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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2016年9月10日土曜日

祝 広島優勝!

夕方、ニュースでも見ようとNHKにチャンネルを合わせると、広島vs.東京読売の試合を中継してました。エエッ、何故に読売は時前の放送局で放送しないのか?そうか、面前でよそのチームの優勝決定を放送したくないのか、なんて皮肉を思いながら、しがらみの無い公共放送局だからできるのだ、と妙に納得して、観続けました。

そして、優勝が決定する瞬間を見届けました。
真っ赤に輝くユニフォームを着た選手達が、マウンドに駆け寄って、顔をくしゃくしゃにして抱き合い喜び合う姿に、なんともすがすがしい喜びを戴きました。
そして緒方監督の胴上げ、エース黒田の胴上げに続いて、手を横に振って固辞するも若い選手達に担がれて胴上げされた新井選手の姿を見て、阪神の一ファンとしてとても嬉しくなりました。
なんだかなぁ~なんでしょう~、
応援しているチームが持っていない、与えてくれない感動や喜びがそこに一杯あるうらやましさなのでしょうね。
広島カープは今年、沢山の感動的な物語を紡ぎながら、チーム一丸となって優勝に向かって快走を続けてきました。そして今日のゲームも、若手からベテランからと次々にヒーローが生まれて、眼下の敵、東京読売を下して、セリーグ優勝を決めました。

広島出身の友達は、今頃きっとファン仲間と喜びを噛み締めながら美酒に酔いしれていることでしょう。とても羨ましく思います。
父は広島出身ではないですが、何故か広島のファンでした。もしかしたら天国かどこかでテレビでも観ながら喜んでいるかも知れません。

2016年9月9日金曜日

オスカー・ワイルドの「幸せな王子」

新しい朗読動画を作ろうと図書館で本を物色していて、一冊の絵本に目が留まりました。オスカー・ワイルドの「幸せな王子」です。物語の挿絵が切り布と刺繍で印象的に描かれていました。


「幸せの王子」は、以前家にもありました。大判の絵本で、物語の挿絵は写実的に描かれていて、挿絵を眺めるだけで物語を楽しむ事ができました。字の物語も、子供向けにやさしく描かれていたように思います。
『幸福の王子と呼ばれる王子の像が、可哀相な人々に心を痛め、像の装飾物である宝石や金箔をツバメを使いにして、可哀相な人々に施しを続けます。その結果、装飾物をすべて失いみすぼらしい姿になって、壊されてしまいます。
ツバメは、越冬地であるエジプトに旅立つ事をせずに、幸福の王子の翼となって使いをし、また王子が目を失ってからは目となり話相手となっていつまでも側に寄り添い、冬になって死にました。
神様は、この二つの魂を善い行いをした報いとして天国に導きました。』
自分を犠牲にして他に尽くす行いは、とても貴いんだよと描かれていたように思います。

でも、清川あさみさんの挿絵と金原瑞人さんの訳で描かれた「幸せの王子」は、まったく別の物語として読み進めていました。それは一言で言うなら、現代にも通じる『人間社会への痛烈な風刺』です。
タイトルの「幸せな王子」も風刺を感じます。
王子は生きていた頃、人間の王子としてサンスーシー(憂いの無い)の宮殿に住んでいて、美しいものに囲まれて幸せしか知らずに生きていました。そんな王子を家来達は「幸せな王子」と呼びました。その呼び名は、王子の耳には心地よく響いたことと思います。でもきっと家来達は、『本当のことは何も知らない、何も見ようとしない、間抜けな王子』と皮肉や悪口を込めて呼んでいたように思います。
そして王子は、純粋に幸せに満ちたまま死にました。でも王子の魂は、天国には向かわずに、王子の死後に立てられた王子の像の鉛の心臓に留められました。像の中で甦った王子の魂が二つのサファイアの目で見たものは、世の中に蔓延る人間の醜さと貧しい人々の苦しむ姿でした。そして生きていた頃から家来や国民にどの様に見られていたかも知りました。それは王子にとって地獄に落とされたと同じであったと思います。目を背けたくても閉じることもできず、何かしたくても鉛の体は微動だすることもできません。王子は泣くしか他ありませんでした。
オスカー・ワイルドは、幸せの王子を通して、如何に高い地位や黄金が、人間を盲目にするか、またそれに群がる人間を醜悪にするか、この物語を通じて風刺しているのではないか、そのように思えてきました。

