播磨の国ブログ検索

パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2012年4月17日火曜日

空恐ろしい「人間関係向上計画」


平成24年4月14日(土)夕刊読売新聞11面に、
『通話・メールで「絆」測定』という記事がありました。

以下引用-----
通話や電子メールの使用頻度などをもとに、人間関係の「絆」の強さを表示するスマートフォン(高機能携帯電話)用の応用ソフト(アプリ)を、国立情報学研究所が開発した。
名付けて「人間関係向上計画」。
同研究所は「最近疎遠になった人がすぐに分かる。良好な人間関係を築くのに役立ててほしい」と無料提供を始めた。
アプリを組み込むと、スマホが電話帳に登録した相手との通話やメールの回数などを、インターネット経由で同研究所のコンピュータに送信。同研究所で親密度を分析した結果を送り返す。スマホの画面に、持ち主を中心とした同心円を描き、親密度が高い相手は近くに、逆にやりとりが少ない相手は遠くに表示する。

同研究所では、個人情報を特定できない形に処理した上で、データを携帯電話がコミュニケーション形成に果たす役割を研究するのに活用する。

対応機種は、米グーグルの基本ソフト「アンドロイドOS2.0」以上が搭載されたスマホで、ホスト「グーグル・プレイストア」からインストールできる。
以上引用-----

また、平成24年4月15日(日)にネットのニュースで次の記事を読みました。
『スマホ・ウイルスアプリ 数百万人個人情報流出?』です。

以下引用-----
スマートフォン(多機能携帯電話)の電話帳や電話番号を勝手に外部送信するアプリが出回り、数百万人規模の個人情報が流出した恐れがあることが14日、分かった。アプリは基本ソフト(OS)に「アンドロイド」を搭載した機種向けのもの。同OS搭載のスマートフォンについては、かねてセキュリティー面での問題が指摘されていた。

情報セキュリティー会社「ネットエージェント」(東京)によると、問題となったアプリは16種類。「桃太郎電鉄 the Movie」などのように、人気ゲームのタイトルに「the Movie」と付けられ、無料で配信されていた。

アプリを実行するとゲーム動画が流れるが、同時に登録された全ての名前や電話番号、メールアドレスが外部のサーバーに自動で送られる仕組みになっていたという。警視庁はウイルスが仕組まれた可能性もあるとみて情報収集を開始。アプリ作成者の特定を進め、刑法のウイルス作成罪にあたるかどうかを慎重に検討する。

3月中旬ごろから配信されていたとみられ、少なくとも約6万6000人が使用。最多で27万人が使用したとみられる。流出した個人情報は数百万人分にも及ぶ恐れがある。これらのアプリはすでに削除されている。

アプリを自由にインストールして機能を追加できるスマートフォン。公式サイトを通じたアプリのみを販売し、事前審査も厳しい米アップル「iPhone」と異なり、「アンドロイド」は標準装備されているアプリ販売サイトに誰でも審査なしでアプリを公開できる上、設定を変更すれば標準装備のサイト以外からもアプリのインストールが可能になる。

ネットワーク技術開発大手「ジュニパー」が3月に発表した調査結果によると、アンドロイドを狙う不正プログラムは、昨年6月から半年間で約33倍の1万3302種類に急増。スマートフォンのOS全体の47.6%を占めた。個人情報を抜き取られ「身に覚えのない高額請求が来る」などの相談が消費者センターなどに多数、寄せられるようになり、警戒を呼びかける声が強まっていた。

ネットエージェントは「怪しいアプリはダウンロードしないでほしい」と呼びかけている。
以上引用-----

去年の秋当たりから、スマートフォンを舞台とした不正が告発され出してはいるものの、それらの告発や警告をあざ笑うかの様に、
表のルートでは、さらに洗練した便利機能を打ち出して、生活のあらゆる面でのスマートフォン利用を煽っています。でも、ほとんどの便利機能は、スマートフォン内にある個人情報をリアルタイムに利用して行っているのです。
個人情報は、不特定多数のサーバーに次々に送信され、赤裸々に分析され、加工されます。
アウトプットされたデータは、あらゆる商売の元手となり、またそれ自体が商品となって高額に取引されます。
そして個人情報を提供したアプリ利用者には、アプリでうたっているほんの些細な情報を渡しているに過ぎないのです。
その最たるものが”Facebook”です。全世界の五億人以上が利用するソーシャルネットワークサービスですが、集めに集めた個人情報は、スマートに分析・加工され、今やその情報の資産価値は1000億ドルを超えます。

