大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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パンデミックと戦うことを考える
昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...
2012年12月11日火曜日
4時間マラソン朗読会、完走しました。(*^_^*)
マラソン朗読会、なんとか完走しました。
そうは言っても、気持ちが入りすぎて朗読に没頭し過ぎたり、BGMに乗れずに間が空きすぎたりと山あり谷ありでしたが、一生懸命に聞いてくれる生徒がいて、ほどよい充実感を味わう事ができました。
生徒の皆さん、有り難うございました。m(__)m
今日はマラソン朗読会です。
おはようございます。
今朝は三時に起きました。もしかしたら、子どもの頃遠足や旅行に出かける当日はワクワクして早起きした、に近い感覚なのかもしれません。
それともう一つは、数日前から風邪症状があり、少しでも早く体を起こして、体調を整えたいのです。
今日は午前中、中学校の朗読会に朗読者として参加します。鹿島中の黒田先生から機会を頂きました。そして一年生四クラスの国語の時間が朗読会となります。芝居でたとえれば四幕です。
会場は南館4Fの多目的教室です。パソコンで朗読ビデオを実行し、プロジェクターで絵を大きく白幕に映します。音は天上に設置されたスピーカーから流します。先週金曜日にセットアップしたのですが、ちょっとした短編アニメ上映の様でした。
朗読する本は7冊です。各クラス3冊、計12冊朗読します。4時間話し続けるという経験はこれまでないので、最後はどうなるのか想像もつきませんが、とにかく生徒たちと共に朗読に夢中になって楽しめたらと思います。
2012年12月10日月曜日
おはようございます。
今日も心から寒いですね、真冬です。
5時前、新聞を取りに外に出ますと、漆黒の空に、星たちがくっきりと瞬いていました。星たちが、僕たちはここにいるよ、と呼びかけているように思えました。
でも長見上げることはできません、夜気に凍えそうなのです。
新聞受けを開けると新聞はありませんでした。そうかっ、今日は新聞休刊日でした。
それから6時まで寝直しました。布団の中は暖かでした。
2012年12月7日金曜日
新作、映画『レ・ミゼラブル』について
ヴィクトル・ユーゴーが、1862年に原作を発表してから丁度150年となる今年、新たに全編歌で綴られるミュージカル映画『レ・ミゼラブル』が公開されます。日本公開は今月21日(金)です。
http://www.lesmiserables-movie.jp/
私は、この新作映画のニュースを知った時、実はエエッっと思いました。
つい最近(といっても10年以上過ぎていました)公開されたばかりじゃないの、という思いからです。
1998年に公開された、リーアム・ニーソンがジャン・バルジャンを演じた『レ・ミゼラブル』があまりにも良かったからです。重厚な物語と演技、そして19世紀始めのフランスの世相、風景が見事に描かれていました。
貧しさ故に娼婦に墜ちた薄幸な女ファンティーヌをユア・サーマンが演じました。そしてジャン・ヴァルジャンを執拗に追う警部ジャベールをジェフリー・ラッシュが演じました。特に、フランス革命前後の社会正義の転換により、尊大な王朝の監視であったジャベールが、権力を奪われても尚、ジャン・バルジャンを執拗に追い続け、ついにジャン・ヴァルジャンを捉えた時に、真の罪、高潔な市民を無慈悲に追い回した我が罪に潔く殉じる、このシーンにとても感動しました。
枯れた風景、美しい音楽、素晴らしい演者がいて、とても力のこもった物語でした。
この様な、10年以上経ってもまだ感動を持続している映画が、新作となって公開される。これまで余り経験したことがありません。
ですが、新作は、舞台公演される『レ・ミゼラブル』の映画化、リメイクといった趣向だそうで、一公演をフィルムに収めるという意気込みで制作された様子です。俳優は全員オーディション、そして全編セリフはなくて、歌で物語が綴られます。
ジャン・バルジャンをヒュー・ジャックマン、そしてジャベール警部をラッセル・クロウが演じます。最近のハリウッドはオーストラリア人が席巻しているなぁと思ってしまいます。(ちなみに、ヒュー・ジャックマンはこの夏、息子さんを伴って富士山登山を楽しまれた様子です。嬉しいですね!)
