播磨の国ブログ検索

パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2017年9月15日金曜日

ミサイル防衛の矛盾

北朝鮮が、また日本に向けて大陸弾道ミサイルを発射しました。前回8/29と同様、襟裳岬上空を越えて、北太平洋の海上に着弾、飛行距離は約4000㎞でした。
北朝鮮がミサイル発射する度に、矛盾の故事について考えてしまいます。
『どんな盾でも突き通してしまう鉾で、どんな鉾でも突き通せない盾を突いたらどうなるか?』韓非子の故事では、つじつまが合わないことの喩えとして語られます。しかし、こんなつじつまの合わない武器でも本当に戦争となれば使うでしょう。そして有利なのはやっぱり鉾だと思います。
鉾は、必ず突き通せるところに突けばいいのです。突ける場所、弱点を突けば確実に戦果をあげることが可能です。盾は、ひとつふたつあったところで、すべてを防御することは不可能です。ましてや、その盾で鉾の攻撃が防げない事が判明すれば、盾への信頼、延いては国への信頼を大いに損なうことは間違いないでしょう。

鉾を北朝鮮のミサイルに置き換えます。そして盾は日米韓の遊撃ミサイルです。
北朝鮮は明らかにオープンな状態で、二度のミサイル発射を行いました。
北朝鮮の思惑は、
ミサイルの発射実験を行うことで完成度を高め、
武器としてのデモンストレーションを行う。
日米韓に脅威を与える
そして、日米韓の手の内をテストする。
だと思います。
特に三つめは、遊撃に最適な条件をわざわざ提供した上で、遊撃ミサイルの性能、精度をテストしようとしている様に思えます。
それは、たとえ遊撃ミサイルで撃ち落とせたとしても、本当の戦争での北朝鮮のミサイル発射を巧妙化させることに繋がるだけです。そして万一打ち落とせなかった場合、また打ち落としたミサイルの残骸で被害が生じた場合は、世論は北朝鮮の思惑通りに動くでしょう。ミサイル防衛の信頼は地に落ち、同時に政府やアメリカに対しての信頼が崩れます。
そして、北朝鮮に利のある講和へと向かうかも知れないし、この危機から逃れるために中ロの軍門に下るかもしれません。或いは、独自の核武装や軍事国家への道を歩み出すかも知れません。いずれにしても、それは平和憲法を頂く日本の国の終焉です。
だから遊撃ミサイルが撃てないのだと思います。ミサイル防衛の矛盾です。

日本は、三度目の日本へ向けたミサイル発射を断固阻止する決意が必要です。
ミサイル防衛では国を守れないことを認識して、北朝鮮が日本にミサイルを撃てば、それがたとえ日本本土に撃ち込まれるミサイルではないとしても、抑止が効かなかったと判断し、日米韓で、韓国が同調しなくても、アメリカが同調しなくても、たとえ日本だけになっても、日本の全戦力で北朝鮮を攻撃する。そういう北朝鮮への最後通告を行うことが必要と思います。迎撃ではなく、日本の決意という抑止力を示す事が必要だと思います。
その上で、北朝鮮との講和を模索すればいいのだと思います。
たとえ脅しであっても、本気で戦う決意を示す
その決意と同じ本気で、和平に挑む
これが、日本を北朝鮮の暴走から守る唯一の手立てではないかと思います。

台風第18号 勢力を維持しながら本土直撃のコースに向きを変えつつあります

明日から大雨、明後日には暴風も伴いそうです。
今日中、遅くとも明日の早いうちに、台風来襲の備え、しなければいけません。
後、避難場所の確認と早期の避難決断、必要です。

