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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2012年7月12日木曜日

見上げてごらん夜の星を。。。


静かな夜です
日中の雑事、喧噪そして心がめいる出来事は
すっかり夜のとばりに覆われて
おとなしく寝入ってしまっているようです

静寂から聞こえてくる大気のリズムと
夜空から降り注ぐ星の光が
心と体をゆっくりと癒やしてくれます

さあ見上げましょう
夜の空を、夜の星を

そして、明日への希望を抱いて
しばし夢の世界へと旅立ちましょう




2012年7月10日火曜日

ウォルター・アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ』、読書感想


昨夜始まった新月9ドラマ『リッチマン、プアウーマン』を家族で見ました。
主人公日向徹は、年商2千億を超えるIT企業の社長で、資産200億という超リッチな独身青年。
白のTシャツに黒のベスト、スニーカー履きでオフィスを闊歩し、歯に衣着せぬ毒舌で、相手を酷くやり込める。人も家具も好みが厳しくプライベートはシンプルで、そして禅に傾倒している。そして決めセリフは『世界を変える!』
あれっ、これってジョブズじゃないか?と感心しながら見ていました。
このドラマの脚本には、昨年刊行された
ウォルター・アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ』が多大に貢献しているのは間違いない?と思います。

長々の前振りとなりました、ゴメンなさい

先日、加古川ウェルネスパーク図書館で借りた
ウォルター・アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ』上・下巻
昨日昼に読み終えました。

この本は、何故私はこうなったか、どのように生きたか、何を残すのか、について親密にできなかった家族に示すメッセージでした。と同時に、現在の私たちの生活が、如何にジョブズという一人の人間に影響を受けたかを示すレポートでもありました。

物語のあらすじは、すでに2005年スタンフォード大学卒業祝賀スピーチでジョブズ本人が語っています。このあらすじに沿って、彼の肉声、関係者のインタビュー、そして私的なエピソードが綴られていました。

ステーブ・ジョブズ、
彼は、若い頃からアウトサイダーのように振る舞い、そして行動を起こす時、
まず『世界を変える』、『宇宙に衝撃を与える』という途方もないビジョンを示し、また既成の敵を示して、信奉者を熱狂させます。

1984年、Macintosh発売時には
IBMをはじめとする既存コンピュータ企業群を、ジョージ・オーウェルの小説『1984』に登場する悪の支配者ビックブラザーになぞらえて、
『私たち(Apple)は、コンピュータを個人が使える、もっと楽しい、もっと自由なモノとして解放します』と宣言しました。

1997年、瀕死のApple社に帰還した時は、
最初に"Think different"を打ち出し、人類の歴史の中で『世界を変えた』先人になぞらえ、
『Appleは世界を変える』と宣言しました。
それはのち、
iPod、iTunes、iPhone、iPad、iCloudで実現し、
既成のコンテンツビジネス(音楽業、映画業、出版業)の商習慣、流通システムを破壊して、ジョブズの望む新たなデジタル社会を生み出しました。
それは、Appleがデジタル社会の中核(ハブ)となって、
デジタル化されたあらゆるコンテンツ(音楽、映画、映像、書籍、アプリ等)を、Apple製品のユーザに安価に安全に供給するシステムを完全にコントロールし、
ユーザは、Apple製品から簡単にデジタルコンテンツを購入して、最高にクールに楽しめるという社会です。

ジョブズに問う者がいます。
Appleは巨大になり、傲慢そして秘密主義は相変わらず、まるでビックブラザーだと。
しかし、彼は信念を持って、次のように応えます。
『僕はユーザ体験に丸ごと責任を持ちたい。金儲けがしたいからじゃない。すごい製品を作りたいからやるんだ。。。』(本書下巻349頁からの引用)