そして裏ルートが、マルウェア(犯罪を犯すアプリ)です。
昨年10月21日のブログ記事『スマートフォン・クライシス』で記した様に、スマートフォンは、パソコンの一形態で、通話すらアプリで行っています。スマートフォンで行った事は全てデータ化できるのです。そして、利用者が自らスマートフォンに登録した個人情報の電話番号、メールアドレスはもとより、電話通話、メール通信、インターネット使用履歴全てが、インターネットを通じて外部に無防備にされされます。
スマートフォンがマルウェアに犯された場合、データは不正使用され、あるいは改ざんされ、もしくはスマートフォン自体を不正に遠隔操作されます。
上に載せた記事『スマホ・ウイルスアプリ 数百万人個人情報流出?』は氷山の一角に過ぎないのです。

そして最上部に載せた記事『通話・メールで「絆」測定』、国立の情報機関が「人間関係向上計画」アプリ提供とあります。
『個人情報を特定できない形に処理した上で、データを携帯電話がコミュニケーション形成に果たす役割を研究するのに活用する。』
これがくせ者です。万一『個人情報を特定できない形に』という意思があったとしても、生のデータは逐一収集されるのです。さまざまな企業や国の機関で問題となっている情報漏洩の真因、それは、そのデータに深く関わっている人間の内に生まれた悪意です。
ですから、データ収集が始まった時点で、危機もスタートするのです。

そして「人間関係向上計画」、
人間の機微や本能までも、二進数で置き換えられるとする、工学士のトップが、国の最高機関にいることに空恐ろしくなりました。

全編を振り返る、『ハリー・ポッター』の物語


『キングス・クロス駅”9と3/4番線”に、二組の幸せな家族がいました。
二組の子供たちは、父母の容姿を受け継ぎ、そしてその子らの名には、大切な人の名、そして恩人の名が継がれていました。』
著者J.K.ローリングさんは、この終章の場面から、『ハリー・ポッターサーガ』が紐解かれたと、語っています。
本当かと、七巻から一巻へと読み辿ってみますと、まるで大河の源流を辿るが如く、小さなエピソード一つにさえ、終わりがあり始まりがあって、模様によどみがありませんでした。全ての登場人物がローリングさんの分身、そしてこれは鮮明な回想録なのだ、と感じました。

この『ハリー・ポッター』の物語は、
21世紀の始まりから、活字で、そして映像で、世界中の子供たちを、ファンタジーファンを魅了し、そして昨年初夏に公開された映画『ハリー・ポッターと死の秘宝PART2』がフィナーレとなりました。フィナーレに立ち会い、その感動のままに記念詩を残したいと思いましたが、当時成せませんでした。
そして今日、ふと思い立ち、つらつらと書き始めています。

始まりの頃、
私は近々公開される児童向け映画『ハリー・ポッターと賢者の石』の原作として本書を求め読みました。
あとがきで訳者松岡佑子さんは、
欧米で大ヒットとなった原書”Harry Potter and the Philosopher's Stone”を読み感動、是非日本の子供たちにも感動を伝えたいとして、初めての翻訳を決意、そして一年という長き格闘の末、1999年のクリスマスに出版されました。
たとえどんなに面白くても、活字の多い500頁近くにもなる大著は、日本では受け入れなれない、との懸念は杞憂となって、訳書は大ヒットしました。

第一巻『ハリー・ポッターと賢者の石』、10歳まで伯父さんの家で虐げられながら暮らしてきたハリーに、ホグワーツ魔法魔術学校からの『入学通知』が届きます。彼の両親は偉大な魔法使いだったのです。そして”9と3/4番線”から紅色の蒸気機関車”ホグワーツ特急”に乗って、ハリーのファンタジー、そして少年から青年へと成長する物語が始まります。

