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中国政府に対して、一介の日本人からの意見です。

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2023年8月3日木曜日

「はだしのゲン」削除問題が私を突き動かします

 先日放送のあったNHKのクローズアップ現代『「はだしのゲン」教材からなぜ消えた』の回を観て、私が思っている事を書きたいと思います。


「はだしのゲン」の舞台となった広島市の、現在の広島市教育委員会が、10年前に小学生向けの平和教育学習教材に引用した漫画「はだしのゲン」を、2023年度版から削除した。昨年、改訂に関する現場教員との意見交換の席では削除という話にはならなかったのに、削除の明確な理由、プロセスが示されないまま、2023年度版から突然削除された。

この問題はマスコミに取り上げられる様になって、教育委員会が削除の理由として示したのは、

・「はだしのゲン」で描かれる描写が、現代の子供たちの生活実態に合わない、また、「(道徳的に)誤解を与える恐れがある」

・被曝の実相に迫りにくい

そして、保守団体などからの削除圧力が影響したかとの問いには、全くなかったと回答している。


この「はだしのゲン」削除のニュースを聞いて、まず思ったのは、「二宮金次郎像撤去」ニュースと同じだ、という事です。

今の生活実態にそぐわないから撤去せよ、削除せよという一定数の示威運動に、必要性の説明や話し合いを持ちかける事をせず、批判を受けないために、もしかしたら説明や話し合いの労力こそ無駄と考えているのか、なんの為らにもなく撤去や削除に踏み切ってしまう、こんな風潮が、今の世を席巻しているという強い危機感です。


次に思ったのは、教育が指導手順に則ってしか行えない現在の教育現場への危機感です。

平和教育、平和を教育する、聞こえは良いが、私自身、平和とは何か?を簡潔に説明することが出来ません。平和とは何か?とは常に探求を必要とする哲学のテーマだと考えるからです。時代や国、一人ひとり考え方が違えば、平和の捉え方は千差万別だと考えます。


こんな意見もありました。私たち平和を享受している日本人だからこそ平和教育が行えると。

日本は78年前の戦争で敗戦の道をたどり、軍事力は壊滅させられ、末期には、全国津々浦々まで焼夷弾で火の海にされ、沖縄は地上戦で殺戮の場となり、広島と長崎は原爆投下によって焦土となりました。そしてようやく日本の支配者たちは敗戦を受け入れました。日本は占領されました。占領下で、新しい憲法が発布され、そこには戦争放棄、武力放棄が書かれていました。そして私たち日本人の多くは、日本が独立国として復帰後も、新憲法を御題目の様に唱え、それが平和の形なのだと信じて、今日に至っています。

日本は平和でしょうか?探求が必要な平和という概念などまるでない様に、戦争を放棄したのだから世界一平和な国だ、と言わんばかりに、平和の二文字にすがりついています。

この78年、戦争で対峙し、日本を負かしたアメリカは、今や日本人にとって、なくてはならない友邦国となりました。戦争が生んだ深い遺恨は水に流され、両国の国民には深い友情と信頼、尊敬が保たれる様にもなりました。

しかし安全保障の面においては、日本はアメリカの支配を受け続けています。敗戦の日本を占領したアメリカ軍は、現在は日米安保の名のもとに、日本全土を縦横無尽に機動する権利(支配権)を維持しています。

また、戦後に朝鮮半島に成立した二つの国は、長年、日本の安全保障において脅威であり続けました。韓国は、時の政権覇者によって友邦国の様になったり、敵対国となったりです。そして北朝鮮は、日本人拉致に始まり、様々な犯罪の温床であり、そして近年ではミサイル開発、原爆開発が異常な脅威を生み続けています。

冷戦期において、ソ連は日本を冷戦の最前線として捉え、常に武力による脅しをかけ続けていました。ソ連が崩壊して、ロシアと名称が変わっても、実態は少しも変わらず、再びプーチンという独裁者がロシアを支配して、底知れぬ領土拡大欲によって、ウクライナ侵略戦争へと突き進み、東アジアにおいても、威嚇や恫喝を通り越して、いずれは侵略してもおかしくない有様です。

