クライストチャーチ大震災、日本を含め、多くの海外援助チームも早い段階から参加して、救出活動に取り組みました。
しかし、特に地震の非情さを物語る、英会話学校が入っていたという6階建てビルの跡形もなく崩壊している様、また町のランドマーク、大聖堂の無残な姿に、救助の困難さ、そして刻々と時間が過ぎて、ついに救助活動を断念しなければならなかった無念さ、被災された方、家族を失われた方、救助活動に尽力された方々の悲痛は如何ばかりかと察していたところ、
今日の午後、もしかしたら近代史において最悪となるかもしれない大震災が、この日本で発生しました。
私は丁度、息子の大学入学手続のため、閉店間際の銀行や郵便局を駆け回っていて、そのニュースを知りませんでした。というより、いつもカーラジオで聴いているKiss-FMで、『三陸沖で大地震発生』というニュースは聴いたものの、最近の群発地震ニュースの一つぐらいとしか取り合わず、聞き流していました。
自宅に戻ると、姉から電話があり、すぐテレビをつけてみてと言われて、テレビを見、事態の深刻さを理解しました。
午後2時46分頃に発生した地震は、最大震度7、マグニチュード8.8(一説には8.9) 、日本列島に沿って約400㎞にわたってのプレート崩壊による、北海道から関東沿岸まで震度6以上を記録する大震災となりました。日中ということもあって、津波の猛威が何度もテレビで繰り返されました。羽田も成田も閉鎖されていました。JRも私鉄も新幹線も、そして高速道路もすべて止まっていました。そして千葉では、ガスコンビナートが黒煙と火炎で夜空を焦がしていました。
阪神大震災は、平成7年1月17日(火)、3連休明けの早朝5時46分に発生しました。
生まれてまだ2ヶ月の長女さくらがミルクをせがみ、妻が寝室の隣の部屋に連れて行ってミルクの準備をしている最中の出来事でした。ドン!という強い押し上げの後、振幅の長い横揺れが数秒間続きました。妻がとっさに、さくらを抱きかかえて、寝室に駆け戻り、私は長男遼太郎を脇の下に寝かせて、揺れるタンスを必死に支えました。突然、ステレオのスピーカーが空中を舞って、先ほどまでさくらが寝ていた場所に落ちました。
時間が長く感じられました。揺れが収まると、タンスは数㎝動いていました。暫くしてラジオをつけると『阪神高速が横倒しになっている』という信じられないニュースが耳に入ってきました。それからの一ヶ月は、悪夢でした。
震災直下で亡くなられた方、震災後様々な身体的、心的苦痛に苛まれて亡くなられた方、約6千5千名。被災者約10万名。これほど酷い災害はもう生きている内は経験することはない、そう思っていましたが、予想は呆気なく裏切られました。
今回の地震は『東北・太平洋沿岸地震』と命名されたようですが、夜を徹して救助活動は続けられ、明日にはさらに甚大な被害状況が白日の下にさらされるでしょう。
何より危惧する事態は、福島の原子力発電所群のダメージです。政府もいち早く、この問題に対しての特別対策チームを発足させました。
しかし、施設のダメージも分からず、また炉心を冷却できなければメルトダウンを引き起こし、スリーマイル島やチェルノブイリ以上に深刻な放射能汚染を引き起こすことも考えられます。ロシアやアメリカが地震直後に直ぐに支援の手を差し伸べた主たる理由はこれだと考えます。東北の豊かな資源や、三陸の豊かな海洋資源、また太平洋の潮の流れを考えれば地球規模の放射能汚染へと拡大する可能性すらあります。
日本は、現在未曾有の不況化にあります。否、新たな転換期を迎えていると言っても過言はないでしょう。この未曾有の大災害を、友好の強弱ではなく、手を差し伸べてくれるすべての国家を迎入れて、協力し合い、日本国民の災害復興とともに、世界規模の災害となりえる事態を、知恵を出し合い、工夫し、助け合って、最小範囲に食い止める。これこそ、戦争では決して成すことができない、共栄のための試みだと考えます。
私たちは、地球という母なるガイアの薄っぺらい地殻の上で、すべての生命と共に共生しています。しかし、その事実は、災害に見舞われなければ、なかなか気づこうとはしません。
私たちの命は、計り知れないほどに重く、そして儚いことを決して忘れてはいけない、そう思います。
今は、地の怒りが静まること、放射能汚染という最悪のシナリオが破棄されること、最小の被害で収束することを、願います。
大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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パンデミックと戦うことを考える
昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...
2011年3月11日金曜日
2011年3月7日月曜日
いよいよ、おはなし会担当日が近づいてきました。
三度目となる、おはなし会(絵本朗読)担当日(3月12日(土)14時~図書館絵本コーナー)が近づいてきました。
朗読を予定している絵本は、
スーザン・バーレイさん作・絵、小川仁央さん訳『わすれなれない おくりもの』
そして
トーベ・ヤンソン『ムーミンのふしぎ』です。
『ムーミンのふしぎ』は3月2日に、漸く朗読ビデオが完成し、YouTubeにアップしました。
因みに、『ムーミンのふしぎ』ですが、この世に存在する美しいもの、大切なものは、じっと見て、しっかり覚える事により、心象風景として頭の中に、心の中にしっかり刻み込まれ、それは失われることもなく、色あせることもない、永遠に記憶に留める事ができる。登場人物であるムーミン谷の賢者スナフキンが、一途な少年ムーミンの疑問に明瞭に答えます。それがこの物語の伝えたい事でもあります
この話は、現代に生きる私たちこそ、真摯に耳を傾けなければならない、真理だと思います。
ムーミンとその仲間たちが楽しく物語を演じてくれるので、小さな観衆もきっと物語を楽しんでくれるのでは、と期待しています。
朗読ビデオを作成するようになって、特に著作権の問題に思いっきり踏み込んでいること、十分に理解しています。
弁明にしかならないのですが、
たとえば、ある人は、幼子たちに朗読する場合、作者などにはふれず(幼子には、説明不要)、またどなたが読まれても、同じように伝えられる、スタンダードな朗読手法を推奨されるとします。
ですが私は不満です。
私は、自分が読んで、観て、触れて、知って感動したことを、具体的に表現して伝えたいと思っています。
また、観衆は幼子たちだけではなく、その保護者たちもです。毎日、毎夜、幼子たちのお気に入りの絵本をせがまれ読まれている方たちです。一遍通りの読み方よりも、たとえば、作者がどの様な経歴を持ち、どの様にしてその作品を作ったかを知れば、より深く物語に向き合えます。物語によって読み方の表現が変わる、役者が役によって演じ方が変わるのと同じです。きっともっともっと楽しいことだと思います。
絵本以外の小説、映画、音楽、絵画、自然の風景、山や空や海などに触れ、見聞きすることにより、より豊かな表現で伝える事ができます。
その豊かな表現で、大切な幼子に物語を伝え聞かせることがきたら、どんなに素晴らしい事でしょう。
ちょっと諄い話になってしまいました、すいません。
要は、私は伝えたい物語、朗読したい物語を、私の感じたイメージにできる限り近づけて表現したい、そう思っています。それが私の楽しみであり、チャレンジなのです。絵本において、まずイメージの根幹は挿絵です。そして、物語を読んで、感じるメロディを現存する曲から探します。朗読の練習を積み重ね、背景となるイメージ画、イメージ曲が揃えば、ビデオを制作します。朗読の調子に合わせて絵や曲を切り替え、その他のメッセージ等追加によって、より具体的に伝えるイメージが固まります。その到達点が朗読ビデオなのです。(ですから、著作権をお持ちの方、どうか広い心で観て下さいませ。m(__)m)
私は、おはなし会の趣旨がそうであるように、一人でも、私の朗読劇、朗読ビデオが切っ掛けとなり、本の世界、音楽の世界、絵画の世界、映画の世界に興味を持ってくれたらと願います。
そしていつか、彼ら、彼女らは本物に出会うでしょう。本物は、仮想よりも何千倍、何万倍も感動を与えてくれます。その魅力に彼ら、彼女らが心を奪われてくれたらと期待して止みません。
朗読を予定している絵本は、
スーザン・バーレイさん作・絵、小川仁央さん訳『わすれなれない おくりもの』
そして
トーベ・ヤンソン『ムーミンのふしぎ』です。
『ムーミンのふしぎ』は3月2日に、漸く朗読ビデオが完成し、YouTubeにアップしました。
因みに、『ムーミンのふしぎ』ですが、この世に存在する美しいもの、大切なものは、じっと見て、しっかり覚える事により、心象風景として頭の中に、心の中にしっかり刻み込まれ、それは失われることもなく、色あせることもない、永遠に記憶に留める事ができる。登場人物であるムーミン谷の賢者スナフキンが、一途な少年ムーミンの疑問に明瞭に答えます。それがこの物語の伝えたい事でもあります
この話は、現代に生きる私たちこそ、真摯に耳を傾けなければならない、真理だと思います。
ムーミンとその仲間たちが楽しく物語を演じてくれるので、小さな観衆もきっと物語を楽しんでくれるのでは、と期待しています。
朗読ビデオを作成するようになって、特に著作権の問題に思いっきり踏み込んでいること、十分に理解しています。
弁明にしかならないのですが、
たとえば、ある人は、幼子たちに朗読する場合、作者などにはふれず(幼子には、説明不要)、またどなたが読まれても、同じように伝えられる、スタンダードな朗読手法を推奨されるとします。
ですが私は不満です。
私は、自分が読んで、観て、触れて、知って感動したことを、具体的に表現して伝えたいと思っています。
また、観衆は幼子たちだけではなく、その保護者たちもです。毎日、毎夜、幼子たちのお気に入りの絵本をせがまれ読まれている方たちです。一遍通りの読み方よりも、たとえば、作者がどの様な経歴を持ち、どの様にしてその作品を作ったかを知れば、より深く物語に向き合えます。物語によって読み方の表現が変わる、役者が役によって演じ方が変わるのと同じです。きっともっともっと楽しいことだと思います。
絵本以外の小説、映画、音楽、絵画、自然の風景、山や空や海などに触れ、見聞きすることにより、より豊かな表現で伝える事ができます。
その豊かな表現で、大切な幼子に物語を伝え聞かせることがきたら、どんなに素晴らしい事でしょう。
ちょっと諄い話になってしまいました、すいません。
要は、私は伝えたい物語、朗読したい物語を、私の感じたイメージにできる限り近づけて表現したい、そう思っています。それが私の楽しみであり、チャレンジなのです。絵本において、まずイメージの根幹は挿絵です。そして、物語を読んで、感じるメロディを現存する曲から探します。朗読の練習を積み重ね、背景となるイメージ画、イメージ曲が揃えば、ビデオを制作します。朗読の調子に合わせて絵や曲を切り替え、その他のメッセージ等追加によって、より具体的に伝えるイメージが固まります。その到達点が朗読ビデオなのです。(ですから、著作権をお持ちの方、どうか広い心で観て下さいませ。m(__)m)
