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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2024年12月22日日曜日

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」の感想

 Amazonプライムで公開された今年上半期の話題作「シビル・ウォー アメリカ最後の日」(原題:CIVIL WAR 2024年アメリカ映画)を観ました。

あまりにも真に迫った戦闘シーンの映像の連続で、これはドキュメンタリーではないのかと錯覚を覚えるほどでした。特にラストの大統領拘束のための首都ワシントンでの戦闘シーンの爆音と銃撃音は、きっと映画史に残る戦争の究極のリアリズム表現であったのではと感じています。

しかし、この映画のユニークなところは、アメリカ次期大統領のトランプを彷彿とする、憲法を無視して三期目に突入し、FBIを解体して独裁化に踏み切った大統領に対して、この大統領を排除するために幾つかの州が連邦政府から脱退して反逆軍を立ち上げ、連邦政府と戦争を始めた、南北戦争以来二度目となる内戦にフォーカスを当てたものではなく、学校を出たばかりの戦場カメラマンに憧れるうら若き女性カメラマンが、戦場経験の豊富な記者やカメラマンに随行しながら、いわゆる真の戦争カメラマンへと覚醒するまでが描かれた物語であったことです。

真の戦争カメラマン、私がすぐに連想するその人はロバート・キャパです。22歳のキャパはスペイン内戦に身を投じ、手持ちカメラのライカで、その後のキャパを決定づける一枚の写真を撮りました。「崩れ落ちる兵士」(Falling Soldier)と名付けられたその写真は、頭を撃ち抜かれて後方に崩れ落ちる兵士の、その一瞬を、至近距離にいたキャパがライカのファインダーで捉えシャッターを切り、その一瞬をフィルムの一コマに永遠に封じ込めたものです。キャパはその後も戦場を渡り歩き、戦場のスナップ写真を撮り続けました。そして1954年5月25日に戦場で地雷に接触し爆死しました。

この映画のラストシーンは、まさにキャパの誕生と死がモチーフになっていたのではと私は想像を巡らしました。

カメラのファインダーの魔力なのだと思います。どんな場所にいても、それがどんなに騒々しい場所でも、厳しい山岳の上でも、そして戦場でも、ファインダーを覗いた瞬間、ファインダーの向こうに映る被写体に全集中して、騒音も、寒さ暑さも、そして恐怖さえも消し飛んでしまうんです。そして考えることは、もっと迫りたい、だれも観たことのない角度で迫りたい、描きたい、一瞬を掴みたいと、一線を越えた冒険に身を委ねてしまうんですね。そう神のようになりたいと思ってしまうんですね。その究極が戦場カメラマンなのだと思います。一歩、その道に踏み込んだら最後、我に返った時の恐怖や後悔などで心が押しつぶされながら、病みながら、それでも麻薬のようにファインダーの魔力に抗えずに戻ってしまうんですね。

この映画は、そういうファインダーの魔力に取り憑かれた人間が描かれた、珠玉の映画だと私は思います。

2024年12月7日土曜日

福音について

 福音とは、ユダヤ属州国の為政者や宗教指導者の企みによって磔刑に処される直前に、イエス様が弟子たちを集めて説教された再臨を告げるメッセージのことだと思います。

福音のメッセージは、現在の私たちも聖書に編纂された4つの福音書によって、知ること、学ぶことが出来ます。


先日、私がずいぶん昔に洗礼を受けた教会の現在の牧師が、福音について話された礼拝説教の音声データをメールで送って下さいました。それは、日々の妻との何気ない会話の中で、何故にパレスチナへの無慈悲な侵攻を止めないイスラエルをアメリカは支持し続けるのだろうか、という私ふぜいのどうしようもない憤りの疑問を妻が気に留めてくれていて、妻が通う日曜礼拝のある日の牧師の説教が、私の憤りの疑問に応えてくれそうな内容であったことから、牧師に相談し、その日の礼拝説教の音声データを私宛てに送って頂けることになったのです。


