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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2011年12月31日土曜日

ナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン』 その1


書名: 『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』
THE SHOCK DOCTRINE  THE RISE OF DISASTER CAPITALISM
著者: NAOMIM KLEIN
訳者: 幾島幸子・村上由見子
出版社:岩波書店

Copyright ©2007 by Nomi Klein
First published 2007 by Metropolitan Books,
This Japanese edition published 2011 by Iwanami Shoten,Publishers,Tokyo
by arrangement with Naomi Klein
2011年9月8日第1刷発行

ショック・ドクトリンとは、
「惨事便乗型資本主義 = 大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革」
を示す用語であり、2007年にカナダ人ジャーナリスト、ナオミ・クラインさんがその実態を告発した書の名であります。

始めに二つの研究があった。

一つは経済政策における
シカゴ大学経済学者ミルトン・フリードマンが提唱した『純粋な自由放任主義』である。それは、あらゆる規制や保護、たとえば『社会保障制度』『公的医療制度』『社会福祉』『労働者保護制度』など取っ払って、すべてを市場に委ねるという『完璧な市場原理主義』の研究であった。
1940年代のアメリカは、大恐慌そして大戦によって疲弊した大多数の『労働者階級』の国民が、共産主義化また社会主義化することを防ぐために、建国のテーゼというべき自由主義から一転、富の再分配と社会保障を経済施策として実施した。
またアメリカ国外では、南米、アフリカ、中東、アジア地域から植民地解放によって新しい国が次々に誕生し、それらの国々では、それまでの自然資源の輸出依存から国内指向型の産業振興・育成への転換(開発主義)、そして国内産業保護施策が図られた。
広大なフロンティアを前にして、規制や保護という障壁のために富を自由に支配できない企業家や資本家達は、そして自分たちの『ユートピア』を目論む『純粋な自由放任主義』の研究に近づき投資した。
しかし、急進的な学者でさえも研究の限界を感じていた。
『まったくの《白紙状態》の上に自分たちの望むとおりの経済政策の枠組みを丸ごと、完全な形で実現するという贅沢を手にすることはできない。』

そしてもう一つ、それはおぞましい研究であった。
1950年代にカナダ、マギル大学附属アラン記念研究所の精神科医ユーイン・キャメロンが行った『洗脳』の人体実験である。表向きは、病的な精神を破壊して、健全な精神を再構築するというものであった。
キャメロンはCIAからの潤沢な援助を受けた。そして精神疾患で訪れた患者を人体実験に使用し、そして研究を続けた。
キャメロンの『洗脳』、その第1段階は『脳の白紙状態化』である。
人は、学習や経験によって脳に知識や人格(思考・行動様式(パターニング))が形成される。その人格を極限的なショック、ストレスを与え続ける事によって破壊(脱行動様式(デパターニング))し、退行させることによって、『脳を白紙状態化』するのである。
そして『白紙状態化』が十分に達成された段階で『精神誘導』、自分たちに都合の良い偽りの行動様式を擦り込んでいくのである。
この研究の成果は、CIAに大きな恩恵をもたらした。それは身柄を拘束した者から情報を引き出す、或いは従順な道具にするための『拷問』手法の確立である。この『拷問』手法はマニュアル化され、現在、世界のあらゆる強制収容施設で実践されているという。
そして表向きの洗脳については、被験者のその後の経過から、『精神誘導』は全く効果がないと結論づけられた。そして身体的・精神的不調を与えられた生存者は今も苦しみながら生きているという。

そして二つの研究成果が結実した時、『ショック・ドクトリン』が誕生した。
アメリカ政府とグローバル企業は、戦争、津波やハリケーンなどの自然災害、政変などの危機につけこんで、あるいはそれを意識的に招いて、人びとがショックと茫然自失から目覚める前に、およそ不可能と思われた過激な経済改革を強行した。

