先日、図書館で「貧しい国」で検索したらヒットした
谷本真由美著「日本が世界一『貧しい』国である件について」というエッセーを読んでいます。
著者は、日本と欧米を股に掛けて最先端ビジネスであるIT関連のコンサルティングに従事し、欧米のビジネス慣習にも欧米人の世界観(そして日本感)にも日々触れているからでしょうか、著者が指摘する「現代日本の様々な不条理な事柄」の羅列は、シビアで端的で、そしてとても的を射たものでした。
特にシビアな指摘の的となっているのが、日本で働く労働者に課せられるイデオロギーです。
著者は、労働とは
あくまでも自分の時間や体力や知力を相手に「販売」し、「対価」としてお金を受け取る「活動」に過ぎません。働いた分の報酬を貰うという「取引」なのです。
と定義をします。
そして世界のどこに出て行っても働ける人になるためには、
・プロフェッショナルに仕事ができること、
・人生観(哲学)があること、
・道義的に行動できること、
だと指摘します。
しかし、翻って日本の労働概念は
「労働者を犠牲にした、企業の繁栄(国の繁栄)」だと指摘します。
この本の中で「社蓄」という単語をはじめて目にしましたが、この言葉が意味する事は「人権蹂躙」です。現代の日本は人権蹂躙がまかりとおる社会に成り果ててしまっているという指摘です。
しかし、著者の非難は労働者へも向けられます。
・何故に自分の生命や家庭を守るために、訴えないのか?
・労働環境を正すために立ち上がらないのか?
そして
・何故にプロフェッショナルになろうとしないのか?
・何故に道義を踏み外すのか?
と指摘します。
沢山の指摘は、正さなければいけないものばかりです。
そして特に次の二つは不条理の極みで、今すぐにでも正さなければいけない事柄です。
「日本の『お客様』の中には、払った費用以上のサービスを要求する人が少なくありません。会社や店を経営する側は、それに応えるために、従業員に無理な労働を要求します。
(中略)
外国の人からすると、なぜ日本の『お客様』はあんなに無礼でも許されて、働く方や経営者は文句を言わないのか、となるわけです。働く方は守られない仕組みとなっているのです。」(P75 ニッポン人の働き方はこんなにおかしい)
「会社の人や近所の人にはバカ丁寧だが、レストランの店員や宅配便の配達員には信じられないぐらい横柄な父親」(P157 第四章文明未開の国-本当に「貧困」な日本社会)
日本では今、「クールジャパン!」だとか「(外国人を使って)日本のすごいところを自分達で褒めまくる」という番組がもてはやされています。
しかし、著者はP78ページで
「確かに日本のサービスや製品は精巧で繊細です。でも日本で実際に働いた人達は、
『あそこじゃお客になるのはいいけど、働くもんじゃないよ』と口コミで『日本の労働実態』をさまざまな人に伝えているのです。」
これこそが世界の人々の今の日本感、日本人感なのだろうと思います。
働き手を蔑ろにする会社は、国は、社会は、良い働き手を呼び込めず、良い働き手を育てられず、また、良い働き手の流出を止める事ができず、早晩衰退するのだろうと思います。
日本の会社や国はその衰退の道をひたひたと歩んでいる様に思います。
それにあらがうために、私たち一般市民でもすぐにできることがあります。それは「おもてなしの心」に対する「節度の心(求めすぎない)」と「感謝の心」をいつも忘れないということです。
私たち一人一人が、「提供する側」そして「提供を受ける側」の二つの面を持っています。「おもてなしの心」と「節度の心」「感謝の心」は表裏一体です。それが実践できた社会こそ、きっと人に優しい社会なのだと思います。
すぐに会社が変わらなくても、国が変わらなくても、私たちの行動が一つ変わるだけで、社会を一つ良い方向に向けることができるのだと思います。
そして日本を、「本当の豊かな国」へ向かわせられることもできるのかもしれないと思います。
大好きな映画の話、本や朗読の話、また高校野球の試合観戦記、地元播磨の散策記など徒然に書いています。 その他にも、しょうもない昔話やちょっとしたエッセーなども書いています。 本でも読む感覚で読んで頂いて、面白ければ訪問カウンター下にある[G+1]ボタン(Facebookのいいねボタンの様なものです)を押して頂ければ嬉しいです。また、コメントの書き込みも楽しみにしています。
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藪の中
先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...
