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パンデミックと戦うことを考える

昭和の始めに、日本が中国と、そして米国と戦争に及んだ理由を一言で記すことなどできないけれど、しかし、日本が戦争に負けた理由は一言で記すことができます。 それは、当時の日本の指導者の、「国民の人権軽視」と「戦争をするための戦略軽視」です。 「国民の人権軽視」、これは形式的な国...

2019年9月24日火曜日

佐渡裕さん指揮ベートーヴェン「運命」特別演奏会を鑑賞しました

先週水曜日は、ラジオ関西視聴者プレゼントで戴いた、
佐渡裕さん指揮ベートーヴェン「運命」特別演奏会を鑑賞するため、赤とんぼ文化ホールに出かけました。
開演が18時半、姫路バイパスを通っては間に合わないので山陽道を走り、なんとかギリギリ開演に間に合いました。
急いでホール内に入ると、すでに舞台上で佐渡さんが一人立って話をされていました。たぶん今日の演奏会についての説明をされていたのではと思います。でも着いたばかりでホッとした状態でしたので、喧噪をかき消して佐渡さんの声に耳を傾ける準備が出来ておらず、話の内容を聞き漏らしてしまいました。
それが第1部のアンサンブル演奏への戸惑いに繋がったと思います。
入館時に今日のプログラムを渡されましたが、音楽の教養がないために、プログラムを見ても演奏を想像することが出来ません。ですから佐渡さんの前説を聞き漏らしたのは致命的でした。巧妙な演奏も、それを理解する知識がないと十分に楽しめないことを痛感した次第です。
ですが、三番目の木管楽器のアンサンブル曲は聞き覚えのある曲でしたので、安心感というか親しみを感じながら聴きました。
後で調べますと、19世紀のボヘミヤ地方出身の作曲家スメタナの代表曲で、日本では「わが祖国」と呼ばれる祖国ボヘミヤの風景を描いた交響詩の、その中でも一番有名な曲「ヴルタヴァ(川)」でした。急流の水音、風の舞う音、を連想させるメロディがとても印象的で、はるかな祖国に思いを馳せるセンチメンタルな曲でした。

そして休憩を挟んで、19時50分から始まった第2部は、佐渡裕さん指揮によるベートーヴェン交響曲第5番「運命」の40分近く渡るオーケストラ演奏で、予備知識がなくても、激しさ、穏やかさ、葛藤、そして喜びが迫ってきて、すっかり音楽の虜にさせられました。
いやぁ、音楽家というのはただただ凄いと思いました。
と同事に、空間を隔てて届く音楽に大観衆が圧倒されるというのに、指揮者や演奏者はその音楽の生まれる発生源にいて、自ら発する音楽に圧倒されてしまわないのが不思議に思いました。そういう全身が音楽に包まれるという体験、経験してみたいと強く思った次第です。

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兵庫芸術文化センター管弦楽団特別演奏会
佐渡裕指揮 ベートーヴェン「運命」プログラム
令和元年9月18日(水)たつの市総合文化会館赤とんぼ文化ホール大ホール
18時30分開演

第1部
マルティンショウ:スウィート・スワッフ(打楽器四重奏のための甘いスワッフ))
Nicolas Martynciow: Sweet Swaff for Percussion Quartet

カルヴェール:組曲「モンテルジャンの丘」
Morley Calvert: Suite from the Monteregian Hills for Brass Quintet
Ⅰ.マーチ Marche
Ⅱ.憂鬱なシャンソン Chanson Mélancolique
Ⅲ.嘲りのワルツ Valse Ridicule
Ⅳ.村人たちの踊り Danse Villageoise

スメタナ:ヴルタヴァ(モリダウ)木管十重奏編
Bedrich smetana: Vltava (Moldau) for 10 Wins

メンデルスゾーン:弦楽のためのシンフォニア第10番 ロ短調 MWV N10
Felix Mendelssohn: Sinfonia No.10 in B minor, MWV N10

第2部
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 op.67
Ludwig van Beethoven: Symphony No.5 in minor. op.67
第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ Allegro con brio
第2楽章 アンダンテ・コン・モート Andante con moto
第3楽章 アレグロ Allegro
第4楽章 アレグロ-プレスト Allegro - Presto
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2019年9月17日火曜日