戦後に中華民国を台湾に追いやって、中国大陸で成立した中華人民共和国は、自ら掲げた共産主義で国を滅ぼしかけますが、共産党という支配組織を維持しながら、実態的に共産主義を捨て、デモクラシー国家の経済活動である資本主義と自由経済を取り入れて、海外資本や技術を吸い込んで、30年たらずで世界一の経済力と軍事力を有するアメリカに脅威を与える存在となりました。そしてその中国も独裁国家の姿を呈してきました。


平和が戦争の脅威のない状態を表すならば、自らを守る術(いくら優秀な隊員を有する自衛隊があって、有数の新型兵器を有していたとしても、憲法がそれを否定しているため)を持たない日本は、アメリカ軍の安保という信義に頼るだけの日本は、張りぼての平和の国と言わざるを得ないと思います。


「はだしのゲン」削除問題で、もう一つ聞く事は、教育に政治的に偏った思想を取り入れてはいけないという各思想団体からの圧力が、実際あるという事です。そのために、どこからも非難されない、無難な指導内容が選択され、それに沿ってしか、教師は子供たちを指導できないという制約です。

でも、誰かが指導要領を決め、それを上意下達で通達され、下位では、考える事が許されないでは、政治的な偏りそのものだと思います。

現在の日本の支配者層の思想で、教育が改悪されてしまう、そういう危機感を覚えます。


それならば、誰かの平和思想に縛られる事になる平和教育は止めにして、教育の現場で、教師も生徒もともに、戦争について考えてみてはどうかと思います。

人間は何故戦争をするのか

これまでの戦争が、どれほどの悲劇と悲惨を生んできたのか

これから戦争が起これば、私たちに何をもたらすのか

教師と生徒が、そして生徒の家族も巻き込んで、みんなで知る、みんなで考える

そして、私たちはどうすればよいのかを真剣に考える


過去の戦争を知る資料なら、私たちの先人は多くのものを残してくれています。それを教材にすればいい。誰かが指定したものではなく、みんなで持ち寄り、学び考える、そして共有する、それが、教育に求める、本来の形ではないかと思います。


p.s.

私は漫画「はだしのゲン」を全部読破した記憶はありません。でも子どもの頃に一部を読んで強烈な印象を今も残しているシーンがあります。ケンが荼毘に付され白い骨となった母を、泣きながら食らうシーンです。考えられないほどに悲しく辛い思い出です。


原爆についての資料として、私が第一級と思うのは、長田新先生が編んだ、被曝した広島の少年少女が書き記した被爆体験の作文集「原爆の子 -広島の少年少女のうったえ-」です。読み進めるほどに、彼らひとりひとりの体験が、津波の如く何度も心に押し寄せてきて、それは、鮮やかな色、光、匂い、そして、痛み、苦しみ、死、を私の心に刻んでいきます。本当に、あの日、あの場所に、自分も居たかの様な気持ちになります。

2023年7月31日月曜日

美しい風景を見て、私たち日本人の心構えについて考えました。

 先週末、BS番組『青木崇高と岸井ゆきのがアルプスの大自然を巡る旅 第一日目の旅』を観ました。


アイガーの麓に広がる牧草地や草原をトレッキングした岸井さんの一日目のゴール地点、神々の領域である氷壁の岩峰と、麓に人の手によって開かれた牧草地や草原が広がり、その中心にグリンデルワルト村を望む、この絶景を観て岸井さんが微笑みながら語った言葉に、私は胸を打たれました。


(人が自然と)共存している・・・、人間の方に心構えがないと、こうはならないですね


岸井さんは、心構えという言葉で、この旅で感じ取られた、この地で暮らす人々の誇りと覚悟を表現されたのだと思います。


でもこの世界には牧歌的な風景、天国の様な風景とは真逆の、ミサイルや爆撃によって無慚に破壊された町が広がる風景、地獄の様な風景が、悲しい事に、日を追う毎に広がっている現実を私たちは知ってもいます。


昨年の2月24日に、ロシア軍による隣国ウクライナへの唐突な軍事侵攻は、真に地獄の様な風景です。そして、それは、今も、日々、悲しい事に、続いています。

ロシア軍による軍事侵攻は、全く以て人命や文明を蹂躙する無差別攻撃、無差別殺戮です。


でもこのロシア軍によるウクライナ軍事侵攻は、ヨーロッパ諸国の、特に東ヨーロッパ諸国の人々の、心構えの有り様を、観る、知る、事が出来ました。

ヨーロッパ諸国は、特に東ヨーロッパ諸国は、ウクライナ軍事侵攻によって命の危険が迫り、列車で、車で、徒歩で、隣国に逃れようと国境に押し寄せる数百万のウクライナの人々を、迅速に温かく受け入れました。

