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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2015年9月20日日曜日

松陽高校vs.神港学園(平成27年度秋季兵庫県高校野球大会) 詳報

朝一、お墓掃除をしてから姫路球場に出かけました。快晴の下で、試合は始まっていました。バックネット裏に通ずる通路を通ってスタンドに入ると、二回裏神港学園の攻撃です。
0-1となっていました。そして一塁側スタンドに進んだとき、8番日景君の打撃の快音が響き、打球は大きな放物線を描いてレフトスタンドで跳ねました。
0-3、ここから「逆転の松陽」の反撃が始まる、そう思って試合観戦が始まりました。

平成27年9月19日(土)
平成27年度秋季兵庫県高校野球大会
一回戦:松陽高校vs.神港学園 詳報(ウインク姫路球場)

先攻:松陽高校
1番 SS小河原6
2番 2B肱岡10
3番 1B長谷川3
4番 RF植山9
5番 LF北野17
6番 C小野2
7番 3B岸本12
8番 CF谷18
9番 P本郷1

後攻:神港学園
1番 2B黒岩4
2番 3B山本17
3番 SS松岡5
4番 RF河野9
5番 CF三宅8
6番 LF臼井7
7番 1B村上3
8番 C日景12
9番 P大西1

-10:00前試合開始-

10:40
《4回表:松陽高校攻撃》
1番 小河原6 ライトフライ
2番 肱岡10 三塁側セーフティバントトライ1-3A
3番 長谷川3 センターフライ

松陽高校 000
神港学園 030


《4回裏:神港学園攻撃》
5番 三宅8 死球
6番 臼井7 送りバント3-4A 8→二塁進塁
7番 村上3 空振り三振 8→三塁盗塁
8番 日景12 レフトタイムリーヒット 8→得点1
9番 大西1 ライト前ヒット 一二塁
1番 黒岩4 レフトフライ


松陽高校 000 0
神港学園 030 1

《5回表:松陽高校攻撃》
4番 植山9 ショートゴロ
5番 北野17 空振り三振
6番 小野2 右中間二塁打
7番 岸本12 ピッチャーライナー

松陽高校 000 00
神港学園 030 1

※松陽高校 守備変更
9番 P本郷1→P出口5

《5回裏:神港学園攻撃》
2番 山本17 見送り三振
3番 松岡5 セカンドゴロ
4番 河野9 セカンドゴロ


松陽高校 000 00
神港学園 030 10

11:00
《6回表:松陽高校攻撃》
8番 PH俵7 ライトフライ
9番 出口5 ショートフライ
1番 小河原6 ショートゴロ6-E3
2番 肱岡10 空振り三振

松陽高校 000 000
神港学園 030 10

※松陽高校 守備変更
5番 LF北野17→CF
8番 PH俵7→LF

《6回裏:神港学園攻撃》
5番 三宅8 ライト前ヒット→二塁進塁刺殺
6番 臼井7 ピッチャーゴロ
7番 村上3 セカンドゴロ

松陽高校 000 000
神港学園 030 100

《7回表:松陽高校攻撃》
3番 長谷川3 空振り三振
4番 植山9 空振り三振
5番 北野17 セカンドフライ

松陽高校 000 000 0
神港学園 030 100

《7回裏:神港学園攻撃》
8番 日景12 ライト線二塁打
9番 大西1 送りバント3-4A 12→三塁進塁
1番 黒岩4ピッチャー強襲ヒット 12→得点1
2番 PH吉田18 サードゴロ 4→二塁進塁
3番 松岡5 WP 4→三塁進塁
4→ホームスチール敢行本塁刺殺

松陽高校 000 000 0
神港学園 030 100 1

※神港学園 守備変更
2番 PH吉田18 →SS平沢
3番 SS松岡5→3B


《8回表:松陽高校攻撃》
6番 小野2 レフト前ヒット
7番 岸本12 空振り三振
8番 俵7 右中間長打 二三塁
※神港学園の判定異議申し立てがあり、俵君一塁アウト 2→三塁で試合再開
9番 出口5 空振り三振

松陽高校 000 000 00
神港学園 030 100 1

《8回裏:神港学園攻撃》
3番 松岡5 アウト
4番 河野9 センターフライ
5番 三宅8 左中間二塁打
6番 臼井7 見送り三振
7番 村上3 右中間ライトフライ



