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パンデミックと戦うことを考える
昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...
2012年4月13日金曜日
マシスンの純愛ファンタジー後編 『奇蹟の輝き』(What Dreams May Come)
リチャード・マシスンが、純愛ファンタジー『ある日どこかで』で、
タイムトラベルのヒントとしたのが、
J・B・プリーストリー(1894-1984 英国の作家・劇作家)の”Man and Time”(人間と時間 1964)です。
著書からの引用-----
「第一時間」現世の世界。
ぼくら人間が生まれ、齢をかさね、死ぬまでの時間だ。物質的な実用上の時間の流れであり、脳や身体が感知している時間だ。
「第二時間」死後の世界。
この一本道の単純な時間とは別個にある時間だ。「第二時間」では、過去も現在も未来も共存している。時計やカレンダーが成立しない時間世界。そのなかに入れば、人間はひとつづきの時間流から逃れ、動いていく一瞬一瞬の連続体としてではなく、むしろ、ひとつの塊として時間を観察できるようになる。
「第三時間」来世。
「どんな未来や現在や過去にも転移したり、そこから離脱したりできる力」が実在する空間。
-----
そして、「第二時間」「第三時間」の世界までも描き、その中で二つの『魂』の揺るぎない絆を、『ソウルメイト』の物語を描いた作品が、
邦題『奇蹟の輝き』(原題:What Dreams May Come)です。
小児科医のクリス・ニールセンは、休暇先のスイスで一人の女性に出会います。
彼女はアニー、油絵画家です。
ふたりは恋に落ち、そして結婚、二人の子供にも恵まれます。
そして十数年が経ったある日、
朝学校へ送り出した子供たちの車が事故に遭い、二人の子供は亡くなります。
最愛の子を失った悲しみから、『私が二人を殺してしまった』と自分を責めて、アニーは精神に破綻を来たし、自殺を図りました。
長い闘病とリハビリを続けるアニー、そしてクリスは時にユーモアで、時に悲しみで、二人の苦しみを共有してアニーを励まし続けました。
そして、アニーは気弱ながらも、絵を描けるまでに快方します。
クリスは、ある個展で出展作品の遅れからパニックになりそうになったアニーを励まし、代わりの作品をアニーの元へ届けようと車で移動している最中、事故に巻き込まれて命を落とします。
クリスの意識が戻ります。そこはクリスの葬儀の場面で、憔悴しきったアニーの姿がありました。クリスはこの世に留まって、アニーになんとしてもコンタクトをとり、励まそうと試みますが叶いません。
アニーはもやは手の届かないところにいるのだと悟ったクリスは、遠くからの呼びかけに従って旅立ちました。
クリスがたどり着いた場所は、『サマーランド(常夏の国)』でした。アニーが油絵で描いた、”二人の永遠の楽園”です。天国では、自分が望む最上の世界を創造できるのでした。
クリスは子供たちに再会しました。この世界は幸せに満ちあふれていました。
そしてクリスは、この場所でアニーと再会できる時を待つ事にしたのです。
クリスのもとに、悲しい、けれども待っていた知らせが届きます。
アニーが死んだのでした。
でもアニーは現れません。
クリスは天国の案内人アルバートから死後の世界のルールを聞かされます。
天寿を全うしなかった者は、地獄の永遠の牢獄に捕らわれてしまうのでした。
そして、アニーは自ら命を絶っていました。
クリスは、アニーのもとに行く決意をします。
神様のもとで働くトラッカーを道先案内人として、クリスだけが捉える事が出来るアニーの微弱な思念を頼りに、地獄を旅します。
そして地獄の最も深くにある牢獄にアニーの姿を見つけました。
しかし、アニーは悔恨の思念に包まれて盲目になり、クリスが見えません。
クリスは、もはやアニーを牢獄から連れ出す事は叶わぬと悟り、アニーとともにこの牢獄に留まる事を決意します。
そしてこのシーン、映画でのクリスのセリフが最上級にロマンチックなのです。
『ぼくももうすぐ君のことが分からなくなる、でもいつまでも一緒だ』
