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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2011年3月26日土曜日

真冬並み!吹雪の中で行われた『神戸市立大原中学校』練習試合

7:15父母会の車に選手、野球道具を乗せ、出発、加古川バイパス→明石西料金所から第二神明道路に入り→伊川谷JCTで阪神高速第7号北神戸線に入り→藍那出口で高速道路を下りて、左折して52号線に侵入、藍那口交差点で左折して16号線に侵入。中央分離帯のある広い道を道なりに走れば、つまり有馬方面に走れば、大原中学校への車の進入口がある。大原中への訪問はこれが3度目であるが、これまでは本当によく迷った。

因みに、帰りであるが、同じ、車の進入口からで、左折して道なりに走る。
梅木谷交差点で国道428号線をそのまま有馬方面に走り、皆森交差点を越えて有馬街道15線に入った直ぐに、左側、阪神高速7号線神戸線入り口に入り、姫路方面を走行。後は道なりで、帰路につく。

しかし、3月最後となる土曜日というのに、神戸市北区の寒さは本当に厳しかった。
1試合目の途中、白いものが舞い落ちてきたと思ったら、西に黒い雲、藤原先生が近づいてこられ、『降ってくるな』と仰ったとおり、一時ではあったが、吹雪となった。

スコアーをつけていた大原中の部員に『よく雪は降るの?』と尋ねると、『ハイ』との返事。高砂から、そんなに距離は離れていないのに、地理的条件が異なると、こうも天候が、気候が違うのかと、あらためて思い知らされた次第です。

第1試合は9:00、鹿島先攻で試合開始。
2回表二死から6番耕太郎の打球をセカンドが落球。その時分から雪が降り始めた。
セカンド盗塁、そして7番孝鯛のセンター前ヒットで先取点を奪った。

3回裏一死から、1番凌技ありのレフト前ヒット、すかさず盗塁。2番雄大死球。
幸伍のライト飛球をライトが落球して凌が生還し2点を奪う。

5回表一死から死球で出塁した凌はすかさず盗塁。二死から、幸伍がレフトの頭上を深々と破る三塁打で3点目、拓樹のセンター前ヒットで4点目を奪った。

4回まで、厳しい天候の中で雄大が、きっちり大原打線を零封した。そして5回裏から、3週間ぶりに健介が立った。

6回裏大原の攻撃、四球、盗塁、センター前ヒットで一三塁、二死からショート内野安打の間に1点を返された。

7回裏、ランナーを出したものの、最後のバッターをセンターフライに打ち取り、ゲームセット。


第2試合は、11:00鹿島後攻で開始。
先発のバッテリーは、英祐-健介。

英祐は、要所要所を押さえ、5回を零封に押さえた。
ただ、大原の外野陣が鹿島右バッターが触れているのを察ししてか守備位置が深くなり、その為、耕太郎や幸伍の大飛球もアウトにされた。

6回表大原の攻撃、先頭打者が振り逃げで出塁、その走者は盗塁で刺したものの、次打者を四球。キャッチャーからの先制がそれてライトのカバーも間に合わず、走者は三塁へ進塁。次打者のセンター前ヒットで先取点を奪われた。そしてディレイドスチールで二進。三塁ゴロ送球エラーの間に2点をを奪われた。

英祐は、7回を投げ抜いた。
鹿島は7回裏、二死から健介のヒット、雄大の四球でチャンスを作り、ピンチヒッター悠将で、さらにチャンスを広げようとしたが、そのもくろみは叶わず、試合終了となった。

3月の練習試合を観戦していて思った事は、まず得点力の期待できる選手をスタメン起用し、試合の分岐点では、スーパーサブ、ここぞと言うときのバントや代走、守備の優れた選手を投入して、試合を決める、その様な攻める野球スタイルを模索している様に感じている。
昨秋の守りきっても、得点力がないばかりに、延長戦で涙を呑んだ試合を何度と観た。
冬トレで、バッティングは力強くなった。
だからこそ、『野球のセオリー』、諦めない、油断しない、力を抜かない。をゲームセットまで、勝利を信じて、戦い抜いて欲しい。


今日、藤原先生が仰った言葉を鹿島中野球部員に伝えたい。
『ベンチの指示を当てにする、ベンチの叱責で奮起する様な野球では駄目』
『グラウンドにいる選手が、ピンチをはじき返す、悪い連鎖を立ち切るなど、強い意志と、冷静さで試合に挑もう』
『打つ、守る、走る、いつも貪欲に次を狙う、失敗を恐れないで、勇気を持って戦おう』

二週間後には、高砂市中学校軟式野球春季大会が開催されます。冬トレで力をつけた、君たちの姿が試される試合です。自分を信じて、チームを信じて、思いっきり戦って下さい。