東ヨーロッパ諸国は、西ヨーロッパ諸国の繁栄から何世紀も取り残されてきましたが、ソ連の崩壊によって、ソ連の支配から解放され、EUの一員としてこの三十年、デモクラシーを実践しながら歩んできました。そして、豊かに安全に自由に生きる事を享受することが出来る様になりました。

一方で、数世紀に及ぶロシアの脅威は、ソ連が崩壊して後も、失せる事はありません。ロシアへの懐疑は失せず、ロシアに支配され蹂躙された記憶も失せる事はありませんでした。


それがヨーロッパ諸国、特に東ヨーロッパ諸国の人々の、国を超えた連帯と人道行為に繋がっているのだと思います。


では、私たちの国、日本はどうでしょうか?

ロシアのウクライナ侵攻と同調する様な、中国による台湾侵攻が、差し迫った脅威として、テレビで連日報道され、政府は日本への脅威に対抗するための抑止力となる武力強化を着々と推し進めています。

そう、どこか台湾有事は、日本有事にすり替わり、台湾侵攻は、他人ごとの様に語られています。私たち日本人もどこか他人ごととして聞いている様に思います。

もし、万一、明日にも中国軍による台湾侵攻が始まれば、命の危険が差し迫った中華民国の多くの人々が、近隣の島国、そう日本へ、飛行機で、船で、押し寄せる事になるでしょう。


その、もしかしたら数百万にも及ぶ避難民を、私たち日本人は迅速に温かく受け入れる心構えが出来ているでしょうか?

私は、この事を何よりも先ず、国会で議論し、すべての日本人を巻き込んで、日本人が取るべき人道を探り、世界の国々に示す事が大事だと思います。

武力の強化や連帯以上に、国家を超えた人々の人道の連帯こそが、一番の抑止力となるのではないでしょうか。

そしてそれは、中国の人権や人道に心ある多くの人々との連帯に繋がって、それが中国政府に軍事侵攻を思い止まらせる抑止力となるのではと思います。


2023年7月30日日曜日

79年前のカウラ事件が私たち現代の日本人に訴えかける事

 一年前になりますが、ラジオ関西金曜日の夕方に放送される『田辺眞人のまっこと!ラジオ』で、後にカウラ事件と記憶される、太平洋戦争時には表沙汰になることのなかった日本人捕虜による集団自決事件をはじめて知りました。


第二次世界大戦時、東南アジアや太平洋上の戦闘にて捕虜となる枢軸国の戦闘員(多くは日本兵)を収容する捕虜収容所がオーストラリアの各地にあり、シドニーの内陸部の町カウラもその一つでした。

1000名を超える日本人捕虜は、オーストラリアがジュネーブ条約に則って捕虜を遇した事により、生命の危険もなく収容所内では自治を持って生活する事も許されていました。イタリア人の捕虜などは、国の家族に無事を知らせる手紙を書いていました。

しかし、日本人の捕虜は、偽名を通し、国の家族に手紙を出すことはありませんでした。

その理由は、大日本帝国軍の兵隊に通達された戦陣訓の一文『生きて虜囚の辱めを受けず』です。捕虜は屈辱であり、捕虜に甘んずるものは非国民であり、捕虜となったことが日本に知られる事となれば、家族にも累が及ぶ事、大日本帝国軍の隊員は心に刻んでいたからです。

だれもが本心は、生きて国に帰りたい、家族と共に平和に暮らしたい、という口には言えぬ希望を抱いていた事と推察します。しかし、後に捕虜となった隊員の幾人が戦陣訓を持ち出して一斉蜂起を唱え、その賛否を収容者全員に問うたところ、誰ひとり否を唱えることが出来ず、そして、1944年8月5日午前2時に首謀者のひとりとされる偽名南忠男の吹く進軍ラッパを合図に一斉蜂起し、重火器の雨に晒されることとなって、231名の日本人、そして警備側の4名のオーストラリア人が死亡する大惨事となりました。その中には、病気や怪我で蜂起に参加できない隊員が自決を強いられた死もあった様です。

