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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2012年12月3日月曜日

藤川球児のメジャーリーグ所属球団が決まりました。


藤川球児のメジャーリーグ所属球団が決まりました。
ナショナルリーグ中地区のシカゴ・カブスです。

シカゴ・カブスの本拠地はリグレー・フィールドです。リグレー・フィールドは1914年開場で、フェンウェイ・パークに次いで古い球場です。印象的なのは外野のフェンスです。カーキ色の煉瓦積みのフェンスに蔦が生い茂っています。
それからもう一つは、これは私の勘違いでしたが、ずっとナイター設備のないデーゲーム専用球場だと思っていました。昔、「野球は太陽の下でやるものだ」という趣旨でリグレー・フィールドには照明設備が設けられませんでした。それが今もずっとそうであると思い込んでいました。先ほど調べると1987年からナイターが行われていました。
でも過去の名言が今も息づくほどにクラシカルな雰囲気が漂う美しい球場です。

『聖地』、『蔦』、そして『太陽の下が特に映える』と聞けば、そう甲子園球場と同じです。そしてカブスはMLBの中でも屈指の人気チームらしいです。(実は、私はカブスと聞いてもサミー・ソーサくらいしか浮かびません。)
そのカブスで、リグレー・フィールドを本拠地として、来年藤川球児が、クローザーとしてマウンドを任されます。
今年の藤川球児は、阪神タイガースの凋落の象徴でありました。キャプテンマークを胸につけて挑んだシーズンでしたが、打てない打線に、ちぐはぐは投手継投も手伝って、2005年にJFK の一角として華々しくデューしてから最低の成績でした。そして後半戦は怪我で離脱もしました。クローザーとしてとても秀でた投手ですが、阪神で野球を続ける意味、モチベーションを見失ったのだと思います。
今年、メジャーリーグで過去の名選手が球団を移籍したことによって野球を楽しむためのモチベーションを取り戻し、再び名選手へと返り咲きました。イチローです。
藤川球児には、イチロー同様に、新天地で野球への情熱を取り戻し、持っている力を存分に発揮して、自分の為に家族の為に、そしてファンの為に大活躍して欲しいです。

2012年12月2日日曜日

史上最強の助っ人、元阪神のバースさんが野球殿堂入りの候補に入りました。


「バス大渋滞」などと揶揄されるのを恐れて登録名を工夫したという、
日本プロ野球界で「史上最強の助っ人」と言われる、元阪神タイガースのランディ・バースさん(Randy William Bassさん)が、来年の野球殿堂入りエキスパート表彰の候補に入りました。



阪神が日本一に輝いた1985年、そして1986年のバースさんの活躍は鮮烈でした。当時私は会社の先輩と一緒によく甲子園に観戦に行きました。一塁側アルプススタンドに陣取って、まず弁当を掻き込んで、ビールをあおって、そして大観衆の一人となって、応援歌を大合唱しました。

バースかっ飛ばせバース
ライトへレフトへホームラン
かっ飛ばせバース!

悠然と左バッターボックスに入ったバースさんは、ホームベースから少し離れた位置で狭くオープンスタンスで構えます。少し前屈みのクラウチングスタイルです。
そして投手が投じた外角に逃げる球を、踏み込んでジャストミート、打球は高く放物線を描いて左中間スタンドに吸い込まれました。スタンドはもう総立ちで、歓声が嵐となって吹き荒れました。そんな光景を、何度も何度も見ました。
緑が映える外野の芝生と白い服装の観客で埋まったスタンドが、カクテル光線に照らされ美しく浮かんでいます。空は漆黒です。そして打ち放たれた白球が、その漆黒のキャンパスに白い放物線を描きます。これが甲子園で見ることができる最高の夜景です。

バースさんはアメリカのオクラホマ出身です。当時、オクラホマと聞いて浮かんだことは、フォークダンスの定番曲「オクラホマミキサー」と、そして西部劇の舞台ということでした。バースさんは、髭を満々と蓄えていました。小太りでもあります。そして腕は丸太ん棒です。初めてバースさんを見た時、私は牧歌的で大好きだったドラマ『大草原の小さな家』に登場するエドワードおじさんにそっくりだと思い、一目で大好きになりました。
バースさんは、そのトレードマークの髭を一度だけ剃ったことがあります。
1986年の春キャンプの頃です。新聞の紙面に髭を蓄えたバースさんの顔写真が掲載されました。そして翌日、今度は髭を剃ってスッキリとした顔になったバースさんの顔写真が掲載されました。ジレットの広告でした。バースさんは髭を剃ってもなかなかの男前でした。

