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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2012年9月21日金曜日

”いじめ”に刃向かう


先日、夕方のニュースショーを観ていて、とても恐ろしく思いました。
いじめで生徒が亡くなったとされる学校の校長記者会見の様子を見ながら、司会者もコメンテーターもさらにはニュース解説者までもが、怒りを前面に押し出してその校長の映像に向かって、”教師失格”、さらには”人間失格”と言わんばかりの激しい言葉を投げつけていました。
極めつけは校長の『一番大切な事は、学校の信頼回復』という発言に対して、
『一番大切なのは生徒の命やろう!』と全員一致となって怒りを爆発させた事でした。
その糾弾される校長の顔には、壊れてゆく人の様がありありと浮かんでいるように思いました。

”生徒の命が一番大切”、そんなことは当たり前です。ですが糾弾される人の命も等しく大切です。

いじめの問題は、学校の信頼を崩壊し、さらにその収まりの付かない怒りは、吊し上げるターゲットを探して彷徨っている様に思います。そしてひとたびターゲットにされてしまえば孤立無援となり、怒りの矛に終始八方から攻められることになります。
これは集団心理が生んだいじめです。このいじめという暴力はリンチに等しく思います。
そしてこの暴力は、集団心理が解けない限り続きます。

日本は今、隣国中国の反日運動に強烈なダメージを受けています。その反日運動を支えているのは若者達です。彼らは江沢民の時代に国策として実施された反日教育の申し子です。そして彼らは、”反日”を掲げて、”愛国無罪”を掲げて、日本をターゲットに暴力の限りを尽くしています。

”いじめの糾弾”も”反日の暴力”も集団心理が生む狂気です。
私たちは、まず恐ろしい集団心理から目覚めなければなりません。

そして、”いじめ”、”学校”、”命の尊さ”、そのひとつひとつの問題に冷静沈着になって向き合わなければいけないと思います。

”学校”についてですが、”学校”が取り戻さなければいけないのは、
《人が学ぶ》《人が育つ》そして《人を学ぶ》ための場所と時間、そして《大切な人》だと思います。
そして《大切な人》である、生徒が、先生が、家族が、地域住民が、それぞれの役割を担い、責任を担って学校を運営する。その結果として皆が笑顔になった時、学校は信頼を取り戻した事になると思います。

”いじめ”についてですが、”いじめ”は人間の根源にある感情、そして行動の一つです。
その起源にあるものは、深い恨みではなく、往々にして軽い衝動です。ですから”いじめ”は唐突に始まり、唐突に収束します。外から見て、その感知が難しい理由がここにあります。
ですが”いじめ”に刃向かうことはできます。集団心理に取り込まれない、しっかりとした自己を持つという事です。
そして、”しっかりとした自己を育てる”、これこそが本来、学校教育が、家庭教育が、そして社会が目指さなければならない目的だと思います。

私は毎朝、朝の支度の最中、近くの小学校で交わされる生徒と先生の元気な『おはようございます』という挨拶の声を微笑ましく聞きます。
”朝、しっかりと挨拶をする”、これはとても気持ちのよい自己表現です。
私たちは毎日、沢山の出来事に出会い、嬉しい日もあれば、悲しい日、苦しい日もあります。ですが、一日を始める朝に挨拶を交わすことで、昨日の感情を持ち越すことなく、今日一日を始める事が可能となります。これが『挨拶の力』だと思います。
『挨拶が出来る』は、”しっかりとした自己を育てる”一歩です。
私は、毎朝校門に立って生徒達を出迎えて挨拶を指導される先生に頭が下がります。

私たちが生活する町、職場、学校、家庭には、良いことも悪いことも当然あります。
私たちが本当に注力をしなければならない事は、悪いことに甘んじるのでは無く、また非難する事でもなく、良いことにしっかりと敬意を示し、また不足を感じたならば、参加をして、補い、助け合う事だと思います。悪いことは無くなりはしませんが、良いことを沢山増やして皆を笑顔にする事はできると思います。そうすることで私たちは、”いじめ”を克服できると思います。