2015年10月27日火曜日
2015年10月22日木曜日
「石の上にも三年」の心境で・・・
阪神タイガースは今年創設80周年でありましたが、その記念すべき年であるにもかかわらず、無策にゲームを消費してあっけなく終戦を迎えました。
助っ人が悪い、監督が悪い、コーチが悪い、
そしてレギュラー選手の高齢化、
若手が台頭してこない
等々等々
チームもファンもマスコミも、悪い事ばかりに躍起になって、最後は阪神タイガースなんだからしかたがないと諦めてきました。
阪神タイガースへの一番の悪口(陰口)は、
”勝つ必要など無い。
勝たなくてもマスコミ受けするニュースさえ流しておけば
スポーツ新聞は売れ、テレビやラジオも賑わい、
ファンは性懲りもなく甲子園を訪れて、
7回裏のジェットフーセンとビールがあれば楽しめる。
みんな万々歳!
阪神球団も阪神電車も万々歳!”
ではないかと思います。
しかし、ここにきてようやく待望の金本知憲監督が実現しました。
日本プロ野球界の中でもずばぬけた努力の人であり、鉄人となった人であり、お茶目な一面もお持ちの、そしてかの長島茂雄氏の様な華を持つ野球人です。
私たちファンも、阪神贔屓のマスコミも、阪神タイガース球団も、阪神電車も、阪急阪神ホールディングスも、一丸となって、金本監督が目指す野球を見守り、楽しもうじゃないかって思います。
そして金本監督就任以上に嬉しいニュースは、掛布雅之氏の二軍監督就任です。
私たち世代の阪神ファンにとって、掛布選手にはとくに思い入れがあると思います。
江夏や田淵という花形選手が抜けた後の万年下位が指定席となった阪神タイガースの中で、ほとんどテスト生の様な身分から努力して這い上がり、ミスタータイガースとなりました。1985年の日本一に多大に貢献した希代のスラッガーでした。
解説者となってからも、掛布氏の解説はとても分かりやすかった。それに毒が無かったことにもとても好感を持てました。今から8年も前の事ですが、子供野球教室に北脇子ども会野球部が参加した事がありました。その時の指導者の一人が掛布選手でした。すっかり穏やかな初老の人になってはいましたが、グラブを持つ姿は輝いて見えました。
これから三年間のタイガースを、「石の上にも三年」とじっくりと見守ろうじゃありませんか。きっとファンを心底楽しませてくれるチームへと、生まれ変わってくれること信じて待ちたい、と思います。
助っ人が悪い、監督が悪い、コーチが悪い、
そしてレギュラー選手の高齢化、
若手が台頭してこない
等々等々
チームもファンもマスコミも、悪い事ばかりに躍起になって、最後は阪神タイガースなんだからしかたがないと諦めてきました。
阪神タイガースへの一番の悪口(陰口)は、
”勝つ必要など無い。
勝たなくてもマスコミ受けするニュースさえ流しておけば
スポーツ新聞は売れ、テレビやラジオも賑わい、
ファンは性懲りもなく甲子園を訪れて、
7回裏のジェットフーセンとビールがあれば楽しめる。
みんな万々歳!
阪神球団も阪神電車も万々歳!”
