播磨の国ブログ検索

パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2011年5月31日火曜日

唐突ですが、私『ミュージカル』も大好きなのです。

2004年、アンドルー・ロイド・ウェバーのミュージカルを映画化した『オペラ座の怪人(原題:The Phantom of the Opera)』は、ファントムを演じたジェラルド・バトラーの囁くような魅惑の歌声と、クリスティーヌを演じたエミー・ロッサムの若々しくも伸びのある高音・美声で綴られていました。

物語のプロローグ、モノクロの画面に映し出された廃屋となったオペラ座で、オペラ座に伝わる怪異な出来事とそれにまつわる品々のオークションが開かれます。
モンキーがシンバルを叩く粗末な玩具に裕福な高齢の男性、そして女性が、その曰わく付きの粗末な玩具をともに手に入れようとしますが、最後は男性が手に入れます。
そして、オペラ座の悲劇となった大シャンデリアが修復され、天井につり上げられるところで、画面は一気いに色彩豊かな映像に、美しいオペラ座の記憶を甦ると共に、アンドルー・ロイド・ウェバーが作曲した『The Phantom of the Opera』が流れ、本編の幕開けを告げました。

昨年末、日本テレビ系列(関西では読売テレビ)の金曜ロードショーで放映された『オペラ座の怪人』は、通常の声優さんが日本語セリフを話すのではなく、劇団四季のメンバーが、日本語歌詞の歌曲で繋ぐという、素晴らしい演出で、観終わった後も、本格的なミュージカルを観た余韻に暫く浸っていました。

物語にぐいぐいと引き込むセリフと、感情の起伏を表現する歌唱。そして、演技と舞台装置すべてが、観客を日常ではない世界へ誘う、というミュージカル。

大阪で勤めていた頃、JR大阪駅西側に劇団四季大阪劇場がありました。
映画は、趣味でもあり、よく観に行ってはいましたが、ミュージカルはチケットを事前にとらなければならないこと、そして共にいってくれそうな(私が『ミュージカル観に行かへんか』、なんて誘うとジョーダンとしかとられず、逆に怒りを買ってしまうという恐怖がありました。ですから、これは、初のカミングアウトとなります)、何より敷居が高かったのです。

ですが、それも私の思い込みであって、当時、もっと遊びにも軽やかにになって、いろいろ観たかった、なんて思います。ほんと、劇団四季のミュージカル、観に行きたかったです。

劇団四季

この『オペラ座の怪人(原題:The Phantom of the Opera)』は、当時の最愛の妻であったサラ・ブライトマンの為に書き下ろしたミュージカルと言われています。
しかし、円満と思われた結婚生活も1990年に破綻、傷心のアンドルー・ロイド・ウェバーは、恋の出会いと別れを描いた『アスペクツ オブ ラブ(原題:Aspects of Love)』を制作します。このミュージカルのプロローグで歌われる曲が『Love Changes Everything ~愛はすべてを変える~』です。

私は、アンドルー・ロイド・ウェバーの制作したミュージカルとして、その名前を知っていたのは、
・初期のジーザス・クライスト・スーパースター
・キャッツ
・オペラ座の怪人
くらいです。実は、とてもミュージカルに暗いのです。(観なければ、敬遠していればそうなりますよね)

サラ・ブライトマンを初めて見た、そしてその歌初めて聴いたのは、随分前にエミー賞の授賞式の中継で、当時イタリアの新鋭(といってもデビューが遅かっただけですが)アンドレア・ボチェリの持ち歌で英語題名が『Time to say Goodbye』を二人で歌われていたのを聴いたのが最初です。この歌曲は、以後『Time to say Goodbye』のセリフだけが英語で、その他はイタリア語で歌われる様になったそうです。
因みに、『Time to say Goodbye』別れの歌のようですが、原題は違い、また歌詞も、二人が共に航海に旅立ってゆくという希望を称えた歌曲であり、結婚式にうってつけの歌だそうです。

そして、今年になって『Love Changes Everything ~愛はすべてを変える~』をYoutubeで聴きました。日本語訳詞を検索し、『愛』の力をこれほどまでに直接的に歌った歌が過去にあっただろうか、と思うほどに、その根源性が綴られていました。歌詞も、そして最初は小さな波紋から、大きなうねりへと変化する曲も素晴らしいと感じました。