ジョブズの信念は、Macintoshの時代から一貫しています。
『クリエイティブであること』
そして独創的で優美なフォルムを持ち、革新的な機能に溢れたApple製品は、さまざまなクリエイターの創作意欲をかき立て、新たな道具、そして制作手段となりました。
しかし、現在のデジタル社会は、ユーザをクリエイターやプレイヤーと見なさず、ヴァーチャルな感動体験を求めるだけの消費者に貶めてしまいました。
ジョブズならば、次の一手はまさに
『クリエイティブの再興』であったのではないかと思います。

ステーブ・ジョブズ、
彼が成した、彼が関与した革新に触れたいと思います。

Apple:Macintosh(安価なコンピュータ)に
GUI"Graphical User Interface"を導入しました。
モニターにデスクトップ(机上の絵)が映し出され、機能や作業を示す絵(アイコン)をマウス操作で、実行するのです。
現在ではそれは、Windowsパソコンにとどまらず、スマートフォン、iPad、スマートTVに引き継がれ、操作は感覚的になって、マニュアル(操作説明書)は不必要なものとなりました。
そしてもう一つ、
WYSIWYG"What You See Is What You Get"
モニターに映し出された、美しいフォントや画像、そしてレイアウトを、そのイメージのままプリンターに印刷する機能を実現しました。
この機能によって、15世紀にグーテンベルグが活版印刷機を発明して以来の変革を出版にもたらしました。
現在では、パソコンで作成したイラストや写真を含むドキュメントを、ネットワークを通じて直接印刷する事が可能となりました。20世紀後期まで重厚長大産業であった印刷は、IT産業へと生まれ変わったのです。

NeXTの時代、
世界初となるデジタルブックを制作しました。
オックスフォード大学が蔵書するシェークスピア全集を1枚のCDに収めたのです。
そしてもう一つは、
1991年に、世界初となるウェブブラウザーWorldWideWeb が、NeXTワークステーションで開発されました。
デジタルブック、そしてウェブブラウザーには共通する仕様があります。
"HyperText"仕様です。
本を開けば、目次があり、巻末には索引があります。そして各頁には、語彙の説明が脚注として書かれています。とても便利な仕様です。このアナログ的な"HyperText"の仕様は、すでに古代ローマ時代に確立されていました。
そして20世紀の後半、書物はデジタル化され、語彙にリンク(関連する情報へのジャンプ)が張られました。私たちは、リンクをクリック(選択して押す)するだけで、一瞬で求めたい情報にたどり着けることが可能となったのです。
現在では、この世に無数あるデジタルコンテンツがリンクによって結ばれました。
リンクだけではなく、Google等が提供する検索サービスは、推論によって情報のありかを示してもくれます。
ジョブズは、"HyperText"の先、"HyperMedia"の時代を切り開いたといえるのです。

PIXARの時代、
1995年、世界初となるコンピュータグラフィックスによる長編アニメーション"Toy Story"を完成させ、ウォルト・ディズニーが興したアニメーション産業に、コンピュータグラフィックスの時代を華々しく開きました。
PIXARには、ウォルト・ディズニーまた宮崎駿に匹敵する天才がいました、ジョン・ラセターです。
ジョブズは、天才を信奉します。そしてメセナとなって、自己資金からPIXARに5000万ドルを投入し、ついに"Toy Story"を完成させました。
PIXARの成功は、ジョブズに巨万の富をもたらすと同時に、
彼が希代の製品を作るアーティストというだけでなく、価値あるブランド(AppleそしてPIXAR)を作るアントレプレナーであることを証明したのでした。

