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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2014年3月30日日曜日

春季大会が始まりました。

平成26年兵庫県高校野球春季播淡地区トーナメントが始まりました。
夕方遅く、雨が降り始めた頃に帰ってきた耕太郎に東播の結果を尋ねると
3-0で勝った、と教えてくれました。
いよいよ始まった、という感慨を覚えます。

兵庫県高校野球連盟大会組み合わせ

ですが・・・・、雨だいぶ降り続く様子で、明日試合ができるのか心配です。
もし明後日に順延になるようであれば、観戦は叶いません・・・
雨よ!あまり降り続くな!朝には降り止んでくれ!
と願っているところです。そしてなかなか寝付けません。

三月に入り観戦した練習試合で撮影した写真をアップしました。
対戦チームは、どこもよくバットが振れているという印象を受けました。
そして松陽高校も負けず、チームの打力はずいぶん向上しました。
チームの課題はまだまだありますが、一戦一戦、試合を重ねる度、チームは進化しているという心丈夫な印象を覚えます。
大会では、一つ一つのプレーに集中して、チームの勝利に一丸となって挑んでくれることを願います。

2014-03-08 練習試合(伊川谷)
№1
№2
2014-03-22 練習試合(福崎)
№1
№2
2014-03-23練習試合(科学技術)
№1
2014-03-25 練習試合(神戸高専)
№1
№2
№3

2014年3月22日土曜日

消費税増税が、真の社会福祉サービス充実に繋がる事を願います。

消費税8%が、いよいよ始まります。
今回の、消費税5%からの増税分3%は、年金・医療・介護・少子化対策などの社会福祉に当てられるといいます。
しかし、「社会福祉財源の充実と安定化」というアドバルーンに懐疑です。
まずは財源確保ありき、詳細はこれから・・・、では結局、名目予算に有象無象が群がって、「真の社会福祉の充実」が骨抜きにされ、社会福祉に従事する者、そして社会福祉サービスを受ける者が蔑ろにされるのが目に見えます。

高齢化社会への対応とともに、
少子化対策、というよりも子どもを安心して、また健全に育てられる社会の再構築が、急ぎ求められています。
一番必要なのは、新しいハードウェアではなく、成長するマンパワーです。
社会福祉に従事する、貢献する者の地位が長期的に安定し、スキル向上の機会と、成果によって所得増が保証されれば、優秀な人材はすぐに確保できます。そしてマンパワーさえ確保できればすぐに事業は行えます。

現代は、社会活動が昼間だけで行われる時代から打って変わり、24時間活動する社会に変貌しました。24時間、どこかで人が働いているのです。ですから社会福祉施策も大きく転換しなけれいけません。24時間サポートです。社会福祉は警察と同じく、24時間欠かせない事業です。そのためには十分な従事者の確保と、負担の分散が必要です。尚且つ、金銭的な営利を目的としてはなりません。

「人が人を守り、育む」そして「共に成長する」という目的にだけ、財源は使われなくてはならない、と思います。
「子どもは宝」、「人は宝」という理念が、国家、そして社会、すべての私企業の第一の理念になることを強く願い、またそのために財源が生かされることを強く願います。

エール

息子耕太郎は、いよいよ最後の夏を迎えます。硬式野球に憧れて、高校野球で試合をすることに憧れて、休まずトレーニングに励み、体を作ってきました。
しかし、三月、試合が解禁されてから、練習試合で思う様に結果が出ない、それが表面に出ない焦りとなって、空回りに始まり、そして最近ではあきらめの雰囲気さえ漂わせる様になりました。

自分の力ではどうしようも出来ない事は確かにある。だけどゴールが決まっている中で、そんなことに憤ったり諦めたりするよりも、ただ全力を出し切ってゴールを目指すことこそ重要だ。
これからの長い人生、行く先々で幾つもの目標に挑まなければならないし、そこには必ず、試練が待っているものだ。試練を越えて目標に到達できることもあれば、試練に打ち負かされることもある。重要なのは、一つ一つのチャレンジで自分の力を出し切れたかどうか、と云うことではないかと思う。
目標に到達できたのであれば、自分のため、そして後に続く者のために、歩んだ道をより良い道に整備しなければならないし、さらに高い目標、もくしは別の目標に向かう準備をしなければならない。
たとえ打ち負かされたとしても、やりきったという思いがあれば、敗因はただ自分の力不足であったというだけである。再びチャレンジする時、「己を知り相手を知れば百戦危うからず」の格言が示す通り、必ず道を開くことが出来る。

Action:まずは力不足を解消し、
Plan:確かな計画を立て、
Do:誠意も持って実践し、
Check:常に進捗管理を怠らなければ
必ず目標に到達することが出来る。

