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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2012年6月20日水曜日

最近はまった時代劇があります。それは『刺客請負人』です。


現在の仕事は週末にピークがあって、そして平日に休みが多く当てられます。
平日の休みの日、昼飯の後テレビを観るとしたら、NHKBSプレミアムの映画劇場が主でしたが、何気にチャンネルを替えていたら、これまでに見たこのない時代劇をやっていました。
BSジャパンで昼13時から放送の、村上弘明主演『刺客請負人』です。
2007~2008年にテレビ東京で放映された時代劇です。

とにかく配役が良いのです。まるで映画の如く贅沢な布陣で、そして毎回の物語が深淵で、しっかりの堪能させてもらいました。
まずは悪玉から、
悪の頭目”闇法師”には米倉斉加年さん、いや名優です。
そして配下の”闇猫のお吉”には若村麻由美さん、人とは思えないあやかしの姫を彷彿させる妖艶さが秀逸でした。
松葉刑部を雇う助っ人屋徳松には柄本明さん、軽妙な演技が絶品でした。
第2シリーズ第4話で、遊女上がりの若殿の生母を演じた吉本多香美さんは、大胆な演技、表情、仕草で、悲恋の女を全うされました、素晴らしかったです。
何かと刑部の世話を焼く、可愛い長屋の娘には中山忍さん、いやぁおいくつになっても可愛い女優さんであります。
そして主役の松葉刑部には村上弘明さん、端正な男前でありながら、不器用な男、誠実な男が似合う俳優さんであります。

再放送であった『刺客請負人』は
第1シリーズ第1話と、吉本多香美さんが出演した第2シリーズ第4話、そして昨日今日とで放映された最終話を観ました。
機会があれば、全話を楽しみたい、そう思っています。

はるかな昔、少年の頃にも、一つの時代劇に夢中になったことがあります。
『素浪人花山大吉』です。
滅法腕の立つでも少しだらしのない素浪人花山大吉と、おっちょこちょいで気が優しい渡世人焼津の半次が繰り広げるロードムービーです。
これは喜劇?、コント?とみまがうほどの軽妙なやりとりは抱腹絶倒でした。でも、いざ花山大吉がここぞとばかりに剣を抜くと、長刀を自在に操っての殺陣は、それまでに、またその後も比類なきほどの見事さがありました。
後の一本松連中となる少年達は、花山大吉を観て育ち、成長の過程でも再放送を欠かさず観るという、『花山大吉の子供たち』となりました。
主演の花山大吉を演じたのは、時代劇が映画の華であった昭和の初めからの大スター近衛十四郎さんです。そして焼津の半次を演じたのは、おっちょこちょいの人情家がよく似合った品川隆二さんです。
私は特に、気のいい山賊が出てくる話『ドカンと一発春が来た』が特に面白く印象に残っています。

ドラマ『リーガル・ハイ』、面白いですね!


そろそろ最終回を迎える、春から始まったテレビドラマ。
その中ではまってしまったドラマがあります。
堺雅人、新垣結衣ダブル主演の『リーガル・ハイ』
です。

フジテレビドラマ『リーガル・ハイ』
http://www.fujitv.co.jp/legal-high/index.html

堺雅人が演じた弁護士小美門研介は、私にとってそう”バカボンのパパ”以来の最高に笑えるキャラクターです。傍若無人!なにのとても愛らしいキャラクターです。
べっとりと海苔を貼り付けたような8:2?9:1?の髪型の下には、端正な顔、鋭利な瞳、口元、顎があって、そこから弾切れすることのないマシンガンの如く、容赦なく尖った言葉が相手を攻撃し続けます。
そしてほそりと引き締まった五体は、特撮映画の神様レイ・ハリーハウゼンが創造したストップモーション・アニメーションの如く、ぎくしゃくとして、そして大ぶりな身振り手振りで相手をこけにするのです。
そして、ときおり見せる沈んだ顔、思案顔がまた良い。すっかり小美門研介の虜となりました。
そして毎週扱う訴訟テーマが、今、今日を扱うものばかりで、それをどんどん切ってゆく。その小気味の良さがまた良いのです。