ハリー・ポッター第一巻そして第二巻『秘密の部屋』、第三巻『アズカバンの囚人』は、多感な少年の冒険物語です。
初めて心を通わせる友が出来、またハリーを愛してくれる大人に出会います。そして両親を死に貶めた生涯の敵とも出会います。
第四巻『炎のゴブレット』そして第五巻『不死鳥の騎士団』は、思春期になったハリーの成長物語です。
ハリーは様々な人と出会い、友情深め、恋をします。と同時に物語の基軸となる宿敵ヴォルデモートの復活と、ハリーの『死の予言』が明らかになります。物語はゆっくりと『明朗さ』が失われ、『陰鬱さ』が広がります。
第六巻『謎のプリンセス』では、ハリーの決意が描かれます。
ハリーは、裏切りによって最大の庇護者ダンブルドアを失います。そして自由と善の象徴であったホグワーツが陥落します。そしてハリーは、宿敵ヴォルデモートを倒す鍵にたどり着きます。
第七巻『死の秘宝』で、ハリーの物語の全ての謎が明らかになります。
ハリーは、愛する者を残して、友と共に宿敵ヴォルデモートを倒す鍵を求めて旅をします。そして悪の枢軸ヴォルデモートの軍団”死食い人”と自由と解放の為に立ち上がったダンブルドア軍団”不死鳥の騎士団”との戦争、そしてヴォルデモートとハリーの一騎打ちが描かれます。

ハリーの物語は、『冒険活劇』、そして『大河ドラマ』であると同時に、『家族の回帰』物語であると強く感じています。
この物語の登場人物にはさまざまな家族背景があります。
ハリーの様に、母が魔法使いと結婚し生を授かった子であったために、人である伯父の家庭の中で忌み嫌われながら育った者。
ハーマイオニーの様に、人の子でありながら魔法を授かり、そして家族の愛を一心に受けて育った者。
ロンの様に、魔法使いの伝統的な家系で生まれ、大家族の中でおおらかに育った者。
ドラコの様に、厳格な魔法使いの家系に生まれ、純血主義で幼き時から驕り高ぶる心を宿した者。
そして、
人と魔法使いの間に生まれた混血児(Half-Blood)であったが為に、嘲りと蔑視に毒され、ついには憎しみと崇高な魔法力に傾倒していく者。ヴォルデモートであり、ハリーのもう一人の庇護者セブルスがそうでした。
そして厳格な魔法使いの家系に生まれながらも、自由と冒険、そして友情、博愛に生きた者がダンブルドアでした。
ハーマイオニー、ロン、ドラコ以外は家族の崩壊を経験しています。ただハリーが特別であったのは、両親の、特に母リリーの愛が衣となってハリーの身を守っていた事でした。

『家族の回帰』、
家族が元の状態に戻る、という本来の意味ではなく、
新しい家族を求め、築いてゆく、ということです。そしてハリーは最後、素晴らしい家族を得ました。
そしてもう一つの『家族の回帰』が、
『愛した者を生涯愛し続け、守り抜く』です。
最終巻、第七巻まで全て読破した方なら、第33章『プリンスの物語』にきっと涙したはずです。
セブルスは幼き頃に、ハリーの母リリーと出会い、恋をします。そしてリリーもセブルスに好意を抱きます。
しかしホグワーツに入ってから二人は袂を分かちます。
リリーはのちハリーの父となるジェームスと恋に落ちます。ジェームスは、勇猛果敢な者が集う寮『グリフィンドール』の英雄でした。
そしてセブルスは、狡猾な者が集う寮『スリザリン』に組み分けされ、強力な闇の魔法を操って選民主義者を先導するトム・リドル(のちのヴォルデモート)に心酔し、闇の結社『死食い人』となっていきます。
それでも、セブルスのリリーへの愛情の火が消えることはありませんでした。
そして最初の『死食い人』と『不死鳥の騎士団』との戦争が始まります。
ヴァルデモートは、『死の予言』を知ります。それは、『リリーの子がヴァルデモートを破滅する』というものでした。
リリーが死の標的となったことで、セブルスはダンブルドアに助けを乞い、そしてダンブルドアのスパイとなります。それでもリリーを救えませんでした。ダンブルドア側にもヴォルデモートのスパイがいたのでした。ワームテールです。
ワームテールはジェームスやリリーと友達であったにも関わらず、ヴァルデモートに変心し、リリーの隠れ家をヴォルデモートに告げたのでした。
そしてリリーは死に、でもハリーは生き残りました。
そして意外にも、ヴォルデモートの恐怖が去ったのです。
でも真の恐怖が去っていないことを、ダンブルドアもセブルスも感じていました。そして、ダンブルドアは表の庇護者となり、ハリーの瞳にリリーが宿っていることを感じたセブルスは、身分を隠して裏の庇護者となったのです。
セブルスは一途にリリーを愛し、その子ハリーを愛したのでした。これほどに深い愛、そして苦しみを伴う愛を、私は初めて知りました。