私の拙い理解です。

メッセージは、マタイ福音書24章32節の「いちじくの木からこの教訓を学びなさい。」から始まる福音についての聖書の御言葉の学びでありました。

32節続き、33節「その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことが分かる。そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。」。いちじくの木はイスラエルの民を象徴していると云います。

そして、36節「その日、その時は、だれも知らない。天の御使いたちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。」と、福音が成就するその日、その時は、天の父であられる主の御心だけにあることが語られています。

しかし、34節、35節「よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起こるまでは、この時代は滅びることがない。天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない。」

そして、37節「人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。」

39節「そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気づかなかった。人の子の現れるのも、そのようであろう。」

42節「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。」と戒めのメッセージが続きます。


また挿話で、現在のイスラエルについて話されました。

西暦のはじめのころに起こった二度のユダヤ戦争によって、殺され、神殿を破壊され、エルサレムから追放されたイスラエルの民は世界中に離散することになったけれど、イスラエルの民の神への信仰と絆は強く、様々な患難にも信仰を守り耐え忍んで来ました。そして19世紀末にシオニズム運動(目的はユダヤ教徒のパレスチナへの帰還と祖国の再興)が始まり、西欧諸国で金融業などで巨万の富を築き、巨大な力を手にした人々の後援によって、帰還事業は進み、イスラエルの民はパレスチナの土地を原住民から買いあさり入植地を拡げていき、遂に第二次世界大戦の戦勝国を母胎とする国連の承認によって、1948年にパレスチナの地にイスラエル国が建国されました。それは、キリスト教プロテスタントの福音派の人々に、「いちじくの木の教訓」を呼び覚ますことになったようです。

しかし、パレスチナの地を追われた原住民や周辺の非ユダヤ教、非キリスト教の国々の人々、アラブの人々は一方的なイスラエル建国に反対し、イスラエルとの戦争を始めました。しかし、劣勢と思われたイスラエルは、その戦争に勝ち続け、支配地を拡げていきました。それは福音派の人々を活気づかせることになったようです。

また別の挿話では、「666」の数字にまつわる陰謀の話もありました。

聖書では、「7」は完全数とみなされ、完全数が3つ並んだ「777」は三位一体の神を現すと考えられています。しかし、「6」は完全数に1つ足らない数字で、不完全な数字であり、「666」は神になろうとしているが、決して神になれない存在を指すと考えられています。

この「666」という数字が、現在私たちの商習慣に欠かせないものとなったバーコードに隠されているというもので、神になれない存在、つまり悪魔が私たち人間を支配するために私たち人間の世界にバーコードを浸透させているという陰謀です。この様な陰謀論も、福音派の人々には、再臨の前に起こると告げられた不信仰者が一掃される大艱難の印しと捉えられているようです。


繰り返しますが、マタイ福音書24章36節「その日、その時は、だれも知らない。天の御使いたちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。」と、福音が成就するその日、その時は、天の父であられる主の御心だけにあることが語られています。

御使いたちにも、イエス様ご自身も知らない事を、私たちが知る由など有り得ないという事です。

そして42節「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。」と戒めのメッセージが続きます。だから私たち人間に出来ることは、神様の御心に適う者として日々を過ごすことであり、不信仰に陥ってはならないと戒められているのだと思います。

私は、説教の挿話から、今の世に広がる乱れ、陰謀、そして戦争は、ノアの時代の大洪水と同じ私たちの大艱難の始まりという盲信的な人間が想像する期待や恐怖であって、惑わされずに生きていけたらと思いました。


以上が私の拙き理解の全てです。

そして、何故アメリカがイスラエルの支援を止めないのか、という憤りの疑問については、次のように理解しました。

その前に、何故にこの様な疑問を抱いたかと云いますと、古いアメリカ映画「紳士協定」の記憶が未だ鮮明であったからです。この映画では、第二次世界大戦後までアメリカ社会にあった反ユダヤ主義、ユダヤ人排斥感情が赤裸々に描かれていました。それは、ポグロムやホロコーストの様な苛烈なユダヤ人殲滅という強権が動いたものではなく、アメリカ人の多くのキリスト教徒の心の中にある、根深いユダヤ教徒への嫌悪感が作り出した社会の雰囲気であったように思います。しかし、それでもアメリカ社会の様々な場面で差別され、ユダヤ教徒というだけで、進学の機会も就職の機会も奪われてしまうというのは、死ぬか出て行けと言われているのと同じで、差別を受けたユダヤ教徒には、非常に残酷であったと思います。

