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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2012年2月8日水曜日

大切な映画作品『陽のあたる教室』


私は映画が大好きです。
学生時代、どんな風に映画を観ていたかは、以前の記事で触れましたのでここでは省略しますが、映画について話し出したら今も止まらなくなります。(^_^)

そして映画館で観て、
是非子供が大きくなったら見せたいと、その後にDVDを買い求めた作品があります。
『陽のあたる教室(Mr.Holland's Opus)1996年上映』
『遠い空の向こうに(October Sky)2000年上映』
『小説家を見つけたら(Finding Forrester)2001年上映』
です。

今日はその一作品を観ました。
『陽のあたる教室』です。

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1965年、ピアニストのグレン・ホランドはジョン・F・ケネディ(以降JFK)高校の音楽教師になりました。
彼はこれまでジャズバンドのピアニストとしてクラブなどで演奏活動を続けていましたが、夢である交響曲作品を書き上げるために、安定した収入と創作時間を求めて音楽教師になったのです。四年間の腰掛けのつもりでした。

そして登校第一日目で、彼は教師の仕事が甘いものでないことを痛感します。
生徒らはまるで音楽の授業に興味を示さず、オーケストラの指導においても、生徒らの演奏はあまりにも酷い。そしてなにより、彼の雇い主であるジェイコブス校長から
『教師の本分は、ただ教科を教えることだけでなく、コンパスとなって導くこと』を求めらます。

グレンは不満を抱きつつも、音楽を教え、オーケストラを指導します。そして五ヶ月が過ぎたある日、フォトグラファーの妻アイリスから妊娠を告白されます。彼は妻からの思わぬ告白に最初戸惑ってしまうものの、彼を音楽の世界に導いた『ジョン・コルトレーン』との出会いに準えて最上の喜びであることを妻に話します。
そして彼の生徒達への向き合い方も変わりました。
クラシック作品ではなく、若者達に支持されている(悪魔の音楽といわれていた)ロックンロールを演奏して授業を進めます。ロックンロールもまたクラシックを父系とした音楽であるとの彼の講義は生徒達の興味を喚起します。
またオーケストラ指導では、すぐにクラリネット演奏につまずいてしまう赤毛の女生徒ガートルードに対し、三つのコードしか知らずガチャガチャ演奏するだけの若者グループ(ビートルズです!)を引き合いにだし、『彼らの音楽は楽しいだろう?さあ楽しんで演奏しよう!』と生徒の不安をぬぐい去ります。そして教師となって一年後、最初の生徒を卒業式で送り出します。

子供が生まれました。コール(コルトレーン) と名付けられます。
コールは生まれる前から音楽が与えられます。ホランド夫妻は胎教に良いとクラシック音楽を流し、生まれてからはコールを囲んで楽しい歌をピアノで演奏し歌いました。

グレンは新しい生徒を迎えました。親友で体育教師のビルから、彼の大切な生徒でレスリングで華々しく活躍するも学業の成績が悪く、このままでは退学となってしまうルイスを、グレンが新しく指導するマーチングバンドに入れてもらえないかと頼まれます。バンドに入って活動すれば卒業に必要な単位が与えられるのでした。
ルイスは楽器演奏はもちろんのこと楽譜もまったく読めません。グレンはルイスにドラムパートを与えます。そして、初めは箸にも棒にもかからないルイスにさじを投げますが、ビルの『生徒は皆私の子供のようなもの』という熱意に絆され、体でリズムを取ることから始めて、やがてルイスはしっかりとドラムを演奏できるようになりました。

JFK高校マーチングバンドは、町のパレードで初演技を披露します。
キリリとしたコスチュームを身にまとったグレンが誇らしくバトンを持って行進する様子を、アイリスは幼いコールを伴って沿道から声援します。
マーチングバンドの行進の後ろを消防自動車が追尾します。そして大きな警笛を鳴らしました。人々は皆耳をふさぎ顔をしかめます。子供たちは泣き叫んでいます。
アイリスもコールを心配しました。そしてコールを見ると、まるで騒音などないように、すやすやと眠っているのでした。コールは先天的に90%の聴力が奪われていたのです。

物語はここからより深淵になっていきます。。。
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1970年、ベトナム戦争が泥沼化し、若者達はヒッピースタイルに傾倒します。スタドラーという生徒もそのひとりで、学校生活に正面から向き合わず、教師に悪態をつき、退学してもかまわないと放言します。
そこに悲しい知らせが入りました。軍隊に入隊したルイスがベトナムで戦死したのです。
グレンは、スタドラーをルイスの葬儀に立ち会わせ、『ルイスは苦労して高校を卒業した。そしてそれを誇りにしていた』ことを話します。それはスタドラーが現実に向き合う最初となりました。