そして注目は、ヘレナ・ボトム=カーターです。幼いコゼットをこき使う宿屋の女将、テナルディエ婦人に扮します。
今回の新作では、1998年公開作品では描かれなかった『レ・ミゼラブル』の後半、コゼットとの離別、そして再会と融和が描かれていたら良いなぁと思います。そして、この物語のダークサイドに立つ二人目の人物、どぶねずみの様に悪事を重ねるテナルディエが登場すればなお良いのになぁと期待します。
年明けにでも、観に行こうと思います。
『進め~!大先真一郎!』、純と愛、その2
今週の『すーぱーまん』の話も、いやぁ時限爆弾が見事に炸裂、驚かされてしまいました。舘ひろし演じるオオサキホテル社長大先真一郎の不甲斐なさは天下一品、ですが心根の素直さはホント少年ですね。カイザーにオオサキホテルを牛耳られ、先代から引き継いだオオサキホテルの命、『おもてなしの心』と『お客様に笑顔になって頂く』ためにあった、施設や部門、そして人まで切り捨てられる事態に向き合うことが出来ずに雲隠れし、あげくに純の家にひょっこり現れる。
どうするんですか?と問い詰める純に対して黙りを決め込むと、純は最終兵器、愛の本性読みの能力を使って、愛に真一郎の本心を語らせる。普通、どうしようも無く逃げ惑っている時、さらに心の中まで暴かれる事態になれば、人間気が狂うほどに拒絶すると思うのですが、真一郎は面白がりました。真一郎は、恐れもせず、またすがりもせず、ただ面白がったのです。このシーンが切っ掛けで、重苦しかった話の空気が一気に変わりました。
そしてもう一つの時限爆弾が、吉田羊さん演じる桐野富士子の豹変です。これまでずっと冷静無比な純の上司であり続けていましたが、昔の恋人(そして今も相思相愛の)真一郎が、遅ればせながら、ようやくオオサキホテルの命を取り戻そうと決意した時、堅く縛った髪をほどき、背負った十字架の象徴であるクロスのネックレスを引きちぎって、遅いわよ!と詰め寄り、どんと背中を押すシーン、実に迫力がありました。
ただ、今回の朝ドラ『純と愛』に限って言えば、先の展開が全く読めないです。というか常に視聴者を驚かせようとする、制作者側の遊びを感じます。そう関西人のノリです。とにかくビックリさせて、ツッコミを入れて、ボケる。それを毎週続けるのだから、とても凄いバイタリティだと感心します。
そしてこの物語の終幕は、関西人のノリで考えれば、泣き笑いの末にみんなが笑顔になって幕を下ろすのだと想像します。
来週は誰が時限爆弾となるのか楽しみです。
2012年12月6日木曜日
深夜の爆弾低気圧、凄かったですね。
昨夜、深夜の爆弾低気圧の通過に伴う、暴風は凄かったですね。家が壊れるかと思いました。
現在(昼の12:40)ですが、日本海側は、島根県から北海道にかけて、暴風警報が発令中です。瀬戸内海に面する、ここ播州地方では、深夜0時から明け方5時にかけ、10mを超える暴風が吹き荒れました。今は、それがウソのように穏やかです。陽も差しています。
最近の気象用語は、どんどん新しい単語が増えてきました。
『スーパー台風』、『ゲリラ豪雨』そして『爆弾低気圧』と、どれもおっかない呼び名です。危険を直感的に与えるにはピッタリの呼び名だと思いますが、実際にそれが、神出鬼没に現れて、甚大な被害を及ぼす、必ず炸裂する爆弾だとすれば、私たちにはもう手立てがない様に思えます。遭遇すれば、ただ頭を下げて祈り、無事に通り過ぎてくれる事を願うだけです。
内閣総理大臣を目指す候補者への、たった二つの望み
衆議院議員総選挙が始まりました。
