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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2014年3月31日月曜日

決戦の地は、明石になりました。

少しヒンヤリ感を覚えるほどの、澄み渡った朝、となりました。
決戦の地が、明石に変わりました。
洲本高校との試合は、14時、明石トーカロ球場で始まります。

ただ高校野球連盟のサイト、高校野球ドットコムのサイトも更新されておらず、
土日の結果も、日程変更もチーム内の連絡網だけが頼りという状況です。
高校野球連盟の皆さん、高校野球ドットコムの運営の皆さん、素早い更新
お願いします。m(__)m

兵庫県高等学校野球連盟

高校野球ドットコム・兵庫県春季大会特設ページ



2014年3月30日日曜日

本日の試合は中止、明日に順延となりました・・・

本日の試合は中止、明日に順延となりました・・・

春の雨をこれほどに恨めしく思ったことはありません。何ヶ月も前から楽しみにしていた試合観戦の機会を奪われてしまいました。私も妻もです。そして、この雨を恨めしく眺めています。

甲子園で行われている選抜高校野球も、気付けば明日はもう準々決勝なのですね。なかなかテレビ観戦も叶わず、ダイジェストを観るだけですが、延長戦あり、サヨナラありと白熱、そして劇的が繰り広げられています。
甲子園では、今日の午後3時から、昨日15回延長で決着が着かず再試合となった
広島新庄vs.桐生第一
一試合が行われる予定です。でも降り様がいよいよ酷くなってきました。
この調子では中止の公算が高そうです。再試合をベストな状態で戦うためには、早く中止を決定し、気持ちの切り替えを計らせて上げたいです。

春季大会が始まりました。

平成26年兵庫県高校野球春季播淡地区トーナメントが始まりました。
夕方遅く、雨が降り始めた頃に帰ってきた耕太郎に東播の結果を尋ねると
3-0で勝った、と教えてくれました。
いよいよ始まった、という感慨を覚えます。

兵庫県高校野球連盟大会組み合わせ

ですが・・・・、雨だいぶ降り続く様子で、明日試合ができるのか心配です。
もし明後日に順延になるようであれば、観戦は叶いません・・・
雨よ!あまり降り続くな!朝には降り止んでくれ!
と願っているところです。そしてなかなか寝付けません。

三月に入り観戦した練習試合で撮影した写真をアップしました。
対戦チームは、どこもよくバットが振れているという印象を受けました。
そして松陽高校も負けず、チームの打力はずいぶん向上しました。
チームの課題はまだまだありますが、一戦一戦、試合を重ねる度、チームは進化しているという心丈夫な印象を覚えます。
大会では、一つ一つのプレーに集中して、チームの勝利に一丸となって挑んでくれることを願います。

2014-03-08 練習試合(伊川谷)
№1
№2
2014-03-22 練習試合(福崎)
№1
№2
2014-03-23練習試合(科学技術)
№1
2014-03-25 練習試合(神戸高専)
№1
№2
№3

2014年3月22日土曜日

消費税増税が、真の社会福祉サービス充実に繋がる事を願います。

消費税8%が、いよいよ始まります。
今回の、消費税5%からの増税分3%は、年金・医療・介護・少子化対策などの社会福祉に当てられるといいます。
しかし、「社会福祉財源の充実と安定化」というアドバルーンに懐疑です。
まずは財源確保ありき、詳細はこれから・・・、では結局、名目予算に有象無象が群がって、「真の社会福祉の充実」が骨抜きにされ、社会福祉に従事する者、そして社会福祉サービスを受ける者が蔑ろにされるのが目に見えます。

高齢化社会への対応とともに、
少子化対策、というよりも子どもを安心して、また健全に育てられる社会の再構築が、急ぎ求められています。
一番必要なのは、新しいハードウェアではなく、成長するマンパワーです。
社会福祉に従事する、貢献する者の地位が長期的に安定し、スキル向上の機会と、成果によって所得増が保証されれば、優秀な人材はすぐに確保できます。そしてマンパワーさえ確保できればすぐに事業は行えます。

現代は、社会活動が昼間だけで行われる時代から打って変わり、24時間活動する社会に変貌しました。24時間、どこかで人が働いているのです。ですから社会福祉施策も大きく転換しなけれいけません。24時間サポートです。社会福祉は警察と同じく、24時間欠かせない事業です。そのためには十分な従事者の確保と、負担の分散が必要です。尚且つ、金銭的な営利を目的としてはなりません。

「人が人を守り、育む」そして「共に成長する」という目的にだけ、財源は使われなくてはならない、と思います。
「子どもは宝」、「人は宝」という理念が、国家、そして社会、すべての私企業の第一の理念になることを強く願い、またそのために財源が生かされることを強く願います。

エール

息子耕太郎は、いよいよ最後の夏を迎えます。硬式野球に憧れて、高校野球で試合をすることに憧れて、休まずトレーニングに励み、体を作ってきました。
しかし、三月、試合が解禁されてから、練習試合で思う様に結果が出ない、それが表面に出ない焦りとなって、空回りに始まり、そして最近ではあきらめの雰囲気さえ漂わせる様になりました。