ジョブズの推進力は何か?
最後の興味です。
ジョブズは、出生の秘話から少年の頃から、自分は『選ばれし者』と自覚します。
そして独立心と冒険心が並外れて大きく、十代の頃からボブ・ディランに傾倒し、禅に傾倒し、菜食主義に傾倒し、ドラッグに傾倒します。あらゆるものが彼にとって瞑想であった様です。
そして思い当たったのは『物事をシンプルに見る』という悟りです。
彼は巨万の富を手にしてからも、プライベートはとてもシンプルで、邸宅には、セキュリティを施していなかったとも書かれていました。
彼は十代の頃から、信念に従って身を削ってきました。それはもう行者であり、世俗に染まらない生き方でした。
そして、シンプルな生き方、シンプルな芸術に最上の美を見いだしたのでした。
そんな彼に『世界を変える』『宇宙に衝撃を与える』というビジョンが生まれます。
そして彼は『ビジョン』に対して『出来る』という回答しか求めなかったのです。
それが彼一流の『現実歪曲フィールド』思念に帰結したのだと思います。
それが彼の推進力であったと思います。

2012年7月6日金曜日

『自殺の練習』という犯罪


学校で起こったある出来事を、いまでも鮮明に覚えています。
生徒同士が言い争いになって、一人が
『死ね!』と叫びました。
その一言で、廊下にいた生徒らは皆凍り付きました。
先生が飛んできて、その喧嘩をしていた生徒を職員室に引きずっていきました。
そして、各教室では急きょ担任の先生が、
『死ね!』という事が、どんなに酷い事かを生徒らに厳しく指導されました。
昭和44年の頃の出来事です。
当時、『死ね!』という言葉は、禁句であり、それを発するのは犯罪行為と同等でした。

仕事から帰って、7時のニュースを見ていますと
昨年秋に起こった痛ましい事件について周囲の生徒らにアンケートを実施したところ
いじめの行為の中に、『死の強要』があった事が明らかになったと伝えていました。
しかし、その行為の表現があまりに稚拙で呆れてしまいました。
『自殺の練習』
そんな練習などありません、命は一つしかないのです。
『自殺をするように仕向けた』が正しいし、これは明らかに悪辣な犯罪行為です。

現在の私たちは、普通の会話の中で
『死ね』とか『殺すぞ』と言う言葉を発します。
これはなにも殺意を抱いて発している訳では無く、おおむね駄目だしとして使用しているのです。
でも発する側は、言葉の乱用で、言葉が持つ本来の重み、痛みに麻痺します。
しかし、その言葉を投げつけられた側は、いつまでも重み痛みが突き刺さるのです。

私たちは間違った『表現の自由』によって、なんでもありという風潮が蔓延し、
どんどん言葉は破壊され、言葉による表現力、語彙力を失おうとしています。
そして言葉に込められた、『歴史』、『表現』、『道徳』、『戒め』という文化、文明をも失おうとしています。

重大な危機です。

道徳や戒めは、机上や議論からは生まれず、辛い経験によって形成されます。
特に教育に携わる者は、不毛な議論や責任転換で身を貶めることは止め、これ以上辛い経験を繰り返さぬために、自ら道徳に、そして戒めに立ち戻って、身を正し、
『人の道』
を正す者、指導する者として清廉となって働いてほしい、そう願います。
そして私たち、大人と称するものたちの社会にはびこる『不徳』が、子供社会を荒廃させている事に、気づき、身を、そして社会を正さなければいけない、そう思います。

2012年6月30日土曜日

スイカ食べました。


おはようございます!

朝起きると、外にはまだ陽光が漏れ落ちていまして、もったいないから散歩に出かけることにしました。
東澪に到着すると、灰色雲が東の空までびっしりと張り詰めてきました。湿気た匂い、雨の訪れを告げる匂いがしました。
雨が近いというのに、堤防には多くの太公望が糸を垂れていました。

そして海岸を巡ってから自宅に戻り、
昨夜、さくらが作ってくれたカレーを食べました。
さくらのカレーはダイナミックで、芋もニンジンもゴロッと入っていて、なかなかの食いでがあります。そしてデザートにスイカを食べました。
スイカ、大好きな夏の果物です。甘みがあって、水気いっぱいで、しゃきしゃきしていて、夏の水分補給、元気補給には欠かせない果物です。

