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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2015年2月12日木曜日

2月9日(月)放送「池上彰がつたえたいこと 実はみんな知らない日本」を見て思ったこと

先日2月9日、「池上彰がつたえたいこと 実はみんな知らない日本」という番組で、後半生放送で、池上彰さんが「イスラム国」問題を解説されました。

その中で、日本人ジャーナリストが殺害された報を受けた安倍晋三総理大臣が、
「~、テロリストたちを決して許しません。その罪を償わせるために国際社会と連携してまいります。~」
と発言されたことについて、
法に則って、罪を償わせることを、安倍総理は述べたのだと解説されました。

でも、法というなら、どんな法なのでしょうか?そして誰が彼らを法廷に引きづり出し、罪を認めさせ、罰を与え、罪を償わせられるのでしょうか?
それが日本にできるのでしょうか?
池上彰さんにしては、あまりにはっきりとしない解説であった様にと思います。
私は、安倍総理の「決して許さない、罪を償わせる」という発言には、もっと強い意志、断固とした決意を感じます。

日本人拉致事件から殺害におよぶ、イスラム国というテロ集団の所行に対し、
私たちは、
・同胞の命を、何故に政府は救えなかったのか?という批判
そして
・日本は、イスラム国と戦う周辺諸国への人道支援を掲げているだけなのに、ましてやイスラム国との対決姿勢を示してもいないのに、何故に狙われるのか?という憤り
に溢れているように思います。

しかし、私たちが本当に知らなければらないことは
・今この時も、テロや悪政により、弱き者が苦しみ、殺されていること
・テロや戦争により、何百何千の人々が、虐殺されていること
・何十万何百万の人々が、紛争地から逃げ出して、難民として困窮の中で生活していること
そして、言いようのない憎悪がどんどんと増殖していること
です。

また、
・テロ集団や盗賊団が、世界の各地で誕生し、それらがITやインターネットを利用して、離合集散しながら勢力を拡大し、今や世界中のどこにでもテロが起こる事態となっていること(テロのグローバル化です。)
・テロ集団や盗賊団には、慈愛や博愛精神も、そして人命への尊厳さえも、無いということ
です。

テロ集団や盗賊団を生み、野放ししているのは、すべての国の責任です。それらを生む土壌を作った当事国の責任です。利害によって干渉したりしなかったりする国の責任です。また、関係したくない関係ないと無視を続けた国の責任です。
すべての国に責任があるのだと思います。

日本も、現在の世界の不安定さを生み出した責任があるものとして、強い意志、断固とした決意を持って、この問題に挑まなければいけないと思います。

2015年2月11日水曜日

美しきかな姫路城

今朝は、ようやく寒さが緩みましたね。
天気が良くて・・・
というわけで、短い時間でしたが、グランドオープンが目の前の姫路城を眺めてきました。
〈シロトピア記念公園から望む〉
〈美術館前から望む〉
〈姫山公園から望む〉
〈動物園入り口前から望む〉

〈白く輝く天守閣〉

姫路城は、息を呑むほどに美しかったです。

姫路城を周回する道路では、大勢のランナーを見かけました。
姫路城のグランドオープンが、3月27日(金)
そして、それに先立ち2月22日(日)に、
「世界遺産姫路城マラソン2015」が、開催されます。

※世界遺産姫路城マラソン2015オフィシャルサイトにリンク
http://www.himeji-marathon.jp/

〈マラソンコース〉

9時、6000人のランナーが、大手門前から姫路城を背に大手前通りを南に向かってスタートします。
そしてランナーは夢前川沿いを塩田温泉に向かって走り、
塩田温泉で折り返し、今度は広畑目指して河川敷コースを走ります。
川縁を走るのはとても気持ちいいことでしょうね。ただ、もう一ヶ月遅ければ、桜の下を駆け抜けることができたので、ちょっと惜しいかな、と思います。
そしてラスト、ランナーは一路姫路城に向かって走り、大手門を潜って城内に入り、三の丸広場ののゴールテープを切るのです。
シャッターチャンス満載です!
当日は、一カメラマンとして、マラソンの風景を撮影したいと思います。

