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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2011年5月23日月曜日

書籍『SHARE ~What's Mine Is Yours~』が予言する、これからのインターネット利用社会について

あるアメリカ青年が、フィンランド旅行を思い立ち、フィンランドの大学のメールリストに片っ端から、メールで宿泊の依頼をだし、宿泊を受け入れて下さる方からのメールから、さらに自分の希望に合う受け入れ先を絞り込み、そして『この人』と思える相手との実名での連絡、『私はどういうもので』、『どういう目的でフィンランドに行きたいか』を伝え、そして信用と合意を取り付け、フィンランドで充実した旅を満喫した。

このエピソードには3つの重要な、古くて新しい発想が実現の肝となっています。
①自分がしたい事を、知恵を絞って行動し実現する
②相手と信頼関係を築き、そして勇気を持って相手の胸襟に飛び込む
③相手は見返りを求めず、寛容さ、親切心で無償のサービスを提供する

『自立心』『行動力』『我を通す』、アメリカ魂だからできたエピソードでしょうか。

日本でも、数十年前まで『無銭旅行』、いわゆる見知らぬ人々の善意を頼りに、旅をするという若者がいました。
彼らの信条は、『金』ではなく、自分が出来うる精一杯の行動で、『善意』に報いるという事でした。

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書籍『SHARE ~What's Mine Is Yours~』、日本語直訳題は『共有 ~わたしのものはあなたのもの~』、本書には副題として『共有からビジネスを生み出す新戦略』と書かれています。

19世紀の産業革命、20世紀初頭の世界大恐慌、二度の世界大戦を経た後、アメリカは産業の振興、内需の拡大を図るため、新しいビジネス・プロモーション手法『広告(PR:Public Relation)によって消費者の購買欲を煽る、フロイトの心理学論をビジネスに応用した手法』と、カード決済手法(一般市民が信販会社が発行するカードを持ち、信用取引で、先買い・後払いを行う)、そして新しいマスメディア(テレビ)の登場ともあいまって、特に耐久家電商品(冷蔵庫、洗濯機、電器調理器)そして乗用車が各家庭に行き渡りました。また、当時は、『持ち物によって人が評価される』時代でもありました。

これ以前のアメリカの企業人・成功したビジネスマンは、アメリカの文化的成長のリーダーであり、私財を投げ打って、アメリカの教育や文化事業の育成に貢献しました。

しかし、個人主義が顕著になり、市場経済、拝金主義が蔓延するとアメリカの産業・経済は内部崩壊を始めました。そして、2009年アメリカの住宅バブルは破裂し、金融危機が世界を揺るがす事になりました。

『シェア』では、『過剰消費の20世紀』から脱却し『コラボレーション消費の21世紀』を標榜しています。
そして、人は
・その人がどの様な人間関係を築くか、どう接するか
・属する社会的なコミュニティは何か
・どういう信条を持ち、どういう 行動・アクセスを行うか
・何を誰と共有するか
・不要なものとして何を手放すか
で評価される時代となるだろう、と書かれています。

また本書では標榜する『コラボレーション消費』を3つのモデルで説明されています。
①プロダクト=サービス・システム
②再分配市場
③コラボ的ライフスタイル

『プロダクト=サービス・システム』は、
『所有』より『利用』で、『利用』した分だけ対価を支払うという発想のサービス・システムです。
ライドシェア(自転車の貸し出し)、カー・シェアリング(日本でもオリックスなどが都市圏でこのサービスを始めています)

『再分配市場』
中古品を廃棄ぜず、『修理』『修繕』して『再利用』、また、求める人・必要とする人に『再販売』する。
・リデュース(Reduce)…廃棄物の発生抑制
・リユース(Reuse)…再使用
・リサイクル(Recycle)…再資源化
・リペア(Repair)…修理して再利用する
・リディストリビューション(Re-distribution)…再販売

『コラボ的ライフスタイル』
 目に見える物と物との物々交換に留まらず、様々な目的を持つ人達が、『時間』『空間』『技術』『お金』など、目に見えにくい資産も含めて、『共有』と『交換』を持続的・発展的(サステイナビリティ Sustainability)に行う

また、こらまでの『コラボレーション消費』の実例から、成功事例に共通する4つの原則が挙げられています。
①クリティカル マス(critical mass)
②余剰キャパシティ
③共有資源の尊重
④他者への信頼
です。

『クリティカル マス』
システムが自律的に維持するために十分なはずみ・勢い(モメンタム Momentum)があることを表す、社会学の用語。
ある商品やサービスが、爆発的に普及するために最小限必要とされる市場普及率。
欠かせない要素として、
・消費者の選択の多さ
・コアなファンやリピーターが最初に集まる
・彼らの評価が『社会的承認』や『おすみつき』を与え
・新しいモノ好き(early adopter)だけでなく、
・普通の人達が、これまでと違う行動を取るときに感じる心理的な壁を乗り越えることが出来る

『余剰キャパシティ』
自動車や電動ドリルなどのモノに限らず、目に見えにくい時間やスキルや空間、或いは電力などの生活必需品(コモディティ commodity)にもあてはまる。
インターネットのソーシャル・ネットワーク機能がなければ、求め合う人同士の、マッチングも規模の急速な拡大もあり得なかった。