第1話、警察の捜査のずさんさ、そして証人となる人の記憶の曖昧さを突いて、見事に黒を白と言いくるめる小美門研介のどぎすさが鮮烈でした。
第3話、恋した女性の誘うポーズに惑わされストーカーとして処罰された若者の弁護でしたが、小美門研介に追い詰められた女性を最後、惑わされた青年が自ら罪を認める格好で救います。なんとも皮肉で、これまた救いのない結末でした。
第5話、政界の闇将軍富樫(江守徹)の不正な政治献金疑惑がテーマです。こちらは現在進行形の小沢元被告の裁判を彷彿させ、ドラマでは意外にも、罪を認めて収監されます。
ですが、闇将軍には収監さえも計画の一片に過ぎない、という凄みがありました。
第7話、老舗醤油屋の相続争いが舞台です。横溝正史『犬神家の一族』のパロディーが随所にあって、それも見所でした。日付と遺産相続人の名が異なる何通もの遺書があり、悲喜こもごもなドタバタが繰り広げらました。そして、莫大な遺産を手に入れたのは、なんと店で一番若い事務員の女の子というオチ、誠実とずるがしこさの境は何か、そんな妙味を覚えた話でした。
そして第9話からの最終話(継続中)、前半は公害訴訟がテーマです。
工業立国日本を旗印に、これまでも、そしてこれからも日本国を牽引しなければならない大企業が招いた不透明な公害。地方の過疎化が進んだ村に築かれた大工場の汚水によって老人達に健康被害が広がります。美しかった桃源郷は、過疎によって衰退し、今は年金と豪奢な健やかセンターだけが自慢の老人達の村に落ちぶれています。
小美門研介は老人達にところん悪態で応酬し、それは老人達に再び自尊心を目覚めさせました。そして、弱き立場のものが立ち上がる。背景に、黒澤明『七人の侍』がパロディーとして使われていました。
そして最終話の後半、どんな物語が展開されて完結を迎えるのか、来週の放送が、ほんと待ち遠しくなります。

堺雅人さんは、NHK2004年の大河ドラマ『新撰組』で初めて見ました。鋭利な雰囲気を加味し出す役者という強い印象を持ちました。そして、2009年の映画『南極料理人』、コミカルな演技に魅了され、以降大好きな役者の一人になりました。
そして今回の小美門研介役にも、ほんと魅了されました。

荒垣結衣さん、彼女の同世代の女優には堀北真希さん(ALWAYS 三丁目の夕日の出演)、綾瀬はるかさん(仁、プリンセストヨトミなど多数に出演)らがいて、素晴らしい女優の当たり世代の一員です。これまでの荒垣さんはヒロイン役が多かった。それがこのドラマの黛真知子役では、小美門研介の毒気おも香気に変えてしまうという、誠実でとても大きな包容力を持つ賢母の様な女性を演じられました。黛真知子がいたから、小美門研介がより魅力あるキャラクターになったと思います。

そして何より生瀬勝久さん、現在では気の利いたドラマには欠かせないスパイスのような役者です。彼を初めて見たのは、1980年当時、絶大な人気を誇った恋愛バトルバラエティ『ラブアタック!!』です。彼はまだ関西で学生をやっていた頃にアタッカーとして出場しました。彼は拳をまるまる口の中に突っ込むという荒技で強烈な印象を残しました。
生瀬さん、最初は槍魔栗三助という芸名で活躍していましたが、NHKのドラマ出演に当たって、この名では不味いということから、今の本名に改名したのでした。
そして現在の生瀬勝久さん、すっかり知性と狂気の混在するキャラクターの第一人者となりました。今回の弁護士三木長一郎も、不遜で嫌味で、でも凄みの中に茶目っ気があって、次々に自分よりもそして小美門研介よりも劣る刺客をおくっては、訴訟に負けて煮え湯にのたうち回ります。
弁護士三木長一郎が最終回で、どんな荒技を見せてくれるのか、ほんと楽しみであります。

そして脇を固めた名優人。
小美門法律事務所事務員役の里見浩太朗さんは何でもできるスーパーマンで、小美門の執事でありもしながらも、薫先生をしっかり支えるという、このドラマの屋台骨です。そして、伊吹五郎さん、大和田伸也さん、横内正さんが出演した回では、『水戸黄門』オープニング曲が共演箇所で流れるという周到さもありました。