それが、何故今、アメリカの建国の父が、未来のアメリカ国民に願ったヒューマニズム、人種、性別、宗教などで差別することなく、あらゆる人々の人権を尊重する、自由を尊重するという信念を曲げてまで、親イスラエルに偏重し、イスラエル建国と戦争によってイスラエルが占領した地から追われた人々の人権、ガザ地区やヨルダン川西岸地区でイスラエル軍の猛火やイスラエル人入植者の暴力に脅かされている人々の人権が顧みられないのか。

そこには、冷戦の始まりに、

・油田の宝庫である中東での権益をアメリカの手に置きたい

・しかしソ連の影響によりアラブ社会に共産主義と反米主義が広がりつつある

という問題に対処するために、中東地域で力を持ちつつあるイスラエルを軍事的にも経済的にも支えることで中東でも影響力を行使することにした。

それに伴い、アメリカの主要産業である軍事産業が活気づき、現在では数百億ドルとも云われるイスラエル支援費の大半が武器の輸出に占められることとなり、軍事産業のロビー活動がアメリカ政治に多大な影響を与えることとなった。

そして、比較的近代に起こったプロテスタントの福音派の運動が、イスラエル建国によって、クリスチャン・シオニズムを主張することとなり、イスラエル建国と継続を支持することになった。そして現在、アメリカ国民の三分の一を占めると云われる福音派のクリスチャンが、アメリカ政治に多大な影響を与えることになった。

という3つの理由を突き止めることが出来ました。


でも、やはり私は思います。再び繰り返しますが、

マタイ福音書24章36節「その日、その時は、だれも知らない。天の御使いたちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。」と、福音が成就するその日、その時は、天の父であられる主の御心だけにあることが語られています。

御使いたちにも、イエス様ご自身も知らない事を、私たちが知る由など有り得ないという事です。

そして42節「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。」と戒めのメッセージが続きます。だから私たち人間に出来ることは、神様の御心に適う者として日々を過ごすことであり、不信仰に陥ってはならないと戒められているのだと思います。


アメリカ国民には、あなたがたの建国の父が願った様に、ヒューマニズム、人種、性別、宗教などで差別することなく、あらゆる人々の人権を尊重する、自由を尊重するという信念に立ち戻って欲しいと、真に願います。

それが神の御心に適うことだと、私は真に思います。


2024年12月1日日曜日

リトルプリンス 星の王子さまと私

 12月になりました。都会では華やかなクリスマスイルミネーションが夜に輝き、クリスチャンではない大勢の人々にも、人恋しさを誘い、家族や友人、恋人との時間へと誘います。

恒例ではないですが、クリスマスに向けてとっておきの映画を一本ご紹介したいと思います。それは邦題『リトルプリンス 星の王子さまと私』(2015年フランス制作アニメーション)。原題は、サン=テグジュベリの原作と同じ英語題『The Little Prince』です。


舞台は現代、主人公は小学六年生の女の子です。

女の子の母親は、物語の中では多くは語られていませんが、大人になって苦い経験を続けてきたのでしょう、夫婦関係も同様にです。それが理由かは分かりませんが、女の子には、誰に支配されること無く明るい人生を歩ませるために、まずは超有名な進学校に進ませるために、進学に有利な校区に住まいを変え、受験日までの一年間のタイムスケジュールを設計して、その通りに受験勉強中心の生活を女の子に強いりました。女の子も母親の思いに応えるために、一生懸命に毎日を過ごしていましたが、ある日起こった事件が、女の子の心に小さな変化をもたらしました。

その事件は、隣家の住人が引き起こしたものでした。隣家にはとても高齢な老人が一人で住んでいました。この町は、まるで集積回路の様な画一化した町並みでしたが、老人の住む隣家だけは骨董の如く古ぼけた家で、庭の草木は伸び放題、その草木に埋もれるように、骨董品の壊れた一人乗り用プロペラ機が置かれていました。この町の住民は、この老人をこの町には馴染まないもうろくした変人と見なし、関わらないようにしていました。