コールは少年に成長しました。ホランド夫妻は難聴者に進んだ教育を施してくれる専門施設にコールを預けます。アイリスはコールと共に手話を学び、コールの成長にすべてを注ぎますが、『大好きだよ』の一言さえ伝える事ができぬもどかしさに苛立ちます。
そしてグレンは、大変だけど活き活きと活動できる教師の仕事にのめり込んでいきます。
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1980年、演劇祭で『ガシューイン・メドレー』レビューを上演することになりました。
レビューのオーディションはまるでドタバタ喜劇の様相でしたが、ひとりの女生徒の歌声にグレンは魅了されます。ロウィーナです。そして彼女を主役に抜擢します。
グレンはロウィーナにより高い歌唱を求めます。
『ただ上手に歌うだけでなく、詩の意味をくみ取って歌で表現する』よう求めました。そしてだんだんとロウィーナ本人に魅了されていきました。

ある日、グレンがコーヒーショップで交響曲を譜面に記している最中、ロウィーナが現れます。グレンは彼女に
『卒業したらどうするの?』と訊ねると
『親が小さなレストランを営んでいて、そこでウェートレスになるしかないの』
とため息をつきます。
グレンは思わず
『こんな事は言うべきではないと思うが、君は才能に満ちあふれている。誰がなんと言おうと、ニューヨークを目指すべきだ』
と口走ります。
彼女は熱いまなざしをグレンに向けました。

グレンは、妻アイリスとふたりのための交響曲創作から、いつしかロウィーナへの慕情を込めたセレナーデ『ロウィーナのテーマ』へと傾倒していきます。アイリスは譜面のそのタイトルを目にしますが、グレンは、
『北欧神話をイメージしている』と嘘をつきます。
そして、グレンとロウィーナは歌唱の個人レッスンの最中、愛の言葉は交わさないものの、甘美なそして切ない時間を過ごします。

レビュー公演が始まりました。
初日の公演は、ロウィーナの素晴らしい歌声もあって盛況の内に終えることができました。
公演会場となった講堂で、グレンが一人座っていると、ロウィーナが現れ
『明日の公演が終わったら、そのまま町を出ます。ニューヨークに行きます』
と告げました。そして
『私は小娘です、先生も一緒に来て下さい』
『先生も作曲をなさりたいんでしょう?』
『バス停で待っています』
と告白されます。

レビューの最終日、ロウィーナは愛情の熱視線をグレン一人に向けて、
”Someone to Watch Over Me(私を見守って)”を歌い上げます。

アイリスはコールを伴って、最終日の公演を見に来ていました。パンフレットに目を落とすと、歌姫の名前に目がとまりました。
”ロウィーナ”と書かれています。

公演が終わり、打ち上げパーティーが始まりましたが、でもアイリスは夫を残して先に帰宅しました。
そして深夜のバス停、寂しいベンチにロウィーナが一人座っています。そばには大きなボストンバッグが二つ。
蝶ネクタイをしたままのグレンが道を横切って近づきます。
うつむき加減のロウィーナに笑顔が点ります。でもその次には『どうして?』というゆがんだ表情へと変化しました。
ふたりはベンチに腰掛けます。ロウィーナにはもう先ほどまでの凛とした面影はありません。グレンはそっと訊ねます。
『どこに泊まるんだい?』
『YWCA』
『ニューヨークにいるバンド仲間に連絡しておいた』
『夫婦で君を待っている』
『行かないのね?』
『これでいいんだ』
バスが停車します。でもロウィーナは不安で立ち上がれません。
グレンがロウィーナをじっと見つめますと、ロウィーナはようやく立ち上がり、そしてキスを求めます。ですか、グレンはロウィーナの頬にキスをして
『Good-bye, Rowena. 』と告げます。
ロウィーナは少女の顔に、また大人の女性の表情を宿して、一人バスに乗り込みます。
家に帰ったグレンは、ベッドで休んでいるアイリスの傍らに腰掛け
『I love you.』と囁きます。
アイリスは片手をグレンの首に回して
『I know.』と応えます。
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1980年の冬の事です。ジョン・レノンが亡くなりました。
ベビーブーマー世代であるホランド夫婦は悲しみを表明しますが、
父グレンは、息子コールは耳が聞こえず、それがために音楽を知らず、ジョン・レノンも知らないと、悲しみを共有しようとはしません。
そんな父にコールは、手話で訴えます。
『僕だって』
『ビートルズのことぐらい知っている』
『あなたが彼らを好きなことも』
『あなたは父親だ』
『僕だって音楽のことをもっと知りたい』
『でも僕でなく生徒達に教えてる』
糞っ!と苛立ちを投げつけます。

