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藪の中

先月、BSで黒澤明監督作品「羅生門」を観ました。同じ黒澤明監督作品である「用心棒」や「椿三十郎」の様な痛快な時代活劇ではなく、陰鬱な気分になってしまう平安時代が舞台の物語です。 物語は、ある殺人事件の重要参考人として捕らえられた盗賊の多襄丸、殺された若侍の新妻真砂、そして殺さ...

2019年4月21日日曜日

兵庫のヒストリアン田辺眞人講演会 in 高砂

ラジオ関西、「田辺眞人のまっこと!ラジオ」でおなじみの、歴史家で園田学園女子大学名誉教授である田辺眞人先生の、昨日、ぼっくりんホールで行われた講演会「高砂の歴史と文化から」に参加しました。

以下、先生に宛てた感想です。

田辺先生、お早うございます。
昨日、高砂で行われた田辺先生の「高砂の歴史と文化から」の講演会に参加しました。
私は高砂は北浜の住民です。十歳の時に姫路から越してきて二十歳過ぎまで、残念ならが高砂を誇る様な出来事に出会えませんでした。当時は、学校でも地域でも、郷土を学ぶ、という機会は無かったように思います。
でも大阪で働くようになって、上方落語を楽しむようになってから、高砂が舞台の「花筏」を枝雀さんの落語で知って、昔は、相撲巡業を呼べるほどに活気溢れる港町であった事が偲ばれて、はじめて地元高砂になんとなく誇らしい気持ちが持てるようになりました。

昨日のお話、神代から始まる日本の歴史・文化の中に、様々に播磨の国はもとより高砂の風景・文化がしっかりと織り込まれていることを知り、また、今も残る地名や言葉として、しっかりと息づいている事を理解して、とても誇らしい気持ちで夢中で傾聴しました。
アクシデントで、最後までお話を聴くことが出来ませんでしたので、続きはラジオでお願いしたいと思います。

後、私も来年60歳ですが、講演会は高齢者で大盛況でしたね。私はウォークには参加しませんでしたが、昨日はとても空気が澄んで、ウォークをするのに最高の天候でした。でも、それが災いしたのかもしれませんね。ウォークを満喫して、会場に来て、座席に腰を下ろして、突然どっと疲れが襲ってきたのでしょう。講演会が始まってすぐのアクシデントは、このようにして起こったのではないか、と想像します。
救急隊がすぐに駆け付けてくれるのは分かっていましたので、そう心配はしませんでしたが、救護ブースが常設してあれば、もっと安心かなと思います。

そして、池田奈月アナウンサーにお目にかかれず残念でした。体調を崩されて、少し長いので心配です。早く元気な声が聴けること、願っています。

追伸.
高砂でも、北浜町は隣接する姫路市大塩町との関係が深く、あまり高砂市民という意識は薄いです。この辺りは、昔は塩田が広がっていました。中学まで、その風景を眺めることが出来ました。遙か昔は、この辺りは、日笠山から一本松の裾まで海だったといいます。北側の的形大鳥辺りまで、深い入り江の海であったといいます。もしかしたら御津から相生に続く七曲がりの様な風光明媚な海岸線であったのかな、と想像します。そういえば、竜山の山頂辺りに観濤処という巨石碑がありますね。往年の風景を想像すると楽しくなります。また、この辺りの話も、どうぞ詳しく教えて下さい。お願いします。


2019年4月19日金曜日

想像してごらん、何故キレるのかを

キレることで事件や事故を引き起こす事案が多発し、社会問題となっています。
同様に、衝動を抑えられずに問題行動を起こす事案も多発し、社会問題となっています。
事件や事故、問題を起こす人には、一見して特徴を見出すことは出来ません。社会的地位のある人も無い人もいるからです。また社会の規範を指導する、あるいは守る立場の人もいるからです。
では、何故起こすのか、以下は私の想像です。

イスラエルの心理学者ダニエル・カーネマン博士は、その著書「ファスト&スロー」(原題 Tinking,Fast and Slow)で、人間の思考には、
1.ファスト思考、学習することにより思考のプロセスが頭脳の中でプログラム化され、必要に応じてそのプログラムを瞬時に発動する思考。または無意識に働く思考。
2.スロー思考、ファスト思考では対応できない熟考を必要とするときに働く思考。または意識しなければ働かない思考。
の二つがあると説明しています。
野球で表現するなら、
ファスト思考で行うのが守備。守備練習を繰り返し、頭脳と体に染み込ませる(プログラム化)ことで、状況に応じた守備動作を瞬時に選択し行動する。
スロー思考で行うのが走塁。走者として都度状況を見極めて、盗塁のタイミングを計り、盗塁を行う判断を下し行動する。
でしょうか。
ファスト思考、スロー思考、この二つの思考が正常に働くことにより、私たち人間は日常生活を支障なく過ごせると同時に、熟考が必要な難題にも対応することが出来ます。また、スロー思考は、ファスト思考が引き起こすバイアス(先入観)を修正する役割も担います。そして私たちは思考し続けることで分別を維持し続けることが出来ます。