だからどんなチャレンジも、どんな結果も、次のチャレンジに生かせる様に、全力を出し切らなければいけないと思う。もったいない、と思う。
そして、どんなチャレンジにも、行動にも
まず、準備をし、段取りを確認し
計画を立て、
実践し、
評価し、
改善を繰り返して前に進む
そして後片付けをして綺麗に終わる
を、当たり前に出来る様、心掛けなければならない、と思う。

耕太郎は、不自由な環境しか与えられなかった中で、その中で、一生懸命、野球に打ち込んでくれたと思う。野球を好きになってくれたと思う。
だから、ラストスパート
もうあれこれ悩まず、出来ることは全てやったと気持ちを吹っ切って、チームにできること、自分に出来ることに、全力で向き合って欲しいと思う。
そして、高校野球にチャレンジする始まりに抱いた気持ちを、今こそ思い出して、ラストスパートを全力で楽しんで欲しいと思う。

このエールを、耕太郎、そして仲間達全員に贈ります。

2014年3月19日水曜日

70回目の献血を行いました。

月曜日、70回目の献血を行いました。
献血がおわり待合室で休んでいると、受付の方がこられて
献血回数70回の表彰状と恩賞が贈られますと案内を受けました。
夏にその年度の締切があって、11月に自宅に直接送られます、忘れた頃に届きます、と笑いながら話して下さいました。

目標100回までの一里塚ではありますが、謹んで頂きたく思います。

2014年3月13日木曜日

戯曲”Novecento. Un monologo”(邦題「海の上のピアニスト」)を読みました。

「何か良い物語があって、それを語る相手がいれば、人生捨てたもんじゃない…」

この素敵な文句がいきづく映画「海の上のピアニスト」に、最近すっかりはまっていますが、この映画の原作本を買い求め読みました。

イタリアの作家アレッサンドロ・バリッコさんが1994年に書かれた戯曲”Novecento. Un monologo”(邦題「海の上のピアニスト」、邦訳 草皆伸子さん)です。
イタリア語”Novecento”は、数字の900を意味するそうですが、もう一つ俗に「20世紀」という意味で使われる単語である様です。

戯曲「独白、ノヴェチェント」の前書きで、アレッサンドロ・バリッコさんは次の様に書かれています。
--
わたしはこの作品を、俳優エウジェニオ・アッレグリと演出家ガブリエレ・ヴァチスのために書いた。かれらはこれを今年の七月、アスティ・フェスティヴァルで初演してくれた。それだけで、はたして「わたしは戯曲を書いた」という資格があるのかどうか。こうして本に出版されてみると、この作品は芝居と声に出して読むべき物語のちょうど中間にあるような気がする。蛇足ながら、このような作品がぴったりと収まるカテゴリーは存在しないと思う。いずれにせよ、わたしにはいい話に思えるのだ。語るだけの価値がある話に。そのうえ、この話が誰かに読んでもらえるとすれば、これに優る喜びはない。
1994年9月 A・B
--
この物語は、本当に良い話です、そして語る価値のある話だと思います。
戯曲は、一人のトランペット吹きの独白で進みます。
映画を観ていて、特に気に入ったセリフや時に意味不明に思えるセリフがありましたが、すべては戯曲に書かれたセリフでありました。また映画で、三等乗客の談話室でピアノを弾くノヴェチェント(映画では1900)の演奏に、室内に漂う臭いニオイに鼻を押さえながらも聴き惚れる紳士の姿がありましたが、その紳士の素性も戯曲に書かれていました。

謎のレコードや、無垢な少女とのエピソードは、映画化される時に、新しく加えられたことを知りました。でもその脚色によって、映画のストーリーは、より奥深さと切なさが増しのだと思います。

船の上のピアニスト、ノヴェチェント(映画では、ナインティーン・ハンドレッド)は、はたして人間であったのでしょうか?私には、船の精霊、もしくはピアノに宿る精霊であった様に思います。ユーモラスでありながらも、とても神秘感の漂うノヴェチェント、あなたも是非、映画で、そして戯曲でノヴェチェントに会いに行かれては如何でしょうか。

2014年3月7日金曜日

平成26年兵庫県高校野球春季播淡地区トーナメントが発表されました。

いやぁ~勘弁してくれ~って言いたくなるほど寒いですね~
3月に入って再び強烈な寒波です。風邪気味の体にはホント堪えます
(T_T)

でも季節は確実に球春へ近づいてもいます。
今年、平成26年の兵庫県高校野球春季大会の播淡地区トーナメントが発表されました。
松陽高校は、第一戦、昨年秋季の大会で敗れた洲本高校と対戦です。
「江戸の敵を長崎で討つ」ではないですが、松陽高校ナインには昨年淡路球場で持ち帰れなかった「勝利」の二文字を、是非地元高砂球場で高々と掲げてくれることを楽しみにしています。

