播磨の国ブログ検索

パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2022年2月26日土曜日

ぼーさんのお父さんが亡くなりました。

 一報を受けたのは昨日午前で、同じく大変お世話になった方の告別式に向かう準備の最中でありましたので、驚きで言葉を失ってしまいました。

そして今昼に、ぼーさん宅に弔問しました。

白布団に横たわるおっちゃんの枕元に静座して顔を見つめた時、感謝の気持ちが湧いてきました。その気持ちをそのままぼーさんに伝えました。

おっちゃんは・・・聴力がすっかり衰えていたけれど、できることはできる限りご自分で行い、高齢であるがため、きっと痛いところ辛いところは一杯あったはずなのに、そんな素振りは一切見せず、そして、少し食欲が落ち体調が悪いとなって入院したところ、五日目で亡くなってしまった・・・とぼーさんが話してくれました。

おっちゃんは、一本松連中の父親、最後のひとりでした。そんなこんなが、感謝の気持ちに、ぼーさんと同じ気持ちになったんだと思います。


0 件のコメント:

コメントを投稿