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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2015年2月7日土曜日

黄金の血液

以前、ニュースで「黄金の血液」があることを知りました。
血液には多数の抗原が認められ、その種類によって血液型が決まります。
しかし、この抗原を一切持たず、誰にでも輸血することができる血液があるのです。
それが、「Rh null」型の血液です。
現在、世界で43名が、この血液であると云われます。
しかし、「Rh null」型の血液を持つ人は、ほかの血液型の血を輸血できないという、問題を抱えています。

バイオテクノロジーは、すでに相当に進化をしました。もしかしたら、数年後には、血液型を選ばない人工血液が普及しているかもしれません。
「Rh null」型の人も、そうでない血液型の人も、安心して輸血が可能となる時代が到来すること、待ち遠しく思います。

でも、たとえそんな時代が到来しても、献血という社会貢献の行為が、廃れずに続くことを願います。

血液が足らない!献血に行こう!

朝、「NHK週刊ニュース深読み」を見ました。
テーマは「血が足らない!? どうなる?献血」です。

番組リンク:2015/2/7放送ページ

兵庫県赤十字血液センターのページにリンク

日本赤十字社が、血液需要がピークとなる2027年に、献血者約85万人分の血液が不足する恐れがあるとの推計を公表しました。
番組では、Twitterを利用した視聴者からのリアルタイムな意見、感想を見ながら、講師やコメンテーターが意見を述べ合う形で進行しました。

現在の献血者は、献血回数30回以上のリピーターが過半数を占めています。
新しい献血者を開拓できなければ、献血事業は先細りするばかりの状況です。

コメンテーターから、ポイント制にすれば、とか、商品券の配布、などの意見がありました。
ポイント制、これは既に実施されていますよね。
兵庫県赤十字血液センターが運営する献血ルームでは、献血回数によって粗品が貰えます。洗剤や文房具、コーヒー詰め合わせ、ちょっとした物かもしれませんが、献血行為への感謝が頂けて、とても嬉しくなります。また、回数の節目では、表彰とともに記念品まで頂けます。それがまた献血行為を続けていく励みとなります。

商品券の配布、広義でいえば売血となる行為です。
日本も、昔は売血が行われていたと云います。しかし、それによって血液感染による病気の流行や、臓器売買(血液も臓器です)の問題が指摘され、法律で売血を禁じたのです。
国際赤十字の理念でも、献血(善意の行為として、無償で血液を提供する)を謳っています。しかし、先細りする献血事業には、何かしらの手立てが必要な事も事実です。

賛同できる意見もありました。
献血は、社会貢献です。この献血行動で得られたポイントで、社会福祉のサービスが受けられるようにするというアイデアです。これをもっと広く解釈すれば、
現在、無償で行われる社会貢献の行動を、将来にわたって社会福祉サービスが受けられるポイントに還元するのです。そして私たちはこのポイントを利用して、医療や福祉サービスが利用できる。対価は「金品」ではなく、善意には善意で報いるという理念です。

しかし、献血で一番忘れてはならないことは、
輸血ができないために、命が危険にさらされる人を救う」ということです。
救う人は、未来の自分かもしれない。家族、友人、身近な大切な人かもしれない。
そう、他人事ではないことを、私たちは肝に銘じなければいけないと思います。

献血は、献血ルームという、とても衛生的で安全な場所で行えます。
自らの健康管理に利用できます。病院で行えば何千円もする血液検査を無償で行ってもらえるのです。
また、献血できる回数には限りがあります。
献血者の健康、安全の為に、献血情報が一元管理され、採血の可否、採血量、次回の採血可能日が設定されます。

これほどまでに、行き届き、安全に行える社会貢献に、参加しない手はないと思います。

こんなことを書きながら・・・・
私の献血回数は、昨年春の72回でとまっています。
体調が優れず、薬を服用しているために、足が遠のいてしまっているのです。
もう一度、しっかり健康を取り戻し、100回を目指したいと思います。