そして最後、
この物語には史上最悪の”闇の帝王”が登場します。
ヴォルデモートです。
ヴォルデモートに、もしも心があるならば、それは猜疑心と欺瞞で満ち溢れています。
ヴォルデモートは自らの魂を七つに裂き、裂いた六つの”魂の欠片”を宝物に隠します。分霊箱です。
ですから、『死の予言』を誰にも悟られることなく、ひとりでリリーとその一人子ハリーを葬ろうとした際に、リリーが命と引き替えにハリーに施した愛の呪文が盾となり、ハリーに投じた死の呪文が跳ね返されて、七つ目の分霊箱となったヴォルデモート自身の肉体が破壊されても、それでもヴォルデモートは存在しえたのでした。
これほどの悪行を、私は他に知りません。


私の子供達の中では、唯一遼太郎が、私と同じく全巻を読破し、たぶん映画もすべて観たのではないかと思います。
さくらは、本は『秘密の部屋』まで、そして映画はすべて観たと思います。
耕太郎、耕太郎は恐がりなので、映画も後半作品は観ていないと思います。
家には一応、本も全巻、そして映画のDVDも揃っています。
いつか子供たちには、しっかりと『ハリー・ポッターの物語』を堪能してくれたらと思います。

2012年4月14日土曜日

『歩こう!』


遙かに昔、初めてデートした時の思い出です。
会話もできず、ひたすら歩いていました。そして、目的地が渡しに乗ればすぐのところに来て、それでも遠回りの歩く道を選んで、女の子に行った言葉が
『歩こう!』
でした。
この後の展開は分かりますよね、女の子は呆れて怒って帰ってしまいました。

----------

現在の私も相変わらず、ぶらぶらと物見遊山で歩くのが好きです。
まぁ目的地を決めて歩き出すのですが、でも目に留まった風景に立ち止まったり、寄り道したり、回り道して歩くのです。

遠くに早く着くためには、自動車で移動すれば良いし自転車でもいい。
でも、歩きでしか得られない、発見、そして出会いがあります。
陽の光を浴びて、風の匂いをかいで、
耳に届く音、目に飛び込む光を楽しみます。
同じ風景だって、一歩違えば風情が変わります。
そんな些細な、でも自分だけの発見を求めて歩くのです。

今日もぶらぶら歩いてきました。
近くの、桜の名所『日笠山』です。
日笠山の桜は遅咲きで、例年長く桜見を楽しめるのですが、今年は、昨日ようやく満開をむかえた桜も、雨と冷たい風に打たれて、早くも桜吹雪が舞っていました。
空は薄曇りで、揺れ動く桜の花びらの淡紅が、儚く愛しくみえました。
午後から陽も差しましたが、でも今日は花冷えですね。
散りゆく桜を悼みたいと思います。

ビデオのBGMには、
ニュージーランド出身の歌姫ヘイリー(Hayley Westenra)さんの
2009年のアルバム 絆 HAYLEY sings JAPANESE SONGS 2 から
童神~ヤマトグチ~
を使わせて頂きました。
ヘイリーさんは、女王陛下の前でも歌われたことのある実力歌手です。
その歌声は、小鳥のさえずりの様に澄んだ軽やかな美声なのです。
2008年、2009年に日本のポップスをカバーしたアルバムを出されています。
私は、この
純~21歳の出会い HAYLEY sings JAPANESE SONGS
絆 HAYLEY sings JAPANESE SONGS 2
で、ヘイリーさんの歌声に触れました。
大好きな歌声です。