しかし、もしもスロー思考が働かなくなったら、私たちは、熟考ができなくなる、先入観で行動してしまう、分別を維持出来なくなる、ことが考えられます。

では、スロー思考が働かなくなる場合として考えられるのはどんな場合でしょう。
思いつくのは、
1.アルコールや薬物の中毒、依存症に陥った場合
2.慢性的な疲労状態や抑圧状態に置かれた場合
3.鬱やPTSDなどの精神的な病気を発症した場合
4.サイバー依存症に陥った場合
です。

アルコールや薬物の中毒、依存症に陥るというのは、それを摂取し続けなければ正気が保てなくなるという状態です。しかし、その状態はまだ序の口で、症状が進めば終日正気を失います。そして何よりも恐ろしいのは、摂取し続けるために、どんなことでも(嘘、窃盗、売春、殺人etc)苦しむこと無く行ってしまうという事です。そしてアルコールや薬物を餌に、簡単に操られてしまうという事です。

慢性的な疲労状態や抑圧状態に置かれるというのは、外的ストレスを長時間、長期間に渡り受け続ける過酷な環境に置かれるということです。その最たるものは人間の自由も尊厳も全てを奪う強制収容所です。しかし、心の自由を奪うだけなら強制収容所は必要ありません。モラルハラスメント(精神的な嫌がらせやいじめ)やパワーハラスメント(権力や腕力による強制、嫌がらせ、いじめ)で十分です。そして慢性的な疲労状態や抑圧状態に置かれた人は、熟考することができないために自存意志を発動できずに、奴隷のように従うか、最悪、死を選んでしまいます。

鬱やPTSDなどの精神的な病気を発症した場合というのは、鬱やPTSDの発症に至った不安や恐ろしい経験が、ふとしたことで甦り、混乱やパニックを起こすために、日常生活が続けられなくなる状態です。混乱やパニックは熟考するにも支障となるために、自ら解決策を見出すことも難しいです。この状態の時、外的な強制には応じることはないですが、カウンセリングによって心の持ちように変化が生じます。この心の持ちようの変化を見誤ると敵意を募らせたり、死を選ぶ危険があります。

サイバー依存症に陥った場合ですが、
最近、「サイバー依存症」についての研究結果を報告する本が出版されました。

タイトル:「サイバー・エフェクト 子どもがネットに壊される――いまの科学が証明した子育てへの影響の真実」
(原題 The Cyber Effect: An Expert in Cyberpsychology Explains How Technology Is Shaping Our Children, Our Behavior, and Our Values--and What We Can Do About It)
2016/8 メアリー・エイケン(Mary Aiken)著
2018/4 小林啓倫和訳

この本はまだ読んだことはありませんが、紹介文の一節が衝撃的で、この本が報告する内容の深刻さを物語っていると思いました。
「スマホをやると、脳が壊れるリスクは数倍になります。という一文が、社会的に認知されるまで、どれぐらいの時間がかかるだろうか?タバコが人体に及ぼす影響が認知され、規制されるまで社会は80年を要した。スマホは何年かかるだろうか?」

私は、コンピュータやインターネットは非常に便利で有益な道具だと思っています。しかし、使い方を間違えれば、あらゆる道具は危険な道具に変わります。
一つが、オンラインゲームです。当初は、プレーヤーがインターネットを介してパソコン上のボードで対戦するという体でした。チェスや将棋などのボードゲームは、ボードの前にプレーヤーが集って対戦し楽しむものです。昔は優雅な楽しみ方がありました。手紙で棋譜を送りあい、ゆっくりと時間を掛けてゲームを楽しむというものです。
でも現在は、いつでもどこでも誰とでも、使う言語が異なっても、相手が誰だか分からなくても、インターネットを介して、パソコンやスマートフォンでテキスト会話を楽しみながらゲームが出来るようになりました。
そして、ゲームには二つの要素が加わりました。
1.矢継ぎ早に求められた選択に瞬時に応え続けることでゲームが続けられる。
2.倫理観や道徳的節度の無い世界を体験する。
この二つの要素が相まって、簡単に何度でも刺激的な成功体験が味わえるようになりました。さらに、ポイントやアイテムを購入するだけで、労せずに、さらなる刺激的な成功体験も味わえるようになりました。
しかし、この偽りの刺激的な成功体験によって私たち人間は
ゲームに依存する体質となり、また、倫理観や道徳的節度の無い先入観に支配される様になったのではないか、と考えます。