私は、おはなし会の趣旨がそうであるように、一人でも、私の朗読劇、朗読ビデオが切っ掛けとなり、本の世界、音楽の世界、絵画の世界、映画の世界に興味を持ってくれたらと願います。
そしていつか、彼ら、彼女らは本物に出会うでしょう。本物は、仮想よりも何千倍、何万倍も感動を与えてくれます。その魅力に彼ら、彼女らが心を奪われてくれたらと期待して止みません。
クリント・イーストウッド監督最新作『hereafter(死後の世界)』映画感想
『hereafter(死後の世界)』、80歳にして尚、未知のテーマに挑む、挑戦者クリント・イーストウッド監督の最新作品を観てきました。
物語は、
パリで、ジャーナリストとして名声を博すものの、東南アジアでのバカンスの最中津波にのみ込まれ臨死体験し、以降『死後の世界』に取り憑かれるる女Marie(Cecile de France)、
サンフランシスコで、人の手に触れることで、その人の周りに居る死者と繋がるという特別な能力に苦悩する男George(Matt daemon)、
ロンドンで、自分の唯一の庇護者であった双子の兄を突然の事故で失い、また薬物中毒の母とも引き離される孤独な少年Marcus(George McLaren)。
女は、ジャーナリストとしての名声を失うも『死後の世界』に真正面から向き合い、ロンドンで最新著書『hereafter』を刊行する、
男は、特別な能力のために好意を抱かれた女性にも去られ、地道に続けてきた仕事も解雇されて、結局、兄にその能力を利用して稼ぐことを求められたことに嫌気がさして、一人ロンドンに旅立つ。
少年は、もう一度兄と話したいという気持ちが抑えきれず、ケースワーカーや里親の心配をよそに、最愛の兄の形見である野球帽を被り、怪しげな霊媒師の集会を尋ね歩く。そして、えせ霊媒師の嘘に落胆し、さらに誰も信用できなくなる。
そんな彼女・彼らが、偶然ロンドンのブックフェアーで出会う、もしかしたら何かに導かれたのかもしれない。
少年は、男の能力によって、兄から『いつも共に居る、だから、もう誰かに助けを求めることは止めて、自分で歩め』と諭される。少年は笑顔が戻り、里親とも病院に収容されている母とも和解する。
少年は男への感謝の気持ちとして、女性が泊まっているホテルをを知らせる。
男は、女性のホテルを訪れ、不在であることで一度は躊躇するものの、伝言を残す。
そして、男と女はカフェで出会う。
男は、これまでの『死後の世界』のビジョンではなく、彼女との『ロマンス』という白昼夢を見る。二人は寄り添い優しく握手を交わす。
end roll
『hereafter(死後の世界)』が現世に影響を与える映画は、これまで度々映画化されてきました。もっとも美しいラブロマンスとして成功したのが『ゴースト~ニューヨークの幻』でしょう。そして、近代野球の黎明と、70年代のアメリカンカルチャーを取り込んだオハイオのファンタジー『Field of Dreams』は、不滅の名作となりました。
スピルバーグ総指揮、イーストウッド監督、そして現在もっとも脂がのった俳優マット・デイモンがチームを組んで制作した、この『hereafter』。実際観賞するまでは、TVのスポットCMで流される津波のシーンが印象的で、これまでのイーストウッド監督作品同様に、驚きや、深い感動を求めて映画館映写室内のソファーに身を沈めました。
津波のシーンは迫力があった。しかし、CGによる津波シーンは『ディープ・インパクト』以来、これでもかという大災害シーンに、食傷ぎみでもあるし、東南アジアの津波といえば2004年に実際に起こった『インド洋スマトラ沖大津波』の映像がCNNで何度も流され、その映像は深く記憶に刻み込まれている。本物の映像を勝ることは不可能である。
この『hereafter』は、つまるところファンタジーでもないし、オカルトでもない。イーストウッド監督お得意の『ヒューマニズム』を描いた物語です。
どこにでもいそうな普通の人々が突然襲われる精神的な不安、社会からの疎外、という現世の問題定義と、そこからの再起を、ゆっくりとした時間を掛けて、大いなるものの視点から見守る、という趣向の物語です。
ですから、近年のイーストウッド監督作品『ミスティック・リバー』、『ミリオンダラー・ベイビー』、『チェンジリング』そして『グラン・トリノ』に身悶えて感動したものとしては、カフェの出会いで、直ぐに『Endroll』が流れ始めたときは、エェ、もう終わり???と戸惑ってしまいました。
クリント・イーストウッドの作品は、初期『ダーティー・ハリー』の派手なアクションから、言葉数は少ないが記憶に残るセリフと印象的なシーン、役者の演技・仕草、手紙などの小物を利用して、観客に自由に行間を想像させる、観客が観賞して初めてそれぞれの映画が完結するという手法を取られ、それがとても効果を高めていると思います。
ニューヨーカーであり、機関銃のような台詞回しを得意とする監督ウッディ・アレンとは対極ですが、どちらも自らの手法を極められていて大変面白いと思います。
『hereafter』は、物語に振幅が少ない分、行間を想像するのが難しい映画です。フランシス・コッポラも2007年『コッポラの胡蝶の夢』という意味深長な作品を撮られていますが、ある意味、商業性を度外視した作品を作ることができる、ハリウッドにおいて、希有で偉大な存在ということでしょうか。
『hereafter』に対して、ある映画評で『晩年の黒沢映画のよう』と、辛辣な批判ともとれる内容が掲載されていました。イーストウッドには80歳であろうと、監督であり、そして希代の俳優で有り続けて欲しいと願います。彼は、『100歳になっても挑戦したい』とコメントしていますが、いつまでも挑戦者であり続けて欲しいし、『グラン・トリノ』の様に老境であっても頑固一徹の親父を演じ続けて欲しいと思います。
物語は、
パリで、ジャーナリストとして名声を博すものの、東南アジアでのバカンスの最中津波にのみ込まれ臨死体験し、以降『死後の世界』に取り憑かれるる女Marie(Cecile de France)、
サンフランシスコで、人の手に触れることで、その人の周りに居る死者と繋がるという特別な能力に苦悩する男George(Matt daemon)、
ロンドンで、自分の唯一の庇護者であった双子の兄を突然の事故で失い、また薬物中毒の母とも引き離される孤独な少年Marcus(George McLaren)。
女は、ジャーナリストとしての名声を失うも『死後の世界』に真正面から向き合い、ロンドンで最新著書『hereafter』を刊行する、
男は、特別な能力のために好意を抱かれた女性にも去られ、地道に続けてきた仕事も解雇されて、結局、兄にその能力を利用して稼ぐことを求められたことに嫌気がさして、一人ロンドンに旅立つ。
少年は、もう一度兄と話したいという気持ちが抑えきれず、ケースワーカーや里親の心配をよそに、最愛の兄の形見である野球帽を被り、怪しげな霊媒師の集会を尋ね歩く。そして、えせ霊媒師の嘘に落胆し、さらに誰も信用できなくなる。
そんな彼女・彼らが、偶然ロンドンのブックフェアーで出会う、もしかしたら何かに導かれたのかもしれない。
少年は、男の能力によって、兄から『いつも共に居る、だから、もう誰かに助けを求めることは止めて、自分で歩め』と諭される。少年は笑顔が戻り、里親とも病院に収容されている母とも和解する。
少年は男への感謝の気持ちとして、女性が泊まっているホテルをを知らせる。
男は、女性のホテルを訪れ、不在であることで一度は躊躇するものの、伝言を残す。
そして、男と女はカフェで出会う。
男は、これまでの『死後の世界』のビジョンではなく、彼女との『ロマンス』という白昼夢を見る。二人は寄り添い優しく握手を交わす。
end roll
『hereafter(死後の世界)』が現世に影響を与える映画は、これまで度々映画化されてきました。もっとも美しいラブロマンスとして成功したのが『ゴースト~ニューヨークの幻』でしょう。そして、近代野球の黎明と、70年代のアメリカンカルチャーを取り込んだオハイオのファンタジー『Field of Dreams』は、不滅の名作となりました。
スピルバーグ総指揮、イーストウッド監督、そして現在もっとも脂がのった俳優マット・デイモンがチームを組んで制作した、この『hereafter』。実際観賞するまでは、TVのスポットCMで流される津波のシーンが印象的で、これまでのイーストウッド監督作品同様に、驚きや、深い感動を求めて映画館映写室内のソファーに身を沈めました。
津波のシーンは迫力があった。しかし、CGによる津波シーンは『ディープ・インパクト』以来、これでもかという大災害シーンに、食傷ぎみでもあるし、東南アジアの津波といえば2004年に実際に起こった『インド洋スマトラ沖大津波』の映像がCNNで何度も流され、その映像は深く記憶に刻み込まれている。本物の映像を勝ることは不可能である。
この『hereafter』は、つまるところファンタジーでもないし、オカルトでもない。イーストウッド監督お得意の『ヒューマニズム』を描いた物語です。
どこにでもいそうな普通の人々が突然襲われる精神的な不安、社会からの疎外、という現世の問題定義と、そこからの再起を、ゆっくりとした時間を掛けて、大いなるものの視点から見守る、という趣向の物語です。
ですから、近年のイーストウッド監督作品『ミスティック・リバー』、『ミリオンダラー・ベイビー』、『チェンジリング』そして『グラン・トリノ』に身悶えて感動したものとしては、カフェの出会いで、直ぐに『Endroll』が流れ始めたときは、エェ、もう終わり???と戸惑ってしまいました。
クリント・イーストウッドの作品は、初期『ダーティー・ハリー』の派手なアクションから、言葉数は少ないが記憶に残るセリフと印象的なシーン、役者の演技・仕草、手紙などの小物を利用して、観客に自由に行間を想像させる、観客が観賞して初めてそれぞれの映画が完結するという手法を取られ、それがとても効果を高めていると思います。
ニューヨーカーであり、機関銃のような台詞回しを得意とする監督ウッディ・アレンとは対極ですが、どちらも自らの手法を極められていて大変面白いと思います。
『hereafter』は、物語に振幅が少ない分、行間を想像するのが難しい映画です。フランシス・コッポラも2007年『コッポラの胡蝶の夢』という意味深長な作品を撮られていますが、ある意味、商業性を度外視した作品を作ることができる、ハリウッドにおいて、希有で偉大な存在ということでしょうか。
『hereafter』に対して、ある映画評で『晩年の黒沢映画のよう』と、辛辣な批判ともとれる内容が掲載されていました。イーストウッドには80歳であろうと、監督であり、そして希代の俳優で有り続けて欲しいと願います。彼は、『100歳になっても挑戦したい』とコメントしていますが、いつまでも挑戦者であり続けて欲しいし、『グラン・トリノ』の様に老境であっても頑固一徹の親父を演じ続けて欲しいと思います。