そして父は、息子に向き合う決心をします。
息子に音楽を伝えようと決めたのです。
1981年の演劇祭に難聴者の子供たちを招きました。
オーケストラの演奏では、スポットライトを音の強弱に合わせて点滅させます。
音を光で表現する試みです。
そして、もう一つのサプライズ、それは息子に手話で歌を捧げることでした。
ジョン・レノンが息子ショーンのために作った子守歌
”Beautiful boy”です。
そして歌の最後に父は
『Beautiful Cole』と呼びかけます。

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そしてさらに時は立ち、1995年
区の財政危機のあおりを受けて、JFK高校でも教育予算も削減せねばならず、音楽そして美術、演劇の授業がカットされることになりました。グレンは突然に、30年務めた音楽教師を退職しなければならなくなったのです。
退職の日、すっかり大人になって教師として働いている息子コールと妻アイリスが、学校までグレンを迎えにきてくれました。
グレンは、整理した荷物をコールに預け、音楽室に別れを告げて校舎の出口に向かいます。

グレンはふと足を止めました。講堂から音楽が漏れ聞こえてきたのです。
妻と息子はとぼけながら、グレンを講堂に導きます。
そして扉を開けて、グレンが中に入りますと
”GOOD-BYE Mr.Holland”
在校生、卒業生、そして町の人たちによる
”ホランド先生を送る会”の開幕です。
彼の教え子達が拍手で迎え、手をさしのべます。グレンは一人一人と声を交わします。
州知事となったかつての教え子ガートルードが壇上に立って祝辞を述べます。
『ホランド先生は私を含め、
大勢の人間の人生を変えました』
『先生は、ご自分の人生を誤ったと
お考えかもしれません』
『授業の合間に交響曲を書き、
いずれそちらの方面で富と名声を得る(とお考えであったかもしれませんが)』
『でも今も富はなく、
この地域は別として、有名でもありません』
『それでご自分を、
人生の失敗者とお考えなら大きな間違いです』
『先生は富や名声を超えた成功を収められたのです』

そしてグレンに問いかけます
『見て下さい』
『あなたはここにいる全員の人生に触れ、
一人一人をより良い人間に育てたのです』
『私たちが
あなたのシンフォニーです』
『私たちは、あなたの作品(Opus)のメロディーで音符』
『あなたの人生の音楽なのです』
-We are your symphony, Mr.Holland.
We are the melodies and the notes of your opus.
And we are the music of your life.-

そしてもう一つのサプライズの始まりです。それは
グレンがようやく完成させていたシンフォニーの演奏です。
ガートルードは、指揮棒をグレンに渡し、クラリネットを持ってオーケストラの席に座ります。彼の教え子達がオーケストラを組んでグレンの指揮を待ちます。
そして”交響曲アメリカ(American Symphony)”初演の始まりです。
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一人の男の30年間の物語です。
夫婦の紆余曲折した愛情物語でもあり、
親子の絆を描いた物語でもあり、
そして人と関わり生きることを賛歌した物語でもあります。

また、原題(Mr.Holland's Opus)の通り、譜面に音符を記したわけでもない彼の人生そのものが、美しく高らかな交響曲を旋律するのです。

そして特に必見なのが、歌唱のシーンです。
”Someone to Watch Over Me”は、ロウィーナを演じるJean Louisa Kellyが実際に歌っています。
下記に”Someone to Watch Over Me”の歌詞を記しますが、本当に場面にぴったりの歌詞で、『恋する女の子のかわいらしくも切なる思い』が込められています。
また”Beautiful boy”も、グレン・ホランドを演じるRichard Dreyfussが歌っています。
手話を交えた切切たる歌声には、最愛の息子コールへのあふれる愛が満ちていました。

この『陽のあたる教室』は、じんわりとした暖かみと、そしてとても純粋な切なさを与えてくれます。それは涙となって、心を潤してもくれます。

受験生諸君には、受験の後の少し落ち着いた時期にでも、この映画の鑑賞をお勧めします。
君たちそれぞれが、自分だけのシンフォニーをこれからどのように描いていくか、夢想してみてはと思います。