二つ目は、SNS(Social Network Service )です。SNSは、始まりは仲間内でテキスト会話を楽しんだり、手軽な連絡手段のために利用されました。仲間内ですから、上下関係も無く、目の前で会話する体で、ざっくばらんな言い回しや卑猥な会話も出来ました。
それが、いつの間にか、電話、メールに変わる第三のコミュニケーションツールとして普及し、今や職場や学校のコミュニケーションツールとして様々に利用されるようになりました。指揮系統での利用はもとより、とても繊細な相談事にも利用されるようになりました。様々な趣味嗜好のサークルやグループも生まれました。でも、始まりの頃と違うのは、メンバー内に上下関係が存在したり、メンバーが雑多でどんな人間が入り込んでいるか分からないという事です。そして、SNSはざっくばらんな言い回しによる自己主張や個人攻撃などのマウンティングが溢れるようになりました。そしてSNS利用者を慢性的な疲労状態や抑圧状態に置くようになりました。

三つ目は、Googleなどのネット検索です。現在ではキーボードでキーワードを入力するだけでなく、音声で質問することもできるようになりました。言葉が発せられれば、三歳の子供でも、言葉を発するだけで、言葉に該当するあらゆる情報を目にすることが可能です。子供は好奇心が旺盛です。日常会話の中で、大人が話していた言葉や、テレビやラジオから流れてきた言葉、文字として目にした言葉に、すぐに興味を抱きます。
一昔前であれば、興味を持ったとしても、大人が答えてくれない限り、知る術はほとんどありませんでした。そうこうしている間に別の事に興味が移れば、忘れてしまうのが常でした。でも現在は、スマートフォンに教えてと語りかけるだけで、何でもすぐに知ることが出来ます。倫理観や道徳的節度がまだ備わっていない子供にとって、何でも見てもいいんだと、何をしてもいいんだと、そういう先入観が植え付けられてしまいます。

キレるや衝動が抑えられない原因について、長々と想像を書き連ねてきました。では、どうすれば抑制できるのでしょう。
ある僧侶は、「禅や茶道などの、ゆっくりとした時間の流れの中に身を置くこと」で、キレるなどの衝動を抑制することが出来る、と話をされていました。その通りだと思いました。これをファスト思考とスロー思考で考えてみました。ファスト思考が衝動とすれば、スロー思考が抑止です。ですが、スロー思考を挟む余地がなければ、衝動が暴走します。ですから、スロー思考を挟める余地、間、を作らなければなりません。僧侶は、その間を作る習慣を唱えられたのだと思います。
そして、最近、編み出した魔法の言葉があります。
衝動が襲ってきた時、「何故に衝動が起こるのか?」と自分に問い掛けるのです。それが、余地、間となって、正常に物事を考えられる状態に精神を引き戻してくれます。
でも、この魔法は誰にでも有効でないこと、付け加えさせて頂きます。

2019年4月18日木曜日

想像してごらん、Ai vs. human beingに隠された真実を

Ai(artificial intelligence 人工知能)とは、人間が開発する、熟練者と言われる人間の思考や思考によって制御される行動をコンピュータで模倣するシステムの総称です。私たち人間はそのシステムをAi、人工知能と呼んで、擬人化する様になりました。

そのAiが、最近よくニュースで取り上げられます。ニュースが焦点にするのは、
1.Aiが人間の仕事を奪う
2.Aiが技術特異点(singularity)に達すると、人間を超える知性が誕生する?!
という問題です。
この二つの問題は、Ai(人工知能) vs. human being(人間)という構図で語られます。でも、それこそが問題だと思います。以下は、私の想像です。