2015年2月3日火曜日

より良き地方創世を行うために

安倍政権が、地方創世を掲げています。
地盤沈下と人口減少が続く地方を、これまでの公共事業頼りではなく、新しいビジネスモデル、アイデアをもとにしたビジネスを振興して、魅力ある地方に作り直すという構想だと思います。

「魅力的な地方に作り直す」というのは、大変結構な構想です。
でも、それと同時に、地方の側から立って、地元の魅力を再興すること、地元愛を育むことに、私たちはもっと真剣に取り組まなければいけないと思います。

現在私たちは、大企業が作ったショッピングセンターで、働き、そこで買い物をします。
私たちはショッピングセンターでお金を稼ぎ、お金を使う、しかしこれでは、町の既存商店にお金が回りません。お金が回らなければ、商店は衰退し、結果、誰もが大企業のショッピングセンターで働く事を余儀なくされます。実入りも減ります。町の中で働く場所が集約されて、町全体の活気が失われ、魅力も失って、坂道を転がるように衰退が始まります。
商店が抗い、魅力的な店作りに奮闘しても、ショッピングセンターが大都市にある有名で魅力的なショップを出店すれば、客はたちまちそちらに流れて、廃業するしか道がなくなります。
これが実態だと思います。

町の商店が残り続けるためには、商店の自己努力だけでは不可能です。
町の人が、商店に買い物をし続けなければならないのです。

そのためには、町に沢山の商店が振興し、互いに商品の売り買いをしてお金を回すしかありません。昔ながらのスモールビジネスの活性化です。
商店が沢山興れば、沢山の人の職場が生まれます。賑わいが生まれ、跡継ぎも生まれ、人口の増加も図れます。しかし、これは、市場原理主義経済に反する構想で、現状では夢物語でしかありません。

私は、地方創世の中核に「文化の創世」を掲げるべきだと思います。
地元の文化を再考し、私たちは学び、守り、継承する使命も学ぶ。地元愛の育みです。
文化の創世には基点が必要です。それは学校です。

たとえば、地元の自転車屋さんが、月に一度、学校で自転車に関する特別授業を行うとします。
自転車屋さんは、その授業で生徒に
日頃使う自転車の清掃、修理の大切さを教え
自転車の安全運転を教え
また、自分でできる清掃や修理のやり方を実技で指導する
現在では、自転車保険加入の必要を教えることも大切です。
自転車屋さんは町の学校の自転車の先生となるのです。
それはまた自転車屋さんにとって顧客満足度を向上させる得がたい機会になります。
これは「安全な自転車利用」という文化の創世です。

同じように、様々な業種で活躍する人々が、学校で特別授業を行うのです。
町の働く人達が、その道の先生として生徒に教えるのです。そしてまた顧客満足度を向上させる機会にするのです。

働き輝く人々が、先生となって身近な間柄になれば、生徒にとって、憧れの対象になります。あんな人になりたい、あんな仕事がしてみたい、という夢が生まれます。
夢は、学ぶ明確な動機となって、人は真摯に学びに向き合い始めます。
そして、夢を現実にするために学び努力します。その場所もまた学校です。

そして、この様にして学んだものは、
たとえ欲しい商品が、大企業のショッピングセンターよりも多少高くても、商品を扱う人が信頼できる人で、最高のサービスが受けられることを知っていて、尚且つそれが先生で、地元の大切な人ならば、地元のその人の店で商品を買うでしょう。
それは市場原理主義経済ではなく、いうならば「満足と使命感の経済主義」というもので、これこそ真っ当な経済行動だと思います。

この真っ当な経済行動の原動力は、教育であり、文化です。
町の学校を文化創世の基点として、町の文化を守る人々を繋ぐのです。生徒を次代の町の文化の守り人に育てるのです。
それは作物を育てるのと同じです。豊潤な土壌が、豊潤な人を育てます。豊潤な土壌は、どこにも移す事はできないのです。永代に渡って守り継がなければいけないのです。
そういう文化、風土を守り、さらに発展させることこそ「地方創世」の本質でなければならないと思います。