この事件は、数日後赤十字を通じて日本に通達されましたが、その後もオーストラリアでは極秘扱いとされ、日本においては捕虜は伏せられ、オーストラリア人による日本人大虐殺という戦意高揚のプロパガンダに利用されたといいます。


そして戦後、1962年にオーストラリア政府によって、収容所跡地にカウラ日本人戦死者墓地が建設され、カウラ事件の死亡者を含む522柱の日本人戦死者が埋葬され、翌年1963年には、オーストラリア政府の計らいで、墓地は日本国に譲渡されました。


1970年代にアボリジニの文化研究をするためにオーストラリアに渡った若き研究者中野不二男さんが、現地でこの事件の事を知り、当時の公文書や現地の人々に聞き取り調査をし、また生き残った日本人への聞き取り調査(口の重い人からの聞き取りは困難を極めた様)をして、事件の全体像を明らかにし、『カウラの突撃ラッパ』と題する事件の詳細を明らかにした本を出版されました。


この事件は、現代の私たち日本人も払拭できていない心の闇を、私たちに問い掛けていると感じます。

心の中に持っている善悪を判断する心が、私たち日本人は十分に養われている筈なのに、同調圧力に抗うことなく屈してしまう、そしてさらには、悪に手を染め心を病むか、命を落としてしまう。

そういう事例は、現在も枚挙にいとまがない。

昨日今日の話では、BIGMOTORと損保ジャパン等の損保会社による詐欺事件、傷害事件もこれが真因ではないかと感じます。

表面だけ繕っても、心の問題を解決しなければ、さらにこの先、私たちは手遅れになってしまうかもしれない怖さを感じます。

2023年7月22日土曜日

宮崎駿監督作品を楽しんでいます。

 金曜ロードショーで久々に『もののけ姫』を観ました。冒頭で祟り神から死の呪いを受けた蝦夷の若者アシタカが、祟りの正体を求めて深遠な山野を越え旅をするシーンの、背景画と音楽が圧巻で、一気に宮崎駿監督が紡いだ叙事詩の世界に引き込まれてしまいました。

この『もののけ姫』のロードショーは1997年でした。ジブリの巧みなメディアミックス・プロモーションによって、『もののけ姫』はセンセーショナルな作品となり、封切りした映画館は、どこも軒並み立ち見が出る大盛況がロングランで続き、当時の日本の映画歴代興行収入記録を塗り替えました。

私もメディアミックス・プロモーションに大いに影響を受けたひとりで、書店で『もののけ姫』関連のムック本を購入し、大いに読みふけったものでした。

勿論、映画も観ました。立ち見でしたが、大いに感動した事を覚えています。


そして、先週から宮崎駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』が公開されましたね。この作品は、一切のプロモーションが行われないばかりか、一切の情報が秘匿されたまま公開日を迎えました。

私は、公開初日の最初の上映で、この作品を観ました。まだ夏休み前の金曜日の朝でしたので、館内に子どもの姿はほとんどなく、宮崎作品を愛する大人の観衆が集った中で、上映は始まりました。

物語は、とても一回の視聴では受け止めきれない難解さがありました。でもこの難解さの中に、私はナルニア国物語の読後感に通ずるものを受け止めた様に思いました。

映像は、これまで見た事がないほどの疾走感と、印象派の絵画の様な静寂感の静と動に溢れていて、難解さと相まって、その美しさは際立っていました。

音楽も、ある意味非常に印象的でした。これまでの宮崎作品は双子の様に久石譲のサウンドトラックが存在していました。映像を見れば音楽が頭の中に流れ出し、音楽を聴けば映像が頭の中に流れ出すという具合にです。ですが今作品の久石譲のサウンドトラックは、まるでサウンドオブサイレンスの様でした。神秘的で緊張感を誘うサウンドで、見終わった後にメロディが残ることはありませんでした。

本編が終わって、米津玄師が歌う『地球儀』とエンドロールが流れる間、誰ひとり立ち上がる者はいませんでした。きっとみんな、同じ気持ちなんだろう、エンドロールから少しでも確固たる情報を拾おうと静かに躍起になっている、そんな雰囲気が漂っていた様に思います。