『共有資源の尊重』
『共有資源』というコンセプト。つまり人間が全員で所有する資源を示すこの言葉の語源はローマ時代に遡る。
1968年微生物学者ガレット・ハーデンは、サイエンス誌に寄稿した論文『コモンズの悲劇』の中で、人間は際限なく取りすぎてしまう、そして『共有資源の自由は全員を滅ぼす』 と断言した。
『インターネット著作権の権威』と呼ばれるレッシグは、歌や画像、知識や映像といったクリエイティブなコンテンツのシェア、リミックス再利用を促す必要があると感じた。
そして、2002年、Creative Commonsを立ち上げ、シェアやコラボレーションを促すための著作権ライセンスを無料で提供しはじめた。
『ネットワークの拡大、コラボ消費に参加する人は、たとえそのつもりがなくても、それぞれが他の参加者に価値を提供している。→これがネットワーク効果だ』

そして、これからの持続的なコラボ的サービスシステム発展のための4つの重要な要素として
①利用の円滑さ
②サービスの複製可能性
③サービスへのアクセスの多様性
④コミュニケーションの強化
と説いています。

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『共有』や『交換』は、もともと物の豊かで無かった時代、私たちは地域のコミュニティで、互いに助け合う手段として行っていました。
そこには『共に生きる』『信頼する』『相互扶助する』という理念が根底にあったと思います。

日本の諺に『情けは人のためならず』があります。『よい行いをすれば、巡り巡って、いつか自分に良い報い来る』という良き教えです。

欧米人にとっての『共有』や『交換』は、もう少しドライです。ドライだからこそ、『コラボレーション消費』運動(Movement)の中で、自分の評価・評判を高めるために、ほとんどの利用者が、『P2P Person to Person』、コミュニティやシステムを通じて取引する相手に最上のサービスを提供し、そして、コミュニティやシステムの中で『よい評価』を維持し、コミュニティやシステムを有利に使い続けられる様に活動します。

2000年以降、企業の広告スタイルがインターネットの利用で様変わりしました。テレビでも新聞広告でも、HPアドレスとともに、検索アイコンが表示される様になりました。
それでも企業から消費者への一方向の情報発信形態は変わりませんでした。
しかし、2009年以降、TwitterやFacebookの日本上陸によって、マスメディアを利用した広告から、消費者の口コミ、消費者の肯定的な情報発信を促す為の、双方向コミュニケーションを重要視する形態に変わってきました。

ここで、もう一つ重要なキーワードがあります。『情報リテラシー』です。
そこかしこに氾濫する情報に適切にアクセスし、有用な情報を検索・選択し、内容を理解して有効に活用する、平たく言えば『情報を有効に利用する能力』が重要になります。

IT(最近ではICTと呼ばれています、情報・通信・技術の事です)、コンピュータやインターネットなどと混同しないで下さい。
あくまでも『情報リテラシー』で指す『情報』は、情報そのものです。情報のもとは、新聞かもしれないし、雑誌かもしれない、テレビ、ラジオかもしれないし、口コミかもしれないのです。
ICT(Information and Communication Technology )、パソコンやインターネットを利用して、情報を『得る』『加工する』『付加価値をつけて発信する』『共有する』為の手法、ツールです。

また、日本発のSNSといえば『Mixi』、携帯電話アプリ『GREE』『モバゲータウン』が代表格ですが、その発想としては、企業が提供する仮想空間の中で、利用者は匿名で、アバター(なりたいモノになりすまして)として仮想空間の住人として活動します。

Facebookに代表されるアメリカから上陸したSNSは、実名主義を取っています。匿名ではなく、実名で、自分の略歴をプロフィールに公開します。そしてコミュニティに参加したり、コミュニティを作りコミュニティを拡大していきます。

実名主義は、日本では『個人情報の保護』及び『悪用』のためにリスクを冒さない事が前提で物事が始まるために、当初は浸透は難しいと考えられます。世界で5億人以上が利用するFacebookさえ日本ではまだまだ利用者が少ない事を見れば、それは明らかです。

ですが、よく考えてみて下さい。一昔前、地域社会のコミュニティーの中で、誰もが皆のことを少なからず知り、それがコミュニティーの安定と犯罪抑制に繋がっていたことを思い出して下さい。

現代の犯罪の多くは、携帯電話やパソコンのメールなどコミュニケーションツールを悪用し、匿名やなりすましで悪行を行います。
私は、『個人情報保護』が、悪意在る者に逆手にとられて『悪意在る者』の隠れ蓑となっている、そう感じてしかたがありません。

この大書『シェア』では、人は、『大量消費の時代』においては、物を持つ事で評価され、標榜する『シェアの時代』では、その人物を知る、回りの人の評価が重要視されると書かれています。

日本人も『個人情報』という履歴データ・個人データでその人を測る、評価するデータ重視・データ偏重主義と決別し、その人自身、等身大の人柄を知って(つまり付き合って、もしくは友だちの友だちとして)、現在の生身の人間を評価する事に、回帰しなければならないと思います。

インターネットは、今後、実名主義が主流となり、提供されうるサービスはすべてその理念のもとに作られ、インターネットを利用する世界では、現実社会と仮想空間が相互乗り入れする、私たちがアバターでは無く、無限の仮想空間を新しい人間のフロンティアとして活用する時代となるでしょう。
リスクにかまけて、踏み出さなければ、日本はさらに厳しい立場に立たされます。置いてきぼりにされます。

『技術立国・日本』『物作り立国・日本』だけではもう立ちゆきません。
日本人としての共通の『誇り』『理念』『悪行に手を染めない』という教育を実践する事が、『日本再生』の柱であり、子どもたちも、そして大人も学び直し、日本人としての『自信』を取り戻し、これからの世界で『共生する』為の様々な活動に喜びを持って参加し働く、その方向に舵を切り、海図無き海原を『逞しさ』『英断さ』『優しさ』を持って、進んでいく事が大事だと思います。

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p.s.