紛争地の人道支援について

イスラム国の蛮行に対し、周辺のアラブ諸国や欧米が有志連合を結成し、武力によって制圧を図っています。日本は、この武力を伴う有志連合には加わらず、紛争地の避難民への人道支援、医療や食料の提供に尽力しています。
イスラム国は、日本の活動を歪曲し、日本が有志連合に加わったとして「イスラムの敵(十字軍)と見なす」と言い放ちましたが、それはイスラム国の放言です。日本はこれまでもイスラム諸国と友好な関係を築いてきました。それはこれからも続いていきます。日本政府が、イスラム国の脅威に怯まず、今後も一層人道支援に貢献すると発言したのは、真に誠意のある発言だと思います。

しかし、現在の人道支援活動には、限界があると思います。
医療や食料の提供は、一時的に避難民の生活は守れるものの、紛争の長期化と避難民の増加が続けば、物資の需要に供給が追い着かなくなります。また、物資の供給に不平等が生じれば、それが避難民の中に不満を生み、新たな対立や紛争の火種になる可能性もあります。
また、避難民は紛争が続く限り平安はありません。殺戮の地と化したわが故郷、我が家には帰る事ができません。しかも避難民キャンプは一時的な収容所であり、キャンプの中も、安全が保証されているわけではありません。避難民は、明日への希望が持てぬまま、最低の生活に身を置き続けているのです。

新たな殺戮者、テロリストを生まぬ為には、避難民の悲しみや苦しみが見境のない憎悪に昇華することを阻止しなければなりません。
そのためには、避難民の悲しみや苦しみを癒やすこと、そして避難民を「明日への希望」に導くことだと思います。

悲しみや苦しみを癒やす
大切なのは、心のケアです。避難民は強奪、殺戮、その後の苦境によって、恐怖、不信、そして喪失に陥っています。私たちは、彼らの内に生じた悲しみや苦しみを、優しく引き出し、共有するという行動が必要です。そして、彼らと共に生きていくことを示し、彼らとの信頼を育てるのです。そして彼らの友人となるのです。友人となった私たちが、彼らに「明日への希望」を示せば、彼らも「明日への希望」を信じてくれると思います。

「明日への希望」に導く
明日への希望を抱かせるものは、教育です。教育機会は情操を育みます。情操は夢を見ること、希望を持つことの価値をもたらします。
子供たちに学校を作り、大人達に職業訓練学校を作り、学んでもらう、技術を習得してもらう。そのための校舎を建設し、教育システムを構築し、先生を、教科書、教材、文房具を提供するのです。
これが、「明日への希望」へと繋ぐ、人権支援の第二歩となるのではと思います。

そして第三歩は、避難民が安心して永住できる国作りの支援です。
しかし、国作りの実現は、紛争が終結しなければ始まりません。紛争を終結させるためには、世界中の国や人々の強力が必要です。紛争当事者との折衝が必要です。そして、武力も巨額の費用も必要です。
以下は、さらに夢物語かもしれないけれど
イスラム国が、恐怖で支配地を広げていったのとは反対に、紛争地や恐怖で支配された地を武力で切り崩していくのです。武力で陣地を広げるのです。そして武力によって守る土地に、新しい町を開くのです。礼拝所を建て、学校を建て、病院を建て、安心に寝食ができる住まいを建てるのです。そして、農地を開き、産業を新興すのです。平安の地を築くのです。
そして、あらゆるメディアを使って恐怖に支配された人々、恐怖によって操られた人々に、平安の地への帰還を呼びかけるのです。
彼らを暗黒面(Dark side)から光明面(Bright side)に導くのです。そして、彼らを温かく迎え入れるのです。