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Someone to Watch Over Me
*************************
There's a saying old Says that Love is blind
Still we're often told seek and ye shall find
So I'm going to seek a certain lad
I've had in mind

Looking everywhere Haven't found him yet
He's the big affair I cannot forger
Only man I ever think of
With regret

I'd like to add his initial To my monogeam
Tell me where is the shepherd
For this lost lamb

There's a somebody I'm longing to see
I hope that he turns out to be
Someone who'll watch
Over me

I'm a little lamb who's lost in the wood
I konw I could Always be good
To one who'll watch
Over me

Although he may not be the man
Some girls think of as handsome
To my heart He carries the key

Won't you tell him please To put on some speed
Follow my lead Oh, how I need
Someone to watch
Over me

昔から「恋は盲目」だなんて言葉があるけど
でも「汝、求めよ、さらば与えられん」という言葉もあるし
それなら私、思い描いてきたような運命の人をさがしてみるわ

でもね、あちこちをさがしているんだけど
まだそんな人をみつけられないの
でもね・・・、そんな素敵な人と出会えたなら
きっと一生忘れられないほどの大恋愛になるわ!

そして結婚して
彼の苗字に、私の名前が付け加えられたらいいな・・・
ねぇ、誰か教えて!
この私という迷える子羊の
羊飼いさんはどこにいるの?

ずっと会いたいと思っている人がいるの
その人はいつも私を見守ってくれる人だといいな

私は森の中で迷子になった子羊なの
でも私を見守ってくれる人が現れたら
私はその人の前だったらいつだっていい子でいられるわ

でももしかしたら、その人は女の子たちに
もてるようなハンサムじゃないかもしれないけど
でも、きっと
彼こそが私の心のカギを開けてくれる人なのよ

だから、ねぇ?
誰か彼に伝えて!
もっとスピードを上げて私を追いかけてきてって!
そして早く、私の前に現れてって!
あぁ、こんなにも必要としているのよ
いつも私を見守ってくれる、そんな人を・・・
(歌詞は歌詞サイトからの転載です)

2012年2月4日土曜日

絵本の朗読会で、楽しい時間を過ごしました。



今日は、半年に一度の絵本朗読の担当日でした。
開始の10分前に読み聞かせコーナーに入りますと、トモアキくんがひとりクッションの上に寝転んで待っていてくれました。
本を三冊だして、読む順番をトモアキくんに決めてもらいました。
そしてトモアキくんが選んでくれた順番は、私が希望していたものでもありました。

最初が『わすれられないおくりもの』、約15分のお話しで背景音楽あり。
ふたつめは『おひさまがいっぱい』、約5分ほどのお話しです。
そして最後が『ずーっとずっとだいすきだよ』、約5分のお話しで背景音楽ありです。

『わすれられないおくりもの』では、長いお話しであるにもかかわらず、子供たちは一生懸命に聞いていてくれました。読み終えて正直ホッとしました。
『おひさまがいっぱい』では、子供たちと会話を楽しみました。
この物語には可愛い動物やカーテン、バラ達が声を発します。声色を変えて演じますと、子供たちが『いろんな声が聞こえる』と喜んでくれました。
そして『ずーっとずっとだいすきだよ』。練習でもなかなか背景音楽にしっくりとあわせて朗読することができていませんでした。そして本番でも、前半、朗読が遅れました。途中急いで後半、なんとか合わせましたが、ちぐはぐになってしまいました。課題が残りました。

でもいつも感じることですが、高い天井のこのホールで、子供たちの笑顔、まなざしを見つめながら、思い切りのびのび声を出して物語を演じるのは、ホントに気持ちがよいです。

また機会があれば、新しい物語を仕入れて、朗読したいと思います。


私の大好きな『笑い』


家族で毎週欠かさず見るアニメがあります。
金曜日夜7時から放送の
『ドラえもん』です。

子供が生まれ、物心つく頃から見始めました。そして今も夕食の団らん時に、テレビのチャンネルを合わせています。

でも見始めたころからだいぶん印象が変わってきました。

藤子・F・不二雄さんが命を与えた『ドラえもん』は、もしかしたらミッキーマウスよりも世界一子供たちに愛され頼りにされるキャラクターかもしれませんね。
主人公は『のび太くん』、そしてのび太くんの未来の子孫が現代に使わした猫型の召使いロボット『ドラえもん』です。