2015年2月10日火曜日

短編小説4 『三人の王の物語』 ~誰が生き残るのか?~

トマ・ピケティの「21世紀の資本」が、とても話題になっていますね。
本屋を覗くと、6千円近くする高額な本ですが、売り切れていました。
目についたのが、関連本の多さです。
また、テレビのニュースショーでも、よく取り上げられています。タレント化した経済評論家達が次々にピケティの「21世紀の資本」を解説してくれますので、買って読まなくても、どんな内容かがよく分かります。

ピケティは、富を持つ者はさらに肥え、持たざる者はいつまでも持たざる者のまま、という事象を学術的に明らかにしたそうですね。
でも先週の「たかじんのそこまで言って委員会」で、金美齢さんがズバリと仰っていたように、そんなことは誰も昔から知っている!という意見が庶民の思いだと思います。

そんな思いと、昨今の規制無き自由主義の躍進への警報を込めて、拙いショートショートを作ってみました。

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三人の王の物語

その国は、世界に一つの国でした。
美しい国です。気候は温暖で、空気も水も澄んでいます。
土地は肥沃で、一年中おいしい作物が育ちます。
国民は、農作業に勤しみ、工作を嗜み、また品物を交換しながら豊かな生活を営んでいました。

その国は、一人の王様が治めていました。
王様は、国民から収入の十分の一を税金として徴収し、そのお金で、国民のために学校や病院を建てました。
この様に、王様はいつも国民の幸せに心を砕いていました。
ですから、そんな王様を国民はとても尊敬し敬っていました。

王様には、世継ぎとなる三人の子供がいました。
一番上のヤシンは、自分の国をもっと大きくしたい、強くしたいという夢がありました。
ですから、どうしたら、もっと大きくできるか、強くできるのかを、いつも考えていました。
真ん中のナマケは、今の国に不満がありました。税金を徴収しても、そのお金は国民のために使われるだけで、王様は贅沢しません。それが不満でした。
ですから、どうしたら、もっと自分が贅沢できるのかを、いつも考えていました。
一番下のシンシは、王様をとても尊敬していました。そして、王様の様に国民のために働ける王様になりたいという夢がありました。
ですから、王様の様になるために、一生懸命勉強しました。

月日が流れ、王様が年老いて、王座を降りることになりました。
王様は、一つの国を三つに分割し、三人の子供に分け与えました。

そして、新たに三つの国が誕生しました。

ヤシンの国では、ヤシンが富国強兵を掲げます。そして国民からこれまでよりも重い税金を徴収し、そのお金を産業の振興に投資して、強い産業を育成し、ヤシンと同じ野望を抱く資本家を作ります。そして、他国に貿易を申し入れ、世界制覇を企みます。

ナマケの国では、ナマケが放蕩不羈を掲げます。税金はこれまで通り徴収しますが、そのお金はすべてナマケの懐に入りました。ナマケは、楽しきこと、面白きこと、そして贅沢なことにお金をどんどん使いました。ですから、国民も楽しきこと、面白きこと、贅沢なことに夢中になって、真面目に働かなくなりました。そのために美しい国は廃れ、ナマケの国は、どんどんと貧しくなっていきました。やがて、先代の王様が治めていた頃の国の姿は、もうどこにも見当たらなくなりました。

シンシの国では、シンシが慈愛友愛を掲げます。シンシは、先代の王の美徳をそのまま継承し、国民に心を砕くことに努力しました。そして同時に、国民にも慈愛友愛を道徳として教育しました。シンシの国の始まりは、穏やかでした。先代の王の時代と何ら変わることがなかったからです。ですが、年月が経つにつれ、ヤシンの国やナマケの国に感化される者が現れました。そしてシンシの政治に批判を揚げるようになりました。