2017年9月14日木曜日

げんなり

阪神のエース秋山と球界のエース巨人菅野が素晴らしい投手戦を演じた試合は、試合後半の阪神の中堅、そして若手選手の拙攻によって、また勝ち星を失う結果となりました。
終わった試合のことをあれこれ言いたくはないけれど・・・
何故に6回で秋山を降板させたのか
試合に出続けるほどに下手になってしまう中堅野手を何故に使い続けるのか
好機に無策な拙攻を繰り返すのは何故か
クエスチョンばかりが募ります。
特にげんなりしたのは、
9回の表巨人の攻撃の場面
阿部の右中間フェンスを直撃する打球を、糸井がカバーして間髪入れず二塁に送球、その送球を大和がしっかりと捕球していれば、阿部を二塁で刺せました。それで巨人の追撃の狼煙は鎮火できたでしょう。おおいくさで、ビックプレーをものにできる選手、またチームこそ、おおくさで勝ち上がることのできる真の勝者となれるでしょう。でもボールは大和のグローブから洩れ落ちました。そして二死から、打つ気満々の長野にドリスが投じた初球は真ん中ストレート、ものの見事にレフト前にはじかれて、秋山の勝利はなくなりました。
そして9回裏から12回裏までの阪神の拙攻です。4度のノーアウトで出塁した走者を、無策の極みで本塁に帰すことができませんでした。ポーンポーンと初球から打ち上がるフライを恨めしく眺めるしかありませんでした。

それにしても、2位を死守するためにも是非勝たねばならなかった巨人3連戦は、阪神の1敗2分、実質2分は終盤まで勝ち試合でしたから、三連敗したようなものでした。
5点を貰っても、コントロールが定まらず死球からKOされた藤浪投手。藤浪には自分の理想を追求などせず、ハッキリ言えば制球を付けることに苦心などせず、ノーコンを武器に、ヒーローではなくヒールになれと言いたい。もう君には後がない、だったらヒーローの殻など脱ぎ捨ててヒールでも何でも良いから、打者と死にものぐるいで対決する投手の本分に立ち返って欲しいと思います。
そして極めつけは掛布二軍監督の解任。
げんなりする状況ではない筈なのに、げんなりです。
全然、ゲームが面白くないです。

台風第18号 台風の目が大きくハッキリしています。


2017年9月12日火曜日

掛布二軍監督退任

驚きました。ただただ驚きました。掛布二軍監督退任のニュースです。
掛布さんは、ご自身が持つミスタータイガースという人気と価値をぞんぶんに利用され、二軍の試合にタイガースファンを呼び込まれました。そして若虎たちにファンの前でプレーする喜びと上手くならなければならないというモチベーションを与え続けてきたように思います。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、大袈裟かも知れませんが、掛布さんは自分が踏み台になっても若虎が育つことを願われていたように思います。
背番号31は、江夏の28と並ぶ、私の中では永遠に不滅の数字です。

タイガースは金本監督のもと、さらに強いチームへと変貌していくことは間違いないと思いますが、でもその礎としてミスタータイガースの存在があったことは忘れません。
背番号31の背中が、またいつか見られること、大いに楽しみにしています。
とりあえず、お疲れ様でした。

※12年前の少年野球教室の一コマです。大人の方が感激しまくりでした。

2017年9月10日日曜日

ICDの電気ショックを受けました。


9月6日(水)、昨年8月に植え込んだICDによる電気ショックをはじめて経験しました。
用事で神戸に出かけ、空いた時間に花の写真を撮りに行きました。カメラの電池残量が少なくなってきたので、バックを下ろし、右足の膝を地面に付けながらがバックの中でカメラの電池パックを交換しました。その時です、うん?という一瞬の間の後に胸の前で何かが爆発したような衝撃を受けて、後ろにひっくりかえりました。痛いというより衝撃のすさまじさに驚きました。直ぐにICDの電気ショックだと理解しました。
起き上がり、時計を見ると14時50分でした。直前まで友人と電話をしていたので、時間的に意識を失っていたという感じはありませんでした。

とりあえずこれ以上何もないことを信じて、家に帰ることにしました。電気ショックの影響でしょうね、しばらく冷や汗が流れ続け、左肩から左腕に掛けて筋肉疲労の様な重怠さがありました。でも、なんとか無事に自宅に帰り着きました。
夕方、循環器病センター病院に電話を入れてから、妻の運転で病院に行き検査を受けました。手術後、一度も不整脈は起こらず、もちろんICDの電気ショックもなかったわけですが、何故かこの日の午前中から数秒という短い時間の不整脈が何回も発生し、午後、11秒を超える不整脈が起こったために、ICDが電気ショックを作動したとの事でした。
でも検査の結果、心配な症状は見つからなかったために、この日は入院せず帰宅できました。