『のび太くん』はとても、情けない男の子です。
臆病で泣き虫で、勉強がからっきし駄目で、運動音痴です。
でも射撃が上手で、おばあちゃんが大好きで、そしてとても夢見がちな愛情をいっぱい蓄えた少年です。
『ドラえもん』は、お腹に四次元ポケットをつけています。そして、困っているのび太くんを助けるために未来の道具を出して、のび太くんに与えます。ですが、いつも調子に乗りすぎたのび太くんが一騒動を引き起こし、愉快な結末を迎えます。でも何話かに一度はセンチな結末も迎えます。この変わらぬ物語こそが『ドラえもん』が長く愛される理由だと思うのです。

ですが、2005年以降、声優陣が一新され、そして『ドラえもん』の世界観というか空気感もすっかり変わりましたね。勝手な解釈ですが、これまでの、昭和の普遍的な子供の世界ではなく、現代の子供社会、人間社会が色濃く反映されるようになったと感じます。
そして登場人物のキャラクターも大きく変わりました。
『のび太くん』はもう、情けないだけの男の子でなくなり、ちょっと意地悪です。
『ジャイアン』に至っては、ガキ大将でなくなりました。
ですから、物語によっては、ジャイアンやスネ夫がのび太くんにひどくやり込められます。
意地悪が友達をおとしめて、そして嘲笑を生む、そんな物語に出会うようになりました。昨日の物語がそうでした。

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私は『ホッとする笑い』『愛をさそう笑い』が好きです。
チャップリンの悲喜劇がそうであったように、
藤山寛美の新喜劇がそうであったように、
かつてのドラえもんの物語がそうであったようにです。
昭和の時代には、心を癒やしてくれる『笑い』が満ちあふれていました。
そしてそれは分かち合う『笑い』でもありました。私たちは各自が『アホ』になって互いに笑いをふりまきます。それが強い友情、信頼関係を築く手段でもありました。

ドラえもんにお願いです。
家族で囲む団らんのひとときに、どうぞ『ホッとする笑い』『愛をさそう笑い』を引き出す道具をお与え下さい。どうぞお願いします。

『耕太郎へ』エールの手紙


昨日、家に帰って郵便受けを開けると、耕太郎への手紙が入っていました。
そっけない封筒に入っています。送り主が書かれていませんでした。
見た感じ大事な手紙でもなさそうですし、ラブレターでもなさそうです(というか、残念ながら、いままでその種の手紙を見たことがありません)

耕太郎が戻ってきたので、その手紙を渡しました。
不審な顔をして開けています。そして一枚の用紙を取り出し、広げ、読み、そして表情を崩しました。
『塾で合宿にいったとき書いた手紙や』といいました。
受験を直前に控えた自分へのエールの手紙だったのです。
手紙は昨年夏に書いたもので、それが半年後に届いたのです。

耕太郎がテーブルに手紙を広げて部屋を出て行きましたので、耕太郎に断ってから少し読みました。
『野球はがんばったけど、勉強はがんばらなかった』
中学生活を振り返っての正直な気持ちが書かれていました。そして
『でも勉強もして。。。』
『父さんや母さんに喜んでもらい。。。』
『野球少年でいたい』
ような事が書かれていました。

いよいよ受験です。
高校野球に通じるパスポートを自分の力で勝ち取って下さい。
父さんはいつもおまえを見守っています。

竜馬君のバット


一昨日のことです。
夜10時過ぎ、玄関から
『竜馬です』との声。
あれ、とおもいつつも、耕太郎のわるふざけと思いすぐには出ませんでした。
そして妻が玄関に赴き
『あれ、杉浦君』と大きな声を上げました。
玄関には竜馬君が立っていました。

竜馬君と前にあったのは一年以上も前、鹿島中のグラウンドでした。
ですから、突然の訪問に嬉しいやらびっくりしたやらでした。
竜馬君は、
『耕太郎が走っているのを見かけました』
『僕が使っていたバット、耕太郎に使ってもらおうと持ってきました』
と、朱くコーティングされた木製バットをプレゼントしてくれたのです。

竜馬君は、遼太郎と同級生で、幼なじみ。
そして耕太郎からみれば、野球の大先輩なのです。
竜馬君は、朗らかで笑顔を絶やさない青年です。一言で云うならば
『頼もしい』青年です。