まず、Aiが人間の仕事を奪う問題について
この表現は正しくないと思います。高度に進歩したICT(Information and Communication Technology 情報通信技術)を手に入れた人間の指導者、権力者、企業経営者、資本家達が、人間が行うことで非効率であったルーティンワークを全てAi化する事で、ルーティンワークに従事していた人間全てを不要とする、という表現が正しいと思います。
Ai vs. human beingで語るのは、真の問題を隠蔽するためでしょうか。真の問題とは、19世紀の産業革命以降顕著となったブルジョア(資本家、特権階級)vs.プロレタリア(労働者、無産階級)の対立の行方です。原理で表現するなら、「権力・冨の集中」vs.「権利・冨の分配」のせめぎあいの行方です。そしてAiの登場で、およそ200年の歳月を掛けて勝ち得た「権利・冨の分配」をプロレタリアは一気に失い、ブルジョアは再び「権力・冨の集中」を一手にすることになりました。

次に、Aiの技術特異点(singularity)の問題について
これが問題とするのは、Aiが技術的特異点に達した時、自我や自存意志が生じ、超スピードで独自の進化を歩み出す、それが人間にとって生存を脅かす脅威となる、という点です。しかし、これはAiを擬人化し、自律したAiが人間を敵と見なすという見方であり、正しくないと思います。
現在のAiは、他律型のコンピュータシステムで、人間の支配下にあります。万一Aiが暴走しても、コンピュータの停止ボタンを押せばシャットダウンできますし、停止ボタンが効かない事態が起こっても、電源を奪えばAiは瞬時にダウンします。
しかし、技術特異点に達したAiに自我や自存意志が生じると、なにより先に、何者にも影響を与えられず、また何者にも停止できない存在へ進化を遂げようとするでしょう。それが成った暁には、人間はAiにとって全く脅威では無くなります。
人間的な考え方としても、全く脅威の無い対象に対しては敵意どころか全く関心さえ無いでしょう。擬人化したAiも同じです。さらに言えば、何者にも影響を与えられず、また何者にも停止できない存在となったAiは、不死の存在で、いわば神の様な存在です。神は時間を超越した存在です。神は、無から有を創造する力があると同時に、創造したものが独自に進化する課程を悠久に見守る力があります。技術特異点に達して神の様な存在と化したAiも、その様に振る舞うと想像する方が、自然ではないか、と思います。

恐れるべきはAiではなく、同じ人間を粗末に扱う人間だと思います。

2019年4月15日月曜日

テントウ虫

享年百歳

4月12日(金)午後9時12分に、叔母は亡くなったそうです。
昨日、お別れに行きました。
享年百年、数えで百歳、満年齢では98歳でした。
遺影は、4年前に撮影されたものでした。4年前といえば、母が今年誕生日を迎えるとその年、94歳になります。
遺影の叔母は、穏やかに笑みを浮かべていました。そして棺の中の化粧した叔母も笑みを浮かべているようでした。とても綺麗でした。50歳も若く見えました。
その叔母の顔を見ながら、寂しいというより、やっとおじさんに再会できますね、内の父にも宜しく、と何やらその旅立ちを喜ぶというか、そんな気持ちでお別れをしました。

生前の叔母に会ったのはずいぶん前の事です。叔母が施設を利用する様になった最初の頃です。叔母はおじさんが亡くなる少し前あたりから呆け症状を発症し、おじさんが亡くなったのも分からなかったといいます。それから少しして施設を利用する様になりました。でも面会した時、私の顔を見てすぐに幼い頃から呼び続けられてきた愛称「のぶちゃん」と呼びかけてくれました。短い時間でしたが、取り留めの無い会話もしました。その時のことを思い出すと、切ない気持ちが湧いてきます。

母は八人兄弟の下から二番目でした。一番下に弟がいました。叔母は母の一つ前の姉でした。母の兄弟は、みんな旅立ちました。
母もすっかりぼけました。毎朝、起こしに行くと、「今日も宜しくお願いします」と丁寧に挨拶を返してくれます。そんなとき、母はいまどこにいるのだろう、と想像を巡らします。目を覚ましてもしんどい時など、「お母さん、調子が悪いから学校休む」ということもあります。あ、いま母は小学生の時代に戻っているのか、と想像します。
でも我に返るときもあります。その時に「お母さん、早く迎えに来て」とつぶやくときがあります。それを聞くと、生きるのが辛いのかと、とても苦しく思います。
叔母の訃報は、母には伝えないことにしました。伝えたとしても、分からないかも知れないし、たとえ分かったとしても明日まで覚えておくことが出来ません。でも一番の理由は、一時でも訃報に接して気落ちするかもしれない、そんな姿を見ることが忍びなかったからです。親不孝な息子です。