ある日、いつもの様に女の子が勉強をしていると、突然家の壁を突き破りプロペラが入ってきました。その事故は、老人が壊れた飛行機をどうにか修理して飛び立とうとエンジンを回したことにより、先端に取り付けられたプロペラが回転しながら外れて、女の子の家の壁を突き破って起こりました。女の子の母親が仕事先から急いで家に帰り、警察の仲介のもと老人の謝罪と保険での修理を了承して一応落着を見ましたが、でも、女の子は、これまで出会ったことのない行動をする老人にとても強い興味を抱きました。

そして女の子は母親に内緒で老人の家を訪問することにしました。老人は当初、とてもおどおどしながら女の子に接しましたが、女の子が老人が書いたある物語に興味を示したことから、その物語を通じて二人は心を通わせます。

その物語は、老人がずっと若い頃、沙漠を横断して郵便物を運ぶ一人乗りプロペラ機のパイロットであったころに、不時着した沙漠の真ん中で出会った幼い少年との交流の物語でした。

沙漠に不時着したパイロットは、水を求めオアシスの井戸を探して歩いていると、一人の幼い少年に出会いました。少年は、とても小さな星にひとりで住む王子だと名乗ります。

ある日、その小さな星にとても美しい真っ赤な花が一輪咲きました。王子は、その花を心から愛して、花が望むどんなことにも従いましたが、花はどんどんと傲慢になっていき、遂に王子は花に絶えられなくなって花を残し、小さな星から風船に乗って飛び立ちました。

そして王子は夜空に輝く星々を訪ね歩きました。しかし、自惚れ屋の星、年老いて尚ふんぞり返る王の星、夜空の星を全部自分のものとするために金儲けに邁進するビジネスマンの星等々、訪ね歩いた星々は王子を少しも慰めてはくれませんでした。

そして王子は、最後に地球に降り立ちました。この地球で王子は、初めとなる友だちが出来ました。それは一匹の狐でした。王子は狐の「大切なことは目に見えないんだよ」という言葉で、とても大切な事柄を悟ります。それは、自分が愛されたいから他者に尽くすのではなく、心から他者を大切にし愛することで自らが満たされるという真理です。

そして王子は、星に残してきた花が、地球で出会った沢山の薔薇の花と同じものであることを知り、ひとり星に残した一輪の薔薇の事を思い、星に帰ることを決心します。そして、星に帰るためにサハラ砂漠に来たのでした。

女の子は、ここまでの物語にとても感動し、物語が教えてくれる大切なことに惹かれていきます。そして老人への思慕の念を深めていきます。

しかし王子の物語は、女の子をとても悲しませる結末でした。

王子は、パイロットを水が満たされた井戸に導き、パイロットが飛行機を修理して飛び立てる準備が出来たことを見守ってから、パイロットに星に帰るための別れを告げます。

それは、沙漠に棲む毒蛇に噛まれて死ぬ事でした。死ぬ事で王子は地球で得た肉体を離れ、自由になって星に帰るというものでした。

王子の死は、女の子にとって、老人との別れを象徴していました。女の子は、その物語の結末を受け入れられず、老人に憤りをぶつけてしまいます。

母親は、ずっと女の子が老人と親しくなるのを苦々しく思っていましたが、女の子が老人から貰って読んでいた「星の王子さま」の物語を見つけて読んで、母親も「とても大切なこと」に気づかされることになりました。そんな時、老人が自宅で倒れ、救急車で病院に運ばれることになりました。

女の子は、とても憔悴しました。そして深い眠りに落ちたとき、老人がずっと気に掛けていた星の王子さまの消息を訊ねようと思い立ち、狐とともに、老人の庭のプロペラ機に飛び乗って夜空に飛び立ちました。