2011年3月24日木曜日

3/21放送『スタジオジブリ物語』視聴感想

3月21日、久し振りに家族が一部屋に揃って一緒にテレビ番組を観ました
日本テレビ制作『スタジオジブリ物語』です。

結婚して、子供が授かってから、ジブリ以前の作品や初期のジブリ作品をテレビやビデオで鑑賞するようになりました。
90年代後半の作品である
・もののけ姫(1997年)
・千と千尋の神隠し(2001年)
・ハウルの動く城(2004年)
・ゲド戦記(2006年)
・崖の受けのポニョ(2008年)
は、我が子だけでなく、甥っ子、姪っ子を連れだって観に行きました。1990年代当時は、まだ映写室の入れ替え制もなく、満員、立ち見の状態で、幼子を抱きかかえて観賞したり、子供らの座れるスペース(通路など)を確保したり、次回上映時には空き席になると予想される席にへばり付くなど、大変にしんどい思いをしました。

※少し話はそれますが、姫路や加古川の主要な映画館も、現在はすべて指定席、もしくは入れ替え制が取られており、座れないという不都合はありません。ただ、映画の前にトイレに行く、映画中は飲料水を飲まない等、長編作品になるほど、中座しない様気をつけています。そういう意味では、昔の映画館が懐かしく思い返されます。特に平日、映写室に一人ということも珍しいことではなく、ずっといても誰の迷惑にもならないじゃないの。サクラになってあげようか。と映画館の支配人に言ってあげたくなります。
昔、学生の頃は、石川県金沢に住んでいて、週末は、朝から劇場が閉館となるまで、都会では三ヶ月前にロードショーされた作品が三本立て、三回上映が当たり前で、尻の痛みを我慢しながら、三角の牛乳パックとサンドイッチで一日映画館で過ごしたものです。
友人には『小汚い奴』なんて微笑ましくチクリとイヤミを言われたものですが、映画が好き、そして小遣いも乏しい、となれば自然とこの様なスタイルに落ち着いたのでした。

さてさて、おもいっきり脱線してしまいました。本筋に戻りましょう。

宮崎アニメといえば、
・アルプスの少女ハイジ
・未来少年コナン
まさに国民的なアニメでした。
特に、主人公のコナン、ジムシィのバカバカしいほどの超人力は笑えました。
また、ダイス、モンスリーなど独裁者レプカの犬であったものが、やがてコナンやラナ、その他の虐げられた人々と接する内に、人の心を取り戻す、心の変化もしっかりと描かれ、それが物語を単なるSFに終わらせなかった要因であったと思います。
この、『未来少年コナン』は、後の、『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』の作品世界、またキャラクターデザインに大きな影響を与えたと思います。

そして、不遇の時代にあった宮崎駿が東京ムービー新社の誘いで撮った監督第一作アニメ作品が『カリオストロの城』(1979年)です。この作品も公開当初は興行的に成功といえず、さらに宮崎駿を不遇に追いやった様ですが、私はその後、テレビ放映、ビデオ等で何十回となく観ましたが、一度も飽きた、と思った事がありません。いつもラストシーンの銭形警部とヒロイン・クラリスとの会話

銭形 「くそっ 遅かったか!ルパンめまんまと盗みおって」
クラリス「いいえ あの方は何も盗らなかったわ。私のために闘ってくださったのです。」
銭形 「いや 奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です。」

に、慈しみや友情を感じていつも涙がこぼれます。映画のストーリーの面白さ、キャラクターそれぞれの描写、スピーディーな展開、そしてユーモア、すべてが一級品の映画です。

これは、80年代徳間書店制作で作成された
・風の谷のナウシカ(1984年)
・天空の城ラピュタ(1986年)
もそうです。90年代後半の様に、十分な予算が与えられていないため、どうしても
アニメーションとして、ディズニーの完成度に比べて見劣るところはありますが、
これらの作品で宮崎駿は映画監督として不動の人気作家となりました。
しかし、バブル全盛の時代に、宮崎が描いた終末戦後の世界、人知を越える自然の治癒力・再生力、そして人は元来、自然の恩恵を受けて生きるものであり、大らかな生きものであるという、宮崎の人間観は20年以上先を進んでいたように思います。
現代においてリメークして欲しい作品です。