2012年9月16日日曜日

”牛丼キング”は凄いらしい・・・


昨夜七時過ぎ、野球の練習から帰ってきた耕太郎、
さぞ腹を減らしているだろうと思いきや
『帰りに先輩と、すき屋で牛丼キングを食べてきた』
『食べきって、お腹いっぱいや』
と満腹感を話してくれました。

”牛丼キング”、どうやらすき屋の裏メニューらしいです
メガの二倍、大食漢は過去のモノとなった私には想像できないボリュームですが、
息子の食べっぷり、間近で見てみたいと思いました。

2012年9月14日金曜日

秋の水辺を歩いてきました。



おはようございます。
昨日は久しぶりに長歩きしました。
風が違っていました。じっとりでなく乾いた風です。その強めの風がどこまでもどこまでも吹き渡って、稲穂も林もそよいでいました。

最初に、借りていた本を返す為、図書館を目指しました。
いつもの加古川河川敷を歩く遠回りコースではなく、最短コースで歩きました。
丁度、鹿島中学校の通学路と重なり、立ち番の久下先生と朝の挨拶を交わし(久下先生ご苦労様でした!)、知り合いの少年と体育祭の話を聞きながら一緒に歩きました。阿弥陀からひたすら東に向かって歩き、法華山谷川を渡ってからは東播工の学生の後を追いました。
そして9時過ぎ、まだ開館していないウェルネスパーク図書館に着き、本を返却しました。平荘湖を巡りました。
トンボが群生していました。

それから用事を思い出し、姫路を目指します。(宝殿-姫路間はJRを利用)
姫路で用事を済ませてから、今度は妻鹿を目指しました。
市川河川敷を南に歩いていますと、巨大な建物が目に飛び込んできます。
パナソニック液晶ディスプレイ株式会社の建屋です。ホント巨大です。

西浜で、アスファルトの裂け目から花を咲かすコスモスを見つけました。
大根なら”ど根性”の形容詞が似合いますが、
可憐なコスモスということで”細腕繁盛記”と呼ばせて頂きたいと思います。

久しぶりの長歩き、いやぁ疲れ果てました。夕方からワインをあおっておもいきり眠りました。今、寝過ぎて体痛いです。。。

2012年9月12日水曜日

金本知憲選手の引退発表に寄せて


仕事から帰ってきた夜、妻から金本選手が引退を発表したと聞かされました。
でも、その引退発表については驚きはなかったです。
しかし、阪神タイガースという球団に対して沸沸とした怒りを覚えました。

連続フルイニング出場も、また連続試合出場も、金本選手がとことん野球が好きだった事の証明であると同時に、阪神タイガースという希なチームにあって、一人でチームを背負わなければならなかった苦悩の歴史であったと思います。阪神タイガースが希なチームというのは、世界一の熱狂過ぎるファンと、世界一の野球場を持ちながら、いっこうに強く出来ないチームという意味です。

そしてまた、阪神タイガースというチームは、阪神一筋のチーム好みする選手には温情溢れるチームですが、タイガースで一時代を築いた、また移籍して活躍した選手には、ホント冷たいチームです。
私は本当に阪神タイガースファンを『止めや!』と思った事がありました。
それは1987年、あの神様仏様バース様のランディ・バース選手を理不尽に解雇した時です。1985年の日本一の立役者が息子の手術に立ち会う為に帰国した直後、難癖をつけて解雇してしまったのです。あの時は悔しくて悔しくて、阪神タイガースに裏切られた気がしました。思い返せば江夏もそう、田淵もそう、掛布もそうでしたね。
偉大な選手の幕引きを美しく飾るのも、プロの野球チームの仕事です。それはファンの望みだからです。それが出来ない阪神タイガースは、まさに国民から乖離した国政政党さながらです。

