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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2015年3月28日土曜日

感謝を込めて

大阪時代、とてもお世話になったお店がありました。
スナック東
大阪時代、まるで実家の様な場所でした。
この店が、この3月末でグランドフィナーレを迎えると先輩から連絡を受け
閉店までに一度は顔を出したいと思っていました。

でも叶わず・・・
遠い空から、感謝を込めて
よくカラオケで歌った歌を届けたいと思います。
ママさん~お疲れ様でした
そして、有り難うございました

2015年3月27日金曜日

携帯執事

はじめてポートアイランドにある市民病院に足を踏み入れました。
付き添いでした。
再診受付の端末に診察券カードを挿入しますと、呼び出し専用機と名の付く携帯端末が出てきました。番号が割り振ってあり、それが受診者に割り当てられた番号です。
院内に居れば、診察の順番が近づいてくると液晶画面にその旨のメッセージが表示されると同時に電子チャイムが鳴ります。
ITの活用が、受診者のただ待つと云うしんどさを解消してくれていました。
でも・・・
呼び出しを受けて、診察のブロックで待機していますと、ある問題に気付きました。
携帯端末から流れるチャイムの音がみな一緒で、あっちからもこっちからも聞こえてきます。私など恥ずかしながら手に握っていた携帯端末からのチャイムを気付かずに、診察の順番を一つ飛ばされる羽目になってしまいました。

携帯端末、携帯執事、とても便利な機械だとは思います。でも改良は必要です。
バイブレーター機能、必要だと思います。

阪神、勝ちました~!

6回裏、メッセンジャー投手に代打が送られた時は、
今年も終わった・・・
なんてつい嘆いてしまいましたが、
7回裏、福留選手の起死回生のタイムリーヒットが飛び出ると
この試合負けても、今年はやるぞ~
なんて元気が出まして
気付いたら同点、いったいどうしたんだ~
とビックリしていると
延長10回の裏、マートン選手のサヨナラヒット
もう頭の中はお祭りです!

p.s.
何で飛び飛びかといいますと、野球中継が早々と終わったからです。
それからYHAOO!スポーツニュースをちょこちょこ見ていました。

2015年3月26日木曜日

ブルーインパルスが飛来しました。

すぐに煙となって消えゆく白線で、真っ青な大空に巨大なサクラの花びらやハートを描いてゆくのです。その筆は、音速を超えるブルーインパルスです。

3月26日(木)、白亜の姫路城を祝う祝典には、未曾有の観衆が集まりました。お目当ては50年ぶりに姫路城上空を飛来するブルーインパルスです。
そして10時きっかりに、広峰增位山連山上空から6機のブルーインパルスが現れました。
姫路城のすぐ東側を6機が編隊となって飛来し、姫路城上空で扇に展開します。キーンという雲を切り裂く音、そしてグオーッという地上の歓声、一気にボルテージが上がりました。
そして十数分の空中ショーの間、群衆は、老いも若きも、男も女も、晴れ晴れとした笑顔で空を見上げ続けます。感動しました。


2015年3月22日日曜日

ホームコメディドラマ?「花燃ゆ」

今夜の「花燃ゆ」は、久坂玄瑞と杉文との婚礼のシーンで始まりましたね。
大河ドラマとは思えない、ホームコメディの間合いで掛け合いがありました。
今大河ドラマは、「幕末学園ドラマ」という触れ込みがありましたが、松下村塾の塾生に握り飯を運んでくる文さんの「ごはんですよ~」という掛け声が「時間ですよ~」に聞こえてきて、大昔のお化け番組(化け物が出るわけではありません、ムチャクチャ人気があったという意味です)ドラマ「時間ですよ~」を思い出しました。

また、結婚して杉家に住む事になった久坂玄瑞に、杉家一同での食事のシーンで吉田寅次郞が掛けた言葉(私の聞き違いかもしれませんが)にビックリしました。
「(杉家に住む事になって)塾まで10分と掛からないではないか」の
”10分と掛からない”
幕末の時間の単位はどうであったのだろうか?と疑問が湧きました。
でも、あらためて考えてみますと、視聴者に分かりやすいセリフ表現だったのですね、それで現代の時間単位を使ったのだろうと推察します。