最後に、私のジブリ作品のお気に入り二編紹介して終わりたいと思います。
まずは、『耳を澄ませば』(1995年)
中学生である、主人公雫と聖司が、進路に不安も抱えつつも、まず自分の可能性を試そうとする勇気、そして互いを思いやり支え合う甘酸っぱいほどの清純さ、14歳、15歳にしか出会えない時間を大切に過ごそうとする彼らの日常風景がとても爽やかで、痛々しいほどでもあります。
聖司のお爺さん司朗さんが戦時中ドイツ留学時に持ち帰ったという、猫の男爵人形バロンの眼に埋め込まれたラピスラズリが印象的な光を放っていました。バロンの悲劇はお爺さんの悲劇なのでしょうね。そういう深みがさらっと語られるところが、この物語の良さです。
そして、雫が、聖司の『バイオリン作り』に呼応して自分の可能性を試そうと小説を描こうとする。その彼らの生きる現実世界と、空想世界の入り口に、画家・井上直之さんの『イバラード』の世界が浮遊する。(まさに、ジェームス・キャメロン『アバター』の世界感のもとです)
現実と空想の世界を行ったり来たりする様に見える雫も、実際は現実の厳しさに立ち向かっている、それがこの物語が、ファンタジーではなく、青春物語たるゆえんだと思います。

早朝、イタリアから一時帰国した聖司が、朝焼けが美しい城跡、彼の秘密の場所に雫を連れ出し、『結婚してくれ』と頼みます。そこに、14歳、15歳の少年であっても、独り立ちする男の決意が感じられ、また素直に応じる雫にも、幼さの中にも、大らかさ、力強さを感じました。
ある日常を切り取っただけの映画、映像かもしれませんが、こんな素敵な日常なら、何度でも訪れて欲しい、叶わぬ願いと知りながらも、つい願ってしまう私です。

劇中で流れる『カントリーロード』、演奏は素晴らしいのですが、歌が下手、そこがまた良い。本当に少女の溌剌とした可愛さが描かれた映画でした。


そして、『紅の豚』(1992年)
『飛べない豚はただの豚だ!』一番お気に入りのキャッチコピーです。
舞台は、第一次大戦後のイタリアと旧(現在で言う)ユーゴスラビアに挟まれるアドリア海が舞台。戦争で疲弊した市民。美しいアドリア海が貧しい領民の悲哀を一層引き立ててます。そして、本作のヒロインの一人、主人公マルコ・ロッソと深い関係を匂わせるアドリア海のマドンナ、マダム・ジーナ。そして、イタリア空軍のエース・パイロットとして活躍しながらも、戦後、自らに魔法を掛けて、人である事を辞め、豚の顔を持つ賞金稼ぎに身を落とすマルコ・ロッソ。声優の森山周一郎のニヒルで重厚な声と、トレンチコートにハット、サングラスと、豚であるのに、本当に格好いいのです。
そして、気持ちの良い男たち、空賊と、賞金稼ぎドナルド・カーチス。カーチスは1/4イタリア系のアメリカ人で、将来ハリウッドに進出し、さらには大統領を目指している。まさに、故ドナルド・レーガン大統領がモデルでしょう。日本でもイタリアでも、移民を排除してきた国では考えられない突き抜けた発想です。
カーチスは、空賊をとっちめて賞金稼ぎをする、マルコをたたきつぶすために空賊に雇われる。突然のカーチスの攻撃で、マルコの水上戦闘機は酷く損傷を受けるも一命を取り留め、隠密にミラノの空挺機製造会社『ピッコロ社』で戦闘機の修復、更なるチューンナップを依頼する。
『ピッコロ社』で働くのは、すべてピッコロ社に関係する女性たちばかりだ。
第一次大戦でイタリアが如何に、悲劇的損失を被ったを印象深く描かれているシーンです。
マルコの水上戦闘機の修復・チューンナップを任されたのが、もう一人のヒロイン、フィオ、ピッコロの孫である。才能は祖父譲り、しかし、完成間近、イタリアの秘密警察に嗅ぎ着かれて、テストをせずに、フィオとともに、イタリアを脱出してアドリア海の秘密の島に辿り着く。
しかし、その島は空賊に支配され、危うくマルコは殺され掛けるが、フィオの機転で、空賊主催、アドレア海中のはみ出しものたちが集まって、マルコとカーチスの一騎打ち、一大勝負を賭けの対象のしたイベントが催される。
マルコ、カーチスとも飛行技術の粋を魅せて観衆を楽しませるが、マルコは人殺しをしないという信条によって、結局、空中戦では決着がつかず、今度は浅瀬でのボクシング試合となる。
両雄とも甲乙つけがたく決着はつかぬと思われた矢先、最後は、ジーナとフィオという女性の愛に満たされたマルコが先に息を吹き返して、勝利を収め、勝利の賞金を手にする。

この大騒ぎをかぎつけたイタリア軍が一網打尽にしようと、攻めてくるのを、一足早くジーナが察知して、彼らのお祭りを終わらせる。マルコは、ジーナの空挺にフィオを担ぎ乗せて、カーチスとともに、イタリア軍を攪乱するために飛び立ってゆく。

空挺、水上艇という乗り物が、宮崎駿のお気に入りらしく、彼は、雑紙でも、克明に、この時代の乗り物、町、風景、を克明に描いている。彼にとっては、その時代がノスタルジアを感じる世界なのでしょう。