ヤシンは、まずナマケの国に貿易を申し入れました。ナマケの国にはない、楽しい商品、面白い商品、贅沢な商品を披露して、またその裏では、ナマケをはじめ、ナマケの国の重鎮や官僚に賄賂を贈り、すっかり味方に取り込んで、ヤシンにとってとても有利な契約を結びます。続いてヤシンは、ナマケの国に巨額を投資して、工場を作ります。安い賃金で工員を雇い、厳しくこき使い、安くて楽しく面白い商品を大量生産しました。それをナマケの国やヤシンの国の人々に売りさばき、ヤシンとヤシンの資本家は、どんどんと富裕になりました。
しかし、ナマケの国の大勢の国民は、とても困窮するようになって、ナマケとその一派に恨みを募らせるようになりました。そしてある日、貧しい国民がナマケ打倒に蜂起して、あっというまにナマケは打倒されました。

ヤシンは、次にシンシの国に貿易を申し入れました。しかし、シンシは国民を守るため不公平な貿易を拒否します。ヤシンがナマケの時と同様に、賄賂で口説き落とそうとしても、賢く愛国心に満ちたシンシの国の重鎮や官僚は、ヤシンの罠に落ちません。
ヤシンは奥の手を使います。ヤシンの国の工作員が密かに、ヤシンの国に感化されたシンシの国民と結び付き、シンシやシンシの国の重鎮や官僚を貶める悪行を行います。
脅しや欺きから始まって、やがては破壊工作を実行し、シンシの国の平和を脅かします。
そして機の熟すのを待って政権打倒を工作し、見事にシンシを打倒します。

ヤシンの世界制覇は成しました。
しかし、今やヤシンは子飼いであったはずの資本家の操り人形となっていました。
ヤシンには夢がありました。ヤシンの国が大きく、そして強くなることでした。
しかし、今や富裕となったのは一握りの資本家だけで、大勢の国民は、まるで奴隷の様でした。ヤシンには、もう一つ、密かな夢がありました。先代の王と同じく、国民から尊敬され敬われる王となる事でした。
しかし、もうその夢は永遠に叶えることはできません。

高砂市の新図書館、建設が始まっています。

毎月、市の広報誌が届いているのに、あまりしっかりと読んだことがありません。
以前に、「高砂市の図書館事情」という記事を書きましたが、その後をウォッチしていませんでした。

※記事「高砂市の図書館事情」へのリンク
http://harimanokuni2007.blogspot.jp/2011/02/blog-post_22.html

※高砂市の新図書館NEWSへリンク
http://www.city.takasago.hyogo.jp/index.cfm/8,5588,79,380,html

先週、久し振りに高砂界隈を散歩しついでに、米田多目的広場の傍を通りました。
図書館建設が始まっていました。高砂市図書館のホームページを見ると、来年2月のオープン予定なのですね。

以前、知り合いの市議のメールニュースに、佐賀県武雄市の図書館を視察した旨の報告がありました。
当時の武雄市市長が、市民サービスのIT化や民営化を推進し、2013年オープンの図書館の運営も、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブに全面委託します。その結果、これまでの図書館の常識を覆うサービスが始まり、全国の注目を集めました。
実際に、そこに足を踏み入れたことはなく、当時の記事を読んだだけですが、
・開館時間が長い。(年中無休で、9時から21時まで利用できる)
・館内にスターバックスがあり、お茶を飲みながら読書できるスペースがある。
・図書館に、新刊を販売する本屋やレンタルショップが併設されている。
という点が印象的でした。そして、実際にとても集客力の秀でた図書館となっています。

※佐賀県武雄市図書館ホームページへリンク
https://www.epochal.city.takeo.lg.jp/winj/opac/top.do

でも、やっぱり違和感を覚えます。
映画や音楽のソフトレンタルビジネスで大成功した私企業の、商業ノウハウを全面的に利用することは、図書館利用者を顧客とたとえれば、顧客の要望、満足に応えるサービスが提供できる、といえるのでしょうが・・・

まず、図書館利用者は顧客でしょうか?
私は、違うと思います。
図書館は、利用者全員の共有財産です。ですから、利用者は、利用者であるとともに管理者、運営者、守護者でなければならないと思います。
利用者は、図書館職員と共に、図書館を大切にする義務があるのだと思います。
そういう理念が、中心になければならないと思います。