球春、幕開けとなる練習試合『加西市立加西中、篠山市立西紀中』観戦記
3月6日(日)、体力強化、基本練習に重点を置いた冬のトレーニングの期間が明け、今年、最初の練習試合が、加西市立加西中学校、および篠山市立西紀中学校を本校に迎えて行われました。
[試合スケジュール]
第1試合 鹿島中vs.加西中
第2試合 加西中vs.西紀中
昼休憩
第3試合 西紀中vs.加西中
第1試合加西中戦は、エース雄大が先発、後半少しコントロールを乱す場面はありましたが、7回を、よくバットが振れている加西中打線を1点に抑えました。
5回表鹿島中の攻撃、3番雄大四球、4番幸伍ヒット、5番拓樹四球でチャンスを貰い、1死から7番帆岳の内野ゴロの間に幸伍が生還してまず1点、8番孝鯛の打席でワイルドピッチによりさらに2点目を加えました。その裏、加西中もレフト前ヒット、左中間二塁打で一挙に1点差に詰め寄るものの、雄大は後続を断ち、6回表、1死から四球で出塁した健介が二塁盗塁、真己の内野ゴロの間に三塁に進塁し、雄大のタイムリーヒットで生還しました。
試合結果は3-1で鹿島中が勝利しました。
第3試合西紀中戦は、健介が先発、二遊間も一年生和也、悠将が先発出場しました。三回からセンターの悠介がセカンドに回り、雄飛がセンターに入りました。
健介は、少しコントロールのばらつきがありましたが、要所をしめて、7回を零封しました。西紀中打線もよくバットが振れ、鹿島守備陣も好プレー(セカンド)悠介のダイビングキャッチ、雄飛の後方の大飛球をキャッチ)で健介を盛りたてていました。
6回表鹿島中の攻撃、7番帆岳のレフト前ヒットを足がかりに、健介送りバント、雄飛の送りバントは内野安打となり1死一三塁、ここで1番雄大が一二塁間、けっしてよくない当たりでしたが、西紀中守備陣の乱れを誘って1点を先取。これが決勝点となりました。
試合結果は1-0で鹿島中が勝利しました。
第2試合、加西中vs.西紀中戦の結果は2-0で西紀中が勝利しました。
西紀中の応援に来られていたご家族にお話しを伺いました。
今年は例年にもまして雪が多く、冬のトレーニングは大変であった事、また西紀中の校区には三つの小学校が含まれ、内一校はバス通学となるために、16時半には下校しなければならず等、けっして十分な練習はできなかった等お話し下さいました。瀬戸内に面する鹿島中野球部員も、今年は例年になく雪経験しましたが、練習に支障をきたすものではなく、その自分たちの土地が与えてくれる恩恵に感謝し、好きな野球に真摯に取り組んで欲しい、
そう思いました。
試合の感想ですが、『勝った』というより『勝てた』という棚ぼたの感が拭いきれない試合でした。サインミスや走塁ミスでチャンスを潰すこと少なからず、守備の中継ミスにより失点もしました。期待され送り出された選手達も、皆が思いきりプレーできていたか、というと?がつきます。また、回を追う毎に、仲間を盛りたてる、自分自身を鼓舞する『掛け声』が出なくなるという悪癖が解消されていないことも、大変気になりました。
また、今年最初の練習試合、選手も、チームも監督も応援する保護者も、皆が怪我をせず、一回り大きくなって、溌剌と試合をしてくれることを期待していましたが、
直前週の学校生活内で学校のルールを破ったということで、3名がペナルティーとしてユニフォームに袖を通すことが許されず、でも、3試合、グラウンドで塁審としてゲームに参加する恩恵は与えられました。
先週土曜日、藤原先生から部員達の野球ノートを許可を得て読ませて頂きましたが、特に
『自分がチームに如何に大切な存在か』
『自分が欠けることで、チームに多大な迷惑をかける』
という言葉が、多くの部員のノートに書き記されていました。
部員達は野球が好きだから、厳しい練習にも耐え、グラウンドに立つことを目指します。
些細かもしれない誘惑で、折角のチャンスや努力をふいにすることがないこと、3名だけでなはく、すべての部員が肝に銘じて欲しいと思います。
それが君たちの、チームメイトへの、監督・顧問への、保護者への、応援して下さるすべての方への感謝の示し方ではないかと思います。
[試合スケジュール]
第1試合 鹿島中vs.加西中
第2試合 加西中vs.西紀中
昼休憩
第3試合 西紀中vs.加西中
第1試合加西中戦は、エース雄大が先発、後半少しコントロールを乱す場面はありましたが、7回を、よくバットが振れている加西中打線を1点に抑えました。
5回表鹿島中の攻撃、3番雄大四球、4番幸伍ヒット、5番拓樹四球でチャンスを貰い、1死から7番帆岳の内野ゴロの間に幸伍が生還してまず1点、8番孝鯛の打席でワイルドピッチによりさらに2点目を加えました。その裏、加西中もレフト前ヒット、左中間二塁打で一挙に1点差に詰め寄るものの、雄大は後続を断ち、6回表、1死から四球で出塁した健介が二塁盗塁、真己の内野ゴロの間に三塁に進塁し、雄大のタイムリーヒットで生還しました。
試合結果は3-1で鹿島中が勝利しました。
第3試合西紀中戦は、健介が先発、二遊間も一年生和也、悠将が先発出場しました。三回からセンターの悠介がセカンドに回り、雄飛がセンターに入りました。
健介は、少しコントロールのばらつきがありましたが、要所をしめて、7回を零封しました。西紀中打線もよくバットが振れ、鹿島守備陣も好プレー(セカンド)悠介のダイビングキャッチ、雄飛の後方の大飛球をキャッチ)で健介を盛りたてていました。
6回表鹿島中の攻撃、7番帆岳のレフト前ヒットを足がかりに、健介送りバント、雄飛の送りバントは内野安打となり1死一三塁、ここで1番雄大が一二塁間、けっしてよくない当たりでしたが、西紀中守備陣の乱れを誘って1点を先取。これが決勝点となりました。
試合結果は1-0で鹿島中が勝利しました。
第2試合、加西中vs.西紀中戦の結果は2-0で西紀中が勝利しました。
西紀中の応援に来られていたご家族にお話しを伺いました。
今年は例年にもまして雪が多く、冬のトレーニングは大変であった事、また西紀中の校区には三つの小学校が含まれ、内一校はバス通学となるために、16時半には下校しなければならず等、けっして十分な練習はできなかった等お話し下さいました。瀬戸内に面する鹿島中野球部員も、今年は例年になく雪経験しましたが、練習に支障をきたすものではなく、その自分たちの土地が与えてくれる恩恵に感謝し、好きな野球に真摯に取り組んで欲しい、
そう思いました。
試合の感想ですが、『勝った』というより『勝てた』という棚ぼたの感が拭いきれない試合でした。サインミスや走塁ミスでチャンスを潰すこと少なからず、守備の中継ミスにより失点もしました。期待され送り出された選手達も、皆が思いきりプレーできていたか、というと?がつきます。また、回を追う毎に、仲間を盛りたてる、自分自身を鼓舞する『掛け声』が出なくなるという悪癖が解消されていないことも、大変気になりました。
また、今年最初の練習試合、選手も、チームも監督も応援する保護者も、皆が怪我をせず、一回り大きくなって、溌剌と試合をしてくれることを期待していましたが、
直前週の学校生活内で学校のルールを破ったということで、3名がペナルティーとしてユニフォームに袖を通すことが許されず、でも、3試合、グラウンドで塁審としてゲームに参加する恩恵は与えられました。
先週土曜日、藤原先生から部員達の野球ノートを許可を得て読ませて頂きましたが、特に
『自分がチームに如何に大切な存在か』
『自分が欠けることで、チームに多大な迷惑をかける』
という言葉が、多くの部員のノートに書き記されていました。
部員達は野球が好きだから、厳しい練習にも耐え、グラウンドに立つことを目指します。
些細かもしれない誘惑で、折角のチャンスや努力をふいにすることがないこと、3名だけでなはく、すべての部員が肝に銘じて欲しいと思います。
それが君たちの、チームメイトへの、監督・顧問への、保護者への、応援して下さるすべての方への感謝の示し方ではないかと思います。
2011年3月1日火曜日
高砂南高等学校 29回生卒業式 唱歌斉唱、校歌斉唱
平成23年2月28日(月)、冷たい雨が降るこの日、
高砂南高等学校 29回生卒業式が、厳粛に、粛々と行われました。
唱歌斉唱では、『仰げば尊し』の一番、三番が歌われ、
『蛍の光』は一番、二番が歌われました。
そして、最後に全員で校歌を斉唱し、卒業式は万感の内に閉式となりました。
『仰げば尊し』
(1)仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば
(2)互(たがい)に睦し 日ごろの恩
別るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば
(3)朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば
唱歌『蛍の光』
(1)蛍の光 窓の雪
書読む月日 重ねつつ
いつしか年も すぎの戸を
開けてぞ今朝は 別れゆく
(2)とまるも行くも 限りとて
互みに思う 千万の
心のはしを ひとことに
幸くとばかり 歌うなり
(3)筑紫のきわみ 陸の奥
海山遠く へだつとも
その真心は へだてなく
ひとえに尽くせ 国のため
(4)千島の奥も 沖縄も
八洲のうちの まもりなり
いたらん国に いさおしく
つとめよわがせ つつがなく
『兵庫県立高砂南高等学校』校歌
作詞 馬場鉄夫
作曲 和田 正
(1)かずかぎりなき 波の秀の
播磨灘をぞ 前に見て
強穀の心 培いつ
山なみはるか 稲毘野の
おだしき空に 清明の
心を養い 来りたる
南、南、高砂南
(2)豊旗雲の なびく見て
加古のみなとの 夕風に
壮士の意気を もたん我
いにしえ今も 稲毘野の
色とりどりの 草のさま
みやび心を 持たんかな
南、南、高砂南
(3)心を磨き 技を練り
尾上の松を 友として
固きみさおを 学ばなん
心こぼしき 高砂は
我がふるさとぞ 君とみや
はばたく空に 光りあれ
南、南、高砂南
『仰げば尊し』そして『蛍の光』は、私の時代は、定番でした。
そのメロディは、哀愁を帯びつつも、凛とした気持ちにさせてくれます。
『仰げば尊し』について、
「Song for the Close of School」という楽曲が、1871年に米国で出版された楽譜『The Song Echo: A Collection of Copyright Songs, Duets, Trios, and Sacred Pieces, Suitable for Public Schools, Juvenile Classes, Seminaries, and the Home Circle.』に収録されていた事実を、桜井雅人一橋大学名誉教授が2011年1月に発見されました。同書が基本的に初出の歌曲を載せていることと、旋律もフェルマータの位置も同曲と同一であることから、恐らくこれが原曲であろうと思われます。
「蛍の光」は、スコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」を原曲としたことはよく知られています。