「人命は地球より重い」を使うのは止めましょう

先日、運転免許更新の手続きを行いました。
30分の優良運転者講習で手に取った交通安全の知識という冊子を捲ると、最初に運転者の心構えが書いてあり、その一項目は「人の命の尊さを知る」で、
『人命は地球より重い。・・・』と始まります。

この『人命は地球より重い。』というフレーズは、日本では当たり前の様に使われていますが、立ち止まって意味を考えようとすると、すぐに『う-ん』と詰まってしまいます。

このフレーズが広がったのは、昭和52年9月28日に起こったダッカ日航機ハイジャック事件といわれます。連合赤軍がムンバイで日航機をハイジャックし、その後、身代金と日本で収監されている連合赤軍メンバーの解放と合流を要求します。従わなければ人質である乗務員、乗客あわせて151名が殺されます。
そして、時の福田赳夫総理大臣率いる政府は、総理大臣の「一人の生命は地球より重い」の言葉とともに、超法規的措置を発動し、ハイジャック犯の要求をすべて飲み、人質は解放されて終わります。

この言葉から、日本では、尊さにランクがつけられて、より尊いもの、尊いことほど重いと表現しているのだと思います。でも、もしそうなら人の命にも無意識にランク付けがされるでしょうし、それは現在の日本国憲法の法の下の平等に反する行為です。
こじつけでは無く、それが人の命を軽んじて起こす犯罪の根っこにあるのではと思います。

仏教では、人の命は脆い、儚いものだと説いています。儚い、脆いにランク付けはありません。一切衆生皆、脆く儚いと説いています。これなら得心します。

一切衆生皆、脆く儚いのだから、
すべての生を助けなければいけない、守らなければいけない、また自分が生きていることに感謝しなければならない、と思えるのだと思います。

大上段に『人命は地球より重い』などとは言わないで、だれもが生に謙虚になれるような教育こそ必要では無いかと思います。

舞台「この音とまれ!」観てきました。

日曜日(9月15日)、
娘の招待を受けて、娘の会社(OFFICEEndless)が制作した舞台「この音とまれ!」の千秋楽公演を、森ノ宮ピロティホールで観劇しました。

「この音とまれ!」は、少年誌に連載中で、且つテレビアニメ化されている漫画作家アミューさんの作品です。(舞台の鑑賞後にGoogleで調べ、知りました)
16時5分、大ホールの照明が全て落ちて場内が真っ暗になり静寂に包まれた時、前面の舞台に幾筋ものスポットライトが照らされて、物語が始まりました。
箏の演奏、そして藤田弓子さんが出演されるという予備情報から静かな物語展開を一瞬想像しましたが、それは良い意味で裏切られました。それから約二時間、13名の俳優が全力疾走で友愛の物語を表現し駆け抜けました。その迫力や、観る側に一瞬の隙も与えるものぞ、という情熱が溢れていました。
そしてクライマックスは、彼らの友愛の物語の激しさ、葛藤、そして弾けるような喜びが、箏曲部六名の合奏で結実しました。箏がこんなにも情熱的に演奏されるものかと初めて知ると同事に、娘から、今度の舞台では若い俳優さん達が箏演奏に初挑戦すること、そのために早くから箏の先生について猛練習を続けていること、その様子を娘は見守っていること、などを折に触れ聞いていましたので、フィクションの中の登場人物とノンフィクションの演者達が見事にオーバーラップしました。そして、本当に良い作品に、娘が関われたことに、とても嬉しく思いました。

青春物語は、幾つになっても、それを観、それを感じることが出来るのは嬉しいことです。青春物語は、時に残酷です。でも後先考えず、向こう見ずに、真っ直ぐに突き進む、という躍動感と潔さが、観・感じるものに感傷的に、あるいは憧れの対象として引きつけるのだと思います。