ミルトン・フリードマンはその著書『資本主義と自由』の中で、世界の自由市場経済の基本ルールを示している。
--------
第一に、各国政府は利益の蓄積にとって障害となる規則や規制をすべて撤廃しなければならない。(規制緩和)
第二に、政府が所有する資産で企業が利益を上げられるものはすべて民間に売却しなければらない。(民営化)
第三に、公的プログラムにあてはまる予算は大幅に削減しなければならない。(社会支出削減)
さらには具体的な提言として
①税金は低く抑え、収入に関わりなく均一に課税する
②企業は世界のどこでも自社製品を販売する自由が与えられるべきであり、政府は自国の産業や所有権を保護しようとしてはならない
③労働力を含め、すべての価格は市場の決定に委ねるべきであり、最低賃金は定めてはならない
④医療、郵政、教育、年金さらには国立公園までも民営化すべき
を挙げている
----------以上、本書 上巻、第1部第2章78頁から引用


ナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン』日本語訳本は、今年9月に刊行されました。『THE SHOCK DOCTRINE   The Rise of Disaster Capitalism』が刊行されて4年が経過しています。
私は、この大書の上巻を12月26日、加古川市立図書館で借り受けました。そして漸く第一部まで読み終えました。
序章:ブランク・イズ・ビューティフル -30年にわたる消去作業と世界の改変-
第一部 ふたりのショック博士 -研究と開発
第1章:ショック博士の拷問実験室
      -ユーイン・キャメロン、CIA、そして人間の心を消去し、作り替えるための
       狂気じみた探究-
第2章:もう一人のショック博士
      -ミルトン・フリーマンと自由放任実験室の探究-

世界のこの10年を振り返ってみて、もっとも強い印象を残したものは、
2001.9.11に端を発したアメリカ主導によるイラク戦争、そしてアフガニスタン侵攻、いわゆる『テロとの戦い』『(米国主導の)正義の戦い』です。
そしてアメリカがこのテロとの戦いに費やしたコストの総計は10年で3兆2280億ドル。(ニューズウィーク9.11号)
この数字は翻って見れば、アメリカの一部のグローバル企業(軍需企業、軍関連の維持・管理企業、軍の生活全般をカバーする様々な企業)に大いなる潤いを与えたと読むこともできます。

そして、日本もその渦中にあるFTA(米国主導の自由貿易協定)。アメリカが突き上げる要求は、まさにミルトン・フリードマンが提唱した『世界の自由市場経済の基本ルール』そのものです。
アメリカを突き動かすグローバル企業や資本が、もはや広大なフロンティアでなくなった、地上の有限なる市場に『自由』という統一ルールを敷いて、その寡占をもくろんでいる、と考察することができます。

日本は今年、『大震災』と『原発事故』を経験しました。さらには日本企業の凋落と、そして社会倫理の瓦解を目の辺りにしています。そして私たち国民全体が『ショック』と『虚脱』から抜け出さずぬ間に、政権与党である民主党と野田政権は、国民をないがしろにした施策、大企業や資本家優遇施策を矢継ぎ早に断行しようとしています。

私たちは、現在の世界経済の本流であるグローバル化に乗り遅れてはいけない。しかし、為す術なく流されてはいけないし、溺れることがあってはなりません。
と同時に、私たちはこの国土の上で学び、働き、糧を得て生きています。その生活は第一に守り続けなければならない、そう思います。

また、様々な『ショック』が私たちを襲ったとしても、私たちはアイデンティティを、学び得た主義・主張を、そして良心を放棄してはならない、と思います。


『わたしたちのお仕えする神は、その燃え盛る炉や王様の手からわたしたちを救うことができますし、必ず救ってくださいます。そうでなくとも、ご承知ください。わたしたちは王様の神々に仕えることも、お建てになった金の像を拝むことも、決していたしません』
(旧約聖書 ダニエル書3章17~18節)
現実は必ずしも自分の望んだようにはいかない。けれども、たとえ"そうでなくとも"神を信じて歩む。ままならない結果、悩みや悲しみの中に隠されている神様の心を探りながら歩む。それが、「良い木」として生きることではないでしょうか。と聖書は語りかけてくれます。