しかし、夜空には星が一つも輝いていませんでした。実は、夜空中の星々全てをビジネスマンが金にものを言わせて自分のものにして、スノードームに閉じ込めてしまっていたのです。女の子は、ビジネスマンが作り上げた帝国の星に降り立ちました。そこで働く人たちは、規則に縛られ、ビジネスマンの金を稼ぐ道具に成り果てていました。子供たちは、机に括られ、昼夜、勉強すること、そしてビジネスマンに従うことを身に染み込ませられていました。女の子はその大都会のビルの屋上で、煙突掃除を任じられて働いている気の抜けた青年が、あの星の王子さまだと察して、パイロットが長らく王子さまのことを気に病んでいたことを伝え、この星から脱出して、王子さまの星に戻って薔薇に会うことを求めます。女の子と狐と青年は、ビジネスマンのスノードームを破壊して、夜空に星々を返し、そしてプロペラ機に乗って、王子さまの星に辿りつきます。

しかし、薔薇の花は、すっかり枯れてしまっていました。嘆く青年の前に朝焼けが広がります。真っ赤な朝焼けは、薔薇の花の復活を明示していました。見ると青年は、もとの純粋な幼い少年の姿に変わっていました。そして、女の子は笑顔で星の王子さまと別れ、地球を目指します。

女の子は、入院している老人の病室を訪れます。そして、女の子が体験した物語を老人に話します。

女の子は無事、希望した中学校に入学します。でも女の子は、損得で物事を見るのではなく、本当に大切なことに心で感じることを、自分だけでなく、クラスメイトにも伝えられるよう学校生活を励もうと、学生生活の一歩を踏み出します。


拙いあらすじでは伝えきらない、この映画の美しい映像には、心が真から洗われます。

実際のサン=テグジュベリは、ヒトラーがヨーロッパに暗黒をもたらしている最中、自由フランス空軍に志願し、偵察飛行の最中に消息不明となり、ついに帰らぬ人となりました。が、この物語では、サン=テグジュベリはどこかで生き延び、現代まで生き延びて、どんなに時代が移り変わっても、どんなに時代の要請で価値観が変わろうとも、人にとって本当に大切なことを守り通して生きていました。そんな生き様に、私はどんなに年齢を重ねようと、たとえもうろくしようとも、憧れていたいと思っています。

2024年11月30日土曜日

冬のピッツァ

「お前にしたら上品やないか」という極上の褒め言葉、頂きました。

退院してから二回目のピッツァ作りは、

定番のボロネーゼ風すね肉ミンチのワイン煮込みソースのピッツァと、

最近挑戦しているほうれん草とリコッタのペーストのピッツァ、いわゆるナポリピッツァのポパイの鉄の腕です。

気温と湿度が真冬並みとなってピッツァ生地の発酵がゆっくりと進むため、前日の生地の仕込みの後の一次発酵に6時間、小分け(大体220g)して丸く成形後の二次発酵に12時間、予想以上にもち肌の香りたつ生地が出来ました。

まな板の上での生地の伸ばしもスムーズで、大体26㎝サイズの下地という思い描いたピッツァ生地が出来ました。

そして、ボロネーゼ風ソースのピッツァには、生地の上に淵2㎝ほど残してソースを塗り伸ばして、その上にモッツァレラ、粉状に削ったパルミジャーノ・レッジャーノ、バジルの葉っぱとオリーブオイル、粗挽きブラックペッパーを振りかけて準備完了。

ポパイピッツァには、ポパイペーストを塗り伸ばして、その上にモッツァレラ、生ハム(本場ナポリではナポリのサラミらしいです)、そして粉状に削ったパルミジャーノ・レッジャーノ、バジルの葉っぱとオリーブオイル、粗挽きブラックペッパーを振りかけて準備完了。

そして焼きの工程ですが、まずフライパンで下地の裏に焼き目がつかない程度、弱火で2分弱熱してから、グリルで強火4分で焼き入れて出来上がりです。

2020年に見よう見まねでピッツァ作りを初めて5年、一番旨く出来たと自慢できる出来でした。美味かったです。 

2024年11月29日金曜日

姫路城西御屋敷跡庭園 好古園の紅葉

寒風の中、好古園の紅葉狩りに出かけました。

今や海外に知れ渡った名城と紅葉の名所である日本庭園には、アジアや欧米の様々な言語で賑わっていました。それでも互いに写真撮影や道の譲り合いや気を利かせての振る舞いがそこかしこで見られて、様々な色が混じり合い溶け合うこの静寂な景色が人の心を清浄にしているのかなと嬉しい気持ちになりました。