さあ、これから仕事です。
行ってきます。

2012年6月25日月曜日

『観濤処』は、まさに高砂の名勝でした。


今日は休日、というわけで夕方近くからぶらぶらと、高砂の名勝『観濤処』を探す散歩に出かけました。

行きは、牛谷から中筋に入って東へ進み、竜山を目指します。
竜山交差点で生石神社に進む県道392号線を横切ってからすぐ山麓に向きを変えますと、住宅街の端っこに賀茂神社の鳥居が見えてきました。
そして、鳥居の向こうに見える長く急な石畳の階段をふぅふぅ登っていきますと、山頂手間で、『観濤処』と刻まれた大岩がありました。
『観濤処』からの眺めですが、茂みの合間から遠く曽根の町並みが見えました。

山頂に上がりますと、東に続く小道がありました。その道をどんどんと歩いて行きますと、法華山谷川に面した頂上にでました。その場所からは、高砂市の全景が望めるばかりか、播磨灘を、そして加古川以東、以北も眺望できました。まさに『観濤処』でした。

そして、道なりに東に下って行きますと、運動公園に続く橋に出ました。
”つわものどもが夢の後”ならぬ
”若武者どもが夢の後”、
数日前、あんなに賑わいだ野球場はとても静かでした。

帰りは、竜山、曽根、大塩を辿りました。
曽根天満宮の本門前にプランターが置いてあり、中に、大好きな花、サルビアが咲いていました。大昔、『サルビアの花』という歌がありましたが、サルビアの花を見るといつもこの歌が浮かんできます。

そして、夕景の海でも眺めようと大塩浜で暫しぼーっとしていますと、雨が降り出してきました。後で知りましたが、姫路に大雨警報が出ていたようですね。でも、ずぶ濡れになる事なく自宅に戻り着くことができました。

今日訪れた『観濤処』は、小赤壁に並ぶ地元の名勝でした。

2012年6月24日日曜日

高砂の名所『観濤処(かんとうしょ)』


球場での試合観戦は、ちょっとした同窓会っといった感があります。
私の場合は、昨年父母会として一緒に活動した仲間との再会、そして談笑です。

今日の第一試合が9時開始であったため、6時半過ぎに自宅を出て、今日もまた生石神社に参拝してから球場入りしました。
準決勝第一試合が終わった後、写真仲間の吉永さんの談笑し、その後、魚住さんから携帯に電話が入っていることに気付いて電話をすると、今から試合観に行くとの返事、
そして決勝戦は、魚住さんと談笑しながら観戦しました。

試合が終わっての帰り、魚住さんに車で送って貰いました。
その帰り道、魚住さんから
「この辺り、よく歩いているようやから、宝殿にある高砂の名所『観濤処(かんとうしょ)』どこにあるかしってる?」と訊かれました。
ふらふら歩きはするものの、名所・旧跡等には明るくありません。
というわけで、親父二人でしばし寄り道して、観濤処を探しに石の宝殿を巡りました。
でもにわか探索では見つからずあきらめて帰ってきました。

帰ってからGoogleで”高砂市 観寿処”で検索すると、情報にアクセスできました。
関西山歩きWEB.高砂編
http://kansaiyamaaruki.web.fc2.com/20110110takasago.html
に『観濤処(かんとうしょ)』が紹介されていました。

今度の休みに、訪ねてみたいと思います。

平成24年6月23日(土) 平成24年度高砂市中学校総合体育大会軟式野球競技 決勝戦 鹿島中vs.松陽中 詳報


決勝戦は、準決勝で荒井中を下した松陽中との対戦でした。
そして接戦を制したのは松陽中でした。
初回鹿島中はチャンスをタイムリーで得点し、試合を優位に進めましたが、松陽中は早い投手継投でリズムを立て直し、3回には集中打で3点を得点。
以降は松陽中の良いリズムを切り崩すことは叶いませんでした。
でも、鹿島中ナインには、ピンチになるほど、投手を守り立てる声が内外野から飛び交って、全員で抑えようとという気迫がありました。そして4回以降はがっぷり四つの隙のない好ゲームとなりました。