バースさんは、私にとってヒーローの一人です。そんなバースさんがもし野球殿堂入りを果たせば、私にとっても大変な喜びです。そんなバースさんを、そして1985年の大狂乱(俗に言われる阪神フィーバーです!)を見ることができた、経験することができた私って、とても幸せなんだなぁと思います。

2012年11月30日金曜日

火野正平さんの『にっぽん縦断、こころ旅』


そうそう、毎日楽しみにして見ている番組があります。
BSプレミアムで朝7:45~8:00に放送している連続テレビ自転車旅
火野正平さんの『にっぽん縦断、こころ旅』です。
http://www.nhk.or.jp/kokorotabi/index.html

今回の2012年秋の旅では、和歌山をスタートして四国に渡り、そして香川から岡山に渡り山陽道を下って九州、そしてゴールの沖縄を目指します。
正平さんは、まったく気取りがなくて、そして可愛い女の子を見つけたら鼻を伸ばしてだらだらと会話を楽しみ、厚かましいおばちゃんに遭遇すれば、別の俳優の名前を騙ってそそくさとその場を逃げる。ほんとうに心のまま旅をしている様に見えるのです。

毎朝、視聴者から届けられた一通の『心の風景』が描かれた手紙を読みます。その風景がその日の旅の目的地です。そして愛車チャリオにまたがり、また途中輪行しながら、目的地を目指します。この番組が全国的に認知されているからでしょう、旅の途中で出会う町人村人が笑顔で話しかけてきます。畑で農作業をしているおじさんは、捕れた果実や野菜を身軽に自転車を漕いでいる正平さんに手渡します。昨日などは、休憩に立ち寄ったスーパーの店主が食品やアルコールを捧げていました。これにはさすがの正平さんも閉口していましたね。
でも、やっぱりこの人情に触れられる楽しみこそが、旅の醍醐味だと思うし、そして、この番組『こころ旅』の最大の良さだと思います。
私も20~30代の頃、よく自転車に乗って近場をくねくね走りました。結婚して子どもが生まれてからは、愛車のマウンテンバイクの後部にチャイルドシートをつけて幼い子どもを乗せて走りました。そして現在は、くねくね歩いています。
いつか正平さんを見習って、自転車で、あるいは歩いて、長い長い旅をしたいと思っています。

昨年の2011年秋の旅は兵庫がスタート地点でした。神戸→明石→輪行で朝来→豊岡→香美と秋の兵庫路を走られました。スタート初日、悪い天気の中で諏訪山をスタートして明石公園第一野球場(球場名:トーカロ球場)に到着、広い外野の芝生に座って手紙を読まれました。
正平さんって東京生まれですよね、でも播州人の私が心を揺さぶられる関西言葉を話されます。それがまたとっても嬉しいのです。気取らない、おっとりしている、けどせせこましいところがちゃんとある。いやぁ、正平さん、あなたは播州人ではないの?とつい親しみを込めて背中を叩きたくなります。

2012年11月29日木曜日

今朝、ちょっとしたミステリーがありました。


今朝、ちょっとしたミステリーがありました。
母が、「朝から歯医者の予約があるので車で送って欲しい」と言います。
今日は仕事日なので、歯医者まで送るけど迎えにいかれへんから、帰りはタクシーでも呼んで帰ってくる様話しました。
そして仕事に出かける時間が近づき、車の鍵の置き場所に鍵を取りに行きました。でもありません。あれっ?と思いました。
妻に「鍵は?」と尋ねますと、
「昨日はお父さんが車を使ったでしょ」と言われました。
それで、慌てて昨日着ていた服を探して、ポケットの中を見ましたが鍵はありません。部屋の中も探しましたが鍵は見つかりませんでした。昨日も母を乗せて病院に行き、薬局に行き、スーパーに買い物に行き・・・、でも家に帰ってからの、その後の行動がまったく思い出せないのです。
鍵もなく、記憶も無い、あれっ、俺大丈夫か?と不安になりました。
妻に「鍵持ってへん?」ともう一度尋ねますと、
「私は昨日使っていない」ときつく言われてしまいました。
いよいよタイムリミットが近づいてきました。
トイレに入りました。便座に座り、もう一度昨日の行動を思い返してみました。
母を乗せ病院に行き、薬局、そしてスーパーに立ち寄って、家に戻り・・・、そして私は机に向かっていました。はたっ、気づきました。母を病院に連れて行ったのは一昨日でした。そして昨日は一歩も外に出ずに机に向かっていたのでした。
そしてもう一度妻に「一昨日夕方車使わんかった?」と尋ねますと、
「使った」と言います。
「お母さんのカバンに鍵入ってへん?」と尋ねますと、
「あった」、と返事がありました。
内心『あんたが忘れてるやないの、しっかりせえ!』と思いましたが、朝から口喧嘩するのもなんなんで、
「あったか、ほな貸して~」と言って借りました。
朝忙しい最中のおおぼけミステリーは、ようやく謎が解けたのでした。