2024年11月24日日曜日

仕組まれたパラダイムシフトにどう抗うか

兵庫県知事選挙は、終盤まるでロックスターの様に老若男女から熱狂的な支持を受けた様に報道された前兵庫県知事齊藤元彦氏が当選しました。

※参考 2024年度知事選結果

当日有権者数 4,463,013人

投票者数   2,483,814人

投票率    55.65%

得票数

齊藤元彦 1,113,911票(有権者数分母得票率:24.96% 得票者数分母得票率:44.85%)

稲村和美  976,637票(21.88% 39.32%)

清水貴之  258,388票(5.79% 10.40%)

大沢芳清   73.862票(1.65% 2.97%)

立花孝志   19,180票(0.43% 0.77%)

福本繁幸   12,721票(0.29% 0.51%)

木島洋嗣    9,114票(0.20% 0.37%)

※参考 2021年度知事選結果

有権者数

当日有権者数 4,529,865人

投票者数   1,861,986人

投票率    41.40%

投票数

齊藤元彦 858,782票(有権者数分母得票率:18.96% 得票者数分母得票率:46.12%)


この選挙結果を考察するニュース番組はどこも、SNSが有権者への投票行動に大きな影響を与えたことを検証結果として問題視していました。

私は日本のインターネット黎明期からインターネットを利用してきました。インターネットは現実世界の様々な制約や制限に影響されず、世界中のインターネット利用者と自由に交流や物品などの売買を行うことができました。私など英語もろくに出来ないけれど、好きが優って、オーストリアのワインネットショップで貴腐ワインをフランス産に比べ破格の安さで購入した自慢話を持っています。これがインターネットの魅力です。そしてインターネットはその自由さ故に、利用者として公正でなければなければならないことを自覚して使用してきました。公正でなければならないということは、事実を自らの責任で調べ認知することに努めることと、他人の間違いに対しても寛容でなければならないということです。

今回の選挙期間中、前知事在職中に前知事の不正疑惑を通報した元職員の方を貶める真偽不明の個人情報がSNS上で拡散し、「齊藤知事は、貶められた」という真偽不明の論説がネットを利用する大勢に支持されることとなり、齊藤知事を糾弾した既存メディア(テレビニュースや大手新聞)や百条委員会を開き齊藤知事の不正疑惑を追及してきた県議会のメンバーが、ネット民からSNSを通じて、やり玉に挙げられ、誹謗中傷の標的とされるに至りました。それに乗じてか、SNSのインフルエンサーたちも、既存メディアや前齊藤知事に異を唱える論説者への糾弾を始めました。現実の選挙活動においても、前齊藤知事を支持するためと表明して知事選に立候補した立候補者が、齊藤候補に追い風となる真偽不明な発言や既存メディア、県議を糾弾する発言で、大いに観衆を沸かし熱狂させました。

そもそも不正疑惑通報に関係の無い通報者の個人情報が知事の独断による強制調査で暴かれ、その個人情報を利用して不正疑惑の通報自体が不正であるとする歪曲こそ許されないことであると私は思います。

知事選の本分は、これからの兵庫県を如何に良くしていくか、そのリーダーとして立ちたい人たちがマニフェストを県民に表明して支持を問うことだと思います。それが、前知事に対立する人々の声がSNSによる誹謗中傷や実際の脅迫行為によって封じられてしまった、それがこの選挙期間中に起こった重大で悪辣な出来事であったと思います。