『離れない』
『善人も自責から地獄に落ちる』
『僕は自分が許せない、だが君は許せる』
子供たちを殺したのに? 優しい夫まで・・・
『違うよ』
『天国、地獄、どこへでも追いかけたいひとだから、ただそれだけなんだ』
クリスが目覚めます。そこは『サマーランド』でした。クリスは一人で舞い戻ってきてしまった事に落胆します。でもそっと近づく足音に気付いて振り返るとアニーが立っていました。
『私よ』
アニーは、クリスの溢れる愛の思念に正気を取り戻し、そしてクリスの思念を頼りに『二人の永遠の楽園』にたどり着いたのでした。
そして家族の再会、永遠に満ち足りた時の中で
クリスはアニーに提案します。
『もう一度、現世に戻って恋に落ちないかい?』
end
原作のエピローグは、これほどにはハッピーエンドでなかったです。
アニーは地獄の牢獄から解放されるものの、天寿を全うしなかったために、天国に入る事は許されず、再び現世に戻ったのでした。
アルバートが”魂”について話します。
『魂とは転生だ』
『生まれ変わることだ』
『きみは-われわれもみな-何度も死を乗り越えている。』
『終えたばかりの人生における個性だけを憶えているが、あまたの人生を経験している』と。
そしてクリスは、現世に戻ることを決意します。
再び、アニーと出会い恋に落ちるために。。。
-----
映画は1998年、
主役の二人を
ロビン・ウィリアムズ(クリス・ニールセン役)
アナベラ・シオラ(アニー・ニールセン役)
が演じ公開されました。
油絵タッチの天国の風景が話題を呼び、この年、アカデミー視覚効果賞を受賞しています。
音楽を担当したのは、マイケル・ケイメン。その大草原に優しく流れるそよ風のような音楽は、途方もない映像世界に何の疑念を抱かせずに私を誘ってくれました。
マイケル・ケイメンは、私の大好きな映画
『ダイ・ハード』(1988年 主演:ブルース・ウィルス)
『ロビン・フッド』(1991年 主演:ケビン・コスナー)
『陽のあたる教室』(1995年 主演:リチャード・ドレイファス)
『オーロラの彼方へ』(2000年 主演:ジェームズ・カヴィーゼル、デニス・クエイド)
でも音楽で魅了してくれました。
映画『奇蹟の輝き』は、物語の深遠さ、映像世界の驚愕さ美しさもさることながら、
でも主演の二人が最高でした。
ロビン・ウィリアムズは、当代一のオールラウンド・プレーヤーです。最高のコメディアンであり、狂人にも偉人にも、そして悪人にもロボットにも変身します。
この映画でのクリスは、穏やかでユーモアがあって愛情豊かな立派な医者です。
ですが、思春期の我が子のおどおどした様子に、不満を抱く厳格な父でもありました。
そして最愛のアニーのこととなると、いつも全力なのです。これほどまでに愛情が細やかでそして一途な男なんているのか?これこそファンタジーではないか、なんて思ってしまうほどです。
そしてアナベラ・シオラ。
凄く可愛くて、きゃしゃで、表情が豊かで、瞳と笑顔が素敵な女優さんです。
この映画でのアニーは、ウィットに富んで、夫には出会った頃のままの愛で満たし、子供たちには機微で接することの出来る母です。ですが、ガラスの如くもろく繊細な心も併せ持っています。
そして、アニーの自死に至る、子供たちを失った悲しみ、夫を失った悲しみの表現は、画面を正視するにしのびないほどでした。
これほどまでに、表現の豊かな女優アナベラ・シオラですが、この映画以外、これといった代表作がないのが残念です。
最後に、この物語のタイトルについて
”What Dreames May Come”
小説の訳者あとがきに、
『(この物語は)ギリシャ・ローマ神話のなかでも有名な、竪琴の名手オルペウスが蛇に噛まれて死んだ妻エウリュディケーを惜しみ、冥界へ彼女の魂を救いにいく物語。あれを現代によみがえられた』と書かれています。そして、
『人間は死んだ後も、生を見つめそれを追求してゆく』
原題『どんな夢を見るのか』(What Dreams May Com)は、
シェークスピアの『ハムレット』の一説から採られていますが、マシスンは
『人間は自分の望む夢を見る』のだ、と説いているのでしょう。