そして青春物語には、人は何故改心するのか、が端的に描かれているのも魅力です。
主人公の久遠愛は、自分を庇い育ててくれた亡き祖父の真意を楽器修理店のお婆さんから聞かされて、箏に誠実に向き合うことを心に誓います。
倉田武蔵は、久遠愛の風体から最初は箏曲部の入部を拒みますが、久遠愛が一人でこれまで不良に荒らされてきた部室を綺麗に掃除していることを知り、本当に守らなければならないもの、信じなければならないものに気づきます。
鳳月さとわは、厳しさこそが人を強くする、人を動かすと、そういう風に育ってきて、箏曲部の男子部員を軽蔑していましたが、男子達の笑顔のひたむきさや友情に触れて、頑なな心が溶解します。

禅宗の一派である曹洞宗に「修証義」というとても素晴らしい経典があります。その第四章「発願利生」には、次の事が書かれています。

『人を助けるという仕方には、四種の智慧の実践があります。
一つ目は、布施 広く施すことであり、
二つ目には、愛語 愛の言葉であり、
三つ目には、利行 人助けであり、
四つ目には、同事 相手の立場になって導く
この四種の智慧を、ただひたすら人を助けたいという思いの一念で行うことです。』

「この音とまれ!」には、この四種の智慧の実践が詰まっていました。

特に感じ入るのは愛語です。
『面と向かって真心や愛のある言葉を聞くと、人は喜びが顔に表れ、心が豊かになります。
陰で真心のある言葉を聞くと、心に刻み魂に銘じて感動するものです』
箏製造職人の祖父の言葉、その愛ある言葉を面前で伝える楽器修理店のお婆さんの言葉は、まさに愛語に溢れていました。


キャストが箏(こと)で“龍星群”生演奏!舞台「この音とまれ!」ダイジェスト
https://www.youtube.com/watch?v=YiRo0e8pkNc

舞台「この音とまれ!」公式サイト - Office ENDLESS
http://officeendless.com/sp/konooto/


追記
妻が開演直前に買ってきたパンフレットの一番後ろに、スタッフとして娘の名がありました。娘がこの制作に関わり、少しでも認められた証と思います。有り難うございます。

2019年8月27日火曜日

ソウルシンガー さくまひでき を知る

日曜日、妻の日曜礼拝に付き合って竜野に行き、礼拝の間は竜野図書館で雑誌を読みながら待ちました。その後、霞亭で絶品のにゅうめんを頂いて、そして次の目的地、妻の眼科診察のためリバーシティーに行きました。
眼科診察を待っている間、二階からタワーガーデンで始まったライブを、最初はぼーっとしながら眺めていました。
弾き語りのイントロを聴いて、あれあずさ二号???あれ、狩人とちゃうやん、ソロで歌ってるやん、最初はこんな調子でした。でも、聴き惚れるギター演奏と、堀江淳さんばりの甘い歌声に、この歌手は誰だろう?とだんだんと興味を持って聴き始め、ラストで歌われたオリジナル曲には、喧騒で少し聞き取りにくい中で歌詞を必死に聴き取りました。
その歌は、老人ホームで余生を送る女性の秘めたラブストーリーが綴られていました。
戦時中、同い年の青年と恋を育み始めた16ページ、でも赤紙が青年を戦地に送り命を奪った17ページ・・・、と90歳の女性が恋人を失ってからの人生の節目節目の出来事を、まるで日記のページを捲るように回想します。そして回想を終えた女性は、静かに息を引き取り恋人の元へと旅立ちます。
19ページ、21ページ、28ページ、36ページ・・・と、繰り返される「ページ」のフレーズが、とても印象的で、心が優しい感動で満たされました。
歌手の名前は、さくまひできさんという御名前でした。
それからしばらくコーヒー店で時間を過ごしてから再びタワーガーデンが見える二階に戻ると、さくまひできさんの2回目のライブが始まるところでした。今度は音が聞きやすい場所で聴きました。トークの内容から、ライブ中心で全国を渡り歩いて20年以上活動されていることを知りました。だからでしょうね、観客の歌のリクエストを受けて昭和歌謡からフォークソング、最近の若者の歌まで、なんでもギターを演奏しながら歌われるのです。そして2回目のライブの最後もオリジナル曲でした。その歌は東日本大震災を乗り越えて頑張ろうとしている大切な一人ひとりの命を賛歌する歌でした。この歌も、繰り返される「命」のフレーズが印象的で、心に迫るものがありました。
そしてアンコールでライブ最後の歌、「隣の芝生は青く見えなかった」を聴きました。ご自身の家族の愛が、さだまさしさんばりに沢山の言葉で綴られていました。
さくまひできさんは、私よりも十ほど若そうですが、その歌、歌に込められたソウルは、私の心にドンピシャにハマりました。
ライブが終わって、手売りされていたCDを一枚買いました。CDジャケットにサインを貰い、短く会話をして握手して別れました。まじかで接したさくまさんは、千鳥ののぶさんによく似た、優しい雰囲気の方でした。