私は、この出来事を見聞きして、1975年以後に突如として全国津々浦々の中学校で始まった「校内暴力」を思い出しました。

1975年は、私が中学校を卒業した年です。何故に1975年を境にして起きたのか、私なりに考察してみました。そして三つの理由が思い当たりました。

一つめは、日本人の道徳観、価値観のパラダイムシフトです。

私は1960年生まれで、親の世代は戦前生まれです。そして中学を過ごした1972年から1975年の頃の教師もほとんどが戦前生まれであったと思います。戦前の学校教育で行われた道徳教育は修身教育で、忠孝、つまり主君への忠義と親への孝行が最も重んじられる道徳教育です。目上の者の言葉や命令には絶対服従が求められました。ですから苛烈な上司上官教師からの暴力は肯定され、十死零生の戦地派兵にも従うしかなかったのです。それが平民には当たり前の時代でありました。

しかし1945年、日本は第二次世界大戦の敗戦国となり、進駐軍が日本を占領して、軍国主義全体主義思想から欧米型のデモクラシー思想への転換が、日本国民に指導されることになりました。それが行われたのが公学校教育の現場です。

デモクラシーの根幹をなすのはヒューマニズムです。あらゆる人々の生命、行動、言動は守られ尊重されるという理念が根底にあっての平等主義、自由主義、そして誰もが政治参加を認められる国家の維持形成こそがデモクラシー思想だと私は思っています。

しかし、抑圧された忠孝からの解放が、当時の平民出身者には響いた様に思います。それがヒューマニズムが求める利他への思いやりや寛容から、利己的な平等主義や自由主義に私たちがパラダイムシフトした切っ掛けであった様に思うのです。

そして二つめは、立場のある人々の脆さや弱さの露呈です。

私は「校内暴力」の火に油を注いだ一番の原因はこれではないかと思っています。

私の中学時代も理不尽と思える行動をする教師はいました。気に入らない生徒は感情的に暴言を吐き叩くなどする美術教師、逆らう生徒を叩くための棍棒を持ち歩く理科教師、そして日常的な体罰で指導を行う部活動教師たちです。それでも生徒たちは、理不尽と思いながら、生徒同士でそんな教師を秘かに笑いものにしながら中学時代を過ごしていました。まさか親に忠告するという考えは当時の私たちには無かったように思います。親に言いつけようものなら、親から教師に逆らった不良扱いを受け、それこそ叱られる理由になってしまうからです。

ですが、ゆっくりとしっかりと「利己的な平等主義や自由主義」が、生徒や保護者側(また教師の方にもです)に浸透し始めていたのでしょう。それが表沙汰になったのが1975年後であったのだと思います。一部の生徒が教師の指導に従わなくなった。それを教師が押さえつけられなくなった、それだけでなく、教師が怖じ気づいてしまった。生徒を恐れてしまった、それが感受性の高い生徒側に伝わってしまった、そして中学校内での力関係が徐々に混沌を極めるようになってきたのだと思います。そして道徳が未発達な生徒や沸々とした感情を抑えきれない生徒が、暴発して「校内暴力」へと進んだのだと思います。

それは家庭内でも同じで、子供による「家庭内暴力」も同時進行で始まりました。そして、親は学校に責任を求め、学校は親に責任を求めるという風に、責任の押し付け合いが始まり、それが更に暴力を増長する原因となった様に思います。そして遂に公教育の現場の安全管理に司法が介入する様になりました。

最後、三つめがテレビの普及です。

昭和期の世帯テレビ普及率

白黒TV:7.8%(1957)→88.7%(1963)→96.4%(1968)→65.4%(1973)

カラーTV:0.3%(1966)→75.8%(1973)→90.3%(1975)→99.0%(1988)

※出典資料 内閣府「主要耐久消費財等の普及率」

https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/0403fukyuritsu.xls

世帯テレビ普及率を見ると、白黒TVは1960年代にはピーク時96.4%普及率を示していました。またカラーTVの普及率は1973年に白黒TVを逆転し、1975年には90%を越えました。これにともない地方でも民放局が次々に開局して、東京から全国への発信だけでなく地方から全国への発信が始まったように思います。地方の言葉や地方の出来事が全国に伝わり始めたのだと思います。