ではないかと思います。
しかし、ここにきてようやく待望の金本知憲監督が実現しました。
日本プロ野球界の中でもずばぬけた努力の人であり、鉄人となった人であり、お茶目な一面もお持ちの、そしてかの長島茂雄氏の様な華を持つ野球人です。
私たちファンも、阪神贔屓のマスコミも、阪神タイガース球団も、阪神電車も、阪急阪神ホールディングスも、一丸となって、金本監督が目指す野球を見守り、楽しもうじゃないかって思います。
そして金本監督就任以上に嬉しいニュースは、掛布雅之氏の二軍監督就任です。
私たち世代の阪神ファンにとって、掛布選手にはとくに思い入れがあると思います。
江夏や田淵という花形選手が抜けた後の万年下位が指定席となった阪神タイガースの中で、ほとんどテスト生の様な身分から努力して這い上がり、ミスタータイガースとなりました。1985年の日本一に多大に貢献した希代のスラッガーでした。
解説者となってからも、掛布氏の解説はとても分かりやすかった。それに毒が無かったことにもとても好感を持てました。今から8年も前の事ですが、子供野球教室に北脇子ども会野球部が参加した事がありました。その時の指導者の一人が掛布選手でした。すっかり穏やかな初老の人になってはいましたが、グラブを持つ姿は輝いて見えました。
これから三年間のタイガースを、「石の上にも三年」とじっくりと見守ろうじゃありませんか。きっとファンを心底楽しませてくれるチームへと、生まれ変わってくれること信じて待ちたい、と思います。
ぐーたらノルン
朝になると家族をみんな起こしに回り、
そして裏庭に通じる窓のところで甘声を発します。
「早く開けてよ、外に出るんだから」
というノルンの声が聞こえてきます。
昼間は、家の中に幾つかある寝床で昼寝をします。
家族各々のベットや布団の上が大好きです。
私の古いデスクチェアーもゆったりとしているのでお気に入りです。
そして窓際の特等席もノルンの寝床です。
最近では、小春日和のあわあわとした日差しの中で、
腹を出して伸びをして安心しきってごろ寝をします。
ぐーたらノルンですが、本当に愛おしいです。
2015年10月21日水曜日
紅葉谷と聚遠亭の早紅葉
播磨の小京都と呼ばれる龍野は、
春は桜、
秋は紅葉、
と四季の風景を気軽に楽しめる美しい町です。
先日ちょっと早いかなぁと思いながら、
紅葉を楽しみに紅葉谷から龍野公園を散歩しました。
森の小径では、
木漏れ日と清涼な風と
鳥のさえずり、
虫の鳴き声、
に包まれました。
ベンチに腰掛け、しばし本を読みましたが、
とても安らぎの時間となりました。
その時の心地良さを、
ほんの少しだけ
おすそわけ
しますね。
春は桜、
秋は紅葉、
と四季の風景を気軽に楽しめる美しい町です。
先日ちょっと早いかなぁと思いながら、
紅葉を楽しみに紅葉谷から龍野公園を散歩しました。
森の小径では、
木漏れ日と清涼な風と
鳥のさえずり、
虫の鳴き声、
に包まれました。
ベンチに腰掛け、しばし本を読みましたが、
とても安らぎの時間となりました。
その時の心地良さを、
ほんの少しだけ
おすそわけ
しますね。
2015年10月18日日曜日
素晴らしき、一本松
15日、ボーさんが「連中を代表して担いでくる」と祭り装束に着替えました。
それで宮に送り出す前に記念写真を撮りました。
一本松連中は、北浜小学校の同級生であり、今年55歳を迎えます。そして一本松連中を組んで40年となりました。
各々、いろんな事がありました。そして今もそう、これからもそうなのでしょう。若いときの様には体が動かなくなりました。持病を抱える者もいます。大病をする者も現れました。現在進行形の者もいます。
たとえ顔を見ずとも、会わずとも、互いを気遣う心があります。それが一本松連中の心意気なのだと思います。それをボーさんが体現してくれたのだと思います。
カズヤとタカちゅんが全快して、11月22日(日)に全員揃ってどんどんでカラオケできること、楽しみにしています。
それで宮に送り出す前に記念写真を撮りました。
一本松連中は、北浜小学校の同級生であり、今年55歳を迎えます。そして一本松連中を組んで40年となりました。