金本選手の去就について、8月までは、来年も阪神で現役続行というニュースが流れ、来年こそ復活してくれる、そして素晴らしい花道を飾ってくれると期待していたのですが、阪神の大物OBの心ない引退勧告発言や、ここにきてのマスコミのバッシング報道を見聞きし、『勝手なこと言うな!』という腹立たしさを感じていました。
今夜のニュースで見た引退会見の中で金本選手の『疲れてしまった』の一言に思いのすべてが凝縮されていた様に感じました。

これからの阪神タイガースに物申すとするならば
中村勝広さんには悪いのですが、
まずはじめにOBの名誉職の様なGMなど白紙にして、阪神タイガース愛に満ちた本物の若い野心に満ちた経営者を球団のトップに据えて、プロの人事マネジャー、興行イベントマネジャーを布陣に加えて、本当にファンが喜べるチーム作りをすべきです。
またチーム再建のビジョンは”二三年後に常勝できるチームにする”を掲げて、
二軍チームには、しっかりとした育成プログラムと環境を整えて、心技体の優れた選手を育成する。
一軍チームには、ファンが楽しめるゲームメイクができる布陣で、この一二年を戦うという割り切りでスタッフ、選手を配置する。
そう、阪神タイガースはおもいきり革新しなければならないと思います。

そうそう本気モードの一軍布陣の提案です。
21世紀初頭の常勝タイガースの一員であった面々を、プレイングマネジャーに招聘するのは如何でしょうか?
金本、矢野、下柳、ジェフ・ウイリアムス、赤星、
ゲーム中、選手ではどうしようもなくなった時、マネジャーが助っ人登板すれば良いのです。ファンは喜びます。楽しめます。

そして二軍監督(兼タイガース総監督)には野村克也氏に再びなって頂きましょう。
野村氏の野球のすべてで新生阪神タイガースの次代を担う若者の心に灯火を点して頂きましょう。

2012年9月10日月曜日

小説『アルケミスト - 夢を旅した少年』を読みました。


最近、自分は取るに足りない存在か?なんていうもやもやした気持ちを覚えることがあったのですが、ある本を読み、そんな不快な気持ちを払拭する事が出来ました。

その本は、『アルケミスト - 夢を旅した少年』です。
木曜日、テレビで「中山美穂 魂の旅~小説“アルケミスト”の世界を探して」を観たその夕方図書館で本を借り、土曜日の朝読み終えました。

読み終えて、心の内から沸き上がってきた感情は
”私たちはそれぞれが、唯一無二の存在である”という喜びでした。

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物語の主人公、少年サンチャゴは、16歳まで神学校で学びます。両親が彼を神父にしたいと思ったからです。ですがサンチャゴは、ひとところにとどまって、神を知ったり、人間の原罪を知ることよりも、旅に生き、もっと広い世界を知ることを求めました。
そしてある日、父に許しを請います。
父は言います。貧しき者の中で旅に生きられるのは羊飼いだけだ、と
そして父は、原野で拾ったという三枚のスペイン金貨をサンチャゴに与え、これで羊を買い原野に行きなさいと祝福します。
それからの二年間、サンチャゴはアンダルシアの羊飼いとして原野に生き、さまざまな町を旅します。その旅の中で、良い牧草地、良い水辺に通じる前兆を学び、また狼や盗賊という危険の前兆を学んで、良き羊飼いとなっていきます。

サンチャゴは、ある朽ち果てた教会跡でキャンプをしていた時、”エジプトのピラミッドまで旅をすれば、宝物を与える”という夢を見ます。
その夢が神託であるかを夢占い師にたずね、またセイラムの王メルキゼデックと名乗る老人から、運命に従うことを求められて、安定した羊飼いの身を投げ打って、エジプトへと旅に出かけます。
サンチャゴは、アフリカの最初の町タンジェで盗人に全財産を奪われますが、手元に残ったセイラム王から与えられた啓示の石、ウリムとトムミムによって旅はまだ祝福されていることを知り、さびれたクリスタルを扱う店で一年間、一生懸命に働き、店をもりたて、そしてピラミッドまで旅をするに十分なお金を稼ぎます。