小美門研介の父役中村敦夫さん。アメリカがニューシネマで沸き立った頃、日本の時代劇にも新風が吹き始めました。そして生まれた、渡世人のアウトロー紋次郎が活躍する『木枯らし紋次郎』で、紋次郎その人を演じたのが中村敦夫さんでした。

小学校5,6年生の時に、イチャサンの家に『木枯らし紋次郎』ボードゲームがありました。『木枯らし紋次郎』版人生ゲームといった風のゲームで、プレーヤーは渡世人となって、サイコロを振り、でた目だけマスを進みます。そして書いていることが洒落ていました。
『何々の事、あっしには関わりのないことでございます。』
そして、通り過ぎてゆくのです。
とにかく面白くて、後、一本松連中として杯を酌み交わすことになる友達と毎度夢中でゲームに興じていました。当時の私たちの憧れは、『俺は男だ!』の森田健作(それが為、中学に入るとみんなで剣道部に入ったのです)と木枯らし紋次郎でした。
単純でええ加減な、そして微笑ましい子供時代でありました。

2012年6月19日火曜日

Ya!Ya!Ya!台風がやって来た!


午前7時前、テレビの前で不謹慎な歓声が沸き上がりました。
”兵庫南東部、および兵庫南西部に大雨洪水警報発令”
のテロップが出たのです。

まだ日が明け切らない早朝、断続的な強い雨音で目が覚めました。
そして6時過ぎ、居間に入りますと、子供らがNHKを見ています。子供らは7時過ぎには家を出なければなりません。
近県では、香川、徳島、そして岡山に大雨洪水警報が出でいました。
テレビのアナウンサーは、近畿地方は午後から次第に雨風が強くなり夕方以降台風4号の暴風雨圏に入るでしょう、と話しています。

『学校に着いたら、警報がでるんとちゃぁう』と口をつきますと
子供らはあきらめ顔で応えます。
40分過ぎ、雨音がますます強くなりました。
『いよいよ、このへんも警報がでるなぁ』と話しますと、
7時前、テレビの画面に待ち望んでいた警報がテロップに流れました。
”うぉー!”という耕太郎の雄叫びと
『危ないから、通学前に出してくれたんや』さくらの冷静なコメントが続きました。

台風4号は、6月台風特有の迷走をすることなく、まるで秋台風の様に、緩やかにカーブしながら速度を上げて日本列島を縦断するコースを辿っています。
兵庫県南部は台風が東を抜けるコースとなるため、台風の接近に伴っては大雨を、そして台風が過ぎても北西の暴風に注意が必要です。

日本気象協会のホームページには
『類似台風から見る台風4号の今後』という記事がありました。
平成16年(2004年)6月21日に四国室戸岬付近に上陸し、その後明石付近に再上陸した台風6号です。直撃台風は、その接近にともない、突然に激しい雨、酷い暴風が発生する恐れがあります。
台風4号が兵庫南部に再接近するのは今日の宵辺りです。早くから台風がもたらす災害に対しての備えが必要だと思います。
現在、雨脚が少し弱まっています。午前中に雨戸、閉めたいと思います。

日本気象協会ホームページ
http://tenki.jp/

気象庁・台風情報
http://www.jma.go.jp/jp/typh/

そして、台風4号が過ぎた後、西シナ海で発生した台風5号が西から接近しそうです。
台風5号は、強い台風に発達する予報はありませんが、梅雨前線を刺激して大雨をもたらす可能性は否めません。襲来は22、23日辺りと予報されています。
いぁ、鹿島中野球部の最後の大戦が良い天気の中で行われること、強く願うばかりです。