(以上、ウィキペディア百科事典からの引用です)
歌詞は、戦前に付けられたもので、『仰げば尊し』は師崇拝甚だしく、また『蛍の光』はお国のためと言わんばかり、ということで、戦後、特に最近では小、中学校ではほとんど歌われなくなりました。
あらためて歌詞を読むと、『蛍の光』第四番などは特に時代錯誤で、歌われないのは当然と思います。
ただ『仰げば尊し』は、ここまで尊べる師に出会えたらどんなに幸せか、と思います。
そういう師のもとで、学び、励み、そして旅立つ時に、この歌を捧げられたらどんなに素晴らしいか、と思います。
卒業生一人ひとりに、恩師が点された燈火がいつまでも輝き続けることを願います。
長男遼太郎の卒業式に、生徒たちの晴れやかな船出に、立ち会えたことに感謝一杯です。
高砂南高等学校 29回生卒業式が、厳粛に、粛々と行われました。
唱歌斉唱では、『仰げば尊し』の一番、三番が歌われ、
『蛍の光』は一番、二番が歌われました。
そして、最後に全員で校歌を斉唱し、卒業式は万感の内に閉式となりました。
『仰げば尊し』
(1)仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば
(2)互(たがい)に睦し 日ごろの恩
別るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば
(3)朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば
唱歌『蛍の光』
(1)蛍の光 窓の雪
書読む月日 重ねつつ
いつしか年も すぎの戸を
開けてぞ今朝は 別れゆく
(2)とまるも行くも 限りとて
互みに思う 千万の
心のはしを ひとことに
幸くとばかり 歌うなり
(3)筑紫のきわみ 陸の奥
海山遠く へだつとも
その真心は へだてなく
ひとえに尽くせ 国のため
(4)千島の奥も 沖縄も
八洲のうちの まもりなり
いたらん国に いさおしく
つとめよわがせ つつがなく
『兵庫県立高砂南高等学校』校歌
作詞 馬場鉄夫
作曲 和田 正
(1)かずかぎりなき 波の秀の
播磨灘をぞ 前に見て
強穀の心 培いつ
山なみはるか 稲毘野の
おだしき空に 清明の
心を養い 来りたる
南、南、高砂南
(2)豊旗雲の なびく見て
加古のみなとの 夕風に
壮士の意気を もたん我
いにしえ今も 稲毘野の
色とりどりの 草のさま
みやび心を 持たんかな
南、南、高砂南
(3)心を磨き 技を練り
尾上の松を 友として
固きみさおを 学ばなん
心こぼしき 高砂は
我がふるさとぞ 君とみや
はばたく空に 光りあれ
南、南、高砂南
『仰げば尊し』そして『蛍の光』は、私の時代は、定番でした。
そのメロディは、哀愁を帯びつつも、凛とした気持ちにさせてくれます。
『仰げば尊し』について、
「Song for the Close of School」という楽曲が、1871年に米国で出版された楽譜『The Song Echo: A Collection of Copyright Songs, Duets, Trios, and Sacred Pieces, Suitable for Public Schools, Juvenile Classes, Seminaries, and the Home Circle.』に収録されていた事実を、桜井雅人一橋大学名誉教授が2011年1月に発見されました。同書が基本的に初出の歌曲を載せていることと、旋律もフェルマータの位置も同曲と同一であることから、恐らくこれが原曲であろうと思われます。
「蛍の光」は、スコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」を原曲としたことはよく知られています。
(以上、ウィキペディア百科事典からの引用です)
歌詞は、戦前に付けられたもので、『仰げば尊し』は師崇拝甚だしく、また『蛍の光』はお国のためと言わんばかり、ということで、戦後、特に最近では小、中学校ではほとんど歌われなくなりました。
あらためて歌詞を読むと、『蛍の光』第四番などは特に時代錯誤で、歌われないのは当然と思います。
ただ『仰げば尊し』は、ここまで尊べる師に出会えたらどんなに幸せか、と思います。
そういう師のもとで、学び、励み、そして旅立つ時に、この歌を捧げられたらどんなに素晴らしいか、と思います。
卒業生一人ひとりに、恩師が点された燈火がいつまでも輝き続けることを願います。
長男遼太郎の卒業式に、生徒たちの晴れやかな船出に、立ち会えたことに感謝一杯です。
高砂南高等学校第29回生卒業式 卒業生代表立岩さんの答辞に感動しました
『わたしたち29回生は、今日卒業します』
から始まった、卒業生代表立岩さんの答辞は、
入学当初のオリエンテーション合宿で一日目から三教科のテストがあった事、
修学旅行が海外旅行でなく国内旅行に変更になった事、
その国内旅行『沖縄旅行』で出会った感動、
宿舎での絶対正座したくない私たち対、指導に力を入れる先生方のと対決、
等々、正直かつユーモア溢れるエピソードが綴られ、
文化祭、
体育大会、
部活動、
修学旅行、
進路、
等々、それぞれの行事のエピソードから、どの様して友情を育んできたか、また先生、友だち、用務員の方々、先輩後輩、父母そして家族に、如何に支えられたか、そして感謝の気持ちが溢れ、
『学校って楽しい、と気づいた時にはもう卒業が目の前でした』
という卒業への素直な戸惑い、
そして、
『明日も学校に来て、教室のドアを開けると、お早うってみんなが笑顔で話しかけてくれる』
『ほんとうはもっともっと、この校舎で体育館でグラウンドでみんなとずっと笑って過ごしていたいです』
『そんな気持ちを胸にしまって、私たちは明日から、別々の道を歩き始めます』
『この高南に学んだ事、できた仲間を誇りに、歩み続けます』
という、明日からはすべてを思い出と誇りにして、歩んでゆくという美しい決意で締めくくられました。
私は三年間、ほとんど学校を訪れた事がなかったですが、答辞を聴き、それぞれのエピソードが目の前に浮かんでくるようでした。
それほどに、充実した三年間を過ごした彼女・彼らに、『おめでとう!』という感謝を込めた言葉を贈りたいです。
また、校長出村先生から、学年主任小林先生から贈って頂いた言葉、『生きていてよかった』という場面に彼女・彼らが数多く出会えることを期待するとともに、『一人では生きてはゆけない、育んできた友情を大切に』という言葉をしっかりと胸に刻んで一歩一歩、地道に歩んで欲しい、そう願います。
最後に、『遼太郎、卒業おめでとう!』、よく家に遊びに来ていた『雄太、大地、真志、慎哉、祐輔、優樹、俊宏、隆佑、卒業おめでとう!』
そして三年間担任としてお世話になった、田中俊行先生、西川 哲先生、山本 智先生、本当に有り難うございました。
今後も、彼らの拠り所としてあって下さい。よろしくお願い致します。
から始まった、卒業生代表立岩さんの答辞は、
入学当初のオリエンテーション合宿で一日目から三教科のテストがあった事、
修学旅行が海外旅行でなく国内旅行に変更になった事、
その国内旅行『沖縄旅行』で出会った感動、
宿舎での絶対正座したくない私たち対、指導に力を入れる先生方のと対決、
等々、正直かつユーモア溢れるエピソードが綴られ、
文化祭、
体育大会、
部活動、
修学旅行、
進路、
等々、それぞれの行事のエピソードから、どの様して友情を育んできたか、また先生、友だち、用務員の方々、先輩後輩、父母そして家族に、如何に支えられたか、そして感謝の気持ちが溢れ、
『学校って楽しい、と気づいた時にはもう卒業が目の前でした』
という卒業への素直な戸惑い、
そして、
『明日も学校に来て、教室のドアを開けると、お早うってみんなが笑顔で話しかけてくれる』
『ほんとうはもっともっと、この校舎で体育館でグラウンドでみんなとずっと笑って過ごしていたいです』
『そんな気持ちを胸にしまって、私たちは明日から、別々の道を歩き始めます』
『この高南に学んだ事、できた仲間を誇りに、歩み続けます』
という、明日からはすべてを思い出と誇りにして、歩んでゆくという美しい決意で締めくくられました。
私は三年間、ほとんど学校を訪れた事がなかったですが、答辞を聴き、それぞれのエピソードが目の前に浮かんでくるようでした。
それほどに、充実した三年間を過ごした彼女・彼らに、『おめでとう!』という感謝を込めた言葉を贈りたいです。
また、校長出村先生から、学年主任小林先生から贈って頂いた言葉、『生きていてよかった』という場面に彼女・彼らが数多く出会えることを期待するとともに、『一人では生きてはゆけない、育んできた友情を大切に』という言葉をしっかりと胸に刻んで一歩一歩、地道に歩んで欲しい、そう願います。
最後に、『遼太郎、卒業おめでとう!』、よく家に遊びに来ていた『雄太、大地、真志、慎哉、祐輔、優樹、俊宏、隆佑、卒業おめでとう!』
そして三年間担任としてお世話になった、田中俊行先生、西川 哲先生、山本 智先生、本当に有り難うございました。
今後も、彼らの拠り所としてあって下さい。よろしくお願い致します。
2011年2月24日木曜日
小説『朗読者』読後感想、映画『愛を読むひと』視聴感想
『壊れゆく女、沈みゆく少年』の半世紀にわたるラブストーリーです。愛(育まれる愛、失われた愛)という主軸で読み進めるだけでも十分に感動しましたが、第二次世界大戦が招いた悲劇、そしてタイトルで示された『朗読』が醸しだすサスペンス、これらの要素が物語を深遠にしています。
ドイツの大学教授であるペルンハルト・シュリンク氏が書かれた小説で、1995年に出版されました。英語翻訳版もそうそうに発売され、ドイツやアメリカでベストセラーとなりました。日本では2000年に松永美穂氏の訳書が刊行されました。
2009年に日本で上映された、ケイト・ウィンスレット主演『愛を読むひと -The Reader-』の原作となる小説です。ケイト・ウィンスレットさんは2009年、この映画でアカデミー主演女優賞を受賞されています。
この小説は、私の楽しみの一つ書店探訪の際に見つけました。『朗読者』というタイトルに、朗読も楽しみの一つである私は引かれました。また帯に『映画「愛を読むひと」の原作』と書かれてあったことが購入の決め手となりました。
読み終えてからもう二、三ヶ月くらい経ちます。直ぐに読後感想を書き留めようと思いましたが、たぶん十分に反芻できていなかったからでしょう、書けませんでした。
先日、映画『愛を読むひと<完全無修正版>』を観ました。小説も読み直し、漸く読後感想を書こうと立ちました。
物語のあらすじです。
[第一章]
全編の語り部となる少年が15歳の時、20歳近く年齢が離れた女性と出会います。