そして、優勝された、松陽中野球部の選手達へ、
素晴らしいゲームでした、優勝おめでとうございます。

優勝された松陽中野球部、そして鹿島中野球部は、7月21日から開催の
”平成24年度東播地区中学校総合体育大会軟式野球競技”に出場します。

鹿島中野球部の選手達には、勝ち得た東播大会の切符から、さらなる上位大会への道を開くべく、チーム全員が『ひとつ』になって、これからの黄金の一ヶ月を過ごしてくれたらと思います。

鹿島中野球部の選手達へ、そして藤原先生、久下先生へ
素晴らしいゲームを堪能させて頂きました、有り難うございました。
東播大会でも、さらに素晴らしいゲームを期待しています。

【写真アルバム】
2012-6-23 Sat 平成24年度高砂市中学校総合体育大会軟式野球競技 決勝戦 鹿島中vs松陽中 1-3x負け
https://picasaweb.google.com/115534743271292658497/2012623Sat24Vs13x

先攻:鹿島中 後攻:松陽中
1 3B 矢野5 1 P 8
2 SS 本多6 2 2B 4
3 LF 三木7 3 3B 5
4 RF 加古1 4 C 2
5 C 藤本2 5 LF 7
6 P 松本9 6 SS 6
7 1B 村中3 7 RF 9
8 2B 長谷川4 8 CF 15
9 CF 吉永8 9 1B 1

12:27プレーボール
◇1回表鹿島中攻撃 1-0
1 矢野5 三振
2 本多6 四球
3 三木7 犠打BT2-4A 本多6→2B
4 加古1 8タイムリーヒット 本多6→○
5 藤本2 1-3

◆1回裏松陽中攻撃 1-0
1 8 ライト前ヒット
2 4 犠打BT1-3 8→2B
3 5 5-3 8→3B
4 2 三振
◇2回表鹿島中攻撃 1-0
6 松本9 三振
7 村中3 三振
8 長谷川4 ライト前ヒット
9 吉永8 四球 長谷川4→2B
1 矢野5 6-3
◆2回裏松陽中攻撃 1-0
5 7 1F
6 6 9F
7 9 三振
※松陽投手交代8→1 8→1B
◇3回表鹿島中攻撃 1-0
2 本多6 1F
3 三木7 2F
4 加古1 BT2-3
◆3回裏松陽中攻撃 1-3
8 15 四球
9 1 2F
1 8 6内野安打 15→2B
2 4 BTヒット 15→3B 8→2B
3 5 4-3 15→○ 8→3B 4→2B
4 2 左中間タイムリーヒット
8→○ 4→○
5 7 9F
◇4回表鹿島中攻撃 1-3
5 藤本2 5F
6 松本9 ライト前ヒット
7 村中3 6-4B-3A
◆4回裏松陽中攻撃 1-3
6 6 センター前ヒット
7 9 6→ボーク2B
6→ワイルドピッチ3B
三振
8 15 三振
9 1 4F
◇5回表鹿島中攻撃 1-3
8 長谷川4 5-3
9 吉永8 1F
1 矢野5 6-3
◆5回裏松陽中攻撃 1-3
1 8 6F
2 4 7F
3 5 6F
◇6回表鹿島中攻撃 1-3
2 本多6 死球
3 三木7 犠打BT2-3 本多6→2B
4 加古1 1A 本多6→3B
5 藤本2 F2F※ファインプレー

◆6回裏松陽中攻撃 1-3
4 2 5-3
5 7 9F
6 6 死球
7 9 9-3
◇7回表鹿島中攻撃 1-3
6 松本9 3A
7 村中3 5-3
※松陽投手交代1→10
8 長谷川4 三振
14:05ゲームセット 鹿島中1-3x負け