そして、公開から一週間、『君たちはどう生きるか』の公開第一週の興行収入は、ジブリ一の興行収入を記録した『千と千尋の神隠し』を超えたとニュースで読みました。


宮崎駿監督は、理屈や屁理屈が下地となって描かれるSFではなく、純粋な、古典的なファンタジー、夢想した世界を映像化して、私たちに届けてくれたのだと、今感じています。ファンタジーの世界は、無垢な心で堪能したいと思います。

これほどのファンタジーを描いて見せた宮崎駿監督には、死ぬまで筆を置かず、二度と引退は口にせず、新たな新ファンタジーを紡いでいってほしいと願うばかりです。

2023年7月2日日曜日

カテリーナが届けたいウクライナのリアル

 こんにちは。

妻が朝の情報番組「あさイチ」を毎回録画して見ていますが、先週水曜日の回は「カテリーナが届けたいウクライナのリアル」という副題がついていましたので、私も録画したこの回を見ました。そして、思った事、感じた事を書き記したいと思います。

番組は、NHKで5年前からディレクターとして働いているウクライナ人女性ノヴィツカ・カテリーナさんが、戦時下のウクライナで現在も暮らす幼なじみや学生時代からの女友だちにテレビ電話を繋いでインタビューし、現在の彼女たちが置かれている状況と、日本人の視聴者からの質問に対する彼女たちの率直な意見を通じて、戦況を報道するニュース報道では知り得ない、戦時下で日常生活を送らねばならない市井の人のリアルな思いを、私たち日本人に伝えてくれる希有でとても強いメッセージが込められた内容がありました。

※次の火曜日(7/4)まではNHK+の見逃し配信でも視聴することができますし、NHKサイトでテキストを読む事も出来ます。

NHK みんなでプラス>ジェンダーをこえて考えよう>ウクライナ人ディレクターが聞く “戦争のある暮らし”

彼女たちの発する言葉は、とても心に刺さりました。

一部を抜粋掲載させていただきます。

オーリャ「まず、私たちの置かれている状況を想像してみて欲しいんです。例えば、もしアパートの隣の部屋の人が、ある日突然ドアを蹴破ってあなたの部屋にやって来て『ここはあなたの部屋じゃない、私の部屋だ。私は今日からここに住む』と言い出したら?そしてあなたの冷蔵庫の中のものを全部食べて、あなたの妻をレイプして、あなたの子どもを奪ったら?これが私たちの置かれている状況です。

あなただったらどうしますか?「どうぞどうぞ、アパートをお譲りします。なんでも使って良いですよ」っていう訳にはいかないでしょ?私たちの家、私たちの国、私たちの歴史を諦める訳にはいかないの」

アンナ「ロシアに抵抗する道を選んだのは政府じゃなくて、私たち自身だよ。ロシアは私たちが大切にしてきた文化やウクライナ人としてのアイデンティティまで否定している。こんな仕打ちは不条理過ぎる。だから私たちは戦っているんだよ」

オーリャ「多くの海外メディアは、いまだに『これはプーチンの戦争だ』と書いている。実際にはそうではない筈。誰にでも選択肢があると思う。

ロシア人は戦場に行く事を余儀なくされたとしても、そこで女性を襲ったり、民家を銃撃したり、SNSに嬉しそうなコメントを書いたりする事は、誰かに強いられている訳ではないでしょ。

だから私は『ロシアとウクライナの戦争は、あくまでプーチンの戦争なのだ』と言われると、憤りを感じるの」

戦争が終わったら、またロシア人と会話できると思いますか?という問い掛けに対して

オリガ「いいえ。どうコミュニケーションをとればいいの?第二次世界大戦の例を見ると、まあ、三世代くらい後には可能になるかもしれないけど。

でも、私たちの世代も、私たちの子どもの世代も100%無理だと思う。」



平安な日常をを奪われた上、国土を、文化を、命を、人権を蹂躙され続けているウクライナの市井の人々の、ロシア人への憎しみの深さは、私の想像をはるかに超えるものがありました。

それにきっと、同じスラブ民族でありながら、この千年、隣国の大国ロシアによる占領や迫害、民族虐殺を幾度も経験してきたウクライナの人々にとって、ロシア人への不信と憎しみは血肉に脈々と受け継がれている様にも思います。