最後の最後、おまけとして、この『スタジオジブリ物語』を観て、一つの疑問が晴れました。
というのは、『となりのトトロ』(1988年)、
サウンドトラックの表紙絵が、トトロとサツキの二人しか描かれていない事について長年、疑問も抱いていました。何てことの無い理由でした。
同時上映の『火垂るの墓』(1988年、高畑勲監督作品)、どちらも60分程度の予定であったのが、『火垂るの墓』がだんだん長くなり、『となりのトトロ』も、エピソードを増やして物語を長くするため、一人っ子ではなく、姉妹(サツキとメイ)にしたとの事でした。
サウンドトラックの表紙絵は、まだ初期ポスターを使用していたようです。
こういうのがトリビアというのでしょうね。

生徒諸君へ!SNS『13歳のハローワーク』の活用を勧めます。

『13歳のハローワーク』は2003年に村上龍氏の著者として刊行された、500余りの職業を紹介した本で有り、当時、マスコミでも大々的に取り上げ、話題となりました。

この『13歳のハローワーク』、公式サイトがあります。
http://www.13hw.com/

特定のグループや趣味で盛り上がるMixiなどの"閉じられた SNS"ではなく、ある意味、『社会全体で子どもたちをサポートしよう』という意図の基に実現された、"開かれた SNS" (世代間で『仕事』というキーワードで話し合えるコミュニケーションサービス)として、有効に活用されていると思います。

私も、『回答者』にエントリーし、子どもたちの興味ある問いかけや、私自身経験のない仕事でも興味を持つ仕事や、これまでに経験したり学んだ事が少しでもアドバイスとして役立つと思える質問には、『回答者』としてコメントを投稿しています。

最近、投稿した回答コメントを一つ紹介します。

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◆2011/03/22 12:38AMに投稿された もっちゃんさん(高校生)からの質問
質問タイトル『文学部』
私は、4月から高2になります。今 大学選びで悩んでいます。
大学のガイドブックを読んでて思ったのですが、日本文学部、英文学部、西文学部などいろいろな文学部がありますが、文学部って基本何を勉強しているのですか??あと 文学部はどんな職業に役立ちますか??

◇2011/3/23 10:44PMに回答を投稿
こんばんは もっちゃんさん。
私は、大学では工学部、それも情報処理工学という、それは文学部とは全く縁遠い学部でした。
そして、コンピュータソフトウェア開発の会社に就職しましたが、当時(今から約28年前)は、汎用コンピュータという、広い建屋に、空調の効いたコンピュータ専用ルームに鎮座した億単位もする高価なコンピュータが相手で、そのドキュメントや操作マニュアルは、1冊数千ページもあり、全30~40巻という代物。最初の数年は、先輩の指示で作業する以外の時間は、ひたすら、そのコンピュータ百科事典を読み続けました。
それが仕事であったのです。ですから、必死のパッチで読みました。全部を頭の中に叩き込むのは無理なので、頭の中に索引を構築してやるという意気込みで読みました。

これだけ仕事で読まされても、プライベートでも、優秀な仕事をしかつ、教養ある先輩に心酔し、先輩に近づきたくて、先輩の愛読書や好きな作家の本を読みあさりました。それこそ、オンもオフも本がいつも側にありました。
そういった切羽詰まった時期を過ぎてからも、読書は止まず、今度は分野を特定しない乱読に移りました。コンピュータ技術本、経済本や生産管理本等の仕事に関連する本から、カメラ、映画、美術などの趣味本、そして小説、随筆、詩集等の教養本と分野は多岐にわたりました。

私は、言語教育を疎かにしていたために、原書で本を読むことが出来ません、ですが、日本は翻訳本も充実しており、さまざまな本を読んだ結果、司馬遼太郎さん風に語るとすれば、2000年以上の歴史を本やまた映画から学びました。
そして、現在も読書は続いています。

『文学を学ぶ』は、一言で言うならば『探求』することだと思います。
作品を探求し、背景や時代を探求し、作者を探求する。多くの先人が学び明かした、解き明かしたとされる文学でも、もしかしたら貴女の『探求』をまっている新事実があるかもしれない。また、日本文学でも、中世や古典となれば古語を学ばなければなりません。
英文学、フランス文学、ドイツ文学、ロシア文学、中国文学、et cetera です。
そして、もう二つ理由付けをするならば、貴女が学んだ事、探求したこと、先人から引き継いだことを、後輩に引き継ぐことです。
そして、新たなる文学の創作です。日本人だから日本文学しか書けない、なんてことはありません。十二分に『探求』し、文化のエッセンスを吸収したのなら、またそれぞれの言語の持つ成語や言い回しを操れるのならば、自分の『探求』した世界に貴女のフロンティアを見いだし、開拓することが出来るでしょう。
文学とは、それほどに自由で束縛を受けないものだと、私は思います。

