阪神・淡路大震災から20年の節目となった今日の神戸は、大変な人出でありました。
二回目の参加となったメモリアル・ウォーク、昨年は15㎞のゴールで炊き出しを頂きましたが、今日は『1000人分の炊き出しは終了しました』の張り紙が待っていました。
早朝の天気予報は、曇で始まり昼頃雨か雪でした。
8時、須磨海浜公園スタート時は冷たく強い北風が吹いていました。
でも日差しはゴールするまで差し続け、心地よくウィーキングができました。
今回は妻と二人で参加しました。去年はひとり黙々と歩き先頭集団をキープし続けてゴールしましたが、今日はゆっくりメモリアルを訪ねながら、また妻とたわいもない会話を楽しみながら歩きました。
大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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中国政府に対して、一介の日本人からの意見です。
NHKで今朝放送された海外ニュース番組の中で、香港のニュース番組が伝える内容には、笑いが込み上げてくるほどの驚愕を覚えました。 香港のニュースは、 11月7日に衆議院予算委員会の質疑の中で、高市早苗首相が岡田克也立憲民主党衆議院議員からの質問に答えた答弁の内容の中で、高市首相が...
2015年1月17日土曜日
2015年1月15日木曜日
2013年英国映画「ダイアナ」(原題:Diana)を観ました。
先日、映画「ダイアナ」(2013年英国映画)を観ました。
1997年に不慮の事故で他界したプリンセス・オブ・ウェールズ、ダイアナ公妃の亡くなるまでの二年間を描いた物語でした。
この映画を観て、あらためて世界中の様々な人々がダイアナ公妃を愛していたこと、思い返しました。
この二年の間、ダイアナ公妃には二つの顔がありました。
一つは、ゴシップをふりまくセレブの顔
そしてもう一つは、世界中の紛争地に出かけては、自ら広告塔となって惨劇を世界に知らしめ、また苦しむ人々に寄り添うという人類愛の顔です。
人類の紛争の火種の元は、往往にして民族対立、宗教対立、そして主義主張の対立です。一度火がついてしまえば当事者間での冷静な鎮火はもはや不可能となり、その業火は永久に消えることはありません。
しかし唯一、神々しい慈愛だけが、業火を鎮静させる力を持つ。
ダイアナ公妃の人類愛の顔には、その神々しい慈愛があった様に思います。
浅はかな白昼夢かもしれませんが、
もしも、ダイアナ公妃に本当の愛に目覚めさせた心臓外科医ハスナット・カーン医師との恋が成就して、彼女がキリスト教徒とイスラム教徒を繋ぐプリンセスとなっていたならば、21世紀は殺戮の時代を迎えなかったかもしれない・・・
そんなことを、ふと思ってしまいました。
1997年に不慮の事故で他界したプリンセス・オブ・ウェールズ、ダイアナ公妃の亡くなるまでの二年間を描いた物語でした。
この映画を観て、あらためて世界中の様々な人々がダイアナ公妃を愛していたこと、思い返しました。
この二年の間、ダイアナ公妃には二つの顔がありました。
一つは、ゴシップをふりまくセレブの顔
そしてもう一つは、世界中の紛争地に出かけては、自ら広告塔となって惨劇を世界に知らしめ、また苦しむ人々に寄り添うという人類愛の顔です。
人類の紛争の火種の元は、往往にして民族対立、宗教対立、そして主義主張の対立です。一度火がついてしまえば当事者間での冷静な鎮火はもはや不可能となり、その業火は永久に消えることはありません。
しかし唯一、神々しい慈愛だけが、業火を鎮静させる力を持つ。
ダイアナ公妃の人類愛の顔には、その神々しい慈愛があった様に思います。
浅はかな白昼夢かもしれませんが、
もしも、ダイアナ公妃に本当の愛に目覚めさせた心臓外科医ハスナット・カーン医師との恋が成就して、彼女がキリスト教徒とイスラム教徒を繋ぐプリンセスとなっていたならば、21世紀は殺戮の時代を迎えなかったかもしれない・・・
そんなことを、ふと思ってしまいました。
2015年1月14日水曜日
侮辱と風刺の間
朝日新聞に連載されているコラム”素粒子”は、時々の社会の出来事に対して皮肉や風刺を効かした小気味よい小文として楽しんでいますが、昨日1月13日(火)の素粒子には、不快感を覚えました。
昨日の素粒子(新聞紙面から引用)
1.(便宜的に番号を振りますね)日中韓にそんな日が来るだろうか。独仏首脳が、イスラエルとパレスチナの指導者が隊列を組む姿に目を見張る。
☆
2.欧州の自由と連帯のプラカードの裏側は寛容と多様性のはず。嫌悪や排斥が忍び込む風潮は日本のいまとも似て。
☆
3.少女に爆発物を巻き付けて自爆を強いる過激派の卑劣。
70年前、特攻という人間爆弾に賞賛を送った国があった。
1.は皮肉です。
2.は風刺ですね
では、
3.は・・・
これは暴言です。
70年前、特攻という人間爆弾に賞賛を送った国、はどこの国なのでしょうか?