それでも、私たちは、直接に戦争に加わっていない私たちだけは、

この侵略戦争で心を痛めプーチンやロシアの体制に異議を唱え続けて拘束されたロシア人がいることを覚えていなければいけないと思います。

また、デモクラシーの国でデモクラシーを謳歌しながら暮らしているロシアをルーツに持つ人がいることを忘れてはなりません。

そして、ロシア国内で独裁者に洗脳され盲信し続けるしかない哀れなロシア人がいることを、理解しておかなければなりません。

私たちは、彼等を憎しみの対象に、絶対してはいけないと思います。

このロシアによる侵略戦争は、必ずロシアの敗北に終わらさなければならないし、もしもそうならなければ、ウクライナな被った悲劇は、いずれ世界中の弱国が被る悲劇となるでしょうし、この日本も、いずれ独裁国家、専制国家の武力侵略の餌食となってしまうでしょう。

だから絶対にロシアの敗北で終わらさなければならないと思います。

敗北したロシアは、ウクライナの復興のために、天文学的な賠償を負う事になるでしょう。

それでも、ロシアの心ある人々が、ロシアを平和で人権をなによりも重んじる国家として再建する道も、また、応援しなければなりません。


怨みは怨みしか生み出しません。

協力関係や信頼関係を育むには、許しと救いが欠かせません。


それこそが、戦争当事国でない国家の役割ではないかと思います。そう、私たち日本人が、日本が、本当に行うべき役割ではないかと思います。


2023年5月23日火曜日

平成中村座姫路城公演を観劇しました。

俳優の高橋英樹さんが、平成中村座姫路城公演を観劇されたというニュースを妻が見つけて教えてくれました。高橋英樹さんのオフィシャルブログには、中村勘九郎、七之助ご兄弟と共に舞台の上で記念撮影された写真が掲載されていました。その写真には、舞台の借景として、実物の姫路城天守の姿が、夜の静寂に青く輝いていました。

高橋英樹さんのオフィシャルブログ写真にリンク

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実は、この平成中村座姫路城公演を、5月15日(月)に妻と一緒に観劇してきました。座席は舞台から見て右側にあたる二階の竹の後方の席で、舞台右側に延びる花道は真下にあって座席の前の柵の上に顔を伸ばさなければ見ることが出来ず、また舞台奥の借景も画角の下の方しか見ることの出来ない窮屈この上ない席でありましたが、でも第二部公演の二作目「天守物語」のクライマックス、舞台の背が開いて、光に照らされて緑に輝く姫路城内の松林が目に飛び込んで来るや、感動が頂上に達して、感激の涙がとめどなく溢れてきました。





歌舞伎なんて敷居が高いとか堅苦しいという何となくのイメージを持ってこの歳まできましたが、平成中村座という名と姫路城公演という希少さから、公演の座席を取り、いざ観劇すると、これまでのイメージは見事に払拭されました。

最初の演目「棒しばり」は、酒に目がない次郎冠者と太郎冠者の二人が、殿様の留守中に盗み吞み出来ぬ様に棒しばりされていたにも拘わらず、二人協力して酒蔵に潜り込み飲酒の挙げ句に棒しばりのまま酔いに任せて舞踊に興じるという、とても心躍る華やいだ演目で、その様子を楽しく堪能しました。そして何より、演ずる三名の演者とともに鳴り物奏者の方々、後見の方々、皆さんの一分の隙もない技量の素晴らしさに感銘を受けた次第です。

そして幕間後の二作目「天守物語」では、二時間近くにも及ぶ一幕の中で膨大なセリフと、一時も目が離せない演技、演出に対峙することになり、観る側も技量が試されている事を理解しました。そして私はその緊張に堪えきれず、前段の天守に潜むあやかしの姫君豊姫のところに、妹分である亀姫が遠く猪苗代の亀ヶ城から空を渡って訪問する怪しげで艶やかな交わりの段の途中で、窮屈な姿勢のまま寝落ちしてしまいました。気付くと亀姫がお供の鬼と帰路に着くところでした。しかし二段目では、豊姫と若侍の悲恋、そして追っての侍衆との立ち回りと、展開に強弱があって、そこでは舞台で展開される物語に引き込まれて、没頭して観劇しました。

豊姫の守護神である獅子頭が侍に刀で目を突かれると、豊姫と若侍ともに盲となり、このまま悲劇で終わるのかと悲観し始めたところで、この獅子頭を彫ったという名匠の翁が現れて獅子頭にのみを振るうと獅子頭の目に光りが戻り、それと同時に豊姫、若侍ともに目に光りが戻り、豊姫の怨念も晴れて、昇天するという大団円を迎えたところで、舞台の背が開き、外の本物の姫路城がライトに照らされた風景が、私たちの目に飛び込んで幕が下りました。