サンチャゴは、砂漠を越えるキャラバン隊に加わります。
そのキャラバン隊で、一人の錬金術に取り憑かれた英国人に出会います。英国人は、アルファヨウムというオアシスにいる本物の錬金術師、アルケミストに会う為にキャラバン隊に加わっていたのです。
サンチャゴは果てしない砂漠の旅の中で、二つのことを学びます。
一つはアルケミストとはどういう者かということです。
アルケミストは、”物質を完全な存在に変える賢者の石”と”不老不死の妙薬”を精錬する技を持つ者のことですが、しかしその本質は、この世の全霊を束ねる”大いなる魂”の声に聴き従う者、前兆を知りその運命に従う者であることを学びます。
もう一つは、アラブの民の祈りの言葉『マクタブ』です。
”それは運命である、それは書かれている、それは神の手によって書かれている”
すべての人の人生の物語は、そして世界の歴史は、アラーによって定められている。だから人は、自分の必要と希望を満たす能力さえあれば、未知を恐れることはない、というアラブの民の信仰を学びます。

キャラバン隊は、砂漠の部族間の争いに巻き込まれ、アルファヨウムにたどり着きはしたものの、その地で足止めを余儀なくされます。
でもサンチャゴは、その地で運命の人に出会います。
そのひとりは、部族の娘ファティマです。家族の為に水をくみにきたファティマと泉で出会い、サンチャゴは”大いなることば”を覚えます。それは愛であり情熱でした。そして二人は恋に落ち、婚約を交わします。
もうひとりは、アルケミストです。アルケミストもまた本当の弟子の出現を待っていました。

サンチャゴはある夢を見ます。それは砂漠において不可侵とされるオアシスに軍隊が攻め込んでくる予兆を示す夢でした。
その夢のおかげで、オアシスは守られ、そしてサンチャゴは高い地位が与えられます。
サンチャゴは、約束の地まであともう少しのところまで来て、運命に従うことに揺らぎます。
アルケミストは話します。
お前はここにとどまっても、神託はさまざまに姿を変えて予兆をお前に示すであろう
そしてお前を側で見るファティマは、運命の探求を邪魔したと思い苦しみ、
やがて予兆はお前から去り、お前自身が運命を探求しなかったことに後悔をして暮らすことになるだろう
と話します。
そしてフィティマも気丈に話します。
あなたは愛をくれた。そして私はあなたの一部となった。砂漠の男は、砂漠の向こうに夢を求めて旅立ち、そして砂漠の女は、自分の男がその夢を探し見つけることだけを待ち願うの、と話します。

サンチャゴは、アルケミストを伴って再び砂漠を進みます。
アルケミストは砂漠の道案内人として、また、弟子が最後の試練を越えた時に祝福を与える為にいました。

二人は交戦する一方の部族にスパイの嫌疑を掛けられて拘束されてしまいます。
そして部族の首領の前に引っ立てられたとき、アルケミストが口を切りました。
この少年はアルケミストです。彼は自然の力を理解し、その凄い力をあなたたちにお見せします。彼は風となりあなたたちの野営地を吹き飛ばします。
と話します。
そしてサンチャゴに向かい、
死の脅威は、多くのことを気付かせてくれる、
と話します。
サンチャゴは与えられた三日間という猶予の中で、風になる術を風に問い、太陽に問い、そして果てしなく探求の旅を巡ります。その旅は、天地創造を巡る旅となり、天地創造の六日目に何故に人が作られたか、にたどり着きます。そしてそれは、大いなる魂の意思であり、私たちはその大いなる魂から生み出された魂の一部であることを悟ります。
そしてサンチャゴは奇跡は彼自身が起こせることを知ったのです。

サンチャゴは風に姿を変え部族の野営地を吹き飛ばします。
神の栄光が与えられたサンチャゴは、部族から解放され、二人は再び約束の地を目指します。

約束の地まで後わずかというコプト人の修道院に着いた時、アルケミストはサンチャゴに
この先は一人で進め
と話します。
そして秘技で金を精錬し、それを四つに分け
一つは巡礼者に親切を尽くす修道士に授け
一つはサンチャゴに与え、一つは自分のモノとした
そして残った最後の一つを修道士に託し
少年がこれを必要とした時、渡す様修道士に話します。

