナギとイザナミの国産み、そして黄泉の国から帰還したイザナギの禊ぎから、多種多様な神様が生まれる行が印象的でした。それはまさにアンパンマンの世界をやなせたかしさんが生み出されたことにも通じるもので、私たち日本人の根源的な宗教観である、あらゆるものに神が宿る、あらゆる生き物に、道具に、自然現象に、無機物に、生理現象に、観念や想念に、それを司る神が存在するという観念が、遙か遠い昔から、私たちのご先祖は持っていたことがうかがわれて嬉しい気持ちになりました。

冒頭の言葉は、国産みに至る前にイザナギ命とイザナミ命が交わす求婚の言葉です。

二神は高天原の神々から国産みを命じられ、天の浮き橋に立ち、混沌とした塩の大地を天沼矛でかき混ぜたところ、矛の先からしたたり落ちた塩が積もっておのころじまとなった。二神はおのごろじまに降りたって、天の御柱と八尋殿(寝所)を建て、理に従って求婚の義を執り行います。

イザナギ命が「あなにやし えおとめを」と詠い

イザナミ命が「あなにやし えおとこを」と詠う

こうして二神は契りを交わし夫婦となって、八洲の国を生み、八百万の神々を生み出しいくのです。 

2026年5月13日水曜日

オデュッセイア

 神話と聞いて、私が馴染み深いのはギリシャ神話です。これはギリシャ神話を題材にしたハリウッド映画やディズニー映画を沢山好んで観てきたことが関係していると思います。

そして今年も新たなハリウッド製ギリシャ神話映画が9月11日に公開されます。希代のフィルムメーカー クリストファー・ノーランの新作『オデュッセイア』(The Odyssey)です。

遥か昔、最高神ゼウスは地上に蔓延りすぎた人類の数を調整するためにトロイア戦争を企てます。このトロイア戦争はゼウスの企て通り起こり、十年にも及ぶ人命の消耗戦争となりますが、ギリシャ軍として参戦していたイタケー島の王オデュッセイアの知謀『トロイの木馬作戦』によって、堅牢な城郭都市国家トロイアは、侵入したギリシャ兵の手引きにより、ギリシャ軍の大軍に一気に攻め込まれて一夜で滅び、戦争は終結します。

『オデュッセイア』は、トロイア戦争でギリシャの英雄となったオデュッセイアが、神々の度重なる試練に耐えてイタケー島に帰還するまでの十年に及ぶ放浪の物語と、王の帰還を待ちわびる王妃ペーネロペーと王子テーレマコスが、行方が知れず死んだとされた王の地位と財宝を執拗に狙う悪漢どもから、知力と勇気を振り絞り守り通す物語が語られます。紀元前八世紀の吟遊詩人ホメロスの作と伝わる叙事詩です。

想像するだけでワクワクする『オデュッセイア』、今から公開が待ち遠しく思います。

2026年5月9日土曜日

風の谷の『ラベンダーパーク多可』

道の駅多可で買ったおむすび弁当を、この景色を見ながら頂きました。
もう、すべてがご馳走でした。
ここは、いつ来ても思います
風の谷だと…

2026年5月8日金曜日

ゼブラ会社?

 昨日のMBSよんちゃんTVの人気コーナー『山崎香佳アナウンサーの自転車旅』では、加古川市志方町にあるゼブラファーム加古川に立ち寄って肉厚の小振りのトマトに舌鼓する映像が流れていました。この話、先週金曜日に直売店に出かけた時に店頭で応対されたファームの方から伺っていて、録画予約して待っていました。

そして今日、分かっていたのに、11時頃に直売所に出かけると、いつも購入するサイズが不揃いだけの美味しいトマトが袋いっぱい入った徳用は既に売れ切れで、ミニトマトと葉物野菜のみとなっていました。それでも、次々に来店者が訪ねてきます。テレビの訴求力、まだまだ顕在であると実感した次第です。

でもファームの野菜の美味しさは既に折り紙付きなので、今日は恐竜トマト一袋とミニトマト二袋、そして葉物野菜三つで500円を購入しました。トマト、こんなに買っても、台所に入っては水分補給の代わりに一個二個と口に放り込んでしまうから、直ぐになくなってしまいます。でも、ホントに肉厚で旨みが強いとっても美味しいトマトなんです。葉物も、レタスとサンチェともう一種類、名前忘れましたがこの名無し野菜が、葉っぱが肉厚でサラダでもピッツァのトッピングにしても見た目がよくて美味しいところが気に入っています。

このゼブラファーム加古川ですが、数年前からここにあって、同じ社街道(国道372号線)でファームのそばにあるお気に入りのハンバーガー店『ROUTE65』に訪れる度、気にはなっていました。でも初めて訪問したのは今年の4月でした。