公開が待たれる映画『ホビット』二部作


映画.comのサイトに
『ホビットへの道』”ROAD TO THE HOBBIT”が立ち上がっていました。
http://eiga.com/official/hobbit/chapter1/

21世紀の初めに、ニュージーランドの気鋭ピーター・ジャクソンが放った遠大なファンタジーの叙情詩”THE LORD OF THE RINGS”三部作の前章にあたる物語です。

原作は英国の文学者であり作家J・R・R・トールキンが創造した、もう一つの地球、”Middle Earth”の神話です。
J・R・R・トールキンは、英国には北欧神話やギリシャ神話に匹敵する物語がないとして、自ら”Middle Earth”の神話を創造しました。
神(エル)が世界を創造し、生き物を創造し、言葉を創造します。そして最初の善悪の戦争までを描いた作品が『シルマリルの物語』です。
そして悪の帝王サウロンが、”Middle Earth”を支配するために、絶対的な魔力を持つ一つの指輪を鋳造します。そして再び起こった善と悪との戦いの最中、人の子の剣に指を切り落とされて、サウロンの肉体は消滅し、指輪は誰の手にも届かぬ処に廃棄されますが、それを偶然にも拾ったのがホビット族のゴラム。ゴラムは指輪の魔力に毒されて怪物に変身してしまいます。そして長き時間を経て、冒険好きのホビット、ビルボがその指輪探索の旅をする。それが今作品『ホビットの冒険』です。
そして、神話のハイライト
息を吹き返したサウロンは、悪の手下を呼び集め、失われた指輪の探索を始めます。指輪にはサウロンを完全に復活させる魔力がありました。その恐怖をいち早く察した善の魔法使、灰色のガンダロフは、指輪を完全に滅ぼすために、ビルボの甥で、現在の指輪の持ち主フロド、フロドの家人、そしてエルフ、ドアーフ、そして人の子の勇者を伴って、サウロンが指輪を鍛えた、そして唯一指輪を滅ぼすことができる滅びの山の火焔に魔力の指輪を投げ入れるために旅に出ます。この苦難の旅、旅の仲間との友情、悪の退治、善の復権までを描いた作品が『指輪物語』です。

私は映画”THE LORD OF THE RINGS”に夢中になりました。
三部作全てを、公開されるや、いち早く観ました。
小説も買って読み、『指輪物語』辞典なるものも買って読みました。
ファンクラブにも入会し、発売されたDVDは全て買い、何度も観ました。
一種の熱病に冒されていたようです。(元来、夢中になると他のことが全く見えなくなる質なのです。)

でも神話って、ほんと魅力的ですね。
でも古典的な神話と異なり、トールキンの描いた神話には『エロス』がありません。それはトールキンが学者であり、詩人でなかったことが一因ではないかと思います。
ギリシャ神話を始め、古典的な神話や神典には時の詩人が関与して、『エロス』を含めた人間臭さがしっかりと描かれています。神話とは、継承者が物語を補完し膨らませ、より豊かで濃密な物語に発展し続ける物だと思います。
今映画作品『ホビット』では、前作『指輪物語』に増して、人の内に生まれる愛憎、欲望そして希望が描かれていることを期待します。

『ボールを止めて、一点で打つ』、ファンタスティックなバッティング


ある野球のゲームを観ていて、ふと思ったことがありました。
その試合では、攻撃側が尽く進塁打を決めたのです。投手の球はあまり速くなく、打者はしっかりと球筋を見てセオリー通りに打ち返していました。
そして
『彼らは今、ボールが止まって見えているのか』
と思いました。

メジャーリーガーの中でも一握りの強打者の、その打撃シーンを見ると、点でボールを捉えている、と実感します。
今年日本で開幕戦を行ったアスレチックスのセスペデス選手は、マリナーズとの第二戦でセンター右横に突き刺さるホームランを打ちました。その打席のスーパースローには、投球がホームベースに掛かる直前に、セスペデス選手が反応、驚異的なスピードで降り押したバットで、ボールをヒットするシーンが映っていました。
『彼らは、ボールを止めることができる』
そう実感しました。