アメリカ発の様々なインターネットを便利に利用するソフトウェアやサービスのほとんどは、たとえばAppleやYohoo!、Googleもそうです、優秀な学生の柔軟な発想とガレージからでもビジネスをスタートするというフロンティアスピリット、またFacebookの様に学生の遊びの中から生まれたものが多いです。何を意味するかというと、『柔軟さ』と『失敗を恐れない』、そして『飽くなき楽しさ』です。

日本では、仕事に対して『楽しさ』『遊び心』というのは、余り尊ばれる事はありません。
ですが、本来、『楽しさ』『遊び心』が無くて何が進歩を推し進めるのでしょう。既成のルールの中で、指示された事だけを行うのでは無く、さらなる進歩のために常に学び、『ルール』も当事者がどんどん見直し洗練すべきです。『慎重』であるべきですが『鈍重』はすべてを台無しにしてしまいます。多少の『軽率』さがあっても『俊敏』さの方が面白い、日本がそうなる事を強く願います。




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[書籍情報]
『SHARE』What's Mine Is Yours
『シェア』〈共有〉からビジネスを生み出す新戦略

著者 Rachel Botsman / Roo Rogers レイチェル・ボッツマン / ルー・ロジャーズ
監修・解説 小林 弘人
訳     関 美和
NHK出版 2010/12/20 第1刷発行

Rachel Botsman
ビジネス・コンサルタント。最新のインターネットとテクノロジーを通じたコラボレーションやシェアの可能性と、それによってビジネスや消費、そして人々の生き方がどの様に変化するかについて、各地でコンサルタントや執筆、講演を行っている。
オックスフォード大学で美術の大学院課程に学ぶ。現在、ブランド力、イノベーション、サステイナビリティといった分野を横断する形で、世界中の企業のコンサルティングを行っている。
UliriamuJ.Clinton財団の前理事長。イギリス、アメリカ、アジア、オーストラリアで活躍。

Roo Rogers
アントレプレナー。ニューヨークのベンチャー会社Redscout Ventures代表取締役。起業家として現在OZOlab,OZOcat,Drive Thru Pictures,UNITY TV,Weniteの5つのスタートアップ企業を成功させる。
企業戦略およびベンチャーキャピタルの専門家であり、同時にメディア、鵜入、飲料といった消費セクターでも活躍。
コロンビア大学文学士号を、ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジで経済学修士を所得。現在ニューヨーク在住。

『シェア』〈共有〉からビジネスを生み出す新戦略 紹介ページ

2011年5月22日日曜日

本日5/22の練習試合は降雨の為、ノーゲーム、中止となりました。

今日は、鹿島中に相生市立那波中と加西市立加西中を迎えての練習試合を予定していました。

重い雨雲が立ちこめる中で、早朝から部員達はグラウンド整備、試合準備を行い、早くに来られた那波中と、鹿島中先攻で8:54、小雨が降る中試合が始まりました。
1番、凌、センター前ヒット。

2番、雄大、巧いバントを決めるも、那波中投手の見事な攻守で凌が二塁封殺。

3番、幸伍が右中間エンタイトルツーベース。

4番、真己死球。
5番、耕太郎死球で1点先制。
6番、健介が打席を迎えたとき…

雨は轟音を伴って強く降り始め、試合は中断、選手達は試合前に急遽設営したテントに避難しました。部員達は全員で、マウンド、バッターサークルにブルーシートを被せて、また立てかけのテントを急ぎ設営しました。全員、バケツで水をかぶったようにびしょ濡れです。
でも、協力し合ってよく働いていました。感心しました。

その後、一時小雨になり、試合を再開するために、グラウンドを作り直している最中、先ほどよりも強く、激しい雨となり、監督が中止を決定されました。

那波中野球部の皆さん、また中止決定時には、既に鹿島中に到着されていた加西中野球部の皆さん、試合を観戦したかったです。残念です。くれぐれも雨に濡れて体調を崩されぬ事がないよう様、お大事にして下さい。

皮肉なもので、両チームが帰校され、我々父母も帰り準備が終わろうとする頃、すっかり雨は上がり、西の空には薄陽が差し始めました。ただ、グラウンドは全面に水が浮いてしまった状態で、諦めはつきました。

監督も選手達も、昨日の課題を練習試合の中で、克服すべく戦いたかったと思います。

中体連野球大会まで、練習試合数は後『10』となりました。
各自が、日々の練習を課題を持って取り組み、そしてテンカウントを数えながら、一朶の戦う集団に仕上げていって下さい。