神様が二つの魂の一つ、二つに裂けた鉛の心臓を祝福した理由も、自己犠牲だけでは無かった様に思います。
王子はこの世の悲惨を見続ける中で、『生きている人たちは、金さえあれば幸せになれると思っている』ことを悟りました。そして純粋に、こんな像の姿でも、装飾の宝石や金箔を使って、不幸な人を幸せにする事ができる、そう願う様になったのだと思います。
そこに使いとなって働いてくれるツバメが現れた。そして王子の願いのために身を犠牲して働いてくれるツバメに、これまで誰にも感じたことが無かった感謝と愛情が芽生えたのだと思います。王子はサファイアの目を失ったことで地獄を眺める苦悩から解放されました。そして同時に心の中が本物の愛で満たされました。それが王子が神様の目に留まった理由ではないかと思います。

こんな風に解釈に時間を要してる間に、返却日となってしまいました。
朗読動画を作るのは、また今度の機会となりそうです。

2016年8月8日月曜日

Ichiro3000

かつて野茂だけが唯一ノーヒットノーランを記録した、打者有利と言われるコロラドの高地にあるクワーズ・フィールドで、イチローが大リーグ通算三千本目となるヒットを三塁打で飾りました。
テレビのニュース映像で流れたそのシーン、ジャンプした右翼手が伸ばしたグローブのその上を越えて、打球がライトフェンスにぶつかりフィールドに弾き返されたときには、もうイチローは二塁ベースを蹴って流れるように三塁ベースに向かっていました。
イチローは、バッティングでも守備でも絵になる大スターですが、私が最も好きなのは走塁です。2007年のオールスターで記録したインサイドパークホームランの神々しい走塁が忘れられません。今日の三塁打を記録した走塁も、負けず劣らずの痺れる走塁でした。
感動しました!

2016年8月7日日曜日

小説「ワンダー」と素敵な子供たち

ほるぷ出版のワンダーのページに掲載されていた、作者J.R.パラシオさんのインタビュー記事を読みました。
この物語は、実際にパラシオさんが経験したある出来事が、執筆のきっかけであったと語っていました。その出来事は、ジャックの章で、ジャックが初めてオーガストと出会ったエピソードとして描かれていました。
ジャックがまだ五歳くらいの時、弟と一緒にベビーシッターのお姉さんに連れられて近くの公園に出かけベンチでアイスクリームを食べていたときに、横にいたのがオーガストの家族でした。そしてオーガストの顔を見た弟が突然に泣き叫び、次にはジャックと二人して家族を傷つける言葉を発するのではないかと危惧したお姉さんが、一目散でその場を離れたとエピソードには書かれていました。
この時の、ベビーシッターのお姉さんが作者パラシオさんで、泣き叫んだのは二人のお子さんでした。その夜、パラシオさんはその場を逃げるのではなく、普通に話し掛けて、子供たちに別の対応を示すべきではなかったかと反省とともに考えて、この物語の執筆を思い立ったと語られていました。
そして物語は、オーガストの物語だけではなく、オーガストの周りにいて、ほんの少し余分に親切を自分自身に課したジャックやサマーなどの子供たちの物語も丁寧に描かれていました。
ですからこの物語には、とても繊細な問題に対して、さまざまな意見や感性を持つ子供たちや大人たちを当事者の気持ちにさせて引き込む力がありました。
私は修了式で、ジャックにもその親切を賞賛する金メダルを授けて欲しかったです。
そしてもうひとり、お姉ちゃんの友だちのミランダには、オーガストに他人でも信じられる気持ちを育んだ、ミランダの優しさと無二の愛に対して金メダルを授けたいと思います。

日曜日の楽園

今日の午後は、院内の一番静かな場所で過ごしています。


ここは平日ならば一日中喧噪のたえないところ、一階の広い待合のエリアです。でも今日は日曜日、とても静かです。今朝はじめて院内を散策し見つけました。
中庭があるんですね、知りませんでした。
窓に近いベンチから手が届くサッシに鍵があって、開け放つと外気の生暖かい、でも心地よい風が流れ込んできます。中庭にある小さな鯉の池に止めどなく流れ落ちる水音、そして木々を照らす陽の光、日曜日にしか訪れる事が出来ない院内の楽園にいるのだなと実感します。
音楽プレーヤーを持ってきて良かったです。
大好きなカレンの歌声を聴きながら、しばらく読書を楽しみます。