身勝手な私見です。根拠のない貶めです。酷く腹が立ちました。
イスラム教の風刺画は、自由の証か、はたまた冒涜か、という議論が世界を二分していますが、ニューヨークタイムズ編集主幹の言葉が印象的でした。
「侮辱と風刺の間には境界があり、これらの多くは侮辱だ」
言論に携わるすべての者が、心しなければいけない言葉です。
昨日の素粒子(新聞紙面から引用)
1.(便宜的に番号を振りますね)日中韓にそんな日が来るだろうか。独仏首脳が、イスラエルとパレスチナの指導者が隊列を組む姿に目を見張る。
☆
2.欧州の自由と連帯のプラカードの裏側は寛容と多様性のはず。嫌悪や排斥が忍び込む風潮は日本のいまとも似て。
☆
3.少女に爆発物を巻き付けて自爆を強いる過激派の卑劣。
70年前、特攻という人間爆弾に賞賛を送った国があった。
1.は皮肉です。
2.は風刺ですね
では、
3.は・・・
これは暴言です。
70年前、特攻という人間爆弾に賞賛を送った国、はどこの国なのでしょうか?
身勝手な私見です。根拠のない貶めです。酷く腹が立ちました。
イスラム教の風刺画は、自由の証か、はたまた冒涜か、という議論が世界を二分していますが、ニューヨークタイムズ編集主幹の言葉が印象的でした。
「侮辱と風刺の間には境界があり、これらの多くは侮辱だ」
言論に携わるすべての者が、心しなければいけない言葉です。
○○妻、が始まりました
新聞のテレビ蘭を見てますと、「○○妻」というタイトルのドラマがありました。
22時、何気にチャンネルを合わせますと・・・
チャララ、チャララ、(トーンを下げて)チャララ・・・・という不可思議感を誘う音楽が流れます。
あれっ、これって「アンドリューNDR114」のオープニング曲に酷似ではないか!
感嘆し、まったく未知見のドラマでしたが興味が芽生え見ることにしました。
そして観終わって・・・
さくらは、契約妻だって言います。
でも私は違います、言い張ります、これはロボット妻なんだと・・・
柴咲コウは(高性能なメイド)ロボットのウランちゃんで
黒木瞳は、お茶の水博士なんだって思いました
さあ顛末、ゆっくりと楽しんでいきましょう。
22時、何気にチャンネルを合わせますと・・・
チャララ、チャララ、(トーンを下げて)チャララ・・・・という不可思議感を誘う音楽が流れます。
あれっ、これって「アンドリューNDR114」のオープニング曲に酷似ではないか!
感嘆し、まったく未知見のドラマでしたが興味が芽生え見ることにしました。
そして観終わって・・・
さくらは、契約妻だって言います。
でも私は違います、言い張ります、これはロボット妻なんだと・・・
柴咲コウは(高性能なメイド)ロボットのウランちゃんで
黒木瞳は、お茶の水博士なんだって思いました
さあ顛末、ゆっくりと楽しんでいきましょう。
2015年1月9日金曜日
鳥谷選手の阪神残留が決まったようです・・・
今ストーブリーグで、阪神ファンにとってようやくホッとできるニュースでした。
鳥谷選手がいなければ、阪神のセンターラインは最悪です。昨年中堅手で活躍した大和選手を遊撃手へコンバートという話もありましたが、これでは昨年までのセンターラインが崩壊です。
まぁこれで守備陣の不安は解消します。
今年阪神は球団創設80周年だそうですが、ようやく昨年レベルの体制は保てそうですね。
でも黒田選手が戻る広島が脅威です。阪神はとかく力のある投手に弱い。
誰がそんな打ち破ってくれるのか?