少年が街角で具合が悪くなったとき、偶然出会し、母のように優しく、てきぱきと彼を介抱してくれた女性のアパートにお礼に訪れた際、あけすけな女性の振るまいの中に甘美なものを感じ、再び女性のアパートを訪れます。仕事帰りの女性から指示を受けて暖を取る燃料のコークスを地下室へ取りに行きますが、作業中コークスの山が崩れ彼は真っ黒になり、女性から風呂に入るよう指示され、いわれるままに裸になって風呂に入ります。バスタオルを持って部屋に入ってきた女性に背を向け、体をふいて貰った後、女性も真っ裸であることを感じ、女性から『このために来たんでしょ』と誘われるまま彼は初めてSexをします。女性にすれば行きずりの関係のつもりであったでしょうが、少年はSexにそして女性に溺れてゆき、遂には愛を育む関係(Make Love)に進展します。
何度目かの情事の後、二人は名乗りあい(少年はミヒャエル・ベルク(映画ではマイケル・バーグ)、女性はハンナ・シュミッツであることがわかります)、また女性は少しだけ少年に素性を話します。ある時、ベットの中でハンナは、ミヒャエルに学校で習っているテキストの朗読をせがみます。そして以降の情事は朗読の後に、という約束が交わされます。ミヒャエルは、ホメロスの叙情詩から『オデッセイア』、父親の書棚にあるカントの哲学論まで朗読します(映画では友だちから借りた『チャタレー夫人』を朗読中、ハンナから『卑猥だわ』『恥を知りなさい』と母親の如く指摘されるシーンがありました)。
しかし、夏の終わり、突然ハンナはアパートを引き払い彼の前から姿を消します。
[第二章]
8年後、ミヒャエルは法科を学ぶ学生となり、担当教授の勧めで、ナチス戦犯裁判を傍聴します。傍聴したのは、被告として数名の中年女性が、1944年当時、アウシュビッツ強制収容所の女性棟の看守として『死の選別』に加担していた罪および、クラクフ収容所でユダヤ人を『死の行進』に追いやり、ある村で一晩ユダヤ人を詰め込んだ教会棟が空爆の直撃を受け出火したのに閉じ込めたままにして、今法廷で証言する母子二人を除く全員を死に追いやった罪での公開裁判です。そこで、被告席に座るハンナの姿を目にします。
ハンナは、ミヒャエルにとって、今も愛し、と同時に憎む存在となっていました。
ミヒャエルは講義を欠席し、結審するまで傍聴を続けます。そして、ハンナの隠された秘密、ハンナが去っていった理由に辿り着きます。それは、ハンナにとって有利な証言となりうるものでしたが、ハンナは最後まで隠し通し、ミヒャエルも公にはしません。
ハンナは17歳の頃、ルーマニア地方の田舎からベルリンに出、その後シーメンスに務めます。21歳の時、SSに入隊し、ユダヤ人女性収容所の看守となります。そして戦後、ミヒャエルの住む町で、市電の車掌の職に就きます。町に住むに際し、ハンナは当局に届けも出していました。
被告の中で、ハンナだけが罪状を認めます。アウシュビッツでは収容所が収容者で溢れないよう、命令に従って、それぞれの看守が毎日10名を選別するという職務を全うしたことを話し、また、あの時、私はどうすればよかったのかを裁判官に訴えます。
審議の中で、ハンナがお気に入りを毎夜部屋に連れて行ったという事実にも言及されました。しかし、その本当の理由は、証言席に座る生き残った子からもたらされました。
ハンナは、ユダヤ人の少女らを辱めたのではなく、少女らに暖かい食事とベットを提供する替わりに本を朗読させていました。
しかし、審議は、被告全員が関わっていたとするハンナの証言を、自らの罪を軽くしようとする虚偽と決めつけ、ハンナは厳しい立場に立たされます。
そして、『死の行進』、『出火した教会からユダヤ人達を開放せず焼き殺した罪』の証拠として当時の報告書が提出され、それはどの様にして書かれたものかという詰問に対して、ハンナ以外の被告全員が、ハンナが命令を下す立場であり、私たちは従っただけ、報告書もハンナが書いたと証言します。ハンナは追い詰められます。そして、裁判官が筆跡鑑定のため、ハンナにペンと用紙を渡して書くことを求めます。そしてハンナは筆跡鑑定には応じず、報告書は私が書いたものだと認めます。映画では、この場面でミヒャエルのハンナと過ごした夏の日の思い出が回想されます。二人で自転車旅行に出かけたカフェでの出来事、彼女はメニューをろくに見ずにミヒャエルに決めてといいます。旅行のガイドブックも地図も全く見ず、『坊やのサプライズを楽しみしている』とだけ告げます。そして、あれだけ朗読を求めるのに自分で本を読もうとしなかったこと・・・ミヒャエルははっと気づきます、ハンナが文盲であることに気づきます。
何故、ハンナがシーメンスを辞めたのか、市電の車掌の職を辞めたのか、その時期が明らかになります。彼女は職務に忠実でしっかりと仕事をこなすために昇進を打診されます。普通なら大喜びのところが、彼女は逃げるように職を辞していました。
すべては彼女の小さな恥が、自ら道を閉ざし、大きな罪を背負い、彼女の人生を狂わしてきたことが明らかになります。
そして結審の日が訪れ、ハンナには殺人の首謀者として無期懲役が言い渡され、他の被告は殺人幇助として期間の短い懲役刑が言い渡さました。
[第三章(終章)]
ミヒャエルは、修士を納め、国家試験に合格し晴れて法学者となりました。結婚し、ひとり子を授かり、離婚もしました。彼は仕事においては成功しましたが、我が子にさえ心を開く事ができない、人を愛せない者となっていました。
時が過ぎ、彼は自宅でしまい込んでいた古い本を見つけます。ハンナに朗読したかつての本です。
彼は、カセットテープレコーダーを取り出して、テープに朗読を吹き込みました。そしてついに彼は一歩を踏み出したのです。朗読テープを服役しているハンナに送り届けたのでした。
以下、本文の引用 第3章6節 -----
カセットによる多弁で寡黙なぼくたちの接触の四年目に、彼女からの挨拶が届いた。
「坊や、この前のお話しは特によかった。ありがとう。ハンナ」
その紙には線が引いてあった。書き方練習帳から一ページを破って、皺を伸ばしたものだった。その挨拶は上の方に書かれていて、三行にわたっていた。文字は青の、インクの出が悪いボールペンで書かれている。ハンナが力を込めて文字を書いたために、文字が紙の裏にまで浮き上がっていた。住所も力一杯書いてあって、真ん中でたたんで封筒に入れた紙の上半分と下半分に住所が筆圧で写って、読むことができた。
ぱっと見ると、まるで子どもが書いた文字のようだった。しかし、子どもの場合には不器用でぎこちないという表現が当てはまるのだろうが、ハンナが克服しなければならなかった抵抗のあとを見ることができた。あっちこっちへそれたがる子どもの手は、文字のきまりのなかにとじこめておかなければいけない。しかし、ハンナの手はどこへも行きたがっておらず、無理矢理前へ進ませなければならなかった。文字を形成する線は、上へ行ったり下へ行ったり弧や輪を描いたりする際にぷつぷつと途切れ、また新しく書き始められていた。どの文字も、新たな戦いの成果であり、規格外の斜線や急カーブがくっついていたし、しばしば長すぎたり幅が広すぎたりした。
ぼくはハンナの手紙を読んだ。そして、歓喜に満たされた。
「彼女は書ける、書けるようになったんだ!」
それまでの何年にもわたって、ぼくは文盲についての記事を探しては、目を通してきた。文盲の人々が日常生活を送る際の寄る辺なさや、道や住所を見つける際の困難、レストランで料理を選ぶときの大変さ。与えられた規範や確立されたルーティーンに従う際の不安や、読み書きできないことを隠すために、本来の生活とは関係のないところで費やされるエネルギー。そうした事情をぼくは知るところとなった。文盲であるということは、市民としての成熟に達することができない、とうことだった。ハンナが読み書きを習う勇気を持ってくれたことは、未成熟から成熟への一歩を踏み出したことでもあり、それは啓蒙への一歩だった。
それからぼくはハンナの筆跡を見、書くことが彼女にとってどれほどの力と戦いを必要とすることだったかを理解した。彼女を誇らしく思った。と同時に、その努力が遅すぎたことや、彼女の人生が失われてしまったことを思って悲しくもあった。正しいタイミングを逸してしまい、あまりにも長いあいだ拒んだり、拒まれたりしていたら、最終的に力を注いだり、喜びを持って取り組んだりしたとしても、もう遅すぎるのだ。それとも「遅すぎる」ということはなくて、単に「遅い」というだけであり、遅くてもやらないよりはましということなのか?ぼくにはわからない。
最初の挨拶のあと、次の手紙が一定の間隔で届くようになった。いつもほんの二、三行で、お礼とか、あの作家の作品がもっと聞きたいとか聞きたくないというような希望とか、ある作家や詩、ストーリーや小説の登場人物についての感想、刑務所で気づいたことなどが書かれていた。「中庭ではもうレンギョウが咲いています」とか、「この夏は雷がたくさん鳴るのがいいですね」とか、「窓から鳥たちが南へ渡る準備をして群れているのが見えます」など。ぼくはよく、ハンナからの手紙のおかげで初めてレンギョウや雷や鳥の群れに気づいたものだった。文学についての彼女のコメントは、しばしば驚くほど正確だった。「シュニッツラーが吠えるのに比べて、シュテファン・ツヴァイクは死んだ犬のようです」とか、「ケラーには奥さんが必要ですね」とか、「ゲーテの詩はきれいな額縁に入れた小さな絵のようです」「レンツはきっとタイプライターで書いているのでしょうね」など。彼女は作家について何も知らなかったので、そんなことはあり得ないとはっきりわかる場合を除いて、多くの古い文学作品がまるで今日の話のように読めることや、歴史の知識のないものから見れば、過去の生活環境というのは、遠い地域にいまでも存在している生活環境として理解できることを知って、ぼくは驚いた。
ぼくからハンナには何も書かなかった。しかし、朗読テープはどんどん送り続けた。一年間アメリカに滞在したときも、そこからテープを送った。休暇で出かけるときや、特別仕事が忙しいときには、次のカセットが完成するまでに間があくこともあった。決められたリズムではなく、毎週テープを送ることもあれば、十四日で一本、あるいは三、四週間で一本ということもあった。字を読めるようになったハンナにはぼくのカセットはもう必要ないのではないか、と頭を悩ませることはなかった。彼女が自分で読むことは構わない。朗読がぼくの流儀であり、彼女に対して話しかけ、ともに話をする方法だった。
彼女からの手紙は全部とっておいた。筆跡は変わっていった。最初、彼女は文字を同じ方向にそろえ、正しい長さや幅にしようと奮闘していた。それができるようになってからは、筆跡も軽く、確かなものになっていった。しかし、流れるような筆跡になることはなかった。しかし、生涯にそれほど字を書かなかった年配者たちの筆跡にふさわしい、ある種の厳しい美しさがその筆跡にはあった。
以上引用 -----
ハンナは18年(映画では20年)の服役の後、釈放されることになりました。年老い身寄りのないハンナを案じる女性刑務所長は、唯一ハンナと手紙の遣り取りをしてきたミヒャエルに『ハンナの社会復帰を手助けして欲しい』との手紙を送ります。
そしてハンナの釈放一週間前、ついにミヒャエルは、ハンナが住む刑務所を訪れ、四半世紀振りに二人は対面します。
以下、本文の抜粋 第3章8節 -----
ハンナ? ベンチに座っている女性がハンナなのか? 灰色の髪で、額にも頬にも口元にも深い縦皺が刻み込まれ、重たげな体つきをしたこの人が?