 

朗読「海の上のピアニスト」、作りました。

今週の始めに連休があって、海に行こうか、山に行こうか、いろいろと長歩き(格好良く言うとトレッキングでしょうか・・・)の計画を立てていたのですが、先週末に風邪を引き、また足首を痛めて、あえなく家で寝て過ごす羽目になりました。

そして幾つかビデオで映画を観ました。その中でも「海の上のピアニスト」は何度も見、しまいに映画を紹介する朗読ビデオでも作ろっと、と思い立ち、そして作りました。
風邪でかすれた鼻声ではありますし、エイヤァってな調子の作りではありますが、この物語は素晴らしいのだ!という熱意はお伝えできるかと思います。
へへ、どうぞお聞き下さいって、感想を頂ければと思います。
m(__)m


映画ですが、1カ所、日本語の単語が出てきます。「音楽」という単語です。1900の育ての親ダニーの葬儀の場で、1900は初めて音楽に接します。音に不思議がる1900に、アジア系の女性がそっと「音楽よ」と囁くのです。音楽、という言葉の響きがとても良いのです。



-朗読物語 海の上のピアニスト-

何か良い物語があって、
        それを語る相手がいれば、
            人生捨てたもんじゃない…

一人の薄汚れたトランペット吹きが、唯一の財産であるトランペットをお金に換えるために楽器店に来ました。
トランペット吹きは、20ドルで売り払ったトランペットを、最後に一度だけ吹かせてくれる様店主に頼み、題名のない、でもとてもロマンチックな曲を演奏しました。
その曲を聴いた店主は、やおら一枚のレコードを取り出して蓄音機に掛けました。スピーカーから美しいピアノの旋律が流れてきました。それはトランペット吹きが演奏した曲と同じ曲でした。

店主がトランペット吹きに尋ねます。
「君はこの曲を知っているのか?誰が作ったのだ?そしてこの見事なピアノ演奏をしているのは誰かね?」
トランペット吹きが、そのレコードはどこで手に入れたのか?と尋ねると、
店主は
「明日、海に沈められる船から払い下げられたピアノを買った。そのピアノの中に隠されていたのだ。割れていたが、貼り付け修復したのだ。」と話します。
店主が指さした先にはとても懐かしいピアノがありました。
トランペット吹きは、彼しか知らない秘密の物語、彼の中で伝説となったあるピアニストの物語を語り始めました。

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1900年、ヨーロッパからの移民を乗せた豪華客船ヴィクトリア号がニューヨークに着きました。
乗客が降りた船内、一等乗客用の社交室にあるピアノの上に、一人の赤ん坊が置き去りされているのを船員が見つけました。
赤ん坊を見つけた船員は、移民局に届けず、赤ん坊を船の中で育てる事にしました。
そして船員は、1900年に生まれた赤ん坊だからと、NINETEEN-HUNDRED(以下、1900)と名付けます。

1900には記録が何一つありません。国籍も戸籍も誕生日さえありません。
ですが船の中で、船員達に愛されて1900はすくすく成長しました。

1900は、8才になったある日、進入を固く禁じられた場所に入りました。
そこは貴族やお金持ちが着飾り過ごす一等乗客用のキャビンです。
そして1900は、社交室で華麗にピアノ演奏するピアニストに釘付けとなりました。
その日から1900は夜な夜な社交室に忍び込んではピアノを演奏する様になりました。
それは見事な演奏で、いつしかキャビンの噂となり船長の耳にも届きました。
船長は1900の演奏を見て、船の専属ピアニストにすることを決めました。

そして数年が経ちました。
1900は青年に成長して「海の上のピアニスト」となりました。
その頃です、ひとりの若きトランペット吹きがバンドマンとして船に乗り込んできました。
トランペット吹きはマックスと名乗ります。
ジャズ演奏がとても上手でした。
ですから、バントの演奏中にも関わらず突然に指揮者を無視して即興演奏にふけってしまう1900とはすぐに打ち解け、とても良い友だちとなりました。
1900はどんなジャンルの曲でもピアノで演奏できました。
それだけでなく乗客のひとり一人の人生を見透かして曲にして奏でることも出来ました。


そんなある日、当代一のジャズピアニストが、1900に即興演奏の対決を挑んできました。
そして船上で世紀の対決が始まります。
先に演奏したのは当代一のジャズピアニストです。
ジャズピアニストは見事な演奏で観衆を魅了しました。
そして演奏が終わると、1900を挑発しました。
でも1900には人と争うという気性がありません。彼にとって演奏とは、美しい曲を奏でるすべでしか無かったからです。
ですが、マックスが1900の勝ちに全財産をつぎ込んでいたこと、またジャズピアニストの見事な演奏に刺激され、ジャズピアニストを上回る神がかりな演奏を披露して、世紀の対決を制しました。