2012年6月18日月曜日

金のカマンベール、食しました。


先日、『ワインが好き、チーズが好き』なんてブログで書きましたが、
それ撤回しなければなりません。
昨日、妻が『チーズ食べる?』と出してきたチーズを食べました。
見かけはカマンベールチーズです。表面は白く濁っていて、中はとろり~んとしています。ひとかじりしますと、口内に濃厚できついミルクの味が広がりました。でも、その先に味の深みがありません。そして、しばらくすると喉奥からしびれを伴う苦みが広がってきました。エエッくさっとんとちゃうのん?妻の顔を見、そして先にチーズを勧められた息子の顔を見ました。
妻は『三つ食べた』と平然と言ってのけ
子は『まずいやろ』です。
過去の味の記憶、苦みの記憶を辿ってみても、やはり誤って腐りかけたものを食した時の記憶しか浮かんできませんでした。

残りを包みに残して、妻に返しました。
でも、初めて食したチーズ、どんなチーズかもう少し調べようとと思い立ち、Googleで調べました。

キーワードは
"CAMEMBERT CHEESE"
"Campagne"

ヒットしました。
”カマンベール カンパーニュ・ド・フランス”
別名
”金のカマンベール”
というノルマンディ地方生粋のカマンベール、白カビのチーズです。
口コミの評を読むと誰もが
『美味しい~!』とか
『これまで口にしていたカマンベールと全然違う!』とか
高評価ばかりなのです。
でも要冷蔵とあり、賞味期限があり、
先ほど一口したのは、
もしかしたら熟成し過ぎて、いってしまったチーズなのか
とも思いました。

でも、調べて再チャレンジする勇気が湧きました。
今度は赤ワインと合わせて食することにしました。
グラスにワインを注いでから
”金のカマンベール”をひとかみし、チーズが舌の上にある内にワインを口中に注ぎ入れます。
すると、驚くや
ワインの渋みとチーズの苦みが混ざり合い、それは得も言われぬほどの深い旨みに変わったのです。そして先ほど喉奥に感じたしびれは、アルコールのフワッという芳香の前に消し去られました。
やはりワインとチーズは切っても切れない間柄、と実感した次第です。

そして、明日は休日
今からゆっくり、残りの金カマとワインで至福の時に浸ります。

2012年6月17日日曜日

夏こそ『冒険』だ!


おはようございます。
昨晩は激しい雨でしたね。早朝の天気概要では、兵庫県全域に大雨洪水注意報がでていました。でも今、8時過ぎですが、雨は上がって雲間から青空がのぞいています。そしてムッとした湿気たっぷりの大気が取り巻いています。今日はおもいきり不愉快な一日となりそうです。

先ほど耕太郎の忘れ物を届けに車で松陽に出向き、戻る道すがら、浜国で大きなリックサックを担いで東に訥々歩く青年を見かけました。
グレーのハット、濃紺のTシャツに濃紺のパンツという出で立ち、握り飯の様に膨らんだリックサックの上には寝袋が巻いて乗っていました。

そういえば先週初めに車で姫路に出かけた帰りも、国道2号線で大型リックサックを背負って東に向かって自転車を漕ぐ青年を見かけました。青年は白いTシャツを着て、そのTシャツには『・・・縦断中』という文字が見えました。思わず道が混んでいるにもかかわらず、車の速度を落として助手席の窓を開け青年に『がんばれっ!』と声を掛けますと、近づいてきて『有り難うございます』と返事を届けてくれてからまた前に向かって走っていきました。

先日、小野に向かって加古川東堰を南北に走る県道18号線を歩いていた時の事です。
この18号線には路肩がなくて白線の外は急な土手でして、また大型トラックがたえず走り、歩くにはとても難儀する道でしたが、向かってくる車のドライバーに、片手を上げて『避けてね!』っと合図を送ると、皆々だいぶ手前で速度を落とし、対向車の過ぎゆくのを待ってから大きく避けて通ってくださいました。中には片手を上げて応えてくれるドライバーもいて、とてもありがたかったです。
こんな、爺のちょっとした冒険にでも、人は優しく応えてくださいます。