私は、現在の図書館にみられる過剰な利用者サービスや、過剰な接客(お客様は神さまです)は不要と考えます。
図書館は知識を自由に学べる学校と、捉えるべきではないかと思います。
ですから利用者は、顧客ではなく、学生です。
そして、図書館職員や司書は、先生です。
人としては対等です。ですから、互いに尊重しなければなりません。
そういう観点から、高砂市の新図書館の運営がなされる事、期待して止みません。

2015年2月7日土曜日

黄金の血液

以前、ニュースで「黄金の血液」があることを知りました。
血液には多数の抗原が認められ、その種類によって血液型が決まります。
しかし、この抗原を一切持たず、誰にでも輸血することができる血液があるのです。
それが、「Rh null」型の血液です。
現在、世界で43名が、この血液であると云われます。
しかし、「Rh null」型の血液を持つ人は、ほかの血液型の血を輸血できないという、問題を抱えています。

バイオテクノロジーは、すでに相当に進化をしました。もしかしたら、数年後には、血液型を選ばない人工血液が普及しているかもしれません。
「Rh null」型の人も、そうでない血液型の人も、安心して輸血が可能となる時代が到来すること、待ち遠しく思います。

でも、たとえそんな時代が到来しても、献血という社会貢献の行為が、廃れずに続くことを願います。

血液が足らない!献血に行こう!

朝、「NHK週刊ニュース深読み」を見ました。
テーマは「血が足らない!? どうなる?献血」です。

番組リンク:2015/2/7放送ページ

兵庫県赤十字血液センターのページにリンク

日本赤十字社が、血液需要がピークとなる2027年に、献血者約85万人分の血液が不足する恐れがあるとの推計を公表しました。
番組では、Twitterを利用した視聴者からのリアルタイムな意見、感想を見ながら、講師やコメンテーターが意見を述べ合う形で進行しました。

現在の献血者は、献血回数30回以上のリピーターが過半数を占めています。
新しい献血者を開拓できなければ、献血事業は先細りするばかりの状況です。

コメンテーターから、ポイント制にすれば、とか、商品券の配布、などの意見がありました。
ポイント制、これは既に実施されていますよね。
兵庫県赤十字血液センターが運営する献血ルームでは、献血回数によって粗品が貰えます。洗剤や文房具、コーヒー詰め合わせ、ちょっとした物かもしれませんが、献血行為への感謝が頂けて、とても嬉しくなります。また、回数の節目では、表彰とともに記念品まで頂けます。それがまた献血行為を続けていく励みとなります。

商品券の配布、広義でいえば売血となる行為です。
日本も、昔は売血が行われていたと云います。しかし、それによって血液感染による病気の流行や、臓器売買(血液も臓器です)の問題が指摘され、法律で売血を禁じたのです。
国際赤十字の理念でも、献血(善意の行為として、無償で血液を提供する)を謳っています。しかし、先細りする献血事業には、何かしらの手立てが必要な事も事実です。

賛同できる意見もありました。
献血は、社会貢献です。この献血行動で得られたポイントで、社会福祉のサービスが受けられるようにするというアイデアです。これをもっと広く解釈すれば、
現在、無償で行われる社会貢献の行動を、将来にわたって社会福祉サービスが受けられるポイントに還元するのです。そして私たちはこのポイントを利用して、医療や福祉サービスが利用できる。対価は「金品」ではなく、善意には善意で報いるという理念です。

しかし、献血で一番忘れてはならないことは、
「輸血ができないために、命が危険にさらされる人を救う」ということです。
救う人は、未来の自分かもしれない。家族、友人、身近な大切な人かもしれない。
そう、他人事ではないことを、私たちは肝に銘じなければいけないと思います。

献血は、献血ルームという、とても衛生的で安全な場所で行えます。
自らの健康管理に利用できます。病院で行えば何千円もする血液検査を無償で行ってもらえるのです。
また、献血できる回数には限りがあります。
献血者の健康、安全の為に、献血情報が一元管理され、採血の可否、採血量、次回の採血可能日が設定されます。

これほどまでに、行き届き、安全に行える社会貢献に、参加しない手はないと思います。

こんなことを書きながら・・・・
私の献血回数は、昨年春の72回でとまっています。
体調が優れず、薬を服用しているために、足が遠のいてしまっているのです。
もう一度、しっかり健康を取り戻し、100回を目指したいと思います。