好打者、強打者は、よくこんな言葉を残します。
『球が止まって見える』
『球の縫い目が見える』
と。
そして対する投手は、
『投げるところがない』
と白旗を揚げるのです。

ボールをヒットするその時、その瞬間、
彼らは、ボールを止めて見ているのです。
『ボールを止めて、見る』
それは、驚異的な集中力と動体視力、反射神経、瞬発力の成せる神業です。
そして、驚異的なスイングスピードを持って、ボールを待ち、呼び込み、一点で仕留めているのです。

バッテング技術論、向上論はごまんとあります。
選手の体力、状態に応じて、試合状況に臨機に対応するために身に憶えさせなければならないスキルです。
でもその先、究極のバッテングは、
『ボールを止めて、一点で打つ』
ことだと思います。とてもシンプルです。
このような状態を作る事は、誰でも可能です。
集中力を高める
動く物体をしっかり追跡する
そして何より大事なのが、素振り。
体に負荷のない、そして最大の力を放出できる打撃で一点を捉えるイメージを持って素振りをするのです。昨日より今日、今日よりも明日、速くスイングできる様に訓練する。それは集中力と反射神経、瞬発力の訓練でもあります。
それが叶ったならば、打席で余裕が生まれます。
スイングの自信と、心の余裕が
『ボールを止めて、一点で打つ』
を可能にするのだと思います。

さあ、野球少年達よ、
表に出で、バットを振ろう。
最高の強打者を目指してバットを振ろう!

2012年4月13日金曜日

鳥のさえずりを求めて、鹿島の杜を散策しました。


3月18日に
『鳥のさえずりが聴こえます』
という記事を書きましたが、この数日、朝方耳を澄ましていると、大体4時50分頃に澄んだ一声が町中に響きます。
どうやら近所に巣くった鳥(名無しの権兵衛)は、早起きで美声の持ち主のようです。

そして4月10日、
鳥のさえずりを求めて、鹿島の杜を散策しました。
最初は、高砂市公園墓地です。
公園墓地は、鹿島神社から直線で東500mほどにあり、高御位山を雄大に望める桜の名所です。
くねくねと山道を登りました。時折、園内で工事をしていたクレーンのけたたましい音が響きましたが、少し奥に入ると杜から発せられる音に包まれました。
静寂の中に、葉のそよぐ音、そして求めた鳥のさえずりが聴こえます。
『ホー、ホケキョ、ケキョケキョ』うぐいすです。
『ケタケタケタケタ』雉です。
そして朝耳にする鳴き声と同じ鳥のさえずりも聴こえました。
高台で桜見を楽しみました。
まだ満開ではなかったですが、花曇りの空の下、淡い色の小さな花びらがあわあわと揺らいでいました。そして間近に高御位の峰が霞んで見えました。
春だなぁ、って思いました。

それから、鹿島神社に参拝しました。
平日、参道は閑散としていましたが、それでも人の営みが聞こえます。
幾つかの茶店の表には、『柏餅』という看板が架かり、蒸籠で蒸し上がったばかりの餅が、湯気を上げて『美味しいよ』と誘います。
石畳、石の階段を登って、拝殿にたどり着きました。
それから、拝殿の中をくるりと回って、そして鹿島の杜に入りました。
暫し、杜の静寂を楽しみました。

拝殿下の公園では、桜の下で花見の宴が開かれていました。
帰りに柏餅を買いました。
白10個、よもぎ11個。
店の若女将は、蒸し上がったばかりの丸餅に柏の葉を丁寧に巻いていきます。
一個口にくわえて歩きました。
ほんまに美味かったです。

マシスンの純愛ファンタジー後編 『奇蹟の輝き』(What Dreams May Come)


リチャード・マシスンが、純愛ファンタジー『ある日どこかで』で、
タイムトラベルのヒントとしたのが、
J・B・プリーストリー(1894-1984 英国の作家・劇作家)の”Man and Time”(人間と時間 1964)です。