昨年夏以降に復活を遂げた福留選手に期待です。
今年は外野手のリーダーとした名実共に活躍して欲しい、そう期待します。
まぁちょっと気が早いですが、阪神のオーダーを考えて見たいと思います。
1番 中堅手 大和
2番 二塁手 上本
3番 遊撃手 鳥谷
4番 一塁手 ゴメス
5番 左翼手 マートン
6番 右翼手 福留
7番 三塁手 西岡
8番 捕手 梅野
9番 投手 先発(メッセンジャー、能見、藤浪、岩田、岩貞)
んん・・・やっぱり昨年と代わり映えしませんね・・・
野手では、上本選手と梅野選手が一年間コンスタントに活躍してくれることを期待します。
投手は・・・三番手、四番手、そしてもう一人、彗星の如く活躍してくれる選手が出てくれる事を期待します。
鳥谷選手がいなければ、阪神のセンターラインは最悪です。昨年中堅手で活躍した大和選手を遊撃手へコンバートという話もありましたが、これでは昨年までのセンターラインが崩壊です。
まぁこれで守備陣の不安は解消します。
今年阪神は球団創設80周年だそうですが、ようやく昨年レベルの体制は保てそうですね。
でも黒田選手が戻る広島が脅威です。阪神はとかく力のある投手に弱い。
誰がそんな打ち破ってくれるのか?
昨年夏以降に復活を遂げた福留選手に期待です。
今年は外野手のリーダーとした名実共に活躍して欲しい、そう期待します。
まぁちょっと気が早いですが、阪神のオーダーを考えて見たいと思います。
1番 中堅手 大和
2番 二塁手 上本
3番 遊撃手 鳥谷
4番 一塁手 ゴメス
5番 左翼手 マートン
6番 右翼手 福留
7番 三塁手 西岡
8番 捕手 梅野
9番 投手 先発(メッセンジャー、能見、藤浪、岩田、岩貞)
んん・・・やっぱり昨年と代わり映えしませんね・・・
野手では、上本選手と梅野選手が一年間コンスタントに活躍してくれることを期待します。
投手は・・・三番手、四番手、そしてもう一人、彗星の如く活躍してくれる選手が出てくれる事を期待します。
2015年1月8日木曜日
日本語ワープロソフト一太郎
この季節になると、毎年ジャストシステムから一太郎バージョンアップの案内が届きます。一太郎とは、パソコン黎明期からの日本語ワープロ・ソフトウェアの雄です。
今年は、初代一太郎の発売から30周年を迎えるそうです。
そして近日、25代目となる一太郎2015が発売されます。
一太郎には日本語の変換率が優れている日本語入力システム(IME)ATOKが添付します。現在のATOKは一太郎から分離されWindowsのフロントエンドプロセッサーとしてすべてのソフトウェアの日本語入力システムとして利用できますが、何よりも一太郎との親和性が高いのです。また、一太郎には種々の辞書ソフトが添付します。これら一太郎、ATOK、そして辞書ソフトがスムーズに連動し、語彙の用法に詰まること無く、とてもスムーズに文書を作成していく事ができるのです。
私の一太郎との出会いですが、1990年代の始めに会社で使い始めたDOS版の一太郎です。それまではNECの専用ワークステーションで動く「LANWORD」を使っていましたが、どちらも、操作コマンドが煩雑で、また日本語の変換が非常に悪いために、始めに紙に下書きしてから、清書として印刷するためにのみ使っていたように思います。
そしてWindowsパソコンが発売されるようになりますと、MS-Word+Lotus123のバンドルモデルが主流でしたので必然、ワープロはMS-Wordを使うようになり、一太郎とは疎遠になりました。
でもWS-WordやWindowsに添付されているIMEは、日本語の変換率も操作性も悪く、IMEのみATOKを利用しました。そして使い続けるうちに、そのソフトウェアの進化の素晴らしさを体感し、すっかりファンとなりました。
ビジネスから離れ・・・、ほそぼそとパソコンを利用するようになってから・・・
徒然にブログを書くようになって・・・、再び一太郎に回帰しました。
今ではもう、この一太郎、ATOK、辞書ソフトの魔法のような文書作成トライアングルソフトウェアは私の必須の道具となっています。