今回のミステリーの謎解きには、実は先日読んだミステリー小説が大いに役立ちました。そのミステリー小説は、東川篤哉さんの烏賊川シリーズ第3弾『交換殺人には向かない夜』です。
今回も、さくらが読み終えた後、机にほったらかしにしていた本を拾って読みました。
東川さんが紡ぎ出すミステリーは『抱腹絶倒の本格ミステリー』と言われますが、これまで手にした小説は、抱腹絶倒:本格ミステリー=8:2の割合で楽しみ、思いっきり笑った読後は、大笑いした記憶しか残らないという有様でした。
でも今回の『交換殺人には向かない夜』に仕込まれたトリックには感嘆しました。タイトルにも使われている『交換殺人』が三次元のトリックとするならば、さらに深淵な四次元のトリックが仕込まれていて、それに気づいた時には、いや参った、と思いました。本当に鮮やかでユーモアたっぷりの本格ミステリー小説でした。

すでに出版されて何年も経つ小説ですが、あえてキャッチコピーをつけますと
『あれ、ひとり少ない・・・あれれれ、ひとり多い・・・ミステリー』
まだ読まれていなければ、是非とお薦めする一品です。

2012年11月28日水曜日

冬の夜空です。


おはようございます。
5時前新聞を取りに外に出ますと、西北西の夜空の低い位置でまんまるい月が輝いていました。星々の光も鮮やかに輝いていました。冬の夜空です。澄み渡っていました。そしてとても冷たい冷気が世界を支配していました。
いつもなら夜空に向かって長々と、願い事や感謝の気持ちを話すのですが、今日は一言『ありがとう』とだけ言って家の中に引き込みました。

2012年11月26日月曜日

”太陽の下でも読書、月明かりの下でも読書”しなければいけないの?ネェKindleくん


紙の新聞に、Kindle(Amazonの電子書籍リーダー)の広告が大きく掲載されていました。

”太陽の下でも読書、月明かりの下でも読書”

ペーパーホワイトのマットなスクリーンと、高解像度、高コントラストの文字表現で、野外でも光の反射を気にせずに読書を楽しめ、また、フロントライト技術(下からライトが照りつけるのではなく、上からスクリーンを照らす)と均等な明るさによって、目の疲れを抑えて、また周囲に気兼ねすることなく夜でも読書を楽しめる。何より省電力で、内蔵バッテリーで約8週間も使用し続けることができる。うん、なかなかの代物だ、と思いました。

そして一押しの技術”独自のフロントライト技術”が図式で解説してありました。
上から、ライトガイド→タッチスクリーン→PAPERWHITEディスプレイの三層構造です。でもふと思いました。それならいっその事、PAPERWHITEディスプレイを透明の液晶ディスプレイに置き換えて文字だけを浮かび上がらせ、第四層に紙を配置すればよいではないか。さすれば、紙の書物と同じになるではないか、と。そして、暗がりでは文字など読まず寝ることだ。だからライトなど無くてよいではないか、と。さすれば、もっと構造が簡素化されてバッテリーの持ちはさらに長くなるではないか、と思いました。

昔は、何か新しい代物がでると、すぐに買っていました。ですからKindleにも興味はあります。手にとって触ってみたい。使ってみたいとも思います。
それでもきっと、それは一過性に過ぎず、すぐに飽きてしまうと思います。紙の本に優ることがないからです。紙の本は、落としても壊れないし、踏んづけても壊れない。破れてもセロテープで貼り付ければよいし、破れて欠けても、読み続けることができます。傷みは味となっていくのです。そして時には枕にもなるし、非常時には焚き物となってくれます。

おはようございます。


おはようございます。
昨日は天気が良かったですね。空からは燦燦と陽光が振り落ちて、風もなく、ホント小春日和でした。私は仕事でしたが、休憩時、ショッピングセンターの駐車場の上に大きく開く空を見上げて、その心地よさをしばし味わいました。
次男耕太郎は、この秋最後となる練習試合で汗を流した様子でした。帰って顔を合わすと、疲れと気持ちよさがないまぜになった表情を浮かべて音楽を聴いていました。
GReeeeNの曲でした。

そして今日は、天気予報通りのなかなかの雨降りですね。でも夜半からの雨降りのおかげで気温が余り下がっていないので、躊躇なく起きることができました。
今日はゆっくりとして、明日はどこかに散歩でも出かけられたらと思っています。