松陽高校 000 000 00
神港学園 030 100 10

《9回表:松陽高校攻撃》
1番 小河原6 センターフライ
2番 PH長岡11 ファーストファウルフライ
※神港学園 守備変更
8番 C日景12→C藤田2
3番 長谷川3 三振振り逃げ2-3A

松陽高校 000 000 000  得点:0 安打:2 エラー:0
神港学園 030 100 10×  得点:5 安打:10 エラー:1

-11:48試合終了-

得点経過だけを見れば、松陽高校は神港学園に押し切られた様に見えますが、三回裏の長打攻撃回以外は、緊張感のある見事な投手戦であったと思います。
松陽高校の本郷君、5回裏から後を継いだ出口君、また神港学園の大西君、ダイナミックなフォームでどんどんと打者との勝負を楽しんでいました。出口君はフォロースルーがとても力強かった。神港学園の好打者を、その勢いで詰まらせていました。大西君は柔らかなフォームからの切れの良いストレートと落ちる変化球で松陽打線を翻弄しました。
そして両チームともバックの守備が素晴らしかった。投手を守り立てていました。
松陽高校の二安打は、小野君のヒットです。小野君には失礼な言い方になりますが、これまではおどおど感が見て取れましたが、このひと夏で何かを掴んだように思います。弱気も高揚感も見せずに、ただプレーに集中している、ゲームにただ集中する術を掴んだように思います。それは、小野君だけでなく新松陽ナイン全員が取り組んでいるように思えます。
この試合、これまでの試合で松陽高校のリードオフマンして見事な活躍を見せていた平田君の名前がありませんでした。練習中に怪我をして、大事を取った様子です。
本郷君も満身創痍で本来のピッチングが出来なかった様子です。
他にも、痛みや怪我を押しながら、野球に取り組んでいる選手がいます。
どうかしっかり体も心もケアしながら、また各自体調管理に努めて、これからの大切な試合を万全の状態で望めるように、心を砕いて欲しいと思います。

神港学園には、この先も勝ち進み、選抜の切符に手が届きますこと期待しています。

2015年9月19日土曜日

「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」に出会いました。

そして昨日夕方、さらに久し振りにジュンク堂でぶらぶらと本探訪しました。
話題本のコーナーで、一冊の絵本に目が留まり、手に取り立ち読みしました。
その絵本のタイトルは
「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」といいました。
くさばよしみ 編、中川学 絵と表紙絵に描かれています。

以前テレビで武田鉄矢さんが紹介されていた「せかいでいちばんつよい国」というタイトルの絵本を思い出し、この絵本もきっと今の世の中へのアンチテーゼを描いたおとぎ話なのだろうと想像しながら読み始めました。
でも、おとぎ話だと思っていた話は、実は本当にある小国の大統領が、ある国際会議でスピーチした内容でした。
その大統領とは、南米ウルグアイのホセ・ムヒカ大統領です。
2012年6月にブラジルのリオデジャネイロで開かれた各国首脳レベルが集う「環境と開発に関する国際連合会議」(リオ+20と呼ばれる)で、大国の首脳から持続的な開発を謳うスピーチが続いた後、最後にホセ・ムヒカ大統領が登壇し、このスピーチを行いました。
この会議の模様をネットで調べてみると、あるサイトに次の様に書かれていました。
----引用----
http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/
リオ会議では各国首脳が集まり、地球の未来を議論し合う場なのに、各国首脳は自分のスピーチを終わらせたら、ひとり一人と消えて行ってしまいました。世界中から何時間もかけてこの場に来ているのに、みな人の話は聞かず自分のスピーチで済ませている代表者が多いリオ会議だったと思います。
ウルグアイのような小国の大統領は最後の演説者でした。彼のスピーチの時にはホールにはほとんど誰もいません。そんな中、カメラの前での残したスピーチは、その前まで無難な意見ばかりをかわし合う他の大統領とは打って変わって、赤裸々に思っていることを口にしています。世界で最も「貧乏」な大統領といわれているエル・ペペ(愛称)が世界に対してどんなメッセージを残したのでしょうか。私にとってはいつも考えなければならない重要なスピーチにもなりました。
----------
私も、このブロガーと同様に、ホセ・ムヒカ大統領のスピーチを読み進めるうち、共感だけでなく、言いようのない苦みも覚えました。
普段なにげに思っていても、たとえ言葉にしたとしても、今自分が生きている世界への冷笑や皮肉で終わらせてしまっている事柄、今私たちが誰かの利益のために強要された幸福の定規に苦しめられている事柄を、ホセ・ムヒカ大統領は、誠実に、そしてとても分かりやすい(子供でも大人でもだれでも)言葉で、それは間違っていると話されていました。
メッセージの中でホセ・ムヒカ大統領は、古代の賢者の言葉を紹介されていました。
「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