そして、不味い歌唱ですが、歌いました。そして、ビデオを作成しました。
演奏は、The Royal Philharmonic Orchestraが演奏されたものを利用しました。
また、映像に使用した写真は、Picasa写真ギャラリーからウェディングで検索し、ダウンロード可能な画像を選定して、ロイドのイメージであるベルベット=真っ赤な薔薇と対比させるためにモノクロにしました。
身勝手な言い方ですが、Picasaに写真を投稿されている全世界の『愛』に満たされた人々とのコラボレーションという気持ちで作成しました。

因み、私はアンドルー・ロイド・ウェバーの初期の作品である『ジーザス・クライスト・スーパースター』をハリウッドで映画化されたものを映画館で観ています。当時は、KISSなどヘビメタのバンドが世界を席巻して、映画も大変ロック色が強くてついていけないところがありました。

でも、若かりしアンドルー・ロイド・ウェバーの野心作であったと今ではそう感じます。

今の若者も、彼らは彼らで色々と興味ある事に、突き進んでいいると思いますが、若い時分から余り選別せずに、何でも挑戦してみるという、遊び心をもっと持って欲しいと思います。沢山のものを見聞きしする中で、本当に自分の楽しみ、遣り甲斐となる事柄に出会えると思います。(ちょっと最後は、説教臭くなってしまいした)ご免なさい…

p.s.
因みに、『Love Changes Everything ~愛はすべてを変える~』の英語歌詞と、日本語訳詞を以下に、掲載します。

  "Love Changes Everthing"
ミュージカル『アスベクツ・オブ・ラヴ』より

Love, love changes everything
Hands and faces, earth and sky
Love, love changes everything
How you live and how you die

Love can make the summer fly
or a night seem like a lifetime
Yes love, love changes everything
Now I tremble at your name
Nothing in the world will ever be the same

Love, love changes everything
Days are longer, words mean more
Love, love changes everything
Pain is deeper than before

Love will turn your world aroung
and that world will last for ever
Yes, love, love changes everything
Brings you glory, brings you shame
Nothing in the world will ever be the same

Off into the world we go
Planning furtures, shaping years
Love bursts in and suddenly
All our wisdom disappears

Love makes fools of everyone
All the rules we make are broken
Yes love, love changes everyone
Live or perish in its flame
Love will never, never let you be the same

Love will never, never let you be the same


『Love Changes Everything ~愛はすべてを変える~』日本語訳詞

愛というものは すべてを変える
手つきや顔つき 大地や空までも
愛というものは すべてを変える
人の生き様や死に様まで

愛というものは 夏を短く感じさせる
一夜を永遠に 感じさせることも
そうよ 愛というものは すべてを変える
あなたの名前を聞いただけで 私は震え出す

この世のすべてが
もう元には戻らない


愛というものは すべてを変える
一日を長く感じて 言葉に重みが増す
愛というものは すべてを変える
痛みというものを 前より深く感じる

愛というものは 世界を変える
その世界が永久に続く
そうよ 愛というものは すべてを変える
栄光も恥も もたらす

この世のすべてが
もう元には戻らない

2011年5月29日日曜日

台風2号は勢力が衰え、15時頃室戸岬沖で熱帯低気圧変わりました。

気象庁は、15時の天気速報で、四国沖を北東に進んでいた台風2号が、室戸岬沖にて温帯低気圧に変わったと発表しました。

台風2号から変化した温帯低気圧 は、現在四国東部に位置し、この後、関西、東海へと進んでいく様子です。しかし、台風としての規模はなさぬとも、関西圏は今日いっぱい、強い雨風に注意が必要ですね。
18時現在、兵庫県播磨南東部にはまだ、『大雨』、『洪水』、『暴風』警報が発令されています。

しかし、先のブログでも書きましたが、通年梅雨時分の台風は、日本に到達するまでに衰えて温帯低気圧に変化するか、中国大陸に向かうとされていましたが、やはり、地球温暖化の影響でしょうか、日本近海まで海水温が高いのでしょう、1号、2号とも発生領域は赤道付近ではなく、フィリピン海域で、数日という短期間で、台風の規模を保ったまま日本に到達しています。