そうなると、以前は地方のどこかで起こった出来事などが全国に知れ渡ることなど無かったのに、それがテレビを通じて、知れ渡ることになった。情報の伝達が中央発信から双方向発信への進んだのだと思います。カラー映像だと更に生々しいですよね。そして、報道の仕方も変わったのだと思います。以前のニュースは粛々と伝えられていたのに、それが煽動的にエンタメに報道されるように変わってきたと思います。

そして「校内暴力」や「家庭内暴力」は、テレビの報道にも煽られ、全国に波及したのだと考えます。

以上が、私の「校内暴力」現象の考察です。

今回の現象とも、非常によく似ていると感じています。

一つは、SNSのインフルエンサーが既存メディアが報じない真偽不明の情報を真であるように報じて、既存メディアの隠蔽や企みと強烈に糾弾したことを受けた、SNSが生活のほとんどとなった、慎重さや鈍重さを嫌い、軽薄でも軽快に断定する・断言する言動に共鳴してしまう人々が、感化され煽動され、インフルエンサーが敵と見なしたものに、大群となって攻撃した。

二つめは、既存メディアや政治に司る人々が、SNSの攻撃に、真っ先に怯んでしまったことです。一度怯んだところ、弱さを見せれば、そこを突いて攻撃の手を止めないのが利己的な考えの持ち主たちです。自らを正義と訴え、大衆を扇動して、自らが主となるパラダイムシフトを仕掛けているのです。

そして三つめがSNSです。SNSがどういうものか、SNSをどの様に使えば最大限有効活用できるか、それを知り尽くしている人々が、本来性善説で作られてきたインターネットやSNS技術を自らの利己的な目的のために最大限活用したのです。SNSはただの道具です。善にも悪にも利用されるただの道具に過ぎないのです。


私はTwitter(現X)が出来た当初から馴染むことができませんでした。EメールやLINEですら、手紙の様に慎重に文面を考えて投稿します。ですからショートメッセージを矢継ぎ早に投稿するというシステムに馴染むことができませんでした。

そのTwitter(現X)で、現世の世界中の主要な政治家や起業家、だけに留まらず様々なインフルエンサーが、利用することにずっと違和感を覚えてきました。慎重さに欠けるから、言い争いが起こり、それに大衆が振り回される、そういう出来事ばかりです。

戦争当事者であるプーチンも、イスラエルのネタニエフも、次期大統領に決まったトランプも然りです。軽薄な情報に私たちは振り回されてしまっています。


繰り返しますが、

デモクラシーの根幹をなすのはヒューマニズムです。あらゆる人々の生命、行動、言動は守られ尊重されるという理念が根底にあっての平等主義、自由主義、そして誰もが政治参加を認められる国家の維持形成こそがデモクラシー思想だと私は思っています。

他者を思いやることが、自らが他者に思いやってもらえる術であること、これが自明です。それを無くするということは、つまり自らの権利を放棄することです。権力者、専制主義者、独裁者に、身を委ねることになってしまいます。

このことを私たちは、絶対に忘れてはならないのだと思います。

高砂市新たな学校づくりアンケート調査

 高砂市が市民に対して

『高砂市新たな学校づくりアンケート調査』を11月30日(土)まで行っています。

アンケートページのURLは

https://src.webcas.net/form/pub/src2/28216g7

です。

高砂市の現状

・少子化に伴い児童生徒数がピーク時の半分以下となり、クラス替えができない1クラスのみの学年が増えてきている

・多くの校舎で老朽化が進んでおり、今後建替えや大きな改修工事が必要な状況

高砂市が計画で目標にしていること

・市立小中学校の規模や配置の適正化

・児童生徒への最適な教育環境の持続的な提供

高砂市がそのために取り組むこと

・学校の適正な規模や配置を考えて校区再編案の検討

・今後20年間の学校施設の整備基準(学校のあり方)とスケジュールの検討

以上をふまえて、新な学校づくりのための意見を求めています。

地域に住む住民として、公教育環境がよくなること、それが延いては子供たちのより良き成長に役立つだろうし、町の将来に活性化を促すことにも通じると思いますので、どうでしょうか、是非意見を述べてみませんか。私もささやかながら意見を述べたいと思っています。