そうそうにバージョンアップすることは叶いませんが、今使用しているバーションで、私は十分ありがたく思っています。
案内の冊子に、一太郎の年譜が掲載されていました。2010年に、ソフトウェアとして初めて「情報処理技術遺産」に認定されたとありました。
遅ればせではありますが、おめでとうございます、を贈ります。
今年は、初代一太郎の発売から30周年を迎えるそうです。
そして近日、25代目となる一太郎2015が発売されます。
一太郎には日本語の変換率が優れている日本語入力システム(IME)ATOKが添付します。現在のATOKは一太郎から分離されWindowsのフロントエンドプロセッサーとしてすべてのソフトウェアの日本語入力システムとして利用できますが、何よりも一太郎との親和性が高いのです。また、一太郎には種々の辞書ソフトが添付します。これら一太郎、ATOK、そして辞書ソフトがスムーズに連動し、語彙の用法に詰まること無く、とてもスムーズに文書を作成していく事ができるのです。
私の一太郎との出会いですが、1990年代の始めに会社で使い始めたDOS版の一太郎です。それまではNECの専用ワークステーションで動く「LANWORD」を使っていましたが、どちらも、操作コマンドが煩雑で、また日本語の変換が非常に悪いために、始めに紙に下書きしてから、清書として印刷するためにのみ使っていたように思います。
そしてWindowsパソコンが発売されるようになりますと、MS-Word+Lotus123のバンドルモデルが主流でしたので必然、ワープロはMS-Wordを使うようになり、一太郎とは疎遠になりました。
でもWS-WordやWindowsに添付されているIMEは、日本語の変換率も操作性も悪く、IMEのみATOKを利用しました。そして使い続けるうちに、そのソフトウェアの進化の素晴らしさを体感し、すっかりファンとなりました。
ビジネスから離れ・・・、ほそぼそとパソコンを利用するようになってから・・・
徒然にブログを書くようになって・・・、再び一太郎に回帰しました。
今ではもう、この一太郎、ATOK、辞書ソフトの魔法のような文書作成トライアングルソフトウェアは私の必須の道具となっています。
そうそうにバージョンアップすることは叶いませんが、今使用しているバーションで、私は十分ありがたく思っています。
案内の冊子に、一太郎の年譜が掲載されていました。2010年に、ソフトウェアとして初めて「情報処理技術遺産」に認定されたとありました。
遅ればせではありますが、おめでとうございます、を贈ります。
表現の自由
表現の自由が脅かされる、そんな事態が世界で起こっています。
一つは、昨年11月に起こったアメリカのソニーピクチャーズへのサイバー攻撃です。
12月に公開予定であった新作映画「The Interview」、現北朝鮮最高指導者である金正恩をアメリカのテレビクルーがCIAの命を受けて暗殺するというコメディーだそうですが、この映画の公開を阻止するために、謎のサイバー攻撃集団「Guardians of Peace」がソニーピクチャーズを攻撃し、コンピュータに保管された映画関係者の個人記録やメール記録、機密データ、新作映画データを盗みます。そしてソニーピクチャーズに対して、世界中に公開されたくなければ映画の公開を中止せよ!と迫ったのです。
そして二つめは、昨日フランスはパリの中心街で起こった風刺週刊紙シャルリー・エブド本社へのマシンガンによる襲撃事件です。イスラム圏の宗教指導者を風刺する漫画を紙面に掲載し、それがテロリストの「預言者を侮辱した仇」として標的にされ、警邏の警察官2名を含む12名の貴い命が奪われました。
表現の自由は、民主主義や自由主義を標榜する国家においては、保証される国民の権利です。ですが、権威主義がまかり通る、或いは宗教のある部分を尖鋭的に掲げる原理主義、或いは全体主義を掲げる国家やそれに準ずる組織においては、表現の自由などありません。それもまた世界の有り様なのだと思います。