通年、北半球東アジアに到達する台風は、初夏から晩秋に掛けて10~20個ほどで、その内日本に到達するのは2~3個程度です。今年は、既に2個到達しています。当たり年かも知れません。

一昨年か、書店で『ニュートン』を立ち読みしました。特集はずばり『巨大台風の到来』です。特集記事では、今後、地球温暖化がさらに進めば、強風域が日本列島全土を覆う程に巨大で、風速80m/sを超えるスーパー台風が到来するだろうと、書かれていました。

地震についても、台風についても、人知を越えた自然現象であり、人が『想定規模』を決められるものではありません。
今後、この様な甚大な被害を伴うであろう自然災害に対して、警報システム、そして避難施設(シェルター)、避難誘導体制のシステム化を図る事が急務と考えます。


p.s.
ところで、今回の台風2号が沖縄近海に位置していたとき、関西到達は30日(月)と予想されていました。風邪気味の高2の娘さくらは皆勤を自らに課していて、もう一日公休となればいいなぁと思っていた様ですし、中3の次男耕太郎は、中間考査初日を迎えます。
この一週間はテスト勉強はしなくちゃならなかったし、雨で思いっきり体を動かせないという、二重苦の状態にありました。

二日間の中間考査が終われば、その日からまた野球部活動が再開です。
中学校最後の大会となる、6月24日から開催される中体連軟式野球大会に向けて、野球部の仲間達と、共に手を携えて『坂の上の雲』が観られる様、最後の坂を悔いなく登り切ってほしいと思います。

2011年5月28日土曜日

小学生の頃に憧れた仕事は『台風博士???』です。

先ほどのブログでも書きましたが、学生の頃は(今も余り変わりませんが)、劣等感の塊でした。
でも、そんな私でも、なりたいもの、将来の夢が一応ありました。
小学校の頃ですが、現在でいうところの『気象予報士』(ちょっとニュアンスが違うんですけど…)に憧れまた。

実は私、『台風』が大好きです。大人になった今『台風』が大好きというと、毎年、その台風で甚大な被害を被られる方から批判を受けてしまいますので、幼い頃の戯れ言として、寛容な心で、以下を読んで頂ければと思います。

『台風』が近づくと、テレビのニュースで、『台風〇号は、現在△に位置し、日本に向かって北上中です』とか、『××時、鹿児島枕崎辺りに上陸しました』とアナウンサーが読み上げます。当時は、まるでゴジラか何か得体の知れない怪獣が上陸したのかと思い込み、興奮しました。

また、台風が『兵庫県に再上陸した』とか『台風の眼に入った』とニュースで聞くと、外に出て、空を見上げて『台風の眼』を探したものです。

また、『台風』が近づくと現地からの生中継で、激しい雨・風の中でヘルメットをかぶり、合羽を着て、飛ばされそうになりながらも必死で状況を伝える姿に感動しました。(でも実況放送されていたのは、各地のアナウンサーなんですよね。当時は、台風に立ち向かう男達、と思っていました。)

深夜に『台風』が近づくとなると、1時間起きにNHKの定時台風関連ニュースが放送されるので、その夜は、そのニュースを見るため、徹夜です。また、布団に入ったところで、興奮して寝られませんでした。

因みに『台風』は、低気圧の化け物で、反時計回りに、中心に向かって回転しながら北上します。中心部の気圧が一番低く、それが中心付近で上昇気流を発生して周辺で次々に積乱雲を生み続けて、激しい雨をもたらします。また、中心部の気圧が低ければ低いほど、周辺部との気圧の高低差が大きくなって激しい風をもたらします。
また、勢力の大きな台風は、上昇気流から中心部に向かって下降気流が発生し、そこは雲もなく無風の空間となります。それを『台風の眼』と呼んでいます。

小5の夏休みには自由研究で気象について調べようと、当時、姫路の御幸通り商店街にあった誠心堂書店の、子供はまずあがる事の無い3階の専門書コーナーで、海上保安庁大教授能沢源右衛門著『天気図と気象』という専門書と天気図用紙を購入して、翌日から、ラジオの気象通報を聞きながら天気図を書き始めました。

実際のところ、三日坊主という事はなかったですが、最初の意気込みも徐々に薄れ、しまいに邪魔くさくなって、ええ加減な記録になっていき、夏休みもまだまだ続くというある日、研究は終了しました。能沢源右衛門著『天気図と気象』は、いまも本棚にあります。ほとんど読んでいませんが…