そう括られていました。
シェークスピアは、ハムレットの独白
『為すべきか、為さぬべきか』(To Be or Not To Be)の中で、
『死の眠りの中に待っているものはどんな夢か?』と、人間の根源的な恐れに言及しますが、その問いに対して、マシスンは救いを見いだしました。
『人は望む夢を見る』のだと。
2012年4月12日木曜日
ヘンリー・フォードの名言『自分で薪を割れ、二重に温まる。』
昨日のNHK-BS1ワールドニュースで、
中国の”人材派遣ビジネス”振興を紹介するニュースがありました。
安い賃金と、膨大な労働人口を背景にして、世界の一大製造工場となった中国も、近年
”一人っ子政策”による若い労働人口減少と、
雇用コストの上昇によって、
企業経営が圧迫されてきました。
そこに登場したのが、”人材派遣ビジネス”です。
企業にとっては、必要な時に必要な労働力を確保する事が出来、
労働者にとっても、仕事が安定的に供給され、雇い止めや給料未払いという労働環境の劣悪さから解放される。
という触れ込みで、一気に成長している、という内容でした。
そして中国企業は今後、生産ラインをオートメーション化して人に頼らないハイテク化、そして付加価値の高いビジネスへと移行していくだろうと、と締めくくられました。
どこかにあった筋書きですよね。
そう、1986年に労働者派遣法が施行された以後の日本に酷似しています。
その日本では、1990年代前半に、世界の覇権者となったかの様に見えた大手製造メーカーが、軒並み巨額の赤字を計上、万単位の解雇を発表し、青息吐息なのです。
超ハイテク化された大規模ロボット工場を、地方の遊休地に建てては、大量生産し、でも売れない。頼みの輸出も、超円高と新覇権者となった韓国製造メーカーに太刀打ちできない有様です。
そして企業トップは、お決まりの冷淡な言葉を発します。
『生産拠点を海外に移す』と。
国内工場内はハイテク化で、空洞化し、
国内産業は、海外移転で空洞化が加速です。
20世紀初頭の世界大恐慌の折、希代の起業家ヘンリー・フォードは、自社の労働者にフォード社の車が買える給料を支払いました。そしてフォード社は、世界大恐慌を乗り切ったのです。
現在の企業トップは、フォードの言葉に真摯に耳を傾けて行動すべきです。
『私はいままでどんな人でも採用してきたし、一度採った者は絶対に解雇しない主義でやってきた。車をつくるのではなく人間をつくるつもりなのだ。解雇は絶対にしない。』
『奉仕を主とする事業は栄る。利得を主とする事業は衰える。』
『市場が良い商品で飽和することはないが、すぐに悪い商品で飽和する。』
そして、私たち全てが傾聴しなければいけない言葉は、
『若者は、自分を人と違ったものにする個性の種を一つでも探し出して、全力を尽くして育て上げることだ。社会と学校はこの種を奪い、誰も彼も一まとめに同じ鋳型に押し込めようとするだろう。だが、この種を失ってはいけない。それは自分の価値を主張するための、ただ一つの権利だから。』
『現代の悩みは、人が自分のために何かをしてくれるものと期待している人間が多すぎることだ。今日の大部分の問題の解決は、自分で何かをする一人一人の中に見出される。』
そして
『自分で薪を割れ、二重に温まる。』
です。
耕太郎のNEW GLOVE
耕太郎の高校合格祝いで頂いたお金で、耕太郎のグローブを新調しました。
注文して一ヶ月、漸く『出来上がった』旨の連絡があり、昨日ショップに取りに行きました。
箱に収められたグローブは、外側の赤色の皮肌がとても美しい仕上がりでした。
そして今朝、耕太郎とキャッチボールをしました。
純白の硬式球と赤色のグローブの対比がとても際立ち、鋭くまた攻撃的でありました。
またキャッチング時の音が、甲高く響きます。
『いいグローブや、ありがとう』
耕太郎がいってくれました。
新しいチームで、新しい仲間のなかで、如何に自分自身を表現するのか、そしてどんなに素晴らしいゲームを戦うのか、今から本当に楽しみです。
2012年4月11日水曜日
純愛ファンタジーの佳作『ある日どこかで』(Somewhere in Time)
リチャード・マシスンという作家をご存じでしょうか?