~
ぼくは彼女の顔に浮かんだ期待と、ぼくを認めたときにその期待が喜びに変わって輝くのを見た。近づいていくと彼女はぼくの顔を撫でるように見つめた。彼女の目は、求め、尋ね、落ち着かないまま傷ついたようにこちらを見、顔から生気が消えていった。ぼくがそばに立つと、彼女は親しげな、どこか疲れたようなほほえみを浮かべた。
「大きくなったわね、坊や」
ぼくは彼女の隣に座り、彼女はぼくの手を取った。
~
「出所できると聞いてうれしいよ」
「ほんとうに?」
「そうだよ、それに、近くに来てもらえるのもうれしいよ」
ぼくは彼女に、自分が見つけたアパートと仕事の話をし、その地区の文化的・社会的催しや、市立図書館のことを話した。
「本はたくさん読むの?」
「まあまあね。朗読してもらう方がいいわ」
彼女はぼくを見つめた。
「それももう終わりになっちゃうのね」
「どうして終わりにする必要がある?」
そう言ったものの、ぼくは彼女にこれからもカセットを送るとか、会って朗読するとかいう相談はしなかった。
「君が字を読めるようになって、とてもうれしかったし感心したよ。なんて素敵な手紙を送ってくれんたんだろう!」
これはほんとうだった。ぼくは彼女が字を覚え、手紙を書いてくれたことで、感心したし、喜びもしたのだ。しかし、ハンナが読み書きを覚えるために払った犠牲に比べたら、訪問したり、一緒に話をすることさえしないぼくの喜びなど、なんてちっぽけなものなのだろう。ぼくは彼女を小さな隙間に入れてやっただけだった。その隙間はぼくにとっては重要だったし、ぼくに何かを与え、ぼくもそのために行動はしたが、隙間は隙間であって、人生の中のちゃんとした場所ではなかった。
~
「裁判で話題になったようなことを、裁判前に考えたことはなかったの? ぼくたちが一緒にいたとき、ぼくが君に朗読したとき、そのことは考えなかったの?」
「それがとても気になるわけ?」
彼女はぼくの返事を待たずに続けた。
「わたしはずっと、どっちみち誰にも理解してもらえないし、わたしが何者で、どうしてこうなってしまったかということも、誰も知らないんだという気がしていたの。誰にも理解されないなら、誰に弁明を求められることもないのよ。裁判所だって、わたしに弁明を求める権利はない。ただ、死者にはそれができるのよ。死者は理解してくれる。その場に居合わす必要はないけれど、もしそこにいたのだったら、とりわけよく理解してくれる。刑務所では死者たちがたくさんわたしのところにいたのよ。わたしが望もうと望むまいと、毎晩のようにやってきたわ。裁判の前には、彼らが来ようとしても追い払うことができたのに」
ぼくが何か言うかと彼女は待っていたが、ぼくには何も思いつかなかった。
~
「来週迎えに来るよ、いいね?」
「ええ」
「静かに来ようか、それとも少しにぎやかに、愉快にしようか?」
「静かな方がいいわ」
「わかった。静かに、音楽もシャンペンもなしで迎えに来るよ」
ぼくは立ち上がり、彼女も立ち上がった。ぼくたちは互いに見つめ合った。二度ベルが鳴り、他の女たちはもう建物の中へ入っていった。ハンナの目はもう一度ぼくの顔をなぞった。ぼくは彼女を抱きしめたが、しっかりとした手応えなかった。
「元気でね、坊や」
「君も」
そうやってぼくたちは、建物の中で別れる前に、別れの挨拶をしたのだった。
以上引用 -----
ハンナは、彼女はミヒャエルが迎えに来るその日の早朝、自殺します。
彼女は遺書を彼に残しました。彼女の部屋の中においてある古いお茶の缶に残っているお金と、銀行に入っている七千マルク(1990年半ばのレート換算で1マルク約65円、7000マルク≒約45万円)を、教会の火事で生き延びた娘さんに渡して欲しい。そのお金をどうするかは、その娘さんに決めて貰って欲しい、という遺志と、そして、ミヒャエル・ベルクに、私からからの挨拶(I seds "Hallo")を伝えて下さい、という内容ででした。
彼は、彼女の遺志を叶えるため、現在はニューヨークに豪奢なオフィスを構えるまでになった、かつての生き残った少女に会いに行きます。かつての少女は、お金は受け取らなかったものの、彼から文盲者の読み書きを支援するために使うのはどうか、とう提案を「文盲は、ユダヤ人には似つかわしくない問題かもしれないけれど」という言葉を付け加えながら了承します。
彼は、ハンナのお金を彼女の名前で寄付し、その足で、初めてそして最後となる墓参りに出かけました。
-----
誰もが人には言えない、話したくない、知られたくない秘密は二つ三つはあるでしょう。
しかし、日本語はまあ普通に扱える私にとって、ハンナの文盲として、さらに重い不幸を背負い込んでも一生隠し通したいという恥の気持ちは、何度本を読み返しても、映画を観ても、理解しがたい点です。
ハンナは仕事も日常生活もきっちりとこなす、几帳面でそしてとても真っ正直(バカ正直?)な性格です。また自尊心も相当に強そうです。にもかかわらず、出来ない事を出来る様にするという向上心が見られない。もしかしたら、あの時代が、体制が、思想が、彼女から向上心を奪ってしまっていたのなら、とても不幸なことです。またそれが真理だとするならば、現代に生きる私たちが直面している状況、政情不安、世情不安、格差社会の到来、それに伴う教育差別、就労差別が、近い将来、大多数の人々から、向上心のみならず、夢や希望まで奪いかねないとしたらそれこそ大変な問題です。
この様な問題は、広く世間に呼びかけ、訴えかけて、改革の運動へと繋げなければいけない、そう思います。但し、現在、中東諸国で起こっているような、武力闘争は断固反対ではありますが。
最後に、映画『愛を読むひと』について書きます。
この映画は、本の第一章に当たる、前半部で性行為が具体的に描かれ、性器も隠されることなく、ぼかされることなく、写っています。社会派ドラマ作品として私が観た映画では、『シンドラーのリスト』とこの作品だけではないかと思います。
物語のあらすじ、第一章で表現した、あけすけな、ありのままの日常を切り取った場面や、登場人物の仕草、会話からエロティズム以上に内面の葛藤が裸である故か、ストレートに伝わってきました。
そして後半部、ミヒャエルが迎えに来る当日の早朝にハンナが自殺するシーン、本では描かれていないプロットです。彼女は自室の本棚から分厚い書籍を数冊抜きだして、机の上に平積みします。そして、靴を脱いで、その本の上に素足を置き、首つり自殺を図ります。
彼女の死の理由について、原作では刑務所長の一般的な意見として、『長期収監された者にとって、社会復帰は相当なストレスとなる』で彼女の死を暗示します。
しかし映画では、ミヒャエルからの朗読テープを聴き続ける内に、自分で本を読みたい、彼に朗読の感想を伝えたたい、彼と気持ちを通わしたいという欲望が芽生え、彼女はミヒャエルの朗読と彼が読む本を図書室から借りて、単語を一つ一つ数えながら覚えるという戦いを始めます。そして、彼からの荷物を受け取る際のサインですが、始めの頃は、ただの波線であったものが、やがてしっかりと"Hanna"とサインできる様になります。彼女が文盲を克服したサインです。彼女は文盲を克服し、彼女の旺盛な読書欲はいつしか文字の源泉である書籍を従わせるまでになります。それが、先の彼女の死の所作で表現されていると思います。
彼女は、文盲という頸木を下ろし、ついに彼女を抑制するものから開放されます。と同時に、彼女は、自ら、罪を精算すべく進んで死を選びます。彼女は逃げるのではなく、前に進むために自死を選択したのだ、そう映像作家は語っていると思います。
[The Reader Official Web Site]
http://www.thereader-movie.com/
少年時代のミヒャエルを演じたダフィット・クロスは、ひ弱さ、優柔不断さとともに、彼女を知る事で、彼女から褒められることで、自信や自立心も芽生える、そんな難しい役どころを感情豊かに演じていました。
ハンナ・シュミッツを演じたケイト・ウィンスレットは、ほぼデビュー作品といっていい1997年の超大作『タイタニック』から14年、闊達なうら若きレディーから、一転、闇を抱える中年女性を時に大胆に、時に切なく演じていました。ケイトはハンナを36歳から70歳まで演じました。壊れてゆく、年老いてゆく女性を切々と演じていました。
そして、大人になったミヒャエルを演じたのがレイフ・ファインズ。『シンドラーのリスト』で演じた非情な収容所長アーモン・ゲート役が今でも強烈な印象として残っていますが、『イングリッシュ・ペイシェント』の飛行機事故で大火傷を負った影のある男、『ナイロビの蜂』で世界的な製薬会社の陰謀を暴く外交官、など様々な社会派ドラマで重要な役どころを演じられています。その演技は素晴らしいの一言です。ファンタジー作品では悪役が冴え、『ハリーポッターシリーズ』ではヴォルデモート卿、ギリシャ神話の英雄ペルセウスの活躍を描いた『タイタンの戦い』では、冥土を司る神ハデスと、善悪を描く物語で強烈な悪を演じ、対峙する善を引き立てています。
監督はスティーブン・ダルドリー。作家ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ婦人』から着想を得て書かれ1999年ピューリッツァー賞フィクション部門を受賞したマイケル・カミンガム作『めぐりあう時間たち』を見事に映像化した素晴らしい才能の映画人。次作となった本作も、ベストセラーのエッセンスを余すところなく取り込むという離れ業とともに、複雑な心理描写を、しっかりと映像に表現されていました。
ミヒャエルとハンナが自転車旅行した旅先の教会でハンナが子どもたちが歌う賛美歌に涙するシーン、裁判所で筆跡鑑定のためにペンと用紙を渡されたシーン、そして二人が再開するほんの短い時間の中での会話のシーン、三度も泣かされてしまいました。
映画ではもう一つ、小説では描かれていない、ミヒャエルのひとり子ジュリアとの和解が描かれています。ミヒャエルがハンナを永遠に失った後、ラストシーンで家族への愛を取り戻そうとする場面です。ミヒャエルの心の再生、明日への希望を伺わせます。
是非、『朗読者』手に取って読んでみて下さい。映画『愛を読むひと』を観賞してみて下さい。ミヒャエルとハンナが美しい朗読を貴方に届けてくれることでしょう。
ドイツの大学教授であるペルンハルト・シュリンク氏が書かれた小説で、1995年に出版されました。英語翻訳版もそうそうに発売され、ドイツやアメリカでベストセラーとなりました。日本では2000年に松永美穂氏の訳書が刊行されました。
2009年に日本で上映された、ケイト・ウィンスレット主演『愛を読むひと -The Reader-』の原作となる小説です。ケイト・ウィンスレットさんは2009年、この映画でアカデミー主演女優賞を受賞されています。
この小説は、私の楽しみの一つ書店探訪の際に見つけました。『朗読者』というタイトルに、朗読も楽しみの一つである私は引かれました。また帯に『映画「愛を読むひと」の原作』と書かれてあったことが購入の決め手となりました。
読み終えてからもう二、三ヶ月くらい経ちます。直ぐに読後感想を書き留めようと思いましたが、たぶん十分に反芻できていなかったからでしょう、書けませんでした。
先日、映画『愛を読むひと<完全無修正版>』を観ました。小説も読み直し、漸く読後感想を書こうと立ちました。
物語のあらすじです。
[第一章]
全編の語り部となる少年が15歳の時、20歳近く年齢が離れた女性と出会います。