各々、いろんな事がありました。そして今もそう、これからもそうなのでしょう。若いときの様には体が動かなくなりました。持病を抱える者もいます。大病をする者も現れました。現在進行形の者もいます。
たとえ顔を見ずとも、会わずとも、互いを気遣う心があります。それが一本松連中の心意気なのだと思います。それをボーさんが体現してくれたのだと思います。
カズヤとタカちゅんが全快して、11月22日(日)に全員揃ってどんどんでカラオケできること、楽しみにしています。
酒飲みねぇ、スシ食いねぇ
今年の祭りは、兄のこともあって家でじっとしていようと思っていましたが・・・
耕太郎が間際になって急に「小頭になるから家で連中のご飯して!」と言い出して、まぁエエかと燦欄連中(といっても二名だが)に振る舞う酒や肴を用意して、13日から15日にかけての晩朝晩朝、「酒飲みねぇ、スシ食いねぇ」と陽気に過ごすことになりました。何もできないけれど酒だけはと、良い酒を用意しました。
目指したのは25年前に加古川明姫幹線沿いにオープンしたワインフィールド・ウィンズァー、私はこの店でワイン教えて貰いました。訪ねたのは十数年振りでしたが、ご主人がたいへん元気で、なんというかほんとに嬉しくなりました。
そのご主人に、日本酒がほぼ始めての若者に、飲みやすく旨い酒をという要望をお伝えすると、純米大吟醸の二本を勧めて頂きました。
14日と15日の朝は、家の用事を済ませてから、一本松連中万ちゃん宅でおよばれしました。アルコールもご馳走も控えなければいけない理由があって、飲まない食べないを決め込んでいたのですが、14日にさっそくその禁を破ってしまいました。
連中の甘い誘惑と、威勢のよい掛け声「酒飲みねぇ、スシ食いねぇ」についぐい飲みに一杯日本酒を注いで貰い口を付けました。でもそれが悪かった・・・
旨い酒でした。甘みが抑えられたシャープな飲み口に、いやしんぼのたがが外れてしまいました。そして気付けば、一本いってしまいました。
連中が「飲んだらあかん、ゆうとったんとちゃーうんか?」といじってきましたので、
「くうたらあかんのに、くえる口があるからこまっとんのやろう」とのたまってしまいました。イチャさんに家まで送ってもらって、気が付いたら夜の10時でした。
遅ればせながら・・・万ちゃん、奥さん、有り難うございました。
耕太郎が間際になって急に「小頭になるから家で連中のご飯して!」と言い出して、まぁエエかと燦欄連中(といっても二名だが)に振る舞う酒や肴を用意して、13日から15日にかけての晩朝晩朝、「酒飲みねぇ、スシ食いねぇ」と陽気に過ごすことになりました。何もできないけれど酒だけはと、良い酒を用意しました。
目指したのは25年前に加古川明姫幹線沿いにオープンしたワインフィールド・ウィンズァー、私はこの店でワイン教えて貰いました。訪ねたのは十数年振りでしたが、ご主人がたいへん元気で、なんというかほんとに嬉しくなりました。
そのご主人に、日本酒がほぼ始めての若者に、飲みやすく旨い酒をという要望をお伝えすると、純米大吟醸の二本を勧めて頂きました。
14日と15日の朝は、家の用事を済ませてから、一本松連中万ちゃん宅でおよばれしました。アルコールもご馳走も控えなければいけない理由があって、飲まない食べないを決め込んでいたのですが、14日にさっそくその禁を破ってしまいました。
連中の甘い誘惑と、威勢のよい掛け声「酒飲みねぇ、スシ食いねぇ」についぐい飲みに一杯日本酒を注いで貰い口を付けました。でもそれが悪かった・・・
旨い酒でした。甘みが抑えられたシャープな飲み口に、いやしんぼのたがが外れてしまいました。そして気付けば、一本いってしまいました。
連中が「飲んだらあかん、ゆうとったんとちゃーうんか?」といじってきましたので、
「くうたらあかんのに、くえる口があるからこまっとんのやろう」とのたまってしまいました。イチャさんに家まで送ってもらって、気が付いたら夜の10時でした。
遅ればせながら・・・万ちゃん、奥さん、有り難うございました。
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