スティーヴン・キングと並ぶホラー小説の大家で、その主要な作品は名だたるホラー映画の原作となっています。
そのマシスン作品に、”純愛”をテーマとしたとても奥深いファンタジーが二作品あります。
『ある日どこかで』(Somewhere in Time) 1975
『奇蹟の輝き』(What Dreams May Come) 1978
今日は、『ある日どこかで』を紹介したいと思います。
因みに、あらすじは映画を元に記述します(原作と映画ではストーリーに若干の差異があり、そして映画の方がより記憶に強く残っているのです。でも、もしかしたら原作と映画のストーリーがごっちゃになっている可能性もあります)
『ある日どこかで』
ハリウッドで脚本家として成功したリチャード、しかし不治の病を宣告され、仕事も何もかも放り出して当てもなく彷徨います。そして浜辺に立つ19世紀の香りを留めたグランドホテルに逗留しました。
ホテルには、由緒ある劇場と小さな展示室がありました。
そしてリチャードは、展示室に飾ってあった1枚の古い写真、その写真に写っている美しい婦人に恋をします。彼女の名はエリーズ。1世紀近くも前に人気を博した舞台女優です。
リチャードは、エリーズの事を調べ尽くすうちに、彼女とのただならぬ関係を予感します。
若きリチャードが脚本家として成功する切っ掛けとなった賞の受賞パーティーに、年老いたエリーズが出席していたのです。彼女はその夜、グランドホテルの一室で短いメッセージを残して亡くなっていました。
『私の処に戻って』
リチャードはエリーズへの情愛を一層深め、そして時間を越えて彼女に会いたいと願います。
リチャードは、当代一の理論物理学者が唱える『思念の時間』という論文を目にします。そこには、思念としての時間には、
現在を流れる『一方向の時間』と、
過去、現在、未来を自由に行き交う事が出来る『時間の縁』があると論じられていました。
そして『時間の縁』を移動するヒントとして、空間、そして身の回り品全てを移動したい時間、世界のモノに置き換えて、その空間の中で、移動したい時間、世界を強く意識して、思念を飛ばす事、と書かれていました。
リチャードは、身の回り品全てを、エリーズが輝いていた20世紀初期の様相にして、身に纏って、彼女と特に縁の深いグランドホテルの一室を借り切って、何日も何日も閉じこもって、『エリーズのもとへ!』と念じ続けました。
そしてある瞬間、それは叶いました。
リチャードは、20世紀初頭の世界に降り立ったのです。
リチャードは、部屋を抜け出しエリーズを探します。
エリーズは、その日の夜の舞台の成功から、人気女優へと駆け上ったのでした。
でもリチャードに出会う前の彼女は、父の様に自分を過保護にして、また自由を許さぬマネージャーのロビンソンから逃げ出したかった、美貌と卓越した演技力の才能で幾ら観客を魅了しようとも、女優である事に不安を抱いていたのです。
そんなエリーズには、一つの予言がありました。
今日、『運命の人』と出会う、という予言です。
そしてリチャードと初めて出会った時、エリーズは思わず
『あなたなの?』
と口をつきました。
その後リチャードは、ロビンソンの堅いガードにもひるまずに、エリーズに近づき、時にユーモラスに、時にロマンチックに彼女を賞賛し、そして恋心を語ります。しかしそこには切実さがありました。エリーズにとってリチャードの好意は、とても新鮮で、そしてとても刺激に溢れていました。
リチャードとエリーズは疾走するが如くに引かれていきますが、でも別れの時間が刻一刻と近づきます。
その日の夜、エリーズは、最高にユーモラスに、そして最高に魅力的に舞台を勤め上げました。記者や評論家からも大絶賛を受け、東部から大きな契約が舞い込みます。
ロビンソンは、大きなチャンスをモノにするために、そして危険なリチャードから一刻も早くエリーズを離すために、深夜の汽車で移動することにしました。
万一の為に、リチャードを襲って、海辺の小屋に縛り付けもしました。
そして翌日、傷心したリチャードの元に、エリーズが現れました。ロビンソンから事の顛末を聞かさたエリーズは、ロビンソンを振り切って、リチャードの元に戻ってきたのでした。
そして、グランドホテルの一室で、愛を深め合う時間を過ごします。
それはまるで旧知であったかの様な、確かめ合う時間でありました。
そして、ふたりのこれからの事を話している最中、リチャードは上着の内ポケットに異物を見つけました。取り出すとそれは、リチャードが生きていた時代の硬貨だったのです。