今週末は、滋賀県野洲に遠征し、
全国レベルの強豪クラブチーム、『HIKONE JBoy's』さん、そして『野洲ブレーブス』さんと練習試合を行います。

たとえ対戦するチームが、遙かな頂であっても、『胸を借りる』ではなく、これまでに育んだ自分たちの鹿島中野球を信じて全力で頂を登り切る事に挑戦して下さい。
ゲームセットのコールがなされるまで、戦い抜く事が、2チームへの君たちの本当の感謝の印となります。

この一年の活動が、鹿島中野球部部員達にとっての、一人ひとりの、人生の『Stand Alone』となる事を期待します。

いよいよクライマックスへ! 宝殿中との練習試合観戦記

今日5月21日、夏を感じさせるじっとりとした暑さの中で、宝殿中にて練習試合が行われました。結果は、
第1試合 宝殿中vs.神戸市立王塚台中 2-2引き分け
第2試合 鹿島中vs.神戸市立王塚台中 1-1引き分け
第3試合 宝殿中vs.鹿島中      3-0宝殿中勝利
でした。

第1試合、第2試合は、共に王塚台中が、そつが無い攻撃、守備で先制、共に7回表まで0行進、しかし7回表に同点にして引き分ける、といった試合でした。
何となく王塚台中のペースで試合が早く進行し、ぎりぎりの7回で漸く踏みとどまるという、王塚台中の催眠戦法というのでしょうか、この様な相手のペースに引きづり込まれると、何も手立てを講ずることなく、気付いたら負けてた、という事が、今後はあるかもしれません。

Picasa写真ギャラリー 2011/5/21 王塚台中戦 記録写真

野球は、攻撃(得点を奪う回)と守備(相手の攻撃を押さえる回)が交互に与えられて進行するゲームですが、それぞれのゲームは、
①攻撃・守備ともに主導権を手中においてゲームを支配し勝利する
②拮抗したゲームにおいては、ゲームの主導権が双方に行ったり来たりする
③相手に主導権を握られ、苦しいゲームを強いられる
という3パターンに当てはめられると思います。

①について、注意しなければいけないのは、『油断』『過信』『おごり』です。そういうものに支配されると、格下のチームに足をすくわれるという、まさかの結果を招く恐れがあります。
②③については、これまでチームが取り組んできた『戦いのスタイル』を貫き、『耐える』『しのぐ』『勝機を逃さない』で勝利を引き込む。これにはチームが一丸となって、一朶となって、戦う事が求められます。
例えば、『強』『剛』の相手に対して、『心を平静に保ち隙を作らない』『互いにカバーする』『チャンスを繋いでものにする』という、『柔軟』『連携』『信頼』が、『盾』となり『槍』となります。

第3試合、市内の豪腕チーム、宝殿中との最後となるであろう練習試合を行いました。
初回にオーバーフォンスのホームランで1点
4回、何でもないゴロの送球ミスと捕球ミスが重なり1点
7回、三本間の挟殺プレーで、本塁側ですり抜けられ1点
と3点を取られました。

Picasa写真ギャラリー 2011/5/21 宝殿中戦 記録写真

ホームランは素晴らしかった、中学野球の試合でオーバーフォンスが観られる事は中々ないので興奮しました。でも、同様に打たれた側の選手達も『凄い』と感嘆したらいいのです。今後、高校や大学、社会人、そして夢のプロ野球で試合をする事になれば、ホームランは衝突事故、常にあり得る事なのです。
ホームランは逆に試合を仕切り直してくれます。新たな気持ちで次打者に迎えばいい、その位の心持ちで丁度良いと思います。
但し、軽率なプレーや、セオリー通りの守備(例えば三本間の挟殺の場合は三塁側で刺殺すべく追い込む)・基本を疎かにしては勝てる試合も落としてしまいます。
こちらは、潜在意識に植え付け、当たり前に出来る様、それまではひたすら意識して、常に心掛けて練習で取り組まねばなりません。

今日は、宝殿中に完敗でした。でもそれは力量の差ではなく、ホームランによって動揺し、また軽率なミス、セオリーに反した守備が敗因です。

最後の中体連までに、以上の課題を、それぞれが克服のテーマとして練習に打ち込み、一朶の鹿島中野球チームとして、再び、そして最後の戦いを宝殿中に挑もう。
選手諸君、君たちには、一つ一つの試合に、心身共に完全燃焼し、そしてひたすら前を向いて、上を向いて、確かな歩みを刻んで欲しいと思います。

父母として、一つ一つの試合が終わる度に、次の試合が愛おしくなります。君たちもきっと同じ気持ちではないかと思います。これからの一戦一戦、チームメイトとの『絆』『信頼』『友情』を高めあって、最高の中学野球のエンディングを描いて下さい。

君たちがどんなフィナーレを飾ってくれるか、大いに楽しみにしています。

2011年5月20日金曜日

ドラマ『坂の上の雲』主題歌『Stand Alone』、私にとっての『Stand Alone』はこれです!