結局はその程度、『絶対になりたい』という強い意志は芽生える事なく、夢は弊え現在に至っています。


p.s.
今でも、気象現象のニュースには敏感に反応し、しっかり聴き入ります。
最近では、アメリカ中西部で多発している竜巻のニュースに関心を持っています。地震や台風も恐ろしいですが、竜巻は、発生してから数分間という短命のなかで数㎞を移動し、移動したコースにあった全てのモノを破壊し尽くします。
先日5月24日、ミズーリ州ジョプリンを襲った竜巻は、単一の竜巻としては、史上最悪で、124名という尊い命が奪われたとニュースで報じられていました。

因みに竜巻の規模の指標ですが、『Fスケール』というものが広く用いられています。
これは、1971当時シカゴ大名誉教授であった藤田哲也さんが提唱された『Fujita-Pearson Tornado Scale 』の略称です。

唐突ですが、私『数学』が好きなのです…

小・中・高そして大と全く勉強が好きではありませんでした。本を読まず、覚える事が苦手、自分は『読解力』『理解力』そして『記憶力』が劣っているという、何故かその様な劣等感を持っていました。

ただ、『算数』や『数学』だけは好きでした。『解く』という行為が面白かったのです。中学で覚える方程式であれば、万一公式を忘れてしまっても、数式を自分なりに崩して、また再構築して、答えを導く事が出来ました。

また、数学に関する出来事にもとても興味を引かれます。今朝もそうでした…

----------

今日の朝日新聞朝刊2面の『ひと』で紹介されている東京学芸大准教授の溝口紀子さん(Wow!、同い年です)が女性科学者に贈られる猿橋賞を受賞される事になったと伝えています。

以下、記事引用-----

数学者の仕事は二つある。誰もが知っている難問に挑戦することと、未知の興味深い問題を開拓すること。後者の業績で、28日に第31回の猿橋賞を受ける。
解析学の新興分野の一つで、劇的な変化を示す「爆発現象」を研究する。「不完全な爆発」に着目し成果を上げた。研究が進めば、「局所的な異常がやがて正常に戻るような現象について、数学的な法則を見つけられる可能性もある」。例えば集中豪雨を数式で描ける日がくるかも知れない。
その構想力に、「爆発」を45年前に発見した藤田宏・東大名誉教授(82)も「まれに見る数学センスと強靱な計算力」と舌を巻く。
研究者志望、ではなかった。お茶の水女子大の数学科は「暗記物が嫌い」だから選んだ。大学院は「就職はまだいいな」と考えて進んだ。今のテーマとの出会いは30歳代も半ば。「めちゃくちゃ遅いスタート。今、どんどん数学を好きになっている途中です」
授業で安易な「分かりません」は許さないが、挙手が多いと息抜きにジャンケンで順番を決める。サービス精神には自負がある。
趣味は子供のころたしなんだピアノと油絵。芸術も数学も、実利抜きで普遍的な価値を持つ点が似ていると思う。スポーツもそう。熱狂的なサッカーファンで、日本代表の岩政大樹選手はゼミの卒業生。ちょっと自慢だ。
(文・吉田晋、写真・河合博司)

以上、記事引用-----

GoogleやWikipediaで『猿橋賞』を調べてみました。

Wikipedia 猿橋賞についての記述

猿橋賞(さるはししょう)は、第一線で活躍する女性科学者を表彰する賞である。
地球化学者の猿橋勝子によって創設された。「女性科学者に明るい未来をの会」(1980年創立)から毎年、顕著な研究業績をおさめた50歳未満の自然科学の分野の女性科学者に「女性自然科学者研究支援基金」をもとに贈られる。賞金額は30万円。
と記されています。

猿橋勝子さんは既に没せられていますが、専門は「地球化学」で、1954年のビキニ事件(1954年(昭和29年)3月1日、マーシャル諸島近海ビキニ環礁で行われた水爆実験時、同海域で操業していた第五福竜丸の船体・船員・捕獲した魚類が放射性降下物に被爆した事件)におけるいわゆる「死の灰」による大気・海洋汚染の研究以後、三宅と大気及び海洋の放射能汚染の調査研究を行い評価されたと記されています。