大大大大、大満足の観劇となりました。

2023年3月5日日曜日

ロシア 衝突の源流

 2月25日にNHK-BSプレミアムで放送のあったドキュメンタリー「ロシア 衝突の源流」を観て、これまでよく知らなかった現在も続くロシアの帝国化の歴史を少しですが知ることが出来ました。

ドキュメンタリーは、オックスフォード大学の教授で国際政治学者であるリチャード・ネッド・レボー教授が、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスが「人はなぜ戦争を選ぶのか」の動機としてあげた「fear 恐怖」「spirit 威信」「Appetite 欲望」の三つのキーワードに照らし合わせながら、大国化強国化帝国化の野望を実現するために、人民の犠牲も厭わず、なりふり構わず戦争に邁進し続けてきたロシアの戦争の歴史を解説するという内容でした。


番組は、3月11日(土)13:30から再放送されます。


番組の終盤に、三人の学者が語ったメッセージを、下記に記します。


クリストファー・コーカー教授 専門分野:軍事史・戦略史

「19世紀、ヨーロッパのほぼすべての国が国民国家になろうとしていました。しかしロシアは一度も国民国家になったことがない。ロシアはずっと皇帝がいる国なんです。」


ナレーション

「ソ連崩壊から9年後の2000年、ロシア共和国のリーダーとなったプーチン大統領。

東ヨーロッパの国々はロシアの影響下から離れ、ウクライナなどソ連の構成国も次々に独立しました。ロシアの勢力圏は帝国時代と比べて狭くなりました。

今、戦場となっている地域はかつてのロシア皇帝たちが求めて止まなかった黒海への道に位置します。しかしそこは古来からのロシア領ではなく、戦争によって手に入れた土地でした。」


ウラジミール。プーチン

「ウクライナ侵攻はロシアの同胞を守るためです。我々には他の手段はなかったのだ」


ナレーション

「かつて自らを正教会の守護者として戦争に及んだロシア、しかし、ウクライナもまた正教会の国です。プーチンが崇拝するかつてのロシア皇帝たちの主張とそれは矛盾しないのでしょうか。

核兵器の使用さえほのめかしているロシア、破壊の限りを尽くした先に何が有るのか、プーチンはかつての皇帝たちが想像さえしなかった領域に踏み込もうとしています。」


アンドレイ・ゾーリン教授 専門:ロシア文学・ロシア歴史

「歴史家である私が言うのも変ですが、世界を平和に保つ為に重要な事は、指導者たちが現代の問題に対する答えを歴史に求めないことです。歴史的に自分たちの土地がどうかを考えても不満しか産みません。あなたの国が過去に私の国を迫害したかどうかを考えても憎しみしか産みません。

歴史が国際政治の議論の中心になってはいけないのです。国の指導者が歴史を政治に利用し始めたとき戦争の前触れとなるのです。

私たち専門家の仕事は歴史を戦争の道具にしないことです。学問として冷静に捉え、憎しみや恐怖を生まないようにしなければいけないのです。」


リチャード・ネッド・レボー教授 専門:国際政治学

「20世紀に入り、大国が戦争に負けるようになりました。その理由の一つがナショナリズムです。戦争とは敵に苦痛を与えるだけでなく、自らも犠牲に耐えなければなりません。だからこそナショナリズムが必要なのです。

ウクライナ人は、こう話している間にもロシア軍と良く戦っています。西側諸国がウクライナに最新武器を提供したからだけでなく祖国を守るために戦って死ぬ覚悟があるからです。一方のロシア兵にはそんな覚悟は有りません。

ウクライナだけではありません。歴史を見れば明らかだと思います。戦争はもう起こしてはいけないのです。犠牲が大きすぎるのです。

更に、周囲の反対を押し切って戦争を仕掛けても国際社会からは孤立してしまいます。ロシアは今、非常に大きな代償を払っています。

プーチンは自分をピョートル、エカテリーナやスターリンの後継者でありロシア帝国を築き上げる使命があると考えています。しかし現実はその逆で、プーチンはロシア国家を破壊している最中だと思います。」