ですから、大学で『文学』を専攻するなら、言語学と文学を時間の許す限り、とことん『探求』して欲しいと思います。

最後に、『文学を学んでどんな職業に役立ちますか?』
昨今の、就職事情の厳しさ、不条理は貴女も十分、理解されていると思います。
大学においても就職率は60~70%といったところです。大企業となると、剰りの就職希望者の多さに人事部員が対応しきれず、まず履歴書から選考対象区分のハードルをクリアしたものだけ、二次選考に回すという、就職希望者には笑えない、現実もあります。

現在の大学は、二回生までは中・高の復習に当てられ、三回生の夏には就活に入るという、じゃあ大学では何をするの?と問いたくなる現状です。しっかり学んでいる学生も多いでしょう。それでも、先ほど私が解釈している様な感想を一般の社会人は持っていると思います。

では、どうするか、先に書いたように、言語学と文学をしっかりと学び、探求することです。そして、学生の期間中に、貴女の文学を創作できれば尚良い。

文学は、教養の源泉です。そして、言語学、特に外国語を自由に操れるスキルは、たとえインターネットの時代といわれても、まだまだアドバンテージがあります。

迷うのは、この春までにして、貴女の羅針盤に進路を設定したならば、どんな荒海にも負けずに、舵を操作して、目的地に向け、航海して下さい。そして希望の入り江に辿り着いて下さい。
そして、そこで一度休止して、新たなる道を、進むべき道を貴女の責任で考え、選んで下さい。
後悔のない人生などありはしませんが、貴女の責任で道を選択し続けるかぎり、推進力を失うことはありません。

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インターネットの世界は、顔の見えない輩からのよからぬ誘いや、出所の判らない不穏な情報が存在する、そう言った危険があることも事実です。

しかし、有益な情報も、それ以上に多数存在する世界であります。

まずは、十分なセキュリティ環境の下でPC等インターネットに接続できる機器を起動し、広く公開され、利用者も多いページにアクセスして使ってみることをお薦めします。
今回紹介した『13歳のハローワーク』サイトもその一つです。ハッとする、少年少女からの際どい問いかけもあります。でも仕事白書(実名公開はされていませんが、どういう人物かを特定する情報が登録されています)を登録して回答者となられた方は、親身にその問いかけに向き合っています。問いかけの向こうにいる、少年少女、という血の通った人間に問いかけています。それを知る、知った上で利用することが、一番重要なことだと思います。

2011年3月23日水曜日

『2011』

気の早い話ですが、『2011』は、将来、どの様な年であったと記録されるでしょうか、また、記憶されるでしょうか。

昨年末から中東諸国で起こった民主化運動。発端はチュニジアです。
中東やアフリカの世界地図を見れば、その国境線の異様さに気づくでしょう。他の大陸では、山河や湖、海という地形が国境線を成しています。しかし、中東やアフリカでは、定規で線を引いたように、緯度・経度で分断されています。植民地時代の名残りです。

第二次大戦以後、植民地は独立し、独立国家の体は成しましたが、実際は傀儡政権、偏狂的な民族主義、原理主義、そして独裁政治が支配し続けていました。日本にいると見えない、理解できない現実です。

しかし、世界中に広がるインターネット、そして『YouTube』(動画サイト)、『Twitter』(個人が発する短メッセージ)という個人が発信し、社会が共有するソーシャルネットワーキングの普及によって、独裁者が利益を独占し、多くの民が人権さえも奪われている現実を白日の下にさらした結果、各国の民衆から自然発火的に民主化運動に火がつきました。

チュニジアでは23年間続いた政府が倒れました。この革命はチュニジアの代表的な花『ジャスミン』から、『ジャスミン革命』と呼ばれるようになりました。

今回の民主化革命は、富を独占し続けたい独裁層と富の分配を求める民衆との戦いです。

チュニジアの民主化革命は、中東、アフリカ各国に広がりました。
エジプトでは、2月に、約30年間国を支配し続けたムバラク政権が倒れました。
また、立憲君主制(王制が政治と距離を置く)を敷く王制国家で民主化運動が広がっているのも特徴でしょう。その一つが、日本でもなじみ深いカタールです。

中東諸国は産油国が多く、絶対君主制(王制が絶対的な権力を掌握する国家)を敷く王制国家も多く、国民も富を享受できることから比較的安定した国家体制を維持し続けています。しかし、その裏では大量の外国出身労働者が国のライフラインを支えているのが実態であり、しかも彼らの権利は非常に弱い。いつまでも国民、ゲスト(外国出身労働者)といった階級構造を見直さなければ、近い将来、大多数のゲスト、つまり弱者による地位向上という気運が高まり、民主化とは少し違った運動、革命が起こる可能性も考えられます。