ホームページがありました。運営しているのは、ゼブラグリーンズという会社でした。

https://www.zebragreens.jp/

メッセージには、

『次世代農業へのビジョンを胸に創業し、~、自社で付加価値の高い野菜をつくり、そこで培ったノウハウを農業者や事業者、行政、研究者の方々へ寛元していきます。』

そして

『社名の通り、私たちの信念はサステナブルに社会と共存する「ゼブラ企業」を目指すこと。』

と書かれていました。

何ぞや?「ゼブラ企業」、初めて見る用語です。さっそくGoogleAIに訊ねてみると、直ぐに教えてくれました。

『ゼブラ企業(Zebras)とは、「社会課題の解決」と「持続可能な経済成長(利益)」の両方を目指す、シマウマのような白黒の模様になぞらえた次世代の企業像です。急成長・独占を目指す「ユニコーン企業」とは異なり、地域貢献や社会的インパクト、中間との共存共栄を重視します。』

いやぁ、共感しました。こういう新しい理念、理想に燃えた若い人たちが働く企業には、どんどん若い人たちを招き入れて、自然にも環境にも優しく、そして人にも社会にも優しいムーブメントととして発展してほしいと思った次第です。

また来週金曜日、徳用袋求めて訪問します。


マイクロバスの重大事故

 【国土交通省が周知している、マイクロバスの適切な利用についての事柄】

https://wwwtb.mlit.go.jp/hokushin/content/000105329.pdf

1.運転手付きマイクロバスの手配は、国土交通大臣の許可を受けたバス会社を利用しましょう。

〇 運転手付きの「白ナンバー」のマイクロバスは、いわゆる「白バス」と呼ばれる道路運送法に違反するサービスです。利用はやめましょう。

〇 道路運送法の許可を受けたバス会社(貸切バス事業者)の正規のマイクロバスには「緑ナンバー」が付いています。

〇 正規の貸切バス事業者には「運送引受書」や「領収証」などの関係書類の交付が義務付けられています。口答による契約は、法的に違反するサービスです。

2.レンタカーのマイクロバスには運転手は付いていません。

〇 レンタカー会社からは、車を借りることしかできません。

〇 レンタカーを借りた場合には、車を借り受けた利用者自身が運転しなければなりません(※)。

(※) 車を借り受けた利用者自身が、自らの意思で他の人に運転を依頼することはできますが、この場合、実際に運転する人の氏名等をあらかじめレンタカー会社に申告しておく必要があります。

〇 レンタカーと運転手が一体的に提供されるサービスも、いわゆる「白バス」と呼ばれる法律に違反するサービスです。利用するのはやめましょう。

〇 また、運転を依頼した人などに、レンタカーの手配をしてもらうことはできません。

3.違法な「白バス」を利用して事故に遭った場合、保険の適用がないことがあります。

〇 違法な「白バス」を利用して、万が一、事故に遭って負傷した場合、適切な損害賠償がなされず、治療費などの損害額を利用者自身が全額負担しなければならないケースもあります。


また、GoogleAIへの質問

「学生のクラブ活動の遠征等でバスを使用する場合 レンタルしたバスを父兄が運転するのは法律違反にはならない?」についてのAIの回答

「重要なのは『レンタカー業者から直接借りて、保護者が運転する(実費のみ)』か、『業者から運転手までセットで手配する(違法)』かという点です。」には、思わず我が身を振り返りました。


6日に起きた、バスの重大事故の一報を聞いた時、また過重労働が招いた事故が起きてしまった、そう思いましたが、その後の詳報を聞いて、これは、誰も違法とは気付かぬまま、何年も何十年も広く常態化していた違法行為が、遂に招いた事故ではないのか、と考える様になりました。

そして、冒頭に掲げた、国土交通省が周知していた事柄の文章を探して読みました。

息子の中高のクラブ活動の長距離遠征では、バス会社を利用していましたが、近場への練習試合や大会などの移動では、父兄の中にプロドライバーが居られ、その方にバスの手配と運転をお願いしていました。勿論、父母会皆でそれぞれが役を担い、係る費用は実費だけでしたので、振り返っても、違法な点は一つもありません。ですが、私自身、国土交通省の周知事項は、今の今まで正確には知りませんでしたし、人任せ、他人任せであったことは否めません。

そう考えると、知らなかったという私自身、被害者となった高校生に、後ろめたい気持ちを感じます。そして、私の様に感じている人も、また、少なからずいるのではないかと思います。

学校も、クラブ顧問で依頼した先生も、鉄道会社の担当者も、レンタカー会社も、そして事故を起こしたドライバーも、悪意があったとは思えません。ただ不幸な事故では有り得ない。重大な問題が引き起こした重大な事件だと思います。

しかし残念なのは、マスコミが騒ぎだし、犯人捜しが始まると、当事者たちの発言に食い違いが生じてきたことです。理解はできます、突然に糾弾され、慌てふためき、発言がしどろもどろになって、また二転三転する。冷静さを失えば、こう云う事が起きてしまいます。この事故では、保険が適用されない公算が徐々に明らかになってきたことも、罪の重さと同様に、当事者たちを言い様のない恐怖に落とし入れ、正しい判断を曇らせている様に思います。

マスコミは、この事件を極小化せず、誰もに起きる可能性のあった事件という視点でも取り上げて、二度と同様の事件事故が起こらないように制度改善を促すような報道にも努めてほしいし、また、被害者が心身の快復に注力できるように、また金銭的な負担を背負わないように、社会に働きかける報道にも努めてほしいと願います。