自分の力ではどうしようも出来ない事は確かにある。だけどゴールが決まっている中で、そんなことに憤ったり諦めたりするよりも、ただ全力を出し切ってゴールを目指すことこそ重要だ。
これからの長い人生、行く先々で幾つもの目標に挑まなければならないし、そこには必ず、試練が待っているものだ。試練を越えて目標に到達できることもあれば、試練に打ち負かされることもある。重要なのは、一つ一つのチャレンジで自分の力を出し切れたかどうか、と云うことではないかと思う。
目標に到達できたのであれば、自分のため、そして後に続く者のために、歩んだ道をより良い道に整備しなければならないし、さらに高い目標、もくしは別の目標に向かう準備をしなければならない。
たとえ打ち負かされたとしても、やりきったという思いがあれば、敗因はただ自分の力不足であったというだけである。再びチャレンジする時、「己を知り相手を知れば百戦危うからず」の格言が示す通り、必ず道を開くことが出来る。

Action:まずは力不足を解消し、
Plan:確かな計画を立て、
Do:誠意も持って実践し、
Check:常に進捗管理を怠らなければ
必ず目標に到達することが出来る。

だからどんなチャレンジも、どんな結果も、次のチャレンジに生かせる様に、全力を出し切らなければいけないと思う。もったいない、と思う。
そして、どんなチャレンジにも、行動にも
まず、準備をし、段取りを確認し
計画を立て、
実践し、
評価し、
改善を繰り返して前に進む
そして後片付けをして綺麗に終わる
を、当たり前に出来る様、心掛けなければならない、と思う。

耕太郎は、不自由な環境しか与えられなかった中で、その中で、一生懸命、野球に打ち込んでくれたと思う。野球を好きになってくれたと思う。
だから、ラストスパート
もうあれこれ悩まず、出来ることは全てやったと気持ちを吹っ切って、チームにできること、自分に出来ることに、全力で向き合って欲しいと思う。
そして、高校野球にチャレンジする始まりに抱いた気持ちを、今こそ思い出して、ラストスパートを全力で楽しんで欲しいと思う。

このエールを、耕太郎、そして仲間達全員に贈ります。

2014年3月19日水曜日

70回目の献血を行いました。

月曜日、70回目の献血を行いました。
献血がおわり待合室で休んでいると、受付の方がこられて
献血回数70回の表彰状と恩賞が贈られますと案内を受けました。
夏にその年度の締切があって、11月に自宅に直接送られます、忘れた頃に届きます、と笑いながら話して下さいました。

目標100回までの一里塚ではありますが、謹んで頂きたく思います。

2014年3月13日木曜日

戯曲”Novecento. Un monologo”(邦題「海の上のピアニスト」)を読みました。

「何か良い物語があって、それを語る相手がいれば、人生捨てたもんじゃない…」

この素敵な文句がいきづく映画「海の上のピアニスト」に、最近すっかりはまっていますが、この映画の原作本を買い求め読みました。

イタリアの作家アレッサンドロ・バリッコさんが1994年に書かれた戯曲”Novecento. Un monologo”(邦題「海の上のピアニスト」、邦訳 草皆伸子さん)です。
イタリア語”Novecento”は、数字の900を意味するそうですが、もう一つ俗に「20世紀」という意味で使われる単語である様です。

戯曲「独白、ノヴェチェント」の前書きで、アレッサンドロ・バリッコさんは次の様に書かれています。
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わたしはこの作品を、俳優エウジェニオ・アッレグリと演出家ガブリエレ・ヴァチスのために書いた。かれらはこれを今年の七月、アスティ・フェスティヴァルで初演してくれた。それだけで、はたして「わたしは戯曲を書いた」という資格があるのかどうか。こうして本に出版されてみると、この作品は芝居と声に出して読むべき物語のちょうど中間にあるような気がする。蛇足ながら、このような作品がぴったりと収まるカテゴリーは存在しないと思う。いずれにせよ、わたしにはいい話に思えるのだ。語るだけの価値がある話に。そのうえ、この話が誰かに読んでもらえるとすれば、これに優る喜びはない。
1994年9月 A・B
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この物語は、本当に良い話です、そして語る価値のある話だと思います。
戯曲は、一人のトランペット吹きの独白で進みます。
映画を観ていて、特に気に入ったセリフや時に意味不明に思えるセリフがありましたが、すべては戯曲に書かれたセリフでありました。また映画で、三等乗客の談話室でピアノを弾くノヴェチェント(映画では1900)の演奏に、室内に漂う臭いニオイに鼻を押さえながらも聴き惚れる紳士の姿がありましたが、その紳士の素性も戯曲に書かれていました。

謎のレコードや、無垢な少女とのエピソードは、映画化される時に、新しく加えられたことを知りました。でもその脚色によって、映画のストーリーは、より奥深さと切なさが増しのだと思います。

船の上のピアニスト、ノヴェチェント(映画では、ナインティーン・ハンドレッド)は、はたして人間であったのでしょうか?私には、船の精霊、もしくはピアノに宿る精霊であった様に思います。ユーモラスでありながらも、とても神秘感の漂うノヴェチェント、あなたも是非、映画で、そして戯曲でノヴェチェントに会いに行かれては如何でしょうか。