サンチャゴは一人で約束の地に立ちます。
砂丘の頂上に達した時、目の前に荘厳で堂々としたピラミッドが立っていました。
そこでサンチャゴは幸運の前兆を見、穴を掘って宝物を探します。
ですが、一晩中探し求めてみたのの、宝物にたどり着くことが出来ません。
それでも自分の心に従って懸命に掘って探していたところに、数名の人影が近づいてきました。
彼らはサンチャゴを襲い、持ち物の金を奪い、命まで奪おうとします。
サンチャゴは死の淵で
「僕は宝物を探して掘っているんだ!」と叫び、
宝物に辿る夢の物語を二度、賊に話します。
賊のリーダーがサンチャゴに言います。
「お前は死にはしない。生き延びるだろう。そして、人はそんなに愚かではいけないと学ぶだろう。二年前のことだ。まさにこの場所で、おれも何回も同じ夢を見た。スペインの平原に行き、羊飼いと羊たちが眠る見捨てられた教会を探せという夢だった。その夢の中では、祭壇だった場所に一本のいちじくの木が生えていた。そのいちじくの根元を掘れば、そこに隠された宝物が見つかるだろうと、俺は言われたのだ。しかし、ただ何回も同じ夢を見たからといって、砂漠を横断するほど、俺はおろかではない」
と言って立ち去ります。
そしてサンチャゴは、宝物のありかを知りました。
そして宝物を見つけ出すエピローグへと続きます。
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小説『アルケミスト - 夢を旅した少年』は、聖書の記事、そしてイスラムの教えが宝玉としてちりばめられた物語でした。そして作者パウロ・コエーリョさんは、この物語によって大切な真理を私に示してくださいました。それは、
『私たちは大いなる魂の源から生まれ、そしていつかそこに帰る者です。
ですから、いつも大いなる魂のことばに耳を傾け、示された運命を歩みなさい』
それは、言い換えれば、
『私たちは、それぞれが大いなる魂の一部です。私たちひとりひとりが大いなる魂、唯一無二の存在なのです』という祝福です。

私たちは、自分が駄目な存在、落ちこぼれ、敗者、そして取るに足りない者と見なした時に、失望します。そして奈落へと向かいます。
ですが、聖書にもイスラムの教えにも、そんな不名誉はありません。聖書もイスラムの教えも常に私たちに祝福を与え続けているのです。
ですが、祝福を授かる為には努力が必要です。それは、大いなる魂のことばに耳を傾け、心をひらかねばならないという努力です。それは《信じる力》です。
《信じる力》を失えば、やがて大いなる魂のことばは、私に届かなくなります。

そしてもう一つの大切な真理を覚えます。それは、
『自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい』という御言葉が示す真理です。
私が唯一無二の存在である様に、隣人も唯一無二の存在であるからです。

ですが、賢者ではない私は、常々真理を覚えて生きていくことなど出来ないのが本音です。
ですが、それでも度々立ち止まり、真理の清水で喉を潤し、真理の清風で汗を乾かすことが、心を健康に保つのに、とても大切な事だと実感します。
そしてこれからも、このように生きてゆけたらと思います。

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この物語に登場する人、モノについて調べてみました。

《サンチャゴ》
主人公である、羊飼いの少年の名前です。
サンチャゴは、イエスの十二使徒のひとりゼベダイの子聖ヤコブのスペイン語名です。
パウロ・コエーリョさんは、彼がピレネー山脈を越えてサンチャゴ・デ・コンポステーラまでのスペイン巡礼の道720㎞を踏破した体験から最初の本を書き上げました。
『星の巡礼』英語タイトル:The Diary of a Magus
です。
サンチャゴ・デ・コンポステーラは、9世紀に聖ヤコブの墓が発見されたというスペイン北西部の町で、エルサレム、バチカンと並ぶキリスト教三大巡礼地のひとつです。
このサンチャゴには、パウロ・コエーリョさんの深い思い入れを感じます。