著書からの引用-----
「第一時間」現世の世界。
ぼくら人間が生まれ、齢をかさね、死ぬまでの時間だ。物質的な実用上の時間の流れであり、脳や身体が感知している時間だ。

「第二時間」死後の世界。
この一本道の単純な時間とは別個にある時間だ。「第二時間」では、過去も現在も未来も共存している。時計やカレンダーが成立しない時間世界。そのなかに入れば、人間はひとつづきの時間流から逃れ、動いていく一瞬一瞬の連続体としてではなく、むしろ、ひとつの塊として時間を観察できるようになる。

「第三時間」来世。
「どんな未来や現在や過去にも転移したり、そこから離脱したりできる力」が実在する空間。
-----

そして、「第二時間」「第三時間」の世界までも描き、その中で二つの『魂』の揺るぎない絆を、『ソウルメイト』の物語を描いた作品が、
邦題『奇蹟の輝き』(原題:What Dreams May Come)です。

小児科医のクリス・ニールセンは、休暇先のスイスで一人の女性に出会います。
彼女はアニー、油絵画家です。
ふたりは恋に落ち、そして結婚、二人の子供にも恵まれます。

そして十数年が経ったある日、
朝学校へ送り出した子供たちの車が事故に遭い、二人の子供は亡くなります。
最愛の子を失った悲しみから、『私が二人を殺してしまった』と自分を責めて、アニーは精神に破綻を来たし、自殺を図りました。
長い闘病とリハビリを続けるアニー、そしてクリスは時にユーモアで、時に悲しみで、二人の苦しみを共有してアニーを励まし続けました。
そして、アニーは気弱ながらも、絵を描けるまでに快方します。

クリスは、ある個展で出展作品の遅れからパニックになりそうになったアニーを励まし、代わりの作品をアニーの元へ届けようと車で移動している最中、事故に巻き込まれて命を落とします。
クリスの意識が戻ります。そこはクリスの葬儀の場面で、憔悴しきったアニーの姿がありました。クリスはこの世に留まって、アニーになんとしてもコンタクトをとり、励まそうと試みますが叶いません。
アニーはもやは手の届かないところにいるのだと悟ったクリスは、遠くからの呼びかけに従って旅立ちました。

クリスがたどり着いた場所は、『サマーランド(常夏の国)』でした。アニーが油絵で描いた、”二人の永遠の楽園”です。天国では、自分が望む最上の世界を創造できるのでした。
クリスは子供たちに再会しました。この世界は幸せに満ちあふれていました。
そしてクリスは、この場所でアニーと再会できる時を待つ事にしたのです。

クリスのもとに、悲しい、けれども待っていた知らせが届きます。
アニーが死んだのでした。
でもアニーは現れません。
クリスは天国の案内人アルバートから死後の世界のルールを聞かされます。
天寿を全うしなかった者は、地獄の永遠の牢獄に捕らわれてしまうのでした。
そして、アニーは自ら命を絶っていました。

クリスは、アニーのもとに行く決意をします。
神様のもとで働くトラッカーを道先案内人として、クリスだけが捉える事が出来るアニーの微弱な思念を頼りに、地獄を旅します。
そして地獄の最も深くにある牢獄にアニーの姿を見つけました。
しかし、アニーは悔恨の思念に包まれて盲目になり、クリスが見えません。
クリスは、もはやアニーを牢獄から連れ出す事は叶わぬと悟り、アニーとともにこの牢獄に留まる事を決意します。
そしてこのシーン、映画でのクリスのセリフが最上級にロマンチックなのです。
『ぼくももうすぐ君のことが分からなくなる、でもいつまでも一緒だ』
『離れない』
『善人も自責から地獄に落ちる』
『僕は自分が許せない、だが君は許せる』
子供たちを殺したのに? 優しい夫まで・・・
『違うよ』
『天国、地獄、どこへでも追いかけたいひとだから、ただそれだけなんだ』

クリスが目覚めます。そこは『サマーランド』でした。クリスは一人で舞い戻ってきてしまった事に落胆します。でもそっと近づく足音に気付いて振り返るとアニーが立っていました。
『私よ』
アニーは、クリスの溢れる愛の思念に正気を取り戻し、そしてクリスの思念を頼りに『二人の永遠の楽園』にたどり着いたのでした。