2016年8月6日土曜日

小説「ワンダー」と素敵な魔法の言葉

先日、おはよう朝日です!のトレンドエクスプレスのコーナーで、この夏の絵本ブームといち押しの絵本についての紹介がありました。
紹介された絵本のタイトルは
Wonder ワンダー 、驚愕
です。

なんでも、生まれつき顔に言葉にできない程の障害を持った少年の物語と云うことでした。
頭に浮かんだのは
エレファントマンとオペラ座の怪人のファントムです。そして昨年夏に偶然出会った男の人の事でした。
昨年の夏は兄の病院に通う道すがら、よく三ノ宮の街を歩きました。そんなある日の昼下がりの事です。大勢が行き交うフラワーロードの交差点で向かってくるひとりの男の人に何気に目が留まりました。私は癖で人の目や視線に目が行きます。しかしその時は一瞬で視点をぼやかしました。見たくないという気持ちと私の顔に嫌悪感を浮かばせない為でした。その男の人は両目の位置が離れていました。高さが数センチ違っていました。
すぐその後、身勝手ですがその男の人の勇気を想い、そして自分を恥じました。

家族に頼んで本を買ってきて貰いました。ワンダーは絵本ではなく400頁に渡って描かれた、少年と家族とまわりの子供たちの物語でした。今朝、読み終えました。
10歳まで家族の中で愛情豊かに守られてきた少年オーガストが、一歩踏み出すために初めて学校に通い出し、五年生の終了式を迎えるまでの物語が綴られます。

終了式での、トゥシュマン先生の言葉が強く残ります。
「必要だと思うより、少しだけ余分に親切に」
そして先生は「親切」がもたらす価値について話された後、
「ここにいる一人ひとりが、いつどこにいようとも、必要とされる以上に親切にしようということを規則にしていれば、世界はもっとすばらしい場所になることでしょう。」
と述べられました。
必要だと思うより、少しだけ余分に親切に
「親切」の他にも
「勇気」「笑顔」「我慢」「努力」を当てはめてもいいですね。
一人ひとりが今必要だと思うこと、少しだけ余分に実行すれば、目の前の世界は、もっとすばらしい世界に変わる
すてきな魔法の言葉です。

追記
オーガストが通った学校も素晴らしいですね。終了式で学業で優秀な成績を収めた生徒だけを表彰するだけではなく、音楽で活躍した生徒、スポーツで活躍した生徒、素晴らしい作文を書いた生徒、そして勇気を示し生徒皆に影響力を与えた生徒(オーガストです!)に金メダルが授与されました。
それぞれの個性を認め、見守り、評価する、賞賛できるというのはこの上なく素敵な教育環境だと思います。

心臓マッサージのポイント

そうそう、胸骨圧迫、心臓マッサージを行うに辺り肝心なことを書き忘れていました。

正しく行えば胸骨は骨折しない
と云うことです。

胸の中心、乳首と乳首の丁度真ん中辺りに手のひらの付け根部分を置いてもう片方の手を上に添え、手を折らずに垂直の姿勢で、胸が4~5センチ沈む様に強くしっかりと、リズミカルに早く、一分間に100回以上、継続して行う。

この時、胸の中心に置いた手のひらが胸から離れない様にすることが、骨折を防ぐポイントです。

同じ講習に参加されていたひとりの患者さんは、ある店の中で突然に心肺が停止し、店の従業員の献身的な心肺蘇生処置のおかげで一命を取り留められたそうです。ですが骨折をしたそうです。

骨折をするほど強く圧迫する。私もそう思っていましたが、圧迫する手を胸から離さない、暴れさせない様にすることで、骨折は防げると講師の医師は話されました。

私も意識が戻ってから、徐々に蘇生処置による打撲の様な痛みを覚えましたが、骨折はしていませんでした。病室のベッドの上で狭心症の回復処置を受けている最中、重篤な不整脈が起こり意識を失ったため、すぐに医師と看護師による心肺蘇生処置が受けられたのです。まさに不幸中の幸いでした。
あの日から十二日目になりますが胸の痛みはすっかり癒えました。