《セイラムの王メルキゼデック》
ヘブル書7にメルキゼデック王の記事があります。メルキゼデック王はアブラハムの時代、エルサレムの王であり、優れて高い神の祭司と書かれています。
メルキゼデック王は肉から生まれず、その生涯の始めもなく、命の終わりもない、神の子に似た者とされます。そしてアブラハムから一番良い戦利品の十分の一を与えられます。

《ウリムとトムミム》
出エジプト記28-30に、ウリムとトムミムが出現します。
アロンの裁きの胸当てには、ウリムとトムミムを入れ、アロンが主の前に出る時、それがアロンの胸の上にある様にする。アロンは絶えず主の前に、イスラエルの子らの裁きを、その胸の上に載せる。
ウリムとトムミムはヘブライ語で、《光と完全》を意味するそうです。そして啓示を与える石とされます。

《ファティマ》
ファティマは、イスラム教の開祖マホメットの娘の名で、今日でもイスラム圏でよく使われる女性の名前だそうです。ファティマは女性が見習うべき理想の女性と賞賛されているそうです。
ファティマにもう一つ意味を探しました。
20世紀の初頭、聖母が出現したとされる町の名がポルトガルのファティマです。

《アルファヨウム》
カイロから130㎞南西に位置するファイユームと呼ばれるアフリカ最古の町の一つです。
エジプト王朝の時代から現在に至るまで、肥沃な農地と豊富な水に恵まれたオアシスです。

息子が二十歳になりました。


昨日、長男遼太郎が二十歳の誕生日を迎えました。
それでささやかではありますが、家族で誕生日を祝いました。

夕食に、ペペロンチーノスパゲティを作りました。
ペペロンチーノというのは、飾りのないピリ辛のパスタです。
これからさまざまな絵を描いていくまっさらな大人を連想したのです。

そして白ワインで乾杯しました。


《本日のパスタのレシピ》
・1.6mmのパスタ 700g
・ソーセージ10本
・ニンニク10片
・鷹の爪4本
・オリーブオイル適量
・塩胡椒
・パスタの茹で汁
・隠し味に、昆布茶の粉、適量

まずは下準備
ニンニク片は二つに切ってから包丁の面でたたきつぶします。
鷹の爪は薄くスライス
ソーセージは輪切りにします。

次にペペロンチーノソースを作ります。
フライパンにオリーブ油を多めに入れて、弱火でニンニクとソーセージを炒めます。
お皿に取り置く直前に鷹の爪を入れて香り付けします。

パスタを茹で上げます。
パスタ鍋に水を一杯張ってお湯を沸かし、パスタの束を広げながら入れていきます。
パスタの芯の堅さがほどけた頃合い(口で何度も味わいました)でパスタを湯からあげます。

パスタをペペロンチーノソースと絡めます。
3回に分けて絡めました。
ソースを適量フライパンに戻し、茹で上がったパスタを二人前ほど加えます。
そしてお玉で2回茹で汁を加え、塩胡椒、そして昆布茶の粉を加えて絡めて出来上がりです。

そして感想ですが、
ペペロンチーノソースがあまりに辛かったので、パスタと絡める時、少ししか塩胡椒をふりませんでした。でも茹で汁を加えたことで、辛みが弱まり、ほんとに飾りのない(味のない)ペペロンチーノになってしまいました。
でも妻も子供たちも文句を言わず平らげてくれました。
ハハ、感謝です。

2012年9月7日金曜日

セルフレジでの出来事


今日の昼、ささやかな喜びを覚えました。
買い物をして、セルフレジで精算したのですが、
支払合計 \284
そして財布に貯まっていた小銭を全部投入したところ
現金合計 \284
と、ピッタシで支払いが出来たのでした。

なんのこともない普通の出来事かもしれませんが、
でも私、よし!と内心ほくそ笑んでしまいました。