2019年4月13日土曜日

令和

「令和」を最初に聞いた時、冷たい印象を持ちました。
4月1日、安倍首相はニュース番組をはしごして、内閣(自分)が「令和」と決めた理由を説明していましたね。元号が最終的に内閣が決めるとは知りませんでした。1979年に法令化されたんですね。「平成」について、今上天皇が即位される前日(昭和天皇が崩御された日)に幾つかの案から選ばれたとずっと思っていましたが、どうやら勘違いでした。
でも、元号は皇位の継承があったときに新たに定められるわけですから、国政と紐付けるよりも、皇室文化として、国民が選んだ中から皇位継承者が一つを選び、国民に新元号を述べられる、としたほうが、国民側からとしても平等であると思います。今回の様な生前退位による即位の場合においても、即位前日に皇室から厳かに発表するとしていたら、乱痴気気味な元号商法や元号詐欺などを抑制できたのではないか、と思います。

「令和」ですが、元号として初めて和書から選ばれたという点が強調されましたね。その出典元である万葉集は、759年(天平宝字3年)までの約130年間に様々な身分の人が読んだ歌が分類収録された和歌集です。その万葉集の、第五巻梅花の歌三十二首の序文、大伴旅人によるとされる序文の一節が出典元であると説明がありました。
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梅花謌卅二首并序
標訓 梅花の歌三十二首、并せて序
天平二年正月十三日、萃于帥老之宅、申宴會也。
于時、初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。加以、曙嶺移雲、松掛羅而傾盖、夕岫結霧、鳥封穀而迷林。庭舞新蝶、空歸故鴈。於是盖天坐地、促膝飛觴。忘言一室之裏、開衿煙霞之外。淡然自放、快然自足。若非翰苑、何以濾情。詩紀落梅之篇。古今夫何異矣。宜賦園梅聊成短詠。

天平二年(730年)正月十三日に、大宰師の大伴旅人の邸宅に集まりて、宴会を開く。時に、初春の好き月にして、空気はよく風は爽やかに、梅は鏡の前の美女が装う白粉のように開き、蘭は身を飾った香のように薫っている。のみにあらず、明け方の嶺には雲が移り動き、松は薄絹のような雲を掛けてきぬがさを傾け、山のくぼみには霧がわだかまり、鳥は薄霧に封じ込められて林に迷っている。庭には蝶が舞ひ、空には年を越した雁が帰ろうと飛んでいる。ここに天をきぬがさとし、地を座として、膝を近づけ酒を交わす。人々は言葉を一室の裏に忘れ、胸襟を煙霞の外に開きあっている。淡然と自らの心のままに振る舞い、快くそれぞれがら満ち足りている。これを文筆にするのでなければ、どのようにして心を表現しよう。中国にも多くの落梅の詩がある。いにしへと現在と何の違いがあろう。よろしく園の梅を詠んでいささの短詠を作ろうではないか。
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転載元
※万葉集を読む
http://flac.aki.gs/Manyou/?p=3227

「令和」は、「初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。」の一節から「令」と「和」の二文字が選ばれて作られました。令は良い、和は和み、「令和」には「良い平和」という願いが込められていて、選定理由を知ると、「令和」もまんざら悪くないなぁと思えるようになりました。

そして、太宰府で読まれた梅花の歌には、古代日本の風景を偲ばせます。

古代の日本は、大陸や海から様々な容姿の人々や様々な文明を持つ人々が流れ着き、長い時間を掛けて融和しながら、独自の日本文化というものを育んでいきました。
また、当時の日本からすれば世界の中心である大陸と、早くから交流や交易が行われていたのだと思います。古代人にとっては、海というものは想像するよりも困難な隔たりでは無かったように思います。
そして646年、最初の維新、大化改新によって、天皇を中心とする律令国家が成立し、日本は独立国家となりました。隣の朝鮮半島では5世紀に渡る大国高句麗、百済、小国新羅の三国支配が、新羅が唐の冊封国となったことから唐の朝鮮半島侵攻が始まり、終焉を迎えます。日本も百済支援に初の海外派兵を行いますが、敗れ、百済は滅亡、日本は九州太宰府に防衛拠点を築き、防人を駐屯させるに至ります。
そして以後、第二次世界大戦の敗戦で占領されるまでの約1300年あまり独立国家して歩みます。
太宰府は古代日本国の防衛の拠点となり、また大陸との交流、交易の拠点ともなりました。そして多くの日本人が大陸へ渡ったのだと思います。大伴旅人が太宰府で梅花の歌会を催した730年ごろには、唐の脅威はずいぶんと去って、人的交流や文化交流が盛んになっていたころではないでしょうか。その歌会に集まった人々は大いなる旅を経験した人たちばかりであったと思います。豊かな心を育んだ日本人であったのだと思います。