少年が街角で具合が悪くなったとき、偶然出会し、母のように優しく、てきぱきと彼を介抱してくれた女性のアパートにお礼に訪れた際、あけすけな女性の振るまいの中に甘美なものを感じ、再び女性のアパートを訪れます。仕事帰りの女性から指示を受けて暖を取る燃料のコークスを地下室へ取りに行きますが、作業中コークスの山が崩れ彼は真っ黒になり、女性から風呂に入るよう指示され、いわれるままに裸になって風呂に入ります。バスタオルを持って部屋に入ってきた女性に背を向け、体をふいて貰った後、女性も真っ裸であることを感じ、女性から『このために来たんでしょ』と誘われるまま彼は初めてSexをします。女性にすれば行きずりの関係のつもりであったでしょうが、少年はSexにそして女性に溺れてゆき、遂には愛を育む関係(Make Love)に進展します。
何度目かの情事の後、二人は名乗りあい(少年はミヒャエル・ベルク(映画ではマイケル・バーグ)、女性はハンナ・シュミッツであることがわかります)、また女性は少しだけ少年に素性を話します。ある時、ベットの中でハンナは、ミヒャエルに学校で習っているテキストの朗読をせがみます。そして以降の情事は朗読の後に、という約束が交わされます。ミヒャエルは、ホメロスの叙情詩から『オデッセイア』、父親の書棚にあるカントの哲学論まで朗読します(映画では友だちから借りた『チャタレー夫人』を朗読中、ハンナから『卑猥だわ』『恥を知りなさい』と母親の如く指摘されるシーンがありました)。
しかし、夏の終わり、突然ハンナはアパートを引き払い彼の前から姿を消します。
[第二章]
8年後、ミヒャエルは法科を学ぶ学生となり、担当教授の勧めで、ナチス戦犯裁判を傍聴します。傍聴したのは、被告として数名の中年女性が、1944年当時、アウシュビッツ強制収容所の女性棟の看守として『死の選別』に加担していた罪および、クラクフ収容所でユダヤ人を『死の行進』に追いやり、ある村で一晩ユダヤ人を詰め込んだ教会棟が空爆の直撃を受け出火したのに閉じ込めたままにして、今法廷で証言する母子二人を除く全員を死に追いやった罪での公開裁判です。そこで、被告席に座るハンナの姿を目にします。
ハンナは、ミヒャエルにとって、今も愛し、と同時に憎む存在となっていました。
ミヒャエルは講義を欠席し、結審するまで傍聴を続けます。そして、ハンナの隠された秘密、ハンナが去っていった理由に辿り着きます。それは、ハンナにとって有利な証言となりうるものでしたが、ハンナは最後まで隠し通し、ミヒャエルも公にはしません。
ハンナは17歳の頃、ルーマニア地方の田舎からベルリンに出、その後シーメンスに務めます。21歳の時、SSに入隊し、ユダヤ人女性収容所の看守となります。そして戦後、ミヒャエルの住む町で、市電の車掌の職に就きます。町に住むに際し、ハンナは当局に届けも出していました。
被告の中で、ハンナだけが罪状を認めます。アウシュビッツでは収容所が収容者で溢れないよう、命令に従って、それぞれの看守が毎日10名を選別するという職務を全うしたことを話し、また、あの時、私はどうすればよかったのかを裁判官に訴えます。
審議の中で、ハンナがお気に入りを毎夜部屋に連れて行ったという事実にも言及されました。しかし、その本当の理由は、証言席に座る生き残った子からもたらされました。
ハンナは、ユダヤ人の少女らを辱めたのではなく、少女らに暖かい食事とベットを提供する替わりに本を朗読させていました。
しかし、審議は、被告全員が関わっていたとするハンナの証言を、自らの罪を軽くしようとする虚偽と決めつけ、ハンナは厳しい立場に立たされます。
そして、『死の行進』、『出火した教会からユダヤ人達を開放せず焼き殺した罪』の証拠として当時の報告書が提出され、それはどの様にして書かれたものかという詰問に対して、ハンナ以外の被告全員が、ハンナが命令を下す立場であり、私たちは従っただけ、報告書もハンナが書いたと証言します。ハンナは追い詰められます。そして、裁判官が筆跡鑑定のため、ハンナにペンと用紙を渡して書くことを求めます。そしてハンナは筆跡鑑定には応じず、報告書は私が書いたものだと認めます。映画では、この場面でミヒャエルのハンナと過ごした夏の日の思い出が回想されます。二人で自転車旅行に出かけたカフェでの出来事、彼女はメニューをろくに見ずにミヒャエルに決めてといいます。旅行のガイドブックも地図も全く見ず、『坊やのサプライズを楽しみしている』とだけ告げます。そして、あれだけ朗読を求めるのに自分で本を読もうとしなかったこと・・・ミヒャエルははっと気づきます、ハンナが文盲であることに気づきます。
何故、ハンナがシーメンスを辞めたのか、市電の車掌の職を辞めたのか、その時期が明らかになります。彼女は職務に忠実でしっかりと仕事をこなすために昇進を打診されます。普通なら大喜びのところが、彼女は逃げるように職を辞していました。
すべては彼女の小さな恥が、自ら道を閉ざし、大きな罪を背負い、彼女の人生を狂わしてきたことが明らかになります。
そして結審の日が訪れ、ハンナには殺人の首謀者として無期懲役が言い渡され、他の被告は殺人幇助として期間の短い懲役刑が言い渡さました。
[第三章(終章)]
ミヒャエルは、修士を納め、国家試験に合格し晴れて法学者となりました。結婚し、ひとり子を授かり、離婚もしました。彼は仕事においては成功しましたが、我が子にさえ心を開く事ができない、人を愛せない者となっていました。
時が過ぎ、彼は自宅でしまい込んでいた古い本を見つけます。ハンナに朗読したかつての本です。
彼は、カセットテープレコーダーを取り出して、テープに朗読を吹き込みました。そしてついに彼は一歩を踏み出したのです。朗読テープを服役しているハンナに送り届けたのでした。
以下、本文の引用 第3章6節 -----
カセットによる多弁で寡黙なぼくたちの接触の四年目に、彼女からの挨拶が届いた。
「坊や、この前のお話しは特によかった。ありがとう。ハンナ」
その紙には線が引いてあった。書き方練習帳から一ページを破って、皺を伸ばしたものだった。その挨拶は上の方に書かれていて、三行にわたっていた。文字は青の、インクの出が悪いボールペンで書かれている。ハンナが力を込めて文字を書いたために、文字が紙の裏にまで浮き上がっていた。住所も力一杯書いてあって、真ん中でたたんで封筒に入れた紙の上半分と下半分に住所が筆圧で写って、読むことができた。
ぱっと見ると、まるで子どもが書いた文字のようだった。しかし、子どもの場合には不器用でぎこちないという表現が当てはまるのだろうが、ハンナが克服しなければならなかった抵抗のあとを見ることができた。あっちこっちへそれたがる子どもの手は、文字のきまりのなかにとじこめておかなければいけない。しかし、ハンナの手はどこへも行きたがっておらず、無理矢理前へ進ませなければならなかった。文字を形成する線は、上へ行ったり下へ行ったり弧や輪を描いたりする際にぷつぷつと途切れ、また新しく書き始められていた。どの文字も、新たな戦いの成果であり、規格外の斜線や急カーブがくっついていたし、しばしば長すぎたり幅が広すぎたりした。
ぼくはハンナの手紙を読んだ。そして、歓喜に満たされた。
「彼女は書ける、書けるようになったんだ!」
それまでの何年にもわたって、ぼくは文盲についての記事を探しては、目を通してきた。文盲の人々が日常生活を送る際の寄る辺なさや、道や住所を見つける際の困難、レストランで料理を選ぶときの大変さ。与えられた規範や確立されたルーティーンに従う際の不安や、読み書きできないことを隠すために、本来の生活とは関係のないところで費やされるエネルギー。そうした事情をぼくは知るところとなった。文盲であるということは、市民としての成熟に達することができない、とうことだった。ハンナが読み書きを習う勇気を持ってくれたことは、未成熟から成熟への一歩を踏み出したことでもあり、それは啓蒙への一歩だった。
それからぼくはハンナの筆跡を見、書くことが彼女にとってどれほどの力と戦いを必要とすることだったかを理解した。彼女を誇らしく思った。と同時に、その努力が遅すぎたことや、彼女の人生が失われてしまったことを思って悲しくもあった。正しいタイミングを逸してしまい、あまりにも長いあいだ拒んだり、拒まれたりしていたら、最終的に力を注いだり、喜びを持って取り組んだりしたとしても、もう遅すぎるのだ。それとも「遅すぎる」ということはなくて、単に「遅い」というだけであり、遅くてもやらないよりはましということなのか?ぼくにはわからない。
最初の挨拶のあと、次の手紙が一定の間隔で届くようになった。いつもほんの二、三行で、お礼とか、あの作家の作品がもっと聞きたいとか聞きたくないというような希望とか、ある作家や詩、ストーリーや小説の登場人物についての感想、刑務所で気づいたことなどが書かれていた。「中庭ではもうレンギョウが咲いています」とか、「この夏は雷がたくさん鳴るのがいいですね」とか、「窓から鳥たちが南へ渡る準備をして群れているのが見えます」など。ぼくはよく、ハンナからの手紙のおかげで初めてレンギョウや雷や鳥の群れに気づいたものだった。文学についての彼女のコメントは、しばしば驚くほど正確だった。「シュニッツラーが吠えるのに比べて、シュテファン・ツヴァイクは死んだ犬のようです」とか、「ケラーには奥さんが必要ですね」とか、「ゲーテの詩はきれいな額縁に入れた小さな絵のようです」「レンツはきっとタイプライターで書いているのでしょうね」など。彼女は作家について何も知らなかったので、そんなことはあり得ないとはっきりわかる場合を除いて、多くの古い文学作品がまるで今日の話のように読めることや、歴史の知識のないものから見れば、過去の生活環境というのは、遠い地域にいまでも存在している生活環境として理解できることを知って、ぼくは驚いた。
ぼくからハンナには何も書かなかった。しかし、朗読テープはどんどん送り続けた。一年間アメリカに滞在したときも、そこからテープを送った。休暇で出かけるときや、特別仕事が忙しいときには、次のカセットが完成するまでに間があくこともあった。決められたリズムではなく、毎週テープを送ることもあれば、十四日で一本、あるいは三、四週間で一本ということもあった。字を読めるようになったハンナにはぼくのカセットはもう必要ないのではないか、と頭を悩ませることはなかった。彼女が自分で読むことは構わない。朗読がぼくの流儀であり、彼女に対して話しかけ、ともに話をする方法だった。
彼女からの手紙は全部とっておいた。筆跡は変わっていった。最初、彼女は文字を同じ方向にそろえ、正しい長さや幅にしようと奮闘していた。それができるようになってからは、筆跡も軽く、確かなものになっていった。しかし、流れるような筆跡になることはなかった。しかし、生涯にそれほど字を書かなかった年配者たちの筆跡にふさわしい、ある種の厳しい美しさがその筆跡にはあった。
以上引用 -----
ハンナは18年(映画では20年)の服役の後、釈放されることになりました。年老い身寄りのないハンナを案じる女性刑務所長は、唯一ハンナと手紙の遣り取りをしてきたミヒャエルに『ハンナの社会復帰を手助けして欲しい』との手紙を送ります。
そしてハンナの釈放一週間前、ついにミヒャエルは、ハンナが住む刑務所を訪れ、四半世紀振りに二人は対面します。
以下、本文の抜粋 第3章8節 -----
ハンナ? ベンチに座っている女性がハンナなのか? 灰色の髪で、額にも頬にも口元にも深い縦皺が刻み込まれ、重たげな体つきをしたこの人が?