選挙の公示が決まってから、町の辻に立ち、駅前に立ち、朝ひたすら笑顔を振りまいて「おはようございます」と顔を売ろうと努める候補者もいれば、政策を語る候補者、他政党や他候補者を非難する候補者とさまざまです。
乱立した党の党首もポスターや電波に乗って、総花的な公約と、何より語気の強い『政治スローガン』に終始しています。
民主党の野田党首(現内閣総理大臣)は、『決断!』を声高に唱え、民主党政権がこの三年余りで進めてきた政策を推し進めるか、後退させるか、貴方方国民ひとり一人の決断(投票)にかかっていると訴えます。
方や自民党の安部党首(元内閣総理大臣)は、『取り戻そう!』と声高に唱え、(民主党政権になってからの?)危機的的状況にある経済、教育、外交を立て直し、安心社会を作ると訴えます。
私は、次の内閣総理大臣を目指そうとする候補者には、たった二つだけを望みます。
その一つは、
『実現する夢を(希望を)を大らかな語れる』
です。
現在の政治家は、本来の意味での政治家ではなく、実務家です。会社でたとえるならば、ビジョンを持ち実行する力とその責任を一新に負う社長であるべきなのに、執行役員です。酷い場合には名目役員におさまる場合もあります。実務がわからなければ役所の長は務まらないです。それはこれまでの悲劇的な大臣を見て強く感じます。ですが政治家には、実務以上に(私が)実現する夢、希望を大らかに語れる事こそ必要だと思います。それが組織で働く人々の心を掴み、国民が託することの出来る唯一だと思うからです。
1960年の池田内閣総理大臣が掲げた『所得倍増計画』、そして
1972年の田中内閣総理大臣が掲げた『日本列島改造論』は、強烈でした。後先を踏まえておれば、今の世はまた違う世の中になっていたかも知れないほどに、独断的で強引、しかしそれがため日本は高度成長を成しえたとも言えます。
最近では、トーンはぐっと下がりますが、2006年、安部内閣総理大臣が掲げた『美しい国へ』という夢に、ハードウェア偏重で進んできた日本を、美しい風景のある日本に立ち返らせるという意思を感じ、本当に期待しました。しかし、それも一年も満たずに潰えてしまいました。安部内閣総理大臣が、もうや~めた、と国政を放棄してしまったからです。
『実現する夢を(希望を)を大らかな語れる』は、一朝一夕で行えることではありません。不断と学びと、ひたむきな努力が必要です。そして、実行力と責任を一身に担えると信頼された者だけに与えられた特権だとも思えます。
もう一つは、
『任期を全うする』
です。
内閣総理大臣は、日本国において、日本の象徴である天皇の下に位置する、国民の首長です。かしらです。
ひとりの国民が、衆議院議員の候補者となり、総選挙で選ばれ、与党議員の指名により与党の党首となり、そして天皇が国会の指名に基づいて内閣総理大臣に任命します。内閣総理大臣は、日本国内にあっても、諸外国にあっても、日本の最高権力者です。とても厳粛な地位です。
一度の任期は最長で4年です。ですから、内閣総理大臣の地位に就く者には、その4年間職務を全うする為の、若さと健康が必要です。それに加えて強運も必要です。それがあって初めて任期が全うできます。
ですから、その任期を全うした者は、英雄として賞賛されるべきだと思います。
たとえ任期を全うできなくとも、英雄として賞賛すべき人物もいます。ですが、近年においては、悲しむべき事に、その地位は貶められているように感じます。日本が独立国、国民主権国であり続けるためには、その首長の地位は決して汚してはいけないと強く思います。
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