この『神』の部分を、『自分の良心』と読み替えれば、より心にすーっと染み込むと思います。

2011年12月26日月曜日

サンタが家にやって来た ♪


『さぁ あなたからメリークリスマス 私からメリークリスマス
サンタクロース イズ カミング トゥー タウン』

仕事から帰り、夕食を摂ってコタツで寝転んでいると、『ピンポン』と玄関のチャイムが鳴りました。妻と耕太郎が出て、玄関を開けますと、ワーという歓声と『耕太郎!』という若い呼び声が聞こえます。
私も玄関に顔を出し、玄関の外を見ますと、サンタの格好をした幾人かの少年の姿が見えました。
誰がいるのかよく見ようと眼鏡を外すと
誰かの声が『おっちゃん、眼鏡外した』と叫びます。
おっちゃんの眼鏡は読書用で、ちょっと離れるともう見えないのです、よく言う老眼なのです。それで眼鏡を外したわけです。ですが、外は暗くてやっぱり一人ひとりを特定することはできませんでした。

耕太郎はいそいそと外着に着替えて外に出、集団に加わって、『次は雄大っちや』と行ってしまいました。

暫くして耕太郎が帰ってきました。
あの集団は?と尋ねると
野村君が言い出しっぺで、昨日今日と3年生の仲間の家を次々に訪ね歩いているとのこと。阿弥陀は制覇し、今日は北浜を巡っているとのことでした。
まるでハロウィンの楽しみのようです。仮装して、家々を訪ね歩いて。。。
でも彼らはお菓子をねだるわけではなく、ただ寒空の下で、温かい笑顔を届けてくれたのです。

彼らのこころねは、本物のサンタクロースですね。
笑顔になれる贈り物、有り難うございます。

2011年12月24日土曜日

ビバ、クリスマス!


『きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。』
-ルカによる福音書2章11節-

お早うございます。そしてメリークリスマス!
いよいよ明日はクリスマスです。
6時頃外に出ますと、東の地平線から洩れ広がる明けの光で、天上の星々は空に溶けていました。静かな朝です。町の家々の屋根は霜で覆われています。まるでチョコレートケーキにパウダーシュガーをまぶしたよう、天もお祝いをしているのでしょうか。

クリスマスイブ の今夜、町々の教会ではクリスマス礼拝が執り行われます。
私は20年ほど前から子どもたちがまだ幼かった時代まで、よく家族でクリスマス礼拝に参加し、厳かな、でもとても心躍るクリスマスを楽しみました。

1995年12月24日(日) 、私は後母教会となった基督兄弟団西播磨めぐみ教会のクリスマス礼拝にて、鵜飼牧師の導きにより洗礼を授かりました。

キリスト教との出会い、というか聖書に初めて触れたのは、今から遡ること35年前、友達(イチャさんです)から譲り受けたコンパクトな聖書(福音書が納められていました。ミッション・スクールで配布されたものです)です。目次には『この様な心の時には、この御言葉を』という案内がありました。
私は、この案内で救われたことがあります。
20歳の冬でした。その日、その日も私は、金沢、片町のとある居酒屋で騒いでました。店に飾ってあった紙傘を開いて、即興の傘踊りに興じていたのです。
そして数日後、自宅に電話を入れると、その日、姉の1歳に満たない一人子が亡くなったことを知らされました。忸怩たる思いに押しつぶされ、一人で夜の町をあてもなく歩きました。そして、何度目かの電話ボックスから姉に電話をいれ、謝りました。
落ち着いてから寮の自室に戻り、友人から譲り受けた聖書を開きました。そして『悲しみ』についての案内で次の御言葉に出会いました。

『悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです』
-マタイによる福音書5章4節-

この御言葉に出会うまでは、聖書は、1960年代に作られ公開されたハリウッドのスペクタル映画、『天地創造』『十戒』『ベンハー』が描く、まさに壮大なスケールの絵物語として楽しんでいました。そう、『空想物語』として読んでいたのです。
でも、このマタイ伝の御言葉に出会い、本当に心が慰められれました。そして、それからは聖書は私の道しるべとなりました。

クリスマスには特に美しい物語が沢山あります。そして今日も今夜も素敵な物語が沢山紡ぎ出される事と思います。

どうか素敵な事柄に出会えますように
ビバ、クリスマス!