一瞬にして思念の旅は終わりを告げました、リチャードは現代のひとりぼっちの客室のベットに横たわっていました。
リチャードは坂を転がる様に衰弱し、そして死期が訪れました。
幽体となったリチャードのそばには、微笑みを浮かべて向かい出でた若いエリーズの姿がありました。
-----
この小説を原作とした映画『ある日どこかで』(Somewhere in Time)は、1980年の作品で、主演を演じたのは、
クリストファー・リーヴ(リチャード・コリアー役)
ジェーン・シーモア(エリーズ・マッケナ役)
クリストファー・プラマー(W・F・ロビンソン役)
クリストファー・リーヴは、当時『スーパーマン』の大成功で大ブレークしていたのにも関わらず、制作費そして出演料もほとんど出ないこの作品に進んで参加し、共演者そしてスタッフと寝食を共にし裏方もこなして、作品作りに取り組んだ、という記事を読んだ事があります。
映画は、公開当時、酷評され、また興行的にも失敗作となりますが、その後のリバイバル上映などから火が付き、熱狂的なファンを獲得、そして現在では純愛映画の佳作として、多くのファンに愛される作品となっています。
映画の撮影は、ミシガン州マキナック島のグランドホテルで行われました。そして以来、毎年10月には、グランドホテルに出演者そしてファンが大挙集って映画を讃えるパーティーが開催されているそうです。
最後にサウンドトラックの話。
リチャードとエリーズが、急速に接近する野外でのデートシーンを格調高く盛り上げるのが、ラフマニノフの『パガニーニのラプソディー』です。
観おわって何十年も経ちますが、そのシーンを思い浮かべる時、ラプソディーが頭の中で流れます。また街角でこの曲が流れていると、この映画を思い出します。
映像とメロディーが見事にマッチしていたという事でしょうね。
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DVDは、現在新品は発売されていないようです。ですが中古品は出品されています。
また、レンタルもされています。探して手にして、どうぞ鑑賞して下さい。きっと切なくも優しい気持ちを抱かれる事と思います。
原作では、リチャードの弟がストーリーテラーとなって物語が進行します。『ある日どこかで』の深遠なる『思念の旅』を追体験するならば、原作の熟読を、おすすめします。
『ある日どこかで』日本語ファンページ
http://www.ueda.ne.jp/~peg/
『ある日どこかで』映画パンフレット掲載ページ
http://blog.livedoor.jp/donsanbonsan/archives/3708582.html
ある日どこかで Somewhere in Time テーマ曲と名場面
Somewhere In Time (orchestral version)
2012年4月7日土曜日
第25回高砂市中学校春季軟式野球大会1回戦 鹿島中vs.宝殿中
真っ青な空の下
第25回高砂市中学校春季軟式野球大会が開幕しました。
鹿島中野球部は、1回戦B球場で宝殿中と対戦しました。
9:00プレーボール
鹿島中ナインは
1番 本多悠SS
2番 矢野和3B
3番 加古健1B
4番 長谷川2B
5番 三木孝LF
6番 坂上将RF
7番 藤本一C
8番 北口優P
9番 吉永雄CF
1回表宝殿中の攻撃
四球と右中間二塁打で2、3塁
パスボールとレフト前ヒットで2点
3回表
左中間二塁打と内野安打で1、3塁
セカンドゴロの間に1点を追加
鹿島中はこの3点を追う展開となった。
3回裏鹿島中の攻撃
二死から四球とライト前ヒットでチャンスを作るも得点ならず
そして7回裏
二つの四球を選ぶも反撃ののろしをあげる事なく
10:23試合終了をむかえました。
試合フォト
宝殿中 安打:5 四球:4 得点:3
鹿島中 安打:1 四球:4 得点:0
両チームとも守りが堅実で、試合は早い展開で進みましたが、
2本の長打を得点につなげた宝殿中が勝りました。
鹿島中は二遊間の悠将、そして敦也が、よくナインに声かけをしていました。
チームの威勢は、プレーヤーによって作られます。
威勢が活気がチャンスを呼び込み、それをモノにしたほうが、勝利を手にするのだと思います。
それぞれの成長と課題が明らかになったと思います。
練習でさらなる進化と自信を植え付け、これからの一戦一戦を、心を尽くして戦って欲しいです。
p.s.