21世紀スペシャル大河ドラマとして、NHKが2009年から今年2011年の、3年に渡って放映する『坂の上の雲』。司馬遼太郎原作の、明治日本を途方もないスケールで描いた物語を、テレビドラマとしては、破格の費用と時間を掛けて制作されたドラマでです。

伊予・松山で生まれた三人の少年、秋山真之、秋山好古兄弟と正岡子規を主人公に、彼らの成長と、明治期の日本が如何に、極東の小国から列強国への道を歩んだかが描かれます。

このドラマの主題歌として作られたのが『Stand Alone』、ヒットメーカーの久石譲さん作曲、小山薫堂さん作詞で、第1部では、世界の歌姫サラ・ブライトマンが参加し、ドラマのエンディングではボイスレスバージョンが流れていました。
第1部のサウンドトラックCDには、サラ・ブライトマンが日本語歌詞で歌うバージョンも入っています。

久石譲さんが制作されたボレロ調の曲は、物語のスケールの大きさに呼応する、共鳴する力強さがあり、また小山薫堂さんの詞の『一朶の雲を目指し』のフレーズは胸にじんときます。

歌いたい、という願望が強くなり、今日、歌唱したビデオを制作しました。
ベースは、サラ・ブライトマンさんのボイスレスバージョンの曲です。
その曲を聴きながら歌をICレコーダーに吹き込み、Voice編集ソフトでmp3のミュージックファイルを作成しました。

もう一つ、私にとっての『Stand Alone』は何であったろうか考え、思い至ったのが、20歳の時に、私にとっては極めて大胆な行動を伴う、初めての富士山登頂だと思いました。

古いアルバムから30年前の写真を見つけ、スキャナーで取り込み、背景に使用しました。

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20歳当時、静岡県に文通をしていた(文通って分かりますか?)2歳年上の女性がいました。(当時は文通というのがそこそこ流行っていたのでした。)
その年の夏休み、深夜の明治製菓アイスクリーム製造のアルバイトで金を貯め、富士山に登る計画を立てました。その文通相手にその事を手紙で伝えると、お金もないことだろうから、自宅に(当然ながら家族で住まわれている自宅へですよ)泊まる様勧めて頂き、結果、ご好意に甘えました。
でも、やはり一人で行くのは気恥ずかしい、それで地元の悪友の一人、藤原某君に声を掛けると『行く』と間髪入れずの返事で、とんちんかんな二人旅と相成りました。

一日目は、浜松で下車して、文通相手の車で浜名湖など観光に連れて行って貰い、夜は自宅でご馳走を頂きました。本当にまぁ、下品で礼儀も知らない若造二人を、ご家族総出で持て成して下さいました。30年ぶりですが、改めて、有り難うございました、と感謝の気持ちを伝えたいと思います。

そして、次の日、浜松から在来線で静岡に、静岡から甲府行きの電車に乗換、富士宮駅で下車しました。
富士宮駅を出ると、人気がない、富士山を見上げると低い雲で上が見えない。天気は大丈夫か、その時、初めて不安になりました。

とにかく五合目まで行こうと決め、バスを探していたところ、タクシーの運ちゃんが『上は晴れてるよ』と声を掛けられ、言われるままにタクシーに乗り込み、五合目で下車。
富士宮口登山道の五合目にあるレストハウスも閑散としていて、でもここまで来たら後へは引けない、向こう見ずというより、後ろを見るのが怖かった、というのが本音で登り始めました。

6合目、7合目と過ぎた当たりで何かおかしいと感じ始めました。その道中、愛知から一人で別の登山口から登られたA氏と合流、A氏は一人で別の登山口から登られたのですが、道に迷われ、さ迷っている内に我々とばったり出会ったとの事。そこからは三人で頂上を目指しました。

ろくな装備もない。水も食料も乏しい。今では絶対に考えられない無謀さ、無知、危険きわまりない行動でした。道中で、藤原某君が突然『死んでまう~』を連呼し始めました。顔は蒼白です。二人とも、富士宮の駅前で買ったビニールのレインコートはズタズタに破れ、パンツまでびしょ濡れです。その時、藤原某君のおかあちゃんの顔が浮かびました、『死んでもたらどうしょう~』、とりあえず手を引いて登りました。そして、8合目の山小屋に陽が沈み掛けた頃到着しました。

山小屋は開いていて、宿泊することにしました。山小屋の中のコタツで暖を取りながら、じいさんの話に耳を傾けていると、富士山の夏登山のシーズンは終了し、この山小屋だけしか開いていない事、また沖縄当たりまで台風が接近しており、高地である富士山は、もう台風の影響を受け荒れ始めているという事を聞きました。

翌朝、4時か5時頃ですが、8合目山小屋の辺りは靄が晴れ、雲海、そしてご来光を拝む事が出来ました。

そして、3人で頂上を目指し、登り切りました。山頂では、お鉢巡りを試みました。が、経験した事のない上昇気流の剛風が、這いつくばって進もうとする体をこわばらせ、断念しました。断念して正解だったと思います。

A氏がウィスキーを持っていました。岩肌から落ちる雫をグラスで受けて、水割りを飲みました。岩肌と根雪に覆われた頂上は、別世界でした。特にその時は酷い天候で、内心はびびりまくり。雫で割ったウィスキーは旨いと同時に、勇気をも与えてくれました。

そして下山、8合目まで登ってきた道を戻り、8合目から砂走りのコースで一気に5合目まで駆け下りました。藤原某君は、すっかり体調が戻り、わたしを置いて奇声あげながら飛ぶが如く落ちてゆきました(下りてゆくの誤りです)。