数学のノーベル賞と言われるのが『フィールズ賞』です。
「フォールス賞は、ノーベル賞に数学賞がないことから、カナダ人数学者ジョン・チャールズ・フィールズ (John Charles Fields) の提唱によって1936年に作られた賞のことである。
4年に一度開催される国際数学者会議 (ICM) において、顕著な業績をあげた40歳以下の若手の数学者(4名まで)に授与される。
数学のノーベル賞といわれることもあり、数学に関する賞では最高の権威を有する。しかし、「4年に一度」「40歳以下」「4名まで」といった制限がついていることから、賞としての性格は異なる。すなわち、ノーベル賞は功成り名遂げたその分野の権威が受賞することが多いが、フィールズ賞はいままさに活躍中の数学者が受賞している。実際、ほとんどのフィールズ賞受賞者は受賞後にも著しい成果をあげている。なお、ノーベル賞は業績に対して贈られるので、一人で複数回受賞することも可能だが、フィールズ賞は人に対して贈られるため、複数回受賞することはできない。」と記されています。

『フィールズ賞』について、最近の興味深いエピソードとしては、アメリカのクレイ数学研究所が2000年に「ミレニアム賞問題」として発表した近代数学の中でも選りすぐられた7難問の一つ『ポアンカレ予想』を、ユダヤ系ロシア人数学者グリゴリー・ペレルマンが2002年から2003年にかけ証明した論文について、2006年の夏までに複数の数学者チームによる検証が行われた結果、証明に誤りがないと判断され、ペレルマンは、この業績により2006年にフィールズ賞を贈られましたが辞退、その後、隠遁生活に入ってしまいました。2010年クレイ数学研究所も7難問の一つ『ポアンカレ予想』を証明したと認定し100万ドルの賞金を授与すると発表したが、ペレルマンはこれも辞退しています。彼は現在、母親の年金で細々と暮らしているといわれていますが、これも定かではありません。

このエピソードについては、2007年に放映されたNHKスペシャル『100年の難問はなぜ解けたのか ~天才数学者 失踪の謎~』を観て知りました。

世界の名立たる数学者が挑戦し、それぞれが正気と狂気の狭間まで自らを追い込んで証明に挑み、ついには人生を狂わされていく『ポアンカレ予想』問題。その難問を当時30歳半ばで証明してしまったペレルマンの、その後の奇異な行動までを追ったドキュメンタリー。数学者達のインタビューで綴られていくこの物語には、得体の知れない存在が見え隠れし、その得体の知れない存在に恐怖と魅力を感じました。

1904年にフランスの数学者アンリ・ポアンカレによって提出された『ポアンカレ予想』。問題自体、何のことやらで、紹介する事すら不可能なのですが、番組の中で、ある数学者が言った『宇宙の成り立ちを証明ことになる』という人知を越えた神の領域に迫る、とても恐ろしく根源的な証明問題で、これは悪魔の誘いか?、とさえ思いました。

この証明問題が解かれたとして(解かれたわけですが)、私たちの生活が一変するわけではありません。いいかえれば、これは遠大なゲームなのです。

ゲームである『数学』には、この様に、人を虜にする魅惑があります。

『フィールズ賞』ではなく1994年『ノーベル経済学賞』を受賞された数学者ジョン・ナッシュ。2001年公開のハリウッド映画『ビューティフル・マインド』は、彼の数学者としての偉業と成功、そしてその裏で統合失調症に苦しむ人生を妻と共に歩み続けた、という彼の半生を描いた作品でした。数学にのめり込むうちに、精神が冒され、存在しない人物を作り出して、それが生活に介入し、いつしか現実と架空の世界をさ迷う錯乱に陥る男ナッシュを、今だ『グラディエーター』の剣闘士イメージが強い偉丈夫ラッセル・クロウが、見事に演じきりました。また、そんな彼を献身的に支える妻アリシアをジェニファー・コネリーが演じ、彼女は2001年、この役でアカデミー賞助演賞を受賞しました。