主治医は、ICDの電気ショックは600ボルトで、相当に痛かったはずなのだが、痛みをそう感じなかったとすれば、その瞬間、意識を失っていたのかも知れない、と説明されました。つくづく、あの瞬間、しゃがんでいたことが幸運であったと思います。後ろにひっくりかえりはしましたが、どこも強打しなかったのですからね。
もし、ボーッと立っていて電気ショックを受けていたら、こんなでは済まなかったと思います。
あれから4日が経過しますが、電気ショックの影響でしょうか、まだまだ体が相当に怠いです。後、また車の運転ができなくなりました。不便です。

2017年8月17日木曜日

藤浪の復活についての意見

藤浪投手の復帰戦は、
5回を保たずに
7安打、7四死球、3失点
死球は大瀬良投手にでした。

藤浪晋太郎は、大谷翔平とならび、野球少年のあこがれの的にならなければいけない野球選手です。細身ながら頑丈で、160㎞の剛速球が投げられる。本来ならば今年辺り阪神タイガースの真のエースに成長していなければならなかった投手です。

いまにして思えば、去年の懲罰続投が、藤浪投手のメンタルに大きな傷を与えてしまった様に思います。
野茂英雄と鈴木啓示の確執が甦ります。野茂投手は、当時の近鉄の鈴木監督に、何度も懲罰続投を強いられました。鈴木啓示は、野茂のタフさと類い稀な才能よりも、野茂の変則フォームと制球の悪さを嫌いました。そして、自分に従わない野茂をつぶしにかかります。でも野茂はメンタルもタフでした。なんと日本球界に見切りを付けてメジャーリーグに活路を見出したのです。その後の活躍は、自明の通りです。
藤浪と金本監督に同じ確執があるとは思いません。金本監督が、続投を指示したのはたったの1回限りです。それは、藤浪を覚醒させるための荒療治であったのだと思います。
でもこれは、大きな誤りだったように思います。高校時代から栄光の道を歩み続けてきた藤浪は、これまでも相当なプレッシャーに晒され続けてきました。その中でタフになりきれていないメンタルを守る術を身に着けてきたのだと思います。それは、他人と一定の距離感を保つという術です。藤浪を見ていると、好青年ですが、必要以上に冷めた印象を覚えます。隙を見せないということでしょうが、それは常に感情の高ぶり抑制しているとも言えます。でもそれは、平常心とは呼びません。平常心とは、どんなに感情の高ぶりがあっても、そして感情が乱れても、平常時と同じに自分をみつめられる心のことだと思います。
藤浪は、体の成長と球速が上がるほどに制球に難が生じてきました。それでも様々な試行錯誤を繰り返し、一昨年、遂に自信をもって投げられる投球フォームを完成したように見えました。でも、長くは続きませんでした。去年、再び制球難が藤浪を苦しめます。右バッターに、それが投手であっても、投球がすっぽ抜け、四球、死球を与えます。そんな状況での、あの懲罰続投です。
藤浪は、メンタルを守っていた殻を破られて、丸裸のメンタルが強いストレスに晒されたのではと思います。そして、心の奥底に頭では理解できない、恐怖が植え付けられたのではと思います。

年齢的には二軍の中でも若手である藤浪は、まるで下積み選手のように細々とした雑用までこなしていたようですね。ひとりの人間と見ても、とても誠実で真面目な好青年だと思います。でも、力のまるで劣る選手と対戦しても本来の力を発揮できず、野球選手としての結果が残せない。もしかしたら、頭でなく心の奥底で、一軍で投げたくない、金本監督の下で投げることを怖がっているという、嫌な想像をします。

このまま阪神タイガースにいて、復活することができず、二軍で燻り、本来の力を失ってしまう様な事態になることは、藤浪本人だけでなく、阪神ファンならびに日本の野球ファンすべてにとって不幸です。
一昨年でしたが、藤浪が仙台で勝利した時、「本当に投げやすかった」と話していたことが忘れられません。プレッシャーの少ないところで、藤浪を復活させる。そういう選択も、阪神タイガースは考えていいのではないかと思います。