1900の名声は、今や船外にも鳴り響く様になりました。
でも1900は船の外に全く興味がありません。
しかし、ある航海で出会った乗客から「海の声」の話を聞き、船上では聞くことが出来ない、陸の上でしか聞くことが出来ない「海の声」にとても興味を抱きます。
その乗客は、昔農夫でした。
ですが、ある年の干ばつで農地は廃れ、妻と四人の娘も病気で失いました。
農夫は生き残った末の娘を残し失意の旅にでました。
その失意の旅の途中で初めて海を見ました。
それは稲妻に打たれるほどの衝撃でした。
海が怒号で叫んでくるのです。
大きな力強い声で、繰り返し繰り返し。
「人生は無限だ!分からんのか、愚か者!」
そして農夫は、人生を最初からやり直す、決心をしました。


1900は、船上でレコーディングすることになりました。
彼の音楽は金になるとレコード会社が乗り込んできたのです。
1900はピアノの前に座り、船窓から見えるデッキの風景を眺めていました。
ひとりの少女が窓に映ります。無垢な少女の仕草に、彼は生まれて初めて淡い恋心を覚えます。
そしてとてもロマンチックな曲を奏でました。
レコーディングは大成功で、一枚のレコードの原盤が出来上がりました。
でも1900はそのレコードの原盤を少女にプレゼントすることに決めました。
しかし、1900は少女に告白する愛の言葉を持ち合わせていませんでした。
そして少女にプレゼントを渡すことさえ叶いませんでした。
ですが、少女が船を下りる直前、短い会話をすることが出来ました。
そして少女が、かつて1900に「海の声」の話をした男の娘であることを知りました。

それから何度目かの航海の後、1900は船を下りることを決心しました。
少女を訪ね、そして二人一緒になって「海の声」を聞くつもりです。
マックスは、自分の大切なキャメルのコートを1900にプレゼントしました。
船の仲間全員が1900との別れを惜しみます。
そして遂に1900が船を下りる日が来ました。
ニューヨークの摩天楼に向かって1900はタラップを降りていきます。
しかし、タラップの中程で歩みを止めました。
そしてしばらく街を見つめると、再び船に戻ってしまいました。
そして二度と1900が船を下りることはありませんでした。

月日が流れ、マックスが引退して船を下りることになりました。
それからまたしばらくして戦争が始まり、船は軍の輸送船に徴用されることになりました。

戦争が終わりました。かつてビクトリア号と名乗っていた船は傷み、廃船となる事が決まりました。

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トランペット吹きは、店主に一つの物語を語り終えた後、明日沈められる船に向かいました。
今もきっと船の中に身を潜めて生きている友人を探し出し、船の外に連れ出そうと思ったのです。
そして船主に事情を話し、船に乗り込みました。
でも、何度呼びかけても、友人は姿を見せてはくれません。
トランペット吹きは、店主にレコードと蓄音機を借りて、船の中で友人がかつて演奏した曲を流しました。
それでも姿を見せてはくれませんでした。
諦めて船を去ろうと立ち上がった時、暗がりの中に人の気配を感じました。
彼でした。
彼は姿を現しました。
タキシード姿で、今も若きピアニストのままでした。
彼は言いました。
「僕は、船の外に出る事ができない。」
人生には限りがある。それはピアノの鍵盤と同じで、始まりがあり、終わりがあるということだ。
僕はピアノの88の鍵盤でなら、無限の曲を奏でること出来る。
そして船の中で与えられた人生に満足している。
でも、船の外は果てしが無い。
まるで無限の鍵盤の様で、僕には演奏ができない。
無数の人生に通じる道を僕は選ぶことが出来ないのだ。

そして彼は、船と共に逝くことをトランペット吹きに告げました。
二人は固く抱き合い、そして別れました。


トランペット吹きは、船が沈むのを見届けた後、再び楽器店を訪ねました。
そして、友人を救えなかった事を話しました。
最後に店主が尋ねます。
「君は、誰がピアノにレコードを隠したか知っているのかね?」
トランペット吹きが、自分だ、と応えると
「では君は、とても良いおこないをしたのだよ」と慰めました。

店主は店を出ようとするトランペット吹きを呼び止めます。
店主は、トランペット吹きが店に残したトランペットを抱え
「これは君の大切な品物だろう。美しい話を聞かせてくれたお礼だ。」と言って、トランペットを手渡します。
トランペット吹きは大きく一礼し、店を出、通りの向こうへ歩き去って行きました。
その後ろ姿を、店主はいつまでも見送っていました。

-おわり-