~
ぼくは彼女の顔に浮かんだ期待と、ぼくを認めたときにその期待が喜びに変わって輝くのを見た。近づいていくと彼女はぼくの顔を撫でるように見つめた。彼女の目は、求め、尋ね、落ち着かないまま傷ついたようにこちらを見、顔から生気が消えていった。ぼくがそばに立つと、彼女は親しげな、どこか疲れたようなほほえみを浮かべた。
「大きくなったわね、坊や」
ぼくは彼女の隣に座り、彼女はぼくの手を取った。
~
「出所できると聞いてうれしいよ」
「ほんとうに?」
「そうだよ、それに、近くに来てもらえるのもうれしいよ」
ぼくは彼女に、自分が見つけたアパートと仕事の話をし、その地区の文化的・社会的催しや、市立図書館のことを話した。
「本はたくさん読むの?」
「まあまあね。朗読してもらう方がいいわ」
彼女はぼくを見つめた。
「それももう終わりになっちゃうのね」
「どうして終わりにする必要がある?」
そう言ったものの、ぼくは彼女にこれからもカセットを送るとか、会って朗読するとかいう相談はしなかった。
「君が字を読めるようになって、とてもうれしかったし感心したよ。なんて素敵な手紙を送ってくれんたんだろう!」
これはほんとうだった。ぼくは彼女が字を覚え、手紙を書いてくれたことで、感心したし、喜びもしたのだ。しかし、ハンナが読み書きを覚えるために払った犠牲に比べたら、訪問したり、一緒に話をすることさえしないぼくの喜びなど、なんてちっぽけなものなのだろう。ぼくは彼女を小さな隙間に入れてやっただけだった。その隙間はぼくにとっては重要だったし、ぼくに何かを与え、ぼくもそのために行動はしたが、隙間は隙間であって、人生の中のちゃんとした場所ではなかった。
~
「裁判で話題になったようなことを、裁判前に考えたことはなかったの? ぼくたちが一緒にいたとき、ぼくが君に朗読したとき、そのことは考えなかったの?」
「それがとても気になるわけ?」
彼女はぼくの返事を待たずに続けた。
「わたしはずっと、どっちみち誰にも理解してもらえないし、わたしが何者で、どうしてこうなってしまったかということも、誰も知らないんだという気がしていたの。誰にも理解されないなら、誰に弁明を求められることもないのよ。裁判所だって、わたしに弁明を求める権利はない。ただ、死者にはそれができるのよ。死者は理解してくれる。その場に居合わす必要はないけれど、もしそこにいたのだったら、とりわけよく理解してくれる。刑務所では死者たちがたくさんわたしのところにいたのよ。わたしが望もうと望むまいと、毎晩のようにやってきたわ。裁判の前には、彼らが来ようとしても追い払うことができたのに」
ぼくが何か言うかと彼女は待っていたが、ぼくには何も思いつかなかった。
~
「来週迎えに来るよ、いいね?」
「ええ」
「静かに来ようか、それとも少しにぎやかに、愉快にしようか?」
「静かな方がいいわ」
「わかった。静かに、音楽もシャンペンもなしで迎えに来るよ」
ぼくは立ち上がり、彼女も立ち上がった。ぼくたちは互いに見つめ合った。二度ベルが鳴り、他の女たちはもう建物の中へ入っていった。ハンナの目はもう一度ぼくの顔をなぞった。ぼくは彼女を抱きしめたが、しっかりとした手応えなかった。
「元気でね、坊や」
「君も」
そうやってぼくたちは、建物の中で別れる前に、別れの挨拶をしたのだった。
以上引用 -----
ハンナは、彼女はミヒャエルが迎えに来るその日の早朝、自殺します。
彼女は遺書を彼に残しました。彼女の部屋の中においてある古いお茶の缶に残っているお金と、銀行に入っている七千マルク(1990年半ばのレート換算で1マルク約65円、7000マルク≒約45万円)を、教会の火事で生き延びた娘さんに渡して欲しい。そのお金をどうするかは、その娘さんに決めて貰って欲しい、という遺志と、そして、ミヒャエル・ベルクに、私からからの挨拶(I seds "Hallo")を伝えて下さい、という内容ででした。
彼は、彼女の遺志を叶えるため、現在はニューヨークに豪奢なオフィスを構えるまでになった、かつての生き残った少女に会いに行きます。かつての少女は、お金は受け取らなかったものの、彼から文盲者の読み書きを支援するために使うのはどうか、とう提案を「文盲は、ユダヤ人には似つかわしくない問題かもしれないけれど」という言葉を付け加えながら了承します。
彼は、ハンナのお金を彼女の名前で寄付し、その足で、初めてそして最後となる墓参りに出かけました。
-----
誰もが人には言えない、話したくない、知られたくない秘密は二つ三つはあるでしょう。
しかし、日本語はまあ普通に扱える私にとって、ハンナの文盲として、さらに重い不幸を背負い込んでも一生隠し通したいという恥の気持ちは、何度本を読み返しても、映画を観ても、理解しがたい点です。
ハンナは仕事も日常生活もきっちりとこなす、几帳面でそしてとても真っ正直(バカ正直?)な性格です。また自尊心も相当に強そうです。にもかかわらず、出来ない事を出来る様にするという向上心が見られない。もしかしたら、あの時代が、体制が、思想が、彼女から向上心を奪ってしまっていたのなら、とても不幸なことです。またそれが真理だとするならば、現代に生きる私たちが直面している状況、政情不安、世情不安、格差社会の到来、それに伴う教育差別、就労差別が、近い将来、大多数の人々から、向上心のみならず、夢や希望まで奪いかねないとしたらそれこそ大変な問題です。
この様な問題は、広く世間に呼びかけ、訴えかけて、改革の運動へと繋げなければいけない、そう思います。但し、現在、中東諸国で起こっているような、武力闘争は断固反対ではありますが。
最後に、映画『愛を読むひと』について書きます。
この映画は、本の第一章に当たる、前半部で性行為が具体的に描かれ、性器も隠されることなく、ぼかされることなく、写っています。社会派ドラマ作品として私が観た映画では、『シンドラーのリスト』とこの作品だけではないかと思います。
物語のあらすじ、第一章で表現した、あけすけな、ありのままの日常を切り取った場面や、登場人物の仕草、会話からエロティズム以上に内面の葛藤が裸である故か、ストレートに伝わってきました。
そして後半部、ミヒャエルが迎えに来る当日の早朝にハンナが自殺するシーン、本では描かれていないプロットです。彼女は自室の本棚から分厚い書籍を数冊抜きだして、机の上に平積みします。そして、靴を脱いで、その本の上に素足を置き、首つり自殺を図ります。
彼女の死の理由について、原作では刑務所長の一般的な意見として、『長期収監された者にとって、社会復帰は相当なストレスとなる』で彼女の死を暗示します。
しかし映画では、ミヒャエルからの朗読テープを聴き続ける内に、自分で本を読みたい、彼に朗読の感想を伝えたたい、彼と気持ちを通わしたいという欲望が芽生え、彼女はミヒャエルの朗読と彼が読む本を図書室から借りて、単語を一つ一つ数えながら覚えるという戦いを始めます。そして、彼からの荷物を受け取る際のサインですが、始めの頃は、ただの波線であったものが、やがてしっかりと"Hanna"とサインできる様になります。彼女が文盲を克服したサインです。彼女は文盲を克服し、彼女の旺盛な読書欲はいつしか文字の源泉である書籍を従わせるまでになります。それが、先の彼女の死の所作で表現されていると思います。
彼女は、文盲という頸木を下ろし、ついに彼女を抑制するものから開放されます。と同時に、彼女は、自ら、罪を精算すべく進んで死を選びます。彼女は逃げるのではなく、前に進むために自死を選択したのだ、そう映像作家は語っていると思います。
[The Reader Official Web Site]
http://www.thereader-movie.com/
少年時代のミヒャエルを演じたダフィット・クロスは、ひ弱さ、優柔不断さとともに、彼女を知る事で、彼女から褒められることで、自信や自立心も芽生える、そんな難しい役どころを感情豊かに演じていました。
ハンナ・シュミッツを演じたケイト・ウィンスレットは、ほぼデビュー作品といっていい1997年の超大作『タイタニック』から14年、闊達なうら若きレディーから、一転、闇を抱える中年女性を時に大胆に、時に切なく演じていました。ケイトはハンナを36歳から70歳まで演じました。壊れてゆく、年老いてゆく女性を切々と演じていました。
そして、大人になったミヒャエルを演じたのがレイフ・ファインズ。『シンドラーのリスト』で演じた非情な収容所長アーモン・ゲート役が今でも強烈な印象として残っていますが、『イングリッシュ・ペイシェント』の飛行機事故で大火傷を負った影のある男、『ナイロビの蜂』で世界的な製薬会社の陰謀を暴く外交官、など様々な社会派ドラマで重要な役どころを演じられています。その演技は素晴らしいの一言です。ファンタジー作品では悪役が冴え、『ハリーポッターシリーズ』ではヴォルデモート卿、ギリシャ神話の英雄ペルセウスの活躍を描いた『タイタンの戦い』では、冥土を司る神ハデスと、善悪を描く物語で強烈な悪を演じ、対峙する善を引き立てています。
監督はスティーブン・ダルドリー。作家ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ婦人』から着想を得て書かれ1999年ピューリッツァー賞フィクション部門を受賞したマイケル・カミンガム作『めぐりあう時間たち』を見事に映像化した素晴らしい才能の映画人。次作となった本作も、ベストセラーのエッセンスを余すところなく取り込むという離れ業とともに、複雑な心理描写を、しっかりと映像に表現されていました。
ミヒャエルとハンナが自転車旅行した旅先の教会でハンナが子どもたちが歌う賛美歌に涙するシーン、裁判所で筆跡鑑定のためにペンと用紙を渡されたシーン、そして二人が再開するほんの短い時間の中での会話のシーン、三度も泣かされてしまいました。
映画ではもう一つ、小説では描かれていない、ミヒャエルのひとり子ジュリアとの和解が描かれています。ミヒャエルがハンナを永遠に失った後、ラストシーンで家族への愛を取り戻そうとする場面です。ミヒャエルの心の再生、明日への希望を伺わせます。
是非、『朗読者』手に取って読んでみて下さい。映画『愛を読むひと』を観賞してみて下さい。ミヒャエルとハンナが美しい朗読を貴方に届けてくれることでしょう。
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