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初めての富士山登頂、ここまで読んで下さった方は既にお分かりですね。旅は初日だけを決めた行き当たりばったりの無計画だったのでした。

これまで生きてきて、あんな無謀な事は、その後、と振り返ると、やはり何度かやっています。懲りない性格ですね。

でも、私にとっての『Stand Alone』は、やはり、初めての富士山登頂です。何せ命がけで何かをした、というのはこの時が生まれて初めてであった訳ですからね。

asahi.comニュースから『超ハイビジョン対応の液晶画像公開 NHKとシャープ』を読んで思った事

asahi.comニュース
2011/5/20 4/:24掲載

記事引用----------
NHKとシャープは19日、次世代テレビ放送の「スーパーハイビジョン」に対応した液晶ディスプレーを初めて開発したと発表した。これまでは映像をスクリーンなどに投影するプロジェクター方式だけだったが、初めて家庭用を想定した液晶画面で実現したという。

NHK放送技術研究所(東京都世田谷区)で公開されたディスプレーは85型(横1.9メートル、縦1.05メートル)。現行のフルハイビジョンの16倍のきめ細やかさで、見ている人が画面に入り込むような臨場感を実現したという。

スーパーハイビジョンは、NHKが2020年の試験放送開始を目指して開発を進めている。画面の精細度を示す画素数は、フルハイビジョンの207万に対し、約3300万。画素を細かくして大画面につくりこむには高い技術が求められるという。

NHK技研は26~29日に一般公開を予定しており、このディスプレーを目玉として展示する。(山村哲史)
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日本では、今年の平成23年7月24日(日)にアナログ放送は停波し完全デジタル放送への切り替えが始まる予定だ。
テレビは、この10年でブラウン管からプラズマ→液晶→有機ELと薄型で省エネ、長期使用できるタイプに移行が進んできた。

ハイビジョン映像化、画面の大型化、音響の高度化、そして3Dテレビも実現した。

それでも尽きぬ物作り精神が、スーパーハイビジョンというコンセプトを生んだのだろう。
でも、それはマスプロダクト重視という、旧態依然の産業重視があらたまっていない、未来の人や社会を中心とした社会システムの再構築、またその為の技術革新とは一致しないと考える。

高密度、高細度が進めば、初期のアナログからデジタルに移行した時にいわれた、アナログ波が持つ微細な特徴をデジタル化では引き継げなかったものが、よりアナログ波の微細な部分までデジタル化し再現できるメリットはある。アナログコンテンツは減衰するが、デジタル化すれば完全コピーに寄って未来への継承がしやすくなるというメリットある。
その有効性は素晴らしいと思う。

しかし、家庭において、それは必要だろうか。
日本人の学力の低下が社会問題化して久しいが、テレビの影響が顕著であると考えいる。そして現在は、携帯電話、パソコン等々しかりだ。
自宅で新聞や読書を楽しむという時間が限りなく減少している。携帯電話、パソコン、そしてテレビさえも普及していなかった時代は、新聞を読んで日常の出来事を知りそして時代の流れを学び、読書によって知識欲、読解力を育んできたのである。

『リテラシー』という単語があるが、日本語でいえば、『どの様に使うか』『使うにあっての守らなければならない規範は』『それによって何を求めるのか』、単純に言い換えれば『使い方』『ルール』『目的』である。
『リテラシー』を私たちは、しっかりと学び、守らねばならない。

国家や大学、NHK放送技術研究所の様な機関、企業が、これまでと何ら変わらず、組織の営利追求とマスプロダクト重視を変えなければ、未来はない、淘汰されてゆくだろう。

それよりも、例えばNHKであれば、ニュース資源の正確性を堅持した入手経路を如何に拡充するか、また、付加価値が高い資産となる映像コンテンツを如何に作り出すか、そこに力点を置いて、一流のメディアを目指して欲しい。

また、個人的な意見であるが、電化メーカーのテレビを売るキャッチコピーとしてホームシアターを標榜しているが、映画大好き人間としては、映画館のあの大空間の中でやはり映画を楽しみたい。その文化の衰退に拍車を掛けるような事は止めて欲しい。

また、映画館ビジネスへも注文したい。新作映画、興行的に成功が見込まれる映画だけを上映するのではなく、様々な作品が観たい。その様なユーザのニーズを汲んで欲しい。
映画館の映写もデジタル化が進んでいる。過去の名画をそのデジタル映写室で、テレビ番組の様に番組スケジュールで単発放映するという事をやってはどうか。過去の名作、地方にいて見られなかった作品、見逃した作品、そういう作品を映画館で見たい。それが、フィルムでなくデジタルデータ化されたデジタル映写機では、これまでのリバイバル上映よりももっと技術的にも簡単にできるのではないか、素人考えである。
著作権や上映権の問題、また技術的にもハードルがあるのかもしれないが、映画館という空間が、かつての様に、毎日、人で賑わう社交場として栄えるために、この様な方策は大変有効ではないかと考えます。

2011年5月19日木曜日

何故にアメリカは『オサマ・ビンラディン』を殺害したのか?