インド独立には、マハトマ・ガンジーの非暴力による抵抗運動とともに、スバス・チャンドラ・ボース率いるインド国民軍の武力が必要であったと云います。
暴力一辺倒では、事態をさらに悪化させるだけ
非暴力一辺倒では、何ひとつ解決できない
私たちは、暗黒から平安を取り戻すためには、非暴力と暴力を、理性によって抑制しながら共に使う必要があることを、理解して、責任と危険を受け入れて、参加する決意をしなければいけないのだろうと思います。

2015年2月2日月曜日

詩「悲しむ人苦しむ人に捧げる詩」

昨日夜、寝床に入ってからも色々と思うことがありました。
そして、ふと次の詩を思い浮かべましたので、以下書き記します。

詩「悲しむ人苦しむ人に捧げる詩」

道端に花がある
今朝咲いた一輪の花がある

君はその花を摘み取るかい?
それとも踏み潰す?
それとも眺めて優しくなれる?

花に向かう君の心は
誰にも束縛されないよ

僕は君が花を見て優しくなれる
心の人であることを願ってる


大空に鳥がいる
大地を渡る鳥がいる

君はその鳥を撃ち落とす?
それとも目をそらす?
それとも想像の翼で共に飛ぶ?

鳥に向かう君の心は
誰にも束縛されないよ

僕は君が想像の翼で空が飛べる
心の人であることを願ってる



2015年1月31日土曜日

NHKアーカイブス「戦後70年 人間の闇 アウシュビッツ」を観ました。

フォトジャーナリスト大石吉野さんがゲスト解説で参加され、
「死の国の旋律~アウシュビッツと音楽家たち」が放映されました。
※番組参考ページへのリンク
死の国の旋律~アウシュビッツと音楽家たち~を見て
http://eritokyo.jp/independent/ikeda-co1139.htm

※wikipedia:アウシュビッツの女性オーケストラ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%81%AE%E5%A5%B3%E6%80%A7%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9

アウシュビッツ強制収容所では、囚人たちのオーケストラが組織されたというのです。
ナチスが囚人たちの中から楽器が演奏できるものを募集し、演奏と引き替えに命が保証されました。
彼らオーケストラ楽団員の仕事は、囚人が処刑されるまでの間、賑やかな協奏曲を収容所内で演奏したり、強制労働させる囚人を、せきたてる音楽を演奏することでした。
またガス室による大量殺戮が始まると、貨物列車で送り込まれ、すぐに選別され、ガス室送りされる人々に死の疑念を悟らせないために、和やかな音楽を演奏しました。
音楽が、大量殺戮に荷担させられたのです。そして、殺戮者への恐怖心の増幅に利用されたのです。
そのオーケストラの元団員で、放送当時存命であった一人の女性の回想がありました。
彼女は生き残るために究極の選択を突きつけられました。殺戮者に従うか拷問により苦しみ抜いて死ぬかという選択です。そして彼女は、生き残る選択をします。それは自己の崩壊を意味しました。
1945年1月27日、アウシュビッツ収容所が解放された後、彼女は故郷クラクフに帰郷しますが、同胞の殺戮を手助けした罪過に苦しみます。仕事にも就けず、結婚もできず、大好きなはずの音楽さえあの日々を思い出すことになるために聴くことができなくなったのです。その苦しみは、80歳を越えた今も続いているのです。

彼女の回想の中で、楽団員であった若い女性の話がありました。
若い女性の兄は、同胞をガス室に入れ、処刑した後、遺体から金品となるものをはぎ取って、そして焼却炉に放り込む仕事をしていました。
ある日、その兄から手紙が来ます。短い手紙には、「今日、父と母をガス室に入れました」と書かれていました。若い女性は兄の所行をしって錯乱し、高圧電流が流れる鉄条網に身を投げて自殺を図ろうとしますが、彼女は若い女性を暴打し我に返らせた後に「私たちは(あなたの兄と)何も変わらない」と諭します。同胞を殺して、私たちは生き延びているのだと、と諭します。