試合の中盤当たりから天候ががらっと冬空に変わりました。
11時過ぎには冷たい雨も降ってきました。
試合観戦の後、鹿島の桜を望みに行きましたが、チラホラと咲いている程度で、まだまだ蕾の状態で寒風に耐えている様子でした。
来週末当たりが見頃だと思います。
第25回高砂市中学校春季軟式野球大会が開幕しました。
鹿島中野球部は、1回戦B球場で宝殿中と対戦しました。
9:00プレーボール
鹿島中ナインは
1番 本多悠SS
2番 矢野和3B
3番 加古健1B
4番 長谷川2B
5番 三木孝LF
6番 坂上将RF
7番 藤本一C
8番 北口優P
9番 吉永雄CF
1回表宝殿中の攻撃
四球と右中間二塁打で2、3塁
パスボールとレフト前ヒットで2点
3回表
左中間二塁打と内野安打で1、3塁
セカンドゴロの間に1点を追加
鹿島中はこの3点を追う展開となった。
3回裏鹿島中の攻撃
二死から四球とライト前ヒットでチャンスを作るも得点ならず
そして7回裏
二つの四球を選ぶも反撃ののろしをあげる事なく
10:23試合終了をむかえました。
試合フォト
宝殿中 安打:5 四球:4 得点:3
鹿島中 安打:1 四球:4 得点:0
両チームとも守りが堅実で、試合は早い展開で進みましたが、
2本の長打を得点につなげた宝殿中が勝りました。
鹿島中は二遊間の悠将、そして敦也が、よくナインに声かけをしていました。
チームの威勢は、プレーヤーによって作られます。
威勢が活気がチャンスを呼び込み、それをモノにしたほうが、勝利を手にするのだと思います。
それぞれの成長と課題が明らかになったと思います。
練習でさらなる進化と自信を植え付け、これからの一戦一戦を、心を尽くして戦って欲しいです。
p.s.
試合の中盤当たりから天候ががらっと冬空に変わりました。
11時過ぎには冷たい雨も降ってきました。
試合観戦の後、鹿島の桜を望みに行きましたが、チラホラと咲いている程度で、まだまだ蕾の状態で寒風に耐えている様子でした。
来週末当たりが見頃だと思います。
2012年4月6日金曜日
イラン危機の真実とは?
今朝の新聞で一番に関心を持って読んだ記事は、
『ドイツ詩人、イスラエル批判』
「ブリキの太鼓」などの小説で知られるドイツのノーベル賞作家、ギュンター・グラス氏が4日に地方紙に投稿した「言わねばならぬこと」と題した詩で、
『(この度のイラン危機を招いた張本人?、)核大国でもあるイスラエルが、イランに一撃を加えたならばイラン国民を殲滅しかねない』という懸念を表明した。
ドイツにはナチスの悪行ホロコーストの過去があるため、現在においてもイスラエル批判はタブー視されており、氏の懸念表明が物議を醸しているという記事です。
もう一つ、
どうしても奇行としか見えない鳩山由紀夫元首相のイラン訪問。
同門(同じ穴の狢?)民主党からも訪問中止を要請されているのだが、要請を拒否し、ポケットマネーで強行する模様。
鳩山氏はもしかしたら、90年代に国際紛争の平和的解決に働いてノーベル平和賞を受賞したジミー・カーター元米大統領を真似ようとしているのではないか、っとそんな穿った見方をしてしまう。
しかしまた、政府(民主党)の
『核開発を進めるイランに対し、欧米諸国と連携して圧力を強めている状況下で、元首相のスタンドプレーは許されない』もまた奇異な感じを受けるのです。
日本の政治姿勢は旧態依然の傍観者、長いものには巻かれろで、日本の国益さえ度外視なのです。
元来、日本は中東諸国とは良好な関係を築いていました。そして宗教的な対立もないのです。今更、という感は否めませんが、平和的な解決を図るために、日本こそ自ら動き、働くべきだと思います。
この度のイラン危機は、まるでスケジュールされている様に着々と進み緊張が高まってきました。
昨年からイラン国内で核物理学者の暗殺が続いているといいます、イスラエル諜報機関モサドとCIAの関与が疑われています。また、イランの原子力発電所がイスラエルに攻撃された?というニュースもありました。
『イランの核兵器開発断固阻止』でスクラムを組んだアメリカとイスラエル、そしてヨーロッパ諸国も東アジアも同調して、イラン包囲網が刻一刻と狭まっています。
イランはホルムズ海峡封鎖をちらつかせて牽制し、その結果が『原油の高騰』です。
90年代初めに日本で弾けたバブル、2010年代には世界の主要な諸国が同様な事象を経験するに至りました。優れた政治を標榜した北欧諸国でさえです。
これによって実体経済(人が働いて物を作り、売り買いして成り立つ)は破壊され、産業は衰退、社会保障は有名無実となり国家さえ存亡の危機に瀕しています。
それに加えて日本では、昨年の東日本大震災によって原子力発電所の安全性の脆弱さが浮き彫りなり、戦後なりふりかまわず進めてきた原子力エネルギー推進行政がストップしました。これで石油の供給が停止する様な事があれば、産業どころか、国民の明日の生命さえ保障できなくなるのです。そしてこの問題は日本だけでなく、世界人口の9割を超す労働者に当てはまり、既に今日明日の生活に困窮している人口は刻一刻と増しているのです。
イランは、欧米社会また日本とも違う、イスラムの文化、イスラムの立法で成り立つ歴史ある国家です。
そしてイスラエルは中東の中で異質の価値観を持つユダヤの立法で成り立つ国家です。そしてイスラエルは城郭都市といわれるほどに強固な武装を施し、また核兵器を有するとも云われています。アメリカと近しい国家でもあります。
何故にイランを標的にしたのか?