日本時間5月2日、アルカイダの指導者で2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを指揮したという 『オサマ・ビンラディン』をパキスタン国内、潜伏先の豪邸で家族もろとも、アメリカ海軍特殊部隊が殺害したと、ホワイトハウスが公に報じました。

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今日5月18日、明石市立図書館に本の返却の為、訪問した際、雑誌コーナーにあったNewsweek 5/16/2011(Original Weekly Magazine)を手に取りパラパラと眺めました。(主要な記事は一週遅れで日本語版に掲載されます)
ほとんど、『オサマ・ビンラディン殺害』関連記事で溢れ、その中に驚くべき写真が掲載されていました。
ホワイトハウス内コマンドルーム(小部屋でした)で、バラク・オバマ大統領、ジョセフ・バイデン副大統領、ロバート・ゲーツ国防長官、ヒラリー・クリントン国務長官等々そうそうたるメンバーが、作戦遂行をモニターを通じて見入る写真が掲載されていました。
作戦が成功し、その後先に述べた様に、オバマ大統領は全米に向けて『オサマ・ビンラディン』死亡を報告しました。

アメリカ中が異様に熱狂し、911で破壊されたWTC跡地であるグラウンド・ゼロにもニューヨーク市民が大挙して訪れ歓喜の声をあげているニュースを5月2~3日のニュース映像で観ました、
ヨーロッパ諸国、ロシア、中国、日本、そして国際連合事務総長までもが肯定的な声明を出しました。

しかし、アメリカを敵視するイランはイスラムからの撤退を要求する声明を出し、またアルカイダは報復テロを行うと宣言しました。

『オサマ・ビンラディン』は、アルカイダの精神的指導者であり、個人的な財力を基にした経済的な後援者でもありました。既にアルカイダはナンバー2であった『アイマン・ザワーヒリー』が後継者となり、より一層イスラム原理主義色と反米色を強め、アメリカとそれに与する国々に対し、聖戦を行うと宣言しています。

『オサマ・ビンラディン』を殺す事は、アルカイダにとって大変大きな殉教者を生み出す事になります。
『オサマ・ビンラディン』は、アルカイダにとって、生きる精神的指導者から、その死によって『神』のような存在と化します。
アメリカは、未曾有の火薬庫の導火線に火を付けてしまったのではないか、そう感じてしかたがありません。『オサマ・ビンラディン』を逮捕し、身柄を拘束して、国際法廷で裁くという選択があったのでは、と思えてしかたがありません。

今年の初めから中東、アフリカのイスラム圏  絶対君主制を引いた国や超長期政権(ほとんど独裁政権)が、その国内の一市民からのSNS(ソーシャルネットワークサービス)を利用した不当な扱いを告発する投稿と、最近すっかりおなじみとなったウィキリークス(WikiLeaks)が、高度な政治・外交の秘密文書を公にし、まずチェニジアで長期政権が国民運動(呼称はジャスミン革命)にて倒れ、その国民運動は他国へも飛び火し、エジプト、そしてリビアでも凄まじい国民運動が(リビアは内戦状態)行われています。

ですが、1989年に崩壊した社会主義諸国の内政が未だに混沌としている様に、彼らが望む豊かさを得る事が、どの様に体制が変わろうと実現が至難である事に気付くのは時間の問題です。

混沌とした状況化にある彼らが、先進諸国の幻想を追い求めているとすれば、それは幻滅に終わり、彼らの沸騰した欲求のエネルギーは、反先進諸国に向けられるのではと危惧します。そうなればアルカイダは力を盛り返し、先進諸国は地球規模で、見えざる敵、亡霊と戦う事になります。

『見えざる敵』、これは先進諸国側の見方です。
アルカイダには、アルカイダの正義があり、いってみれば、これは21世紀の光と光の戦争です。

あらゆる物は、光と影の部分を備えています。それは表裏、一対です。それは磁石のS極とN極が引かれる如くです。

しかし、それがS極同士、或いはN極同士であればどうでしょう。永遠に結びつく事はありません。私たちは、そういう戦争状態に向かおうとしているのです。

私たちは、経済的な成功が最重要目標であった世界から一転し、競争や争いを止めて、それぞれが身勝手な『正義』を振りかざすのではなく、『公正』『奉仕』『誠実』を柱に、互いの違いを認め合い、手を取り合って前に進む、そういう世界規模の連帯社会を築かなければならないと思います。

その方策は、1月の国民運動で一躍注目されることとなった、SNSを活用する事だと思います。
持たざる者は、必要なモノのリストをSNSで発信し、持つ者は、提供できるモノのリストを発信する。仲介するコーディネーター(コンピュータプログラムかもしれない)が、適切なマッチングを行い、互いを結びつけて公正な取引、或いは提供を促進し、信頼の輪を広げ、その絆を強めていく。

国民運動から発生した人間の欲望のエネルギーは、人間の繋がりで解決していく、これが21世紀型の解決手段だと思います。国家が介入し、力で押さえつける事の悲劇をこの10数年、私たちは嫌というほどメディアを通じて見せつけられました。
もう、その様な解決手段とは決別する時です。そう思って止みません。

2011年5月16日月曜日

第34回加古川地区中学校大会 鹿島中 優勝!