今から75年前に、希代の映画人チャールズ・スペンサー・チャップリンは「独裁者」というタイトルの映画を撮りました。ヨーロッパ全土を覆うナチズムを、ペンならぬ映画でその本性を世界に訴えました。チャップリンはナチスに命を狙われる危険を承知で、私財を投じ、ヨーロッパの悲劇を、そしてユダヤの民の悲劇を世界に訴え、またヒットラーやムッソリーニという独裁者を酷く扱き下ろしました。
チャップリンは、独裁者批判を、鮮烈に、また命がけで「表現の自由」を行使したのです。
「表現の自由」は、民主主義や自由主義を勝ち得た中で、獲得した人民の権利です。
ですから身体の自由と同様に決して侵害してはならない、侵害されてはならないものです。
ですから、一人の「表現の自由」を認められた者として、今回の蛮行に対して、最大の抗議を表明します。
ですがまた、行き過ぎた「表現の自由」に対しては警報を鳴らします。
「表現の自由」とは、自らの意見や思想・主張を、何者にも束縛を受けずに表現できるという事ですが、ややもすれば他者への攻撃や中傷、また不快感といった暴力の手段と化します。成熟した民主主義や自由主義社会においては、「いたわり」こそ大事です。自らの権利と同じに他者の権利も守らなければならないのです。それが本来の「表現の自由」ではないかと考えます。
一つは、昨年11月に起こったアメリカのソニーピクチャーズへのサイバー攻撃です。
12月に公開予定であった新作映画「The Interview」、現北朝鮮最高指導者である金正恩をアメリカのテレビクルーがCIAの命を受けて暗殺するというコメディーだそうですが、この映画の公開を阻止するために、謎のサイバー攻撃集団「Guardians of Peace」がソニーピクチャーズを攻撃し、コンピュータに保管された映画関係者の個人記録やメール記録、機密データ、新作映画データを盗みます。そしてソニーピクチャーズに対して、世界中に公開されたくなければ映画の公開を中止せよ!と迫ったのです。
そして二つめは、昨日フランスはパリの中心街で起こった風刺週刊紙シャルリー・エブド本社へのマシンガンによる襲撃事件です。イスラム圏の宗教指導者を風刺する漫画を紙面に掲載し、それがテロリストの「預言者を侮辱した仇」として標的にされ、警邏の警察官2名を含む12名の貴い命が奪われました。
表現の自由は、民主主義や自由主義を標榜する国家においては、保証される国民の権利です。ですが、権威主義がまかり通る、或いは宗教のある部分を尖鋭的に掲げる原理主義、或いは全体主義を掲げる国家やそれに準ずる組織においては、表現の自由などありません。それもまた世界の有り様なのだと思います。
今から75年前に、希代の映画人チャールズ・スペンサー・チャップリンは「独裁者」というタイトルの映画を撮りました。ヨーロッパ全土を覆うナチズムを、ペンならぬ映画でその本性を世界に訴えました。チャップリンはナチスに命を狙われる危険を承知で、私財を投じ、ヨーロッパの悲劇を、そしてユダヤの民の悲劇を世界に訴え、またヒットラーやムッソリーニという独裁者を酷く扱き下ろしました。
チャップリンは、独裁者批判を、鮮烈に、また命がけで「表現の自由」を行使したのです。
「表現の自由」は、民主主義や自由主義を勝ち得た中で、獲得した人民の権利です。
ですから身体の自由と同様に決して侵害してはならない、侵害されてはならないものです。
ですから、一人の「表現の自由」を認められた者として、今回の蛮行に対して、最大の抗議を表明します。
ですがまた、行き過ぎた「表現の自由」に対しては警報を鳴らします。
「表現の自由」とは、自らの意見や思想・主張を、何者にも束縛を受けずに表現できるという事ですが、ややもすれば他者への攻撃や中傷、また不快感といった暴力の手段と化します。成熟した民主主義や自由主義社会においては、「いたわり」こそ大事です。自らの権利と同じに他者の権利も守らなければならないのです。それが本来の「表現の自由」ではないかと考えます。
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