イランは現在、宗教上の指導者が最高権力者となり、戒律の厳しさが、民主化運動を拒んでいます。ただ、中東の中でも特に長い歴史を持ち、文化や社会も高度な発展を遂げています。この様な高度な社会では、常に高学歴者が進歩的な、或いは多様な考えを社会に生じても不思議ではありません。その都度、封じ込めをしたとしてもいつか押さえが効かなくなります。
イランの様な大国は、内政も外政も、もっともっと開かれるべきだと考えます。それが、より良き指導者の取る選択だと思います。

リビアを事実上50年以上も支配し続けてきた、日本では一般的に『カダフィー大佐』と呼ばれる革命家は、個人の保身のために、狂気的な権力を振りかざして、同じイスラム教信者をも大量虐殺したりと、『砂漠の狂犬』そのままの無法の限りを尽くしてきましたが、今回の民主化運動で、ようやくその終焉迎えることでしょう。
しかし、その最後のあがきも惨い。アフリカの貧しき諸国から大金という餌で傭兵を募り、リビア国民を無差別に殺戮するという暴挙に出ました。アメリカを中心とする国連軍は、湾岸戦争時と同様に、首都トリポリ等を空爆し、短期戦でリビアを制圧しようとしています。

以上が、『2011』年初頭からこれまでに起こった中東諸国での民主化運動の動きです。

ただ、この民主化運動は、インターネット社会に属することの出来る、一定の所得が得られ、インフラもそれなりに整備された国家で行われている事実を忘れていけません。
内戦に明け暮れる地域や貧困国、国民・人民が絶対的な管理下に置かれた国では、国外はもとより国内の真実さえ、知る由もできないでしょうし、運動を起こす勇気も体力もないに違いありません。

また、今回の民主化運動で革命に勝利した国民が、本当に民主的な国家を建設できるかは、民主主義の先進諸国が建国に際して、その国情にあった援助がどこまでできるかにかかっていると考えます。

それが成したならば、20世紀中期の『植民地解体』についで、21世紀初頭の『中東諸国の民主化』が、将来、歴史に刻まれることでしょう。

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この様な大きな世界情勢の変化という渦中をしりめに、
世界中がかつて経験した事のない大震災、大災害が日本を襲いました。マグニチュード9.0、強振、強大津波は数限りない町を人命を一瞬に奪いました。そして、地震のエネルギーは、世界最高水準といわれた日本の原子力発電所を壊滅させ、さらには人智を越える災害がまだ、いつ起こってもおかしくない状況です。

大震災が発生した3月11日から今日で2週間です。
未曾有の災害は、死亡者、行方不明者を含めた数が約3万人。被災者は30万以上。まだまだ全貌は明らかになる筈など無く、救助・救命は今も続いています。
原発の問題は、未だ解決の道半ばですが、原発問題がこれ以上の大惨事を引き起こさない様、懸命に修復作業が続けられています。
ライフラインも徐々に復旧されているようです。

しかし、日本の中枢、大東京を擁する関東地方のエネルギー枯渇問題は、この先、最悪一年間、あらゆる社会生活に影響するといわれています。復旧・復興に約一年、巨額の費用も必要ですが、24時間眠らない経済システムが張り巡らされた地球の中で、沈滞化した日本がさらに停止・停滞によって悪化するのは必然ですが、その様な事態を、傍観するか、別の方法で攻めるか、しっかりと議論し新しい社会システムの構築に向かうか、政治が政治屋ではなく、国民の代表として民意、審判を仰いで、進むべき道を選択して、勇気を持って先導する必要があると思います。

日本が、未曾有の大災害から復興を果たしたならば、それは20世紀において、戦後復興のモデルとして、多くの戦災を受けた国家から希望と星と見なされた日本の再来となります。

ただ、戦後復興は日本だけの力で成し遂げたわけではなく、世界銀行から多額の復興の為の融資を受け、50年代は朝鮮戦争による外需、そして60年以降は日米安保によって経済一本槍で成長できた、ということを忘れてはならないし、もう二度と同じ真似はできません。

戦後の廃墟から、後のソニーをホンダを生み出した、卓越した技術者であり経営者であった盛田昭夫や本田宗一郎のような、仁と術に長けた指導者の育成と発掘、そしてその様な卓越した人物に日本の復興リーダーとして先頭に立って、日本人皆で歩む。
それが、理想であるし、そうでなければ復興は覚束ないと考えます。