そして家族の再会、永遠に満ち足りた時の中で
クリスはアニーに提案します。
『もう一度、現世に戻って恋に落ちないかい?』
end

原作のエピローグは、これほどにはハッピーエンドでなかったです。
アニーは地獄の牢獄から解放されるものの、天寿を全うしなかったために、天国に入る事は許されず、再び現世に戻ったのでした。
アルバートが”魂”について話します。
『魂とは転生だ』
『生まれ変わることだ』
『きみは-われわれもみな-何度も死を乗り越えている。』
『終えたばかりの人生における個性だけを憶えているが、あまたの人生を経験している』と。
そしてクリスは、現世に戻ることを決意します。
再び、アニーと出会い恋に落ちるために。。。

-----

映画は1998年、
主役の二人を
ロビン・ウィリアムズ(クリス・ニールセン役)
アナベラ・シオラ(アニー・ニールセン役)
が演じ公開されました。
油絵タッチの天国の風景が話題を呼び、この年、アカデミー視覚効果賞を受賞しています。
音楽を担当したのは、マイケル・ケイメン。その大草原に優しく流れるそよ風のような音楽は、途方もない映像世界に何の疑念を抱かせずに私を誘ってくれました。
マイケル・ケイメンは、私の大好きな映画
『ダイ・ハード』(1988年 主演:ブルース・ウィルス)
『ロビン・フッド』(1991年 主演:ケビン・コスナー)
『陽のあたる教室』(1995年 主演:リチャード・ドレイファス)
『オーロラの彼方へ』(2000年 主演:ジェームズ・カヴィーゼル、デニス・クエイド)
でも音楽で魅了してくれました。

映画『奇蹟の輝き』は、物語の深遠さ、映像世界の驚愕さ美しさもさることながら、
でも主演の二人が最高でした。
ロビン・ウィリアムズは、当代一のオールラウンド・プレーヤーです。最高のコメディアンであり、狂人にも偉人にも、そして悪人にもロボットにも変身します。
この映画でのクリスは、穏やかでユーモアがあって愛情豊かな立派な医者です。
ですが、思春期の我が子のおどおどした様子に、不満を抱く厳格な父でもありました。
そして最愛のアニーのこととなると、いつも全力なのです。これほどまでに愛情が細やかでそして一途な男なんているのか?これこそファンタジーではないか、なんて思ってしまうほどです。
そしてアナベラ・シオラ。
凄く可愛くて、きゃしゃで、表情が豊かで、瞳と笑顔が素敵な女優さんです。
この映画でのアニーは、ウィットに富んで、夫には出会った頃のままの愛で満たし、子供たちには機微で接することの出来る母です。ですが、ガラスの如くもろく繊細な心も併せ持っています。
そして、アニーの自死に至る、子供たちを失った悲しみ、夫を失った悲しみの表現は、画面を正視するにしのびないほどでした。
これほどまでに、表現の豊かな女優アナベラ・シオラですが、この映画以外、これといった代表作がないのが残念です。

最後に、この物語のタイトルについて
”What Dreames May Come”
小説の訳者あとがきに、
『(この物語は)ギリシャ・ローマ神話のなかでも有名な、竪琴の名手オルペウスが蛇に噛まれて死んだ妻エウリュディケーを惜しみ、冥界へ彼女の魂を救いにいく物語。あれを現代によみがえられた』と書かれています。そして、
『人間は死んだ後も、生を見つめそれを追求してゆく』
原題『どんな夢を見るのか』(What Dreams May Com)は、
シェークスピアの『ハムレット』の一説から採られていますが、マシスンは
『人間は自分の望む夢を見る』のだ、と説いているのでしょう。
そう括られていました。

シェークスピアは、ハムレットの独白
『為すべきか、為さぬべきか』(To Be or Not To Be)の中で、
『死の眠りの中に待っているものはどんな夢か?』と、人間の根源的な恐れに言及しますが、その問いに対して、マシスンは救いを見いだしました。
『人は望む夢を見る』のだと。