ホセ・ムヒカ大統領は、国民の中から、国民みんなの親しみと尊敬で大統領になった方なのだと思います。あまり経済的に豊かで無い国の、一人の国民として、でもそんな祖国の中に国民みんなが共有できる幸せを見出して、自ら率先して幸せを喜ぶ、楽しめる人なのだと思います。
親しみと尊敬をいだく事ができる自分たちのリーダーを持つことが出来たウルグアイの人達が、本当に羨ましく思います。

そしてこの絵本、次は必ず購入して、心を尽くして朗読したいと思います

旨辛至福

昨日はだいぶ疲れがあって、ガツンと刺激をもらって元気になるために(と、のたまっていますが、本当はただ食べたくて)陳麻家で激辛・旨辛の担々麺と陳麻飯を頂きました。

担々麺セットを注文しました。注文してホンマ直ぐに料理が運ばれてきました。
担々麺とハーフサイズの陳麻飯、どちらも凄く旨辛なんですが、特に陳麻飯の辛さは半端じゃありません。四川山椒のビリビリと唐辛子のガツンな辛さがストレートに体に心に届くのです。一気に発汗し、気持ちが高揚し、そしてもくろみ通り疲れが吹っ飛びました。あんまし辛いもの、そして辛いスープは飲んではいけないのですが、でももったいない精神が頭をもたげ、一滴残らず飲み干しました。
は~っ旨かった。

2015年9月16日水曜日

世界が一つの国ならば

創世記の時代、バベルの塔事件が起こります。
神が作られた人間は、地上にどんどんと増え広がって、やがて人間の王を立て、神と競う暴挙に出ます。人間の王は万人を使って天に届く塔を築こうとしたのです。
神は怒り、鉄槌を下します。
大地を揺るがして塔を砕き、人間の言葉を乱して会話を通じなくしました。
そして人間は、もはや群れることができず、大地に散り散りになりました。

バベルの塔事件は、聖書の記事の中でも特に人間にとって大きな事件であったと思います。
この事件の後、人間同士袂を分かち、言語が同じ者が国を作り、宗教を持ち、人種が分かれました。

でも、もしバベルの塔事件が起こらず、人間が神の鉄槌を受けずに現代まで続いていたとしたらどうでしょうか?
世界中の人間が、同じ言葉を話し、一つの国を営み続けていたかもしれません。
その国にも人間のための憲法があるでしょう。
宗教の自由、
誰もが信ずるものを見出す事ができ、他者はそれを認めること
人権の尊重、
誰もが安全を保証され、学ぶこと、仕事につくこと、恋愛すること、の自由と権利が与えられること
戦争放棄、
武力によって争いを起こさないこと
そして、その国を束ねるのは、一握りの王からしれないし、国民の代議員であるかもしれないけれど、国民の庇護者でなければなりません。

もしも世界が一つの国であったなら
通貨は一つである筈です。通貨は物の売り買いに使われますが、通貨の価値が変動することはないでしょう。ですから通貨の価値を操作して大儲けしようとか、経済を混乱させようという悪巧みはありません。

家族の喪失

23年前、父が亡くなりました。
亡くなる2週間前、父が胸の痛みを訴えたので近くの病院で検査を受けると、肺が真っ白になっていました。しかも腫瘍の影があると言われました。それで緊急入院しました。
入院してすぐ、昏睡状態に陥りました。それから亡くなるまで、処置と言えば喉に溜まる痰の除去と点滴による水分と栄養補給、そして酸素吸入だけでした。
検査の後すぐに、医師から厳しい状態と告げられて、しばし呆然としたことを覚えています。とにかく兄姉に連絡をして、妻に連絡して、母に連絡をして、親戚に連絡をして・・・そして、父の最後の瞬間を見届けたい、最後まで看取りたいという誘惑に駆られて、会社にしばらく休むと連絡を入れました。