日本の小説(後映画化された)にも数学者を主人公(助演?)にした優れた小説があります。事故によって記憶が数時間しか保てない元数学者と家政婦(そしてその子供)との交流を描いた、小川洋子さんの代表作『博士の愛した数学』です。
素数や完全数、ルート等の数学用語が小説の重要な場面で使われています。また、小川洋子さんが大の阪神タイガースファンという事もあって、小説にはそれも投影されています。
家政婦の一人息子がタイガースファンの野球少年で頭の形が平である事から元数学者からルートと呼ばれたり、江夏のタイガース時代の背番号『28』が完全数である事など、面白く数学とタイガースがコラボレーションしてエピソードとして挿入されています。


随分、横道に逸れてしまいました。戻りましょう。

『ひと』の記事で、「数学者の仕事は二つある。『誰もが知っている(?)難問に挑戦する』ことと、『未知の興味深い問題を開拓する』こと」と記され、溝口さんは後者、劇的な変化を示す『爆発現象』から数学的な法則を見いだす研究をされています。

私は(大変厚かましい意見です)、『数学』は、『ゲーム的要素が高い』ものと、そして『私たちの生活を劇的に変化させる』ものとに分類されると考えます。
樋口さんの追い求められる数学は、記事の通りとすれば後者です。

気候温暖化の影響か、この数年、大規模被害をもたらす気象現象(台風、竜巻、高温、低温、降雪等々)が世界各地を襲っています。3.11の大地震、そして津波も大規模エネルギーの『爆発現象』が引き起こした自然現象です。

それらの数学的な法則が発見され、現在よりも、一秒でも早い予知、精度の向上が図られる事によって、警報ネットワークシステムがさらに高度化され、現在よりも近未来において、それらのシステムが、尊い人命を救う究極の『命綱』となる事を期待します。


p.s.
2000年にアメリカのクレイ(スーパーコンピューターの代名詞となるコンピュータ会社です)数学研究所が、「ミレニアム賞問題」7問を発表、それぞれの難問を証明した者に100万ドルの賞金を与えると発表している。その7つの難問ですが、
1.P=NP?問題
2.ホッジ予想
3.ポアンカレ予想
4.リーマン予想
5.ヤン・ミルズ理論とmass gap
6.ナヴィエ・ストークス方程式とsmoothess
7.バーチとスウィナートン・ダイアーの予想
です。

2011年5月27日金曜日

猛烈な強さを維持した台風2号が日本に接近中、28日以降大荒れの様子です。

願い空しく、台風2号が接近してきました。雨も降り始めました…。

明日、5月28日(土)鹿島中野球部は滋賀県野洲に日帰り遠征し、近畿№1の中等部軟式クラブチーム『HIKONE JBoy's』さん、そして『野洲ブレーブス』さんとの練習試合が予定されていました。

6月24日(金)から始まる、中学生として最後の公式大会(中体連軟式野球大会)を前に、冬トレによって、昨秋より一回りも二回りも強くなった鹿島中野球部の選手達が、昨秋の中上杯で力負けした『HIKONE JBoy's』さんに臆する事なく、どう戦うか、楽しみにしていました。

しかし、台風2号は、足踏みする事なく、また現在の北西の進路を変えず中国大陸に向かうではなく、日本列島に向けて進路を変えつつあります。今年は各地とも例年より10日も早く梅雨入りとのニュースが流れました。近畿地方は昨日梅雨入りした様です。

本日、播州地方は、午前中、曇り空でしたが、雨は降りませんでした。しかし、午後に入って五月雨となっています。
台風2号は17時30分現在、フィリピンの北端に位置し、北北西に進んでいます。中心気圧は920Pa、中心付近の最大風速55m/s、最大瞬間風速は75m/sという猛烈な強さを維持しています。

明日は、台風の先触れとして、梅雨前線が刺激され、大雨になるとの予報が出ています。台風2号の予報では、5月30日(月)頃に、勢力を徐々に弱めながら日本に最接近し、西日本の南岸を北東に進み東海地方辺りに上陸すると見られています。
大雨をもたらし大きな災害を引き起こす進路を進む典型的な雨台風といえるでしょう。

先ほど、『HIKONE JBoy's』事務局長様、そして『野洲ブレーブス』事務局長様に連絡を入れました。鹿島中野球部を迎えて下さるためにご準備頂いた事に対してお礼を述べました。