世界は2000年以降にイラク戦争を経験しました。約10年前、アメリカはアルカイダ撲滅とイラクの核兵器破棄をもくろんで多国籍軍としてイラクを攻撃しました。そしてイラク国家は破壊尽くされました。結果、アルカイダは世界中に広がり、核兵器はなかったのです。この戦争の勝利者は一体誰なのでしょう?という疑問が晴れぬままです。
そしてイラク戦争では天文学的な巨費が投じられました。その金はどこへ消えたのでしょう?考えれば考えるほど疑問だらけです。
ですが一つの事実があります。イラクの土地には膨大な石油が埋蔵されています。その他の鉱物、レアメタルの埋蔵も期待できます。その採掘の利権、流通支配権が、現在、誰の手に有るのか?
ナオミ・クラインがその著書『ショック・ドクトリン』で記した、”惨事便乗型資本主義”がうごめいていたとするならば合点がいきます。
そしてこの度のイラン危機です。
なにやら巨悪の舌なめずりする音が聞こえてきそうです。
イランは世界最古の文明『メソポタミア文明』が発祥した土地にあります。それだけでも、人類共通の遺産として守らなければいけない、決して傷つけてはいけない土地です。
またイスラエルは、神がアブラハムの子孫に与えると約束したカナンにあります。そして三大宗教(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教)の聖地があります。カナンの地、そして聖地は清く守らねばならない土地です。
決して、人の際限のない欲望で汚してはならないのです。
双方に、たった一言、『喧嘩は止めなさい』と言いたいです。
『ドイツ詩人、イスラエル批判』
「ブリキの太鼓」などの小説で知られるドイツのノーベル賞作家、ギュンター・グラス氏が4日に地方紙に投稿した「言わねばならぬこと」と題した詩で、
『(この度のイラン危機を招いた張本人?、)核大国でもあるイスラエルが、イランに一撃を加えたならばイラン国民を殲滅しかねない』という懸念を表明した。
ドイツにはナチスの悪行ホロコーストの過去があるため、現在においてもイスラエル批判はタブー視されており、氏の懸念表明が物議を醸しているという記事です。
もう一つ、
どうしても奇行としか見えない鳩山由紀夫元首相のイラン訪問。
同門(同じ穴の狢?)民主党からも訪問中止を要請されているのだが、要請を拒否し、ポケットマネーで強行する模様。
鳩山氏はもしかしたら、90年代に国際紛争の平和的解決に働いてノーベル平和賞を受賞したジミー・カーター元米大統領を真似ようとしているのではないか、っとそんな穿った見方をしてしまう。
しかしまた、政府(民主党)の
『核開発を進めるイランに対し、欧米諸国と連携して圧力を強めている状況下で、元首相のスタンドプレーは許されない』もまた奇異な感じを受けるのです。
日本の政治姿勢は旧態依然の傍観者、長いものには巻かれろで、日本の国益さえ度外視なのです。
元来、日本は中東諸国とは良好な関係を築いていました。そして宗教的な対立もないのです。今更、という感は否めませんが、平和的な解決を図るために、日本こそ自ら動き、働くべきだと思います。
この度のイラン危機は、まるでスケジュールされている様に着々と進み緊張が高まってきました。
昨年からイラン国内で核物理学者の暗殺が続いているといいます、イスラエル諜報機関モサドとCIAの関与が疑われています。また、イランの原子力発電所がイスラエルに攻撃された?というニュースもありました。
『イランの核兵器開発断固阻止』でスクラムを組んだアメリカとイスラエル、そしてヨーロッパ諸国も東アジアも同調して、イラン包囲網が刻一刻と狭まっています。
イランはホルムズ海峡封鎖をちらつかせて牽制し、その結果が『原油の高騰』です。
90年代初めに日本で弾けたバブル、2010年代には世界の主要な諸国が同様な事象を経験するに至りました。優れた政治を標榜した北欧諸国でさえです。
これによって実体経済(人が働いて物を作り、売り買いして成り立つ)は破壊され、産業は衰退、社会保障は有名無実となり国家さえ存亡の危機に瀕しています。