嬉しかった、でもこんな大切なバットは・・・、とも思いましたが、竜馬君から受け取りました。
そして、11時過ぎランニングから帰ってきた耕太郎は、そのバットで素振りをしていました。

昨日、仕事を終えて家に帰り、素振りをしていた耕太郎から竜馬君のバットを借りて素振りをしてみました。耕太郎がこれまで使っていたバットよりも15㎝ほど長いとてもシャープなバットです。そして私はまともに振り切ることができませんでした。
でも耕太郎は、『ブーン、ブーン』と、そのバットで空気を切り裂きます。

耕太郎は、昨年7月末、東播大会に敗れ中学での野球活動を終えてからも、ほぼ毎日走っています。そしてランニングから帰ってくると素振りをします。耕太郎でこの様子だから耕太郎の仲間達も皆そうなのだろうなぁと思います。感心します。
高校に進んでも、野球が大好きな野球小僧であり続けてほしいと願います。

2012年2月3日金曜日

-4℃


昨晩も早く布団に潜り込みました。
布団に入って、朗読の練習、そして読書を楽しみました。

夜の天気予報では、
『今年一番の寒波は、明日には緩むでしょう』
といっていましたが、
ふと気がつくと吐く息がやけに白いのです。
何度もふーっ、ふーっ、してみました。まるで白煙の様に息が白いのです。
そして11時半に眠りにつきました。

そして朝目覚め、5時半頃外に出ますと、満天の星空が迎えてくれました。
でも凍り付いたよう、風もなく、何もかもが静止したようでした。

姫路の気温を調べると、6時で『-4℃』でした。最低は4時頃で-4.8℃、ものすごい低温なのでした。
そして今朝、一番低い気温はどこか、と北海道旭川周辺もみましたら、なんと『-27℃』でした。なぜに旭川というと日本の最低気温を記録したところだからです。1902年に『-41℃』を記録しています。

あわせて積雪の記録も紐解いてみました。
昨夜は兵庫県北部も軒並み積雪記録を更新しましたが、日本には驚く記録がありました。
1927年、滋賀県伊吹山で一晩に『11.8m』の積雪という記録がありました、ギネス記録となっています。ホント、一晩で山ができた、住んでいたひとは、そのように驚いたことでしょうね。

北北西に進路を取れ!


映画の話ではありません(^_^)

今日は節分、そして今年の恵方は『北北西』だそうです。
恵方に向かって巻き寿司をほおばって、今年の『福』を取り込もうではありませんか。

そうそう、節分といえば『鬼』ですが
私が『鬼』で、すぐに浮かぶのは
飛騨高山の地酒『鬼ころし』です。
金沢で過ごした後半の二年間、毎晩のように飲んでいました。
近くの酒屋に置いていたのです。
私は思い込みが激しい方で、これとおもえばそればかりなのです。

金欠でも飯を食わねど『鬼』は飲む
でした。部屋にはいつも『鬼ころし』の一升瓶が転がっていました。
家から送られた干物と『鬼』が常食でした。
よく部屋で酒盛りしました。
鈴木、長井、堀越、石戸谷、池田、余田。。。
特に地元出身の鈴木(キューリ)はホント、二人目の部屋の住人でした。
雪の夜など、特に『鬼』は欠かせませんでした。
部屋にはコタツのみ、他の暖房器具はなかったのです。

冬の夜、空一面に張り出した重々しい雲は、朱く茫茫とした光を放っています。
そして決まって、天が地が裂けんばかりに雷が暴れ回ります。
暫くすると雷はなりをしずめ、静寂が訪れます。
ふと気づくと雪が降っているのです。それが金沢の北陸の、『雪の降りよう』でした。

酒を一升も飲めば、体は火照ります。火照るだけじゃあない、酔って感覚が麻痺します。
よく朝目覚めると窓が開け放たれていました。
たぶん思うに、喉が渇いて窓を開け、降り込む雪を食べようとしたのでしょうね
朝目覚めると、顔に雪が積もっていたことが何度かありました。
足だけはコタツに入っていましたから大事には至りませんでした。

当時、1980年初等も今年に違わず大雪でした。
降雪には『山雪型』と『里雪型』がありますが、それも今年と同じで『里雪型』でした。
市内でも一晩に一メートル近く降ったこともありました。
雪には『やみ間』があります。『やみ間』になると、外に飛び出して、汚れなき雪原?に一番乗りです。膝まで腰近くまで雪に埋もれながらはしゃぎ回りました。
ホント阿呆ですよね、楽しい奴らでした。。。