この度の練習試合が中止ではなく、現在の2年生が主軸となった鹿島中野球部へと引き継がれ、必ずや試合が実現する事を願います。


ps.
台風は先ほども書いたように大雨を伴う事が考えられます。また、勢力が余り衰えずに接近した場合、暴風雨も激しいものとなると予想されます。
5月30日といえば、中間考査初日です。野球部員(だけでなく全校生徒)はしっかり自宅学習に勤しみ、また天気状況にも十分に関心を持って欲しいと思います。

2011年5月24日火曜日

中島みゆきさんの『悪女』を久し振りに聴きました。

今日、久し振りというか、中島みゆきさんの『悪女』を聴きました。
中島みゆきさんをリアルタイムで聴いていた世代です。ですが、おとんぼ(末っ子)で、20歳を過ぎても女性と面と向かって話すのが恥ずかしく(女性は大好きです。ちょっとした仕草で、すぐに好きになり、告白してよく玉砕してました。)、男連中と酒を呑み、歌を歌っている方が楽しかった、というか、そういう風にしかできなかったところがありました。

『悪女』は、私が20~21歳頃に流行った歌です。軽やかなメロディーに、曲名が『悪女』、へんな歌やなぁくらいしか思いませんでした。


今日、じっくりと歌詞を聴き入りました。
浮気癖のある彼氏から別れを切り出させようとして、自分も友人(マリコさん)宅や映画館、ホテルのロビーで時間を潰し、彼氏に浮気をしている素振りを見せて、愛想を尽かせよとする。でも気付くと帰る場所は彼氏しかいない、でも電話をしてもいつも受話器は外されたまま(携帯電話しか知らない世代は、この綾は分からないでしょう)。
『悪女』を演じ続けるのは切ない、という可愛い女心が綴られていました。


特に歌詞のさびの部分
「
悪女になるなら、
月夜はおよしよ素直になりすぎる

隠しておいた言葉が
ほろりこぼてしまう

『行かないで』
」

『ほろりこぼてしまう』の後一呼吸も置かずに『行かないで』と続けたセリフ、これまで気付きませんでした。

20歳前後で、この様な女心が分かるというか、自然に対応できる男が『もてる男』になるのでしょうね。

いやいや、深いなぁと溜め息をついた次第です。


ところで、私は、中島みゆきさんの歌での中では、特に『時代』、そして『ホームにて』という歌が好きです。

『時代』といえば中島みゆきさんの代名詞ですよね。高校時代に聴きました。なんてスケールの大きいな歌やなぁと感じた事を覚えています。



『ホームにて』は、アルバムの中に収録されている歌で、余りメジャーではない歌かもしれないけれど、
何かの理由で街を離れて故郷に帰る若者が、故郷に向かう最終電車を前にして躊躇する様子と、そっと優しく駅長が背中を押してくれる、という何気ない物語が綴られた歌詞です。

いるかさんの『なごり雪』とはちょっとシチュエーションが違うけれど、ホームでの切ない物語という点で共通していて、二曲とも、とても好きな歌です。

いつか歌って、Youtubeにアップしたいと思います。

因みに『ホームにて』の歌詞ですが以下に掲載します。

----------

ホームにて
作詞・作曲・歌 中島みゆき

ふるさとへ 向かう最終に
乗れる人は 急ぎなさいと
やさしい やさしい声の 駅長が
街なかに 叫ぶ
振り向けば 空色の汽車は
いま ドアが閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
走りだせば 間に合うだろう
かざり荷物を ふり捨てて
街に 街に挨拶を
振り向けば ドアは閉まる

振り向けば 空色の汽車は
いま ドアが閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
ふるさとは 走り続けた ホームの果て
叩き続けた 窓ガラスの果て
そして 手のひらに残るのは
白い煙と乗車券
涙の数 ため息の数 溜まってゆく空色のキップ
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券

たそがれには さまよう街に
心は 今夜もホームに たたずんでいる
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券

『反原発』ソング脚光という記事に、ずっと違和感を覚えていました。

朝日新聞 平成23年4月27日(水)夕刊の8面に掲載された記事、「『反原発』ソング脚光、インターネット上で話題」という新聞、今も机の上に取っています。

この記事は、「東京電力の福島第一原発事故をめぐり、反原発の姿勢を打ち出す楽曲が話題になっている…レコード会社やラジオ局には『自粛』の動きもあるが、インターネット投稿サイトなどで広がり続けている。」
という前文があって、本文に繋いでいます。