2011年12月23日金曜日

私たちの『希望』


福音館童話集『きょうの世界昔話』から
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むかしむかし、ギリシアの神ゼウスは、巨人のプロメテウスを呼んで言いつけました。
「ねんどで、我々と同じ姿をした生き物を作れ。わしが息を吹き込んで、命を与えてやろう」
プロメテウスが言いつけ通りの生き物を作ると、ゼウスはそれに命を吹き込んで人間と名付けました。
次にゼウスは、プロメテウスにこんな命令をしました。
「人間に生きていく為の、知恵を授けてやれ。ただし、火を使う事を教えるな。火は、我々神々だけの力。人間に火を使う事を教えると、我々の手におえなくなるかもしれんからな」
こうしてプロメテウスは、人間に家や道具を作る事、穀物や家畜を育てる事、言葉や文字を使う事などを教えました。
しかし火がなくては、物を焼く事も煮る事も出来ません。
いつも寒さに震え、真っ暗な夜は動物たちに襲われる恐怖におびえていました。
そこでプロメテウスはゼウスの言いつけにそむいて、人間に火を与える事を決心しました。
プロメテウスは弟のエピメテウスを呼ぶと、こう言いました。
「おれは人間たちを、とても愛している。
だから人間たちに、火を与えるつもりだ。
だがそれは、ゼウスの怒りにふれる事。
おれはゼウスに、ほろぼされるだろう。
だからお前が、おれの代わりに人間を見守ってやってくれ」
プロメテウスはそう言うと、太陽から盗み出した火を人間に与えたのです。
そして怒ったゼウスに山につながれて、ワシに食い散らされてしまいました。

間もなくゼウスは、職人の神へパイストスに命じて、この世で一番美しいパンドラを作らせると、エピメテウスのところへ連れて行かせました。
人間に火をもたらした罰に送り込まれたともいえるパンドラには、神々からさまざまな贈り物をさずけられていました。
美の女神 アフロディーテからは美しさを、アポロンからは音楽と癒しの力を、そして何よりゼウスは、パンドラに好奇心を与えていたのでした。
エピメテウスはパンドラの美しさに心を奪われると、パンドラを自分の妻にしました。
エピメテウスの家には、プロメテウスが残していった黄金の箱がありました。
黄金の箱は、病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなど、この世のあらゆる悪が閉じ込められていて、それらが人間の世界に行かないようにしていたのです。
プロメテウスはエピメテウスに、
「この箱だけは、決して開けてはならない」
と、言っておいたのですが、パンドラはこの美しい箱を見るなり、中にはきっと素晴らしい宝物が入っていると違いないと思いました。
そこで夫に箱を開けて欲しいと頼みましたが、エピメテウスは兄との約束で、決して首を縦に振りません。
するとパンドラは、
「あなたが箱を開けてくださらなければ、わたしは死んでしまいます」
と、言い出したのです。
そこでエピメテウスは仕方なく、兄との約束を破って箱を開けてしまいました。
そのとたん、箱の中からは病気、盗み、ねたみ、憎しみ、悪だくみなどのあらゆる悪が、人間の世界に飛び散ったのです。
エピメテウスがあわててふたを閉めますと、中から弱々しい声がしました。
「わたしも、外へ出してください・・・」
「お前は、誰なの?」
パンドラが尋ねると、
「わたしは、希望です」
と、中から声が返ってきました。
実はプロメテウスが、もしもの為に箱に忍び込ませておいたのです。
こうして人間たちは、たとえどんなひどい目にあっても、希望を持つ様になったのです。
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出典:http://hukumusume.com/douwa/pc/world/03/17.htm

