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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2016年5月2日月曜日

映画サービスデー

昨日は映画サービスデーでした。それでアースシネマズ姫路へ4月29日(金)公開の「追憶の森」を観に行きました。一回目の上映が9:45、それに間に合う様に家を出て上映時間の15分前に映画館に着きましたが、でも着いてビックリ、エントランスは大混雑で、映画鑑賞券を買う列が何十メートルも続いています。家を出る前にネットで確認し、オンラインチケット購入画面も見ていたのに、席が空いてるから着いてから買ってもエエかと判断したのが誤りでした。大ヒットのアニメ「ズートピア」、SF大作「シビル・ウォー」、青春映画「ちはやふる」、そしておなじみの「コナン」「クレヨンしんちゃん」「ドラえもん」が同時公開ということを忘れていました。そしてやっと券を購入する順番が回ってきた時には上映は始まっていて一回目の鑑賞券の購入は終わっていました。

12:10から始まる二回目の上映鑑賞券を購入し、その間の二時間余りをジュンク堂で本探訪しながら過ごす事にしました。
久し振りの本屋です。話題書の棚から散策を始め、姫路の本、週刊誌、小説、そしてコンピュータ書を回りました。
最初に目に付いたのが、デービッド・アトキンソンさんの「国宝消滅」です。まえがきを読むと前書「新・観光立国論」に触れていました。読んでみたいという欲求を覚えましたが、これからうろうろする身です。購入せずにその場を離れました。
小説はいまひとつ興味を引く作品に出会えず、そうこうしているうちに先日からあらためて始めたイラストレーションの参考本をコンピュータ書の棚で見つけ、側のベンチに腰掛けて一時間ほど読みました。Photoshopのテクニック本でしたが、CorelPhotoPaintで出来るか想像しながら読みました。結構アイデア貰いました。

12:10、Screen7で「追憶の森」を観ました。今日上映されている映画の中で一番、映画館で観るべき映画という実感を持つと同時に、期待に違わぬ映像美と物語、そして俳優の名演技を堪能しました。感想は、別の記事でしっかりと記したいと思います。

新生軒で遅い昼食を食し(大好きなワンタン麺です!)、その後何を思ってか、先日何かで見た魚町にあるという辛いラーメン屋を探しに魚町界隈を探訪しました。魚町は姫路随一の歓楽街ですが、日曜日の午後ということで人通りはほとんどなくて、色取り取りの看板を眺めながら歩きましたが、よう探さんのですね、見つける事が出来ず、足を城に向けました。

坂元町の地下道を通って二号線東線を渡り、白鷺小学校・中学校の横を通って大手前に出ました。その頃には、空は少し霞がかかってきました。城を眺めながら西に足を進めまして、船場川手前の堀の上に上がり、好古園越しに白鷺城を一望しました。
それから好古園西側の堀と船場川に挟まれた中州の小径を歩き、男山を目指します。
そして男山の大階段をフウフウ登り、姫路城を中心に据えた東の風景の眺望を楽しみました。
帰りは大手前からお城にさよならを言って、大手前通りを南に50mほど下ったところにあるBakery燈LAMPで一息つき、出来たてのバーガーを土産に買って、家に帰りました。
Burger燈LAMPで接客してくれた溌剌美人のスタッフの女の子の笑顔が、今日の散歩の最後の思い出となりまして、幸せな気分です。


P.S.
そうそう船場川沿いのお堀で亀の親子連れ?と出会いました。動画に収めました。人間も亀も一緒なんだなぁ、と思って眺めてしまいました。

2016年4月30日土曜日

ご冥福をお祈りします。

昨日、一本松連中のお母さん、おばちゃんの葬儀に参列しました。
会場の入り口に、おばちゃんの二人の息子が育んだ大家族の真ん中に笑顔のおばちゃんが写った写真が飾られていました。亡くなる数週間前に病室で撮ったと思われる家族写真もありました。定年後に始められたという陶芸作品の大皿もありました。
喪主である連中からの会葬礼状は
「いつも家族のことを思ってくれてありがとう」という感謝の言葉から始まっていました。
早くにご主人を亡くされて、一生懸命働いて二人の息子を育て、そして大年に大家族に見守られて旅立たれた笑顔の素敵だったおばちゃんのご冥福をお祈りします。

2016年4月24日日曜日

あれをあれする!?

もはや家では当たり前に使っている言葉ですが・・・
つい外で口を衝いて出てしまいました。

唇が荒れ出したのでドラッグストアーに薬を買いに行き、レジの店員さんに
「唇が荒れて・・・、あれをあれする薬下さい」思わず言ってしまいました。
あれをあれする???と聞き返されても返答できず
あっリップクリームですね?と店員さんの機転で売り場まで案内して貰いました。
すいません、すぐにわからず・・・と失笑を押さえつつ謝られる店員さんに、苦笑いで応えるしかありませんでした。
あー恥ずかし、でした。

2016年4月16日土曜日

互助の精神

阪神大震災を思い起こしました。
上空を、次々と自衛隊のヘリコプターが今度は西に向かって飛んでいきます。

一昨日、夜の九時過ぎでしたね。寝ようと寝床に入ったところでした。携帯電話の甲高い地震警報で飛び起きました。熊本で震度7の直下型地震が発生!、すぐにテレビを付けました。でも翌朝には、テレビは普通の番組を放送していて、ニュースでも局地的な震災として報道していただけでした。
それが今日の深夜、また地震警報に飛び起きてテレビを付けると、震度6強でしたがマグニチュード7.3、阪神大震災と同じです。事態は一変しました。被害は九州全土に広がっていました。その後は、震度5、6の余震が頻繁に起こります。熊本や大分の人達は生きた心地がしていないだろうと思うと眠れなくなりました。そしてテレビはすべてのチャンネルが震災特別報道に切り替わりました。火災が起こり、家屋が倒壊し、ビルが傾き、道は地割れし、ひん曲がり、山肌が広範囲に崩落している。そして阿蘇山が噴火。阪神大震災の悪夢が甦ります。

また午後から天気が荒れ模様になると予報がありました。
そしてこれからは梅雨の季節、台風の季節が控えます。被災者の方々が安全に寝食できる住まいの確保が急務となります。緊急対応として丈夫な高性能テント、マット、寝袋、毛布が必要でしょう。そして仮設住宅の建設、また県外への避難や疎開も早急に検討し実施しなければいけないと思います。
東日本大震災の復興もままならず、また不況にあえぐ日本で、経済でも産業でも、また農作物や海産物の生産でも日本の光明であった九州の打撃は、日本全体の打撃です。
この苦境を乗り越えるためには、互助の精神が必要なんだと思います。


《Googleマップ阿蘇周辺》

《Googleマップ3D 阿蘇大橋周辺》




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2016年4月11日月曜日

高砂市長選挙の結果

高砂市の市長選は、現職の登市長が三期目当選を果たしました。
市の選挙速報は22時から開票速報を発表していましたが、それよりも一時間以上前には陣営から当選確実が報じられていましたね。

登市長は、オンリーワンの高砂を作ると公約で話されていました。
安心と豊かさと、女性、若者、高齢者の活躍を推進する街作りをすると話されていました。
それが実現されてば、素晴らしい事だと思います。
それを大いに期待し、これからは市政を関心を持って見守りたいと思います。

また今回、残念ながら当選を果たせなかった生嶋さんには、長年の功労に深く感謝したいと思います。