「この国を歩けば、原発が54基/教科書も言っていたよ、安全です/俺たちをだまして、言い訳は『想定外』」
「ずっとウソだったんだぜ/やっぱ、ばれてしまったな/ホント、ウソだったんだぜ/原子力は安全です」
この歌の題名は「ずっとウソだった」。ロック歌手斎藤和義さんのヒット曲「ずっと好きだったのに」をご本人が替え歌で歌われていて、4月上旬からネットの投稿サイトで話題になっているとの事。

また、もう一人、というか伝説のバンド、RCサクセッションの「ラヴ・ミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」で、ともに1988年のアルバム「COVERS」に収録されていたという。
86年のチェルノブイリ原発事故の影響もあり、反核の姿勢が鮮明だった。リーダーの故忌野清志郎さんは「ラヴ・ミー・テンダー」に「放射能はいらねえ/牛乳は飲みてえ」と日本語歌詞を付けた。
「サマータイム・ブルース」は「人気のない所で泳いだら/原子力発電所がたっていた/さっぱりわかんねえ/狭い日本のサマータイム・ブルース」となった。

20歳の頃、それまで『優しい』フォークに夢中だった私にとって、RCサクセションの『雨上がりの夜空に』『トランジスタラジオ』は衝撃だった。余りにも歌詞がストレートで、それで隠れファンとなっていた。

その後、最近までまったく聴かなかった、というよりも社会人になった頃は、テレビもほとんど観ない生活だった。ただ、新聞で、RCサクセッションのロック曲『君が代』が発売中止になったという記事を読んで、『反骨、ストレートは健在なり』と思ったものだ。

RCサクセッションの先の2曲は、当時の所属レコード会社『東芝EMI』は新聞広告で『素晴らしすぎて発売できません』と表明したとの事だ。タブー(触れてはいけない)があった時代でした。

その後、90年代、2000年代と清志郎さんは、『パパの歌』など、疲労困憊の同世代へのエールの曲を歌っていた。子供達に『父さんは格好いいんだぜぇ、ベイビィ』なんて気持ちで歌われていたのだと思います。

清志郎さんは、反骨の塊であったろうけれど、決して、今、頑張っている人を傷つける様な人ではない、と私は思っています。

今回の未曾有の大震災と津波によって、東日本、三陸で尊い命が奪われ、また原発は破壊され、それは日本の危機管理能力が無いに等しい事、また原発において、想定というものにあぐらをかき、何重ものセーフティ管理を怠っていた事が明らかになりました。

民主党による菅政府も1955年以降で初めて、単独で自由民主党から政権を昨年奪ったばかりで、日本の長きに渡って眠っていた野党が、漸く目覚め、政権を国民の審判で譲渡されたばかり、山積した問題も共に譲渡された中で、内政運営、外交運営ともに、これから新しいシステムを構築し、実践の中で人材を育て、山積した問題を一つ一つ処理する、という矢先の出来事で、その非力さは、一国民として泣きたいほど辛いです。

今回の大震災後の対応だけでも、彼らは、国民に対して『罪』を犯しました。『隠匿』、『説明不足・理解不足』、『鈍重』です。

しかし、日本は政府が支配する国でしょうか。日本は国民主権の民主主義国家です。日本が未曾有の危機に陥ったとき、『黙り』を決め込んだり、『政府』を避難して力を貸そうとしない、野党や在野の権力者、有識者なる者達は、一体何なのでしょうか。
もし、清志郎さんが生きていたら、今、直感で本当の『悪い奴ら』をロック魂で、『ちょけながら(播州弁です)、ふざけながら』糾弾するでしょう。

様々な問題を抱えながらも、今、破壊つくされた町の復興作業に尽力されている人がいるという事を、原発事故の被害がこれ以上拡大しない様、命がけで高濃度の放射能が渦巻く建屋内で修復作業に就かれている人がいるという事を、私たちは一時も忘れてはいけないと思います。

そして私たちは、決して風潮に流されてはいけない、問題に面前にした時には、立ち止まってでも、しっかりと問題を見つめ、考え、学び、そして自分の選択・判断・決意のもとに歩まねばなりません。そうしなければ、いつまでも責任逃れするばかりで、本当に、良い方向に歩む事などできないと思います。