21世紀最初の10年は、まさにパンドラの箱が開かれた様なものでした。
アメリカ同時多発テロから始まった正義の武力対立(民族主義、宗教教義主義等々)
無慈悲な市場原理主義、野放図な金融市場が引き起こす経済不安
大規模自然災害の襲来(地震、台風、熱波、かんばつ)
そして暴走した原子力の火
参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/21%E4%B8%96%E7%B4%80

これらの禍は、私たち人の愚かな行為、
『主義主張の押し売り』
『際限なき消費欲望、膨張欲望』
『負の遺産(借金、公害、責任)の先送り』
そして『自らへの過信』
が招いたものです。

そして世界に解き放たれた、
『悪意』『暴力』『偽善』『保身』そして
『妬み』『憎しみ』『悲しみ』『餓え』を元の箱に収め戻すためには、
何世紀という時間を要するでしょう。

しかし、私たちにはプロメテウスが与えてくれた
『火を扱う力』、創造し、創意工夫し、自らを進歩させる力
『希望』、夢を見、憧れを持って、今日を歩み明日に挑む力
があります。

2012年が、
私たち人が、この世界で
『どの様に生きてゆくべきか』また『どの様な役割を果たすべきか』を再考し、
この世界の幸せ、そして私たち人の幸せのための、新たな一歩を踏み出すファーストイヤーとならん事、信じたいと思います。



2011年12月22日木曜日

魅了され続ける映画『ジョルスン物語』


私の記憶で、初めて涙した映画は高峰秀子さん主演『二十四の瞳』でした。ホント幼い頃です。断片的ですが、戦地から帰還した教え子達との同窓会のシーンが印象に残っています。

十代の前半はマカロニウエスタンにはまり、後半はSFです。そして19歳、金沢の映画館で観た『ジョルスン物語』のリバイバル上映。もう感動して大泣きしました。ロマンス、そして音楽劇のこの映画にすっかり魅了されました。そしてそれは現在進行形なのです。
主人公アル・ジョルスンは実在の人物で、アメリカの第二次大戦前後のブロードウェーの大スター、そして初の商業トーキー映画を撮った映画スターであります。

ジョルスンを演じたのはラリー・パークス、そして歌唱部はジュルスン本人が吹き替えをしてます。それは本当に吹き替えとは思えない見事さで、1947年のアカデミー賞録音賞に輝いていることからも分かります。このラリー・パークスは悲劇の俳優で、ハリウッドの赤狩りに罪無く飲み込まれ映画界から追放されました。

私の一番のお気に入り、というかもっとも高潮する場面が、ジョルスンが父のたっての願いで『Anniversary Song』を歌う場面です。
ジョルスンは妻ジュリーの願いを受けてスターの座を引退し、隠遁生活に入ります。そして生き甲斐である『歌う事』を封印します。ですが、両親の結婚記念日のパーティーで父から幼い時に一緒に歌った『Anniversary Song』を請われ、歌います。その歌は愛する夫婦が結婚式で初めてダンスを踊った時のように、見つめ合い、しっとりと、また情熱的な愛を讃歌します。ですが、それはジョルスンの『歌う事』の封印という寂しさで成り立つ脆い幸せであることをジュリーに気付かせ、そしてラスト、ジュリーはジョルスンのもとを去ります。

映画『ジョルスン物語』のシーンから

私、昨年歌いました

『ジュルスン物語』は、素晴らしい歌と、そしてミュージカルの素晴らしさ、ロマンスの切なさを満喫できる、とても最上に素敵な映画です。

私はこの映画にであった10年後、VHSのレンタルビデオで再開を果たしました。そして、今から数年前DVDを購入し、今、この映画は私の宝物となっています。

p.s.
今日、Facebookを開くと、なんと学生時代の友人からコンタクトがありました。驚きと同時に嬉しく、暫しチャットで昔話に花を咲かせました。
金沢での学生時代、ホント阿呆な事ばかりし、大酒をかっ食らい、毎日がびっくり箱の様な生活でしたが、映画にだけは真摯でした。毎週末、アルバイトして稼いだ金で映画を観に行きました。ホント朝から晩まで映画館で過ごしていました。帰りは毎度足はなく2時間ほど掛けて夜の道を寮まで歩いて帰ってました。青春でした。