ただ、やたらと”あなたの志は何か”というセリフが耳に残り、なにやら”志”が安売りされているように思えます。

まぁ、でも仕方がないなぁとも思います。
このシーンの史実の記録は、どこにもないのですからね。
しばらくは、あまりの逸脱がないことを祈りながら、ホームコメディドラマとして楽しみたいと思います。

2015年3月21日土曜日

写真を撮ろう

友人から、祭りの時に写した写真の中に、母が写った写真はないか?と相談されて、ハードディスクに保存しているこの20年間で撮影した写真データ約34万枚の中から、おばちゃんが写っている写真を探しました。

写真データは、撮影した日付でフォルダを分けています。
それで、祭りが行われた日付のフォルダの中に、おばちゃんが写っている写真を探しました。でも残念ながら、おばちゃんの写っている写真は一枚もありませんでした。
友人とは、子供の学年も同じため、次に幼年時から就学後の学校行事(入学式、卒業式、運動会、マラソン大会等)が行われた日付のフォルダを調べてみました。
すると、たった一枚ですがありました。
その写真は、1998年10月1日(木)、幼稚園の運動会で撮影した写真です。
今年高校を卒業した孫娘を抱くおばちゃんが写っていました。
62才の、まだ若々しいおばちゃんが写っていました。


写真を撮る事が好きで、何か行事がある度にカメラを持って出かけていき、パチパチとシャッターを切ってきました。でも、その中から数枚プリントするだけで、ハードディスクに保存した写真データを、その後振り返り見る事はほとんどありませんでした。

今回、おばちゃんが写っている写真を探す、という目的で見た写真には、この20年間の家族や一本松連中、また子供たちの友だちの、変遷が記録されていました。一枚一枚に、活き活きとした姿が写っていました。

最近、家族と写した写真があまりない事に気付き、それからは家族のポートレートを撮ることもカメラの写真で撮る目的の一つとなりました。母については、遺影となる写真を残すという気持ちで撮影をしています。

でも、あらためて過去の写真を振り返り、次の様に考える様になりました。
今日撮影したポートレートは、今日鏡に映った自分の姿です。
笑顔であれば、明日もきっと笑顔になれる
もし沈んだ顔であったとしても、明日は笑顔になろうと思う
それが写真の力ではないかと考える様になりました。

今日の自分を写す、今日の自分の活躍を写す、そしてそれを写真で見る事によって、きっと明日への活力が生まれると思います。そして、素敵な笑顔の自分にきっと出会えると思います。
ポートレートを撮られる事は嫌い、という人がいますが、どんどん自分を撮って、素敵な自分に出会って欲しいと思います。
それが、自分の最高の写真となれば、どんなに素敵な事でしょう。

2015年3月20日金曜日

訃報

12月、母よりも十歳も若い叔母さんが入浴中の事故で亡くなりました。
それからというもの、母の行動を一層注意して見守る様になりました。

寒い季節、突発的な体の不調が命の危険を招きます。
この町でも、早朝、深夜に関わらず、救急車のサイレンをよく耳にしました。
そしてようやく穏やかな季節を迎え、少し安心を覚えていたところに、突然の訃報が届きました。

一本松連中で友人のお母さん、小さい頃からよくお世話になったおばちゃんが亡くなったと連絡がありました。
同じく一本松連中の友人が連絡をくれました。その晩、皆でおばちゃんに会いに行きました。誰もが「まさか」という顔をしていました。おばちゃんは、昨年の祭りで家にお邪魔した時に、変わらない声と笑顔で迎えてくれました。それが元気な姿を見た最後となりました。

12月、体調が思わしくなくなって、しばらくの闘病の末、3月18日(水)、友人の息子二人がおばちゃんの看護をしていた時に、眠る様に息を引き取ったと、奥さんから聞きました。
今日が友引ということで、今晩通夜、明日告別式が行われます。
友人は、賑やかにお母さんをと送り出したいと話していました。
皆で賑やかに、おばちゃんを送り出す、その一助になれればと思います。