第34回加古川地区中学校大会決勝は、予定よりも20分余り早く始まった。
決勝戦の相手は、加古川地区屈指のサウスポー・エースを擁する平岡南中。

鹿島中のバッテリーは、こちらもサウスポー・エースの雄大-拓樹。

試合は鹿島中の先攻で14:07に始まった。

初回表、平岡南中のエースは、噂に違わぬ力強い速球を遺憾なく見せつけた。

1回裏、1死を取ってから2四球、三塁盗塁、WPで1点を先取される。

2回表、2死から8番レフト帆岳が左バッターとしてクリーンヒットを放つ。この回得点には至らずも、帆岳の闘志がチームを奮い立たせた。

3回表、先頭バッター1番ショート凌がセンター前ヒットを放つ。そしてすかさず二盗。ここで、2番ピッチャー雄大がレフト線にぽとりと落とす二塁打で、凌が生還し同点。

3回裏、サードゴロで幸伍に本来の守備のキレがないのをみると、藤原監督は早かった。この日、全くバッティングにおいてタイミングの合っていないライト孝鯛をベンチに下げ、幸伍をライトに、サードには悠将を起用した。守備固めである。
1死から死球で出塁した走者が二盗、そして牽制悪送球で三塁まで進塁した。
ここで、平岡中はラン・エンド・ヒットの奇襲にでるが、拓樹が外して空振り、しかし、三本間に挟んだ走者に巧く守備陣をするぬけられてホームインされたと思いきや、スリーフィートライン・オーバーでアウトのコール、危機一髪でした。

そして4回表、2死から凌が四球で出塁、二盗し、雄大が右中間にタイムリーを放ち、凌が生還し逆転。見事な速攻でした。

4回裏、平岡南中5番打者のレフトフェンス際の大飛球を帆岳がフォンスを恐れぬランニングキャッチのファインプレー。ここでもまた、帆岳はチームに勇気を与えた。

5回以降、雄大は内野ゴロ1本に押さえる好投で、最後の打者をセカンドゴロに仕留めて、ゲームセット。2-1の勝利、時間は15:42ででした。

チームとして、2本目の優勝旗(この大会では、大会優勝旗と協賛の朝日新聞優勝旗が与えられたため、計3本である)を学校に持ち帰ると共に、エース雄大が、見事な復活を果たした試合となりました。

藤原監督の秘密兵器が、その一躍を担ったのかもしれません。

雄大は、2週間ほどでしたが、投げられない期間があり、エースとして忸怩たる思いでいた事でしょう。それを一気に晴らした。自らの左腕で、タイムリーでチームを勝利に導いた。

祝勝会(夕食会)  の席で、雄大に問いかけた質問への雄大からの返答にそれが表れていました。
試合前の心持ちは→『おなじサウスポー、絶対に投げ勝つ』
試合後の心持ちは→『気持ちよかった』

祝勝会では同じ質問を、この日のラッキーボーイ帆岳にも問いかけました。
試合前の心持ちは→『自分の役割をしっかり行う』
試合後の心持ちは→『気持ちよかった』

※祝勝会で私が質問したにも関わらず、会を終えてから約4時間近く経過し、彼らが語ってくれた言葉をすっかり忘れてしまいました。やはり健忘症にはメモが必要と改めて思い知らされています。ただ、二人の言葉を聞いた時、『気持ちよかった』という印象が強く残り、ここでは、その印象を言葉として書きました。

さぁ、これからの1ヶ月余り、中体連高砂大会から始まる中体連大会をどこまで登り続けられるか、その最終調整の期間に入ります。

野球の練習においても、普段の生活においても、怪我をしない事、一人ひとりが十分に心に留めておいて欲しい事柄です。

そして、この1年間鹿島中野球に取り組んできた、己を信頼し、仲間を信頼し、鹿島中野球を信頼して、一朶の戦う集団へと気持ちを盛り上げていって欲しいと思います。

そして、『勝って』『勝って』『勝って』、中学野球を楽しみ尽くして下さい。

p.s.
日岡山公園野球場についた、13:30、直前に行われた『第33回西日本軟式(二部)県大会決勝』の閉幕式が行われていました。そこで野球というスポーツの礼節の厳しさを思い知る事になりました。

スタンドに着いたとき、丁度、日章旗・大会旗降納、優勝旗授与、そしてダイヤモンド行進が行われました。その直前に、放送席からスタンドの観客へ、起立と脱帽の要請があったにも関わらず、これから始まる試合の準備で全く耳にも入らず、また例え入っていたとしても、他人事として無視していたでしょう。
現実に、一塁側スタンドで控えていた平岡南中は、選手・応援団とも起立し脱帽していたとの事です。私はそれさえ見ていなかった。

藤原監督は、肘やふくらはぎに痛みを訴えていた選手のケアをされていて不在。藤原監督は、その後、事態を掌握されぬまま、審判控え室に挨拶に行かれ、鹿島中の礼儀をわきまえぬ行為に対して叱責を受けられたとの事。

今回の件では、私たち父母会サポーターは大会運営者から、一観客でなくチームの一員と見なされている事を理解しました。
今回の失敗を繰り返さないようにする事は当然ですが、今後、野球に関わってゆく限り、野球全般に関わる作法、運営で戸惑う事が、これからも数多く遭遇する事になるでしょう。

今後は、試合会場に入った時点で、公式な場所に足を踏み入れたという気持ちを持って、細心の注意を払い、不明瞭な点があれば、必ず監督の指示を仰ぐ、そうして、未然に不具合を回避する様、心掛けたいと思います。