自然災害は、予測などつきません。如何に過去の記録に基にして、最高の技術で強固な砦を築いたとしても、それ以上の力が働けば、砂城の如く脆く崩れ去ります。

私たちは、有史以来、高度な文明を築いてきました。
しかし、この度の災害で、私たちは本来、自然とどう向き合うべきか、見直す機会が与えられたと、感謝すべきです。
自然は美しく、四季折々に恵みを与えてくれますが、しかしまた、一瞬にすべてを奪いもします。
また、自然は、人間の犯した罪、公害、環境破壊そして生態系破壊についても、治癒力・再生力があります。その時間の長さが人間が我慢出来るほど短くないだけです。

私たちは、『自然と共生』などというおこがましい考えは捨て、『自然に生かされている』という、畏れ、慈しみ、そして謙虚さで、自然に向き合うことが求められているのだと思います。


21世紀、私たちは『この地球で生かされている』を知り得た時代として、記憶されればと思います。

2011年3月21日月曜日

震災『責任問題』、まだまだそんな時期ではない!

震災後、10日にして早くも責任問題が浮上してきています。
震災による原発事故では、政府と東京電力の発表が都度食い違い、それが日本国民、ならびに世界中に不信感を募らせました。政府に情報を一本化して、隠し立て無く正確に、迅速にアナウンスを行っておれば、被災者や他の国民、市民が流言に惑わされることもなかったでしょう。IAEAやアメリカ、またロシアなどに早々に参画してもらい、事故当初から広く人材を募って対応していたならば、国によって対応が異なるという矛盾も生まれなかったと思います。

残念なのは、菅総理が、つまり日本国の長が、1億2千万の日本人を守るという任務に、身を捧げられる勇気を示されなかったことが、たとえパフォーマンスでも良いから示されなかったことが、残念でなりません。

私は一流大学出でもないし、最初に務めた企業は素晴らしい企業文化がありましたが、その後務めた会社は利益至上主義、もしくは仲良しクラブばかりでした。
そして理解したのは、履歴でも職歴でもなく、現在の本人のやる気、つまり、どれだけ仕事に向き合えるか、組織のために行動できるか、が大切な人物評価の基準であるという事です。一介の企業人としてそうです。

公僕である公務員や、特に政治を国民から委ねられた代議士は、どこを見るか、見ているかを国民が注視しています。また、そんな幼稚な監視を受けなければならない身を恥じて下さい。
一人ひとりが国民の審判を受けての、代議士です。代議士に上下はありません、上下があるというならば、貴方を選んだ国民に上下を強いることに外ありません。
志のある者が、国民に信任を問う。それが民主主義です。そして、審判を得て、与えられた職務に全力で当たって下さい。

今回の震災のように24時間、予断を許されない状況下では、要員の補充が急務です。
日本中から、もしくは世界中から優秀でかつ正義感溢れる人材を参画させて下さい。
これは戦争でも、自然災害でもありません、原発災害という人間の過信が生んだ人災害の対応と、自然災害からの国家の復旧・再生事業という負けられない戦いです。

あらためて言います、今は責任問題を追求する時期ではありません。
首長は、冷静沈着に、且つ正確に、誠意を持って迅速に、政府を動かし、行政を動かし、国民を動かして、国難に勝って下さい。

震災を食い物にする『悪人』の存在

震災を、金儲けの機会として行動する輩がいます。
まずは、巨悪といってしまえば、身も蓋もないのだが、世界のマネーを支配する投資家です。
震災の後、株価は予想通り、全面安となりましたが、予想に反して(というより私が経済に無知なだけですが・・・)、円は急激に円高に振れました。一時は1ドルに対して76円まで円高になりました。円高になった要因として経済評で論じられているところでは、

(1)他の通貨よりも円が安全
いわゆる『円の安全神話』といわれるもので、これまでの日銀の、消極的な政策が円の価値を上げ過ぎもせず、落とし過ぎることもしなかったことから、『円』は今でも比較的安定した通貨として信じられ、海外の投資家らは、一時避難の絶好の通貨と見なしている。

(2)日本社会が、震災復興のために大量の『円』を必要とする。
火事場泥棒である。不幸を当て込んで、先物取引のようにして、海外で『円』を買いあさっている。血も涙もない、仮想社会のマネーゲームである。

20世紀初頭から、資本家、経営者、労働者(労働者はまた、大切な顧客でもある)の三位が一体となって、産業・企業を振興し、やがて資本主義は20世紀の覇者となりました。しかし、80年代以降、労働の流動性という大義名分によって、労働者の権利が著しく侵され、90年代に入り、株式上場企業では経営者が企業経営のコントロール力を失いました。21世紀に入り、遂には最後の砦である資本家がパトロンの役割を下り、資本主義社会は、農作物を食い尽くすイナゴの大群の如くの投資家、投資集団によって、国境なき無法地帯となってしまいました。