妻も、診察待ちの間、少しライブを聴いていましたので、感想などを話しながら帰路に着きました。
トークがちょっと早口やったな、おじいさんの耳にはちょっとしんどかった、とか
ほんまに優しさが溢れててたね、(勝手な解釈で)フォークシンガーよりもソウルシンガーや、とか
でもちょっと髪ばさばさやったな、とか、目が垂れ目やったな、サングラスかけてたら雰囲気がまた違ったね、とか

帰ってから、一本松連中にラインで、「17ページ」と「命、2011からのメッセージ」と「隣の芝生は青く見えなかった」のyoutubeアドレスを送ると、「なるほど」といちゃさんから返信がありました。

出会えて嬉しかったです。


2019年8月24日土曜日

秋季地区大会真っ盛り

大いに盛り上がった101回目の夏の甲子園

明石商業、最高に素晴らしい戦いぶりでした。
そして履正社の17番二年生岩崎投手、しっかりとその名、刻みました。

が終わってしまった、と祭の後の寂しさみたいなものを感じていました。忘れてました、盆が過ぎれば、秋季地区大会が始まることを・・・

兵庫県高校野球連盟のホームページから秋季地区大会の組み合わせ表をダウンロードし開いてみると
播淡地区は今日と明日が4ブロックの1位決定戦です。

播淡地区Aブロック
明石北(明石市)2 vs. 西脇工(西脇市)4 8月24日(土)10時 淡路佐野球場

播淡地区Bブロック
津名(淡路市)1 vs. 北条(加西市)2 8月24日(土)13時 淡路佐野球場

播淡地区Cブロック
淡路三原(南あわじ市)5 vs. 松陽(高砂市)1 8月25日(土)10時 淡路佐野球場

播淡地区Dブロック
加古川南(加古川市)3 vs. 小野工(小野市)2 8月25日(土)13時 淡路佐野球場

上記8チームは県大会進出です。

敗者復活戦で各ブロック第3代表を目指すのは
播淡地区敗者復活戦①
(東播磨(加古川市)vs.加古川東(加古川市))
vs.(社(加東市)vs.三木北(三木市)) 8月27日(火)10時 淡路佐野球場

播淡地区敗者復活戦②
(明石高専(明石市)2 vs.東播工(加古川市)11 )
vs.(明石(明石市)9 vs.小野(小野市)1 ) 8月27日(火)13時 高砂球場

播淡地区敗者復活戦③
(加古川西(加古川市)vs.県農業(加古川市))
vs.(高砂南(高砂市)vs.洲本(洲本市)) 8月27日(火)10時 高砂球場

播淡地区敗者復活戦④
((三木(三木市)10 vs.明石清水(明石市)0)vs.西脇(西脇市))
vs.((三木東(三木市)0 vs.加古川北(加古川市)4 )vs.淡路(淡路市))
8月27日(火)13時 淡路佐野球場

松陽高校、そして高砂南 応援しています。

9月7日(土)おはなし会です。

担当日の四週間前に、当日お話しする(予定の)本を連絡しなければならないところ、忘れていました。気づくと後二週間になっていて、急ぎ図書館に連絡を入れました。

9月7日(土)は、
ひと夏を過ごして、またすこし成長した子供達に送りたい、読んであげたい次の2冊を選びました。

①たいせつなこと
 マーガレット・ワイズ・ブラウン 作
 レナード・ワイズガード 絵
 内田也哉子 訳
②ムーミンのふしぎ
 トーベ・ヤンソン
その他、1、2冊を準備