若者の、果敢な挑戦、冒険する姿は、とても誇らしく、また愛おしく感じます。
そして、優しくなれるのです。
夏の季節は、野外に出て冒険するに打って付けの季節です。

爺である私も、この夏、プチ冒険を続けたいと思います。

2012年6月16日土曜日

『浄土寺、あじさい回廊』ビデオ作成しました。


6月14日(木) に訪れた、小野市浄土寺で撮影したビデオ、写真をもとにビデオを作成しました。
名付けて『浄土寺、あじさい回廊』です。

あじさいの咲く森の回廊を半時間ほど巡りました。ほんと木漏れ日の下で鳥の鳴き声に誘われて歩くのは至福の時でした。
ただ、ヤブ蚊には閉口しました。長歩きした後、体は火照り汗みどろになっていましたし、歩く時ずっとイヤフォンをして音楽を聴いているのですが、そのイヤフォンから漏れる周波数がヤブ蚊を引きつけるようなのです。

散策にもっと良い日を選ぶとしたら、あじさいが最咲き乱れた頃の雨降りの日です。草木の緑も、紫陽花の紫ももっと艶やかに輝いて、まるで絵画の中を彷徨う面持ちになれることでしょうね。

ビデオのBGMには、ケルト音楽の旗手、エンヤの歌声を使わせて頂きました。
ケルト音楽は、深い森が似合います。まるで森に棲む妖精が奏でているようです、とても神秘的で、とても遊戯的です。
そしてエンヤの歌声は、深い森、深い泉の淵から静かに響いてくる女神のささやきのようで、とても妖しげで魅力的です。

2012年6月15日金曜日

浄土寺で紫陽花、鑑賞してきました。


昨日は、小野市にある国宝浄土寺で紫陽花を観賞してきました。

浄土寺を訪ねたのは初めてでしたが、約800年前に創建された寺院は、簡素な美を留めた緑多き静かな寺院でした。
境内には蓮池があり、蓮の花が咲いていました。
浄土寺、その名の通り、浄土の世界が閉じられた空間に描かれていました。

そして寺院の裏手にある森に紫陽花が観賞できる回路がありました。

紫陽花はまだこれからが見頃という状態でしたが、木漏れ日の下に続く回廊には、光が描く陰影と、そして苔むした緑の路が続き、林の中からは鈴のねに似た軽やかな鳥の鳴き声が響いてきます。そこは現世を離れた世界、美しい世界でした。
紫陽花が咲き乱れる頃、そして雨の日に、またこの回廊を彷徨いたい、そう思いました。

しかし浄土を目指す道のりは、とても大変でした。
浄土にたやすくたどり着けるとは思いませんでしたが、いやぁ、心に迷いが生じ、時間以上に長い道のりとなりました。

徒歩ルートは、山電大塩駅-浜国(国道250号線)-山電曽根駅
-松陽中学-竜山-宝殿中学-加古川橋西詰左折
-加古川河川敷マラソンコース-塩尻橋東詰左折
-県道18号線-県道23号線-県道75号線
-浄土寺(約27㎞)

しかし、小野市に入ってからのルートで思い切り迷いました。
後で判ったことですが、県道23号線に見事に騙されました。なんと県道18号線と23号戦が交差する交差点が2カ所あったのです。一つが本来右折するはずの敷地町南交差点、そこまで到達すれば後は県道23号線を東に歩けば浄土寺でした。
ですが、随分前の市場交差点にも東に県道23号線が続いていました。これで錯覚し、浄土寺は近しと信じ東に歩を進めました。

国道175号線(小野バイパス)手前に消防署がありました。丁度消防士達が訓練中で、一団に道を尋ねますと、バイパスには歩道がないので歩くのは危険と言われました。そしてどうしても歩くのならバイパスに沿って2㎞ほど?北に歩くと天下一品が角にある交差点にでるので、そこを右折して歩くと浄土寺です、とアドバイスを頂きました。その時、一人の消防士が、以前MBSちちんぷいぷいのクルーも同じように歩いて浄土寺を目指していたが、どうして175号を渡ったのか?と不思議そうに話されました。私はその最後の言葉で、その道を進もうと判断しました。

バイパスの交差点の両角に、自動車では渡れない側道がありました。ああこの道や、と判断して側道に入り、そしてすぐにバイパスの下を抜けるトンネルがあって、そのトンネルを抜けて東にでました。
丘陵地帯、そして田畑がずっと向こうまで続いています。
バイパスの側道を上り下りしながら北に歩き続けました。いやぁこの時はホント、人気の無い山道で、ほんまにこの道でおおとるんかいな?と不安を抱きながらの歩でした。
そして漸く天下一品が見えました。それが本来左折するはずだった敷地町南交差点から続く道であったのです。