2011年12月19日月曜日

北の独裁者死亡報道を受けて


年の瀬が迫った今日、『北朝鮮の金正日総書記急死』のニュースが飛び込んできました。
というか、いつもならまだ夕刊が届くことのない午後3時半頃に夕刊が入ってました。
エエッ号外か、と不信に思いましたが夕刊でした。でも何か意図的なものを感じました。

今年、アメリカを中心とする自由主義国家から悪の枢軸と呼ばれた独裁者、またテロ首謀者が次々と死亡しました。
5月2日 オサマ・ビンラディン(アルカイダ指導者) 米国軍特殊部隊が殺害
10月20日 カダフィ大佐(リビア独裁者) 自国民反体制部隊が殺害
そして北朝鮮の独裁者が今日死亡しました。金正日総書記は国内の指導視察途上の汽車中で『心筋梗塞にて急死』という発表です。

金正日総書記は以前から心臓病疾患者であることは知られていましが、あらゆる成人病疾患者だったのですね。
しかし、数日前から北朝鮮で総書記の次に有名な、高圧的な女性アナウンサーがテレビから姿を消すなど、不穏な空気は漂っていました。もしかしたら、女性アナウンサー失跡の前後に北朝鮮で大きな第一の転換(粛正等々)があったのでは、と想像してしまいます。

1980年代のユーゴスラビア紛争の後、次の火種は極東『北朝鮮』と、当時の未来学者は予言しました。ですがあれから30年、ソ連は今はなく、中国は今だ共産党一党独裁国家とはいえ外貨資本や自由貿易の恩恵の寵児となっています。『北朝鮮』が導火線となって旧東西諸国の政治対立、武力対立が起こることは現実的でないと思います。

しかし北朝鮮は、『誘拐』『麻薬』『偽札』そして『核爆弾』とブラックマーケットで活躍する、犯罪を国家が首謀する国です。その国のかたちが壊れれば、犯罪はもはや規律がなくなり、希望のない『パンドラの箱』が解き放たれる、ということになりかねません。

日本は、東アジアの国々と協力し、万一の動乱発生の監視と抑制、そして北朝鮮民への人道支援等々、これこそ綿密な『想定』と『アクションプラン』を早急に協議し実行すべきと思います。

2011年12月17日土曜日

可哀想な首相、野田佳彦


昨夜は夜、テレビを見ませんでした。
そして今朝の新聞を見て、唖然としました。

『首相、原発事故収束を宣言』
『冷温停止状態を確認』

彼は、強いリーダーを演じてみたかったのですね。
思えば9月、民主党の代表に選ばれてそのまま一国の首相の椅子を与えられ、辻説法で鍛えた雄弁さで自身を『ドジョウ』と喩えられた。
それが、鉢呂元経済産業相の『放射能つけちゃうぞ』発言・失言? 以後、ぶら下がり取材に一切応えず、国会答弁も下を向いてルビの振られた原稿を棒読むばかり。。。
だけれど、外遊先ではいつもにこやかな笑顔を振りまき、原発事故問題、TPP問題、消費税問題然り、国内で議論もなにも出来ていない状況で、どうどうと国際公約をなさってしまう。

そしていまや日本第3の都市となった大阪で台頭する橋下徹氏率いる維新の会の威勢や、はたまた海の向こうで三年前にリベラルの旗手として立ったオバマ米大統領の『イラク戦争終結宣言』に調子を合わせようとされたのでしょうか。

もう、私たちは『サラリーマン総理』はいならいです。『自己都合総理』はいらないです。
本当に国民の信任を得て、国民の期待と責任を併せ持って、任期を命がけで全うできるリーダーを求めます。
そうしなければ、日本は内部崩壊します。