加西市立図書館のおはなし会に参加する子供達は、下は2、3歳から上は小学生1,2年生です。2冊とも、言葉が若干多い絵本ですが、絵本の力を信じて、音楽や声色を使いながら、少しでも楽しいおはなし会にできればと思います。また一緒に聞いて下さる親御さんたちにも楽しんで頂ければと思っています。
おはなし会は、毎週土曜日二時から開催されています。素敵な読み手に出会いに、素敵な絵本と出会いに、是非お越し頂ければと思います。

この夏の記憶 その1 猿が出た

今年は梅雨入りが例年にないほどに遅かったですね。気象庁の発表では、近畿地方の梅雨入りは例年より19日遅い6月26日(水)ごろと発表されました。(梅雨明けも例年より3日遅い7月24日(水)ごろと発表されました。)

その梅雨の最中の出来事でした。
我が町北浜町で、何度も猿の目撃報告と注意を促す防災放送が流れました。
そして、あれは7月13日(土)の夕方の事でした。ちょうど小雨降る裏庭の風景を眺めていた家族の目に、裏庭の向こうの西浜川のフェンスの上を器用に伝い歩きしながら北へと進む猿の姿が目に飛び込んできました。家族の「猿が出た」という高揚した叫び声が二階にいた私の耳に届きました。その時、猿を目撃したのは一階にいた家族とウルちゃんでした。ウルちゃんもテレビ台の上に乗って窓に手をかけ立ち見で外を凝視していました。

一本松連中にLINEで一報を書き込むと、すぐにぼーさんから「家の裏の畑の野菜がやられた様子」、またカズヤから「牛谷も出た」と追記の書き込みがありました。
でも私自身、まだ猿は見ておらず、取り残された様な気分でした。

そして翌日、庭で草引きをしていると、また猿が出たとの町内放送があり、ふと見ると同じように掃除をしていたのであろうと見える同じ隣保の一本松連中たかちゅんが川向こうで小学校の方に歩きながら、何やらニコニコしています。見ると小学校の方から市民の通報を受けてパトロールをしていた警官がこちらに向かっていました。その後で、高砂市のの危機管理部の職員もやって来ました。近所のFおっちゃんも自転車に乗って来ました。猿の出没騒動で、不謹慎かもしれませんが、私は野生猿と遭遇するかもしれないという、何というか心がざわめく気持ちになっていました。

たかちゅんと二人で、危機管理部の職員に話を聞くと
ひとつきほど前に牛谷に大人の猿が一頭出没するようになり、しばらくして北脇、西浜を飛び越えて的形町にも出没するようになり、遂に北脇、西浜、そして大塩町に現れたという話でした。
また、猿の捕獲罠ですが、兵庫県には二台しかなく、その罠は先に出没した牛谷と的形に仕掛けているため、北浜町では人間がパトロールするしか今のところ術がないとのことでした。
また、この猿は八家にある森に生息している群れから離れた猿ではないか、ということでした。
Fさんの話では小猿を見たという話もあって、いま追っている離れ猿とは別に親子猿がいるかもしれないという話も出ました。
また猿は、放っておくとどんどん大胆な行動に出ているようで、大塩町の方では民家の軒を強く揺らす悪さをしていたという話も聞きました。

たかちゅんは、私の家の物干し竿を指さして、
「猿がまたフェンスに現れたら、お前がその物干し竿で川に突き落とせばええやんか」と笑いながら指図をします。
「そんなことできるわけないやろ」と言い返すと
「そしたら連中に応援頼めばいいやん」
「そんなんアテにならんやろ、離れてビールでも飲みながらはやしたてるんがオチやん」
と、まあしょうも話を一時してからお開きしました。

その翌日の事です。早朝、庭で水まきをしていると、隣家との境目のブロック塀を伝って猿が目の前に現れました。顔の真っ赤な、立派な野生のニホンザルでした。遂に猿とご対面を果たしたことで、思わず笑ってしまいました。そして猿に向けて放水すると、おずおずと後ろ向きに退場しました。後を追うと、もう姿はありませんでした。

それから、今日まで我が町で猿が再び出没したという話は聞きません。
あの猿はどこかに行ってしまったのか、仲間たちの元に戻っていたらな良いなあと思います。