もう一つ、現在、先進国だけではなくBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)も同様に大きな社会問題となっている、労働人口の減少、そして人口の約3分の1を占めようとする年金受給者層の増大、いわゆる人口構造の偏重が、年金給付、その巨額な財源が国費を圧迫し、国力を疲弊させてしまっています。健全な投資先を失った優良な投資家までもが、数少ない危険な金脈に殺到している要因になっているのではないかと危惧します。

戦後復興や新都市建設がそうであるように、派手なハードウェアの建設は目を引きますが、利便性、安全性、運用というソフトウェアの構築や、都市のライフサイクルを見越した長期的な維持・再生計画をないがしろにした都市計画も同様です。いつか耐久年度を過ぎると、急速に疲弊します。すべてが同じ轍を踏んでいるのです。

年金だけでなく、民間の生命保険や損害補償も同様でです。加入よりも解約、もしくは保険金支払い額が増大しています(と新聞を読んでいて感じています)。これでは、正常な保険・補償事業は成り立ちません。そうなれば、事業の縮小や撤退、もしくは、やはり危険な金脈に殺到するしか道がないのかもしれません。

国家の再生、産業・企業の再生には、資本論(偉そうな言葉を使ってはいますが、あらためて言います。経済は無知です。マルクスの『資本論』など読んだこともありません。ただ、NEC時代に受けた社内教育と、ドラッカー著『マネジメント』が私の経済論の骨子となっています)の原点に立ち返って、資本家、経営者、労働者の三位の義務と権利の再定義と一体化を取り戻すことだと思います。
また、血、肉で成り立つビジネスを弄ぼうとする投資家へは、何らかの制約を下す、世界的な法規処置が必要であるとも思います。

そうしなければ、今のままでは、ビジネスは幼稚な仮想ゲームにいつまでも翻弄され続けるでしょう。


そして、善悪を判断して自分を律する事の出来ない、義援金を搾取しようとする様な輩です。
一昔前は、ヤクザな生活に身を落とそうとも、人情、任侠、義侠心を失わず、いつか、この命『弱きを助け、強きを挫く』に捧ぐ、ちょっと健さんの映画の見過ぎ、美化しすぎとお叱りを受けそうですが、そういう面は確かにあったと思います。苦行の先は二手に分かれて、仏の道に進むか、ヤクザな道に進むか、選択が求められます。しかし、どちらの道を選択したとしても、弱き者の庇護者であることには変わりなかったと思うのです。
現在横行している、『オレオレ詐欺』『騙り詐欺』は弱者を食い物にします。こららの輩は、巧妙で、ITを駆使し、芝居も出来る。悪知恵が長けています。しかし、彼らの根底にあるのは、『幼稚』と『身勝手』です。
これらの詐欺も、日本人だけで行っているわけではないでしょう。これも、高学歴社会とインターネット社会が生み出した弊害です。しかし、詰まるところ、日本人が守らなければならない行動規範、モラル教育が、社会で、家庭で、学校で、ないがしろにしてきたツケであります。

ですから、対策はハッキリと言えます。十年くらいのスパンは必要ですが、幼年期から十代までの教育において、しっかり、日本人としての行動規範、モラルを育む事に重点を置いた教育を実践する事、それが重要だと思います。

震災の『復興プラン』

3月11日午後2時46分頃、東北から関東の太平洋沿岸を襲った激震、そして津波。その一撃は、マグニチュード9.0という未知の領域のエネルギーが引き起こしたもので有り、その被害は、余りにも甚大でした。
激震から10日目となる、今日3月21日までの公式発表では、死亡者約8500名、行方不明者約13000名。西日本にいては、想像できないほど、恐ろしい数字です。

この様な震災被害に遭遇しながらも、日本人は秩序だって行動し、また国内はもとより、多くの海外諸国、地域、団体が惜しみない支援の手を差し伸べて下さっています。原発事故の収束、ライフライン普及のために、それこそ命がけで取り組まれる方が居られます。
被災された方を安全な土地に疎開する取り組みも、既に始まっています。
でも、これらの対応は、あくまで震災に対する一時対応でしかないことも肝に銘じておかなければならない、と思います。

余震が収束に向かい、被害実態の全貌が明らかになってからこそ、本当の復興です。
多くの『人』『物』『金』を復興事業につぎ込まなければなりません。
またそれ以上に、被災者の恒久的な生活『住』と『職』の保証、そして『心のケア』の取り組みです。
16年前の阪神・淡路大震災では、被災後も被災者を苦しめ、後遺症、孤独は、今も解決されていない問題です。

国家の危機、国難という大規模災害からの復興は、戦後復興と同様に、綿密に迅速に、しかも被災者は言うに及ばず、すべての国民、日本に生活するすべての人々に安全と優しい生活を保障する骨子となるプラン、詳細なプラン、そして行動プランを作成し、プランに従って粛々と進めなければいけない。また、そうであって欲しいと強く願います。