その日から簡易ベッドを持ち込んで、姉達と代わる代わる昼夜の付き添いが始まりました。付き添いのそれぞれが、それぞれの経験をしました。
私は、父が入院して1週間目に父の死別した前妻の兄弟で父の義兄にあたる父とは一番気が合った叔父さんが見舞いに来てくれた時、父が突然に意識を取り戻したのを目撃しました。父はその2年前に脳梗塞を患って右半身が麻痺の状態になっていました。言葉も発っせなくなっていましたが、言葉も無く二人は抱き合いしばしの別れをしました。そして叔父さんが帰った後すぐ、また昏睡状態に陥りました。
その後、一度がばっと上半身が起き上がったことがありましたが、それは反射動作であると後で医師に言われました。人間、意識がなくとも酷い痛みに襲われると反射で体が反応するというのです。

兄は銀行マンで、当時長崎にいました。長崎から毎週病院に駆け付けるのは大変だったと思います。そして、父が亡くなる二日前だったか、兄がまた帰ってきました。五人の兄弟姉妹が病室階の談話室に集まり、夜遅くまで話をしたことを思い出します。
そして、父が亡くなる前夜の事です。尿を取る袋や点滴の管が血液で真っ赤に染まっていました。父は体が強い人でした、心臓が強い人でした、ですから意識を無くした後も、2週間近く生き存えてきました。でも、いよいよ体も限界に近づいたこと、みんなが悟りました。

そして、父が亡くなる日を迎えました。
昼時でした。家族はみんな病院に集っていましたが、母と姉達が昼ご飯をとるために病院を離れていたときです。もう何十回目となるのか、痰の除去のために医師と看護師が部屋に入り、兄と二人で病室の外に出ました。病室は看護師詰め所の隣でした。看護師詰め所には、何台かのモニターが動いていました。その内の1台のモニターに表示された数値が段々と小さな数字に変化していることに気が付きました。兄もそのモニターを見ていました。そしてその数値は一桁になり、やがて0になりました。
病室内が急に忙しくなって、そして医師が部屋の外に出、私たちに臨終を伝えました。
私は、その2週間前、ある誘惑に駆られました。そして、家族のことも仕事のこともほっぽらかして、その事だけに腐心しました。そして、それは成されました。しかし、残ったのはぽっかりとした大きな穴だけでした。

今、兄の子供たち(子供といっても、もういい年の大人ですが)が、同じ経験をしています。表の顔は皆、現代っ子(といっても、もういい年の大人ですが)らしく笑顔とおふざけが堪えないですが、行動には誠心誠意が溢れています。私とは大違いです。
ですから、彼らには、別れの日を迎えた後、ぽっかりとした大きな穴では無く、全く違うもの、彼らが示した愛情の豊かさで、それぞれが、それぞれの心を満たしてくれたらと思います。それが兄の願いでもあると思います。

2015年9月13日日曜日

昨今の高速道路、恐ろしいです

最近、週に一二度、高速道路やバイパス道路を利用するのですが、毎度走行中恐ろしい暴走運転車に遭遇します。

まるでサーキットで周回遅れの車を抜き去る如くに、後ろから高速で近づいて、急に車線を変更してこちらの車を追い越しながら車を寄せて、前に割り込んでくるのです。ほとんどあっという間の出来事で、そんな暴走車が近づいてくるまで気付かないこともしばしばです。それをジグザグに繰り返し、前へ前へと急ぐのです。

そんな暴走車が、時には2台同時に現れて、抜きつ抜かれつするのです。自分の車が直接関わらなくても、後方や前方でそんな暴走行為を見かけると、ゾッとします。万一接触してしまえば、一気に重大事故に繋がるのですから・・・・

そして、本当に昨今事故による渋滞が多いです。
車は、無感情なだけでなくいつか故障する運命の代物です。そのために、しっかりと整備をして故障の発生防止に努めなければいけないし、また運転中は事故を起こさぬように、法規を守った運転に努めると共に、万一故障や事故が発生しても、慌てず安全に停止出来るように注意を怠ってはいけない代物です。ドライバーひとり一人が、同じ道を走行するすべてのドライバーの命運を握っているといっても過言ではありません。
私は、そういう気持ちを持ち続けて運転していこうと思っています。
すべてのドライバーが、またそうであって欲しいと切に願います。