2015年2月3日火曜日

より良き地方創世を行うために

安倍政権が、地方創世を掲げています。
地盤沈下と人口減少が続く地方を、これまでの公共事業頼りではなく、新しいビジネスモデル、アイデアをもとにしたビジネスを振興して、魅力ある地方に作り直すという構想だと思います。

「魅力的な地方に作り直す」というのは、大変結構な構想です。
でも、それと同時に、地方の側から立って、地元の魅力を再興すること、地元愛を育むことに、私たちはもっと真剣に取り組まなければいけないと思います。

現在私たちは、大企業が作ったショッピングセンターで、働き、そこで買い物をします。
私たちはショッピングセンターでお金を稼ぎ、お金を使う、しかしこれでは、町の既存商店にお金が回りません。お金が回らなければ、商店は衰退し、結果、誰もが大企業のショッピングセンターで働く事を余儀なくされます。実入りも減ります。町の中で働く場所が集約されて、町全体の活気が失われ、魅力も失って、坂道を転がるように衰退が始まります。
商店が抗い、魅力的な店作りに奮闘しても、ショッピングセンターが大都市にある有名で魅力的なショップを出店すれば、客はたちまちそちらに流れて、廃業するしか道がなくなります。
これが実態だと思います。

町の商店が残り続けるためには、商店の自己努力だけでは不可能です。
町の人が、商店に買い物をし続けなければならないのです。

そのためには、町に沢山の商店が振興し、互いに商品の売り買いをしてお金を回すしかありません。昔ながらのスモールビジネスの活性化です。
商店が沢山興れば、沢山の人の職場が生まれます。賑わいが生まれ、跡継ぎも生まれ、人口の増加も図れます。しかし、これは、市場原理主義経済に反する構想で、現状では夢物語でしかありません。

私は、地方創世の中核に「文化の創世」を掲げるべきだと思います。
地元の文化を再考し、私たちは学び、守り、継承する使命も学ぶ。地元愛の育みです。
文化の創世には基点が必要です。それは学校です。

たとえば、地元の自転車屋さんが、月に一度、学校で自転車に関する特別授業を行うとします。
自転車屋さんは、その授業で生徒に
日頃使う自転車の清掃、修理の大切さを教え
自転車の安全運転を教え
また、自分でできる清掃や修理のやり方を実技で指導する
現在では、自転車保険加入の必要を教えることも大切です。
自転車屋さんは町の学校の自転車の先生となるのです。
それはまた自転車屋さんにとって顧客満足度を向上させる得がたい機会になります。
これは「安全な自転車利用」という文化の創世です。

同じように、様々な業種で活躍する人々が、学校で特別授業を行うのです。
町の働く人達が、その道の先生として生徒に教えるのです。そしてまた顧客満足度を向上させる機会にするのです。

働き輝く人々が、先生となって身近な間柄になれば、生徒にとって、憧れの対象になります。あんな人になりたい、あんな仕事がしてみたい、という夢が生まれます。
夢は、学ぶ明確な動機となって、人は真摯に学びに向き合い始めます。
そして、夢を現実にするために学び努力します。その場所もまた学校です。

そして、この様にして学んだものは、
たとえ欲しい商品が、大企業のショッピングセンターよりも多少高くても、商品を扱う人が信頼できる人で、最高のサービスが受けられることを知っていて、尚且つそれが先生で、地元の大切な人ならば、地元のその人の店で商品を買うでしょう。
それは市場原理主義経済ではなく、いうならば「満足と使命感の経済主義」というもので、これこそ真っ当な経済行動だと思います。

この真っ当な経済行動の原動力は、教育であり、文化です。
町の学校を文化創世の基点として、町の文化を守る人々を繋ぐのです。生徒を次代の町の文化の守り人に育てるのです。
それは作物を育てるのと同じです。豊潤な土壌が、豊潤な人を育てます。豊潤な土壌は、どこにも移す事はできないのです。永代に渡って守り継がなければいけないのです。
そういう文化、風土を守り、さらに発展させることこそ「地方創世」の本質でなければならないと思います。