それに加えて日本では、昨年の東日本大震災によって原子力発電所の安全性の脆弱さが浮き彫りなり、戦後なりふりかまわず進めてきた原子力エネルギー推進行政がストップしました。これで石油の供給が停止する様な事があれば、産業どころか、国民の明日の生命さえ保障できなくなるのです。そしてこの問題は日本だけでなく、世界人口の9割を超す労働者に当てはまり、既に今日明日の生活に困窮している人口は刻一刻と増しているのです。
イランは、欧米社会また日本とも違う、イスラムの文化、イスラムの立法で成り立つ歴史ある国家です。
そしてイスラエルは中東の中で異質の価値観を持つユダヤの立法で成り立つ国家です。そしてイスラエルは城郭都市といわれるほどに強固な武装を施し、また核兵器を有するとも云われています。アメリカと近しい国家でもあります。
何故にイランを標的にしたのか?
世界は2000年以降にイラク戦争を経験しました。約10年前、アメリカはアルカイダ撲滅とイラクの核兵器破棄をもくろんで多国籍軍としてイラクを攻撃しました。そしてイラク国家は破壊尽くされました。結果、アルカイダは世界中に広がり、核兵器はなかったのです。この戦争の勝利者は一体誰なのでしょう?という疑問が晴れぬままです。
そしてイラク戦争では天文学的な巨費が投じられました。その金はどこへ消えたのでしょう?考えれば考えるほど疑問だらけです。
ですが一つの事実があります。イラクの土地には膨大な石油が埋蔵されています。その他の鉱物、レアメタルの埋蔵も期待できます。その採掘の利権、流通支配権が、現在、誰の手に有るのか?
ナオミ・クラインがその著書『ショック・ドクトリン』で記した、”惨事便乗型資本主義”がうごめいていたとするならば合点がいきます。
そしてこの度のイラン危機です。
なにやら巨悪の舌なめずりする音が聞こえてきそうです。
イランは世界最古の文明『メソポタミア文明』が発祥した土地にあります。それだけでも、人類共通の遺産として守らなければいけない、決して傷つけてはいけない土地です。
またイスラエルは、神がアブラハムの子孫に与えると約束したカナンにあります。そして三大宗教(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教)の聖地があります。カナンの地、そして聖地は清く守らねばならない土地です。
決して、人の際限のない欲望で汚してはならないのです。
双方に、たった一言、『喧嘩は止めなさい』と言いたいです。
応援!
9日に耕太郎が入学する松陽高等学校の硬式野球部が、
昨日(4/5)春季地区大会準決勝で加古川北と対戦し
4-9x
で敗れました。
神戸新聞社の兵庫県の高校野球ページ
http://www.kobe-np.co.jp/sports/kouya/index.shtml
高校野球ドットコム【兵庫県版】
トップ>大会別データ>2012年春季兵庫県大会>東播西支部大会
http://hyogo.hb-nippon.com/game/282012011
4回裏、加古北に大量6点を許すものの、6回4点を返していました。
たとえどんなに苦境にあっても、『あきらめない!』『勝つ!』
スコアーボードからそんな気持ちが読み取れました。
初戦(3/30)の白陵戦では、0-13x、5回コールド勝ちを収めるも、常にグラウンドからベンチからチームを鼓舞する声が発し続けられていました。試合終了まで手を抜かぬ戦い方が素晴らしかった。
そして2回戦(4/1)では加古西を2-6で撃破、その勢いで東播の雄加古北との対戦でした。
今週末には、向島球場で
第25回高砂市中学校軟式野球春季大会が行われます。
鹿島中野球部は
7日(土)9時、初戦で宝殿中と対戦です。
この春、鹿島中野球部のチーム力はどんどん上昇しています。
選手達は、集中して楽しんで、思いっきりグラウンドでプレーして下さい。
チームメイトとの喜び合える瞬間の為に、戦って下さい。
そして勝って下さい。
明日の観戦が楽しみです。
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