「死の国の旋律~アウシュビッツと音楽家たち」放映が終わった後、ゲスト解説の大石吉野さんが、この40年間で紛争地に赴き、撮影した写真とともに「人間の闇」について語られました。
1970年代カンボジアで起こったクメールルージュによる大量殺戮
1980年代ユーゴスラビアで起こった民族や宗教の異なる勢力同士の大量殺戮を伴う紛争
そしてアフリカ諸国で起こった部族の異なる勢力同士の大量殺戮を伴う紛争
この殺戮に荷担した者のほとんどの動機は、首謀者に刃向かい殺されるよりも、殺す側になって生き延びるという選択でした。恐怖が彼らを殺戮者に仕立てたのです。
また、殺戮された側には恨みが生まれます。それは深い怨念へと成長し、そしてまた彼らも殺戮者へと仕立てます。

殺戮の連鎖を絶つためには、恨みを深い怨念へと成長させないこと、そのために世界中が協力して、被害者を保護しなければいけない、という大石吉野さんの言葉が、とても重く心に残りました。

私たちは、今まさに私たちが遭遇しているイスラム国の恐怖の中にも、これまで世界が見捨ててきたたくさんの悲しみや恨みがあることを、理解しなければいけないと思います。
私たちは、イスラム国の恐怖に、悪意に断固戦わなければならない。
しかし、その基となる悲しみや恨みの連鎖も絶たなければならない。
悲しみや恨みに暮れる人々に、怨念ではなく、平安の種をまき、平安を広げる支援をしなければならない、そう思います。

2015年1月27日火曜日

至高の横綱白鵬関

私は大相撲には余り関心がない方なのですが、横綱白鵬関には感服します。
前人未踏の33回優勝もさることながら、その浮世絵から抜け出たような男っ振りと、そして富士山の如く悠然とした立ち居振る舞いに感服するのです、惚れ惚れするのです。

そんな白鵬関が、初場所優勝後の会見で発言した一言で、思わぬ苦境に立たされています。
初場所優勝を決めた13日目の稀勢の里戦で審判部が下した取り直しの判断を「疑惑の相撲」と表現したのです。勝負判定への疑念を
「こっちは命をかけてやっている」
「(勝敗を正しい判定は)子供が見ても分かる」
と、少し感情の高揚が見て取れる発言ではありましたが、
日本のメディアや相撲協会は、このような審判部批判ともとれる発言は、横綱の会見にふさわしくないと批判し、横綱白鵬関の資質を問うたのです。

大相撲はこの数十年、日本人の名力士が生まれなくなりました。
日本人の保育が過保護となり、ハングリー精神が育たなくなった
そして、本来厳しい社会である角界に入門できるものがいなくなった
それがため、入門者を過保護に育てたり、また力量が未成熟のまま上位に引き上げたために、名力士と呼ばれるまでに廃業する者が後を絶たすという状況を生んでいるのではないかと察します。

そんな中、外国人の入門者は、海を渡って日本に来、言葉も通じぬ、作法もしらない世界で、自分だけを信じて、強くなろう、偉くなろう、出世しよう、と相撲道に邁進したのだと思います。時には外国人ということで不快な思いもした事でしょう。そして今、彼ら外国人力士は、相撲界を担う者となったのです。

大相撲は日本の国技であり、興行であり、見世物でもあります。
ですから、たとえ外国人力士であっても髷を結い、着物を羽織り、力士の立ち居振る舞いを身に着けねばならない。そういうものだと思います。
ですが、大相撲はもっともっと現実的に、力士にとって、ファンにとって、良いものに変革しなければいけないと思います。
横綱白鵬関の素直な発言は、大相撲の慢心への警句だと思います。
そんな警句を、旧態依然とした相撲協会の体質や、旧態依然の国技を礼賛しかできないメディア、そして日本人贔屓の大衆心理が、葬ろうとしているのではと思います。

横綱白鵬関は、モンゴルの宝です。そして日本の宝です。
横綱白鵬関は、横綱を真摯になって生きているのだと思います。
私たちはもっともっと横綱白鵬関を大切にしなければならないと思います。