交差点を左折して県道75号線をしばらく歩きますと、浄谷町中交差点に
『浄土寺北へ1㎞』

という案内板がありました。
そして自宅を出てから5時間半、昼過ぎにようやく国宝浄土寺に到着できました。

何故に浄土寺を目指そうと思ったか、それは早朝のテレビ番組でした。浄土寺では丁度紫陽花がみごろという地元観光のニュースを見て、今日は浄土寺を目指そうと決めたのです。
でも北播磨は車で出かけることはあっても徒歩の道には暗いのです。もっとしっかりとルートを確認すべきでした。

でも本当の恐怖は帰り道でした。
”行きはよいよい帰りは怖い”
あれホンマでした。

歩き始めには、昼までに浄土寺を訪ねて、その後は加西周りで姫路に抜けて、そして夕方海を望んでから自宅に戻ろう、などと遠大な空想にふけっていました。でもそれは浄土寺までの道のりで見事に砕け、帰りはJRに乗って帰ろうと心変わりして、駅に向かいました。そして23号線を西にあるけば駅にたどり着くとふんで歩きましたが、小野市立図書館を過ぎても駅を案内してくれる標識がありません。
辻辻で、通り行く町人に駅を訊ねますと、めいめいが同じ方向を指して次のように話されました。
『歩くの、遠いよぉ』
『その道をずーつ真っ直ぐ歩くと駅にたどり着く』
『2~4㎞ほどかなぁ』
そしてこのアドバイスに実は錯覚してしまったのです、小野市には、加古川流域の東側を神戸電鉄粟生線が走り、西側をJR加古川線が走ります。そしてJR加古川線だけでも粟生、小野町、市場と駅が三つあります。だだっ広い丘陵地帯で、道は縦横に走ります。何本も同じ目的地を指す道があるのです。歩けども歩けども目的とする駅が見えないのです、そしてまた町人に訊ねると
『真っ直ぐです』
『2~4㎞ほどかなぁ』
との返事。

暑くて頭はボーッとしてくるし、そしてどんどん目の前が白く眩しく輝き始めました。
アカン、熱中症になりかけよう・・・
でも、そんな時、遠くまで見渡せる道にはひとっこ一人いませんでした。
立ち止まる事もできず、ただ歩き続けました。
そうしてふと気付けば、先に県道18号線との合流地点が見えました。小野の南外れまで歩いていたのでした。
手前に加古川を渡る橋があり、渡りますと、ようやくJR市場駅にたどり着きました。

5月の滝野行軍時は、両足裏にどでかいマメができて一歩歩く度に声なき悲鳴を上げていましたが、今回は全くマメができませんでした。それはそれで良かったのですが、市場駅にたどり着いた時は、もう疲労困憊で、目はチカチカして、目の前が真っ白く輝きます。目を閉じてじっと電車がくるのを待ちました。
待つこと30分、ようやく電車に乗り込みますと、一両編成のワンマンカーは満員で、休むことも叶わず、帽子を脱いでつり革に掴まっていますと全身から汗が噴き出してきました、また吐き気ももよおしてきました。
前には賢そうな少年が座席に座って算数ドリルを開いています。
その彼のかむる白い通学帽が受け皿に見えてきました。必死で我慢しました、当たり前ですが・・・

加古川駅に着き、神戸線に乗り換えて停車中の快速電車に乗り込み、ようやくゆっくりと座席に身を埋めました。車中は冷房がよく効いてとても涼しく、体は一気に休まりました。
このままずっと座っていたい、そうも思いましたが、二駅目、曽根駅で下車し、そして40分を掛けて家に帰り着きました。

道中、帰ったら冷たいビールを一気のみするんだ!そればかりを考えていましたが、
家に帰って、妻が湧かしてくれた風呂に入り、食べ残した昼の握り飯を食すと、そのまま崩れるように寝てしまいました。
あ~っ、しんどかったです。

しかし、梅雨の晴れ間の一日を楽しみ尽くした充実感に今、浸っています。